やはり俺の面白おかしな恋物語はまちがっている。   作:Z-Laugh

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終章

― 数日後、奉行所 ―

  

 数日にわたる取り調べが終わった。俺は今までしてきた盗みについて洗いざらい話をした・・・と言う訳ではなかった。言わなかった事は三つ、一つ目は隼人と材木の存在、すなわち協力者はいなかったと答えた。二つ目は盗んだ金の総額、本当なら九千両近い金額だがうち二千両は平塚屋から盗んだ物だ。奉行所の連中は平塚屋が地下に隠していた金は俺達が二千両を盗んだ後の残りである事を知らない為、盗んだ金の総額は七千両と答えた。二千両あれば隼人、材木、小町が暮らしていくに十分過ぎる金だ。そして三つ目は俺達三人が平塚屋で小町を始め誘拐された娘五人を助けた事。これを話せば覆面をした男の一人が“のろい”である事が確定してしまい、おのずとその仲間二人がいた事がばれてしまう。だから平塚屋の件は一切話さなかった。俺の供述と今まで作成してあった調書、さらに奉行所総出で俺達に金を恵んでもらった人間の数を確認していた様だ。そうして奉行所総出で数日かけて怪盗“のろい”の調書が完成し、昨日まで奉行がそれに目を通していたそうだ。その間に平塚屋のお静の死刑が執行された様で牢屋内で噂になっていた。俺の狙いは間違っていなかった事がわかり牢屋にいると言う状況に相応しくない安心感を得た。

  

 今日これから俺は白州に引きずり出され奉行から沙汰を下される。まあ死罪は確定しているから、それほど長い詮議ではないだろう。俺は目を閉じて今まであった事を色々思い出す。小町と二人で八幡様に捨てられた事、兄弟二人で宮司夫婦の手伝いをして食い扶ちと寝床を確保した事、小町に菓子を食わせてやりたいが為に初めて菓子屋で盗みをした時の事、俺が板前として金を稼げる様になり宮司夫婦に礼を言って総武長屋で暮らし始めた時の事、順々に思い出していくとまぶたの裏にお雪の顔が浮かんだ。考えてみればあれほど本気で物を言い合った女は初めてだ、あれほど本気で好きになった女も初めてだ。お結衣やお沙希も良い女ではあったがお雪程に本気にはなれなかった。俺が捕まり死罪になればお雪は一時、悲しむだろうがいずれ俺のことなど忘れ父親が良い縁談を持ってきて幸せに暮らせるはずだ。俺はお雪と一緒に過ごした日々の思い出をあの世の土産にしてあの世でのんびり暮らすとしよう。そう思いながら瞼の裏にお雪乃色々な表情を思い浮かべて一人ニヤついていた。しかし、そんな束の間のお楽しみも不粋な役人の声で遮られ、俺は縄をうたれ白州へと連れていたれた。白州の上に引かれたゴザに正座で座らされ、頭を押さえつけられながら頭を下げていると奉行が白州にやってきた事を伝える声が聞こえてきた。

「これより、盗人“のろい”こと総武長屋の八幡の詮議を取り行う。一同、表を上げよ」

 奉行の掛け声で俺の頭を押さえていた手がどいて俺はやっと頭を上げ、普通に正座する事が出来た。するといきなり奉行と目が合い俺は驚きで身動きが出来なかった。

「その方、総武長屋の八幡、通り名“のろい”に違いないか?」

「は、はい、違いございません」

「真に“のろい”であるか?巷の噂では一目見ただけで人を呪い殺すと言われた目の持ち主でありながら実に澄んだ目をしておる」

「私は間違いなく総武長屋の八幡、怪盗“のろい”でございます。目が済んでいるなんて・・・そんな事、初めて言われました」

「ふむ、左様か。町奉行として多くの咎人を見てきたがお主の様に澄んだ目をしている人間は何かしら心に秘めた物を持っているものだ。この白州に置いては隠し事は許さぬ。全てこの奉行に話すのだぞ」

「はい、全てお話しします」

「よかろう。では八幡よ、お主は十四軒の店に盗みに入り計七千両もの金を盗んだ事に相違ないか?」

「相違ございません」

「調書によると一人で盗みを働いたとあるが、相違ないか?」

「相違ございません」

「真か?一人でそれ程の金を盗むとは信じがたいのだが」

「真でございます。大きな店に盗みに入る時には大勢よりも一人の方がばれにくく、臨機応変に動けるので、一人だったからこそ、それだけの金を盗み出せたのでございます」

「なるほどのう・・・逆もまた真理か。お主は盗んだ金を貧しい人々に配って歩いていたと聞く。その数は三千とも四千とも言われ、奉行所総出の調査でもその実態は掴めなった。お主は盗んだ七千両の内、どれほどの鐘を自分の懐に入れたのだ?」

「半分程度でございます。貧乏人に金を配ったのは奉行所の捜査を撹乱する為でございます」

「中々、頭の回る奴だのう。普通の盗人であれば金への執着が強くその金の使いぶりで罪が明らかになる事があると言うのに、お主は半分を捨てて自分の保身を図ったのだな」

「仰る通りでございます」

「しかし半分とは言え、三千五百両もの金を何に使った?」

「博打に女でございます。最初は少しずつ使う様にしておりましたが盗みが上手くいく様になり始め、金使いたどんどん荒くなっていきました」

「真か?」

「真にございます」

「・・・ならば証人をここに」

 奉行がいきなり証人を白州に呼び付ける。証人?一体誰だ。まさか隼人と材木が自首したんじゃあるまいな。しかし、それなら今頃俺の横で正座しているはずだ。俺のした事の証人とは誰の事だ?すると同心に付き添われ白州に入ってきたのはお雪と手に風呂敷包みを持った小町だった。なんであの二人がここに?二人は俺が座っているゴザとは別に用意されたゴザに座り奉行に向かって頭を下げた。

「証人、名を申せ」

「はい、私は江戸市中で呉服屋を営みます雪乃屋の主人の二女のお雪と申します」

「私はそこに居ります八幡の妹、小町でございます」

「うむ。ではお雪。お主から先程申した証言をここでもう一度申してみよ」

「はい。私はそこにいる怪盗“のろい”が雪乃屋へ盗みに入る手助けをしました」

 なに言ってんだお雪。そんな事してないだろ、あれは俺の単独犯でお前は一切関係ない事だ。それにそんな事を言ったらお前もタダじゃ済まないんだぞ。俺は大声でお雪の言葉を遮りたがったが白州と言う場所がそれを許さず、俺は黙ってお雪の“証言”を聞く事になった。

「事の起こりは私の父が悪用されるとも知らずに平塚屋に高価な着物を数多く売ってしまった事に始まります」

「平塚屋と言えば先日処刑されたお静が頭目となり若い娘を誘拐し高価な着物を着せて人売りしていたと聞く。お主の父親はそれとは知らずに高価な着物を数多く平塚屋に売ったのか?」

「左様でございます。しかしいくら知らなかった事とはいえ、犯罪に手を貸した様なものであり私一人で悩んでいたところ、怪盗“のろい”から千両箱を盗み、その金を貧しい人々に配ってはどうかと持ちかけられました」

「お主はその話を聞いた時に、どう思ったのだ?」

「はい、にわかには信じられませんでした。ただの安っぽい泥棒がうちの蔵を狙っているだけではないかとも思いました。しかし“のろい”は私に実際に金を配る所を見せてくれて、それで信用し、協力をする決心をいたしました」

「どのように配っていたのだ?」

「はい、片手に配る分だけの小判を握り、両手を懐にしまい、空いたもう片方の手で小判を手裏剣の様に投げ、障子を突き破る様に家々に投げ込んでました」

「なるほど、その様に金を配っておったのか。それならば数多くの小判を配る事も出来よう。ではお雪、お主は“のろい”が雪乃屋の盗みに入るに際し、どのような手助けをしたのだ?」

「私は雪乃屋の泥棒よけについて“のろい”に説明しました。勝手口と裏口の位置関係や高い板塀を昇って来れない様にする為、うちの壁際に防火桶や灯篭を置いてない事。さらに庭には黒塗りの鳴子を仕掛けてある事と、千両箱は三つある蔵の内一番屋敷に近い蔵にある事を教えました」

 お雪は俺と隼人と材木が打ち合わせた内容を立て板に水と言った感じで淀みなく話した。なぜお雪がその事を知ってるんだ?いや、なぜ隼人と材木がその事をお雪に喋ったのだ?俺は混乱しながらお雪の“証言”の続きを聞く。

「更に千両箱を盗み出す際、時間がかかり過ぎた時には私が人質の振りをして“のろい”に捕まり、追手を出させない様に致しました」

「なるほど、それほどまでの手助けがあれば雪乃屋程の大店といえどひとたまりもあるまい。しかし、そうなのだとしたら“のろい”が盗んだ金、七千両のうち千両は雪乃屋が“のろい”に与えた様なものではないか」

「左様でございます。しかしながらこの度の件は雪乃屋の中では私しか知らない事であり店の金を私が好きに出来るはずもありません。ですから盗まれたと言えば盗まれたなのですけれど、与えたと言われれば与えたとも言える状態なのです」

「ふむ、雪乃屋の主人は盗まれたと思っており、お主は与えたと思っておるのだな」

「左様でございます」

「蔵から盗まれたとはいえ、こやつは千両箱を持ったまま奉行所に自首してきたから持っていた千両箱は詮議が済み次第、雪乃屋の返還される。そう考えれば雪乃屋に損はなく“のろい”の盗み出した金の総額は六千両とも考える事が出来るな」

 なにやら詮議の風向きがおかしな方向を向きだした。俺は唖然としながら奉行とお雪の会話を聞いていた。

「では、次なる証人もお雪同様、今一度、証言をここで申してみよ」

「はい、私は先日、平塚屋に誘拐され地下牢に閉じ込められておりました。その時、私を含めた五人の娘を助けてくれた覆面の男がおりました」

「うむ。その事は平塚屋の事件の調書にも書いてあったな。覆面の男三人が娘五人を救い出し、平塚屋で大立ち回りをしたとも書いてあったぞ」

「その通りでございます。その三人の内、地下に降りてきた覆面の男は手早く鍵を開け私達に逃げる様に言ってくれました。そしてその時にその覆面男の左腕に出来たばかりの切り傷がございました」

「ふむ・・・“のろい”こと八幡の左腕を調べよ」

 奉行が白州で俺を見張る同心にそう命じると、同心は後ろ手に縛り上げた手を奉行に見せる様に俺を後ろに向かせ、左腕のそでをめくった。

「その切り傷・・・出来てから数日と言ったところか。八幡よ、その傷はどこで負ったものなのだ?」

「これは・・・逃げる時に板塀のささくれに引っ掛かって出来た傷でございます」

「しらを切るな!同じ場所に切り傷がある事、あっという間に牢屋の鍵を開けた事、雪乃屋と平塚屋の繋がりについて知っておった事、これらを合わせればお主が平塚屋に現れた覆面男であるに決まっておる。貴様盗人の分際でこの奉行をたばかるか!?」

「・・・恐れ入りました」

「ふむ。最初からそう申しておれば良いのだ。小町、証言を続けよ」

「はい、ありがとうございます。次なるは証言ではなく証拠でございます」

「どのような証拠か?」

「兄が・・・“のろい”がどれ程の金を自分の懐に入れたかを証明する物でございます」

「うむ、見せてみよ」

「こちらでございます。これは兄が私と暮らす長屋の部屋の箪笥にしまってあった箱です。中には私の嫁入りの為のお金を貯めてくれてました」

「盗人といえど、家族を思う気持ちに差はない様だな」

「はい、では箱の中をご覧ください」

 そう言うとやはり二人の近くにいた同心がその箱を奉行のもとに届ける。しかし、なんで小町の奴があの金の事を?まあ同じ部屋にいるんだし箪笥の中で見つけて知らん顔をしてただけかもしれないが嫁入り資金だという事までは知らないはずだ。あ!材木と隼人の奴だな。あんな事言うんじゃなかった。しかし後悔先に立たず、奉行は箱の中身を検分した。

「全部で八両か、これが何故“のろい”懐と関係あると言えるのだ?」

「兄は昼間飯屋の台所で板前として働いております。その賃金は人並みでおよそ一両単位の稼ぎがあるものではございません」

「なるほど、ならば盗んだ金の一部と考えるのが自然であろうな。しかし、これはそのごく一部にすぎないかもしれぬぞ?」

「私は兄とよくどちらが先に所帯を持つべきかと言い争っておりました。兄は常日頃より私が先に嫁に行くべきだと言っており、その為に女性との交際を一切して来ませんでした」

「なんと!妹の為に女性と交際をしておらなんだか!?」

「左様でございます。実のところ以前から兄を慕う女性が二人おり兄さえその気になればいつでも所帯を構える事が出来たのでございます。なのに兄はその二人の気持ちを知りながら気付かない振りをして、その反動で女遊びを一切しておりませんでした」

「・・・八幡よ。お主、盗んだ金の半分は懐に入れ女遊びと博打に使ったと申しておったな。今一度答えよ。盗んだ金は何に使った?」

 奉行が俺の考えを見透かす様な目をして俺に返事を求めた。先程の嘘の事もあり俺はあっさり金の使い道について話してしまった。

「むむむ・・・一度ばかりか二度までも、この奉行をたばかるとは」

「も、申し訳ございません」

「するとお主が盗んだ金は実質、総額六千両でありそのほとんどを貧しい人々に配り手元には八両しか残さなかったのだな。しかも自分の為でなく妹の為に」

「左様でございます」

 奉行は俺の返事を聞くと何やら考え込み白州に緊張が走る。俺はもちろん、お雪、小町、それどころか同心や警護、記録の役人までもが緊張した面持ちで奉行が口を開くのを待った。

「“のろい”こと総武長屋の八幡。お主は江戸市中を騒がせ多くの金を盗み、この奉行所内で嘘の受け答えを行い、更に白州に置いてこの奉行を二度までもたばかった。この罪決して軽くはない」

 力のこもった声で俺の悪事を指摘する。もう次の言葉は“死罪”という言葉しかないだろうと白州にいた誰もがそう思った時、

「しかしながら、貧しき人々に施しを与えたる事実、更に平塚屋における娘五人の救出、さらに盗んだ金を一切自分の懐に入れていない事などを勘案すれば、その罪は重く無きものと同じなり・・・“のろい”こと総武長屋の八幡に以下の沙汰を申しつける、一つ重敲、一つ入墨、一つ遠島(=島流し)、以上三つの刑を慎んで受けよ」

 白州にいた奉行以外の人間は皆一同に驚いた。十両以上の盗みは死罪、俺の盗みはケタが違い間違いなく死罪に値するが、それがこれほどまでに軽減されたのだから驚くのも当然だ。俺は自分の事なのに奉行の沙汰を信じられず、奉行の顔を見た後、俺の聞き間違いでないかと確認する様にきょろきょろと周囲を見回した。すると驚いた表情の役人達と嬉し泣きをするお雪と小町の姿が目に入り、俺は自分の刑が本当に軽く済んだ事を確信した。

「八幡よ、お主の心根は腐ってはおらぬようだ。改心の目処はある様だから証人たちの心使いとお主の善行を酌量した。お上は決して罪人を殺す事を望んでいる訳ではないのだ。心して改心に努めよ」

 俺は奉行の言葉に感謝をして深く頭を下げた。

「これにて一件落着!」

 奉行の一声で俺は同心に引っ張られる様にして白州を後にした。そして、その後すぐに重敲の刑が実施され、俺の尻は紫色にはれ上がった。そして、翌日には手を縄で縛られ他の遠島を申し付けられた罪人と一緒に島流しの船に乗る為に一本の綱で繋がれて馬に引かれながら一列になって港に向かって歩いていた。俺は死罪を免れたせいか江戸での心残りが大きくなってしまった。小町はどうなる?お雪は?俺が江戸の帰って来れるのか?先の事を心配する様になってしまい、考えれば考える程に気持ちが落ち込んで、いつの間にか他の罪人と同じ様に顔を伏せて歩いていた。すると突然、通りに大声が響く、

「しかし遠島になる罪人とは、何とも間抜けな顔をしておる物だな」

 いくら罪人相手とはいえ無礼過ぎる大声に一列になっている罪人が声の主をにらみつける。するとそこには太った眼鏡の男・・・材木がいた。俺は奴が俺の共犯者と疑われない様にする為に慌てて眼を逸らしうつむき直すと

「そんな事言うもんじゃないよ材木さん。中にはやむにやまれぬ事情があった人だっているんだからさ。ああ、これ草双紙の良いネタになるかも」

「まあ、お姫菜の言う通りであるな。ただ、島流し程度で落ち込む気持ちがわからんのは事実だ。なにしろ島流しは真面目に勤めていれば五年ほどで恩赦で江戸の戻る事が出来るのだ。そうしなければ島が悪党で溢れかえってしまうだろう」

「なるほどね、だったら戻ってきた時に私みたいに三味線が教えられるとかの特技が無いと食っていくのがきつそうだね」

「そうそう。けど家のお父っつぁんが言ってたけど腕が確かで性根が曲がってないのなら島帰りだって雇って構わないって言ってたよ。それより住む所を探すほうが大変なんじゃないかな」

「その様な事はあるまい。この度、長年溜めた金で総武長屋を買い取り、家主となった訳だが拙者もお結衣のお父上と同様の考えだ。性根さえ曲がってなければ部屋を貸すのもやぶさかではない」

 !・・・材木だけじゃない。お姫菜、お沙希、お結衣まで来てる。顔を上げなくても声と話の内容だけでそれがわかる。しかし材木の野郎、よりによって平塚屋から盗んだ金で長屋をまるごと買うとはな。どうやら俺は帰って来てから仕事と済む所には不自由しない事がわかり気持ちが少し軽くなり、足取りも少し軽くなる。すると

「小町、やっぱ、あーしの所に住み込みにした方が良いって」

「いえいえ、私はお兄ちゃんが所帯を持つのを見るまではあの部屋を離れませんよ」

「しかし小町ちゃん、俺はお前の兄からお優美のところに住まわせる様、口利きをする事を頼まれているんだ。それに女の一人暮らしは何かと物騒だぞ」

「大丈夫ですよ。一人で暮らすつもりはありませんから。一緒に住んでくれるって言う人がいますから、その人と力を合わせてお兄ちゃんの帰りを待ちますよ」

「それは聞いたけど、本当に大丈夫なのかい?当てにならなさそうだけど」

「大丈夫ですよ。一生懸命、色々な事を覚える努力をしてる人だから」

 小町、それに隼人とお優美・・・あいつらまで。ひょっとして俺にこれからどうするかを教えにきてくれているのか!?聞えよがしの喋りで俺の気持ちはまた軽くなる。しかし、そんな気持ちに黒い染みの様な物も出来る。小町と一緒に暮らす奴って誰だ?ひょっとしてお沙希の弟の大志か?あいつ駆け出しの大工の分際で所帯を持とうって言うのかよ。まあ小町が嫁に行ってくれるのは嬉しい事だがもうちょっと良い相手を見つけられなかったのか?俺はこれからの五年が不安でしょうがなくなって足取りが重くなってしまった。しかし、そんな不安はあっという間に消し飛んでしまう。

「お雪ちゃん、本当にいいの?」

「しょうがないわ姉さん。奉行所であんな証言をしてしまったのですもの。私が家に残ってしまってはお父さんが自分の罪を軽くする為に娘を利用したと思われてしまうわ」

「だからって、行く当てはあるの?お雪ちゃん友達いないでしょ!?」

「いくら姉さんでも失礼な事を言わないでくれるかしら。友達くらいいるし行く当てもあるわ。小町さんの所に布団が一組余っているから、そこにお世話になるつもりよ」

 !・・・お雪が小町と一緒に住む。俺は思わず顔を上げ、声のする方を見てしまった。するとお雪がうつむいた顔から横目で俺を見つめながら

「着物の仕立ても出来る様になったし、呉服屋の下請け内職でお金を稼ぐつもりだしお姫菜さんに草子の書き方を教わって、私も作家になって見せるわ」

「そんなに上手く行くのかな?まあ下職についてはお父さんの黙認で定期的に持って行ってあげるから安心して」

「ありがとう。そうやって、あの自分勝手な馬鹿を待つ事にするわ。一言言ってやらないと気が済まないの」

「けど、早くて五年先だよ。そんなの待ってたら行き遅れちゃうよ」

 この言葉を聞いたお雪は俺から目を逸らし恥ずかしがると言うより力を貯める感じで赤い顔のままうつむいて・・・顔を上げた瞬間。

「だったら、その責任はあの馬鹿に取らせるわ!どうせ行き遅れた泥棒の手助けをする様な女は相手をろくに選べないでしょうしね」///

 おいおい・・・そんな事をこんな状況で言うか。いや、こんな状況だから言うのか。俺は目頭が熱くなり、顔を伏せてしまった。すると足元に大粒の涙がこぼれ始める。まるで、それを見越していたかの様にお雪が言った。

「だから・・・だから・・・必ず五年で帰ってきて」

 震えるような声で小さくえづきながら俺にやっと聞こえる程度の声でそう言った。俺には泥棒を心配してくれる面白い仲間がいる。俺には島帰りの行く末を見守ってくれるおかしな友達がいる。そして俺にはどうしようもない馬鹿を待っててくれる恋しい女がいる。俺にはまだやれる事があるんだ。そう思いながら大粒の涙をこぼし綱に引かれて歩いて行く。こんな状況でこんな事を痛感するなんて・・・

 

 やはり、俺の面白おかしな恋物語は間違っている。

 

― 完 ―

 

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