「すまない」
「すみません」
開口一番に、邂逅一番に、頭を下げられた。
シンタローはあの後、公園からすぐに自宅へと戻った。
運よく両親は戻っておらず、今日シンタローが家から出たことを知っている人間はいなかった。家に帰るとすぐに部屋の戻り、ベッドに座り部屋の中でクロハを呼んだ。部屋の中に黒く大きな蛇の頭が現れ、どんな存在も飲み込めるような口の中からクロハが現れた。
「クロハ、全ての蛇はお前を除いてアザミのところで間違いないか」
そんな登場の仕方にも驚かず、冷静に訊く。
「ったく、少しは驚けよ。
ああ、女王を含めて全ての蛇はあいつの元に戻ったぜ。俺もこうしてはいるが、結局あいつの物だ。忌々しいがな」
苦虫をかみつぶしたようにクロハは答える。
シンタローは一言『そうか』と呟き目を閉じる。やるべき事を、やるべきままに、やり終えるために。
最善策、機械のように、機械的に、人道を排して、外道を歩き、導き出される、最善の策。今ある情報から、今まで積み重ねてきた情報から、必要な事を、必要なだけパズルのように繋ぎ合わせる。
クロハはそんなシンタローを椅子に座りながら眺めながら待つ。
クロハはカゲロウデイズが解放された時、消滅する運命にあった。あがき、もがき、最後には涙を流しながら『消えたくない』と、あがいた。しかし、英雄達は見向きもしない、勧善懲悪、悪は消えるべきだと体現していた。
『消えたくないと思うことの何が悪い!』『死にたくないとあがくのはお前らも同じだろう!』『俺は俺でありたかっただけなのに!』『消えたくない!』『死にたくない!』『なんで、なんで、俺ばかり』『好きで生まれてきたんじゃない』『……助けて』『助けてよ………ヒーロー』
誰も、誰にも聞こえないような声で呟く。涙を流し、セカイに絶望して。
英雄達は見向きもしない、正義を、ヒーローであることに酔いしれた。もう、消滅寸前、霧となって、塵となって存在が消失する寸前、手を掴む感触があった。
クロハはそこで希望を持った。目線を、向けて。
『良かった、間に合った』『すまない、遅くなった』『えっと、願いだったな』
「クロハ、俺の友達になってくれ」
ヒーローがいた。
本物のヒーローが。
赤いジャージを着た、自分だけのヒーローが。
クロハの消滅は反転して創世となった。消えていった体が、涙が、言葉が元に戻っていった。クロハは王に忠誠を誓う騎士のように、シンタローの片手を取りその顔を眺めた。この時、クロハはとめどなく涙を流していた。
しかし、こんな事を英雄達が見逃すはずもない。再度、クロハを殺そうとはしなかったが、その全てをシンタローに上乗せした。もう、利用価値のなくなったシンタローを追い出すことは、口にして言わなくても、メカクシ団の総意となった。
クロハはそのことを知らない。あの日、公園で再会するまで知らなかった。あれからずっとアザミと一緒に過ごしてきた、シンタローの友人となるために学びながら。アザミがあの日、公園に行けと言うまで知らなかった。心苦しそうなアザミに、そう言われるまで。
あの日、公園でシンタローに再会した時、本当は嬉しかった。嬉しくて、素直になれなくて、名前で呼べなかった。
しかし、すぐにシンタローの様子がおかしい事に気がついた。アザミの表情を思い出し、完全に何かあったことを悟った。
「俺をそそのかせ」
メカクシ団を、今から潰しに行こうと思った。
しかし、シンタローはそんな俺の表情ですぐに感づいたのだろう。
『いや、クロハ、お前は手を出さないでくれ。俺のやるべき事なんだ』
そう言って、俺は我慢した。
それから、今、俺はシンタローが最善策を出すのを待っている。
「明日、アザミのところに案内してくれ」
目を開けたシンタローはクロハに向かって頼む。
「ああ、それはいいが、何があったのかそろそろ教えろよ」
「……明日、アザミのところに行ってから教える」
クロハは今すぐに聞きたそうにしていたが、シンタローのことだ、何か考えがあるのだろうと特に考えなかった。
「んじゃ、どうすんだ? 明日まで時間があるぜ」
「そうだな……遊ぶか?」
「……おお、いいな! 何して遊ぶんだ!」
目を輝かせて頷いたクロハは楽しそうにしていた。
「シューティングでも、するか」
シンタローはパソコンを立ち上げ、コントローラーを繋いでクロハに渡し自分はキーボードを抱えた。
「手加減しねぇぞ」
「っは! 負けるかよ、最善策」
照れ隠し、それでも顔はあの頃の醜悪な笑顔ではなく、すがすがしいほど輝いていた。
翌日、シンタローはクロハにつれられて森の奥の隠れ家のような家まで来ていた。途中、体力が無くなりクロハにおんぶされながらようやく目的の場所まで到着し、勝手にドアを開けて入るクロハについて家の中に入った。
もちろん、家にモモがいないことを確認してから外出した。昨日はどうやらそのまま泊まったようだ。
家の中に入ると分かっていたののように、いや、分かっていたのだろう、アザミとシオンが待っていた。二人はシンタローを確認すると始めに頭を下げた。
「すまない」
「すみません」
一瞬、何のことか分からなかったがすぐに理解した。
「孫がすまない事をした」
「わたしの所為です、どんな罰も受けます」
「おい、なんのことだ!」
何かが起こっている事は分かっていても、状況が分からないクロハは三人に向かって大声で訊ねる。
「クロハ落ち着け。今見せてやる『目をかける』」
アザミはクロハに伝える。自身が見たことを、その想いも。
「…………ん、だよ! シンタロー! なんで言わなかった!」
激高したクロハはシンタローに掴みかかろうと手を伸ばした。しかし、それはアザミとシオンによって止められた。
「クロハ、すまなかった」
それが、自分の所為かのように頭を下げる。
「…………………」
無言、いや、歯を食いしばり、言いたい事が多すぎて何を言っていいか分からず何も言えなくなっていた。
「クロハ、これは我々の責任だ」
「は? 俺の所為でもあるのかよ!」
「ううん、わたし達二人の責任よ」
クロハはようやく腕の力を抜いた。それを見て二人もクロハの腕を離した。
「シンタロー、お主は全ての蛇をもらいに来たのであろう」
「はい」
「それが我々の罪滅ぼしとなるかは分からん。だが、拒むことはできん」
アザミとシンタローは真剣に、真摯に向かいあって話す。
「お主がなにをしようとしているか、だいたいのことは見当がついておる」
そう言って、アザミはクロハの方へ目を向ける。
「クロハ」
「なんだよ」
「シンタローを頼むぞ」
アザミはもう一度、シンタローに向き直り。
「目をかける」
アザミから全ての蛇が這い出てきた。蛇はそのままシンタローに巻き付き胎内へと潜り込んでいった。
「シンタロー、孫を頼む」
深く、深く、二人は頭を下げた。
帰りも徒歩だったが、シンタローは息も上がらず体力が尽きる事はなかった。『目を醒ます』によって、少しばかり身体能力を上げているからだ。
森を抜け街に戻ってきたシンタローは、アザミに借りたマリーの持ち物を使い『目を凝らす』
どうやら、メカクシ団の全員がアジトに居るらしいことを確認し家に帰ろうと歩いていた。もし、今、メカクシ団に会えばクロハが何をするか分からなかった。帰る途中、咽が乾きいつもの公園にある自販機でコーラを二人分買い、片方をクロハに渡して一緒にベンチに座りながら並んで飲んでいた。
ふと、道路の方へ目を向けると一人の少女が誰かを探すように周りを見回しながら歩いているのが見えた。
シンタローは、その少女に気が付いていないクロハを連れて急いでその場を離れようとしたが、少女と完全に目が合った。少女は一目散にシンタローの方へ駆け寄ってきた。いくら『目を醒ます』を使っているシンタローとはいえ結局中身はヒキニートである、まだ上手く使えず逃げる事ができなかった。
「シンタローさん、探しましたよ!」
少女、ヒヨリは息を切らして目の前に走ってきていた。
ヒヨリを見た瞬間、クロハはまだ中身の入ったコーラのペットボトルを握りつぶして、飲み口から中身を飛び散らせていた。それを気にせず今にも立ち上がり、捻りつぶそうとしている様子だったが、シンタローがそれを片手で制していた。
「……どうした?」
昨日のアジト内の会話を思い出しつつも、何も知らないようにふるまった。『目を欺く』傍から見たら、優しく笑っているように見えただろう。
「……昨日の会話、聞いてたんですね」
ヒヨリはその笑顔に違和感を感じた。そして、その笑顔とシンタローを探していた理由とすぐに結びつけた。
その言葉を聞いたシンタローは、欺くのをやめ本当の顔を見せた。
「!! ……ごめんなさい、シンタローさん。あの場に居たのに、何も言えなかった」
ヒヨリは謝りたかった。自分は悪口を言っていないとはいえ、ヒビヤが、そして何も言えなかった自分が許せなかった。恩人であるシンタローに、恩を仇で返すのはヒヨリには耐えがたかった。涙を我慢するように俯いて、目を堅く閉じていた。
シンタローには『目を盗む』ことができる。この言葉が本当か、嘘かなんてすぐに分かるだろう。しかし、目の前の少女にはそんなことをしたくなかった。
「…………」
無言のままシンタローは座ったまま、ヒヨリの頭を撫でた。
「! ……ありが、とう。ありがとう、ござ、います」
固く閉じた目の端から、雫が落ちていく。
そのまま、泣きやむまで撫でていると横に居たクロハがどこかつまらなそうにしていたので、開いた手でクロハの頭も撫でてやった。クロハはそっぽを向いていたが、手をはねのけようとせずに、されるがままになっていた。
ヒヨリは泣きやむと、少し恥ずかしがっていたが大切な事を思い出して叫ぶように口に出した。
「シンタローさん! 明日、絶対にアジトに行かないでください!」
「ああ、俺を追い出す計画だろ。知っている」
「じゃあ!」
「でも、俺は行くよ」
その言葉を聞いて心の底から心配している表情になった。
「なんで!」
「俺がやらないといけないんだ」
本気の、真剣なシンタローの表情にヒヨリは何も言えなくなった。
「本当は、ヒヨリにはメカクシ団に居て欲しかった。でも、俺がこれから話すことを聞いて、どうしたいか自分で答えを出してほしい」
「ええ、そうね。私ことは私が決めるわ」
シンタローは笑う、強いな、と。
「俺は【メカクシデイズ】を創り出す」
「私は、シンタローさんと一緒に行くわ」
うすうす、分かっていた。そんな目をしていた。
「なら、ヒヨリにも分けないとな」
一旦目をつぶり、赤い目を見開く。
『目をかける』
一匹の蛇がシンタローからヒヨリへと渡っていった。
「ヒヨリに渡したのは『目を覚ます』蛇だ。能力は不老不死、これからヒヨリに必要になってくる能力だ」
「これで、シンタローさんと同じね」
「おい、俺も忘れんなよ」
「あら、居たの」
「ほぉ、痛い目にあいたいらしいな」
「ったく、仲がいいな」
「「良く(ねぇ!)ない!」」
シンタローは笑う。それにつられて、ヒヨリもクロハも笑った。