やはり俺の面白おかしな恋物語はまちがっている。 作:Z-Laugh
ぴーーーーーーーーーーーーっ
けたたましい笛の音が丑の刻の江戸の町に鳴り響き、奉行所総出ともいえる人数が笛の音に合せるように町中に散らばろうとしていた。しかしその動きを制する様に一人の同心が大声でその場にいる者達に命を下す。
「よいか!今宵こそ、あの憎き盗人“のろい”をひっ捕らえるのだ」
しかし周囲の者達はその命を受けても何故か及び腰で実のところ逃げ出したい衝動にさえ駆られていた。
「し、しかし、、、あの“のろい”の奴は人間を一目見るだけで呪い殺す事が出来る妖術使いとの噂もございます」
「何を申す!奉行所で捕り物を生業とする我々がその様な噂話で引き下がれるか」
同心の檄も皆の心には届かず、
「むむむ、、、やむを得ん。三人一組で奴を探せ。決して単独で奴に挑みかかるな。先に行った連中にもそう伝えろ」
「はっ!」
やっと動き出した奉行所の者達は正に三々五々で盗人“のろい”を探し始めた。その一方、そんなやり取りがかろうじて聞こえる程に離れた屋根の上、
「人の事を妖術使いだのなんだの、俺はただの盗人だっての」
黒装束に黒の頬っ被り姿の男は一人ごちると屋根の上を音もなく歩き始め捕り物の喧騒から離れていく。肩に千両箱をしょって意気揚々と引き上げていこうとした時千両箱の留め金が外れ、中から小判二十五枚の包塊が2つこぼれ落ち地面に落ちるなり大きなきらめく様な音を鳴り響かせた。
「!」
男は大急ぎで小判五十枚を拾いに屋根を降りる。月明かりを頼りに金色の小判を探しなんとか五十枚集めた時
「こっちの方だったぞ」
「探せっ」
捕り物達の声が近づいて来た。男は上着を脱いで腹掛姿になり上着で千両箱を包み込み左の脇に抱え込んだ。右手を使って壁をよじ登ろうとするが運悪く足場になる様な防火桶も灯篭もなく登る事が出来ない。更に高い板塀が横路地の端から端まで切れ目なく繋がっていて挟み撃ちにされたら逃げる事が出来ない状態だった。
「こんな所で捕まってたまるかよ」
男は月を背に顔に光が差さない様に顔を隠しながら走り出した。その途端、目の前で勝手口が開き中から人が出てきた。丑三つ時に出歩くとは思えない程の若い女で、今まさに逃げ出そうとしていた男とそう年は変わらない風で顔を見れば百人が百人美人と答えるであろう美貌の持ち主だった。夜中の勝手口から美人が飛び出してきた、これだけでも男にとっては驚きだったが、さらにこの娘は男を驚かせる行動をとった。
「こっち」
「え、なにすんだ。こら」
娘は男の手を握り勝手口の中に引きずり込んだのである。娘は男の手を引いて勝手口わきの植え込みの陰に一緒にしゃがみこんでしげしげと男の顔を見た。黒の頬っ被りをかぶった男を恐れる様子もなく楽しげに見つめる娘。男は娘の目線に耐え切れず
「なにジロジロ見てんだよ。見せもんじゃねえぞ」
「そんな格好してれば見られてもしょうがないでしょ」
「う、、俺は恥ずかしがりの性分で出歩く時はいつも頬っ被りをしてるんだよ」
「へーー変わった性分だね。私はすっかり盗人だと思ってた」
「そんな訳あるか・・・俺は・・・坊主だ。托鉢の途中だったんだ」
「なるほど。今夜は大口のお布施があった様だね」
娘は男が脇に抱える箱をみて楽しそうに微笑んだ。どっからどう見ても盗人にしか見えない男に向かって笑顔を絶やさない娘に男は呆れた様子で
「お前は俺が怖くないのか?」
「なぜ、あなたはお坊様なんでしょ」
「信じてないだろ。そんな楽しげにからかわれたら俺は明日から長屋に引き籠るぞ」
「はははっ。長屋に引き籠るお坊さんがいるとは思わなかった」
「そもそもお前はここで何をしてんだ」
「私?私は妹の為に知り合いの地本問屋(=本屋)へ出かけるところだったの」
「地本問屋っって・・・こんな時間にか?」
「ええ、この時間じゃないとそういう所に出入りできないからね」
「お前、まさか女盗人か?」
「まさか。私はこの“雪乃屋”の娘だよ。おはるって言うの」
「“雪乃屋”って・・・あの呉服の大店(おおだな)のか!?」
男は驚きの表情で娘の言葉を呑みこんだ。雪乃屋といえばお江戸八百八町にその名を知らぬ者がいない程の大店。その客層は金持ちの町人にとどまらず武家、貴族などにも多くの顧客がいると評判の高い呉服屋である。
「え?盗人の癖にそんな事も知らないであんな所にいたの?」
娘は娘で泥棒にしか見えないこの男がここがどこかも分からずに、ただされるがままに自分の家の庭先に引っ張り込まれていた事に驚いた。
「だから、俺は盗人じゃない。坊主だ」
「はいはいお坊様。うちくらいの大店になるとさ娘が怪しげな地本問屋なんかに出入りすると妙な噂が立って商いに悪い影響が出ちゃうんだよね。だからさ・・・こんな時間になっちゃうの」
「なんで、そうまでした地本を手に入れようとすんだよ・・・お春は
春が来るまで 部屋で大人しくしてた方がいいじゃないか?」
「春が来るまでって・・・私のおはるはお陽様の陽の字だよ」
「お陽か。じゃあもう一度聞くが何でそうまでして地本を手に入れようとするんだ?」
「それは部屋に閉じこもってる妹の為だよ」
「妹?部屋から出ないのか?」
「出ないって言うか、出れないんだよ」
「なんだ、病気がちなのか?」
「違うよ。外の出る用事が無いから外の出ようとする度に親に止められちゃって思った様に外に出れないんだよ」
「お前は出てるじゃないか」
「私は長女だもん。お父さんの付添とかで外に出る用事が沢山あるからね。けどお雪ちゃんにはそういう役目が回っていかないからさ」
「おゆき?」
「ああ、私の妹。空から降る雪のお雪だよ」
「雪乃屋のお雪か。落語みたいだな」
「そうだね。私はそんな妹の退屈を紛らわしてあげる為に色々な草双紙や人情噺の地本を手に入れてあげてるんだよね」
「いい姉ちゃんだな」
「知ってる」
「その割には盗人をかばうじゃないか。」
「だって、いい土産話になりそうだからさ。本物の盗人にあったなんて滅多に聞かせてあげられない話でしょ」
「土産話をする前に殺されるとか思わなかったのか?」
「そうなの?じゃあ・・・」
そういうとお陽は大きく息を吸って、両手を口の添え大声を出そうとした。男はその様子を見て慌てて空いている右手でお陽の口を塞いだが、お陽は待ってましたと言わんばかりに男と手を交差させる様にその手を口から男の頬っ被りに伸ばして一気に頬っ被りをかすめ取った。
「な、何すんだ」
「へ~、結構いい男じゃん。ちょっと目つきが悪いけど」
「盗人の目つきが悪くて何が悪い」
「そういう意味じゃなくて・・・目が腐ってる」
「うるせえな。生まれつきだ」
「けど根っからの悪党にも見えないよ」
「え?」
お陽はおもむろにおもむろに立ち上がり、かすめ取った頬っ被りをしゃがんだままの男の頭にふわりと乗せると
「そろそろ私行かないと。盗人さんはもうちょっとここに隠れてるといいよ。じゃあね・・・あ、名前教えてくれない?」
「盗人が名前を教える訳ないだろ」
「じゃあ明日以降、偶然町で会ったらあなたの事を盗人って呼んでいいの?」
「・・・八だ」
「はち」
「そう、数の八だ」
「そっか、八っつぁんだね。じゃあまたね、八っつぁん」
「知るか」
お陽は八を茂みの置き去りにして勝手口から出ていった。八はお陽に薦められるまま一時程をそこで過ごし捕り物連中をやり過ごした。寅の刻を告げる寺の鐘が鳴る頃、やっと雪乃屋の勝手口を出て人が少ないであろう道を選んで自分の住処である総武長屋に帰り着いた。長屋に到着した八は千両箱から包塊三つを取り出し懐に入れ残りは千両箱ごと軒下の奥に隠して自分の部屋に入っていった。部屋に入ると静かな寝息を立てる女が一人。八の妹の小町で年は八の二つ下。まだ幼さが残る寝顔を見て八は微笑みながら肌蹴た布団を直しながら
「まだまだ子供だな」
そう言うと隣に引いてあった布団に潜り込んで一時の睡眠をとった。