トマトとナスとバナナと紫キャベツ   作:もちもちもっちもち

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漫画版ARC-Vを読んだら書きたくなった。
後悔していないかって?
もう全話書き終わっちゃったんだ。


その1

 榊遊矢は臆病な人間である。

 元気一杯なお調子者の少年だと、彼を知る者は評すだろう。

 しかし、それが偽りの姿であり、そのことを知っているのは本当に近しい者だけだ。

 明るく振る舞うそれが虚勢に過ぎず、臆病で泣き虫なのが生来の彼の姿。

 そして、そうなった原因は彼の過去に起因していた。

 

 榊遊矢は恵まれない人間である。

 明るくて料理好きな母親、熱血と青春を愛する熱血講師、漢気に溢れる友達、そして幼馴染。

 素晴らしい人達に囲まれるも、そこから外へ目を向ければ、いるのは敵ばかりだった。

 尊敬する父を卑怯者だと侮辱され、自分を卑怯者の息子だと蔑まれる毎日。

 だからだろうか、道化を演じ、劣勢になると心が揺らぎ、塞ぎこみ、逃げ出してしまうのは。

 そんな彼を時に励まし、叱咤し、支えてくれるのは、決まって素晴らしい彼等だった。

 

 ――真面目にやれ遊矢!

 

 真面目にやって、何かが変わるのかよ。

 

 ――笑わせるのと笑われるのでは天と地ほども違う!

 

 そんなの、言われなくても分かってるよ。

 

 ――遊矢を見世物にはできん!

 

 そうやって可哀想な子供扱いされるのが一番迷惑なんだよ。

 

 ――もういい。いいから、遊矢。

 

 今から三年前、アクションデュエル王座決定戦当日。

 当時のチャンピオンだった父親は、何の前触れもなく失踪してしまった。

 今でも鮮明に覚えている。

 罵声、失望、嘆息、会場中を埋め尽くした負の感情。

 大好きな父親を侮辱する連中を見返したい一心で、挑戦者にデュエルを挑もうとした。

 そんな自分を、母親は静かに抱き締めた。

 泣き叫ぶ自分に静かに、淡々と、震える声で、何度も。

 もういい、いいからと、そう言った母親の声が今でも耳に残っていた。

 

 ――泣きたい時は笑え。

 

 笑ってるよ、父さん。

 

 ――精一杯、大笑いするんだ。

 

 怖い幼馴染に真面目にやれって言われるくらい、元気一杯にやってるよ。

 

 ――笑っているうちに、本当に楽しくなってくる。

 

 でもね、父さん。

 

 ――それが、次のエネルギーになる。

 

 ちっとも前に進めた気がしないんだ。

 あの時から、三年前から時間は止まったままなんだ。

 心の底からデュエルが楽しめないんだ。

 デュエルをするのが怖くて仕方がないんだ。

 

 ――怖がって縮こまっていたら、何もできない。

 

 父さんの言った通りだったよ。

 笑っているようで、心の底では怖がっているんだ。

 卑怯者の息子だと、そう言われるのが怖くて仕方がないんだよ。

 

 ――勝ちたいなら、勇気を持って前に出ろ。

 

 勝てなくてもいい。

 勇気なんていらない。

 前になんて進みたくもない。

 

 

「…………父さん」

 

 

 父さんの居ない世界なんていたくない。

 

 

「……父さん」

 

 

 勝てなくてもいい、勇気なんてこの先一生なくてもいい。

 

 

「父さんっ」

 

 

 会えさえすれば、それだけでいい。

 

 

「父さん!」

 

 

 自然と溢れた涙を堪え、鼻を啜り、掠れた声で。

 橋の柵に腰掛け、海を眺めながら、返事がないことを知っていながら。

 胸元で揺れるペンデュラムは右へ左へ。

 持ち主の心情を現すかのように、大きく振れ、大きく戻る。

 

 ――ペンデュラムは、何かを探す道具でもある。

 

 ふと、そんな言葉が脳裏を過った。

 

 ――お前が道に迷った時、進むべき方向を指し示してくれるだろう。

 

 ペンデュラムが瞬いたのは、その直後だった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 榊遊矢は記憶喪失な人間である。

 記憶にない場所、着た覚えのない衣服、そして見覚えのない40枚と15枚に分かれた紙束。

 自分のことは、それこそ名前すら思い出せない自分だったが、それは杞憂だった。

 他人には理解されないだろうが、自分には他に複数の人格が存在している。

 所謂多重人格というヤツで、自分のそれは四重人格といえばいいのだろうか。

 オカン気質の世話焼きに、喧嘩っ早いヤンキーに、表裏の激しい慇懃無礼野郎。

 実に個性豊かな連中で、そんな彼等がいてくれたから、不安を感じる暇もなかった。

 見知らぬ場所に記憶喪失で放り出されて発狂しなかったのは彼等がいたからだ。

 名前を、生き方を、そして知る者はいないほどに流行している遊戯を教えてくれた彼等は、自分にとっては恩人で、友達で、親友で、大切な家族だ。

 だから、彼等を守れるくらいに強くなろうと思った。

 自分の知っている常識が此処では通用しないのか、とある遊戯の強弱が全てを決するといっても過言ではないこの世界で強くなる方法は、しかし自分にとっては容易いことだった。

 ルールを教えてもらい、いざ勝負してみれば接戦の末勝利。

 手加減してくれたのだろうと笑い掛ければ、彼等は唖然としていた。

 才能と言えばいいのか、偶然所持していた紙束の性能が良かったのか。

 どうやら自分は、所謂天才の部類に位置する人間らしい。

 研鑽を詰み、新しく拾った紙を収集し、スポンジのように強くなるのが自分でも分かった。

 それから暫くして、彼等がとあるものを探していることを知った自分は、恩返しのためにとそれを探そうとすることに。

 しかし、もし過去の自分に物申せるのなら一言言いたいことがあった。

 

 

「――くっ」

 

 

 おいばかやめろ、と。

 

 

「もう逃げられないぞ、ファントム」

 

 

 時刻は深夜、場所は裏路地。

 複雑に入り組んだ道を進み、辿り着いた十字路。

 外套越しに睥睨した先に、奴はいた。

 銀の髪、オシャレメガネ、針金でも仕込んでいるかのように重力に反逆するマフラー。

 そして素足と靴、おい靴下履けよ。

 奴こそ、幼気な青少年を捕まえようと四六時中ストーキングする変態集団のリーダーである。

 

 

「榊遊矢ぁ! 俺とデュエルしろぉ! そして痛みだ! もっともっと! 痛みを寄越せぇ!」

 

 

 背後から現れたのは、ロングコートを翻す長身の青年。

 射抜く様に鋭い眼光は堅気な人間では有り得ないものであり、事実その通りだろう。

 アンダーグランドの帝王などと巷では恐れられているが、そんなもの片鱗でしかない。

 奴は幾度となく撃退したが、毎度のように放送禁止レベルの顔芸を披露するのだ。

 各人格のエース全召喚からの総攻撃を仕掛けてからはより執拗に勝負を挑まれている気がする。

 それにしても、ハアハア言ってるのは何故だろう、走って疲れたからだろうか。 

 瞳を爛々とさせんな怖いんだよ口を閉じろ息をするな変態ドM野郎が。

 

 

「いい加減に諦めたらどうなの?」

 

 

 右の通路から歩み寄って来るのは、水色の髪を一つに束ねた少年だった。

 飴を噛み砕き、チョコレートを口に放り込み、また新たな棒付きキャンディーを召喚。

 懐から次々と甘味を取り出し、次の瞬間には口の中へと消えていく。

 あまりこういう言葉は好きではないのだが、最近の若者の食生活ってほんとどうなってんの。

 若くして甘味ジャンキーへと墜ちてしまった少年の未来がただただ哀れで仕方なかった。

 

 

「この俺、クールすぎる沢渡慎吾様の登場だ!」

 

 

 そして、左の通路で仁王立ちする、小物臭漂うチンピラ。

 

 

「くそっ、いい加減しつこいっ」

 

 

 初めは良かった。

 己の生来の手先の器用さを生かした、奇術師然としたトリッキーなスタイル。

 加えて、それぞれの人格が特殊な戦術のスペシャリストときた。

 器用貧乏ではない、万能な自分達に死角はない。

 立ち塞がる敵など障害にもならず、主戦力たる彼等も足止め程度にしかならなかった。

 

 

 だが、奴等は……弾けた。

 

 

 話は変わるが、自分達を追っている彼等は≪L.C(レオ・コーポレーション)≫と呼ばれる、ソリットビジョンシステムを管理する世界屈指の大企業として名を馳せている。

 その上、莫大な富と権力を握っているからか、遊戯には必要不可欠なカード製作にまで及んでおり、目の前の眼鏡マフラーはそこの若社長だったりする。

 だが、重要なのは、奴にカード製作の権限があることである。

 要するに、≪ぼくのかんがえたさいきょうのカード≫を創りあげることが可能なのだ。

 一向に捕まえることのできない事態に痺れを切らせたのか、奴は権力を駆使して遊戯のパワーバランスを崩壊させるインフレ上等のカード達を創りあげやがったのである。

 

 ボチヤミサンタイ。

 ミライオーバーエヴォリューションレザルトバーストグォレンダァ。

 サモサモキャットベルンベルン。

 プトレノヴァインフィニティ。

 

 気を抜けば呪詛のように脳裏を過る死の呪文の数々。

 やめろぉこんなのデュエルじゃない! なんてことは日常茶飯事だった。

 枕元にヴェーラーを置かないと悪夢に魘されるようになったのはあの頃からだったと思う。

 最近では征竜だの魔導だの、遥か昔に封印された混沌なんてものまで持ち出してくる始末。

 しかし、相手がその気ならこちらだって考えがある。

 あれはそう、≪黄泉天輪≫とかいうぶっ壊れを使われて死の淵を彷徨った時だったか。

 以来、この手の窮地を脱する魔法の言葉として創造された、その言葉は、

 

 

「助けてー! ユリえもーん!」

 

 

 直後、一瞬の脱力。

 意識が内へと沈んでいき、体の支配権が別の人格へと移っていく。

 

 

「ふぅ、ようやく真打登場ですか。しかし、遊矢も焦らしプレイとは中々味な真似をしますね」

 

 ――きゃー、ユーリさまってばステキー! 愛してるー!

 

「やれやれ、本気になってしまっても知りませんよ?」

 

 

 打って変わった丁寧な口調。

 ねっとりと蛇のような声音が自分の口から零れるが、慣れたもので違和感など全く感じない。

 覆い隠されたフードから覗く髪色は、赤と緑から濃淡な紫へと変色していた。

 

 

「不味い……! 力づくでもいい! 奴を――」

 

「近寄らないでください。あなたたちからはゲスの臭いがプンプンします」

 

 

 一閃。

 どこから取り出したのか、薔薇の鞭で周囲を牽制。

 空いた一瞬の隙を突き、腕に装着された機械に差し込まれた紙束からカードを一枚引き抜くと、天高く翳した。

 

 

「魔法カード、≪ヴァイオレット・フラッシュ≫」

 

 

 紫光。

 視界を蹂躙する輝きに視界は奪われるが、直前に固く閉じた瞼により効果は薄い。

 

 

「ぎゃん!?」

 

「遊矢は僕達のものです。誰であろうと彼に手出しをする者に容赦などしませんよ」

 

「くそっ、追え!」

 

 

 有言実行とはこのことか。

 障害物(沢渡慎吾)を踏み台に、裏路地を駆ける速度はまさに風。

 後ろから卑怯者だの決闘しろだのと戯言が聞こえるが、なぜ奴等の要求をのまねばならぬのか。

 敵が権力と財力で来るのだ、こちらが暴力で対抗して何が悪い。

 トップアスリートも真っ青なスピードで疾走し、視界が完全に回復した頃だった。

 路肩に放置された無人のバイクを発見。

 落し物の一割は発見者のものであるのは世間の常識であり、しかしバイクを分けれない。

 よって、取るべき選択肢は一つだけだ。

 

 

「ちっ、なんだよこのバイク! 地味過ぎんだろ! もっとウイング付けるとかよ!」

 

 ――薔薇のペイントなどもお勧めですよ。

 

 ――オレからしたらそれでもまだ地味すぎるくらいだ。シルバー巻こうぜシルバー。

 

 

 再び訪れる、口調の変化。

 悪態をつきながらバイクへ飛び乗り、手刀を形作るとキーの差込口を一閃。

 突き刺さった指先を捻るとエンジン音が響き、これにて発進準備完了。

 心の中でバイクの持ち主へ感謝の言葉を述べると、夜の街道目指して爆走開始。

 

 

「かっとビングだぜ! 俺ぇ!」

 

 ――イヤッッホォォォオオォオウ!

 

 

 色々と間違った叫びを迸らせ、ノーヘル状態という道交法違反上等な不良少年が一人。

 押し寄せる風によりフードが肌蹴け、露わになった髪色は青と黄色のツートンカラー。

 

 

 ――急げユーゴ! 時間がないんだぞ!

 

「うるっせぇなユート! 俺だってD・ホイールが使えりゃあっという間に――」

 

 ――リアルソリットビジョンを使っての移動は奴等に捕捉されると何度言えば分かる!

 

「わぁってるよ! 大体、このペースでも十分間に合うんだ! 愚痴くらい言わせろ!」

 

 

 そんな彼の背後から、まるで背後霊のような、髪色が黒と紫の青年が説教を飛ばす。

 種も仕掛けもない、この変化こそが自分を四重人格だと称する他とない証明だった。

 

 

 ――ユーゴの言う通り。この調子なら間違いなく間に合うから。だから心配するなよ、ママ。

 

 ――そうですよ、お母さん。全く、あなたという人は本当に心配性ですね。

 

 ――いい加減その呼び方を改めろ! お前達の母親役など私は絶対に願い下げだからな!

 

 ――はいはいツンデレツンデレ。あれですよユーリさん、本音では構われて嬉しいんだぜ絶対。

 

 ――ツンデレで寂しがり屋な世話焼き女房……ユート、貴方が女性でないことが悔やまれます。

 

 ――何を言っているんだお前達は!?

 

「遊矢! ユーリ! あとオカン! お前等黙ってらんねぇのか!」

 

 ――ほーらみろ、ユートママが騒ぐから。

 

 ――ユートお母さん、声が大きいです。もう少しボリュームを下げて。

 

 ――ふざけるな問題児共ぉ!!

 

 

 ギャーギャーワーワー。

 夜のMAIAMI市を疾走する彼等は賑やかだった。

 喧嘩など日常茶飯事、罵り合い、殴り合い、それでも彼等の絆は不変だ。

 一つの体を共有し、互いが互いを助け合う、絶対無敵の四重人格。

 ≪L.C≫の連中が弾けてもなお築き上げてきた不敗神話こそ、エンタメデュエリストにして指名手配犯である≪ファントム≫の名を轟かせる所以だと言われても過言ではない。

 しかし、現実は非情だ。

 そんな彼等の絆を持ってしても、どうしようもない奴がこの世には存在するのだ。

 

 

「……おい」

 

 ――なんだユーゴ。お前は黙って運転に集中していろ。

 

「いやよ、バイクに表示されてる時刻と腕時計の時間がズレてんだが」

 

 ――はは、何をおっしゃっているんだいユーゴさんや。そんな馬鹿なことある訳がないだろう。

 

 ――あれじゃないですか。≪LDS≫に追いかけ回されてる時にどこかぶつけて故障したとか。

 

 ――はっ……ははっ…………てへっ。

 

 ――遊矢ぁ貴様ぁああああああああああ!!

 

 

 現在の時刻、23時55分。

 訳あって0時までに目的地へ着かなければいけない中、時刻の誤認は致命的だった。

 5分前に着かなければ厭味ったらしく続く小言に連続。

 遅刻などしようものなら、契約不履行ということで一体どんな恐ろしい罰を負わせられるか。

 

 

 ――全速前進だ、ユーゴ!

 

 ――僕達の未来がかかっているのですよ! 風になるのです、ユーゴ!

 

 ――なんでもいいから! 何しても許すから! それこそバイクと合体しても構わないから!

 

「くっ……そぉおおおおおおおお!!」

 

 

 なぜ自分たちばかりこんな目に会うんだろうか。

 記憶喪失だからか、犯罪行為を犯したからか、≪L.C≫に目をつけられたから。

 否、諸悪の根源は別にあると、遊矢は心の底から思うのだ。

 

 ピンクの悪魔、金の亡者、守銭奴、強欲の魔女――。

 

 そう、全ての元凶はあの女だ。

 あの女に付け狙われ、交わしてしまった悪魔の契約こそ、自分たちの終わりの始まり。

 昼夜を問わず馬車馬のように働かされ、得られる収入は雀の涙。

 ブラック企業に墨を塗りたくったみたいな勤め先の名前は≪修造デュエル塾≫。

 そこの経営者の一人娘こそ、こちらの弱みを盾に自分達に絶対服従を強要させる女王様。

 

 ――もう嫌だこんな世界!

 

 そんなことを思った、次の瞬間。

 胸元のペンデュラムが瞬き、視界が真っ白に染まったのは。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 同じ時間、同じ場所、同じ願い。

 共に世界に絶望し、共に今の場所にいることを拒み、共に離別を望んだ。

 普通なら起りえない事象。

 ゆえにこれは奇跡。

 世界は違えど、時間軸も違えど、辿った歴史さえ何もかもが違えど。

 それでも起りえてしまったのは、彼等が同じ榊遊矢であったからだ。

 

 本来なら有り得ない歴史が今、刻まれようとしていた。

 

 

 

 

 




Q.並行世界の自分とか四重人格とか、そんなご都合主義展開ってありなの?
A.遊戯王だから大丈夫です。

Q.トップアスリートも真っ青な疾走とか、キーの差込口を手刀で破壊とか物理的に不可能じゃね?
A.デュエリストなら可能です。
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