分からない。分からない。
準備室を出て、帰りの道を歩いている間中、先程のことで頭が一杯だった。
なぜ私はあの人の怪我を治したんだ。
なぜ重症だと聞いていたにも関わらず、あの人の姿を見て動揺しているんだ。
なぜ、なぜ、何故。
準備室を開けたとき。あの人がいるだろうことは可能性としては考えていた。それでもゼロに限りなく近かったけど。
それなのにあそこまで動揺したのは、その姿だった。
顔も手も。包帯で巻かれていないところなどないんじゃないかと思うほど包帯まみれになっていた。
一目見るだけでどれほどの傷なのか理解できた。できてしまった。
予想していたのよりもずっと、ずっとずっと酷くて。
なんでそこまで出来るのか分からなかった。
理由を聞いても分からなかった。
生徒の方は一人を除いてほぼ無傷だったらしい。それなのになぜあの人だけがあんな重症を負ったのか。
分からなかった。
なぜ他人のためにそこまで出来るのか。それが当然の行動だと考えられるのか。
それと同時に、自分のこともわからなくなった。
他人なんてどうでもいい。それは今も変わらない。
変わったのはあの人に関してだ。
あの傷が、まるで自分を蔑ろにしているように思えた。
その日に会いに来なかったのは私に傷のことを見せたくなかったからなのかと勘ぐってしまった。
腹が立った。
何にかは分からない。けれど何故か腹が立った。
それで気づいたらあの人の怪我を治したんだ。
どうでもいい。他人なんて。自分にはにもしてくれない。
他人を助けたって、何にもならない。
所詮利害しか考えられない生き物だ。
なのに、なんなんだよ。
あの人に関わったのが間違いだった。
あの人に関わってから私はおかしくなってしまった。
もう、自分が分からないんだ。
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「こんにちは」
あと少しで家。
そんなときに、目の前に黒い靄のような人が現れてこちらに挨拶した。
「………誰ですか」
「私黒霧と申します。突然ですが狭間暦さんであっていますか?」
突然現れて名前を知っている男に警戒するが、それよりも直感でこいつが敵だということがわかった。
「………ヴェランが私に一体何のようでしょう」
「おや。わかりますか?」
「そんな怪しさ満点で一般人ということのほうが無理があるでしょう」
「確かに」
小さく笑うと、男はこちらに一歩近づく。
「実は今日は、あなたを勧誘しに来たのですよ」
「…………は?」
「敵連合というのですが、聞いたことはないですか?」
「…………」
「あなたの個性は強力でしかも希少。是非ともこちらに引き入れたいのですが」
実を言うと、かなり魅力的だ。
敵のことを近距離で見られ観察できる機会なんてほとんどない。それが向こうからやってきたのだから。これをチャンスと言わずしてなんという。
いつもの私なら入る入らないは別にして、一もなく二もなくこの男についていっただろう。
けれど、今日はなんだか胸に引っ掛かりを覚えてしまい、何故だかあと一歩が踏み出せない。
「ああちなみに、あなたに拒否権はございませんので」
迷っている間に周りを黒い霧が包み込んだ。