この素晴らしい古竜に祝福を   作:sil

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紅魔の里でのひと時

 

 時刻はもう少しで朝。太陽が東の空から顔を覗かせ、降り注ぐ日差しが冷たい朝の空気を徐々に暖めていく。

 今日もとても天気が良く、空の色が変わっていくさまをベンチに座ってのんびりと眺めながら、少し今までの事を振り返っていた。

 

 長い試行錯誤の末、とうとう人間に変身する魔法を完成させた。恐らく長い時の中でも初の魔法だと思ったので、『トランス』と名付けた。

 

 この魔法を使えばいつでも好きな時にドラゴンと人間のどちらの姿になれる。

 ただし、人間の姿の時は体の構造上、力を殆ど封印している為に圧倒的に力や魔力などが落ちる。精々本来の何割かしかない。

 一応改善の余地はあるがまぁ、今の所特に不便もないので別にこのままでも構わないと思っている。

 

 服装はイメージの元に新たに作り出し、昔やって来た者が置いて行ったローブをその上から纏っている。

 固定化の魔法をかけて保存していて良かった。

 最初の頃は衣類を着用している感覚が中々落ち着かなかったものだが、慣れればどうって事はないし、肌触りも良いので心地よいくらいだ。

 

 それにまだ試していないが、イメージさえしっかりと出来れば他の生物にもなれるかもしれない。

 人間に関しては長い事思い続けていた対象だったのでそれは容易だった。

 術式を完成させるのもこれくらい簡単だったらもっと早く外の世界に出る事が出来ただろうが、今はもういいだろう。

 

 何故なら今現在こうしてその世界にいられるのだから、あれだけ頑張ったかいがあったという物だ。

 

 目線を移せばあの岩山がそびえ立つ大地とは真逆と言っていい程輝かしく、暖かな世界が広がっている。

 最初に目にした時は感動のあまり、生まれて初めて涙を流したほど。ドラゴンの身では出来なかった事だ。

 

 今の私は鋭い爪を持っていた手は小さく柔らかい物に、ごつごつとした黒く硬い鱗で覆われていた体は丸みのあるものに、頭部に生えていた角はさらさらとした黒髪に、炎を吐いたり岩を砕いていた口は小さな歯が生え揃う。

 大凡、私がイメージした通りの人間の姿に変身出来ている。

 

 封印の関係上、体の一部に魔法陣が浮かんでしまっているが、ローブで隠せているので問題ないだろう。

 それに、この里の者達もその身に何かを封印しているようだし。それに習って私も左目に自前の眼帯を着けているが、これがおしゃれというものらしい。実に興味深い。

 

 あの世界で生きて来た年月に比べれば一瞬という短い時間をこの光り輝く世界で過ごしてきたが、確実に後者の方が幸福だと断言できる。

 毎日が発見や喜び、驚きの連続で、こんなに心躍る事は不変である向こうでは絶対になかったから・・・。

 

「っと、そろそろ時間だな」

 

 身なりを正し、少し待っていると目的の人物がこちらにやって来るのが見えた。

 今日も元気だな、と眺めているといつもの小さな木製の台車を引きながら勢いよく駆け寄って来たその子は、ベンチをよじ登って私の隣にちょこん座り笑顔を向けて来る。

 こういうのを愛くるしいと言うらしい。

 

「おはよーえんえん!ご飯ちょうだい!」

「おはようこめっこ。今日は何がいい?」

 

 日の出とともにいつも私の元へやって来るこの紅魔の里の子供、名をこめっこ。

 

 ここにいる者達の特徴である赤い瞳を持った、黒髪の女の子だ。

 以前このベンチに座っている私の事を見つけてからは毎日のように食べ物を貰いに来るようになった。同時に色々な事もお世話になっている。

 ちなみにえんえんと言うのは私の事らしい。

 

「うーん、じゃぁお肉のサンドイッチー!」

「わかった。じゃあ、また頭を覗かせてもらうよ?」

「うん!」

 

 元気よく頷いたこめっこの頭にいつもの様に手を置き、こめっこからイメージを見せてもらう。

 

 ふむふむ・・・カットしたパンで、肉や野菜、魚等を挟んでいる。お手軽でに食す事が出来、食材の味がそのまま堪能できる料理なのか。なるほど、この前のハンバーガーに似た感じだな。

 

 理解したので手を離すと、こめっこは台車に乗せていた大きな鍋を抱え、期待に満ちた表情で私の事を見上げて来る。その口の端からはすでに涎が見え隠れしていた。

 

「では、いくよ?『クリエイト・サンドイッチ』」

 

 一瞬の光の後、鍋は溢れんばかりのサンドイッチで埋め尽くされていた。

 ぱぁっと顔を輝かせたこめっこは嬉しそうにサンドイッチを手に取り、次々とその数を減らしていく。

 

 それにしても不思議な子だ。口いっぱいに頬張っているこめっこを眺めてそんな事を思う。

 

 『トランス』を覚え、最初に訪れた人間の住む場所がこの紅魔の里。

 私の元にやって来た中に、この里出身の者がよくいた。彼等は皆共通して保有する魔力が高く、強力な魔法を放って来ていた。

 あと、戦いの前には必ず自己紹介もしていたな。

 そんな彼等の事が気になったのがここに訪れた理由の一つになったのだろう。

 

 そしてまだちゃんと変身出来たか不安だったので、姿と気配を消す魔法を用いてしばらく人間を間近で観察する事にしたのが、私が人間になってからの始まりだった。

 

 通り往く人々のやり取りを、このベンチから眺めながらコミュニケーションを学び、どういった営みをしているのかを理解し、人間達の世界を知ろうとしてきた。

 

 いつもの様に人間達を眺めていたある時、1人の少女が私に声をかけて来た。それがこのこめっこ・・・って、もうサンドイッチが無くなりかけているな。追加を出しておこう。

 

「ありがと、えんえん!」

 

 笑顔でお礼を言うこめっこの頭を撫でてあげると、気持ちよさそうに笑う。

 こうしてみると他の子等となんら変わらないように見えるのだが、この子は私には計り知れないなにかを持っている。

 

 こめっこには私の姿や気配を消す隠蔽魔法が通じていない。明らかに可笑しい。

 誰にも破られる事が無いと思っていただけに、あの時の衝撃は凄まじかった。

 第一声が「こんにちは!ご飯ちょうだい!」というのにも驚いたが。

 

 「誰かに物を貰うのではダメ。欲しい物は、自分の手で勝ち取るのよ!」と里の大人が子供に教えていたので、常識だと思っていたものを打ち破られた瞬間だった。

 

 けれど、お蔭で一例だけで判断するのではなく、他のものも照らし合わせて判断する事や、自身の立場に置き換えて判断する事を学ばせてもらった。

 

 そのお礼に、こめっこの家は裕福な訳ではないようで、いつもお腹を空かせていたらしく、こめっこに欲しい食べ物の事に付いて教えてもらってその食料をあげる事に。

 他にも、未だ試したことが無いコミュニケーションの一つである会話というものの練習を手伝ってもらったりもした。

 それもあって、最近では問題なく会話できるレベルになったらしい。

 

「あっ、そろそろ姉ちゃんが起きる時間だから帰らなきゃ!」

 

 っと、もうそんな時間か。帰り支度をするこめっこを手伝い、もう一度サンドイッチをいっぱいにした鍋と追加で風呂敷に包んだものを台車から落ちないように固定させる。

 

「じゃぁねーえんえん!また後でねー!」

「またね、こめっこ」

 

 ぶんぶんと元気よく手を振って帰って行くこめっこの姿が見えなくなるまで見送り、再びベンチに座り直す。

 

 次にこめっこがやって来るのは夕方頃だろう。それまでまたのんびりと過ごそう。風や暖かな日光も心地いいし、揺れる草木一つや形を変える雲を眺めているだけでも楽しいから。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 時間が経ち、お昼時。このベンチから少し離れた所にあるこの里一の定食屋に常連客が集まって来た。

 ここの店主が作る料理は人気が高く、こめっこも偶にここの料理をねだって来る事がある。

 お金がないので自分で作り出すものだが、本人的には御満足らしい。

 そしてそれとは別にもう一人。今日もやって来たようだ。

 

「あ、あのぉ、い、居ますかぁ?」

 

 おどおどとした様子で声を掛けて来たのはこの席の常連であるゆんゆん。

 未だ隠蔽魔法を使っているので仕方がない。寧ろこめっこが可笑しいのだ。

 

「いるよゆんゆん、こんにちは」

 

 魔法を解いて挨拶すると、ゆんゆんはぱぁっと顔を輝かせる。ご飯を上げた時のこめっこと同じだ。

 

「こ、こんにちはエンシェントさん。あの、きょ、今日もご一緒していいですかっ?」

「もちろん」

 

 というか毎度思うのだが許可はいるのだろうか?

 どちらかというと私の方が取らなければいけない気がする。勝手にベンチに居候している身なのだから。

 幸い、このベンチを利用する者はゆんゆんとこめっこくらいしかいないが。

 

 私が2番目に話したのがこのゆんゆんだ。

 こめっこと会う前からここに来ていたが、その時もよく1人でいる事が多く、学校が無い日はこのベンチでお昼を取っていた。

 こめっこ情報によるとゆんゆんは紅魔族の中で変わり者でぼっちというものらしい。私も同じだからぼっちという事だろう。エンシェント・ぼっちと名乗るべきだろうか?

 

 私の返事に嬉しそうに笑うと、少し間を開けて隣に座る。その膝には今日もお弁当が2つあった。

 

「じゃ、じゃぁ、今日もお願いしますっ」

「承った」

 

 その内一つを私に差し出してくれたのを受け取ると、膝に乗せて包みを解き、蓋を開ければ綺麗に敷き詰められたお弁当の具の数々。

 箸を手に取り、まずは卵焼きを口にする。

 

「・・・・・」

 

 隣に座るゆんゆんが若干不安そうにじっと見つめる中、味わいながら口の中で租借し、飲み込む。

 

「うん、前の時よりも上手になってる。美味しいよ」

「ッ!そ、そうですか!よかったぁ」

 

 それを聞いたゆんゆんは嬉しそうにはにかんだ。もう少しこの子は自信を持っても良いと思う。

 聞けば学校でも優秀な成績で、資質も同世代の中ではかなりものなのだから。

 

 ただ、本人は村長と娘という事を引け目に思い、奥手なその性格や紅魔族とはズレた感性もあってか、中々どうして上手く行かない。

 見ていてもどかしいとはきっとこの事を言うのだろう。

 

「それでですね!めぐみんったらまた昨日も体育の授業をサボったんですよ!勝負もまた変なので負かされて、結局お弁当全部取られちゃうし。でもめぐみん美味しいって言ってくれて。明日はどんな具にしようかなぁって・・・」

 

 めぐみん。こめっこの姉でゆんゆんの学友で、ゆんゆんとはお互いに競い合うライバルという関係。

 話を聞くにゆんゆんからの一方的なものらしいが。そのめぐみんと友達になってはダメなんだろうか?

 途中からとても嬉しそうに話すゆんゆんを見て強くそう思う。それともなにか譲れないものでもあるのだろうか?

 

 それにしても友達、友達か・・・。

 

 箸を進めながらゆんゆんの話に相槌を打っている時にふと思う。

 少しだが、こうして人と触れ合う事は出来る様になったが、親しいかと聞かれれば首を捻らねばならない。

 

 この紅魔の里だけでなく、世間一般ではアンデッド等の魔物は勿論の事、モンスターも敵視され、滅され討伐されるのが常となっている。ドラゴンの枠組みはいまいちよく分かっていないが、少なくとも好き好んで仲良くしようとはしないだろう。

 

 私自身としては人間達に危害等加えるつもりもさらさらなく、ただ普通に親しくなりたいのだが・・・。

 

「その時めぐみんがこう言ったんです。この私が・・・エンシェントさん?どうかしましたか?」

 

 っと、思考に集中するあまり箸が止まってしまっていたようだ。なんでもない事を告げ、ゆんゆんに話の続きを催促すると、彼女はまた楽しそうに話し始める。

 

 出会った当初は散々驚きすぎて私以上に言葉が可笑しくなっていたゆんゆんだったが、今ではこうして会話をするだけでなく、お弁当を作りに来てくれその腕前を披露してくれる。食べ物を上げているこめっことは反対になるな。

 

 ・・・この子やこめっこも、私の正体がドラゴンと知ったら、今までの者達の様に敵対して向かって来るのだろうか?その向けている笑顔は、あの険しい表情になってしまうのだろうか?

 その時私は、以前とは違いこの暖かい世界を知ってしまった私は、どうするんだろう。

 

 その事を想像するだけで・・・苦しい。この胸が締め付けられるような感覚はなんだ?魔法の不具合でもないし、体に異常はどこにも見られない。一体なんなんだ・・・?

 

「確かに私がめぐみんは発育が乏しいですけど、だからって私に当たらなくても・・・え、エンシェントさん!?ど、どうしたんですかっ!?もしかしてなにか傷んでたんですか!?お腹痛くはないですか!?」

 

 驚いた様に慌てて声を掛けるゆんゆん。一体どうしたのだろうか?別に傷んでいないし、とても美味しいのだが。特にこの焼肉キャベツ包みはかなり物で・・・。

 

 その時ふと気が付いた。視界が歪んでいる。目元に手を当ててみれば少し濡れていた。そこでようやく気が付いた、自分が泣いている事に。

 

 悲しい時や嬉しい時に、人は涙を流す。ほぼ人の身体を得た私もその例に当てはまるという事だが、そうなると私は今、悲しんでいるのか・・・?

 

「・・・ゆんゆん」

「は、はい!やっぱり傷んでましたか!?それとも不味かったですか!?お腹痛くないッ!?」

 

 ・・・なんだろう、慌て過ぎて凄い事になっているゆんゆんを見たら少し落ち着いた。

 

 あまり暗い事ばかり考えても仕方がないな。そうだな・・・この際ドラゴンとしての私はきっぱりと止める事にしよう。

 念のために魔力の塊で造った偽物をあそこに置いて行っているから、皆あっちが本物だと信じて疑わないだろうし。

 もし、誰かがやって来てその偽物を倒せばなお好都合だ。そうすればなんの気負いする事もなく、晴れて人間として生きて行ける。うむ、我ながらいい考えではないだろうか。

 

「いや、やはりなんでもないよ」

「え、えぇ!?すごい気になるんだけど!?あとなんでそんなに晴れやかな表情なの!?」

 

 今日のゆんゆんはいつにも増して元気だなぁ。

 

 がっくんがっくんと肩を揺さぶれらながらそんな事を思うのだった。

 

 




 
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