「それで、敵に攻撃を食らって部隊は壊滅したと……」
荘厳に彩られた部屋の一番奥に位置する場所から、低い声が聞こえた。
低い声は地面を揺るがすかのように重く静かな物である。
「はい。申し訳ありません!」
魔王軍参謀長のケルンが頭を下げる。
彼は魔王クロノスが見いだした将軍の一人であった。
見いだされる前は一つの部隊の副官の立ち位置でしかなかったが、活躍ぶりがクロノスの目にとまり参謀長にまで成り上がった人物であった。
兵の指揮統率や情報統合能力などが飛び抜けて優秀な人物である。
「別に構わん。勝敗は兵家の常だ。今後、同じ事を繰り返さないのが大事なのだ」
「御意!」
「今回の敗因は何だ?」
「敵の新兵器と新部隊による攻撃です。おそらく勇者の物と思われます」
「勇者だと?」
勇者という単語を聞いた瞬間、クロノスの眉がぴくりと動いた。
「勇者達はあの時に全員……」
「彼らは、どうもコットン王国の方で指名手配になっていた人物らしく、ジーマンに亡命した模様です。私もそのような自体があるとは思わず、油断しておりました」
「そうか。起きたことはやむを得ん。これからどう対策するつもりだ?」
「参謀部の方から一人参謀を派遣し、事に当たらせております。敵は、どうも強力な戦車を投じてきたらしく生き残った者の話では装甲は極めて厚く、エンジン部らしき部分に当たった攻撃のみが相手を行動不能にできたそうです。さらに敵の砲撃は強力であり、最新の防御魔法すら貫通してきたそうです。」
一瞬間を置いてから話し出す。
「敵の従来の戦車とは違いすぎます。我々が開発したB1も為す術もなく撃破されました。これらの情報から判断するに勇者による能力で生み出された物と思われます。こちらも彼らに対抗するために例の方法を試してみようかと……」
「うむ。構わん」
まだ、戦争は始まったばかりである。
魔王軍のジーマン攻略本隊として待機していた魔王軍第2軍司令部は、参謀部から派遣されてくる新しい参謀を心待ちにしていた。
「参謀の方はいつ頃いらっしゃるんですか?」
第2軍副官のグレイは軍団長に聞いた。
彼は元々はコットン国攻略戦の指揮官をしていたが、敗北の責任から(王国軍を城から逃がしたこと)降格処分を受け、この軍団の副官に任命されていた。
軍団長のニックはのんびりと答えた。
「今日の~、夕刻頃と~、言っていましたよ~」
亀のようにのろいしゃべり方で一見ふざけているようだが、彼にとっては、まじめにしゃべっている。
彼はこう見えても、かなり優秀な人間で士官学校においては次席で卒業をしている。
この話し方は彼の癖のような物であり、直しようがないのだが特に影響が出ているわけではないのでグレイは気にしないでいる。
「そうですか。となると、そろそろ来て……」
そう言いかけたところで、グレイは何か凄く嫌な気がした。
かつて、何度かこのような悪寒に襲われたことがある。
その時は、今後二度としたくないような経験が待ち受けている。
しかし、そのような可能性があるものなど、存在するはずがない。
気のせいかとグレイが気を取り直そうとするとにわかに外が騒がしくなった。
「何か~、外が~、騒がしいですね~。何か~、起きた~、のでしょうか~?」
そこで言葉を切るか!と突っ込みたい気持ちを堪えつつ、グレイは外の確認のため天幕を出ようとすると一人の兵士が駆け込んできた。
「報告!参謀部から派遣されてきた方がご到着為されました!」
「おお!すぐお迎えに行く!」
そう言って、外に出ようとするグレイを兵士は遮った。
「副官殿、今は出ない方がよろしいかと……」
「なぜだ!大事なお客様だぞ!私がお出迎えに行かねば失礼に当たるであろう!」
「そう言う問題ではなく、精神衛生上良くないかと……」
先ほどから訳の分からない態度を取る部下を怪訝に思いつつ、グレイは制止を振り切って外へ出た。
グレイはそこで兵士の忠告をよく聞くべきであったと心の底から思った。
(先ほどの悪寒の原因はこれだったか……)
そこで目にした物は……
「うっふ~ん!あなたいい男ね!今夜、私の部屋で……うっふ!」
上半身のみ制服で、下はブーメランパンツを穿いた男(怪物といっても差し支えないであろう)が近くの兵士を抱きしめながら口説いているという地獄絵図が広がっていた。
「私は参謀部より派遣されてきたスーザンよ~!よ・ろ・し・く・ね♡」
筋肉だるまの化け……いや男が投げキスをしながら自己紹介をした。
そう。彼こそが皆が待ちに待っていた参謀部から派遣されてくる人物だったのだ。
しかし、本当にこのような人間が参謀部のような優秀な場所から派遣されてきた人物なのであろうか。
グレイには一抹の不安があった。
「スーザンじゃ~、ないか~」
唐突に後ろから間延びした声が聞こえた。
グレイが後ろを振り返るとニックが天幕から出てくるのが見えた。
おおよそ、グレイが帰ってこないために様子を見にきたのであろう。
「お二人はお知り合いなのですか?」
「士官学校時代にね~、同級生だったんだ~」
「うっふ♡その通りよ!彼昔からこんなキュートな性格だから、何度もお誘いしたんだけど乗ってくれなくて~……」
「その話は~、もう良いよ~。それよりも~、早く~、軍議を~、開始しよう~」
珍しく他人の話を遮ったニックは、天幕へと戻っていた。
「まだ照れてるのね!かわいい♡」
体をくねくねしながら、スーザンは天幕の中へと入っていった。
哀れ、グレイは軍団長のニックですらかなり濃いキャラなのにスーザンという変態も相手にしなくてはいけなくなったのである。
彼の胃は最早、悲鳴を上げつつあった。
こんな人間達で果たしてこの戦争に勝てるのであろうか。
グレイの不安は増すばかりであった。
天幕の中では兵士達が軍議のための地図などの道具を出していた。
軍議とは言っても、これからの作戦だけでなく今回の敗北の原因調査も行う。
そのために、普段ならば絶対呼ばれることのない一般の兵士(ジーマン軍と交戦した者)も呼ばれている。
今回の被害は負傷兵も含めると、全滅どころではなく壊滅に近い被害が出ていた。
被害
騎馬兵(奇襲部隊)2万内1万4293名戦死 1964名負傷
歩兵部隊(先鋒)1万内4529名戦死 3219名負傷
ここで、被害の話について軽く話しておこう。
読者の皆様の中にもご存じの方はいるであろうが、殲滅と壊滅と全滅では被害の大きさによって言葉を使い分ける。
全滅というのは部隊の損害が3割を超えた時。
壊滅というのは部隊の被害が5割を超えた時。
殲滅というのは部隊の被害が10割の時。
(記載によって若干割合に変動がある)
つまり全滅 壊滅 殲滅の順に被害は大きい。
一見、全滅というのは部隊が全損した時に使われる言葉だと思うかもしれないが、これには理由がある。
軍隊というのは部隊を大きく二つに分けると前方の実戦部隊と後方の支援部隊とに分かれる。だいたいの軍隊の人数費は実戦部隊5割、支援部隊5割と言ったところだ。
つまり、部隊の3割を失うと言うことは失う兵力はほとんどが前線部隊であるために(補給部隊のみが奇襲されたなどの特殊な事例は除く)、前線部隊の6割を失った計算になる。
これほどの被害が出ると、それだけの人数を補填するには一旦後方に退くしかなくなるために軍事的な行動を取るのは不可能となる。それ故、その部隊はないものとして扱われることから全滅という扱いになる。
「これだけの被害が出るとはね……」
あまりの被害の大きさにさすがのスーザンも絶句している。
いくら激しい戦いでも近年でこれだけの被害を出した戦いは存在しなかった。
ジーマンによる大規模な爆発が確認され味方に大きな被害が出たという話は聞いていたが、ここまでとは誰も予測できなかったであろう。
「ジーマンの爆発は坑道か何かを吹き飛ばしたときにできた物だと思われます」
グレイが言った。
「坑道?」
スーザンが聞き返した。
「はい。どうもジーマンはこの坑道を用いて我が軍に後方から奇襲を掛けた模様と思われます。さらに我々がジーマンの部隊を追いかけてこの坑道に入ったところを……」
「なるほど。でも坑道はもう存在しないわけでしょう?なら、問題ないわ」
「問題ないのですか?」
「ええ。今回の被害は坑道の爆発が大きな原因。でも、もうその手は使えない。ということは、これほどの被害が今後出ることはないと思うわ。ただ……」
「ただ?」
「ただ、問題は今回の戦いで確認された敵の戦車ね」
「そうですか?」
「そうよ~。だって、今後戦うことになるのはあの戦車よ!勝つ方法とかは考えられてるの?」
「……」
グレイは黙るしかない。
実はグレイ達司令部の悩みの一つがこれである。
前回の戦闘で目撃された敵の最新の戦車は、今までに見たことがないほど強力な戦車であるとの報告があった。
後に撃破された敵戦車を回収して調べると敵の砲撃能力は75cmまで強化されており、装甲も従来より厚くなっていた。
このような戦車を今後、敵に回すと思うと背筋が凍る思いであった。
現在の魔王軍の防御魔法は、相当無理をして作り上げた物であった。
ジーマンの戦車隊は、魔王軍の中ではかなり恐れられている。
なにせ、通常の魔法では破壊ができず、敵の砲撃は広範囲の味方を殺す。
このような一方的な殺戮を防ぐために、作り出したのが現在の防御魔法のシステムなのだ。
これのおかげで従来の物よりも相当強力な防御力を手に入れることができただが、それには重大な問題がある。
特殊な魔法石が必要なのだ。
これは魔王国領土内ではわずかしか取れず、コットン王国に輸入のほとんどを頼っている。
今回、コットン国との戦争でその石が出土する鉱山を手に入れたことで魔法を使えるようになったが、生産は未だ安定せず潤沢に仕えないのが実情だ。
そんな苦労をした上で手に入れた防御魔法を簡単に突破する戦車を敵は作り出してしまった。
対策を考えろと言われても、無茶な注文であった。
「何のために彼らを呼んだと思っているの?」
スーザンはグレイを見ながら聞いた。
スーザンの言う彼らとは戦闘に参加した者達だ。
「少なくとも敵戦車を破壊していると言うことは、破壊できないわけではない。つまり、無敵の戦車などではないの。彼らはどうやって戦車を撃破したのかを聞いて敵の戦車の破壊の仕方を考え出すのよ」
こうして、敵の戦車への対抗策を考える魔王軍であった。