『この女神にメイドが祝福を!「ずっと目覚めなければよかったのに」「やめてよね!?」』 作:ひきがやもとまち
原作が元にありながら半ば以上オリジナルの難しさを痛感させられた次第・・・次からは大言壮語は控えたいと思います。本当に悩み疲れました・・・。
「これよ。これしかないわ、ミユキ。『街の湖の水浄化依頼』、私にぴったりのクエストじゃない?」
「はあ」
昼日中の冒険者ギルドの食堂に、冒険者アクアが従者であるはずのメイド少女ミユキに対して元気な声で宣言していた。
特に大きすぎる声量だった訳ではないのだが、諸事情あって人気の少ないギルドの食堂には声を遮る物も人もほとんどの存在しておらず、暇つぶしにテーブル拭きをしていた受付のルナと、仕事人間で何もしてない時間はもったいないとしか思わないミユキが掃除していただけだったためにアクアの声は平均的ながらも空しく響いてエコーして、ただただ自意識過剰で苦労知らずなバカ貴族令嬢のバカ発言としかルナの耳には聞こえることが出来なかった。
興味を失い、また関わり合いになるのも避けたかったルナは何も言わずに仕事へと戻り、食堂には元気な女神アクアと無表情なメイドのミユキ、二人だけが見捨てられた形で取り残されることになる。
「どーよ?」
それでもアクアは自信満々だ。堂々と、無駄にデカい乳を張る。
何故なら誰からも自分の言葉を否定されなかったから。否定してくれる人間そのものが絶対数として二人しか存在しない場所だったから。
「いえ、アクア様では普通にダメかと思われますが? だってーーーー」
「バカね。私を誰だと思っているの? 名前や外見のイメージで私がなにを司る女神かわかるでしょう? 水よ。この美しい水色の瞳と髪が見えないの?
水の女神である私にかかれば湖の浄化くらい朝飯前に出来て当然のお手軽クエスト・・・・・・」
「だって、アクア様。自分より弱くて小さい掛かってこない敵にしか強く出れない、ザコのヘタレでしょう? 普通にやられて泣かされて出戻ってくるのがオチだと思われますが?」
「そんな言いにくいことをハッキリと!? もう少し主に対して気を使ってよ! しまいには私だって怒るわよ!? 怒って泣き出すわよ! 年甲斐もなくみっともない姿で泣きわめくわよ!?
私みたいなのを自分のご主人様に指名してしまったことを、死んでも後悔し続けるぐらいに大恥かかせまくってやるんだからね!?」
「もうすでに死んでおりますが?」
「・・・・・・うい・・・そでしたね・・・・・・」
転生の女神アクアによって異世界に転生してきたミユキは、今日も平常通りに割り切っていた。色々と。
「で? 今度はどうされたのですか? たしか、つい先日も似たような話を伺ったばかりと記憶しておりますが・・・」
「『マンティコアとグリフォンが縄張り争いをしている場所で二匹同時の討伐依頼』の件ね。あれは忘れてちょうだい。私としたことが、彼我の戦力差を読み間違えてしまったわ。今の私たちにはチョビットだけ強すぎる相手だったかもしれないと、今になって反省していたところよ。
・・・でもね、ミユキ。人は過去を水に流して前を見ないと生きていけない生き物なのよ、私は水を司る女神だから特にね! 今、私いいこと言ったわ! そう思わない!?」
「そうですね。クエスト失敗のキャンセル料で増えた借金も水に流して前を向けるとおっしゃられるのであれば、それはとても良いことだと私も思います」
「言わないでよ! 思い出させないでよ! せっかく忘れていい夢を見ようと努力してたのにーーーっ!!!」
女神アクア号泣。街の近くの古城に魔王軍の幹部が派遣されてきたという噂が流れたせいで討伐依頼が激減し、高難易度のものしか出されていない状況下で報酬額のみを理由にクエストを選んでしまったツケが借金に付け足される形で積み重なっていって、後が失われつつある彼女は今日も平常通りに生き延びるため必死に成らざるを得なくなっていた。
「もう、こんな借金に追われる生活は限界なのよ! 生活がキツいのよ! キツいクエストを受けてでも改善したくて仕方がないほど切実に、お金が欲しいの! もう商店街のバイトはヤなのよーーーーーっ!!!」
「はあ」
主の嘆きを聞き届け、特になんらの感慨も抱いたようには見えないミユキ。
非正規雇用でありながら正社員よりも仕事が速くてソツがない彼女の生活は事実上、冒険者ギルドの職員としての仕事で成り立っているため、契約書を書いたわけでもない名目上の主が困窮しようと破産しようと大した痛痒は感じなくていいご身分だったりするのである。
ーーであるが、彼女も人だ。人間だ。困っている人がいるなら助けてあげるのが世の情けと言うものである。
「わかりました。そのクエストの受領手続きは、私の方で済ませておきましょう。めぐみん様とダクネス様にも後ほどお伝えしに行って参ります。お二方ともお暇そうでしたので、おそらくは今回もお手伝い頂けると思われます。
必要となりそうな道具の方もルナ様にお聞きして確認しておきましょう。ギルドの割引が利くようでしたら値段次第で確保しておいてもらえるようお頼みしておくぐらいなら許されるかもしれません」
「ありがとう、ミユキ! 私は信じていたわ! 貴女は決して困っているご主人様を見捨てるような駄メイドなんかじゃ絶対ないって!」
「それから、今回は私も同行させていただきたく思います。残念ながら冒険者ではありませんのでスキルなどは修得しておりませんが、いないよりかはマシな戦力になれるだろうと自負しております」
「ミユキ! あなた・・・ご主人様の身を案じてそこまで・・・・・・っ!!!
感動に打ち震えて涙を流す、水の女神アクア。普段からミユキの不条理さと暴言と冷たさには言いたいことが山脈のようにあった彼女の中の蟠りが、暖かい春の到来で雪解けして水になり溶け去っていく心地だ。水を司る女神だけに。
基本的には水でさえあるならどんなものでも流し放題、作り放題、出し放題の女神が流す涙ほど安っぽい女の涙はない。
「私は知っていたし、信じてもいたわ・・・貴女の冷たい態度も口調も毒舌ぶりも、時々コイツぜってー人間じゃねー、人の皮をかぶった魔王だわとしか思えなくなるようなヒトデナシになるのも全ては演技! 全部ツンデレ! 好きな相手にイジワルしたくなるって言う、人間の年頃少女特有の意味不明逆効果間違いなしな錯乱思考だって言うことぐらいはね!
だからこそ今回、今までを精算するかのごとく私の為に尽くしてくれてるんでしょう!?」
「いえ、お客様が来られないので暇だったのです。ちょうどいい暇つぶしが飛び込んできてくれたと解釈している程度ですから、お気遣いしていただく必要性は塵芥ほども御座いません」
「・・・・・・」
「ですからどうかアクア様は私のことなどお気になさらず、ご自分のお給料のため身を粉にして働いてくださいませ。私は私で楽しみながら仕事が出来るよう誠心誠意工夫させていただく所存でいますので」
「・・・ああ、そうです・・・か・・・・・・・・・」
一瞬でもコイツに感謝した自分を殺してやりたいと、アクアは願い悲しみ天を仰いで涙を流す。
水を司る女神の体内から流れ出す水量に限りはない。いくらでも垂れ流して無駄遣いできる。
・・・たぶん、だからこそ涙を流す痛みから学べないのだろうけれども。水と共に失敗の記憶も垂れ流しにしちゃうせいで・・・・・・。
ーーその翌日。町から少し離れた所にある大きな湖。そこへと続く整備された道。
その場所を今、一台の木製台車を引きながら一人の女騎士がハァハァしながら馬車馬のごとく歩まされていました。
「ハァ・・・、ハァ・・・、くぅ・・・っ! か弱き乙女を閉じこめた檻を載せた台車をムチ打たれながら運ばされる、この悦び! ーーじゃなくて、屈辱!! 騎士としてこれほどの苦しみが他にあるだろうか!? いや、無い!
おい、ミユキ! このような非道がいつまでも許されると本気で思っているのか!? 世に悪が栄えた例はないのだぞ!? もしお前に仲間を思いやる人間らしい心が少しでも残っているならば今すぐこんな事はやめて共に女神エリス様のもとへ懺悔しに行こうではないか! 神は罪深き者をこそ愛されるーーーー」
「無駄口を叩く暇があるなら速度を上げなさい、この変態奴隷馬。予定より遅れていますよ?」
ピシィィィィッン!!!
「はぎぃぃぃっ!? おひりぃっ!! 叩かれて痛ぁい!! 気持ちイイィッん!!」
ぴしゃぁぁぁん!! ぴしゃぁぁぁん!! ぴっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁっん!!!!
「ごめんなさい! ごめんなさい! 負けた上に、こうしてお尻叩かれながら台車を引かされてる変態マゾ馬ごときが生意気言っちゃってごめんなさい! 謝ります誤ります! 全力全快で謝りまっすぅぅ~♪ だからもっとブって罵って~♪
こうして路上道端でメイド少女に尻引っぱたたかれてよがり声を上げる、下品で浅ましい変態マゾ騎士、もっと虐めて見下してぇぇぇ~っん♪」
「いいでしょう、それが貴女の望まれた報酬です。存分に働く以上、ご褒美は用意して揚げるのが主人としての勤め・・・。そして、労働者をムチ打ってこき使うのは上に立つ者として至上の悦びとも言います。
貴女がきちんと働き続ける限り何度でも、デカいだけで品性の欠片もない牛尻を引っぱたいて差し上げますから速く進ませなさい。遅れていると言ったでしょう?
それとも悦びと悦しみを終わらせてもよろしいのですか? この屈辱的な痛みによる快楽を」
ぴしゃん! ぴしゃんぴしゃんぴしゃん!!!
「ひぎぃっ!? 連続お尻ペンペぇぇぇっン!? 働きます働きます! お尻叩かれながら働かせていただきまっす!! だからもっと叩いて扱き使ってご主人様! いえ、私の主たる女王様ぁぁぁぁぁぁっん♪♪♪♪」
ぴしゃん! ぴしゃん! ぴしゃん!!
ドドドドドドドドドドドドッッ!!!!
「「う、うわ~・・・・・・」」
檻の上に乗ったメイド少女に台車を引かされながらも、尻をムチでブたれて喜び勇み馬代わり役を果たす美人聖騎士の恥態を前に、厨二だけど年頃乙女のめぐみんと、年中ノーパン尻丸出し女神のアクアは心底からドン引きしていた。
二人とも、どっちもどっちな特殊性癖の持ち主ではあるのだが、人は他人の性癖は変だと思えても自分が同類だとは思わないものだから仕方がないのです。(Byどっかの世界の銀髪魔王)
「これは・・・さすがの我も目にした記憶のない変態ぶりです。爆裂魔法を極めし最強の大魔法使いである私は、大抵の強敵を良い的だと笑える自信があるのですが、流石に今このときだけは全速力で後ろを向いて逃げ出したい気分ですよ・・・・・・」
「・・・アンタはまだいいじゃない。私なんか、コイツに売られにでも行くような姿のまま運んでもらっている身なのよ・・・? 楽だけどなんだか精神的にくるモノがあって辛いわ・・・」
派手な音を立てさせる割に痛みは少ないプロの技を披露しながら馬車馬を引かせている馬上のミユキと、惨めったらしさを演出しながら少しでも長く至福の時間を味わい続けるために速く走るフリをしながら音だけ派手に響かせまくる『お仕置きされるプロ』の技量を遺憾なく発揮しているダクネスによる台車檻タクシーは、見た目ほどの速度も勢いもなく平均そのものな移動速度であることが災いし、唯一徒歩行軍のめぐみんは距離を置きながらでも後ろから付いて来れてい脱落する口実が得られぬまま惰性で目的地まで付いてきてしまった。
だが、しかし。彼女はまだいい。徒歩移動だからこそフィールド全てが変態から距離をとれる逃げ場所に使える。
変態に引かれて移動しているアクアの居場所は檻の中だ。逃げられないし、遠ざかることも出来ない。ただひたすらに変態の醜態というか狂態を間近で見物しながら運ばれていくだけである。
「・・・なぜかしらね。全然シチュエーションは違うはずなのにドナドナの幻聴が聞こえてくる気がするわ・・・」
「“どなどな”? 私の知らない名前ですね。どこの紅魔族の方ですか?」
アクアのつぶやきに、変な名前の持ち主が多いことで有名な紅魔族のめぐみんが変な理由で食いついてきて、アクアの入った檻の上にいるミユキも変な話題で話に乗ってくる。
「ああ、『命じられたら間違ったことでも死ぬまでやり続ける無能な働き者は、処刑台まで自力で歩かせるのが正しい処遇である』とした、スターリン賛美歌ですね。
確かこのような歌詞だったと、記憶しております。
あ~る~晴れた~♪ ひ~る~下がり~♪ 君をシベリア送りにするだろう~♪」
「やめて! そんな暗い歌じゃないから! そこまでブラック過ぎる歌詞ではなかったはずだから! アンタのプロ並み歌唱力で歌われるとなんかいい曲みたいな気がしてくるから本気でやめてお願いだから! 神様は独裁者じゃなーい!!」
大抵のことは一流の技量でこなせてしまう万能メイドみゆき。その優れた力は、使い方の間違え方までも一級品です。
「はひぃー・・・、ぜひぃー・・・、と、到着したぞミユキ・・・これでアクアは・・・はぁはぁ♪ 解放してもらえるんだろうな!?」
「ご苦労様でしたダクネス様。後は檻を湖の中へと放り投げて、明日まで放置しておけばクエスト達成です」
「くっ! どこまで非人道的で人使いの荒い奴め! 今に見ているがいい! 民衆を永遠に沈黙させうる圧制などというものは存在しないのだという現実を思い知るときが必ずや訪れる!」
ぴっしゃぁぁぁぁぁっん!!!!!
「あっへぇぇぇぇぇっん♪ ムチが飴となる暴君の治世は最高でっす~! 一生お仕えしますので死ぬまで扱き使ってくださいミユキ女王陛下~♪♪♪♪♪」
ぐぐぐぐ・・・・・ブォォォッン!!!
「え。なに、今のサラボナの街おそってきそうな豚コウモリみたいな音・・・。もしかして私、入っている檻ごと投げられてません!? 湖の中央近くまで投げられたんじゃないの私!?
い、いやーっ!? ちょ、わ、ワニ! ワニが! アリゲーターっぽいワニたちが湖の中から餌を放り込まれた動物園のワニたちみたいに群がってきてるんですけどーっ!?」
「安心してくださいませアクア様。その檻はモンスター捕獲用に使われている物ですので、そう簡単に壊される恐れはありません。
最近クエストが受けられなくてストレスのたまっていたアクア様の気が済むまで浄化クエストを満喫できる仕様となっておりますので、心行くまでおくつろぎくださいませ」
「この状況を楽しめる変態なんて、アンタの隣にしかいないわよ!? いいから出して! ここから出して! 引っ張り上げてーーっ!!
死ぬから! ホントの本当に死んじゃうから! 女神でも死ぬのは怖いの! 食われるのは嫌なの! 助けてミユキ! 一生のお願いよ~~~~~~~っ!!!!」」
「申し訳御座いません、アクア様。懐事情が寂しくて引っ張り上げる用の鎖はおろか、台車を引く馬代すらもケチらざるを得ない体たらくでして・・・。
ああ、せめて・・・せめてめぐみん様にご同行していただく報酬として約束した昼食分さえ鎖代に回せていたならと悔やまれて成りませんわ・・・・・・。
――あと、どこの誰が人の皮をかぶっている魔王ですか?」
「気にしてらっしゃった!? ごめんなさいごめんなさい! 謝ります!
謝りますから、鎖借りる分に回しときなさいよね!? そこの役立たずなドチビを連れてくる余裕があるんだったら主の緊急脱出用鎖をレンタルしてくる方に回すだろ普通なら!?
な・ん・で! このクエストの内容的に使い道のない爆裂魔法の使い手なんか雇ってきてんのよ! バカじゃないのバカじゃないのバカなんじゃないのアンタってドSはぁぁぁぁっっ!?」
「なっ!? それは聞き捨て成りませんよアクア! 我が爆裂魔法は最強にして至高の大魔法! 世界でもっとも偉大な魔法であり、これ以外の魔法は必要ないと言っても過言ではないほどの優れた魔法であり、然るにーーーー」
「だったら今すぐ私を救って見せなさいよコンチクショーーーーーーーーっ!!!!」
「うぐっ!? ば、爆裂魔法は世界の不条理全てを飲み込めはしないのです! なぜ分からないのですか!? 人の犯した過ちは人類自身の手であがなわなければ成らないものであり、魔法に頼って解決するのは間違いであるというのが世界の真理なのです!」
「そうやって頭のいいインテリは、いつだって私たち貧しい労働者のピンチを見ているだけで神様気取りで弄んで――っ!!」
「ああ・・・・・・私が飴欲しさに暴君の命令にしたがってしまったせいで仲間たちが! 仲間たちが同士討ちを・・・・・・あッ、アッ~~ン♪♪♪♪」
「・・・・・・(くすり)」
こうしてアクセルの街から少し離れたところにある湖で、時間は過ぎていく。
浄化作業は始まらぬまま仲間同士の痴話喧嘩に、時折ワニの雄叫びと女神の悲鳴とを組み込ませながら、無駄に無駄に時間は浪費されていく。
結局、この日のクエストが達成されたのは日が暮れてからのことでした。
まるで敗残兵のように見窄らしい姿でアクセルの街まで帰ってきた彼女たちの姿を笑うことが出来る勇者は一人もおらず、母親たちがいそいそと子供たちを連れて家の中へと入っていき、店のおじさんが帽子を脱いで頭を伏せたりしていました。
冒険者ギルドへと帰ってきて依頼達成を報告されたルナも、絶妙に複雑な心境のまま報酬を手渡すのが精一杯で檻の修繕費用についてまで言及することは出来ませんでしたが、後で確認したところによれば予算の都合から最低限度の安全性能と最安値以下のレンタル料との兼ね合いが取れなくて、結果的に廃棄予定だった品を処分しにいく代行業を兼ねることで借りていたことが判明したため永遠に言う必要性がなくなったのでした。
めでたしめでたし?
つづく