ドニエパル川を東に進むと元ジーマン軍のトーチカ陣地が広がる荒野。そして、さらに行くとジーマンの首都ベラリンまで森ぐらいしかない平野がひたすら続いている。
この平野はベラリン平野と言われている。
その平野で、二つの軍隊がにらみあっていた。
一方は魔法を攻撃方法の中心とする魔王軍。
もう一方は火薬を攻撃方法の中心とするジーマン軍。
両軍がにらみ合いを続けてから早二ヶ月。
魔王軍はジーマン軍を迎え撃つ準備をほぼ終え、ジーマン軍は魔王軍を殲滅する準備を終えた。
そして、今日この日、両軍合わせて20万近い兵士がぶつかり合うことになる。
グデーリアンは第一独立師団の指揮官として四号戦車に乗っていた。
今回は譲が部隊の士気を上げるために来ている。
ちなみに、譲が乗る戦車はグデーリアンのすぐ後ろをくっついていくことになっている。
正直、今回の作戦はかなり危険度の高い物であり、グデーリアンは後方にて待機しては如何かと提案したのだが、彼は首を縦には振らなかった。
その時のことをグデーリアンはありありと思い出すことができる。
「譲殿、今回の作戦は危険です。場合によっては命の危機に陥るやもしれませぬ。ここは後方にて待機しておくべきでは?」
出撃前にグデーリアンは譲に問いかけた。
どうしても危険な場所に行くとなると戦死の危険性がある。最高司令官が前線出て、部隊の士気を上げることも重要ではあるが、今回はその時ではないと考えていた。
その質問に対して譲はグデーリアンに背中を向けて準備を進めつつ、答えた。
「いいえ。戦場に行きます」
「何故です?あなたはわざわざ危険な場所に身を投じるのです?そのような必要はないでしょう?」
「いえ必要、必要でないの問題ではないのです。行かなくては気が収まらないのです。今まで、私はずっと申し訳なかったんです。真一達のように役に立つ兵器を召喚できるわけでもない。グデーリアン殿のように戦車隊を率いて戦えるわけでもない。仲達のように頭が良いわけでもない。そのような人間が活躍できる場は少ない。私にとって、このような場所でしか活躍できないのですよ。いつまでも他の人のお荷物にはなりたくはない」
「あなたは活躍したいがために戦場に行かれるのですか?」
「それだけではありません。ジーマンには保護してもらって以来、多くの恩恵を受けてきました。その恩恵に報いたいのです。もちろん、自分勝手な意見であり、迷惑な話であることは重々承知しております。しかし、どうか私を加えてはいただけないでしょうか?お願いします」
そう言って譲は頭を下げた。
彼は恩を受けたらその恩には何としてでも報いようとする古来の武士に近い考え方をしていた。
(しかし、それでは甘い)
グデーリアンはそう考えている。
戦争において軍人が大事にすることは国家を勝たせること。
その目的のためならば、手段は選ばない。
その覚悟で来る相手にそのような甘い考えが通じるほど現実は優しくはない。
しかし、グデーリアンは止めなかった、いや止められなかった。
その言葉の中に自分が失ってしまった大切な何かがあるような気がして……。
「師団長」
副官の言葉に現実に戻されたグデーリアンは、頭をすぐに切り換えた。
「間もなく作戦開始時刻です」
その声に今回の作戦について改めてグデーリアンは考え始める。
今作戦において、第一独立師団は可動部隊は全軍出撃した。総力戦と言っても差し支えないだけの戦闘が起こるだろうとグデーリアンは考えている。
作戦参加兵力は1万5千。
戦車は四号戦車83両。
重砲が40門。
その他、軽機など多数というものである。
この他に第三~第六師団が加わる。
対する魔王軍は兵力が9万ほどで、詳しい兵器などは分かっていない。
おそらく、火と雷魔法を撃てる杖を多数と前回の戦闘時に初めて目撃された戦車を10両ほどと思われている。
戦車に関してはたいした戦力ではないであろうと踏んでいたグデーリアンであったが、懸念はあった。
敵が塹壕戦の準備をしており、対戦車壕なども築いているとの情報が入ってきたことである。
戦車は塹壕戦を有利にするために作られた物であり、その点に関しては問題はない。
しかし、歩兵は違う。
かなりの被害が出ることを予測される。
また、敵の陣に魔王軍参謀本部から派遣されてきた参謀がいるとの情報もある。
(今回の作戦は苦戦は必至だな)
グデーリアンは胸中でそう呟く。
彼の目には敵の陣地が映っていた。
「誓いに答えよ、繰り返す誓いに答えよ」
作戦の暗号開始電文が全軍に伝わり、戦車やトラックのエンジンを吹かし始めた。
そして、戦車が先頭にして動き始める。
第一独立師団所属の5号車の車長であるリットンは、キューポラを通して前方を見つつ、操縦手に指示を伝える。
既に榴弾砲部隊が撃ち始めており、後方から砲撃音が繰り返し伝わっている。
やがて戦車隊の真上を重砲独特の飛翔音が聞こえ、敵の陣地付近にいくつもの土の柱が挙がる。
弾着地点の近くにいた敵兵数人が爆発に巻き込まれ、朱に染まって倒れる者や四肢を引きちぎられ、のたうち回る者もいる。
キューポラから外の覗いているため、視界は悪いが前方に数両の味方戦車が突進しているのが見えた。この内の数両は対戦車壕を木材などで埋めて後方から来る戦車の道を作る役目を担っている。
やがて、車長が頃合いよしと見たのだろう。
一両の戦車が停止し、主砲を撃った。
しかし、その砲弾は敵陣の手前に着弾する。
敵もやられてばかりではない。
その止まった戦車に一斉に魔法を放った。
だが、如何せん威力がない。
その攻撃は全て前面装甲で弾かれてしまう。
リットンはその隙に、自分の戦車にも停止を命令。
目標を魔法を放つために無防備に塹壕から体を出している敵兵を目標にした。
装填手が砲弾を装填。
砲手が目標を狙った。
「撃て!」
その声に呼応して、主砲から音速を遥かに越える鉄塊が打ち出された。
主砲が大きく後退して、車体が衝撃を逃がすため揺れる。
まるで、戦車が武者震いをしているかのようであった。
放たれた砲弾は、壕の前方に着弾。
派手に土を耕しただけに終わった。
しかし、敵の牽制にはなったらしい。
敵からの攻撃が一時的に止む。
その隙に、対戦車壕を埋めるために何両かの戦車が壕の目の前で反転。
後方にのせた木の丸太を切り離す。
幾つもの突破用の足場が完成し、そこを通って大量の戦車が敵陣に突撃をていく。
それを見たリットンも他の車両と同じように突撃をしていった。
前線に進みつつ戦車隊の指揮を執っていたグデーリアンは、敵の防御の仕方に違和感を感じていた。
(おかしい。敵からの攻撃が微弱だ)
以前戦闘を行った際よりも敵の兵力は多い上、敵は混乱などもしていない。
なのにも関わらず今回は敵の攻撃が前回よりも若干弱い様に感じる。
士気が低いと言ってしまえばそれまでだが、それはないとグデーリアンは考える。
何せ敵には参謀部から派遣されてきた人間がいるのだ。
そのような人間が、戦闘も無しに軍の士気が低い状態にまで陥るとは考えづらい。
何か罠を張っている可能性がある。
それがどのような罠なのかグデーリアンには思いつかなかった。
こみ上げてくる言いようのない不安感にグデーリアンは身震いした。
前世でもこれに似た体験をしたことがある。
それは独ソ戦時の最初の作戦でもあるバルバロッサ作戦時だ。
この時は倒しても倒しても現れる敵の数に困惑した物だ。
この作戦においてドイツ軍は初戦でソ連軍の戦力を撃滅すれば、簡単に勝利できるだろうと楽観的な思考があった。
しかし、現実は違った。
ソ連軍はその圧倒的な人的資源を使い、やられた分の倍の兵力を徴収し、前線に送り込んできたのである。
結果はご承知の通り、冬に耐えかねたドイツ軍の撤退によってこの作戦は失敗となる。
グデーリアンの勘はあの時と同じ警告をしていた。
一瞬、作戦中止も考えたが、それはもう手遅れだ。
既に全軍が動き始めており、先鋒は敵陣深くに突入している。
ここで撤退の指示を出したら無用な混乱を起こし、被害は甚大な物となる。
故に撤退はできなかった。
(何かが起こる)
このグデーリアンの勘は、やがて現実の物となる。
リットンは4号戦車で指揮を執り続けていた。
敵からの攻撃は、あまりなく時たまあってもかする程度の物か直撃してもその装甲は貫通を許さなかった。
「また、塹壕か……」
敵は機関銃を相当警戒していたのであろう。
敵陣を突破しても幾重にも塹壕が張り巡らされている。通常では考えられないほどだ。
しかし、戦車は塹壕を突破するために作られた物であり、塹壕をいくら作っても大した意味はない。
(この戦い、簡単そうだな)
塹壕から身をのり出していた敵兵を機関銃で穴だらけにするのを見つつ、リットンは思った。
唐突に右前方を走っていた1号の後部に火炎が踊った。
(まずい!あの位置にはエンジンが!)
リットンがそう考えた直後、エンジンに引火。
戦車が炎に包まれ、中から乗員が火に包まれて飛び出してくる。
それを敵は、火や雷の魔法で殺していく。
指揮官から撤退の命令はないため、ットンの小隊は突撃を続けようとする。
今度は左前方を走る3号車の後部に火の手が上がった。
1号車の時と同じ惨劇が繰り返される。
流石にここまで、やられては黙ってはいられない。
リットンは主砲を後部に向け、敵を砲撃しようとした。
その時、リットンの目に飛び込んできたのはあちこちで上がる黒煙であった。
その黒煙の元は、今まで自分と同じように突撃を続けていた味方の戦車のものである。
その中には自分が所属する小隊を率いる小隊長のいる車両が含まれているのが見えた。
すぐに副隊長が指揮を変わるはずだが、指示はない。
よく見るとその小隊長車の少し後方で燃えているのが確認できる。
そこで、最先任のリットンが指揮をとることになった。
「各車に通達。隊長、副隊長が戦死したため私が指揮を執る。敵は後方からエンジンを狙って攻撃を集中させている。各車警戒を強めつつ攻撃を続行せよ」
今は、自分の小隊の被害を減らすべく全神経をその一点に集中させた。
「やはり、敵は罠を張っていたか!」
グデーリアンは後方から戦況を見守っていたが、焦燥の色を隠しきれなかった。
途中までは作戦通り事は進んでいた。
しかし、先鋒が敵陣の中央に差し掛かった時である。
一斉に塹壕から戦車めがけて魔法が打ち出され、狙われた戦車のエンジン部に被弾をした。
それがしばらく続き、全体で30両程が撃破されたところで、各車が気づき始めた。しかし、塹壕はそこかしこにあるために完全な鎮圧は容易ではない。
すぐに戦車用の通信回線を繋げ、各車に命令を送る。
「各車に通達。ジグザグ運動をしながら、前進を続けろ。決して止まるな!それから機関銃を撃ちつつ前進せよ」
現在、苦戦をしているのは戦車隊で、歩兵は大きな被害を出すことなく、着実に各塹壕を確保していってる。
戦車隊とどうするかが問題であった。
今後も戦車隊が必要になってくる。初戦で大きな被害を出すわけには行かなかった。
そこで、今度は歩兵隊の指揮官に繋いだ。
「戦車隊が敵の塹壕に予想以上に手こずっている。至急、救援をお願いしたい」
「分かりました。しかし、こちらも塹壕を一つづつ制圧を行っていますので、そうすぐには……」
「そこをどうにかできんか?」
「出来る限りの事はやってみます」
「分かった。頼むぞ!」
そこで、回線を切った。
(これは相当な被害が出るな!)
心中でそう呟いた。
後退も考えたが、司令部からの指示がない以上、後退は出来ない。
おそらく、敵の猛攻はしばらく続くであろう。
今、全軍の指揮を執っているのはグデーリアンではない。
敵に撃滅される前に敵を撃ち破れるよう祈ることしかグデーリアンには、できなかった。
譲の戦車はグデーリアン達から前方に1kmほど行ったところにいた。
譲の希望で前線の様子を見たいという希望をグデーリアンが叶えた形であった。
もちろん前線とは言えど、最前線が見える位置で本当の最前線ではない。
譲は目の前に広がる殺戮に吐き気を感じざるを得なかった。
前回見た戦闘は李典隊の壊滅時の物であり、逃げることに必死すぎて吐き気を感じる暇すらなかった。
しかし、今回は戦闘に巻き込まれておらず、余裕があるからこそ今まで感じなかった様々な感情を感じていた。
そこかしこに死体が転がり、うめき声や悲鳴がここまで聞こえてくる。
血と硝煙の混じり合った臭いが漂ってくる。
これが戦場なのかと譲は、改めて実感した。
「何とむごい……」
自分が知っていた戦争とはまるで違う。所詮、知識でしかなかったのだと改めて感じる瞬間であった。
しかし、ここで自分たちが引けばこれがジーマン各地で引き起こされることとなる。
兵士の死体が抵抗力のない市民の死体に変わるのだ。
それだけは何としても避けなくてはならない。
自分がジーマンに助けてもらえたのは彼らに利益があったこともあったであろう。
しかし、彼らのおかげで今の自分がいる。この恩は返さなくてはならない。
(そのためにもここで引くわけにはいかんのだ!)
自分の決意を固め直し、改めて戦況を見つめ直した。
(ん……これは?)
敵の陣の真ん中に妙な旗が見える。
一見、真っ白な旗に見えるのだが、中央に何かの紋章が見える。
(どこの部隊だ、このような旗印を掲げるのは?)
気になった譲は砲手に聞いてみる。
「あの陣に真っ白な旗の中央に紋章が見える旗を掲げている部隊があるのだが、知っているかね?」
それを聞いたとたん兵士の顔色が一気に変わった。
「それは中央に剣に絡みつく蛇の紋章が描かれていませんか?」
「ああ」
中央に描かれていた紋章はまさしくその兵士が言っていた物であった。
「ま、まさか……そんなはずは……」
その尋常ならざる雰囲気に譲は嫌な予感を覚えた。
「何なのだ、その部隊に何があるというのだ?」
「……それはフィーリア隊です」
「敵の本陣はまだか?」
リットンは思わず困惑の声を漏らした。
グデーリアンは今回の目標は敵陣の突破と考えており、歩兵隊と戦車隊の間が開いてしまっている。
そのため、戦車隊が後方からの攻撃に警戒しながら進まざるを得ず、結果、進撃速度が落ちていた。
先ほどから敵陣の中央に向け戦車を走らせているのだが、敵兵が多すぎてなかなか前に進めないのだ。
時たま、制圧したはずの後方から攻撃が来ることもあり、予想以上に苦戦を強いられている。
歩兵隊は戦車隊に追いつこうと後方の敵を殲滅しつつ向かってきているが、なかなか追いつくことはできない。
「こんなに敵兵がいたか?」
先ほどから疑問に思っていることを口に出した。
最初はそんなに敵兵の数は確認できなかった。
しかし、気付けば信じられないような数の敵兵が塹壕に潜んでいた。
「このままでは砲弾の数が足りなくなります!」
砲手から悲鳴にも似た報告が上がってくる。先ほどから隙を与えず主砲を打ち続けている。
(将軍、どうなさるおつもりですか!)
後方のグデーリアンに向かって胸中で疑問を投げかけた。
「まずい!このままでは戦車隊が壊滅してしまう!」
グデーリアンは機動力を頼りに突破していったのが失敗であったと今更ながら後悔していた。
後方に機動力を持ってして戦車隊のみを敵陣後方にまで進行させ、歩兵隊や別の師団と連携を取って敵を包囲するつもりが、逆に戦車隊が包囲される危機に陥りつつある。
さらに戦車隊の中には弾薬切れの車両も出ているらしい。
先ほどから事の近況を司令部に報告しているのだが、しばらく持ちこたえよとの指示ばかりであった。
歩兵隊は未だ、戦車隊の3kmほど後方で敵の殲滅戦を行っており、救援にいける状況ではない。
砲兵隊は射程範囲外である上に超近距離戦闘になっていることから、同士討ちの危険があるため砲撃はできない。
最早、戦車隊は袋のネズミであった。
(もうだめか……)
そう思いかけたときである。
「将軍、司令部より入電です!」
通信手が大声をあげた。
その声にグデーリアンはすぐに反応した。
「なんと言ってきている!」
「第5師団と第6師団が敵の殲滅に成功し、我々と合流すべくこちらに向かってきているそうです!」
そう言っている内に敵の兵士が徐々に後方に下がり始める。
恐らく、左右の味方が殲滅されたことから前線を下げ、戦況を立て直すつもりなのだろう。
その直後、右と左から砂埃を上げつつ接近してくる第5,6師団所属の戦車隊が見えた。
待ちに待った救援の到着であった。