「わしも聞いた話でしかないが、魔王軍の進行時にその部隊は壊滅したらしい」
「どういうことです!そんな強力な部隊であればやばいと思えば逃げられるでしょう!」
「それが何故か壊滅したらしい。理由はよく分からん。風の噂で伝わってきた程度だ」
その噂が伝わってきたのは、今から半年ほど前という。
これが本当だとすれば、一大事である。
それだけの優秀な部隊を壊滅させられるほどの戦力があるとなると真一達が戦闘を行って無事とは思えない。
ただ、今回の話の目的は王国軍の話だ。
何故そんな部隊の話なのであろうか。
「何故その話を今のタイミングで?」
「まあ、そう急かすな。爺の話を聞いておくと後で役に立つ物だぞ」
新庄はシム爺にたしなめられてしまった。
しかし、彼の言うとおり役に立つ重要な話が手に入ったのは事実だ。ここは黙っておくのが適当だろう。
「そしてその部隊は、それ以来、消息を絶った。今まではこの国精鋭として事ある毎に色々な場面に登場していたのだが、ここ最近はぱったりであるから噂は信憑性が高い」
「で、おぬしの気になっている話についてだが、真っ白な旗を持つ軍はこの世界に存在しない」
「では、一体……」
「しかし、一見、真っ白な旗に見える旗を持つ部隊はいる。それは戦場でも目立つような色の旗にすべく作られたのだよ。その部隊はあまりの強さから味方の士気を上げると同時に敵の士気を消し飛ばすことができるかだ」
「ま、まさか……」
王国軍の鎧を着ていて、すさまじい強さを発揮するが故に目立つ旗を掲げる部隊。
ここまで聞いて、先ほどのシム爺の話を思い出せば予測は容易に付く。
「そうじゃよ。即応軍じゃ」
一言、ぼそりと呟いた。
「だが、何故……」
「申し訳ないが、これも分からんのだよ。壊滅したという噂が嘘であったのか、敵が錯乱のためにこうしたのか。全く分からん」
「しかし、敵がここで錯乱を行う利点がない。と考えると噂が嘘であったと考えるのが自然であるが、半年の空白は何であったのかが説明できん。その日に起こったのが……」
「国王軍消滅ですね」
「そうじゃ」
新庄は一気に増えていく謎に困惑していた。
とりあえず現場を見てみないことにはなんとも言えない。
そのシム爺が見たという現場に行ってみることにした。
「その現場はどこですか?」
「ここから北へ4km行ったところじゃ。現場に行くのかね?」
「とりあえず行ってみるつもりです」
「そうか。ならば、案内人をつけた方が良い」
「ですが、案内人など……」
「わしの孫に案内人に適任がおる」
「お孫さんですか……」
「と言っても、森の中に捨て子として置かれていた子を預かったので、義理の孫だがの」
「そ、そうですが……」
自分の母国でもある日本にも、お金がないために子供を身売りにしたりすることも少なくはなかった。
このような、あまり時代の発展していない国においては当たり前であろう。
その話にはそれ以上、触れないことにした。
「その案内人のお方はどちらに?」
聞くと、シム爺はしばらく部屋の奥にある本棚をじっと見つめた後、ため息をつきながら言った。
「だそうじゃよ、コノミ。聞いておるのじゃろ」
そう言うと、奥の本棚ががたがたと揺れ始め突然扉のようにぱかっと開いた。
あの本棚は隠し扉であったらしい。
中から、16、7歳の少女が飛び出してきた。
「いや~、バレていましたか!さすがですね、老師!」
「わしの目をごまかそうとは百年早いわ」
その少女は快活そうな子で、黒い髪でボーイッシュな髪型であった。
しかし、顔のある一点が変わっていた。
それはオッドアイであることであった。右目が金色、左目が銀色である。
初めて見た人がいれば驚くであろう。
しかし、新庄が驚いたのは別の点であった。
「君はあのときの……」
そう言うとその少女は新庄を見ながら叫んだ。
「あ~!昨日のおじさんだ!案内する人はおじさんのことだったんだ!」
昨日、新庄が調査をできなかったのは誰であろう彼女に原因があった。
時は昨日の新庄が村に入った頃にまで遡る。
新庄はまず宿を探すことから始めた。
しかし、この村に来たのは初めてであるからどこに何があるのかがまるで分からない。
村の中で迷っていると、目の前に少女が来て話しかけてきた。
「ねえ、おじさん。どこから来たの?」
「村の外からだよ」
「へえ!村の外ってどんな?」
「そうだな、とっても高い建物がたくさんあったり、向こうの見えないような大きい湖があったりするよ」
「そうなんだ!私、村の外から出たことがないから…。もっと話を聞かせてよ!」
その後、日が沈むまで話をさせられた新庄であった。
そのために調査の続きができなかったのだ。
村の宿の場所が聞けたから、新庄は彼女には感謝はしていた。
「おじさん、あの場所、気になっていたんだ」
「まあな、そういった噂を追うのが好きでね」
「へ~!変わった趣味だね!」
「まあな」
言葉少なに返す新庄。
何故か、この少女に嘘をつくのが苦しくて仕方が無かったのだ。
こんなことは今まで無かったのだが……
初めて感じる感覚に戸惑っていた新庄は言葉を返す余裕が無かったのだ。
「おじさん、それ、嘘だね」
少女はぼそりと呟いた。
「え……」
思わず黙り込んだ。
何故バレた!
新庄は驚愕せざるを得なかった。
うろたえたのは事実だが、仮にも諜報員であった新庄の真意を簡単に見抜けるものではない。
しかし、目の前の少女は簡単に見抜いてきている。
「コノミ!」
シム爺が叫ぶが、少女は止まろうとしない。
「おじさん、真一とか言う人の指示で動いているんでしょう」
あまりの的確な見破られ方に新庄はその少女への警戒を高める。
部屋の中に緊張した雰囲気が漂い始めた。
「貴様、何者だ!」
新庄は腰にある拳銃に手を掛けて、いつでも引き抜ける体制を整えて怒鳴った。
目の前にいる少女が言ったことは、知られてはいけない重要な情報ばかりである。
この情報を知るのは新庄と主の真一達だけだ。
つまり、目の前の少女はその機密をどうにかして知り得たことになる。
場合によっては問答無用で目の前の少女を何があっても話せない状態にしなくてはならない。
しかし、仮にも相手は少女である。
新庄はできる限り最悪な事態とならないような策を巡らせていた。
しかし、このような状況を目の前にしても少女は全く狼狽えない。それは怯えや恐怖によって動かないのではなく、絶対に撃たないと分かっているような安心感から動かないようだ。表情はリラックスしているように見える。
「おじさん、その手に握っている物は撃てないよ」
唐突に言った少女の一言に新庄は勘づく。
心を読まれている!
これはスパイにとって致命的な状況であった。
何かを隠そうとしても全て見透かされる。これは起こりえない状況である。
普通、人は表情筋や体の動きから相手の心理状況を把握する。
瞳孔が開くときは、驚きと言った感情を表すことや足をぶらぶらさせているときは退屈さを感じているなど人の感情はどこかしらから読み取れることが多い。
しかし、スパイはこうした動きを極力なくすように訓練される。
なぜなら、スパイは絶対に敵に情報をつかまれてはいけないからであることは明白であろう。
故に、相当な観察眼と見破る能力がなければスパイの感情などを見破るのはほぼ不可能である。
しかし、この世界にはそんなことを無視して無茶苦茶な方法で相手の感情を読みとる方法がある可能性が高い。
元の地球においては考えられないような方法。
「魔法か……」
魔法であるなら、こうした見破る訓練を受けなくても簡単に見抜くことができる。しかも、先ほど少女が言った中に感情からだけでは把握できない情報もあった。
よって、これは魔法である可能性が高いという結論に至ったわけだ。
「ご名答。よく分かったね」
少女は何の感情もこもっていない無機質な声で答えた。
「私は、生まれつき人よりも多い魔力の持ち主でね。この目はその魔力から来た物のようだ。ま、と言ってもこいつは災いしかもたらさなかったけどね……」
今まで、無表情であった少女が一瞬だけ寂しそうな顔をしたのを新庄は見逃さなかった。
この理由はだいたい予測が付く。
人間に限った話ではないのだが、動物というのは元来、見慣れない物に対して警戒心を強く抱くものである。それゆえ、オッドアイなど見たことがない人が彼女を見れば不気味に思って近寄ろうとしないであろう。
おそらく、彼女はお金が理由なのではなく、その身体機能から森に捨てられたのだ。
新庄はその親に対し、強い怒りを覚えた。
子供は親を選ぶことなどできない。
しかし、親は子供を持つ否かを決めることはできる。だからこそ、親は子供が生まれたらその子供を心から愛し、育てる義務がある。
にもかかわらず、その生まれてきた子供を捨てるというのはどのような理由があるにしろ新庄には許せないことであった。
そんな新庄を見て少女は怒鳴った。
「勝手な予測で私の親のことを非難するな!貴様如きに私たちの何が分かると言うんだ!」
「私の親は私をここらから愛していたし、育て上げようともしてくれた!だが、周りの大人達は違った!左右で目の違う私を不気味に思っていたから、常に距離を置いていた!だから、人の感情が分かることは隠していた。余計に不気味に思われ、下手すれば命が狙われる。それ以上に嫌だったのは、両親に迷惑が掛かると思ったからだ。幼心に分かっていた。しかし、あるときに破滅の時が来た」
そこで一呼吸を着く。
「私が10歳の頃だ。両親がある店で買い物をしていたとき、店主が両親をだまそうとしているのが感情が読み取れたから分かった。それを指摘した私は、能力がバレた。恐れていた最悪の事態が起こった。私は不気味な子から悪魔の子と言われるようになり、事ある毎に命を狙われた。あるときは、川に落とされそうになり、またあるときは馬車にひかれそうになり。もう家の外には出られなくなっていた。それでも親は私のことを大切に育ててくれた。だから、私の居場所は家族の中だけだった」
そこまで言い切ったが、言葉が続かなかった。
泣いていたのだ。何となく先の言葉の予測が付いた新庄は止めようとする。
「もう分かった、これ……」
「私の両親はその者達に殺されたんだ!あいつらは、なかなか殺せない私を確実に亡き者にすべく、親を無残に殺し、私を誘い出そうとした!運良く、森に遊びに出かけていた私は逃げられた。突然親の感情が聞こえてきたんだ。『帰ってきてはいけない!早く逃げろ』という声が……」
彼女は泣き崩れた。
シム爺は黙って彼女のそばに行き、魔法をかけて彼女を眠らせた。
「すまんの。コノミのことを守るには嘘をつくしかなかった。親が捨てたと言えば普通はそれ以上の追求はしない。彼女にあの記憶をよみがえらせたくはなかった」
その言葉は新庄に懺悔するかのような言葉だった。
「わしが見つけたときは満身創痍の状態であった。切り傷はあちこちにでき、足の皮は完全にめくれ、ろくに食事もとれずにやせ細っていた。わしは家の急いで連れて帰り、介護をしてやりどうにか一命は取り留めた。しかし、体がいくら良くなっても心だけはあの頃の満身創痍のままじゃ。今でも、時折暴れ出すことがある。わしには、あの頃の記憶を思い出させない以外に救う手立てはない」
今にも崩れ落ちそうな言葉は深々と新庄の胸に突き刺さる。
「それを話して何になる……」
その感情をぐっとこらえて、新庄は冷たく言い放つ。
新庄は軍人だ。
彼らを救いたいのは山々だが、第一に考えるのは真一達の利益でなくてはならない。
「さあ、わしにも分からんが、お前さんなら話しても良いと思ったんじゃ」
弱々しく話すシム爺に新庄は話した。
「シム爺よ、取引をしないか?」
「何で、私がアンタの案内なんかしなくちゃなんないのさ!」
森の中を歩きながらコノミがぶつくさと文句を言っている。
案内されているのは、もちろん新庄である。
目的地は即応軍とみられる部隊が駐留していたとされる場所である。
森の中は北のまっすぐ4kmと言われてもそう簡単にたどり着けるものではない。道などがない場合、勘などもってのほかであるが、方位磁石を持っていても富士樹海のように磁鉄鉱が埋まっていて使い物にならない場合もあるから、土地勘のある人物をつけなければ危険である。
その土地勘のある人物として抜擢されたのがコノミである。
しかし、コノミは先日、新庄に向かって泣きながら罵倒をしたために二人の間には気まずい雰囲気が漂っていた。
「お前は黙って俺を現場まで案内しろ。それ以上でもそれ以下でもない。ただ、それだけを完遂しろ」
「はぁ!あんた、何勝手にシム爺と話進めて私に指示を出してんだよ!私は、まだアンタのことを許したわけじゃないし、仕事を請け負ったわけでもないぞ!」
コノミは半ギレしながら、怒鳴った。
「最悪、アンタのことをここに置いてけぼりにして帰ることもできるんだぞ!」
「そんなことをすれば、シム爺になんて言われるか分かっているのか?それに、それをしたらお前はお前を差別した奴らとやっていることは大して変わらなくなるぞ?この森に慣れない人間が一人残されたら、どうなるかは分かっているよな。分かっているのにやると言うことは人殺しと同じだ」
なかなか、論理の飛躍を感じるが、それに気づけるほどコノミは年を重ねていない。
新庄の大人気ない言い返しに黙るしかなかった。
「それに女性ならもっときれいな言葉遣いをしなさい」
「アンタに言われる筋合いはないね!」
言い合いをしつつ、新庄は先日の話を思い出していた。
「シム爺よ、取引をしないか?」
静かに新庄はそう言った。
「取引……?」
シム爺は何をするんだと言わんばかりに不思議そうに繰り返す。
「ああ、取引だ。私はこれでも軍人だ。人情で人を助けることは許されない。常に仕えている人のために動くことを求められる。故に、あなたたちが私たちに何かしらの利益になるような事をしてくれれば、我々もあなた方を助けることができるかもしれない」
そこまで、言い終えたときシム爺の目には光がともった。
「わしらを助けてくれるのか!」
「助けるのではない。取引だから、こちらもそれ相応の見返りを求める」
「金か?」
「違う。情報とあんたらの能力」
そう言ってから、家の庭側を指しつつ
「あの機械だ」
と言った。
「お主。まさか、あれを軍事兵器にしようとしているのではあるまいな!だったら否じゃ!」
シム爺はそう怒鳴った。
あれは人が幸せになれるように作った物で、断じて殺めるためのものではない。
そう言いたげだった。
「そうか。なら勝手にするが良い。そう言って、自分の面子のために彼女を犠牲にするが良い」
そう言い放ち、その場を去ろうとした。
すると、シム爺がドアの前で立ちはだかった。
「お主に人情というものはないのか!何とも思わんのか!」
「さっきも言ったように私は軍人であり、あなた方の家族でも何でもない。軍人は国のために動くのであって慈善団体ではないのだよ。心苦しいが、協力できないというのであれば、こちらから援助することは何もない」
「……」
淡々と正論を言う新庄にシム爺は、黙り込むしかできなかった。
「分かったら、そこをどいてくれ。私は暇な身ではない」
そう言って、通ろうとする新庄に静かにシム爺は言った。
「分かった。その条件を飲もう」
「……っ!…いっ!おいっ!」
コノミが怒鳴る声ではっと我に返った新庄の目の前にはちょっとした広場のような物が広がっていた。
「しっかりしろよ!調査に来てんだから、ぼおっとしてんじゃねえ!」
そう言いつつ、目の前の広場を指しながら話し始めた。
「ここがアンタの目的地だよ!」
「ここか……」
そこは明らかに人工的に作られた空間であった。
丸く広場は広がっており、全周はおよそ500mほどであろうか。
その周りはうっそうと木が生い茂っており、広間は元々木が生えていたのであろう。
斧のような物で切り倒されたときにできたと思われる切り株が数多く点在している。
「日が暮れるまでまだかなり時間がある。それまで調査をすると良い。終わったら声を掛けてくれ」
そう言って、コノミは木に登りちょうど良い大きさの枝を見つけるとその上で寝始めた。
落ちないものかと内心、冷や冷や見ていた新庄であるが、コノミの身体能力はかなり高いらしい。全く落ちる気配がない。
そこで、新庄は調査を開始することにした。
しばらくは外周を回って異常がないかを見てみたが特に何も見当たらなかった。
そこで、広場の内部を捜索することにした。
しばらく、地面を探していると、あちこちに人の足跡らしい物が点在しているのが分かる。それは、シム爺から聞いたように甲冑の靴底らしい先の尖ったブーツのような物であった。
それ以外の物がないものかと探していると、広間の中央付近で不思議な物を見つけた。
それはイヤリングのような物で豪華な装飾があしらっており、中央に剣に絡みつく蛇の彫刻が描いてある物であった。
新庄はこの紋章をどこかで見たことがあるような気がしていた。
どこで見たのであろうか。
それを思い出そうと躍起になっていると後ろからコノミの声がした。
「お~~い!まだ、終わらないのか!」
気付くと周りが大分薄暗くなっていた。
急いでコノミと一緒に森を抜けていった。