トマトとナスとバナナと紫キャベツ   作:もちもちもっちもち

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その2

 気付いたら、水の中にいた。

 

 ――なにゆえ!?

 

 ごばぁと息を吐き出し、直後に呑みこんだ水はしょっぱかった。

 突然の事態にパニックに陥り、慌てて掻いた手が触れるのは重く纏わりつく水で。

 ガンガンと頭に鳴り響く声は十中八九彼等のものだろうが、水を多量に呑み込んだせいだろう、段々と意識が遠退き、ついには聞こえなくなってきた。

 

 ――ああ、なんだか懐かしいな。

 

 こんな状況、前にもあった気がする。

 終わりの始まりなんてどこぞのカード名みたいな、そんな忌まわしき最初の記憶だった。

 あの日以来、それこそ地獄のような日々の連続で心休まる時なんて一日だって――

 

 むにゅ、ぽよん。

 

 ふと、なにやら温かくて柔らかい感触に包まれた。

 暫くして体が浮き上がる感触が、そして瞼を刺す様な光が。

 咽るような空気のにおいに、口腔で尽きた酸素を求め、何度も咳き込んでしまう。

 薄らと開けた視線の先、降り注ぐ日光のせいで影になったせいで顔は見えない。

 だけど、徐々に覚めていく意識が、目の前の人物こそ命の恩人だと告げていた。

 自分を力一杯に抱き締め、体を揺すり、何度も必死に声を掛け続けてくれる。

 久方ぶりに触れた人の優しさに、きっと天使のような尊顔なのだろうと思い、嬉しさと期待交じりで、時間を置きつつ慣れていく視界が、恩人の顔を完全に映す。

 

 

「――遊矢!」

 

 

 ピンクの悪魔だった。

 

 

「げぇっ!?」

 

 

 むにゅう。

 距離を取ろうと突っ張った両手が、柔らかな双丘を捉える。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 時間が、停止した。

 

 

「きゃっ……」

 

「恥ずかちぃ!!」

 

「こっちのセリフよ!!」

 

 

 どこから取り出したのか、振り被ったハリセンを一閃。

 どうみても紙製の筈が、ふやけた様子もなく、見事なしなりをもって頬に直撃。

 まるで返り血を浴びたように、彼女の顔は羞恥と怒りで真っ赤に染まっていた。 

 

 

「ど、どこ触ってんの変態! 馬鹿! ドスケベ! 責任取りなさいよね遊矢!」

 

 

 岸までぶっ飛ばされ、飛び掛ける意識を必死に繋ぎ止める。

 なんというストロング、膂力が人間のそれではない。

 

 

「ていうか、どういうつもりよ! いきなり海に飛び込んだと思ってたら、全然上がってこないし! し、心配したんだから! 早まったんじゃないかって、私……わた、し……っ」

 

 

 ズンズンと肩で風を切る勇ましく進んでくるピンクの髪の女の子の名前は≪柊柚子≫。

 眼前で仁王立ちし、唐突に声を震わせ、泣き出しすピンクの髪の女の子の名前は≪柊柚子≫。

 へたり込み、女の子座りをする、か弱いピンクの髪の女の子の名前は≪柊柚子≫。

 

 

 ――誰だ、彼女は。

 

 ――誰だよ、こいつ。

 

 ――誰なんですか、この方は。

 

 

 奇遇だね、同じこと思ってたよ。

 

 

 ――なぁにこれぇ。え、柚子だよね。この子ってあの柊柚子で間違いないんだよね。

 

 ――金のためなら例え相手が赤子や老人だろうと容赦しない、それが私の知る彼女なのだが。

 

 ――お、おい。あれなんじゃねぇか。俺等、約束の時間に間に合わなかったから、それで!

 

 ――なるほど。泣き落としで僕達の罪悪感を誘い、慰謝料をふんだくろうという魂胆ですか。

 

 

 つまり、今日も柊柚子は平常運転ということわけだ。

 心配して損したと、立ち上がった遊矢は踵を返した。

 

 

「……待ちなさいよ」

 

 

 しかし、柊柚子からは逃げられない。

 

 

「私とデュエルしなさい」

 

「……でたよ、デュエル脳」

 

 

 げんなりするが、それがこの世界の常識だということは嫌でも身に染みている。

 無言でデュエルディスクを展開する柚子に、遊矢は嘆息しながら応えた。

 胸の前に構えたパット型のデュエルディスクを起点に、くの字に展開する光板。

 当り前のように濡れていないデッキは、一体なんの素材で出来ているのだろうか。

 

 

「いつもいつもふざけてばっかり! 権現坂に図星刺されたからって身投げなんて……っ! あんたの腐った性根、私が叩き直してあげるわ!」

 

「貴様がそれを言うか」

 

 

 性根どころか骨の髄まで金欲に染まっている守銭奴がなにをほざいている。

 付き合いきれんと、でも相手にしないと後が面倒だからと、デッキから5枚を引き抜いた。

 

 

「デュエル!」

 

「……デュエル」

 

 

 服が濡れてて気持ち悪い、後なんか磯臭い、寒気もする。

 あ、後攻だった。

 

 

「私のターン! 先攻はドローできないから、このままメインフェイズ! ≪幻奏の音女オペラ≫を召喚!」

 

 

 美しい歌声を響かせ、背中から小さな翼を生やした少女が現れた。

 

 

 ≪幻奏の音女オペラ≫

 星4/攻2300

 

 

「レベル4にしては攻撃力が高い……デメリットアタッカーか」

 

「≪オペラ≫は召喚したターン攻撃はできない。でも先行は攻撃できないから、デメリットなんてないようなものよ。私はこれでターンエンド」

 

「≪幻奏≫、ねぇ……」

 

 

 恐らく、≪幻奏≫とは特定のカテゴリ群なのだろう。

 判断材料が少ないので推測の域を出ないが、この手のネーミングはまず間違いないはず。

 というか、普通に見たことのないカードなのだが、いつの間にデッキを新調したのだろう。

 あれか、その金は自分達が汗水垂らして稼いだ金で買い集めたのだろうか。

 それほどの金銭的余裕があるのなら、少しくらいこちらの時給を上げてはくれませんかね。

 

 

「そんじゃ、オレのターンっと」

 

 

 ドローしたカードと手札を眺め、ふむと顔を上げる。

 大変おっかない眼光でこちらを睨む少女が一人、となればとるべき選択は一つだ。

 

 

「オレはPスケールをセッティング」

 

 

 本来なら決め台詞で盛り上げるのだが、どうにもテンションが上がらない。

 デュエルは楽しく、楽しむなら皆で最高に盛り上がろうがモットーであり、だからこそ目指す、榊遊矢が榊遊矢たらしめるデュエルスタイル。

 しかし、観客も相手も嫌になるほど付き合いのある連中なのだ、今回ばかりは勘弁願おう。

 

 

 ――上を目指すのなら、常に全力を尽くすべきだろう。

 

 ――けどよぉ、ユート。いっつも全力じゃ疲れちまうぜ? 遊矢は適当過ぎるけどな。

 

 ――でも、その適当さ、僕は嫌いじゃないですよ?

 

 

 彼等の声に苦笑を漏らし、手札から引き抜いた2枚のカードをディスクにセットする。

 

 

「レフトPゾーンに≪EMバラード≫、ライトPゾーンに≪EMバラクーダ≫をセッティング」

 

 

 降り注ぐ、光の柱。

 それぞれに白髪と黒髪の美少年が浮かび、彼等の前に2と5の数字が出現する。

 そして現れた、翼の意匠が施された巨大なペンデュラム。

 大きく左右に揺れる振り子が直後、罅入り砕け、弾け飛んだ。

 

 

「ペンデュラム召喚。来い、≪EMハンサムライガー≫」

 

 

 中から姿を現したのは、戦国甲冑に身を包んだ長身の美丈夫。

 

 

 ≪EMハンサムライガー≫

 星4/攻1800

 

 

 ――なるほど、それならば仕方があるまい。

 

 ――苦労かけるぜ、遊矢。

 

 ――接待デュエルとは、≪ファントム≫の名も地に堕ちたものですね。

 

 

 仕事帰りのサラリーマンのような遊矢の眼、現れた三人の美男に彼等は全てを察した。

 柊柚子は金の亡者だが、彼女が愛してやまないものがもう一つ存在する。

 ずばり、それはイケメンである。

 そして、柚子は中でも≪バラード≫と≪バラクーダ≫、≪ハンサムライガー≫には目がない。

 彼等がリアルソリットビジョンによって質量を得ているのをいいことに、あんなことやこんなことまでさせている程度には、三体のモンスターのことを気に入っている。

 だからこそ、柚子の機嫌が悪い時にはこの3体を出すのが一番手っ取り早いのだ。

 

 

「……ペンデュラム、召喚……?」

 

「え、そっち?」

 

 

 それこそ腐るほど見ただろうに、まるで初めて見たかのような反応。

 今日の柚子は何時にも増しておかしいと、そんなことを思う遊矢なのだった。

 

 

「更に≪EMユニ≫を召喚。効果により、手札から相方のご登場だ。≪EMコン≫を特殊召喚」

 

 

 金髪にポニーテール、青髪ツインテール。

 額からと臀部から生えた角と尻尾、そして起伏の富んだ肢体を扇情的な衣装で身を包む。

 それぞれが左右から腕を組み胸を押し付ける、その様は文字通り両手に花。

 

 

 ≪EMユニ≫

 星4/攻 800/守1500

 

 ≪EMコン≫ 

 星3/攻 600/守1000

 

 

 遊矢のデッキの花である美少女双子姉妹≪Unicorn≫の登場に、低空飛行を続けていたテンションが急上昇を見せた。

 

 

「――――」

 

 

 狙撃され翼を捥がれ頭から地面に叩き付けられ絶命した、テンションが。

 

 

「…………」

 

 

 柚子が睨んでいた。

 人の二三人殺してそうな目だった。

 得体の知れない空気が場を支配していた。

 

 

「バトルだ!」

 

 

 そうだ、デュエルをしよう。

 

 

「≪ハンサムライガー≫で≪オペラ≫を攻撃!」

 

「……っ、攻撃力は≪オペラ≫の方が上なのよ!? 自爆特攻でもする気!」

 

 

 よかった、いつもの柚子に戻ってくれた。

 

 

「この瞬間、≪バラード≫と≪バラクーダ≫のP効果発動! ≪オペラ≫の攻撃力を600下げ、その攻撃減少値を倍にする!」

 

「ぺ、ペンデュラム効果ですってぇ!?」

 

「行け! ≪バラード≫、≪バラクーダ≫! 続け、≪ハンサムライガー≫!」

 

 

 二人から伸びる植物の鞭が≪オペラ≫を捉え、その動きを束縛。

 その隙を逃さず、刀を構えた≪ハンサムライガー≫が肉薄。

 ギラリと光る白刃に恐怖し、眼を閉じる≪オペラ≫の腹部を最小限の力で峰打ち。

 気を失い、束縛から解き放たれた≪オペラ≫を優しく抱き留め、ふっと淡く微笑む≪ハンサムライガー≫。やったのお前だろうが。

 なんだこの茶番、それでいて絵になるとは、これがただしイケメンに限るって奴か。

 

 

 ≪幻奏の音女オペラ≫

 攻2300→1100

 

 柚子LP4000→2800

 

 

「≪ハンサムライガー≫の効果! 戦闘で相手モンスターを破壊した時、デッキからレベル5以上のPモンスターをデッキに加える! オレは≪オッドアイズ・ファントム・ドラゴン≫を手札に! そして≪ユニ≫と≪コン≫の二人で直接攻撃!」

 

 

 頷き、腕を組み、胸を張った≪ユニ≫と≪コン≫はその場でポージング。

 ぶるんと揺れた、何がとは言わないが。

 途端、何故か柚子は自分の体を見下ろし、体を戦慄かせた。

 

 

 柚子LP2800→1400

 

 

 えっ、今のって攻撃なの? 

 ライフ減少したけどそういうことなの?

 

 

「メイン2。≪コン≫の効果で≪ユニ≫と一緒に守備表示に、デッキからPモンスターをサーチ。オレは≪オッドアイズ・ミラーシュ・ドラゴン≫を手札に。カードを1枚伏せてターンエンド」

 

 

 静かだ。 

 波の音、遠くで行き交う車の音、時折吹き抜ける風の音。

 エンド宣言にをしたにも関わらず、自分の体を搔き抱いたまま柚子は動く気配を見せない。

 

 

「……なによなによ、そりゃあ二人に比べたら私なんてまだまだだけど、これでも同年代じゃあ育ってる方なのよ。なに、そういうことなの? 年上好きってことなの? 小さい頃から隣にこんなに可愛い幼馴染がいて手を出してこなかったのってそういうことだったっていうの?」

 

「ターンエンドです! 柚子さんどうぞ!」

 

「……はっ!? わ、私のターン!」

 

 

 よかった、いつもの柚子に戻ってくれた。

 

 

「魔法カード、≪独奏の第1楽章≫! 私の場にモンスターが存在しない時、手札もしくはデッキからレベル4以下の≪幻奏≫モンスターを特殊召喚できる! デッキから≪幻奏の音女セレナ≫を! そして、≪セレナ≫は天使族モンスターをアドバンス召喚する時、2体分のリリースに出来る! ≪セレナ≫をリリースし、アドバンス召喚! 天上に響く妙なる調べよ! 眠れる天才を呼び覚ませ! いでよ! レベル8、≪幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト≫!」

 

「エースのお出ましか」

 

「まだよ! 手札の≪幻奏の音女カノン≫はフィールドに≪幻奏≫モンスターがいる場合、特殊召喚できる! 更に、≪セレナ≫が特殊召喚したターン、私は≪幻奏≫モンスターの召喚権を得るわ! ≪カノン≫をリリースし、アドバンス召喚! ≪幻奏の音女エレジー≫! そして、≪モーツァルト≫の効果で、手札から≪幻奏の音女アリア≫を特殊召喚!」

 

「お、おう……」

 

 

 先の独唱、≪オペラ≫も素晴らしかったが、目の前の光景はそれ以上だ。

 オレンジと紫のハープ、そして背中から大きな翅を携えた女王の降臨。

 ハープの音色、音姫と音女達の三重奏が、フィールドに響き渡る。

 

 

 ≪幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト≫

 星8/攻2600/守2000

 

 ≪幻奏の音女エレジー≫

 星5/攻2000/守1200

 

 ≪幻奏の音女アリア≫

 星4/攻1600/守1200

 

 

「特殊召喚した≪アリア≫がいる限り、私の≪幻奏≫モンスターは効果の対象にならず、戦闘では破壊されない! そして、≪エレジー≫は特殊召喚された≪幻奏≫モンスターに効果破壊耐性を与えるわ! これが私の最強の布陣! 遊矢に突破できるかしら?」

 

「うっわー、なにそのめんどっくさい効果ー。普通にドン引きなんですけど」

 

「ど、ドンび……っ!?」

 

 

 戦闘に効果破壊、そして対象耐性。

 ≪モーツァルト≫と≪エレジー≫は特殊召喚ではないため効果破壊耐性は適応されないが、後続のモンスター達は≪モーツァルト≫がいるので、効果適応条件である特殊召喚は容易に満たせる。

 手札を全て使い切ってまで展開するに足る、恐ろしい布陣だった。

 

 

「デッキって持ち主に似るんだね」

 

 ――デッキによってはこの時点で詰みだぞ。なんという外道コンボだ。

 

 ――デッキが変わっても柚子は柚子ってことか。

 

 ――デッキが変わろうとも、彼女の性根の腐り具合まで変わる訳ではありませんからね。

 

 

 散々な評価だが、今まで行ってきた悪行の数々から判断すれば当然の結果ともいえた。

 

 

「ペンデュラムだのドン引きだの、今日の遊矢は訳の分かんないことばかり言って……さては、その女達が原因なのね!」

 

「……はっ?」

 

 

 びしっ! と指差される≪ユニ≫と≪コン≫。

 互いに顔を見合わせ、こちらを見ながら首を傾げてきた。

 普通に可愛かった。

 

 

「謝ったって許してあげないんだから! 遊矢を誑かした悪女達! あたしが成敗してくれる!」

 

「何言ってんの!?」

 

「うるさいうるさいうるさーい!」

 

 

 何かがおかしい。

 今日の柚子は、出会った時からおかしかった。

 不本意ながら付き合いの長い遊矢だからこそ、その違和感はより顕著なものとなってしまう。

 

 

「……待てよ」

 

 

 ふと、脳裏を過ったもの。

 直後、稲妻が落ちたように、とある推論が天啓のように遊矢の身に降りかかった。

 

 

「まさか……そっちに目覚めたのか!?」

 

 

 謎は全て解けた。

 

 

 ――なんのことだ!? まるで意味が分からんぞ!

 

 ――あえて茨の道を歩もうとは、彼女の業も中々に深い。まさか、白百合を開花させるとは。

 

 ――白百合って、花がどうかしたのか?

 

 

 イケメンには興味を示さず、美少女達には興味津々。

 そして、≪ユニ≫と≪コン≫が遊矢に抱き着いてきた時に飛ばしてきた殺気。

 要するに、そういうことなのだろう。

 両方いけるのは驚愕だが、他人の趣味趣向にとやかく言うほど遊矢も無粋ではない。

 基本的に自分に降りかからない限りは放置するのが遊矢のスタンスなのだ。

 

 

「なにを一人でブツブツと……≪アリア≫、≪エレジー≫! ≪ユニ≫と≪コン≫を攻撃よ!」

 

 

 大きな深呼吸の後、肺に貯め込んだ空気を音波にして吐き出す、まさにその瞬間。

 目の眩むような閃光。

 突然の出来事に攻撃を中止し、あまりの眩しさに≪モーツァルト≫も含め、柚子のモンスター達は膝を屈してしまった。

 

 

「な、なにこの光っ」

 

「伏せカード、≪エンタメ・フラッシュ≫を発動したのさ。効果により、柚子のモンスターは全て守備表示へ。彼女達は次のターンの終了時まで表示形式は変更できないよ」

 

「そんな……!」

 

 

 信じられないと、柚子の表情は物語っていた。

 自分のモンスターに付加された強固の耐性を信じていた――否、過信していた結果だ。

 遊矢の伏せカードに無警戒だったことが、疑いようのない証拠と言える。

 

 

「どんなに強固な守りでも、必ず抜け道は存在する。彼女達にとって、≪エンタメ・フラッシュ≫のような対象を取らない効果は天敵だったってことさ」

 

「くっ、遊矢のくせに……」

 

「そして! ≪ユニ≫と≪コン≫は絶対にお前には奪わせん!」

 

「何言ってるの!?」

 

「奪わせはせん! 奪わせはせんぞぉ! この命が尽きるまで嫁入りなんて認めないからな!」

 

 

 柚子と悪魔の契約を交わして以来、遊矢は様々なものを奪われてきた。

 だけど、譲れないものだって当然ある。

 遊矢の心のオアシスにしてデッキのアイドルである≪Unicorn≫は絶対に渡してなるものか。

 

 

「オレの、ターン!!」

 

 

 それは、魂のドロー。

 遊矢のカードを想う気持ちに、デッキは更なる可能性を示してくれた。

 

 

「魔法カード、≪強欲で貪欲な壺≫! デッキから10枚を裏側表示で除外して発動し、2枚ドローする!」

 

 

 デッキトップに指を掛け、更なる可能性を呼び込む。

 はたして、デッキは応えてくれた。

 

 

「更に魔法カード、≪揺れる眼差し≫を発動! このカードは互いのPゾーンを破壊し、その枚数以下の効果を得る! 今回破壊されるのは≪バラード≫と≪バラクーダ≫の2枚! よって、柚子に500のダメージを与え、デッキからPモンスター、≪オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン≫を手札に加える!」

 

「きゃっ」

 

 

 柚子LP1400→900

 

 

「いくぞ! オレはレフトPゾーンに≪オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン≫をセット! ライトPゾーンに≪オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン≫をセッティング!」 

 

 

 大地から天空へと突き抜け、どこまでも伸びる光の柱。

 そこに出現する、赤と緑の2体の竜が示す数字は1と8。

 

 

「揺れろ運命の振り子! 迫り来る時を刻み未来と過去を行き交え!」

 

 

 右に左に、荘厳に雄大に。

 遊矢の感情に呼応して、その揺り幅は留まることを知らない。

 

 

「ペンデュラム召喚!」

 

 

 そして、時は満ちた。

 

 

「現れろ! レベル7、≪オッドアイズ・ファントム・ドラゴン≫!」

 

 

 雄々しく、神聖で、禍々しく、秘めたる可能性は無限大。

 ペンデュラムから出現した、四色の光玉をその身に埋め込んだ白竜が、産声を上げる。

 名が示す、二色の眼が映し出すのは、唖然として立ち尽くしている柚子だった。

 

 

 ≪オッドアイズ・ファントム・ドラゴン≫

 星7/攻2500/守2000

 

 

「上級モンスターをリリースなしで……! それに、≪オッドアイズ≫って……!」

 

 

 今がデュエル中だと思い出したのか、柚子は表情を改める。

 ≪アリア≫の効果で、自分のモンスター達は破壊されない、その上守備表示だからダメージを受ける心配もない、だから大丈夫。

 ――そんなことを思っているのがありありと伺えてしまう。

 

 

「教えてやるよ、柚子! モンスターを倒すことだけが勝利の条件じゃないってことを!」

 

「なにを……!」

 

「≪ファントム≫に≪メテオストライク≫を装備! 効果により、≪ファントム≫は貫通効果を得る!」

 

「何ですって!?」

 

「これで終わりだ! ≪ファントム≫で≪アリア≫を攻撃! 夢幻のスパイラルフレイム!」

 

 

 吐き出された豪炎が、一条の矢となって≪アリア≫を貫く。

 効果によって破壊は免れたが、防ぎ切れなかった余波が柚子を襲い、残り僅かだったライフを残さず燃やし尽くした。

 

 

 柚子LP900→0

 

 

「嘘……1ポイントもライフを削り切れなかった。それに、ペンデュラム召喚って……いつの間に、こんなにも強く……」

 

 

 敗北のショックが拭えないのか、柚子はブツブツと言葉を漏らしていた。

 これは後が恐ろしいなと思いながらも、遊矢に後悔はない。

 守り切ったのだ、大事なカードを、≪ユニ≫と≪コン≫を、ピンクの悪魔の魔の手から。

 誇らしい気分で、勝利を決定付けた≪ファントム≫の後ろ姿を眺める。

 

 

 ――逃げろ、遊矢!

 

「…………へ?」

 

 

 内から響く、ユートの声。

 そこに滲んでいる焦りに、遊矢ははてと首を傾げる。

 

 

 ――私達は追われている身なんだぞ! それを、こんな街中で……!

 

 ――他のモンスターなら誤魔化せても、≪ファントム≫はさすがに不味いですよ!

 

「…………やっちゃったぜ!」

 

 ――馬鹿言ってねぇで俺に代われ!

 

 

 意識が沈み、表に出た人格は青と黄色の髪色を持つユーゴ。

 懐から取り出したカードが光り輝き、白を基調としたバイクへと変化した。

 ソリッドビジョンシステムを利用し実体化した愛機に跨り、アクセルをフルスロットル。

 

 

 ――此処は目に付き過ぎる! まずは人気のない場所まで移動するんだ!

 

「おう! んじゃあ、飛ばすぜぇ!」

 

「――ちょ、ちょっと遊矢!」

 

「あ゛あ゛! んだよ! こっちは急いでんだ!」

 

 

 乱暴な口調に一瞬怯むも、慌てて立ち上がった柚子は声高に叫ぶ。

 外套を被り、背を向けていたからか、姿の変化には気付いていない様子だった。

 

 

「どこ行くつもりよ! 明日はストロング石島とのデュエルがあるのよ! 今の遊矢なら、きっとストロング石島にだって――」

 

「柚子テメェ! また俺達に黙って大会に申し込みやがって! どうせ賞金目当てなんだろうが! つか、ストロングなのはテメェの馬鹿力の方だろうが!」

 

「何ですってぇ!」

 

 

 四人いる人格の中で一番喧嘩っ早いユーゴは、こういう交渉事には向かない。

 

 

「……それで、時間と場所は?」

 

「え、えっと……舞網スタジアムに、10時から……」

 

「分かった、時間通りそちらへ向かおう」

 

「ど、どうしたのよ遊矢。さっきから、あなた変よ?」

 

「では、私はこれで失礼する」

 

「ちょっ――」

 

 

 理性的なユートから、再びユーゴへ。

 舌打ちを零し、静止の声を投げ掛ける柚子を無視し、D・ホイールを発進させた。

 

 

「なんなのよぉ、もう……遊矢の馬鹿ぁああああああああ!!」

 

 

 昼の舞網に、柚子の声が木霊した。

 

 

 

 

 




≪EMユニ≫と≪EMコン≫は可愛い(確信
本作の最大の被害者は柚子だと作者は思うんだ。
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