「さて、現在貴官が持っている航空機についてだが、いくつか質問をさせていただきたい」
そう言って真一が切り出した。
「構いませんよ。何でも聞いてください」
「では、まずあの航空機の動力源は何です? 魔力か、それとも別の何れの動力源は基本は油です。それも特殊な奴を使っております」
「基本はと言うことは魔力も必要なのですね?」
「はい。というのもあれは燃料を使って前にある羽を回すのだが、その燃料を使う際に機械を暖める必要がありましてな。これを魔法で行っております」
「了解しました。それで特殊な油とはどのようなものです?」
「君たちが戦車などで利用する燃料をさらに燃えにくいものを使用しております」
これで真一は確信した。シム爺が作ったのは前世の航空機とほとんど大差がないことだ。
唯一、エンジンの暖気に魔法を使うという相違点はある物のそれ以外はほぼ同じであった。
「分かりました。ではシム爺殿、あなたにはその機体の量産型を開発して欲しい」
「量産型ですか。やったことがないので、できるか分かりませんが……」
「技術者はこちらから派遣するので、やっていただきたい」
「分かりました。できる限りのことはいたしましょう」
そう言って二人は固く握手を交わした。
こうしてジ-マン国で航空機開発が始まったのである。
司馬懿は今、ジーマンの官庁街にいる。首都ベラリンの中央に位置する官庁街はジーマン中央図書館や陸軍省、国会議事党などジーマンの政治と軍事の中枢が集まる場所だ。
なぜ、司馬懿がここにいるのか。
その理由は真一達が、かなり危険な状況に陥っているからである。
以前書いたとおり真一達は相次ぐ戦闘の勝利により国民から人気を博しつつあり、政治の場面へと担ぎ上げられてしまった。
しかし、政治のバランス感覚をろくに知らない真一達が政治の世界に入ったら、容赦なく潰される事は目に見えている。ましてや彼らは常に前線で戦うわけだから、もし負けでもしたら彼らに未来はないであろう。
それだけでなく国民から注目を集めると言うことは、情報が簡単に漏れやすくなる。
もしこれが敵の耳に入れば、敵に対策を立てられやすくなり危険だ。
これらの理由から政治の場面で極力失態をなくすために、政治の場に強い影響力のある人間に真一達の後援をお願いすることにしたのだ。
国会議事党から歩いて数分の位置に国会議員の住宅街が広がる。これらは国会議員が借りている住宅で任期が切れるとここから出て行くことになるものだ。
その一角にあるひときわ大きな屋敷に司馬懿は入っていった。
扉にあったベルを鳴らすと中から初老の老人が出てきた。
髪も長く伸びた髭は真っ白で、かなりの年であることは分かるが、その老いを感じさせないほど背筋が伸び、体から覇気が出ていた。
「君が司馬懿かね?」
「はい。司馬懿と申します。こちらはロット閣下のご自宅でしょうか?」
「確かに。私がロットだ。まあ、立ち話も何だから中へ入りなさい」
そう言って、ロットは司馬懿を家の中へ招き入れた。
このロットと言う人物はジーマン国内で大きな影響力を及ぼす人物だ。彼はハットラーが政権を持つまでの一〇年間をずっとジーマン国総統として政治の実権を握り続けた人物である。
そして老いを理由に総統の座は降りたものの政界には留まり続け、未だ各会派に顔が広い。
この人物に司馬懿は真一達を託そうと考えていた。しかし、彼はどのような人物なのか分からない以上、何もできない。そこで直接会って、相手の情報を得ようと考えていたのだ。
居間に通された司馬懿はお茶を出された。お茶は不思議な香りで、さっぱりとした味わいの物であった。司馬懿は最近、お茶にハマっておりどのような茶葉か気になったので聞いてみた。
「美味しいお茶ですね。どのような名のですか?」
「これはミットヴィルクングというものでね。あまり流通していないお茶なのだよ。気に入ったかい?」
「はい。凄く美味しいです」
「それは良かった。少し香りに癖のある物でね。それが苦手な人も多いんだ」
「そうなんですか……」
他愛のない話から相手の情報を徐々に絞り込んでいく。
「ところで、今日は何の用だい? こんな老人の家に世間話のためだけと言うことはないだろう」
「はい。先日我が主達が行った戦闘の結果をお伝えしようと」
これは真実であった。本来であれば、別の軍部の人間が行くところであったが、司馬懿が無理を言って変わってもらったのだ。
「ほう。普段は軍部の参謀部の辺りが来るのだが、今回はこんな可愛い女性が来ると聞いておらんぞ」
「今回は我が主が政治の場にも出ると言うことから挨拶代わりこの件を伝えよと私を遣わしたのです」
「ほう。今話題の勇者殿かい?」
「はい」
司馬懿はこの場面が一番緊張した。もしこの場で勘づかれたら後援の約束を取り付けるのは極めて難しくなる。故にここで悟られるわけにはいかなかった。
「そうか、そうか。これはどうもご苦労さん。君の主殿にも宜しく伝えておいてくれ」
「ありがとうございます。それではこれ以上長居してもお邪魔になるでしょうし、私はこれで……」
そう言って、司馬懿は出て行こうとした。
「あ、ちょっと待ちなさい」
そう言って出て行こうとする司馬懿を止めた。一瞬、司馬懿は身構えたがロットの方を向くと彼は台所へ行き、何かの袋を持って戻ってきた。
「これはミットヴィルクングの茶葉だ。持って行きなさい」
そう言ってその袋を渡してきた。
「良いのですか?」
「構わんよ。お茶好きな人がいることは嬉しいことだ。是非主どの達にも飲ませてあげなさい」
「ありがとうございます!」
そう言って司馬懿は出て行った。
しかし、その顔には浮かない表情が浮かんでいた。
「どうだった?」
真一が司馬懿に面会の成果を聞いた。
「こちらが相手からもらったお茶です。名はミットヴィルクングと言います」
そう言ってもらったお茶を出した。
その瞬間、真一はやられたという顔をした。
真一もお茶は好きなので個人的にたしなむことも少なくない。故にこのお茶の本当の名は知っていた。正式にはナム茶という。しかし、彼は偽名を伝えてきた。この言葉にはあるメッセージが込められていた。
「協力」である。
彼ははじめからこちらの訪問の理由を知っていたのだ。そしてその真意をくんだ上で返事を返してきた。
先手をロットに打たれてしまったのだ。それ故の渋面であった。
今日はこちらの世界で言う日曜日だ。
こちらの世界にも宗教というものは存在する。しかし、多神教の宗教で他の宗教とのいざこざがほとんどなく、ある意味平和な世の中であった。
その休日は当然ながら、公的な機関は休日である。そこで真一や司馬懿と言った異世界の人間も休日の恩恵を甘受していた。
司馬懿はこの日、市場に出て新たに自分の好みのお茶の種類を探していた。
この世界においてはお茶を楽しむという文化は地球ほど発達はしていない。まだまだ貴族が楽しむ格好品で高級品である。しかし、司馬懿達は一様軍の高官に当たる人物ではあったためにお金に関してはかなり持っていた上、軍の宿舎を使っているために生活費は普段国から出るために食費などの生活費も掛からない。故にお金は使わなければ貯まる一方であった。
そこで司馬懿が見つけた新たな趣味がお茶であった。元より漢の出身である司馬懿はお茶はたしなむ方ではあったが、それほどハマることはなかった。
しかし、こちらの世界に来て娯楽がかなり変わった。その中でも元来の自分を思い出させてくれる存在がお茶であった。
そこでこのような休日に市場に繰り出してお茶を探すのだ。
お茶を売っている店があるのは市場でも閑静な通路の一角にある。その通りは高級な商店が並ぶ通りで富裕層の人間しか来ないために市場でも閑静な通りとして有名な通りであった。
いつものように司馬懿が入るとその店の主人が出迎える。
「いらっしゃいませ」
静かに言い、司馬懿だと分かると話しかけてきた。
「どうでしたか?以前のものは」
「大変素晴らしいものでした。香りが凄く良くて、酸味がほどよく効いていて美味しかったです」
「それは良かった。あのお茶はこの時期にしか咲かない貴重な花を使って作られた紅茶なんですよ」
「成る程。では相当貴重なものなんでしょうね」
「ええ。売り始めるとすぐ売り切れてしまうので、なかなか手に入らないんですよ」
そう雑談をしながら店内にある物を見ていく。
そんな中、ふと店の端に置かれている茶器が気になり、吸い寄せられるように司馬懿はその茶器の所に行った。
その茶器は自分の故郷である漢の地で使われていた茶器によく似ていた。
全体的に丸い形に口がちょっと出ている。手に取ってみるとまるで使い慣れた筆のように自分の手に馴染む。
しばらく司馬懿が愛おしげにその茶器を見ていると店主が見かねて声を掛けた。
「その茶器、気に入りましたか?」
「ええ、凄く」
司馬懿の顔はまるで数年来の旧友に会ったかのように嬉しそうな顔をしていた。
「その茶器、差し上げましょうか?」
「え、でも……」
「あなたならこの茶器の良さが分かるような気がするんです」
「しかし、大切なものなんでしょう?」
「ええ、でも良いんです。道具は使われてこそ生きるんです。お茶と同じ。お茶は飲まれなければただ葉を乾燥させたものでしかない。でもそれを飲んでくれる人がいて初めてお茶になる。道具も使われなくては湿気ってしまいますから」
そう言って、店主は茶器を司馬懿から茶器を受け取り、それを包み始めた。
「あの代金は……」
「構いません。強いて言うなら今後も当店をご贔屓に」
「ありがとうござます!」
そう言って司馬懿は勢いよく頭を下げた。
「後、こちらのお茶もおまけでつけときますね」
「え、そんなに良いんですか」
「たまには良いんですよ、ただ」
そう言って店主は他の人にはバラさないようにと唇に人差し指を当てて、商品を司馬懿に渡す。
「ありがとうございます!」
そう言って司馬懿は商品を受け取り、店から出た。
「またのご来店、お待ちしております」
静かにそう言って店主は司馬懿を見送った。
司馬懿が見えなくなると、店主は一言呟いた。
「親父、これで良いんだよな」
そうあの茶器はこの店の先代の主である彼の父親が大切にしていた物であった。彼が子供の頃、その茶器に触れようとして何度も怒られたことがある。
そして、彼が成人して店を継ぐ頃になると父親は病で床に伏せるようになった。
あるとき、彼は父親に呼ばれ会いに言ったところ父親はあの茶器と一緒に自分のことを待っていた。
「おお、来たか。まあ、そこに座れ」
そう言ってベットの脇にあった椅子を勧めた。
彼がそこに座ると、父親は彼の目を見てしゃべり始めた。
「この茶器のことに関してお前に話しておこうと思ってな」
「ああ、それか」
「この茶器はな、俺が若い頃に一番出でていた物で一目で気に入って行商人から譲ってもらった物なんだ。値段はかなり高かったが、俺がお茶を売る店をやっていることを知ると。その時に行商人に言われたのは、これをこの人だと思った人に渡してくれとのことだった。それは何年経とうと構わない。しかし、適当な人や理性的に思った人ではなく、直感的に思った人に渡してくれ。もしその人が見つからない時は、息子の代以降にも引き継いでくれとな。俺はその内容があまりにも抽象的だったんで分からなかったが、行商人はそれだけ言うと立ち去った。それ以来、その行商人とは会ったことはない」
そう言って、一呼吸入れた。
「結局、俺はそのお目当ての人とは会えなかった。だから、お前にこれを託す。どうか、それをお目当ての人に渡してやってくれ」
そう言うと、茶器を静かに彼に渡した。
「分かった。何としても見つけ出すよ」
そう言って彼は父親の部屋から出た。
その夜、彼の父親はまるでその言葉を遺言とするかのように静かに息を引き取った。
久しぶりに懐かしい思い出にふけった彼は、もう店じまいの時間帯のことも忘れて道路に立っていた。
「そろそろ店じまいしねえとな」
そう言って店の中へ入ろうとした瞬間、どこからか声がしたように感じた。
『良くやった』
それは彼の父親そっくりの声であった。
「おうよ!」
どこへ向けてでもなく、そう返事をすると彼は店に入った。