この素晴らしい古竜に祝福を 作:sil
気の遠くなるほど長い年月を生きて来た。それはもう、星の生と同じくらい長い時を。
ふと瞳を閉じて思い起こせば、今までの出来事が鮮明に脳裏に焼き付いている。記憶とは日を追うごとに薄れていき、いずれ忘れ去られて行くものらしいが、これだけはっきりと覚えているという事は、それだけ心を震わせるものだったのだろう。
あらゆる者達が、研ぎ澄まされた剣を勇猛果敢に振りかざし、仲間を守る強固な盾を構え、美しい声音で色とりどりの必殺の詠唱を唱える。
そんな彼等の勇姿に何度魅せられ、心踊らされた事か・・・。
そんな輝かしい記憶に耽っていた私は今一度強く思う。あぁ、なんて、なんて―――
「―――なんて暇なんだろう。はぁ・・・」
早速口癖どころかこの言葉しか発していない気がする今日この頃。
以前、ため息をつくと幸せが遠のくと聞いたが、ならば自身の幸せは二度と届かない場所まで逝ってしまっているに違いない。
この世に生を受けてウン千ウン億ウン垓年。そろそろ暇で死にそうだ。
他の誰かが聞いたら卒倒しそうな話だな、これは。
それとも―――ドラゴンが岩山の一部と化してるのは笑い話になるだろうか?
前にやって来た者達に封印、殆どを岩で覆われ、体の一部だけが剥きだしになっているこの状態になって結構経つが、そろそろ体を動かしたい。少し前から体の感覚が分からなくなってしまっているし。
それにしてもいくらなんでも間が空きすぎではないだろうか?
前に間があった時だって精々数十~数百年くらいだったというのに、もう千年近くも誰も来やしない。待たされているこっちの身にもなって欲しいものだ。
・・・もしや封印されたからもう大丈夫だと判断されたのか?それとも忘れ去られてしまったのだろうか?
前者はともかく、後者だったならばもうこんな所に誰もやって来ないだろうな。またいつかやって来る、という考えは安直だったか・・・。
それにあの時の者達は攻撃で弱らせた所を封印したつもりなんだろうが、正直毎度の事ながら全くと言っていい程ダメージは負っていない上に、この封印も自身にとっては紙にも等しい。
今回の物は今までで掛けられた中で一番強力なものだが、少し力を加えれば破られるだろう。
自分で言うのもあれだが、かなり強いと自負しているつもりだからな。
だが、だからと言って決死の覚悟を持って向かって来る彼等を蹴散らす様な真似は出来なかった。
何故かそれをやってしまったらマズイ気がしたからなんだが。改めて考えてみると、盛り上がりをみせている所に水を差すような真似になってしまうと思ったのだろうか?
まぁ、勝手に盛り上がって敵視するのは私的に勘弁してほしいのだが。
なのでいつもダメージを受けているフリをして、最後は封印されるという事を長い時を渡って幾度も繰り返してきた訳なんだが・・・本当にそれで良いんだろうか?
最初は訳も分からないままそういう方法を取って、以降もそれを続けてきたが、別に望んでいた訳ではない。
いつの間にかこの地に生まれ、何もしていないのに敵だと認識され、悪だと、いてはならないと、倒されるべき存在だと、封印されろと、言われ続けている内に今の様な境遇が当たり前だと思ってきた。
視線を動かせばずっと代わり映えのしない、岩山の広がる景色がそこにある。その上にはいつもの様にどんよりとした雲があり、辺りは薄暗い。稀に裂け目から光が差す事があるが、それも数回しか見た事が無い。
これからもずっとここで過ごしていくと思うと・・・胸の奥がもやもやとする。
このすっきりとしない気持ちを、どうにかしたい。
「よし、外へ行こう」
唐突に出たそれは、あの口癖とため息以外で久方ぶりに発した言葉だった。
いつからか秘めていた思い。いや、願望と言った所か。
すぐに諦めてしまったが、ずっと胸の奥深くでくすぶっていた小さな灯り。
この見慣れた暗き世界ではなく、外の世界を見てみたい。
ここにやって来ていた者達がいる世界。ここではない世界。
未だ見ぬそこには、どんなものがあって、どんな事があって、どんな者達がいて、どんな光があるのか・・・!
一度考え初めてしまえばもう止まらない。止められない。
あぁ、自分が今かつてない程高揚しているのがよく分かる。じっとなんて──していられない!
パリィンッ!?
封印が甲高い音を立てて破れ、体の一部と化していた岩山が大きく振動する。縦横無尽に亀裂が走り、大小の岩となってボロボロと崩れ落ちて行く。
ぐっと四股に力を入れて立ち上がれば、千年振りに体が外気に曝された。久しく動かした体のあちこちから小さな音が鳴る。
「ん、流石に千年も動かずにいればこうなるか」
大きく体を震わせて体に残っていた岩や砂埃を吹き飛ばすと、少しスッキリとした感じがした。
だが、それもほんの少しだ。今のこの渇きを満たす事など到底出来ない。
大きく息を吸い込み、一拍溜めてからそれを全て吐き出す様に咆えた。
「――――――――――ッッッ!!!」
久方ぶりに、いや生まれて初めて本気の咆哮を上げれば、乾いた大気が、大地が、空が盛大に震えた。これは今までの威嚇ではなく、歓喜の咆哮。偽らざる事ない本音。なんと気分が良い事だろう。
そのせいで近くの岩山が4つ程粉々になったが、別に構わないだろう。もう誰もこんな所には来ないのだから。自身も含めて。
自分の体を越す程の翼を広げ、大きく羽ばたかせる。吹き荒れる豪風が瓦礫を撒き散らすが、それも些細な事だ。
地面からゆっくりと体が離れ、宙へ舞い、高度を上げていく。振り返りはしない。前だけ向いて行こう。
「我が名はエンシェント・ドラゴン!光を求めし者なり!いざ往かん!新しき世界へ!」
「むぅ、やはり早々上手くはいかないか・・・」
はぁ、と大きく溜息をつく。これだけ溜息をついていれば一周回って逆に幸せが近づいて来ないだろうか?
あれだけ威勢のいい啖呵を切った自分だったが、未だに見慣れた岩山がそびえ立つ薄暗い大地にいた。あの時の自分が見たらなにをしているんだと呆れる事だろう。
まぁそれも、勢いよく飛び出したものの、あまりに重大な問題に直面してしまったからなんだが。お蔭でその後前方不注意で岩山にも激突する羽目になった。
その問題というのが、このまま外の世界に行っても今までの繰り返しにしかならないという事だ。
ただでさえ毎度毎度敵視されているのに、のこのこ向かった所で結果は火を見るより明らかだ。何故最初に気が付かなかったんだと過去の自身に問いたい。
姿を消す、という方法も視野に入れてはいたのだが、見えてはいなくてもそこに存在している訳でバレてしまう恐れが高い。また、やって来る人間達は街や国と呼ばれる所に住んでいる様で、壊したりしてはいけないらしい。どれほどの大きさかは知らないが、この図体ではそれを破ってしまうだろう。
そこで一旦戻って色々と考えてみた結果、この姿を見て敵対される、この体では街や国を壊してしまう、ならばこの姿を人間に変えてしまおうという結論に至った訳・・・なんだが、いかんせんこれが意外と難しい。
目標としてやってくる者達の姿、つまりは人間になる事なんだが、生憎そういった類の魔法は使えなかった。
なので自身で魔法を作ろうと色々やっているのだが・・・結果は察しの通りだ。
体の一部を小さくしたり、色を変えたり、柔らかくしたり、軽くしたりと、色々変化は出来ているが、まだまだ人間の姿になるまでには程遠い。
彼等の身体は、大きさが爪の長さより小さくて結構複雑なのだから。そう思うとこれからやろうとしている事はどこまでも果てしなく無謀に近いのだろう。
まぁ、だからと言ってもう諦めるという選択肢はない。どうせ時間はたっぷりとあるのだ。地道に地道にやって行くしかないな。外の世界はもう少しお預け、と言った所か。
「・・・・・・こんな事なら辺りを破壊するのは止めておけば良かったか」
滅茶苦茶になった大地を見て再び嘆息する。こうして、もう少しだけここで世話になる事になったのだった。