インターハイ予選二日目・第3回戦、烏野高校は青葉城西との試合に、敗れた。
インターハイ予選三日目、烏野高校排球部はコートの上にいなかった。いつもの平日のように、学校の席につき、受けるべき授業を受けていた。面々の表情を見ると、教師の授業の内容から友人の話の内容に到るまで、全く頭に入ってきていない事が分かる。
それは、苦手な授業だとか勉強が嫌いだとかじゃない。
一晩経って、今、自分達がいる場所を再認識したからだ。なぜ、自分達はここにいるのかと、コートの上にいないのかと。
しかし、彼らは負けを、敗北を噛みしめるほどに、雑食性の烏がいろんな食物を喰らうがごとく、勝利と敗北を食い散らかして自身の糧にして次の一歩を踏み出した。
春高バレー、次なる目標に向かって烏達は羽ばたき始めた。
さて、時はうつろうもので烏野高校バレー部は初の東京遠征へ向けてより一層練習に励んでいた。
平日の部活に加え土日の休日も練習漬けの日々を送り、少しでも時間があれば自主練習で足りない部分を補っていた。
五日間の平日が過ぎ、休日の朝早くからオレンジ頭の少年とサラサラな黒髪の少年がバレー部の部室へ競争する姿ももはや恒例となっていた。今朝行われた、部室をゴールとした競争は、オレンジ頭の少年が勝利したらしく大喜びでぴょんぴょん跳ねていた。黒髪の少年は本気で悔しそうに顔を歪め『次は絶対勝つ!』とオレンジ頭の少年に指を差しながら言い放った。
オレンジ頭の少年はそんな黒髪の少年の言葉に笑顔で『おう! 次も負けない!』と嬉しそうに返答した。
二人はカンカンと金属でできた階段を上がり、二階部分にあるバレー部の部室の前に移動して部室のドアを開けた。二人が朝練のために誰よりも早く学校に来るので、部室の鍵が開いている時と開いていない時とがある。どうやら今日の鍵当番は二人よりも早く来ていたらしく、ドアはすんなりと開いた。
「相変わらず、二人とも早いな」
「ハザッス!」
「おはようございます!」
「おう、おはよう」
部室の中には既に着替えている、色素が薄い髪の少年が二人に向かって優しく笑いかけていた。
「菅原さんも早いですね」
「まぁ、お前らを待たせたくなかったからな」
菅原と呼ばれた少年は照れ臭そうに二人へ顔を向けた。
「アザッス!」
「ありがとうございます」
オレンジ頭の少年は太陽のような笑顔を向け、黒髪の少年は直角に頭を下げた。
「やっぱり、俺たちが鍵預かりますよ」
「そうですよ! おれたちが開けます!」
「いや、これは部活のルールだ。ルールはちゃんと守らなきゃいけないべ」
言い聞かせるように、二人へ言葉を向けた。最初は少し厳しい表情を向け、でも最後には優しい表情へ変化させた。
「影山も日向もルールは守ること」
「うっす!」
「はい!」
「じゃあさっさと着替えるべ」
菅原は日向と影山の頭を撫でて笑いかけた。日向は嬉しそうに、影山は少し照れながらだが菅原の手を振り払う事をせずに受け入れていた。
撫でていた手を戻し、二人に着替えるよう促し、二人は自分の荷物を棚に置いてジャージに着替え始めた。
ただ、着替え終わったらすぐに体育館に行き練習が始められる訳ではなく、ちゃんと部員がそろってからでなければ体育館の鍵は開かない事になっている。これは、何か予期せぬ事故が起きないように新しく追加されたルールであり、日向と影山の二人がどんどん早起きをして深夜からやりかねない、と危惧した澤村キャプテンと菅原が追加したルールでもある。
それから、菅原、日向、影山の三人で話しながら他の部員を待っていると、澤村が扉を開けて現れた。澤村は日向と影山に『相変わらずお前らは早いな』と笑って声をかけ、菅原には『早起きさせて悪かったな』と言葉では謝っているが、どこか頼もしそうで感謝の声をかけた。
その言葉に菅原は『いいべ、いいべ』とにこやかに返した。
そこから徐々に部員が部室の扉を開いて入ってきた。
西谷が来る途中で東峰と出会ったのか、元気な西谷に連れられて東峰が部室に入ってきて着替えをせかしていた。その後から、その光景を見ていたのか月島と山口がちょっと苦笑しながら入ってきた。それから縁下、木下、成田の三人が連れだって顔を見せ、最後に田中が遅刻ギリギリの時間に急いで到着した。
三年生と二年生が遅刻ギリギリの田中に対して、いつものように皮肉を四方八方から手裏剣のように投げつけ、田中がぎゃあぎゃあと騒いでいた。
ようやく全員がジャージに着替え終わりこれから体育館に移動しようとした時、勢いよく部室のドアが開き二つの人影が部室に入ってきた。
「皆さん、本日は体育館が使えなくなりました」
入ってきたのはバレー部の顧問である武田先生だった。その言葉が部員の間に波紋を広げていた。特に、日向と影山の様子は世界が終わったかと思うほどに動揺していた。
「どういう事ですか?」
澤村が武田先生に聞く。
「うん、皆ニュースで知っていると思うんだけど、最近別の高校の体育館で事故が起きた事が原因らしいんだ」
つまり、同じような事が起きないように急きょ各地で点検を行う事が決定したようだ。最悪使用不可という事も案に上がったらしいが、試合の事もある事から一日がかりの点検で翌日から使えるようにという案が取られたらしい。
「てな事で、今日は休みにする」
武田先生の後ろに控えていた烏養コーチが前に出る。
「最近、お前ら休みなしだったろ。今日は丸一日休め、一切練習するな」
その言葉に日向と影山が絶望的な表情を浮かべた。
「特に日向と影山。お前らオーバーワーク気味だろ、休む時くらいちゃんと休め。休むことも練習の一部だって事を忘れんな」
そんな二人に釘をさし、澤村の方へ顔を向けた。
「澤村、あいつらの監視頼むぞ。ここで帰したら練習しかねないからな」
「分かりました」
後ろの方で日向と影山がビクッと肩を震わしていた。どうやら自主練する気満々だったらしい。烏養コーチは『やっぱりか』と肩をすくめ、ため息をついた。
「先生、清水達には」
「大丈夫、すでに言ってあるから」
武田先生たちは部室に来る前に、すでに部活の準備をしはじめていた清水と谷地の二人に今日の練習が無くなったことを伝えていた。今頃は道具を片付けていることだろう。
「スガ、どうする?」
「そうだな…………みんなで遊びに行くべ」
澤村が菅原にどうするか聞くと、菅原はちょっと考えてから笑顔で全員を眺め皆に聞こえるように言った。
「いいっすね、スガさん!」
最初に食いついたのは田中だった。皆という事は、清水も一緒だと言う事を、いつも使われない脳細胞が高速回転して導き出していた。
「それ、行かなきゃだめですか?」
月島が菅原に聞くとそれに澤村が、
「月島、たまにはいいだろ?」
顔では笑っているが、有無を言わさずにつれていく気がありありと見え、月島は早々に帰ることを諦めていた。月島の横にいる山口は、大人数だが久しぶりに月島と遊びに行ける事をちょっと楽しみにしていた。
「スガ、大地。行くのはいいんだけど、どこに行くんだ?」
「そうだな………」
菅原と澤村が、東峰の言葉でどこへ行こうかと考えていると、
「あ、大地さん、スガさん、旭さん、ちょっといいっすか」
これまで静かだった西谷が三人に声をかけた。いつもなら田中と一緒に騒いでいるはずなのだが、今回は何かあったのかここまで話に入って来なかった。
「どうした、西谷?」
「大地さんその前に……翔陽、ちょっといいか」
「ノヤッさんなんですか!」
西谷に呼ばれ、日向は西谷のところまで寄って来た。
「これを渡すように言われてんだ」
西谷は鞄の中から一台の車を取り出した。
「ノヤッさん、これ……」
「ああ、翔陽をイメージして作ったやつだ」
日向が西谷からその車を落として壊さないように、おずおずと受け取った。
「す、すげぇぇぇぇぇぇぇぇ! ノヤッさん、これ、貰って良いんですか!」
日向は手に持っている車と西谷を交互に見ながら聞いた。
「へぇ、懐かしいな。ミニ四駆じゃねぇか」
「あ、本当だ。僕も小さいころやってたな~」
烏養コーチと武田先生が、日向の手に持っている車を覗き込みながら昔を懐かしんでいた。
「コーチと先生、コレの事知ってるんですか?」
「ああ、ミニ四駆って言ってな。専用のコースで走らせる物なんだが。西谷、これどうしたんだ?」
「近所に住んでいる知り合いの兄ちゃんに頼まれたんっすよ。インターハイ予選で俺たちの試合を見ていたらしくって、それで作ったって言ってましたね」
西谷の話を要約すれば、西谷の近所に住んでいる昔から良くしてくれた知り合いのお兄さんが、インターハイ予選二日目の青葉城西との試合を見て衝撃を受け作ったらしい。その人はここ最近やる気を失っていたらしく、その試合を、日向を見て奮い立つことができて、そのお礼に作ったミニ四駆をプレゼントしたいとのことだった。
「だから、翔陽! これはお前んだ!」
「なんか、うれしいっす!」
「んで、実は俺も作ってもらったんだぜ!」
西谷は再び鞄からもう一台のミニ四駆を付き出すように取り出した。
「すっげぇぇぇぇぇぇぇ! ノヤッさん専用だ!」
「そうだろ! そうだろ!」
西谷はもう一台のミニ四駆を日向に預け、腕を組んですごく嬉しそうに笑っていた。
「ノヤッさん! 俺のは!」
「わりぃな龍。今んところ、これだけしか作ってないらしいんだ」
「く~マジか~、じゃあノヤッさんが言っておいてください!」
「おう! 言っておくぜ!」
田中が西谷に自分のマシンが無いか聞いていたが、どうやら二台だけしか製作していないらしい。
「ねぇ、ツッキー。ちょっと残念だったね」
「……なにが?」
「ミニ四駆、小さいころ一緒にやってたよね。明光さんと一緒に」
「…………うるさい、山口」
「ごめんツッキー☆」
どうやら月島と山口の二人は、小さいころ月島の兄と一緒にやっていたようだ。その頃はまだ月島兄弟の仲は良かったようで、月島はその時を思い出して少しだけ表情を緩めていた。
「大地さん、スガさん。全員で走らせに行きましょう!」
日向に預けていたミニ四駆を受け取り、澤村と菅原に見せながらニカッと笑った。日向も同じようにミニ四駆を付き出して、太陽のような笑顔を向けた。
「西谷、走らせる場所は知っているのか?」
「大丈夫っす! ちゃんと聞いてます!」
「よし、じゃあ全員で行くか」
澤村が号令を出し、手元を見ながら早く走らせたい日向がウズウズしていた。
「翔陽、分からなかったら俺に聞けよな!」
「はい! 西谷先輩!」
三年はそんな二人を微笑ましく思いながら眺めていた。若干、菅原の目が妖しく輝いていたように見えたが、それは気のせいだろう、多分。二年は、田中がまだ少し残念そうな表情をしていたが、今は早く走っているところを見たくてこれまたウズウズしていた。縁下達は末っ子二人を見るような目を向け、すぐに出れるように着替え始めた。
一年は一年で、月島と山口はすでに着替え始めていて、影山はまだムッとした表情でバレーができない事に不満げだった。
「西谷、日向。一旦それは置いて着替えような。時間がもったいないべ」
「ウッス!」
「はい!」
さて、こうして烏野高校排球部の面々はミニ四駆を走らせに行くことになりました。
「烏養くん、行きたそうですね」
「先生もそうだろ」
「僕は、仕事がありますので。烏養くんは皆さんと同じで時間が開きましたから、今日くらいはゆっくりと昔を思い出してみても罰は当たらないと思いますよ」
「つってもな、先生が行けないんじゃ俺だけが……」
「では、こうしましょう。烏養くんには皆さんの引率をお願いします」
邪気のない人畜無害な笑みを烏養コーチに向ける。
「……ったく、分かったよ。お前ら、俺も付いていくからな」