黒い靄に覆われて。
次に目を開けたときは既に見知らぬ場所に飛ばされていた。
「………」
ここはどこだ。
古びた店のようにも見えるが。いかんせん空気が悪すぎる。
そしてなにより先程私を襲ってきた黒い靄がカウンターでコップを拭いているがどういうことなのか問いただしたい。
顔は一ミリも動かないが。それでも暦の脳内はパニックぎみになっていた。
「そんなところに立っていないで、どうぞお座りください」
黒い靄。黒霧と名乗った男は自分の目の前の椅子を示す。
特に異論もなかったので素直に座ると、すぐに飲み物が出された。
「オレンジジュースで大丈夫ですか?」
「………ありがとうございます」
なんだこいつ。
なんでこんな紳士的なんだ?
本当に敵なのか?
それとも。やっぱり敵でも悪に染まりきっているけではないのか?
いいな。こいつ。
知りたいな。もっと。
どんな活動をしているのか。
目の前の紳士的な男も残虐なのか。
なんで敵になどなったのか。
嗚呼知りたいな。気になるな。
黒いものがどんどん胸に渦巻いていくのが感じる。
ジッと男を見ていると、奥のドアが開いた。
「あ………?誰?そいつ」
「狭間暦さんです。ほら、例の」
「ああ………」
顔に手を張り付けてる男が出てくると。席をひとつ開けて座った。
「あー…………なんて名前だっけ?」
「狭間暦です。あなたは?」
「死柄木弔」
「ヴィランなんですか?」
「そうだよ」
話ながら出された食事を食べ始める弔。
そんな彼を私はジッと見ていた。
「………なに」
「どうしてヴィランになったんですか?」
「は……?」
「どんなことを普段しているんですか?その手はなんですか?どういう理由でヴィランになったんですか?ヴィランとしているのに何か信念というものはあるんですか?」
たてつづけに言いつのる私に、彼は奇妙なものを見るような目で見る。
「………お前さ。なんでそんなもの着てんの?」
「………雄英の制服ですか?なぜと言われても学校の制服で帰りがけに襲われたのでそのまま。としか言えないのですが」
「そういう意味じゃなくて。なんでそんなとこにいんだよ」
「………?」
「お前は、こっちだろ?なんでそっちに平然と立ってんの?」
こっち。そっちと。自分と私を指差し言う彼の言葉が、何故か胸に刺さった。
「………こっち?」
「そう。お前はヴィランであるべきだ。自分でもわかってんだろ?」
自分ではいつも。考えがヴィラン寄りだとは思っていた。
けれど、他人から言われたのは初めてだった。
初めて言われた。
初めて、その事実を突きつけられた。
だからなのか。
今まで言っていたことが、初めて。実感したのだ。
固まる私を、死柄木は一瞥すると前の食事に視線を戻した。
「狭間暦さん。先程も言いました通り、我々はあなたを引き入れたいのです。どうですか?共に進みませんか?」
「………」
「それに、こちらに来ていただければ、ヴィランもヒーロー。総じて観察することができますよ」
「それは確かに……魅力的ですね」
「でしょう?そちら側ではヒーローしかみれない。けれどこちらに来れば、どちらも見ることができる。それになにより、こちらにはあなたを否定するものもありません。調査した通りの人物ならば、断る理由はないと思うのですが」
こいつは私をよく分かっている。
そうだよ。いつもの私ならそんな魅力的な話。飛び付いているはずだ。
でも。
なんで、こんなときに相澤先生の顔が浮かぶんだろうか。
__お前が道を踏み外しそうになるんなら、俺が手を引いてやる。__
ああそうだ。
あの人は。初めて私を拒絶しないでくれた人。
例え父娘という理由であっても。
私の考えを聞いても拒絶しないでくれた人。
初めて。
初めて、私の手を引いてくれた人だ。
その思いに気づいたとき。私は不覚にも泣きそうになった。
顔には勿論出ないが、それでも、どうしようもなく泣きたくなった。
もう私の頭のなかにヴィランという選択肢は存在していなかった。
今はただ。あの人に会いたい。