やはり俺の面白おかしな恋物語はまちがっている。 作:Z-Laugh
前略、八幡へ
やっと村の年寄りどもを説得したぜ。
さ来月にはいろはと祝言を上げるから、
是非、島に来て祝言に参加して欲しい。
もちろんお雪さんを連れてな。いい返事を
待ってるぜ。
草々、翔吉より
こんな便りが届いたのがお雪との祝言を上げた三月後だった。俺達が雪乃屋へ行った日から、怒涛の日々という表現がぴったりはまる日常が訪れた。店の準備に祝言の準備が重なってそれこそ毎日、誰かしらに会いその打ち合わせをする日々。その上、隼人と葉山様の連絡係を飛び入りで頼まれるモノだから、いよいよもって自由が利かなくなって来る。お雪にしても小町がお結衣の店で働きに出る時は大八のお守を頼まれ、食っていく為に雪乃屋の下職もしなくてはならず、その上お姫菜から次の作品はまだかと相変わらずの督促を受ける日々で、お互い夜になると疲れ果てて話しも出来ない状態がしばらく続いた。しかし店の準備が終わると今迄の負担は半分になり、それを機に俺とお雪は総武長屋を出て店の二階に住み始めた。
無論、俺達自身の為ではあるが材木の家賃収入を増やしてやる為にも出来るだけ早く長屋を出る必要があったのだ。そうして無事に飯屋を開店させたわけだが、その第一号の客となってくれたのが、なんとお結衣の父親だった。開店準備で料理の材料の仕入れの目処は付けておいたのだが、開店初日に来たお結衣の父親が娘夫婦の商売敵になった俺に昔馴染みの八百屋やら魚屋などへの紹介、更にその仕入れ値も娘夫婦の店と同じにするよう交渉してくれたと言うのだ。
「まあ、近所のよしみってやつさ。同じ通り沿いに美味い食い物屋が沢山あれば競争にもなるが繁盛の元にもなるからな」
そう言って俺の作った飯を平らげてくれた。俺は台所からそして店の中からは小町がお結衣の父親を頭を下げてながら見送った。実はこの店の台所は俺が仕切っている訳だが、料理を運んでいるのはお雪ではなく小町なのだ。お結衣の飯屋をお結衣とその旦那が正式に継いだ事で小町は仕事にあぶれたのだが、俺が店を持つ事を前々からお雪から聞いていたので料理を運ぶ仕事を狙っていたそうだ。しかも息子の大八は二階で相変わらず雪乃屋の下職をしているお雪に任せていると言う状態で、この一連の騒ぎで一番得をしたのは小町ではないかと思わざるを得なかった。
そうして、その翌月には隼人とお優美と俺達の合同の祝言を上げる事が出来た。もちろん場所は隼人の道場。連絡係として何度となく葉山の屋敷に足を運んでいる内に家来の人達に顔を覚えられ、すっかり顔なじみになると町人の身でありながら旗本屋敷に上げて貰い隼人の父親や兄貴の話相手をさせられていたのだが、そのせいで隼人と合同の祝言への愚痴を隼人ではなく俺が聞かされる羽目になった。あんにゃろ・・・これも計算ずくだったんじゃあるまいな。
祝言が無事に済むと隼人と葉山家の交流はいよいよ盛んになり、隼人の兄貴の息子、すなわち隼人の甥があいつの道場に通い出した。時々、兄貴が道場まで付いて来ては隼人相手ではなく、お優美に対して
「頼りない弟だが、何卒よろしく頼む!」
と連呼して帰っていくそうだ。
そうして飯屋の商売が軌道に乗った頃に翔吉からの祝言を知らせる手紙が届いた。幸い、店は繁盛している。しかもお雪が下職を続けている事で日銭にはかなりの余裕がある。更に何かと雪乃屋の主人やお陽が世話焼きの代わりに金を置いて行ってくれるので本当にお雪と二人、八丈島へ行く事が出来そうだった。翔吉との手紙のやり取りはお雪ももちろん知っており、その流れでお雪の八丈島への関心はとても高く翔吉からの祝言の招待の手紙はお雪をジッとはさせておかなかった。俺はお雪が見張る中、翔吉へ祝言に参加する旨を書いた手紙を書き、その翌月には翔吉から了解の返事を受け取った。
「八幡、忘れ物は無い?」
「ああ、紋付に足袋、着替えも持ったぞ」
「水筒を忘れているわ。船の上に井戸は無いのよ」
「ああ、そうだったな」
店に十日ほど休む事を書いた張り紙をして、お雪と二人で八丈島へ出掛ける日。俺は二人分の着物を入れた行李(竹や柳で編んだ箱)を風呂敷に包んで背中に背負い手には念の為と言う事で三本の空の水筒を持っていた。
「さあ、出掛けましょう。船は初めてだから楽しみだわ」
「いい気なもんだな。船酔いしても知らねえぞ」
そんな言葉を合図に港に向かって歩き始める。
「なあ」
「何かしら八幡」
「手に何も持ってないなら水筒持ってくれよ」
「駄目よ、八幡が持ちなさい」
「なんでだよ、これじゃあお嬢様とお付きの荷物持ちじゃねえか」
「ふふ、当たらずとも遠からずね」
「雪乃屋を出て五年、すっかり町の暮らしに馴染んだと思ってたのに旅に出るなんて日常から離れた事をすると、まだまだお嬢様気質が顔を出すな」
「そんな事は無いわ。しっかり町の飯屋の御新造さんのつもりよ」
「だったら手ぶらで旅するな」
「・・・手ぶらではないわ。大事な荷物を抱えているもの」
そう言ってお雪は両手を下腹に当てる。
「え!それって」
「来年の正月ごろが産み月だろうって・・・産婆さんが言っていたわ」
幸せそうに微笑むお雪・・・お雪の腹に俺の子供が・・・なんか突然過ぎて信用出来ない感じだぜ。
「いつ、わかったんだ?」
「十日ほど前よ。少し熱っぽくて体調が戻らないから小町さんに相談してみたの」
「そうか、、俺親父になるんだな」
「そうよ、しっかりして頂戴ね、お父さん」
「へへ、お父さんか。みなしごの俺が親父か・・・って、おい!お雪」
「なに?いきなり血相変えて」
「お前腹に子供がいるのに旅しようって言うのかよ」
「仕方ないでしょ、手紙で島に行くって返事をした後に分かったのだから」
「いや、しかし港までだって結構距離があるし、それに船だってそんなに乗り心地のいいもんじゃないぞ。前から言ってるけど三宅島とかを経由して丸二日は掛かるんだぞ」
「産婆さんにも言われたわ。過ぎた運動は控える様にって。しかし、そういって太ってお産で苦労する人も多いから適度には動けとも言われたわ」
「しかしだな~」
俺の心配など知らん顔のお雪は何事も無いかのように歩き続ける。俺はそれこそ十歩歩く度に休まなくて大丈夫かとお雪に尋ね、身を傾けながら横を歩く。全く・・・振り回されてるつもりが振り回してて、振り回してるつもりが振り回されてる。一体いつまで俺達はこんな感じなのだろうか?人が大勢行きかう江戸の町を二人並んで歩きながらつくづく思う
やはり、俺の面白おかしな恋物語は・・・五年経ってもまちがっている。
― 完 ―