やはり俺の面白おかしな恋物語はまちがっている。 作:Z-Laugh
「お前ら、こんな夕刻からどこに行くんだ?」
「たまには、男だけで盛り上がろうってな。ちょっと出かけてくるぜ」
「女子供の詮索不要!男子の本懐ここにあり!」
「材木・・・それは言い過ぎだ」
「あんたら・・・いつの間にそういう遊びを覚えたんだ?特に八、お前は・・・」
「なんだお沙希?」
「・・・何でもないっ!」
俺達三人はと薄暗くなり始めた頃、遊郭を目指して歩き始めた。男三人が連れ立って女遊びに興じる様に見えるかもしれないが、これは仕事の最終下見。獲物と定めた平塚屋に向かって歩いていた。隼人、材木の話では目抜き通りにある店ではないので、それほど遊ぶには金がかからないだろうが念の為、全員が銀四分(=一両)を持って店へ向かった。隼人と材木は平塚屋を調べる為に既に数回、訪れており二人から大まかな店の中の間取りなどを教えてもらっていたが最後は自分の目で確かめておきたかった。昨日の夜、俺、隼人、材木の三人で話をした時に隼人が今回の件は俺一人で盗みを実行するのではなく隼人の協力で逃走経路を用意してもらう方法を提案した。すると意外な事に材木もその事を考えていたらしい。調べれば調べるほど胡散臭い店で一番人出が多いのが丑の刻だと言うのだから、今までの様な少々時間はかかっても慎重に!という方法は取れない。そこで材木が提案してきた方法が明け方の暁七ッ半(=午前五時頃)から日が昇り始める短時間で仕事を終わらせてしまおうと言うものだった。その為にも千両箱を持って屋根に上るなどという手間のかかった事はせずに少々強引でも逃げ道を確保して一気に店から離れる手段を選択した。幸い平塚屋は目抜き通り沿いではないが大門に近く逃げ易い場所にある事も考慮に入れて材木の提案を今回の手段と決めた。
俺達が歩いていると遠くから女の笑い声や三味線の音がする、さらに歩を進めると色とりどりの提灯や灯篭が遊郭の眠れない夜を演出していた。俺は二人の後について行くように大門をくぐってすぐに目抜き通りを離れ一本裏の道に入る。そしてその一軒目の店こそが目標の平塚屋だ。おっかない女主人が商う店だと思うと、店の様子が遊郭ではなく地獄の一丁目の様に感じた。やはり二人について行くように平塚屋に入ると
「ようそこ・・・あら、お二人ともまたおいで下さったのですか。誠にありがとうございます」
頭を下げ丁寧に挨拶する女。少々トウは立っているものの美人で胸もでかい、いい女だ。
「よう、おかみ。約束通りまた寄せてもらったぞ。今日は拙者の友人を一人連れてきた。女の扱いが下手な奴でな、是非あしらいの上手い女をつけてやってくれまいか」
「それは俺の事か?」
「あらあらお客様。ここは遊ぶ場所であって争う場所ではございませんよ。そんな野暮はおやめになって・・・すぐにお部屋にご案内させていただきますから」
女は店の奥へと消える。それを見た隼人が
「あれが噂の女主人だ」
「あれがか・・・少々トウは立っているが美人だな」
「その通りだ。あの女、店の男共を力と艶で押さえつけているからな」
「そりゃあ、おっかないな」
そんな言葉を交わしていたら女、お静が遊女を二人連れて戻ってきた。すると二人の遊女は隼人と材木の馴染であった様で、ロクに挨拶も交わさない内にその横に来て腕を組んだ。
「では、我々は先に行く。慣れない所だからといって無礼の無い様にな」
「まあ、じっくり見物させてもらえ」
二人が“ちゃんと下見しろよ”と遠回りに俺に注意を促しながら店の奥へと消えていった。残された俺は相手をしてくれる遊女が来ないので店の奥を覗き込もうとした。その時、
「お客様、、お名前は?」
「名前・・・八だ」
「ハチ・・・数字の八でよろしいのですか?」
「ああ。おかみ、あんたの名は?」
「申し遅れまして・・・お静と申します。お見知りおきを」
「じゃあ、お静。俺の相手をしてくれる女はどこだ?」
「聞けばお客様は女の扱いがあまり得意でないとか。うちの店は若い子が大勢いますが客あしらいが上手いかと言われると、少々返事に困る子達なのですよ」
「じゃあ、俺は帰るしかないのか?」
「いえいえとんでもない。お客様の様な悩みを抱えた目をした方には、おかみである私がお相手をさせていただきます。じっくりと女の扱いについて教えて差し上げますわ」
「それはありがたい・・・と喜びたいところだが、ありがた過ぎて逆に怖いくらいだ」
「男と女の最初はそれくらいが丁度いいのです。それではお部屋に案内しますね」
お静はべたっとした色気のある笑顔で俺を店の奥へと案内した。店は遊郭としては小さいのだがそれでも今まで盗みに入った店々よりは大きく何より部屋数がある。店の入り口から奥へと続く廊下の右側は遊女の控室であり見世窓になっている様だ。左側はどうやら関係者以外は入れない場所・・・階段を上がり二階に行くと長い廊下といくつもの障子戸がありいくつかの部屋から明りが洩れている。廊下を挟んだ障子戸の反対側の壁には小さいながら窓があり庭と倉が一つ見える。これは材木と隼人が前もって見せてくれた間取り図の通りだ。お静の案内で一番奥の部屋まで歩くとその距離はうちの長屋の五部屋分といったところか。部屋に入る時に後ろを振り返り見てみると階段を挟んだ反対側は俺が歩いた側ほど長くなく、こちら側と併せても長屋の七・八部屋分位だろう。
部屋に入るとお静が灯篭に火を入れる。部屋は思っていたより広く十畳近くある様だ。広い部屋には灯篭の明かりに照らされた大きな赤い布団と二つの枕。火鉢に炭が入れてあり鉄瓶に湯が沸いていた。お静はこちらに振り返ると、その表情が下から仰ぎ上げる様な灯篭の光のせいで一段と色っぽく見えた。いやらしい笑顔を崩さないまま帯をほどき着物を脱いで襦袢姿になる。
「そんなに慌てなくてもいい。まずは話しの練習をさせてくれ」
「あら?“こちら”から始めた方が舌も滑らかになるのでは?」
「そんなに気張ったら、疲れて話が出来ないぞ」
「ふふふ・・・やっぱり」
「・・・何がやっぱりなんだよ?」
「お客様・・・八さんは女に不慣れな訳ではなさそうですね」
「俺をここに連れてきた友達が言ってただろ。俺は女の扱いが下手なだけで話せない訳じゃない」
「なら・・・なおの事“こちら”ではありません事?」
そういいながら襦袢姿のお静は俺に近寄り、俺の首に両手を回してきた。
「そんなにがっつかれたら、どっちが客か解からねえよ。まずは茶の一杯も入れてくれないか」
「わかりました。ではどうぞこちらの座布団に・・・肘掛は使われますか?」
「いいよ、大名じゃあるまいし」
お静は火鉢の向こう側に回り込むと奥にあった急須に茶葉を入れ鉄瓶のお湯を注ぎ少し間を置く様に急須から手を離し、うなじや胸の谷間を見せびらかす様に襦袢の襟を広げた。さも当然と言う様な態度でのその仕草はもちろん色っぽくもあるのだがかなり危険な匂いがする。綺麗な花にはとげがある!それどころではなく毒でもありそうな恐ろしげな色気だ。そしてお静はその格好のまま湯のみに茶を注ぐと湯のみに蓋をして皿にのせて俺の横まで運んできて、そのまま俺の横に座り込んだ。わずかな距離だけを残し、ほぼくっついている様な状態で俺はお静と話し始める。
「この店の部屋はみんなこんなに広いのか?目抜き通りの店じゃないのに散財させられそうだ」
「いいえ、この部屋は特別な部屋ですのよ。私が気に入ったお客さんだけを通す部屋なんです」
「気に入った?俺は今日初めてここに来たんだぞ。別な客と間違えてないか?」
「まさか!もちろん八さんがうちの店が初めてなのは承知しています。しかしそんな些細な事はどうでもいいんです。一目で気に入りましたよ、その目!」
「目?俺の目を見て、そんな事言う奴は初めてだ」
「それはあなたの周りが見る目が無い人ばかりだったのでしょ。とても面白い目をしている。もっと良く見せて下さい」
そういうとお静は鼻の頭がぶつかる程に顔を近づけてきた。とても興味本位な目には見えずまるで獲物を補足した蛇の様な眼をしてやがる。こんなに近い距離で見つめ合っていると頭の中が全部見通される様な気がして俺はたまらず目を逸らした。
「あら!そんなに照れなくてもいいじゃありませんか。ここはこういう事をする店ですよ」
「いや・・・あんたににらまれると頭の中が全部覗かれちまう様な気がしてな」
「本当に面白いお客様だこと。そうなんです、私こうやって男の人が何を考えているかを当てるのが得意なんですよ」
「だったら目を逸らして正解だったな」
「けど私も遊郭で商売をする身・・・最初の一手が駄目だったくらいで引き下がったりしませんわ」
そういうとお静は俺の股間を鷲づかみにして来やがった。
「な、何すんだっ!」
「目を逸らしてると、こういう事をされた時に逃げられないでしょ」
お静は俺の股間から手を離す事なく、もう一方の手で襦袢紐をほどき襦袢の前を開けて俺に密着してきた。
「さあ、あなたの全てを教えて頂戴。私が全身を使って聞いてあげるから」
俺が顔の位置を元に戻そうとしても、お静は自分の頭を俺の頬に押し当てながら唇を俺のうなじに吸いつかせ、頭を動かせない様に攻めてきた。徐々にお静の体重が俺に圧し掛かってくる・・・このままではマズイと思って俺はひざもとに置かれていた熱い茶の入った茶碗を持って、その茶碗をお静の胸元の柔らかい部分に押し当てた。
「熱っ!」
お静は今までのとろける様なしゃべり方を止めて、身を引いて襦袢の前を合わせた。俺は苦手な熱い茶をすすりながらお静の出方をうかがっていると
「やっぱり・・・あんた何者なんだい?その目つきといい、隙の無い仕草といい堅気とは思えないね」
「飯屋の板前だよ。目つきは生まれつきだし、仕草はものぐさで無駄に動きたくないだ。あんたが体を張って調べる様な男じゃねえよ」
お静はすっくと立ち上がり襦袢を脱ぎ捨てて
「あんたはこの体を無碍にしたんだよ。今まで何人の男を狂わせてきたと思ってんだい。両手両足の指じゃ足りない程の数の男を虜にしてきたんだ・・・なのに八、あんたはそんな私の体に熱い茶碗を押し付けたんだ」
今度は全裸で胡坐をかく。
「遊びに来ただけの男がそんなことするはず無い。遊びだったら間違いなく釣れてる筈さ」
「だから店に来た時から言ってるだろ。俺は女の扱いが下手だって」
「はっ!ここまでしてやっても釣れないとはね。あんたの顔は覚えたよ、この次この界隈を歩いたらただで済むと思わない方がいいね」
「じゃあ今から始めれば許してくれるのか?」
「解かり切った事を聞いてくるんじゃないよ。あんたがこの体を好きに出来る機会はもうないんだ。あんたは私にとって危険過ぎる、私の勘がそう言ってんだよ。だから絶対に二度とこの界隈に来るんじゃないよ」
「じゃあ、茶を飲み終わったら退散するよ。俺もあんたがおっかなくなってきたしな」
「いい度胸だ!それなら・・・最後に餞別だ。じっくり見ていきな」
俺は目を伏せながら熱い茶をすすり、お静は両手を後ろに着いて一糸まとわぬ姿でこちらに向かって膝を立て、大股開きで座っていた。猫舌の俺が茶を飲み終えるのにはかなりの時間がかかったが、お静はその姿勢を崩さずそれ以上に俺をにらむ目力を弱める事はなかった。茶を飲み終えると、お静は襦袢と着物を着て俺を玄関まで見送り
「さあ、じっくり見れて楽しかっただろ。さっさと帰っておねんねしな」
「いや、友達二人が遊んでる最中だ。俺だけ先に帰るなんて野暮は出来ないな。あの二人が遊び終わるまで框に腰掛けて待たせてもらうぞ」
「あんたみたいな目をした男が玄関に居たら客足が遠のいちまうんだよ。だったら廊下を左に折れた部屋で待ってな。私の部屋だ!何もいじるんじゃないよ」
「その前に・・・厠を貸してくれないか」
「なんてくそ度胸だよ。やっぱり・・・食っちまえばよかったかね~、色んな意味で可愛がってやれたかもしれないのに」
「縮みあがって摘み上げられなくなる前に厠に案内してくれ」
「ふん!こっちだよ」
俺はお静の案内・・・いやお静の見張りの元、厠に行きさらに店の構造について観察しそれが済むとお静の部屋でじっと座って二人を待った。この部屋の広さと二階の廊下の長さから言って、隣にはかなりの広さの部屋かいくつかの部屋があるはずだ。多分、その内の一つが用心棒の詰め所になっているのだろう。さらに庭側の障子をあけると廊下があり丁度、二階の廊下の真下に当たるのだろう。お静の部屋の前の廊下も階段を挟んで反対側に伸びていた。二階との大きな違いと言えば廊下がそのまま縁側なので庭にすぐ出れると言う事。そして多分お宝が眠っているであろう蔵までわずかな距離だと言う事。更に庭の端には勝手口があり、どうやら横路地に出れる様だ。普通に遊んでいたのでは見る事が出来なかった場所が見れてこの仕事の成功率が上がった様な気がした。頭の中で想像してみる・・・壁を乗り越えて勝手口を開ける、隼人か材木が勝手口を見張る、俺が蔵に行って千両箱を盗む、庭を突っ切って勝手口に向かう、用心棒共が気付いても隼人が逃げ道を確保してくれる・・・そして勝手口から横路地に出て一気に大門を抜ける。そんな想像だけでも、本当に素早さが要求される仕事である事がよくわかった。本当に数を数えてる間の終わらせるくらいのつもりで挑んだ方が良さそうだな。
ガラッ
「お友達のお帰りだよ」
「長居して悪かったな、まあ忠告通りにするから安心してくれ」
「それがお互いの為ってもんだよ」
俺は隼人・材木と合流して店を出て大門に向かう。
「おい、ちょっと」ひそひそ
「なんだ?」ひそひそ
「あのおかみに気に入られたみたいでな。付き馬がいないか確認しながら帰ろう」ひそひそ
「やはりお主は女の扱いが下手だな」ひそひそ
大門を出てから隼人だけが先を歩き俺と材木がかなり遅れて歩く。隼人の姿が見えなくなった頃に俺達二人は同じ場所を二回歩き、付き馬がいないかを確認した。すると後ろの方で男の呻くような声が聞こえた。振り返ってみたら建物の陰から隼人が出てきて
「やはりいたぞ。今、片付けてきた」
「さすが剣術師範を務めるだけはある」
「これで安心して長屋に帰れるな」
俺達三人は途中、もう一度同じ事をして付き馬がいないかを確認したが別の付き馬は見当たらず、無事に総武長屋にたどり着いた。
― 翌日、朝四つ、八幡宮 ―
「よお、、ん~~~~っ」
「どうしたの?随分、寝むそうね」
「昨夜ちょっと遅くまで起きててな」
「なに、また“仕事”の事?」
「まあ、そんなとこだ。下調べでな」
「下調べ・・・あ!」
「どうした?」
「八幡・・・あなた今度の仕事は女郎屋だと言っていたわよね」
「!」
「八幡様の前でこんな話出来ないし、どこで話しましょうか。お結衣さんの飯屋、小町さんの茶屋、それともお沙希さんとお姫菜さんがいる長屋・・・私はどこでもいいわよ」
「・・・話さないっていう選択はないのかな?」
「ある訳ないでしょ!」
「じゃ、じゃあ・・・長屋でお願いします。お手柔らかに」
「それは無理な話ね。じゃあ行きましょうか」
お雪が俺の前を速足で歩いて行く。いっそこのまま逃げちゃおうかな!と思うほどにさっきの失言が悔やまれる。よりによってお雪に遊郭に行ったなんて話をしてしまうなんて・・・あれ?なんで俺はこんなに気まずいんだ?仕事の事は極力話すと約束した。その点から言えばさっきの発言は問題ないはずだ。俺はお雪の町案内で恋人でも連れ合いでもない・・・だから問題ないはずなのに、凄い罪悪感を感じてしまう。昨日遊郭に行く前にお沙希に出くわしたが罪悪感など全く無かった。正にお前には関係ないだろ!ってな感じだった。なのにお雪に対しては罪悪感を感じるし、これから待ってるであろう説教も受けて当然の様に思ってしまっている。なぜ関係ないだろ!と言い切れないんだ?そうして俺は黙ったままお雪の後を歩いて、総武長屋に到着してしまった。お雪の奴は長屋に着くなり、お姫菜とお沙希に声をかけて俺の部屋に来る様に言いやがった。俺は追い詰められた心境で井戸で水を汲み桶から直接水を飲み、のどの渇きを癒した。しかし心の焦りは癒せなかった。
「第一回、八っつぁんが遊郭で遊んできちゃったので頭来ちゃいました会議~」
「なんだよ、その頭の悪そうな会議は?」
「黙りなさい八幡!」
「・・・はい。」
「さて、お雪さんの話によると昨夜八っつぁんは遊郭で遊んできたそうだね」
「私も見たよ。隼人と材木も一緒だった」
「おやおや、三人連れ立って便所に行ったの?」
「お姫菜さん・・・その言い回しはちょっと」
「じゃあ・・・憂さ晴らしに行っちゃったの?」
「全く、いつの間に女遊びなんて覚えたんだよ。お前んちそんな余裕ないだろ。そんな余裕あるなら小町を茶屋でなんか働かせるなよ」
「案外、どっかに貯め込んでいるのかもしれないわね」
「そんな雪女みたいな冷たい目で見ないでくれ」
「あら、私はいつもの通りよ。もしそう見えるのならば、それはあなたにやましい事があるせいでしょ」
「そうだよね~、男が遊郭遊びしてきて知り合いの女の顔をまともに見れる訳ないもんね」
「一体何をしてきたの?」
「いや・・・それは」
「お雪、わかり切った事聞くなよな。男が遊郭でする事なんて・・・アレに決まってるだろ」
「まあ普通に考えれば、アレだよね~」
「やはりアレなのね・・・八幡、見損なったわ。」
「ちょっと待て!何でそんなに攻められないといけないんだ?遊郭に行ったのは俺だけじゃないだろ」
「八っつぁん・・・それを言っちゃあお終いだよ」
「なに?」
「・・・」
「・・・」
「ほら、お雪さんとさきさき・・・カンカンだよ」
「いや、しかし・・・」
「もう、正直になんで遊郭に行ったのか、そして何をしてきたのか話した方がいいんじゃないの?」
「正直にと言われても・・・男が遊郭行くのなんて珍しい事じゃないだろ。もっと年下の奴だって行ってるぞ」
「八幡、人は人よ。あなたはそういう人達に合せる必要はないわ」
「そうだ。大体、遊郭で遊ぶっていうのは周囲に興味が沸く女がいないって言ってる様なもんじゃないか。なんか馬鹿にされたみたいで気分が悪いんだよな」
「そうだよね~、この長屋には一人身の同じ年の女が二人もいるんだよ。それに奉公先の飯屋にだって一人いるし、町案内してあげてる子もいるし」
「本当に・・・こんなに軽く扱われたのは生まれて初めてよ」
「お結衣が聞いたら何ていうかな~、いや、それ以前にお結衣のお父さんが怒鳴り込んでくるかもよ」
「そんな訳あるか!店でよく言われるんだぞ。ちょっと遊びを覚えた方がいいって」
「あなた、そんな言葉に耳を貸したのではないでしょうね」
「ああ、今のは聞き捨てならないね」
「まあまあ二人とも落ち着いて。お結衣のお父さんが言ったのはお結衣に手を出してもらう為のきっかけを作りたかったんじゃないのかな」
「なるほどな・・・あの親父なかなか考えてるな」
「親がそんな事を進めるなんて、ちょっと信じられないわ」
「そんなに大げさに騒がないでくれ。第一、俺は店で何もしなかったんだぞ。茶を飲んで帰っただけだ」
「そんなの信じられる訳ないだろ」
「そうだよ八っつぁん。遊郭で何もしないなんて有り得ないでしょ。 それとも・・・ひょっとして・・・八っつぁん、目覚めてくれたの?」
「それは絶対にない!」
「どうだか。遊郭で何もしなかったって事は女に興味が無いのと同じではないの」
「ま、まさか・・・だからお前、身を固めなかったのか!?」
「違うって言ってるだろ。昨日は店のおかみを怒らせちまって、そういう事は一切してないいんだよ」
「え~~、じゃあ八っつぁんは昨日は遊郭でいきなりおかみさんを怒らせるような事をして すぐ出てきちゃったの?」
「いきなり怒らせはしなかったが」
「じゃあ、どの時点で怒らせたんだよ?」
「どの時点?」
「だから・・・途中経過のどの部分でって事だ」
「それは、おかみが裸ですりよってきて、そこで無碍にしたら怒りだしたんだ」
「おかみさんを裸にしちゃったの?遊郭の事なんて話でしか聞いた事ないけど普通はもっと若い子に相手をしてもらうんじゃないの?」
「そうね、私が読んだ草子にもおかみは店を回す事を考えて、自分では客を取ったりしないって書いてあったわ」
「それとも八は若い女より年増の方が好きなのか?」
「そんな事はない!俺だって若い方が良いに決まってんだろ」
「じゃあ何故そうなったの?」
「知らねえよ。おかみが言い出して、そうなっちまったんだから」
「え、自分で相手を選べないの?」
「いや、材木の奴が俺の事を女の扱いが下手だから客のあしらいが上手い子をつけてやってくれって言ったら、そうなったんだ」
「材木さん、案外わかってるね」
「そうだな、伊達に学者をしてないってことか」
「材木さんにそんな事を指摘されるなんて恥ずかしいとは思わないの八幡?」
「そんな事言ったって・・・じゃあどうすればよかったんだよ?」
「遊郭なんて行かなきゃよかったんだよ」
「そうね。それが本来するべき事だったのよ。けど、時は巻き戻せないからせめてその汚れた体を洗いに湯屋にでも行ってきなさい。一人で行けないならついて行ってあげてもいいわよ」
「お雪、湯屋の事は俺に言うなって言ったろ」
「けど、汚れた体のままじゃ・・・」
「お雪さん・・・案外真っ向勝負なんだね。人は見かけによらないもんだね~」
「あんた・・・やっぱり頭の中がアノ事で一杯なんだろ!?普通女からそんな事言わないぞ」
「二人とも、何を言っているの?」
「・・・ひょっとしてお雪さんって湯屋に行った事ないの?」
「ええ、私の家にはお風呂があるから湯屋には行った事が無いわ」
「そういう事かよ。紛らわしいな・・・いいかお雪。世間の湯屋っていうのは混浴で男と女が一緒の風呂の入るもんなんだ」
「え!そうなの」
「そうだよ。大勢の男女が一緒に風呂に入るから、そんなに色っぽい事にはならないけど、たまに・・・湯屋の子とかあるしね」
「湯屋の子?」
「要するに混浴でその気になって子供が出来ちゃった事」
「そんな事があるの?」
「もちろん滅多にない事だけど。全く無い訳じゃないし意中の男を落とす為に自分から湯屋に誘う女もいるって話だしね。私はあんたもそうなのかと思ったんだよ」
「そ、そんな訳ないでしょ!知らなかっただけよ」///
「だから俺に言うなって言ったのに。俺もその事は知ってるから小町には男女別々の湯屋に行く様に言ってるくらいなんだぞ」
「小町ちゃん、湯屋が遠くで面倒だって言ってるよ」
「遠くたって、近くたって駄目なもんは駄目だ」
「風呂代だって高いのにって、小町はその事も言ってたぞ」
「それくらい俺が稼いでやるさ。嫁に行くまでは少々の不便は我慢してもらうつもりだ」
「本当に知らなかったのよ」///
お雪の湯屋発言のおかげで遊郭の件は有耶無耶になり、俺はお雪を町案内に連れ出した。何軒かの店を冷やかした後、大通りを歩いていたら
「あ!おゆきちゃーん」
「え!姉さん、お父さんも」
「お父さん?」
見れば、いかにも人当たりが良さそうな人物で俺が働く飯屋の主人と同類の腰の低さを感じさせるが、やはり大店の主人だけあってその貫禄はちょっと他では見られないものだった。そんな風に感心していると
「お雪、そちらの方は?」
「あ、この人が私の町案内をしてくれてる八幡よ」
「おお!あなたが八幡さんでしたか。いつも娘のお雪がお世話になっております」
「い、いえ・・・お世話だなんて。大した事してませんよ」
「本当にそうよね」
「これ!お雪。折角時間を割いて町案内をして下さってる八幡さんに失礼だろ」
「いや、そんな、気にしないで下さい。それくらい気安い方が案内し易いですから」
「そう言っていただけると助かります。本当にあなたには感謝をしているのです。お雪が自ら外に出ようとしたり、色々な事に挑戦してみようと考えたり・・・お雪はあなたに会って変わりました。これからもお雪の事をよろしくお願いします」
「お、お父さん!」///
「そんな、頭を上げて下さい。そんなつもりで町案内している訳じゃありませんから」
「いやいや、本当によろしくお願いします。あなたに会えない時のお雪ときたらもう・・・」
「お父さんっ!」////
「む・・・これは喋り過ぎたかな」
俺はお雪の親父を見て、親っていうのはこういうもんだ!という風に思っていた。子供の事を気にかけ、心配し、そして成長を喜ぶ。そんな親に真っ赤な顔をして怒るお雪や、その様子を横から見てニヤニヤしていたお陽が少しだけ憎らしかった。
「明日は案内できないからな」
「え、飯屋で板前?」
「違う。今晩“仕事”なんだ」
「そう・・・なら昼頃ならどう?」
「駄目だ。明け方から朝にかけての時間にするから、そんな時間には起きれない」
「夜中ではないの?」
「ああ、今回はこの時刻だ。色々調べたがこの時刻が一番良さそうだ」
「上手くやる自信はあるの?」
「まあ、大丈夫だろ」
「ちゃんと帰ってきなさい。じゃないと承知しないから」
「帰らないつもりなんかないさ」
「・・・やはり明日は私が八幡の部屋に行くわ。寝てていいから無事な姿を確認させて」
「そこまでしなくても、いいだろ」
「その時刻なら瓦版になるのは昼ごろでしょ。それまで待っていられないから」
「わかった、好きにしろ」
誰が何をする。そういう言葉が抜けた何とも大雑把な会話をしながら俺はお雪をいつもの四つ辻まで送っていた。いよいよ今夜、平塚屋へ盗みに入る。俺は今まで盗みに入った店の人間と話した事が無いから平塚屋の仕事はちょっと怖い様な不思議な感じがしていた。見知らぬ相手の金を盗むのと違って、少しでも話した事がある奴の金を盗むと言うのは理屈抜きで嫌な気分にさせられる。悪どい仕事で稼いだ金を盗むのだから、いつも通りの事なのに何とも尻に座りが悪い感じがする。四つ辻に差し掛かるとお雪は心配そうな顔をして俺を見て、
「絶対無事に帰ってきて。明日はお昼に行くから・・・ご飯とみそ汁を作ってあげるから、必ず帰ってきなさい」
「じゃあ、お結衣の飯屋で卵焼きを買って来ておいてくれ、皿を持って行かなくても竹皮に包んでくれるから」
「わかったわ。じゃあ明日の昼ご飯はご飯とみそ汁と卵焼きね」
「そういう事になるな」
「じゃあ、明日」
明日一緒に飯を食う約束をしただけで、お雪は元気を取り戻した様に明るい顔で俺に背を向け家に帰って行った。無事に帰って来たい・・・俺にもそんな気持ちが沸き上がってくるのを感じるが、なぜか同時に“仕事”への恐怖心が芽生え始めていた。
今夜は家で小町と夕飯を食ってから夜周りの仕事があると言って家を出て隼人の部屋で時間まで仮眠をとり、三人で平塚屋に向かう手筈となっている。俺は長屋で小町が帰ってくるのを待っていた。しかし、いつも帰ってくる夕七ッ半(=午後四時頃)になっても帰ってこない。更に一時ほど待ってみても帰って来ないので俺は心配になり茶屋に小町を迎えに行った。しかし店は閉まっていて、裏口からお優美に小町はどうしたのかと聞いてみたがいつも通り帰ったとした答えてもらえなかった。俺は小町が店に戻ってきたら俺が心配して探していた事を伝える様にお優美に頼んでから、更に近辺を探し回った。日が暮れ始め、あたりが暗くなり始めても小町が見つからず、やむを得ず長屋に帰ってみたものの、やはり帰ってきていない。俺は再び小町を部屋で待ったが夕飯時になっても戻ってこなかった。俺は隣のお沙希を訪ね、小町がまだ戻ってない事とこれから夜周りの仕事をしてくる事を伝え、一度長屋を離れた振りをして隼人の部屋に行った。
「遅かったな八」
「すまん、小町の奴が帰って来なくてな。近所を探し回っていたんだ」
「なに、まだ帰ってきてないのか!?」
「ああ、たまに友達の家に行ったりする事もあったが、こんなに遅いのは初めてだ」
「う~ん・・・まあ小町ちゃんも、もう小さな子供じゃない。そんなに心配しなくても大丈夫だろ」
「そうだといいんだが・・・お優美の茶屋にも行ってみたんだが、いつも通り帰ったらしくて、どこかに行く様な事は言ってなかったらしい。さっきお沙希にもその事を話して俺は夜周りに出たと伝言しておいた」
「ひょっとしてお沙希の弟の大志の所にでも言ってるんじゃないか?」
「大志の奴は棟梁の家に住み込みで女を連れ込める様な暮らしぶりじゃねえよ・・・ひょっとして・・・二人で出会茶屋(=今でいうラブホ)にしけこんでんじゃあるまいな!?」
「まてまて落ち着け。小町ちゃんがそんな尻軽な事をする訳ないだろう。もっと信じてやれ」
「そ、そうだよな。こまちがそんらことするわけないりゃいあ・・・」
「落ち着け!二・三回深く呼吸をしろ」
焦りのあまりろれつが回らなくなった俺に隼人が呆れる様に指示をする。俺は両手を横に一杯に広げる様にして腹いっぱいに息を吸い込んで、倍の時間をかけて吐き出した。
「すまん、取り乱したな」
「そんな事で大丈夫か?何なら日延べをしてもいいんだぞ」
「いや、俺達の配る金を待ってる連中がいるんだ。明日にも飢えて死ぬような連中を放ってはおけない」
「実際に忍び込むのはお前だから、お前がやれると言うならやってもらうまでだ」
「大丈夫だ、任せろ。ところで材木の奴はどうした?」
「あいつは自分の部屋で寝てるから時刻になったら起こしに来いと言っていたぞ」
「あんにゃろ、何様のつもりだよ」
「まあいい。男三人で狭い長屋の部屋にいたのでは窮屈でかなわんしな」
「しょうがない奴だ。じゃあ俺達ももう寝るとするか」
「八は先に寝てくれ。俺は夜九つ(=午前零時頃)あたりまで起きてるから、その後、替わってくれ」
「なんだ、やけに慎重だな」
「今回の仕事は時間との勝負だ。仕掛け時を誤らない様にしないといけないからな。万が一にも寝坊は出来ん」
「なるほどな。じゃあ俺は先に寝かせてもらうぜ」
そう言って、俺は隼人の布団を借りて床に着いた。だからと言ってすぐに眠れる訳でもなく、つい帰ってこない小町の事を考えてしまった。あいつ、どこでなにやってんだ?しかし、そんな考えは布団の中では長続きせず、いつの間にか眠ってしまった様だ。
「八、、起きろ。交代だ。」
肩をゆすられて目を覚ますと俺は布団から抜け、代わりに隼人が布団に入る。
「じきに夜八つ(=午前二時頃)の鐘が鳴る。暁七ツ(=午前四時頃)に平塚屋に着ける様にしよう」
「わかった。悪かったな、長く寝かせてもらっちまって」
「気にするな。今夜はお前が主役だからな」
そう言うと隼人は眼を閉じて喋るのを止めた。俺は立ち上がり隼人の部屋をそっと出て自分の部屋の様子を見に行った。無論、小町が帰ってきてないかを確かめる為である。音をたてない様に静かに入口の戸を開けて中に入ったが、やはり小町は帰っていなかった。泊りか!?外泊か!?一体どこで?どこのどいつと?そんな心配が沸き上がるも今はそれを考える時ではないし、考えたところでどうしようもないから俺はうなだれて隼人の部屋に戻った。
― 暁七つ、遊郭へ向かう道の途中 ―
「う~~~っ!この時刻はやはり冷えるな」
「贅沢言ってんじゃねえよ。一番多く寝てたくせに」
「本来、拙者は計画を担当するのであって、これは例外中の例外というもの。多少の融通は利かせてもらわなければ体が持たんぞ」
「まあいい。それより材木、ちゃんと風呂敷と手ぬぐいは持ってきただろうな」
「勿論である。風呂敷は千両箱を包む為、手ぬぐいは顔を隠す為、いずれも今回の仕事に絶対不可欠なものだからな」
「その通りだ。今回は必ず八が千両箱を持って逃げるという形にはならないかもしれない。場合によっては俺か材木が千両箱を持って長屋に戻らねばならないかもしれないからな」
「そうそう、頼むぜ。いざって時には千両箱を投げる様に渡すから落としたりしないでくれよ」
そんな話をしながら俺達は遊郭の大門に到着した。時刻が時刻だけにさすがの遊郭でも人っ気が全く無いし明りの類も一切ついてない。それどころかどの店からも人の気配すらしない。狙いどおりである。俺達は裏通りに出て平塚屋を目指し、そしてその脇の横路地に入り勝手口を見つけた。俺は隼人の膝と材木の肩を使って塀を乗り越え内側から勝手口に戸を開けた。
「じゃあ、行ってくるから。逃げ道確保をよろしく頼むぞ」
「わかった。あまり時間をかけるなよ」
俺は残る二人に声をかけてから店の縁側の廊下の下にもぐりこんだ。勝手口からは蔵が見え真っ直ぐに突き進んでいけるのだが、途中見つかったらまずいので俺は少々手間がかかっても廊下の下を四つん這いで進む事にした。しかしこの行動が思わぬ発見をする事になる。廊下の下にもぐりこんだ俺はその奥に白壁がある事に気付いた。普通床下は風通しを良くする為に極力、物を置かない様にするものだがこの白壁は廊下の沿って長さにして長屋の部屋二つ分くらいある大きなもので、その横側に回り込んでみても同様の長さがある。床下に白壁に囲まれた四角い空間、これは・・・地下室!?外から建物を見たり客として店に入ってもこれはわからない。どうやら大きさとその位置からこの間、通されたお静の部屋の奥の部分にあたる場所で俺達が唯一見れなかった場所だ。これはお宝の匂いがするぜ・・・急いで勝手口に戻り二人にこの事を告げて、俺は店の中に入る為、懐からキリを出して戸袋に一番近い雨戸の一番下の部分に当たりをつけて穴を開けた。俺の当たりは正しかった様で雨戸の戸板を突き抜けた俺のキリが雨戸の留め具に丁度当たる。俺は音をさせない様に留め具を持ち上げ雨戸をゆっくりと開けた。中からは人の気配がせずにすぐ横の部屋から数人分のいびきが聞こえてきた。なるほど、あそこが用心棒の詰め所か。俺は人一人入れる隙間分だけ雨戸を開けて店の中へと滑り込み、奥へと進んでいった。するとさっき見つけた床下の白壁の中に続いているであろう下に降りる階段を見つけた。さあ、鬼が出るか蛇が出るか・・・俺は喉を鳴らして唾を飲み込むと一歩一歩階段を下りていった。階段を三分の一ほど降りた所で下からすすり泣くような声が聞こえてきた。
「女郎屋ですすり泣き?」
喘ぎ声の間違いじゃないの?不思議に思った俺は歩を止めその場にしゃがみこんで顔だけ地下に出す様にして様子をうかがうと、そこには地下牢があり、中には牢屋には似つかわしくない豪華な着物を着た若い娘が五人いた。いずれも横に寝転がって入るものの、すすり泣きをしている。どうやら誘拐されてきた娘達の様だ。そして目を横にずらすと牢屋の前に無造作に千両箱が十個ほど積まれていた。さて・・・千両箱を盗むには牢屋に居る娘達を黙らせる必要がある。全員が寝ているのであれば問題ないのであるが、すすり泣きをしながら起きているので牢屋の前を通ろうものならすぐに見つかってしまう。もちろん素早く走って千両箱を一つ持って、すぐに引き返せば大声を出される前に逃げ切れる自信がある。しかし、明日にでも売り飛ばされる娘達を放っておくと言うのは、いくら俺が泥棒で関係ないと言っても気分が悪い。ならば娘達に声を出さないように注意しながら逃がしてやり、その後で千両箱をいただくというのが一番好ましい道筋だろう。もう一度、牢屋に目をやると扉の鍵はありふれた南京錠で俺ならあっという間に開ける事が出来る。よし、ではまず娘達に助けてやると話をして声を出さないように説得しようと思ったその時、一人の寝転がっていた娘が寝がえりをうった。
小町!
なんで小町がこんな所に!?しかし、考えてみれば当然なのかもしれない。潰れかかった茶屋を立て直す程に評判がいい茶屋娘である小町がこういう事をする連中の的にならないはずが無い。茶屋から帰る時一人になり易い路地で誘拐されたのだろう。だが小町がいるとなると助けに行った途端、俺が盗人であるとばれてしまう。そこで俺はいつもの頬っ被りを外して顔の下半分を隠す様に結び直し、懐から風呂敷を出して半分にたたみ額と髪型を隠す様に結ぶ。これで目だけが出ている様になり顔のほとんどが隠せた。しかし長い話をしていては小町に気付かれる可能性があるので、出来るだけ手短に話す様に考えを決めて、階段を下りて牢屋の前に立った。牢屋の娘達は人に気配に気付き俺の事を見る。もちろん誘拐された先で覆面をしている男が現れたのだからその表情は恐怖におののいている。
「案ずるな!俺はお前たちを助けに来たんだ。これから声を出さずに俺の話を聞け」
声の調子を一つ落として低い声で喋る俺。娘達は顔を見合わせてから俺に近づいてきた。格子越しに、これから店の中の様子をもう一度確認してから逃がしてやるのでそれまで静かに待ってろと伝えると。娘達は口を押さえながら笑顔を浮かべた。もちろん小町も例外じゃなく、その抑えた口から小さく漏れた“お兄ちゃん”という言葉も聞き逃さなかった。俺は娘達に手を振ると階段に戻りまた静かに階段を歩き始める。地上階に出るとやはり最初に聞こえてくる音は大勢のいびき。様子が変わってない事がわかってほっとしたが、やはり怖いのはあのお静っていう女だ。腹ばいになり廊下を音も無く蛇の様に進んでお静の部屋に近づくと部屋の中からお静の喘ぎ声が聞こえる。おいおい・・・こんな明け方までやってるって、どんだけ好き者なんだよ!と呆れながらお静の部屋の障子の隅に穴をあける。するとお静が仰向けに寝かされ男が息を荒げて動いている。丁度終わり時だったのだろうか、男が動くのを止めてお静から少し離れると手ぬぐいで汗をふき、急ぐ様子で着物を着だす。その様子を見ていたお静も襦袢だけを羽織り男に話しかけた。
「今日も随分超過料金を払わされちまったね」
「なに言ってるんだ。それはこっちの台詞だよ」
「売り飛ばす娘達に着せる着物は豪華であれば、あるほど良いからね。金に糸目はつけないからとにかく良い物を持って来ておくれ、それと飾りが多い方が客も喜ぶから小物も見繕ってくれるかい」
「どれだけツケで買い物をする気だい?こっちが干上がっちまうよ」
「だからツケで遅くなる分は私の体で払ってんだろ。私からしたら利息を払い過ぎじゃないかって思うほどだよ」
「私も商売人だからね、ツケはしっかり取り立てないと」
そう男が言うとお静はべったりと絡みつく様に男に抱きついて口吸いをする。念入りな口吸いが終わるとこちらに背を向けていた男が横顔を俺に見せた・・・なんだと!?そんな馬鹿な!?なんで・・・お雪の親父がここに居るんだよ?しかし思い返せば地下牢で娘達が来ていた着物はそこらでは見かけない程に豪華な物であんな品物を続けて用意できる店など限られているはずだ。そして今の会話・・・どうやら、この誘拐には雪乃屋も一枚かんでいる様だ。俺自身の驚きはお雪がこの事を知った時にするであろう落胆につながった。こりゃ絶対にお雪に知られる訳にはいかないな。そんな事を考え始めた時お雪の親父、すなわち雪乃屋の主人が立ち上がり部屋を出て行き、お静がそれを見送る様に遅れて部屋を出て行く。客は縁側じゃなくて玄関から帰るんだね。しばらくするとお静が前を肌蹴させた襦袢姿のまま肩になぎなたをしょっている。何故なぎなた?と思っていたら、お静はそのなぎなたをこちらに向かって突き出してきた。
ズバァッ!
俺の鼻先をなぎなたの刃がかすめる。俺は驚いて飛び退くと
「さっきから見たい放題見てくれてるけど、覚悟は出来てるんだろうね?」
なぎなたを引き戻し半裸のまま構え直すと、大きく二度なぎなたを振り回し俺が隠れていた障子戸を四つに切り裂いた。
「なんだい、顔を隠して・・・まあ顔なんてどうでもいいさ。どうせ胴体と泣き別れになってからじっくり見れるんだしな」
「おっかねえ事言ってんじゃねえよ」
「ん!?その声・・・それによく見りゃ・・・その目つき!あんた、あの時の・・八だね」
「・・・」
「沈黙は金・・・じゃないよ!」
その言葉でお静はなぎなたを振り回し始めた。狭い室内という事もあって長いなぎなたを存分には振り回せないものの、狙いは正確で俺の着物を徐々にボロ切れにしていく。
「こんな狭い中で良くそれだけかわせるもんだね。やっぱり私が見込んだだけの事はあるよ」
「そんな褒め言葉は嬉しくねえ!第一、お前は何者だ?女郎屋の女主人がなぎなたを振り回すなんて聞いた事ねえぞ。お静はお静でも静御前の間違えじゃないか!?」
「はははっ!盗人にしちゃ上等な例えだ。褒美に泣き別れになった頭は品川の海に丁重に捨ててやるよ」
「俺の頭はタコつぼじゃねえ。おっかねえ女だな」
お静のなぎなたの動きが鋭さを増し俺の左腕を少しかすめて行った。じんわりと血がにじみ始め、危機感が否応なしに高まってくる。その上、騒ぎを聞きつけた用心棒やら三下やらが刀を持って駆け付けて来る。唯一開いてる雨戸の戸の前、玄関に通じる廊下、客室につながる逆方向の廊下、その全てがお静の部下に固められてしまった。
「さて、そろそろお別れの時間だ」
「いやいや、まだまだ話す事はあるんじゃないか?」
「それは、この間、私を抱きながら聞きたかった台詞だよ」
そう言うとお静は右手に長刀を持ったまま、左手で襦袢を襟を持って前を開き体を見せびらかす。
「ふん、随分見せびらかすのが好きなんだな。部下共が働かなくなるぜ」
「そんな心配は無用さ。こいつらは全員、私の体知ってるからね。今見せてんのはこの間と同じだよ。これがあんたが見る最後の光景だ。あの世への選別にその目に焼き付けておきな」
「どんだけ咥え込んでんだよ。しかしそんなに体を見せつけられたら、未練が残って化けて出そうだ」
「だから・・・あの時、抱いてりゃよかったんだよ。じゃあ・・・さよならだ!」
お静が左手を襦袢の襟から離し、両手でなぎなたを持って俺に切りかかろうとした瞬間
バキィッ!
なぎなたを構えたお静の真横の雨戸の板を突き破って一辺三寸ほどの角材が飛び込んできた。角材はお静のわき腹を捕え、お静はその勢いのままに弾き飛ばされ畳に叩きつけられて二・三回転がった後に動かなくなった。突然の事に俺もお静の部下達も動けずにいると雨戸に突き刺さってる角材が動き出し
「ぬおおおおおっ!」
勇 ましい掛け声とともに角材がえぐる様に雨戸を引っぺがし月明かりが廊下に差し込んだ。
「天が叫ぶ!地が吠える!正義をせよと俺を呼ぶ!剣豪将軍ここに見参!」
見れば体の大きな太った男が俺と同じ様に顔を隠して角材を肩にしょっている。おいおい、顔以外隠せてないぞ!そんな突っ込みを心の中で百万回した瞬間、雨戸が引っぺがされた場所から袴姿の覆面男が飛び込んできて、挨拶代わりと言わんばかりに素早く刀を抜いて刃を返し、峰打ちでお静の部下三人をあっという間に倒してしまった。それを見た他の用心棒や三下は数歩引いて俺と覆面侍から距離を取った。
「急げ、剣豪将軍が大きな音と大きな声を上げてしまった。この店の者はともかく 隣近所が番屋に駆け込んで奉行所の連中がやってくるぞ」
俺は覆面侍・・・隼人に背中を合わせる様に立ち小声で話しかけた。
「地下に千両箱とさらわれた娘が五人いた。その内の一人が小町だ」
「なんだと。小町ちゃんがここに!?」
「俺は今から地下牢の鍵を開けて娘達を逃がすからお前はこいつら片付けて、逃げ道を作ってやってくれ」
「わかった。急げよ!」
俺は続いて庭に立つでぶに声をかける。
「地下にさらわれた娘が五人いた。その内の一人が妹だった」
「なんと!こま・・・妹だと」
「今から地下牢を開けて五人を逃がすから逃げ道を確保してやってくれ。それと決してばれない様にしろよ・・・剣豪将軍!」
「了解した!急げよ怪盗“のろい”!」
剣豪将軍・・・材木の声を聞いたお静の部下共はお静が倒されたってだけでも腰が引けていて、さらに隼人の居合でもっと腰が引け、トドメと言わんばかりに“のろい”の名前に腰を抜かしそうになっていた。俺はそれこそ飛び降りるような勢いで階段を下りて牢屋の前に行くと大急ぎで扉の南京錠を開け
「いいか。上にあがったら俺と同じ様な覆面の男が二人いる。そいつらの指示通りに逃げろ。ここで逃げ損なったら二度と家には戻れないぞ」
俺の台詞を聞いて娘達が我先にと牢屋を出て階段を上る。しかし一人だけ、、小町だけが俺の前で立ち止まって俺の顔をじっと見てやがる。
「ひょっとして・・・」
「何やってんだ!早く逃げろ!」
俺は左腕を大きく振り小町に逃げる様に促した。
「あ!血が出てる。着物もボロボロ・・・私達の為に・・・ありがとうございました」
小町は五人の中で唯一俺にお礼を言って階段を上って行った。我が妹ながら大したもんだ。俺は急いで牢屋の前の千両箱を一つ、いや二つを抱えて階段を上る。地上では隼人がお静の手下の大半を倒した後で雨戸の開いてる場所で俺の事を待っていた。庭に出ると材木が
「娘達には表通りに出て大門からやってくる役人に保護してもらえと言ってある。 我々も急いで逃げようぞ」
俺は千両箱の一つは俺が持ったまま、もう一つを隼人に渡し、
「隼人、これを風呂敷で包んで持って行け。途中で着るだけ人に出くわさない様に長屋に帰るんだぞ、急ぐよりも慎重さが大事だ。絶対誰にも見られないつもりで道を選んで帰れ!材木はその角材を元に戻してこい」
二人は俺の言葉を飲み込むと大きく頷き、一緒に勝手口を出てその場から逃げ出した。目抜き通りに出ると大門近くに役人たちがいて五人の娘を保護してくれていた。俺達は裏通りに戻って覆面を外し、俺と隼人は風呂敷で千両箱を包み、材木は一足早く角材が置いてあったのであろう場所を目指した。俺と隼人は反対側の裏門から遊郭を出て、別々に長屋に向かった。
夜が白々と明け始めた町の路地を縫う様に歩きながら、人目を避けなんとか総武長屋に辿り着くと俺は長屋の裏に回って床下に潜り込みいつもの様に千両箱を隠し、自分の部屋の戻った。ぼろぼろになった着物を脱ぎ棄て、顔を隠すのに使った手ぬぐいと一緒に捨てる準備をしておく。ふんどし姿で土間に行き買い置きしてあった焼酎を一口、口に含んでから左腕の傷に吹きかける。ピリッと痛みが走るが大した傷ではなく箪笥から晒しを出して傷に巻きつけ口と右手でほどけない様に縛り上げた。そして座敷の戻って普段着の着流しに着替え部屋を出て隼人と材木の部屋を訪ねた。しかし二人はまだ戻っていなかったのでぼろぼろの着物と手ぬぐいを大通りをはさんだ反対側の長屋の入口に捨ててきた。再び総武長屋に戻ってくると材木と隼人が揃って戻ってきており、この仕事が無事に片付いた事を確認出来て俺達は早朝にもかかわらず大声で笑い出してしまった。するとその声を聞きつけたお沙希が戸を開けて外に出てきて俺に小町がまだ戻ってないのかと尋ねてきた。小町は奉行所の役人に保護してもらったのだが、今その事をお沙希に話す訳にはいかないのでまだ戻ってないから、これから探しに行くと伝えた。
本当は平塚屋での大立ち回りのせいでクタクタだから一刻も早く寝床につきたいところであったがやむを得ず、三度目の外出をした。もちろん行先は平塚屋のある遊郭。平塚屋の前には早朝であるにも拘らず大勢に野次馬が集まっていて、それを潜り抜ける様に店の前に行くと役人が店に誰も入らない様に見張っていた。たぶん今は店の中の捜索をしているのだろう、これでこの店の悪事は叩き潰されたのだと安心して何食わぬ顔で平塚屋の前に居る役人に何があったのかを聞いて、話を合わせる様に妹を探していると話すと保護された娘五人は近くの番屋に居ると教えてもらった。俺はその足で言われた番屋に向かうと番屋の中には豪華な着物を着た五人の娘がいて、戸が開いて俺の姿に気がつくと小町がしがみ付いてきた。俺の胸で泣きじゃくり話しも出来ない状態だった。小町が一しきり泣き終わると番屋にいた役人が事のあらましを聞きたいから小町が長屋に帰れるのは、まだ後になると聞かされた。俺は小町をなだめてから長屋で待ってる伝え、先に番屋を出て長屋を目指した。
総武長屋に帰ってきた時に丁度、朝五つ(=午前八時ごろ)の鐘が鳴った。長屋では井戸の周りに住人が集まって文字通りの井戸端会議をしている。
「おお八!帰ったか」
「八、小町は見つからなかったのか?」
「大丈夫だお沙希、小町は番屋にいたよ」
「番屋って小町がなにか悪さでもしたのか?」
「違うって。小町の奴、どうやらたちの悪い連中にさらわれてたらしいんだ。その連中を捕まえた役人が小町を保護してくれてたんだ」
井戸端にいたお沙希とお姫菜は“さらわれた”という言葉を聞いて血の気は引いた様な顔をした。無論そこには材木と隼人もいて、その二人も大仰に驚いたふりをした。
「ちょ、ちょっと小町ちゃんがさらわれたって、どういう事なの?」
「俺も詳しい話は聞いてないが小町の奴、茶屋の看板娘として目立っていたからな。それでそういう連中に目をつけられたんだろう。俺も聞いた時は肝を冷やしたぜ」
「それでっ!小町は無事だったのかい?怪我とかしてないんだろうね」
「ああ元気だった。なんか見た事も無い様な豪華な着物を着ていたけど」
「それって最近噂になってる人売りの話じゃないの。娘をさらって着飾らせて異人に売り飛ばすとかいうやつ」
「そんな噂があったのか?世も末だな。そんな狼藉を働く連中を見つけたら刀のサビにしてやる」
「とにかく無事だって事がわかったんだから一安心だ。まだ番屋で役人が色々と聞きたい事があるらしくて帰ってくるのはもう少し後になりそうだ。まあ飯の支度でもして待っててやる事にするよ」
「そうだね、八っつぁんそれがいいよ。お兄ちゃんが作ったご飯を食べれば小町ちゃんも元気になるよ」
「左様、辛い時、悲しい時そして恐ろしい時、家族の支えが一番の薬と成り得る」
「じゃあ小町の好きなわかめの味噌汁とがんもどきの炊いたやつでも用意しておいてやるかな」
「いいね、うちの分も拵えてくれよ。ちび共もがんもどき好きだからさ」
「わかった!小町が無事だったお祝いだ。みんなにがんもどきを振る舞ってやるぜ」
「では拙者は小町の為にわかめを買って来てやろう」
「なら俺はお優美の所に行って事の次第を説明して、今日の仕事を休みにしてもらえるように頼んできてやる」
「じゃあ私は米研いでおくからさ。小町ちゃんが帰ってきたらみんなで賑やかに出迎えてあげよう」
みんなが小町の無事を喜んでくれてる。感謝の気持ちがあふれてくるが、どうもこいつらに感謝の言葉を口にするのが照れ臭い。言葉が出ずに頭をかいているとお沙希が俺に優しく声をかけてくれた。
「いちいち口にしなくても、みんなわかってるさ」
その言葉でみんなが俺の方を見て頷く。俺はそれを見てますます照れ臭くなってしまい慌ててがんもどきを買いに大通りに向かった。さすがに早過ぎたのか大通りの豆腐屋は豆腐は出来ていたものの、がんもどきや厚揚げなどの揚げ物はまだ出来おらず、やむを得ず、隼人が行くと言っていたお優美の茶屋を目指した。隼人の口利きがあれば小町が休む事はそう難しい事ではないので俺がいちいち顔を出す必要はないのだろうけど昨夜、小町を探している時にあいつの店にも行って話を聞かせてもらったのだから結果報告は俺の口からしなくてはと思い、急いで茶屋を目指した。すると茶屋の手前で隼人と合流でき一緒にお優美を訪ねる事が出来た。
「いらっしゃいませ隼人様。こんな朝早くからおいで頂けるなんて・・・さあ奥へどうぞ」
「いや今日は客として来たのではないんだ」
「と、言いますと・・・なんだ、お前も一緒かよ」
「朝なら別な挨拶があるだろ。全く・・・昨夜小町の事を聞きに来ただろ。その結果報告に来たんだよ」
「え!小町の。結局どこにいたんだよ、小町の奴、あれほど寄り道せずに帰れって言っておいたのに」
「いや・・・実はな小町の奴、番屋にいたんだ」
「はあ?番屋!?」
「ああ、人さらいにあってな。丁度そいつらを捕まえに来た役人が保護してくれてて俺は明け方にその騒ぎを聞きつけて番屋に行って小町の無事を確認してきた」
「ほ、本当に無事なんだろうね!?怪我は、それとも何か乱暴されたとか、どこの番屋だよ。すぐに確認に行かないと」
「落ち着けお優美。八が無事だと言っただろ。小町は番屋でもうしばらく事情を話す為に帰るのが少し後になってるだけだ」
「本当でございますね!?隼人様」
「ああ本当だ。そういう事があった後なので小町を今日は休ませてやって欲しくて、そのお願いの為に俺は来たんだ」
「・・・隼人様・・・本当に、本当にお優しい。」///
「それじゃあ小町が休んでもいいだな。安心して小町の無事を祝う飯の支度を出来るってもんだぜ」
「なに?あんたが小町の飯の支度をしてやるの?」
「ああ、八の奴が小町の好きなものを作って迎えてやりたいと言うので長屋を挙げて 小町の無事を祝おうとささやかながら祝宴をしようという事になったんだ」
「そういう事でしたら今日は店をお休みにします。小町の性分から言って、そうでもしなきゃ仕事を休まないでしょうし、私も一緒に小町の無事を祝いたいです。おい!私の分の飯も用意しなよ」
「お前、態度違い過ぎだぞ」
「当たり前だ、お前と隼人様を同列に扱うなんて事ありえないね。そうだ!お客がくれたいただき物の饅頭があるからそれを持って行きますね隼人様」
「ありがとうな。小町ちゃんも喜ぶよ」
「じゃあ俺はがんもどきをちょっと余分に買って帰るとするか。まあ小町が帰ってくるのはもうちょっと後になるだろうから隼人は茶でもご馳走になって行けよ。じゃあな」
「お、おい八」
「さっさと行っちまいな。さあさあ隼人様、一番奥へどうぞ・・・誰もおりませんからごゆっくりなさってくださいね」///
茶屋に背中を向けて隼人とお優美の会話を聞いた時、何故か平塚屋のお静を思い出したがこの事は俺の胸にしまっておこう。俺は再び豆腐屋に行くと今度はがんもどきが出来上がっていたので長屋の連中とお優美の分、そして小町には多めに食わせてやりたかったのでを合わせて多めに二十個のがんもどきを買い、豆腐屋の主人から朝っぱらから買占めは困るとからかわれた。長屋に戻ると、やはり小町はまだ戻っておらず、俺は七輪に炭を起こしてがんもどきを炊き始めた。すると材木の奴がわかめを持って長屋に戻ってきたので俺はそれを受け取りみそ汁を作る準備をしようと思ったが大きな鍋が足りない事に気付き、慌ててお沙希の部屋に大きな鍋を借りに行った。七輪に賭けた鍋の中身が良い具合に炊けてきたので一度火から下ろして冷まして味を染み込ませる。空いた七輪にお沙希から借りた鍋をかけわかめを下茹でする。そうこうしていると昼九つ(=正午ごろ)の鐘が鳴った。鐘を合図にお姫菜の部屋から火を起こして飯を炊く様子がうかがえる音がしてきた。
「おい、お姫菜。まだちょっと早いんじゃないか?」
「なに言ってんのさ。沢山炊くからね、早めに準備しておかないと・・・多分お優美も来るんでしょ。そうだ!お結衣にも声かけてあげてよ。後で知ったら仲間外れにされたった騒ぐよ」
「確かにそれ、言い出しそうだな。わかった、今から飯屋に行ってくる。まあ昼時の飯屋だから抜けてこれるかどうかわからんが、とにかく声をかけてくる」
「そうしてあげて。お結衣の事だからきっと凄く喜んでくれるよ」
「じゃあ飯が炊ける頃、俺の部屋に置いてあるがんもどきの入った鍋をもう一度七輪にかけておいてくれ」
「了解、いってらっしゃい」
俺はお姫菜に見送られながら大通りに向かい飯屋を目指すと、やはり昼時の飯屋は客がそれなりに入っていて込み始めていた。そんな中でお結衣と店の主人に事の仔細を話すと主人は忙しいが、そういう事ならと言ってお結衣を仕事から解放してくれた。そして一緒に飯屋を出ようとした時
「あら八幡!?どうしたのこんなとこで?」
「お雪。あ、そうか卵焼き」
「そうよ、あなたが食べた言って言ったのでしょ」
「え、はっちーがうちの卵焼き食べたいって言ったの!?」
「ああ、昨夜は夜周りの仕事があったから今日の昼飯に卵焼きを差し入れてくれると嬉しいって話をしたんだ」
「え~~、昨夜、夜周りだったの!?じゃあほとんど寝てないんじゃない?」
「ほとんどどころか全く寝てない。小町があんな事になったから夜周り明けに町中探し回った」
「あんな事?」
「大変だったらしんだよ。小町ちゃんがさらわれそうになったんだって」
「小町さんが?どういう事なの八幡?」
「ここで長話は出来ないから長屋で話す」
「じゃあ、私は卵焼きを買っていくわ。先に長屋に行ってて」
「あ!お雪、悪いんだけど卵焼き多めに買ってくれないか。小町の無事を祝って長屋の連中やお結衣や茶屋のお優美が来てくれるんだ」
「そうなの、だったら沢山の卵焼きがいるわね。十でいいかしら?」
その注文を聞いた店の主人は忙しい時間であったので俺に作る様に命じた。俺は大急ぎで卵焼き十個を作り上げると三つの包みに分けて卵焼きをお雪に持たせた。三人で長屋に帰ると
「あ、お兄ちゃん!」
小町が人目もはばからず抱きついてきた。俺は小町の頭を撫でてやり無事で良かったと言ってやった。お雪とお結衣も小町に無事で良かったと声をかけてくれた。既に先に到着していたお優美やお沙希、お姫菜は飯の支度におわれ、隼人と材木は長屋の前の通りにゴザを引いてみんなして外で飯を食える様に準備してた。支度が整ったところで、お優美が我先にと立ち上がり小町の無事を祝う言葉を述べ茶椀飯での乾杯の音頭を取った。小町は好物のがんもどきとわかめの味噌汁に口をつけてほっとした様で周りのみんなからの質問に答え始めた。すると小町の口から三人の覆面男の話が飛び出した。言うまでも無い事だが俺、隼人、材木の三人の事である。俺達は自然と無口になり小町の口上を聞く事となった。
「いや~最初、地下牢に覆面男が現れた時にはどうなる事かと思いましたね。一緒に捕まっていた子達と震えるながら身を寄せたら作った様な低い声で私達を助けてくれるって言うんですよ。それで私達を逃がす為に上の様子を見に行ってくれたんですけど、しばらくしたらなんか大きな声や音がし始めて他の四人は怖がって牢屋の奥に行って縮こまってたんですけど、私は上の様子を格子に張り付いて聞いてたんです」
「小町はそんな時まで物見高かったのかい。そう言う時は自分の身を守る事を優先するもんだよ。店でも変な客が来たら店の奥に逃げて来いって言ってあるだろ」
「お優美さん、そうは言ってもですね、なんかあの覆面さん、頼りになると言うか・・・絶対私の事を助けてくれるって信じられたんですよね」
「凄いね。それってまさに芝居本の様な出来事で、そんな感じの出会いだったんだね」
「あはははっ!確かにそうかも。自分が囚われのお姫様で覆面姿の人が救い出しに来てくれるんですから、ちょっと芝居がかってますよね。実際、牢屋を出て表に出たら仲間の体の大きな覆面さんの口調は芝居がかってましたもん」
「やっぱり、そういう事をする人達って目立とう根性があるんじゃないかな?ゆきのんはどう思う?」
「そ、そうかしら・・・そうやって自分を奮い立たせないと恐怖に負けてしまいそうだったのではないかしら」
「お雪さんそんな事ないですよ!だって上での騒ぎが収まったと思ったら覆面さんは 階段を駆け下りて来てくれて、大急ぎで鍵を開けてくれましたし、他の子は気が付かなかったみたいですけど、その人の着物あちこちに切られた跡があって、きっと刀か何かでいっぱい切りつけられたんですよ・・・それに左腕に怪我までしてました。血が出てましたもん」
その話を聞いたお雪が慌てて俺の左腕に目をやる。俺は隠す様に腕を組んで
「小町は日頃の行いがいいから、そういう人が助けにきてくれたのさ。可哀そうな話だが多分小町がさらわれる前にもさらわれた人が何人かいてその人達は助けてもらえなかったんだ。これは本当に運が有ったか無かったかの差だと思うぞ」
「そうだね、そう考えると私は凄く運が良かったんだね。こうして無事に家に帰ってこれたし、みなさんに無事を祝ってもらって美味しい物も食べられたし、それにこの着物。事情を聴いたお役人様が元に来てた着物を取り上げられてしまったのだから、代わりにこれは着て帰って良いと言ってくれたもんね」
「そういや、随分、豪華な着物だな。私が三味線を教えている金持ちの御新造さんでもそんな良い着物着てないぞ。」
「そうなんですよお沙希さん。これに着替えろって言われた時は怖くてわかりませんでしたけど番屋で改めてみてみると凄く高そうな着物だったんですよ」
「確かに・・・これは良い物ね。加賀・・・いえ京友禅かしら。そう簡単に江戸では手に入らないものよ」
「へ~、ゆきのんがそう言うなら本当に高価なんだろうね」
「じゃあこの着物は古着やに叩き売ってお金にしちゃいましょう。まあ示談金みたいなものですね」
「小町、お前たくまし過ぎだ。けど本当に売っちまっていいのか?お雪の言う通りなら そうそう手に入らないし持ってた方がいいんじゃないか?」
「やだな~お兄ちゃん。確かに綺麗な着物だけどこんな着物着る機会ないし、第一こんな風に手に入った物を持ち続けるなんて気持ち悪いよ」
「そう言われりゃ、そうだな。じゃあ明日にでも売り飛ばしちまえ」
「うん、じゃあ早速着替えてくるね。さっきから落ち着かなくて」
そう言うと小町は部屋に入って行った。みんなそんな小町の様子を見て笑っていたがお雪だけが俺の横にやってきて心配そうな顔をして小声で話し掛けてきた。
「腕は本当に大丈夫なの?」
「・・・かすり傷だ。心配する様なもんじゃない」
「仕事は・・・成功だったのね!?」
「ああ、後で聞かせてやるから」
お雪は納得のいかない顔をしていたが、この場は引き下がってくれた。着替えを終えた小町が再び食事を始めるとあっという間に食い物は無くなってしまい祝宴は終わりとなった。お姫菜、お沙希は食器をかたづけ、隼人と材木はゴザをたたむ。お優美がそんな様子を見て引き上げようとすると小町に捕まり今から店を開けようとせがまれた。お優美はこんな事があった後だからゆっくり休む様に言ったものの、こういう事があったからこそ一刻も早く日常を取り戻したいと言う小町に根負けして小町を連れて茶屋へと戻って行った。お結衣もその二人と一緒に長屋を後にして気がつけば長屋の前の通りには俺とお雪しかいなかった。俺達は俺の部屋に入り座敷上がり向かい合って座った。
「昨夜の仕事は成功だったのね?」
「ああ、予想外の事があって苦労はさせられたがな」
「人さらいをしている店に入って自分の妹が捕まっていたら、さぞ驚くのでしょうね」
「当たり前だ。思わず“小町”って叫ぶところだったんだぞ」
「たった一人の肉親を助ける為ですものね。刃物にも向かっていくのかしら」
「向かって言った訳じゃねえよ。むしろ逃げ回ってた」
「小町さんの話では着物が切り刻まれたらしいじゃない?」
「ああ、あの店の女主人が静御前よろしく、なぎなたを振り回してきたんでな」
「なぎなたですって!?なにものなのその女主人」
「今となっては確かめようもないさ。今頃は奉行所の牢屋の中だろうしな」
「怪我は・・・左腕だけなのでしょうね。他に痛い所はない?」
「怪我は左腕だけだし、少し切れた程度で・・・ほらうっすらと血がにじむ程度で済んでる。これなら包丁で指先を切ったのとそう変わらない」
「・・・」
お雪は俺が差し出した左腕を両手で優しく包む様に掴み一筋の血の後が浮かぶサラシをじっと見つめていた。
「・・・本当に無事で良かった」
「ああ、運が良かったとはいえ小町を無事に助ける事が出来たんだからな。また八幡様にお礼を言っておかないとな」
「ちがうわ・・・あなたが無事で良かったと言っているのよ。もちろん小町さんの無事も 良かったと思っているわ。しかし私の心の中はあなたの無事の方が優先なのよ」
「・・・お雪」
「本当に・・・無事で良かった」
お雪は震えるような声で、そう言うと顔を伏せて涙を流していた。
「ごめんな、もう心配させないって約束したのに」
「それを承知してくれてるなら、もういいわ。けど出来る事ならもう少し楽な仕事を選んで頂戴」
「こういう仕事に楽な物って言うのが有るのかどうかわからんが材木に相談してみるよ」
「是非そうして。じゃあ、そろそろ行きましょうか」
「どこに?」
「八幡様よ。さっきあなたが言ったのでしょ」
「そうだな、仕事の成功と小町と俺の無事のお礼を言わないとな」
「それと・・・私の心配事が減る様にお願いもしておかないと」
「菩薩様は大忙しだな」
「近所に泥棒がいる菩薩様ってどんな気持ちなのかしら?」
「きっと優しく見守ってくれてるに違いないぞ」
「それなら私とそんなに変わらないわね。これからは私の事を菩薩様のように崇めなさい」
「お前に手を合わせたりしたら方向音痴になっちまうよ」
「その時は方向の神様に祈りなさい」
「そんなにあちこちの神様に頭を下げてたら菩薩様が嫉妬しちまうだろ」
「あちこちの若い女に色々親切にしてるくせに」
「・・・それは」
「それは?」
「お前が俺にヤキモチを焼いてるって事でいいのか?」
お雪は首まで真っ赤にして、俺の横っ面をひっぱたいて一人部屋を出て大通りに向かっていく。俺は急いであとを追い、横に並んで歩き始めるとお雪は俺を横眼でちらりとみて首が千切れるんじゃないかと思うほどに勢いよく顔を背けた。八幡様の社で手を合わせてお礼と感謝をすますと、お雪は無言のまま家に帰ってしまった。俺は一人長屋に帰り、やっとひと心地ついて横になり小町が脱いで畳んでいおいた豪華な着物と帯を見つめながら・・・次の仕事の標的について考え始めていた。