私の愛しい愛しい出来の悪い教え子   作:ジト民逆脚屋

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霧絵と一夏

『決まったー! 第六回モンド・グロッソを制したのはやはりこの男! 織斑一夏……!! いやぁ、やはり強い。どうでしたか? 解説の佐野千冬さん』

『身内の贔屓目と見られるかもしれませんが、強いですね。今暫くは彼を倒せる選手は現れないかもしれません』

 

突き抜ける様な晴天の下、一夏はただ空を見上げていた。

大会四連覇という偉業の達成感はある。だが、どうにも気が晴れない。

原因は分かっている。一連の報道による不快感と、暫く霧絵に会えてない事だ。

報道に関しては、楯無達がある程度情報を制限していてくれたが、霧絵に関しては分からないの一点張りだった。

 

――暫し留守にするが、安心するがよいぞ

 

この書き置きを残し、霧絵はモンド・グロッソ本選が始まる直前に姿を消した。

兎を象った判が隅に押されていたのを確認したので、恐らくは束が関わっているのだろうとは判る。

しかし、安心しろと言われても不安は尽きない。

霧絵は一度死んだ。あの喪失の日々は今でも傷として

、一夏の中に深々と残っている。

 

『それではヒーローインタビューと参ります。いや、圧巻の試合でしたね』

「有難う御座います」

『それで織斑選手。モンド・グロッソ四連覇という偉業について一言』

「全て自分を支えてくれた人達のお陰です。自分一人では、とてもこの偉業を為す事は出来なかったでしょう」

 

スタジアムの地に降り、インタビュアーからの質問に無難な答えを返す。

正直な話、さっさと帰って霧絵に会いたい。だが、この立場には責任が伴う。

その責任を果たさない内には、霧絵の元へは帰れない。

 

『あの、これは聞けと言われたのでお聞きします。今話題の女性とは、一体どの様なご関係で?』

「……その件に関しては、コメントは差し控えさせていただきます」

 

そう答えた後、一夏は失敗したと感じた。

この答え方では霧絵の事をどうとでも捉えられる。

もし、霧絵を悪人ととる解釈でもされたら、一夏は霧絵にどう詫びたらいいか分からない。

 

『あの、織斑選手……?』

「ああ、すみません。……しかし、その件に関しては私の方からは何も言う事はありませんし、それに……」

 

と、そこまで言葉を続けた後、一夏はある事に気付いた。

白式に水滴が落ちてきたのだ。

 

「天気雨……?」

『わ、珍しいですね』

 

なんという事もない天気雨、雲一つ無い快晴の最中、ポツリポツリと落ちてくる雨粒を眺めながら、一夏は何故か全身が総毛立つのを感じた。

 

「これは……」

『はいはーい、その決勝戦待った待った!』

 

聞き覚えのある声が会場のスピーカーから鳴り響く。

それは篠ノ之束の声だった。

 

「束さん?!」

『やあやあ、いっくん。四連覇おめでとう! と言いたいところだけど、君にはまだ越えなきゃいけない存在がある!』

『束、お前なにをする気だ?!』

『もう、ちーちゃんだって判ってるくせに』

『お前……。まったく手早く済ませろ』

 

 

――ああ、そうか……

 

 

何故だろうか。

一夏にはこの天気雨の意味が解った。

解ってしまった。

全て理解し、一夏は雪片弐型の柄を伸ばした。

太刀ではない薙刀でもない。

雪片弐型の長大な刀身に合った同等の長さの柄、喪った日に得た唯一無二の得物。

そして、もう一つ得た唯一無二、あれからの一夏を象徴する九天の尾が展開された。

 

『そうだよ。いっくん、君にはまだ越えなきゃいけない存在がある。そして彼女はこれを待ち続けた』

 

会場に走るどよめきも喚き散らす声も、それら全ては雑音だ。

嗚呼、そうだ。

あの日に止まったまま動かないと思って置いていた時計が、また秒針を刻み始めた。

そして、天気雨は日本では何と表現するのか。

 

『狐の嫁入りだ。まったく、手の込んだ真似をする』

『せっかくだからね。束さんは手は抜かないぜい! さあさあ目にも見よ! これより来るは前人未到の四連覇果たせし十天の始まり!』

 

時計の針が頂点を示した時、一夏はゆっくりと音のする方へ向き直った。

 

「鈴の音?」

 

誰かが言った。

連なった鈴の音が一定の間隔ど鳴り響き、ゆらゆらと揺れる狐火が道行きを照らす案内人の如く、鈴の音を先導する。

しかし、そこには行列も参列者も居ない。

狐火と鈴の音に誘われて、姿を現したのは一人の目の細い美しい黒髪の女。

豪奢というには簡素な、しかし粗末というにはあまりに絢爛たる着物を着た女は、ゆっくりとした歩みで真っ直ぐに一夏の元へと進み、後数歩というところで止まる。

 

「霧絵、綺麗だ」

「コココ、世辞は上手くなったが肝心の腕前はどうだえ?」

「見て判らない?」

「見栄えだけなら如何様にも誤魔化せようぞ」

「でも見栄えだけじゃ、霧絵の前には立てない」

 

紅色の着物を着た霧絵が喉奥で笑った。

まずは合格の様だ。

 

「では、教え子よ。如何様に見栄え以外を魅せるかえ?」

「それは己が腕で」

「それは重畳」

 

瞬間、一夏が居た空間が呑まれた。

霧絵の全てを呑み喰らう三尾だ。一夏はこの三尾を防御によく使うが、霧絵は攻めに使う。

この世に存在するなら、どんなものでも呑み干し喰らい尽くす暴食の尾。

そして、

 

「霧絵!」

「ふはっ! やはり三尾では合わぬか」

「だって、これは全部霧絵がくれたものだ」

 

それを容易くいなし、一夏は己の尾を食いつかせて動きを止める。

一夏の視界には、もう霧絵しか写っていない。

一時も、一瞬たりとも目を離せない。

あの日々で学んだ霧絵の戦法の基本は、あらゆる手段でこちらの手を潰してくる。 

なら、その前に霧絵の手を潰す。

三尾は相殺した。残るは八の尾。

 

「ココ、ではこれはどうだえ?」

 

一瞬のノイズ、これもあの日々で学んだ。

この組み合わせから来る尾は溶解の二尾。

ならば、

 

「おお、これを呑み干すか!」

「楯無さんの水も呑み干せるからな!」

 

貧食の三尾で溶解の二尾を呑み、一気に霧絵間合いの内に入る。

だが、

 

「おや、バレてしもうたか」

「四尾にはよく騙されたからな!」

 

突然、方向を変えて長卷を振り抜く。

すると、何も無かった空間から一夏の刃を防いだ霧絵の姿が現れた。

 

『佐野さん、今のは一体?』

『皆さんもご存知の通り、四尾による幻覚です』

『しかし、〝尾〟は織斑選手固有のものですよね?』

『簡単な話です。あの〝尾〟は織斑選手が彼女から受け継いだもの。言わば原典です』

『原典!? するとつまり……!』

『ええ、奴こそジークフリートの師です』

 

千冬の言葉に会場だけでなく、世界がどよめく。

世界最強の師、それが目の前に居る。

だが、そのどよめきすら二人には祭の囃子にも足りない。

嗚呼、そうだ。今日で終わるのだ。

残る〝尾〟は六、四尾は一度見破れば効果を無くす。

三尾は抑え、二尾は呑んだ。だが、こちらも二尾を呑んだ三尾、三尾を抑えている一尾は使えない。

次に来るのは、

 

「では、力押しよな」

 

霧絵の一尾、鋼の穂先を束ねた鑢の様な巨槍の尾。そして、雷の五尾と焔の六尾。

霧絵が力で押し潰す為に使う三つの尾。そして、ある一つを除いて最大威力を誇る。

 

「なら、こちらも!」

 

同じく一尾五尾六尾で相対する。

巨槍は溶け砕け、焔は巻かれ、雷が散る。

観客はあまりの光景に息を飲み、中には目を逸らす者さえ居た。

 

『おうおう、やってんな』

『マジのマジッスね』

『貴様ら』

『ここが一番よく見えるんで入れてもらった』

『同じく』

 

ダリルとフォルテが実況席から見る光景は、あの日途切れた光景の続きだ。

楯無もピットの特等席から見ている。

嗚呼、そうだ。

これは途切れた日々の終わり、あの薄暗くも暖かな日々が今日で終わるのだ。

 

「……長かったな」

「ッスね……」

 

あの日が終わり、そして明日が始まる。

腐敗と病毒の七尾と八尾が互いに砕け、残る〝尾〟は一つ。

九天の九尾、一夏がいまだに使わず存在すら疑われていた最後の〝尾〟。

それが揺れた。

 

「九天の尾、舞えるかえ? 教え子よ」

「師匠の、霧絵が見せて、霧絵がくれた尾だよ。舞えない筈がない」

「コッ! 重畳重畳よな! では……」

「ああ……!」

 

愛しい愛しい出来の悪い教え子よ。

これが真の巣立ちぞ。

 

『これは……』

 

全員が息も言葉も飲んだ。

無機質な白式の姿は消え、白無垢の袴姿の一夏。

対するは、荘厳な人外と表現するしかない金の蒔絵の十二単の霧絵。

己の常識から外れた二人の姿に人々は畏敬と美しさ、そして言葉にならない恐怖を覚えた。

これはなんだ。

目を離す事も出来ない原初の感動。まるで自然の脅威を目の当たりにしたかの如く、人々は二人の決着を見守る事しか出来なかった。

九つの尾が食い合い、その中で二人が舞う様に、踊る様に、歌う様に、刃を交差させる。

鏡写しの様な二人の剣檄、しかし息を飲む間も無く、美麗と言う他無い姿。

 

「霧絵……!」

 

食い合い、砕き合い、九つの尾が全て消える。

今しかない。故に一夏は前へ出る。

この九天を展開した状態なら、散った尾はすぐに戻る。

自身と霧絵の戦力の均衡が崩れたこの瞬間だけが、決着を着ける最後の時だ。

 

「コココ、誠に真っ直ぐぞ」

 

だがそれは霧絵とて同じであり、そして一夏が失念していた事でもあった。

 

「お主の尾は元々、私のものぞ?」

「しまっ……!」

 

一夏の尾よりも早く、霧絵の尾が戻った。

そう、一夏の尾は全て、霧絵が一夏に受け継がせたものであり、本来の尾の主は霧絵なのだ。

であるなら、一夏の目の前に広がる光景も必然。

九つの尾を広げ、妖艶に微笑む霧絵の姿。

それに見惚れはするが止まらない。止まれる訳が無い。

どれだけ苦難であろうが、どれほどに艱難だろうとも、それでも止まらないから織斑一夏なのだ。

そう、苦難も艱難辛苦すら背負い、他者よりも歩みが鈍かろうとも進む。

それが、九天の教え子なのだ。

 

「霧絵……!!」

「さあ、届くかえ?」

 

尾は間に合わない。

だが、この刃がある。

一尾二尾と斬り伏せ、三尾四尾を薙ぎ払い、五尾六尾を貫く。

七尾八尾を乗り越え、最後となった九尾。

だが、そこには九尾どころか九天の狐すら居なかった。

 

「は?」

「言ったであろう? 実に真っ直ぐだと」

 

斬ったのは薙ぎ払った筈の四尾、何時からとは問わない。

相手は九天、その程度はやってみせる。

 

「では、の」

 

振り向き、刃を薙いだ風景を一夏は生涯忘れる事はないだろう。

 

『終わった……?』

『……師越えはならずか』

 

九尾に飲み込まれた一夏、霧絵の顔はここからでは見えない。

だが、失望の色に染まっているだろう。ダリルとフォルテはそう思っていた。

だが、 

 

「そうよな。私が九天なら、お主は……」

 

一夏を飲み込んだ尾が断たれた。

 

 

――嗚呼、そうだとも。だからこそ、私はお主に受け継がせたのだ

 

 

ダリルとフォルテ、そして楯無は目を見開き、千冬と束は懐かしむ様な目をそれに向ける。

九天の尾を斬り裂き、現れた刀身は白。

濁りも曇りも無い純白の刀身。だが、その他大勢はその刀身を知らない。

否、似たものなら知っている見ていた憧れた。

白式・九天の雪片弐型。だが、その刀身は反りが深く、柄と同じ長さの長卷だった筈だ。

しかし、そこにあるのは反りの浅い大太刀。

 

『は、ははは! また懐かしいなおい!』

『うわ、そう来るッスか』

『あの、あれは?』

『白式、ただの白式だ』

『はい?』

 

師達は懐かしんだ。

今の一夏の姿はあの日々の姿、足りぬ届かぬと足掻き続けた原初の白。

全ての終わりの日に、狐の愛弟子は始まりの日に還った。

 

「懐かしいものぞ、教え子よ。それがお主の尾か」

「ああ、そうだよ。師匠、これが十天だ」

 

尾は無い。いや、元々無かった。

今までは受け継いだもので進んだ。

だが、今からはそうではない。

 

「愛しい愛しい出来の悪い教え子よ。……九天の狐、越えてみせよ!」

「応……!!」

 

若武者は駆けた。

迫る九天の尾に向かい、がむしゃらに駆けた。

それは相対する敵にというより、まるで待ち望んだ相手に手を伸ばすかの様だった。

敵意も何も無い。

ただ、ただひたすらに手を伸ばし、吼えて、駆け抜けて、あの日届かなかった手を懸命に伸ばす。

 

「お、あ……!!」

 

鎧は砕け身を打たれようが止まらない。

あの日、こうしたかったのだ。

こうして、遮る尾を

斬り、

払い、

薙ぎ、

貫き、

こうしたかったのだ。

 

「霧絵……!!」

「……一夏」

 

九尾を斬り、残るは最後の牙となる薙刀。

あの日憧れた姿、細い目を僅かに見開き、こちらを真っ直ぐに見つめる師。

その姿を真っ直ぐに見つめ、一夏は傷一つ無い太刀を振り下ろした。

 

「……見事」

 

最後の牙は断たれた。

そして、尾も何もかもが消えていく。

 

「誠に真っ直ぐに、見事に育ったものぞ」

「だって、霧絵の弟子だから」

「ココ、私の弟子ならもう少しひねくれてもよかろうに」

「そうかな? っと」

 

尾も全て消えた霧絵の体が体勢を崩し、一夏がそれを受け止める。

あの日とは違う。しっかりと体温と命を感じる。

 

「少し疲れたぞえ。まったく、出来の悪い教え子を持つと苦労する」

「ごめんって」

 

力は無いが意思はある。

あの日は今日、ようやく終わったのだ。

 

『織斑選手! インタビューよろしいでしょうか!?』

「あー、簡潔になら」

『ズバリ、そちらの女性との関係は?』

 

聞き覚えのある声が問い掛ける。見れば、学生時代によくよく話しかけてくれたあの人だった。

そして、問い掛ける顔には答えは判りきっている色があった。

 

「そうですね……」

「おや、教え子や。答えに困るのかえ? おうおう、私は寂しいもの……」

「じゃ、これで」

 

こちらをからかいにきた霧絵の唇を、自分の唇で塞ぐ。

辺りと霧絵が静かになり、そして一瞬で沸いた。

 

「……っは! お主……!!」

「巣立ちは終わったんだからいいでしょ」

「まったく……。本当に出来の悪かった教え子ぞえ」

「え? 今、出来の悪かったって……」

「コココ、はて? どうだったかの?」

『はいはい、お二人様。これからのご予定は?』

「決まっておろ」

「家に帰ります」

 

霧絵を横に抱き、一夏は歓声を浴びながら歩く。

あの日は今日終わった。なら、全て終わるのか。

否、そうではない。

 

「霧絵、帰ろう」

「そうだのぅ、一夏」

 

もう一度、ここから始めるのだ。

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