FF14 短編集   作:ななみん

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 時間軸は、新生スタートから三年前の、キャンプ・ドラゴンヘッド。アートボルグ砦群の責任者にフランセルが就任した頃の、フランセルとオルシュファンのお話です。
 注意事項は以下の三点です。閲覧の際には十分ご注意下さいますよう、よろしくお願いします。
・メインクエストのネタバレ含みます。故に、メインクエストをLV57IDクリアしたところまで進められた方推奨です。ネタバレお嫌いな方は、すみませんがお戻り頂けると幸いです。蒼天秘話「銀剣のオルシュファン」をご覧になっておられるのであれば、問題ないかもしれません。
・二人が現在の地位に就任した時期が定かではないので、独自の設定をさせております。見逃している可能性が高いですので、他の設定も含めまして、間違いご座いましたらご指摘頂きますと非常に助かります。具体的な数字を盛り込まないという手法も考えましたが、色々考えた故の結論となりました。
・蒼天秘話「銀剣のオルシュファン」の話を基に書いております。故に、秘話で語られた一部内容も含みます。お読みにならなくても問題ないように努めておりますが、分かりづらいところありましたら、加筆および修正させて頂きますので、ご指摘をよろしくお願いします。

この小説はpixivにも投稿させて頂いております。
リンク:http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5816090


報本反始

 クルザス中央高地、アートボルグ砦群の責任者に就任したフランセルの元には、多くの者が祝いの品を持参しやって来た。それもそのはず、フランセルはアインハルト家の正式な四男――イシュガルド四大名家の一つである家の子息。故に名高い他の名家や親戚一同が、純粋な心とそれぞれの思惑のもと自分に近づいてきた事くらいは、若いなれどもフランセルには理解している。無論、百を超える程の者が皇都イシュガルドからわざわざこの地を訪ねてきた事は、父であるボランドゥアン・ド・アインハルト伯爵の人望と自分への気遣いによるものだということも。

 来客の数が落ち着き、本格的に任務を始めてから数日後。フランセルは、任地の北隣であるキャンプ・ドラゴンヘッドを訪れていた。時は昼過ぎ。白い息を吐く中、慣れぬ雪道を踏みしめ、この地を治める四大名家の一つであるフォルタン家の騎士が座する建物の扉をくぐった。刹那、熱すぎる抱擁がフランセルの身体を出迎えた。

「おお! この寒い中、良く来てくれた、友よ!」

「く、苦しいですっ、オルシュファン卿」

 フランセルよりも首一つ近く高い身長を持つ男――キャンプ・ドラゴンヘッドを統括する騎士、オルシュファンは、相手から離れて謝罪する。

「すまない。最近はこうして会う事も少なくなったこともあってか、つい感情が昂ってしまってな」

「相変わらずだね。楔帷子を着込んでいる時は、そっと抱きしめなければと、前に言ったのに。特に、女性には些か厳しいだろうと」

 指摘するべきはそこではないのでは、と部下であるステファノーの小声が聞こえ、フランセルは首を傾げる。が、何でもありません、と俯く彼に疑問を抱きながらも、特に問題はなさそうだと思いオルシュファンに向き直る。

 銀の短髪を靡かせ、深い青の瞳を強く輝かせながら、オルシュファンはフランセルの手を取る。

「しかし、私はひどく待ちわびていたのだぞ。今日は貴公の好きな紅茶と菓子を用意させた、まずは――」

 冷めあらぬ様子でテーブルを示すオルシュファンの口元に、フランセルは埋まっていない方の手で指を当てる。

「それは後回しです。まずは仕事をきちんとこなさねば。皆に顔向けができない」

 けど。恥ずかしげな様子で頬を少し紅潮させ、フランセルはオルシュファンを指した手を口元に当てる。幼さが目立つ顔で、さながら、子供のようにねだる目で部下を見上げる。

「……紅茶とお菓子は、貰っても良いかな。すごく魅力的だ」

 ステファノーの盛大な溜め息は、オルシュファンの笑い声によって掻き消された。

 

 

 

 

 二人の仕事は、夕刻まで続いた。情報共有はもとより、これまで行ってきた両者の連携事項の確認、アートボルグ砦群に南に位置するアドネール占星台を統括するデュランデル家との定例会議の日程の検討、等々。形式的なものも多いが、二人は至極真面目にこなしていく。

「四連装対竜カノン砲の件は、アインハルト家からも再度掛け合ってみます。ただ、申し訳ないけど保証はできない。先月から、ファルコンネスト周辺でドラゴン族の襲来が激しいこともあって、そちら優先して武器を供出している現状なんだ」

「構わない。こちらも情報は耳にしている。アドネール占星台からスヴァラ襲来の予期を受けてはいるが、幸いにも予定時期は未だ先の話。前回の襲来で奴と奴らの眷属に手痛い被害を与えてやったからな、規模もそれ程大きくはないはずだ。最悪、故障した四連装対竜カノン砲の代用がなくとも、兵を増やしたりして迎撃できるように訓練させている。三家の連携に関しては、定例会の折が良かろう」

 こんなところか。紙の束を整理し、オルシュファンは溜め息をついた。後の事は任せる、と部下であるコランティオに書類を渡す。恭しく礼をした後、各所へ指示を出すコランティオから目を離し、フランセルも同様に部下へと指示を飛ばす。

「ああ。急ぎのものはないはずだから、今日は皆でお世話になろうと思う。問題ないよね?」

「しかし、先程の――」

「そうか。昨日はステファノー出かけていたっけ。大丈夫だよ、カノン砲の件は既に打ってあるから。それに、昨日の今日で再び催促をかけたら、先方は良い顔をしないと思わないかい?」

 困惑の色を隠せないステファノーにフランセルは微笑する。二人のやり取りを見ていたオルシュファンに向って、静かに頭を下げた。オルシュファンは屈託のない笑顔で頷き、新たな紅茶と菓子を持ってきた使用人の女性へ指示する。

「案内を頼む。我らが盟友達に、最大のもてなしを」

 畏まりました。頭を下げ、使用人はステファノー達へ会釈する。フランセルにも声を掛けるが、席を立たない客人と主に微笑み、双方の部下達と共に部屋を後にした。

 広い会議室に、残されたのは二組の茶器とプディング。場所を変えよう、とオルシュファンは提案し、紅茶と菓子の乗った盆を手に取る。会議室を後にし、応接室へ向かう雪道の最中、吹雪からフランセルを庇うように歩きながら、ぽつりと呟く。

「優しい嘘だな」

 何のこと? とフランセルはとぼけてみせるが、にやりとした相手に肩を竦める。

「嘘はついていないよ。前々からずっと打診はしている。ただ――それでも念を押すべきだ、って考えるのがステファノーだからね。真面目なところはいつも頭が下がるけど、この猛吹雪の中に部下を送り出す程、僕は真面目になれそうにないから」

 応接室は暖かかった。外との温度差を鑑みたとしても、長時間かけて温められていたことが伺え、フランセルの眉は自然と上がる。無論、尋ねるという無粋な真似はしないが、こうなることを予想していたオルシュファンに尊敬の念を抱いた。

 フランセルが好む程よい熱さの紅茶を客人に差し出し、オルシュファンは菓子を添える。

「口に合うだろうか」

 頂くよ。相手が着席した事を確認し、フランセルはプディングを口にする。奇妙なまでに緊張した様子で見つめてくる友人に目を丸くし、一旦スプーンを置く。

「もしかして。オルシュファンが作ったのかな?」

 何故分かった?! 身を乗り出してきたオルシュファンにフランセルは笑う。

「少し甘いからね」

「む……試行錯誤はかなり行ったのだが」

 不味かったのならば謝る。俯くオルシュファンに、とんでもない、とフランセルは再びプディングを口に入れる。

「晩餐会に出しても差し支えない出来だよ」

 そうか。オルシュファンは息をつき、そっと俯く。

「あの時の味が、どうも忘れられなくてな」

 長い耳が上がるが、フランセルは無言を貫いた。オルシュファンのプディングを手に取り、相手の視界へ差し出した。

「まさか。鍛え上げられた肉体を愛でるのが好きなオルシュファンが、お菓子作りに興味を持つなんて」

「一つ誤解しているようだが――……そうだ」

 紅茶を啜るフランセルの胸元に、オルシュファンは指を突き立てる。

「フランセル。もしや、躰を鍛え始めたのではないか?」

 肯定するフランセルの正面で、オルシュファンは嬉しそうに両手を広げる。

「やはりそうか! ならば是非ともいまこの場で、美しい身体を私に見せては――おほん、いかんいかん」

 じとっとした目で見つめる相手に、またコランティオに怒られてしまう、とオルシュファンはこめかみを押さえる。

「腕立てだけ毎日やるというのは、身体を壊し兼ねん。腹筋や背筋、腕立てを日ごとに交互にやることだ。鍛え方に偏りがあると、見栄えも美しくない」

 本格的に鍛え上げるのであれば、このオルシュファン、我が友のため、全身全霊を賭けて指導するが――大きく身体を乗り出し、相手の顔近くでオルシュファンは熱い息をかける。が、固まっているフランセルへすぐに吹き出し、仕切るように座り直す。

「身体の代謝促進と健康維持が目的なのだろう? ならば部下と相談し、無理をしない量を心掛けることだ。現在の量では、些か身体に負担が掛かり過ぎている」

 自分の日常を知っているかの如く的確な指摘に、フランセルは返す言葉が無い。久し振りに会ったというのに、何故そこまで理解できたのだろうか――フランセルの疑問に、うむ、とオルシュファンは胸を張る。

「当然だ。今まで多くの身体を見てきたのだからな」

 むせているフランセルに首を傾げつつも、オルシュファンは微笑みながら、プディングの入ったカップを握りしめる。

「長い付き合いだ。お前が元気のない顔をしていることくらい、会っていなくとも分かる」

 プディングの後味が喉を突く。甘く、甘い味――明るい金髪がはらりと揺れ、脱いだ黄緑の帽子の中に青みを帯びた黒い双眸は隠れる。

「君には、かなわないな」

 くすくすと笑い声を上げるフランセルを帽子越しに見つめ、オルシュファンも微笑みながらプディングに目を落とす。

「部下が息子の誕生日にケーキを焼いた話を耳にしてな」

 いつも本ばかり贈るのは、芸がないと思った。プディングを握る手を強くするオルシュファンの正面で、「本当、オルシュファンにはかなわないや」とフランセルは帽子を膝に置いた。

「ねえ。オルシュファン」

 欠けた黄色い菓子の上、あどけなさの残る顔に笑顔はない。光る水面をそっと這う茶色の苦い滴を見つめる目は、燭台の光に照らされているにもかかわらず輝きが薄い。

「自信がないんだ」

 アートボルグ砦群の責任者をやっていける自信がない。オルシュファンはくっと眉を上げるが、フランセルは相手に口を挟む隙を与えず吐きだす。

「僕は、オルシュファンやラニエット姉上のように強くないし、ましてや騎士でもない。クロードバン兄上のように、身命を賭してまで任務を果たそうとする覚悟も――」

 声が震えている。未だに現実を受け入れられない自分に、フランセルは嫌悪する。最後にあった兄の笑顔が思い起こされ、プディングのカップを握りしめる。

 二年前、クルザス一帯の気候が劇的に変化した第七霊災の直後。キャンプ・ドラゴンヘッドから北に位置する対竜要塞、スチールヴィジルがドラゴン族の急襲を受け、陥落。当時、彼の地はアインハルト家が管轄しており、クロードバンが防衛戦の指揮を執っていた。

 時を同じくして、スチールヴィジル同様アインハルト家が管轄していた対竜要塞ストーンヴィジルも、ドラゴン族の一大攻撃を受けて陥落。第七霊災後の混乱を突かれたものではあったが、皇都イシュガルドを護る四つの塔の内二つを失ったことで、他家からのアインハルト家への風当たりは厳しいものとなっている。特にストーンヴィジルはドラゴン族の塒と化しつつあり、その存在が非常に警戒されている。現在は、デュランデル家がストーンヴィジル南東にあるホワイトブリム前哨地を拠点に、迎撃および奪還作戦を計画中とのことである。スチールヴィジルに関しても、彼の地を落としたスヴァラおよびその眷属が度々飛来しており、キャンプ・ドラゴンヘッドを拠点にフォルタン家が迎撃にあたっている状況である。……正直なところ、アインハルト家は二家に頭が上がらない現実であり、フランセルもオルシュファンにしばらく顔向けが出来ないでいた。

「恥ずかしい話。アインハルト家は、信用を取り戻さねばならない。父上は様々な政策を打ち出し、二人の兄上も、ラニエット姉上も各地で任を全うされておられる」

 自分もアインハルト家のために、為すべきことを成さねばならない――だが、廃墟と化したスチールヴィジルを遠くから視察した際、全身が震えたあの感覚が、フランセルは忘れられない。

「アートボルグ砦群にも、ドラゴン族が飛来することもあるそうだね。……僕は、クロードバン兄上の仇を討ちたいわけじゃない。けど、もしスヴァラや――兄上を殺したドラゴンと対峙するような事になった時、自分は」

 情けない限りである。ただ、友人であるオルシュファンには聞いて欲しかったのかもしれないとフランセルは俯く。強く、優しく、自分が尊敬する存在である彼であれば、何か答えをくれるのでは――身勝手な願いを望み、そして、やはり勝手に呆れてしまう。

 微笑みながら、優雅にプディングを食べているオルシュファンに。

「お、オルシュファン――」

 聞いていたのか!? 机に手を付き、フランセルは声を荒げた。温厚で優しいと誰もが口を揃えるフランセルではあったが、珍しく感情を露わにした彼は身を乗り出してしまう。

 そんなフランセルに、尚も微笑しながらオルシュファンはプディングの付いたスプーンを振る。

「お前らしくもない。まずは、プディングでも食べて落ち着くと良い。私が言うのもアレだが、美味いぞ」

「――……」

 まさか、巫山戯ているのか。吐きたくなるが、確かに、自分の言動は大人げなかったとフランセルは反省する。諭されるがままに座り直し、手元にある残りのプディングを口に入れた。

 茶色く甘いカラメルのはずが、妙なまでに苦みが舌に残る。同時に目が覚めたかの如く、フランセルは落ち着きを取り戻していく。

「すまない。少し、感情的になり過ぎたみたいだ」

 クロードバンやアインハルト家に続いた出来事を思えば、無理もなかろう。スプーンを置き、オルシュファンはカップに紅茶を注ぎ始める。広がる褐色の波紋を見つめながら、そっと笑顔を落とした。

「あの時とは、まるで反対だな」

 何のことか。フランセルには全く想像がつかない。きょとんとするフランセルのカップに、オルシュファンはポットを傾ける。

「初めて会ったあの夜のこと。覚えているか」

 良く覚えている、とフランセルは頷く。

 十二年、否、十三年前。フォルタン家主催の晩餐会へ出席した時のことである。父であるアインハルト伯爵に連れられ、フォルタン家屋敷の中で型通りの挨拶回り……弱冠六歳のフランセルにとって、心身共に非常に疲れるものとなった。一通りの挨拶を終えた後、父に頼み屋敷の外で涼むことにしたフランセルは、テーブルから一つのプディングを持ち出し、外へと出る。屋敷近くの東屋で、静かに星を見ながら食べようと思い至り向った先。側で木刀を振る先客――当時十二歳のオルシュファンと出会った。

 今だから話せることだが。くつくつと笑いながら、オルシュファンは頬に付いたカラメルを指で掬う。

「いきなりプディングを渡された時は、なんと呑気なものだと心底呆れたのだぞ。そんな風に接してきた者はいなかったから、戸惑いもしたが」

「いま思うと……僕も無知と軽率が過ぎたとは思う。謝るよ」

 六歳でそれほど賢ければ、誰もが驚く。オルシュファンは笑って肩を上下させるが、フランセルは静かに首を横に振った。

 オルシュファンがフォルタン伯爵の私生児であること、フォルタン伯爵夫人との仲が良くないことをフランセルが知ったのは、些かの時が過ぎた後である。ただただ、当時は、屋敷の外にいる彼を自分と同じ晩餐会嫌いだとフランセルは推測した。そして、自分と同じ気持ちでいるオルシュファンに親近感を抱き、手にあるプディングを差し出した。

 この場の勢いで正直に話そう、とオルシュファンは食べ終えたプディングのカップを隅へ移動させた。

「あの時に食べたプディングは、酷く甘かった。優しく、優しすぎるが故に……僅かに腹も立った」

 食器が擦れる音が、静かな部屋に大きく響く。暖炉の中で小さく揺らめく炎が爆ぜる中、うっすら伸びた影でフランセルの顔も曇りが強くなる。

 お前にそんな顔は似合わん。やや自嘲ぎみの表情で、オルシュファンはフランセルに紅茶を差し出す。

「あの頃のオレは、少しばかり心が荒んでいてな」

 はたりと顔を上げたフランセルに、なに、周囲への嫉妬というやつだ、とオルシュファンは大きく頷く。

「私が「騎士として」育ってきたことは、お前も知るところではあるだろう。だが」

 当時は、それが――騎士として育ってきた自分という存在に疑問を抱き、重みを感じていたのだとオルシュファンは苦笑する。二人の義兄弟とは異なる厳しさを自分に見せる父、自分を疎ましいという態度の義母、同様に冷ややかな目を隠しきれていないでいる親戚達……もし自分という存在がいなくとも、フォルタン家は何事も無く、むしろ穏やかな日々を送れるのではないだろうか。負の感情を含む疑問は、父への小さな反抗を呼び、しばしばつまらないことで突っかかっては言い争ったこともあったと、オルシュファンはカップを手に取る。

 自分の存在意義を自身に問う事は、幼いオルシュファンには恐怖であった。おそらく――それが間違いであろうとなかろうと、すでに答えが出ており、単に認めたくなかったのだろうとオルシュファンはカップを置く。故に、何も考えぬようにとひたすらに鍛錬に励み、フランセルと初めて出会った日も屋敷の外で木刀を振っていた。だが、頭から離れぬ思考が鍛錬の邪魔となり、結局は深く考えてしまった。自分が自分たる、「騎士」とは何か、という問いに。

「フランセルに会う少し前。父上と、イイ騎士とは何か、という話をした事があってな」

 騎士にも様々な騎士が存在する。皇都イシュガルドを守護する神殿騎士、国の指導者たる教皇に直接仕える蒼天騎士、仇敵ドラゴン族を倒すことで民の心に希望を灯す竜騎士、各地方を治める貴族に仕え領地の安寧に努める騎士――国を越えれば、他国にも騎士は存在するし、己の信念のもとに各地を転々とする冒険者のような騎士もいるという。当然、彼らが仕えるモノや精神は異なる。個々の性格や生い立ち、立場、無数の要因は絡み合い、決して同じモノは存在しない。無論、騎士たるオルシュファンも例外なく持っている。自分にとっての、イイ騎士を。

 フォルタン伯爵に訊ねられた際、オルシュファンは、多くの騎士に共通する精神を挙げた。だが、本当にか、と問われ、壮絶なまでの空虚感に襲われ、閉口した。

 そうだ。くっと眉を上げ、軽蔑を覗かせる表情でオルシュファンは口を結ぶ。

「オレの、私の。剣は、腕は、志は。「主」がいないことに気付いたのだ」

 十二歳の少年には酷な話だろう。フランセルは思うが、静かに首を振るオルシュファンに沈黙する、が、やはりと口を開く。

「いや。当時の君には辛過ぎる」

「……「騎士」でなければ、居られなかった。当時はな」

「――……」

 酷く自分を責めるフランセルに、オルシュファンは紅茶のカップを向ける。水面が揺れ、不意に跳ねた滴がフランセルの頬を僅かに濡らす。

 謝るな。青い瞳が放つ眼差しに、非難の色はない。

「そんな折だ。フランセルと初めて会ったのは」

 カップを渡す口元は真っ直ぐに結ばれ、力強い声がフランセルの身体を叩く。

「時折、私の境遇に同情してくれる者がいる。だが、私は己が宿命を呪っていないし、悲しいとは思わん」

 全くないと言ったら嘘になるがな。小さく呟くも、オルシュファンは尚も自信に満ちた様子でフランセルを見つめる。

「私が騎士として育てられなければ。あの日――フランセルという、素晴らしい友に会う事は無かった」

 父上には改めて感謝しなければな。頷くオルシュファンに、フランセルは震えた唇を結ぶ。

 口に含んだはずの紅茶は、すでに消え去っていた。空のカップを無造作に置き、フランセルは垂れた前髪で赤い顔を隠す。プディングの甘み、カラメルの苦みを噛みしめつつ、彼の眩し過ぎる瞳を直視することが出来ない。気恥ずかしさなのか、あるいは……フランセルの気持ちを知ってか知らずか、オルシュファンは汚い音を立てて紅茶を啜った。聞くに耐えずむっとした顔を上げた相手の胸に指を突きつけ、久しぶりに見たその顔もたまらなくイイ、とオルシュファンは笑う。

「お前には、色々な事を教わった。紅茶の嗜み方から、女性への気遣いまで」

「そんな……作法なんて執事達に教わっただろうに。むしろ僕の方が貰ってばかりだよ。チョコボの乗り方や、六年前には命だって救われた――」

「いや」

 オルシュファンは襟を正し、そっと深呼吸した。

「オレこそ救われているのだ。お前の、その優しさと、笑顔に」

 四大名家たるフォルタン家の伯爵の息子となれば、私生児といえど擦り寄ってくる者は多い。だが、私生児故か、不遇を嘆き手を差し伸べる大半は、父であるフォルタン伯爵への繋がりを求めてくる意思が透けて見えた――心が穏やかでなかったこともあり、懐疑的に見えた部分もあるのだろうとオルシュファンは補足したが、同様の経験をしてきたフランセルには、心中察しあまりあるものであった。

「……」

「だが。お前の目は、今も変わらず純粋な色をしている。素直で、愚直で、真摯なイイ目だ」

 彼の晩餐会の後も、各々の父親の行事に連れ出された折に、二人は度々会っては共にプディングを食べて話を重ねた。屋敷の外で二人だけの時もあれば、チョコボに騎乗しながら狩りに勤しんだ時もある――いま思えば。父であるアインハルト伯爵は、自分に配慮してくれていたのではないかと、フランセルは空のカップを見つめる。フランセルが連れ出される行事は大概フォルタン家の者と会う事が多かったし、必ずと言って良いほどオルシュファンが居たような気がする。茶会を抜けるといった多少の我が儘もすんなり通ることも多く、まるで示し合わせたかのように、オルシュファンもまた屋敷を抜け出している事が非常に多かった。

 自然と頭が下がったフランセルに、オルシュファンもまた頭を垂れた。

「憐憫と善意は違う。同情と心配は違う。フランセルの優しさが、本当の意味で、人を信じるということと大切さを教えてくれたことを、身をもって私は知っている。お前の笑顔が、皆を明るく照らしていることも、私は知っている」

 大袈裟だ。とフランセルは身体を竦める――確かに、フランセルはオルシュファンを疑うようなことは一切ない。第一、そんな場面さえないのだと心中で苦笑する。

 オルシュファンは何事も自分より上手くこなし、知識も半端が無い、武芸は逆立ちしても追い付きそうになく、高い志や考え方は勉強させられる。決して過ちを犯さないとは思っていないが、過ちを素直に認めて謝ることのできる人である。故に、憧れ、背中を追いかける存在……それに比べて、とフランセルは息を吐く。

「僕なんて、いつも自信が持てなくて。大事な事を任される時なんて、酷く重圧に――」

 話が戻ってしまった。心中で俯くフランセルに、オルシュファンは懐から一つの本を取り出した。

「あの時……六年前に借りた本だ。恥ずかしいことだが、昨日部屋の整理を行った時に出てきてな」

 装丁が立派な、古い本である。しかし大事にされていたのだろう、染み一つない様子に、フランセルは眉を上げる。

「これは。僕がオルシュファンにあげたもののはずだけど? 君の騎士爵授与の折に、祝いの品として贈った物だ」

 そういえば。あの時も自分はプディングを持って行ったような。恥ずかしさで顔を赤くするフランセルに、オルシュファンは頷く。

「人が重圧で倒れそうだったというのに。呑気にプディングを食べながら、落ち着けと言ってきた」

 実のところ。フランセルはその時の事を覚えていない。友人の功績が讃えられた事が誇らしく、嬉しさのあまり舞い上がっていた。ただただ、友のために何かしたいと、本選びに余念がなかったことだけは鮮明に覚えている。そして、自分で摘んだ薄雪草の栞を共に贈り、満足した。

 妙な既視感が頭をもたげる。だが、思い出せないとフランセルはこめかみを押さえる。真剣に悩む相手に微笑みながら、オルシュファンはポットに手を伸ばす。

「今のお前に必要かもしれんと思ってな」

 本の内容は、騎士の心得について。当時オルシュファンが「騎士」についてもう一度考えねば、と言っていたため、一つの見解になればと贈った物――騎士ではない自分には必要のないものに思えるのだが……首を傾げるフランセルに、もう一つ返そう、とオルシュファンはポットを置く。

 フランセルは、私にこう言ってきた。自分は、強く、優しいオルシュファンが好きなのだと。だが同時に、時に熱い感情へと流され、趣味嗜好がやや変わった、稀に寂しそうにするオルシュファンもまた、好きなのだと。

「私も。お前の笑顔や優しさと同じくらいに、皆がいう甘いところや、常に自信を持てないフランセルも好きだ。それら全てを含めて、私はフランセルの友であることに誇りを持っている。今回の就任も、当然だと私は断言するぞ」

 別に、私だけの評価ではないはずだ。とオルシュファンは付け加える。

 アートボルグ砦群は、有事の際にはイシュガルド都民の避難場所でもある。現在は落ち着いているとはいえ、対竜要塞を二つ失った現状、万一という言葉は非常に揺らいでいるが故に重要な拠点である。そして彼の地はアインハルト家が管轄する場所――信用を失いつつある、いわゆる後がない。そんな状況で、情に流され適切ではない人事をアインハルト伯爵が行うなどあり得ないことを、フランセルも重々しているはずだろう、とオルシュファンは目を細める。

 有事の際、必要な物は多い。食糧といった物資、身を護るための安全な場所、武器……等々。だが、危険を掻い潜り辛くも逃れてきた都民には、安心というものも重要だろう、とオルシュファンは微笑む。

「以前の私にお前がしてくれたように。人の心に寄り添うことの出来る者が必要だと、私は感じている。有事に限らん、千年も続いているこの戦乱、誰しもが渇いており、求めるものだ」

 私が、お前にどうしても勝てぬものだ。笑うオルシュファンに、フランセルは首を小さく振った。

 両者のカップに、紅茶は無い。しかし、燭台に照らされる渕先から内側は艶やかに広がり、各々の表情を鏡面の如く映し出す。炎の色と同じく赤く、一部は白く、二人の目を惹きつける。

 最後に一つ。背筋を伸ばし、オルシュファンはくっと顎を引いた。

「愛する者達を笑顔にしたいと思えばこそ、進むべき道を違わず、私は胸を張れるのだ」

 自信を持て、とは言わん。お腹から響いてくる強い声が、フランセルの頬にそっと触れる。

「だが。その笑顔は変わってくれるな。今のお前の優しさと、愛する者達の笑顔が、私は好きなのだからな」

 気負い過ぎることなどない。本の上に乗せた片手に、大きな温かい手が重なる。

「お前の周りには、民を想うイイ仲間がいるではないか。仲間とは、同じ志の元で、共に歩んでいくもの」

 そして――今日一番の柔らかい笑顔が、フランセルへ静かに語りかける。

「イイ騎士とは、民と友のために戦うものだ」

 すでに消えたはずの優しい甘みが、口に広がっていく。半ば泣きそうになっていたフランセルは身体を小さくさせ、返された本へと目を落とす。

(そうか……オルシュファンには、要らないモノだったんだね)

 友の事を分っていない自分は、まだまだのようだ。指先に籠った力でフランセルは本を手繰り寄せる。が、ああ、と焦る様子でオルシュファンは本からはみ出ている紐へと手を伸ばしてきた。

「この栞は私のモノだ。すまんが、渡すつもりは全く無い」

 薄雪草の栞を本から抜き取るオルシュファンに、フランセルは目を丸くする。第七霊災前、ともに夢を語り合ったこの地で咲いていた白き花は、綺麗なまま持ち主の懐へと吸い込まれる。すっと胸を押さえたオルシュファンに、フランセルは笑い返した。そんな相手を横目に、オルシュファンもまた、剣を押さえながら笑う。

「たとえお前に火の粉が降りかかろうとも、オレはこの剣に誓って、その笑顔を守ってみせる。お前は、お前の志をひたすらに貫けばイイ。そして、フランセルにしか出来ぬ方法で、望むことを突き進めば良い。昔に語っていた、皆を笑顔にしたいという願いをな」

 さて。両手を机に突き、オルシュファンはゆっくり立ち上がる。

「少し長話が過ぎたようだな。が、安心しろ。こんなこともあろうかと、床の準備はバッチリしてあるぞ!」

 話の続きは入浴の後、共に床の中でじっくり――やや興奮した様子で詰め寄るオルシュファンに、フランセルははっきりと断りを入れる。

「遠慮するよ。僕も君も、明日は早いし。それに、オルシュファンは寝相が悪いから」

「む。そんなはずは――」

「憶えていないかな? クルザス西部高地で星を見に行った時。疲れていたのか、丘の上で二人とも寝てしまったんだけど」

 素晴らしい身体に出会えたのだろうね。くすくすと笑いながら、フランセルは本を大切に懐へとしまった。

「寝ぼけた君に全身を絞められて、危うく息が止まりかけたことがあったよ。何度もね」

「むう……」

 その後も、二人の間で昔話が咲いた。紅茶もプディングもなく、暖炉の火もほぼ消え、寒い空気が吹き込みつつある夜が過ぎていく。巡りにめぐり、話題が星の話に戻ったところで、オルシュファンは窓の外を見る。雲一つない星空を。

 良かったら、星を見に出掛けないか。昼は皇都が綺麗に見える、お気に入りの場所があるのだと提案してきたオルシュファンに、フランセルは眉を下げる。

「しかし。この時間もドラゴン族は活動しているという話だが」

 危なくないだろうか。フランセルの心配をオルシュファンは笑って一蹴する。

「このオルシュファンの腕が信用ならないのであれば、供をつけさせても一向に構わんぞ」

 行こうか。フランセルは笑いながら、帽子を被って空を仰ぐ。

「ところで、何処なんだい?」

 フォルタン家の家紋が描かれた黒い盾を手に取りながら、遠くはないから安心するとイイ、とオルシュファンは笑った。

 

 

 

 

 スチールヴィジルの西方、皇都イシュガルドが一望できる場所がある。その一角、穿たれた黒い盾が添えられた石碑に、フランセルは潰してしまった白い花を添える。

「ありがとう。来てくれたんだね」

 時は快晴。後方で聞こえた白き雪道を踏みしめる音は、立ち上がるフランセルの耳に入る。

「此処は。彼の……オルシュファンの、お気に入りの場所でね」

 石碑の下に彼はいない。だが、とても温かい心地なのは決して日差しのせいだけではないだろう、と息を吸い込む。

 フランセルは振り向かない。だが、足音の主の表情が理解出来たような気持ちになり、息をつく。もし彼なら――否、自分ならどんな接し方をするのだろう、と。フランセルの中で、結論は出ていない。だが、彼がその身をもってまで守ろうとしたモノを見てみたい、とは思っていた。

 皆が英雄と呼ぶ相手の名を呼び、フランセルは空を仰ぐ。蒼穹に瞬くは北天ではなく、今を燃える太陽と白い月。両者の光陰は等しく降り注ぎ、皆の道を時に示し、時に立ち止まらせる。

「もしよろしければ、少しお話しませんか。以前のお礼もまだですし」

 相手からの返事はすぐに返っては来なかった。だが、フランセルは持ってきた小さな籠を手に取る。奇妙な親近感と興味が彼を突き動かし、素直な気持ちが顔と行動に現れる。そう、いつぞやの時のように――

 今日は幸いにも天気が良い。フランセルは笑って目を落とす。

「どうだろう。まずは、一緒にプディングでも食べながら、ね」

 一組しかないプディングを見つめたまま、フランセルは静かに微笑した。

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