暦はその日、表面上はいつも通りだが、どこかそわそわとした雰囲気だった。
チラチラと時計を見ては若干雰囲気が柔らかくなり、たまに外を見たかと思えばずっと見続けていたり(相澤がいた)とにかくいつもとは違う暦に、一番始めに気がついたのは隣の席の心操だった。
「おい、狭間」
「なんだ心操」
「お前今日どうした?なんかおかしいぞ」
純粋な興味から聞いてきた心操の言葉に、暦はゆっくりと瞬きをする。
「そうか………そんなにも態度に出てしまうのか。」
「おい……?」
「何かあると言えばある。それが私は心待にしているんだ。そのせいでどこかおかしな行動をしているのかもしれない」
「それ、なに?」
「…………やっと。やっと、自分のことがわかった気がするんだ。やっと、見つけられたのかもしれないんだ。
どうなるか分からないが、今日の放課後に私のすべてが決まると思う」
それ以上話す気がないのか、暦は口を閉じる。
結局なにも教えていないのとおなじなのだが、心操はそれ以上聞くのを諦めた。
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そして放課後。
「相澤先生」
相澤が仕事を終え、職員室を出た瞬間に声がかけられた。
驚いて声が聞こえた方を向くと、暦が職員室の横の壁に背を預けた状態で立っていた。
「終わりましたか?」
「ああ。………ずっとそこで待っていたのか?」
「ずっとというほどの時間ではありませんでしたし」
そう言うと暦は相澤に近づく。
「俺の準備室で構わないか?」
「はい。構いません」
二人は並んで歩くが、その間に会話はない。
けれど居心地の悪さはない。前まではあった暦の不穏な空気がなくなり、どことなく柔らかくなっているからだ。
本来ならば喜ぶべき変化。けれど唐突に変わった暦に、相澤は困惑した。
「あー………今日はどうした?」
準備室につき、対面するように机を間に挟んで聞くと、暦は一つ瞬きをすると、いつもと同じように感情が見えない平坦な声で口を開く。
「私は、あなたの娘です。あなたの血を引き、個性を受け継いだ、正真正銘の子です」
語られる言葉に、相澤は目を見開き慌てて何かを言おうと口を開きかけるが、それよりも速く、暦が言葉を畳み掛ける。
「けれど私はそんなものあったとしてもなんら関係ないと思っていました。血の繋がりなんて不確かなもの、どうでもいいと思っていました。そもそも、他人が死のうと傷つこうとどうでもよかったんです。それはあなたも同じでした」
淡々と静かに語られるそれは、いつかの図書室と似ていた。
違うのは、語られる言葉が過去形であること。そして、他ならない暦本人が、その言葉が。どことなく感情を表していた。
「あの日までは」
それは本当に些細なこと。
けれど確実な変化。
「あの日から、私は変わってしまった。私自身がわからなくなってしまった。すべては、あなたの言葉からです。」
まっすぐに、相澤を見る。
その顔はどことなく歪んでおり、目の前で必死に己の気持ちを言葉にしていく少女を、相澤もまた真剣な表情で聞いていく。
「それからあなたが大怪我をしたときいて、胸がきしんだようだった。実際にその目で見て、予想できたはずなのにその傷の大きさに愕然とした。その後にその怪我が見られたくないからと私に会いに来なかったのかと思って腹が立った。
そのときはそれらが一体なんだったのか分かりませんでした。
あのヴィランたちに勧誘されたとき、いつもの私ならすぐにその手を取っていたはずです。ヴィランのことを間近で見れるチャンスですし、罪悪感なんてなかった。けれど、あなたの顔が頭から離れなかった。」
相澤の顔に段々と驚愕の色が浮かぶ。
「あのヴィランたちと話して、私は気づいた。気づいてしまったんです。
もう、私にとってあなたはどうでもいい有象無象ではない。
たがらヴィランたちがあなたを傷つけた元凶と聞いて怒りにどうにかなりそうだった。
あなたと関わってから私は初めてだらけです。
けれど、それらの変化もあなたからの影響だと思えばそれもまたいいと思ってしまうんです。」
暦はもう、無表情などではなかった。
それは無意識だったのかもしれない。それでも、彼女は膝においた手を握りしめ、その顔は困惑か。必死さか。
「あなた以外は変わっていません。今でもどうでもいい存在です。死のうがどうしようが構いません。でもあなたは違います!」
暦は俯いてしまう。
「あなたが傷つけば私は怒りと悲しみでどうにかなってしまう!あなたが死んでしまうと思うだけで……っ。私はその元凶をぐちゃぐちゃにしても収まらないほどの怒りが私を襲う。
あなたは、私を初めて拒絶しないでくれた存在なんです。
私を、私の手を、離さないでくれた存在で。
私のたった一人の大切な父さんです。」
話すことは決まっていた。
それでも、実際目の前にして話始めて、頭のなかは真っ白になって、感情が制御できない。
「私は今まであなたを拒絶し続けていて、今さらかもしれません。それでも私は……!」
続きは、言えなかった。
いつのまにかこちらに回ってきていたのか、相澤が暦を抱きしめていたからだ。