「それで、援軍は来ぬと言うことか……」
コットン国王は低い声でそう言う。
「誠に申し訳ありません!」
カーゼルは勢いよく頭を下げた。
「やはり、我が軍も護衛に回すべきでした」
「今頃後悔しても遅い。次に気をつければよいのだ。我が国に次の機会があればだがな……」
そう暗い声で言う国王にカーゼルは何も言えなかった。
「戦況は?」
「互角の戦いはしておりますが、そろそろ撤退も考えたほうがいいかと」
この時に実は一番奮戦していたのが李典隊の残された2千の騎馬隊であった。彼らは専ら、魔王軍の補給線に繰り返し奇襲を仕掛けており魔王軍は徐々に被害に悩まされるようになっていた。このおかげで、この城は魔王軍の総攻撃を受けずにいる。
「どうやってこの包囲網を突破するのだ!策があるなら言ってみろ!」
「……。」
「まぁ、いい。ところで護衛を行った勇者達の消息は掴めたか?」
「はっ。国境警備隊の方から勇者達と特徴が一致する人間が5人ジーマンの方に亡
命したとの情報が入りました」
「何と!越境を許したのか!」
国王は頭を抱え込んでうめいた。
「しばらく一人にさせてくれ」
そう言ってカーゼルを退出させた。
カーゼルが部屋を離れていくのを確認した国王は指を鳴らした。
すると部屋の影から這い出してきたように突然一人の男が姿を現す。
「いかがなさいましたか?」
「例の5人を知っているな?」
「はい、監視対象でしたので」
「奴らを消せ。まだ間に合う内に」
「分かりました」
そう言って男は、すうっと消えた。
「とうとう、この時が来たか……」
そう呟く国王の目には窓の外の空を流れる一筋の流れ星が写っていた。
カーゼルが参謀本部に戻ると戦況を副官に尋ねた。
「戦況は?」
「我が軍は城の各所にて善戦しております。しかし、如何せん数が多すぎます。徐々に被害が拡大しつつあり、兵員の10%はやられました」
「そうか。勇者達は?」
「ただいま休憩を取らせております」
「分かった」
「しかし将軍、もはや全滅するには時間の問題かと…」
副官が言った通り全滅は時間の問題だということはカーゼルにも分かっていた。
「分かっておる。ところで、あの李典隊の殲滅された理由は分かったか?」
カーゼルがかねてから調査させていたことを聞いた。というのもカーゼルは演習で李典隊と戦ったことがあった。その時、魔法を使っていたにも関わらず、李典隊の3倍の兵力を使ってようやく互角の勝負をすることができた。カーゼルは無能どころか王国にその人ありとまで言われた戦上手である。そのような将軍相手に寡兵でも互角の勝負をできる部隊が簡単に殲滅されるとは考えずらかった。
「いえ、それが全くと言っていいほどしょうこがなくてですね……。ただ、気になる情報が一つ」
「何だ?」
「それが、近くの村に王国軍1万ほどの軍勢が駐留していたらしいんですよ」
「だからなんだ、援軍の一部が駐留していたのだろう」
「当時、援軍は村ではなく平野で駐留していたと言っています。なお、脱落した部隊などはないとのことです」
「つまり、存在しないはずの王国軍がそこにいたと言うことか……」
(その妙な王国軍が李典隊殲滅に関わっているのは間違いない。しかし、その戦いを知るものは一人もいないはず……)
カーゼルはそこまで考えたとき、一つ忘れていたことを思い出した。
「そういえば、勇者達5人が亡命したはず。彼らならば何かを知っているはずだ!」
そういうや否やカーゼルは、すぐに兵士を何人か呼び出して勇者たちから事情を聴いてくるよう伝えた。そして、彼はどうにかしてこの城から脱出できないか考えた。
しかし、周りは魔王軍だらけである。蟻一匹逃げ出す隙もないその包囲網をどうやって抜け出すか。それを考えたときカーゼルは一つの部隊に目を付けた。
「いやぁ、敵は全く城から出てくる気配がないねぇ」
そういいながら、魔王軍の警備の兵士はあくびをした。何せ、開戦してから一度もコットン軍による襲撃を受けていないのだ。増援も撤退したとのことだし、気が緩むのは当然と言えた。
「それにしても今朝はやたら騎馬隊が動いてるねぇ、あんな後方にいた騎馬隊が出てくるとはそろそろ総攻撃でも始まるのかな」
そんな呑気なことを言っていた兵士は騎馬隊をのんびり見ていた。その騎馬隊の旗印が後方にいたものと違うことに、そのことを魔王軍の見張りは一人も気づかなかった。もし彼がもう少し気を引き締めていたら気づいていたであろう。
その旗印には、こう記されていた。
李と。
魔王軍の攻撃の指揮官であるグレイは、朝食を取っていた。だいぶ、攻城戦に目途が立っていたためにリラックスした朝を迎えられるはずだったが…
「それにしても今朝はやたらと騒がしいな。そんな元気があるなら、前線に配備してやろうか」
そうブツブツと文句を言ってると副官が天幕に駆け込んできた。
「敵の奇襲です!」
「何!正面から来たのに何故奇襲になる?」
「正面からではありません。後方からです、後方から敵が攻めてまいりました!」
「何だと!見張り員は何をやっている!寝ていたのかぁ?」
そう怒鳴りながら、天幕を出ると陣地の中ですさまじい暴れ方をしている騎馬兵が1,500騎ほどいる。
「直ちに魔法兵に音響魔法を使うよう伝えろ。それから、槍兵と盾兵を奴らの前面に出し、袋のネズミにしろ」
副官に伝え、グレイは戦況を見守った。
(ふん、敵も馬鹿だな。これほどの包囲網を突破できると思ったのか)
グレイは敵の指揮官を嘲笑した。しかし彼らの本当の目的が攻撃ではないことをこの後、知ることになる。
「もう、戦い始めてから何日目になるんだ?」
力のない言葉で呟いたのは佐藤だ。勇者たちは今のところ犠牲者は出ていないが、精神的な疲労と肉体的な疲労はとっくにピークに達していた。
もう駄目かもしれない。
誰もがそう考えていたとき、突然門が開く音がした。
「何考えているんだ!今の段階で開けたら敵が……」
そう言いかけて、中に入ってきたものの正体に気づいたとき、誰もが驚愕した。
「「「なぜ、李典隊が!」」」
そこには李典隊の騎馬隊が500騎ほど到着していた。
コットン国の作戦はこうだ。
主力の李典隊本隊を敵陣の中心で暴れ回らせ、敵の目をそちらに向けさせてその隙に本命である城内の味方を一気に脱出させ、李典隊本隊と合流しその勢いを殺さずに脱出すると言う作戦であった。
この任務は練度が高く、かつ機動力のある李典隊にしかできないものであった。
しかし、脱出のタイミングが早すぎても遅すぎても成功しない上、敵に気付かれればそこで失敗するという大きな賭であった。
「城内の兵を至急城門前に集めさせろ。極力持ち物は軽くするように厳命せよ」
そうカーゼルは指示をした。
魔王軍陣地では、さらに乱戦の様相を呈していた。
魔法兵は魔法を放つと味方に当たってしまうため、魔法をなかなか撃てない。だからといって、李典隊を兵から引き離そうとしても魔王軍の兵力が多いため、別の兵士がいる場所に移動されてしまうというスパイラルに陥っていた。
その結果、魔王軍に明らかな陣形の崩れが出始めていた。
「ええい、敵はまだ倒せないのか!」
苛立たしげにグレーは叫んだ。当初は敵の無謀な突撃だと思っていたが、これがなかなかやっかいなことになっている。下手に兵力を集中させ、敵の撃破を目指したことが完全に裏目に出ていた。
「こうなれば、致し方ない!全軍を一旦、奴らから引き離すように後退させつつ散開させろ!」
「そうなれば、陣形が薄くなり、敵に突破されやすくなります!」
「それをしなければ、被害が拡大するだけだ!やれ!」
副官の静止も聞かず、グレーは兵を横に広がらせた。この時、グレーは完全に冷静さを失っていた。
「これを待っていたぞ、魔王軍!」
カーゼルはそう叫ぶと手を大きく振り下ろし言った。
「全軍突撃!」
次の瞬間、城門が開かれ、最初に李典隊の騎兵、次に歩兵と言った具合に陣の薄くなった魔王軍めがけてコットン軍は突撃を開始した。
うおおおおおおおおお!!!!!
叫びながら突撃してくるコットン兵に初めて気付いた魔王軍はどうにか体勢を立て直そうとするが、そう簡単に陣形は変えられる物ではない。体勢を立て直す前にコットン軍の突撃を許してしまう。
あちらこちらで、馬と兵士が衝突し、激しい戦闘音が聞こえる。しかし馬と人では勝負は目に見えている。あっさりと第一防衛ラインを突破されてしまう。
第二防衛ラインでどうにか体勢を立て直した魔王軍が反撃を開始する。
コットン軍の真ん中で魔法が炸裂し、数人の兵士が悲鳴を上げて吹き飛ぶ。しかし、コットン軍はここで負ければ後はない。半ば死兵と化した彼らは全く怯まず吶喊を続ける。
その士気の高さに圧倒されたのか一部の魔王軍は後退を始めた。そこを狙って魔王軍のど真ん中にいた李典隊は攻勢に出た。ゆえにその箇所だけ急激に兵士が少なくなり、ついにコットン軍と李典隊は合流を果たすことができた。
しかし、未だ戦場のど真ん中にいることには変わりない。そこで、陣の薄くなった魔王運を食い破るべく、先鋒の李典隊、後続のコットン軍は突撃をした。
「まずい!突破される!至急騎馬隊を奴らの前面に配置し、敵の逃げ道を塞げ。歩兵隊は奴らの後方に陣取り退路を断て」
素早く命令を下したグレイだが如何せん状況が悪すぎた。各隊とも情報が錯誤し、大きな混乱が起きていたせいで陣を敷く頃にはコットン軍はとっくに包囲網を脱出した後であった。
こうして、コットン軍は窮地を脱出することに成功した。これには無論、コットン国王や佐藤(兄)ら勇者達が含まれていたことは言うまでもない。
「良かったなぁ!無事に逃げ出せて!」
そんな声が聞こえる中、コットン軍は別の砦へ向け進軍していた。大きな犠牲は出しながらも無事逃げられたことに喜んでいた。
誰もが無事に逃げ出せたと安心していると前方に何かの軍勢がいる。
「あれはどこの部隊だ?」
「祝勝にでも来たんじゃねぇ?」
そんなことを言い合いながら、その軍勢を見ているとコットン軍のようなのだが、何かが違う。
徐々にその全容が見えてくると誰もが唖然とした。
それはここにいるはずのないどころか、存在すらしていないはずの軍勢なのだから。
「「何故だ!何故ここにいるリーフィア隊よ!」」
国王とカーゼルが同時に叫んだ。
「そうか、コットン軍は大損害を負いつつも撤退には成功したか」
新庄から伝えられた情報により、真一達は改めてコットン軍にいるクラスメイトを考えた。
((((佐藤なんか消えれば良かったのに…。残念だ))))
なんて恐ろしいことを考えながら。
「ただ今回の戦でコットン国はかなりの戦力を失った模様です。おそらくコットン国は継戦能力をほぼ亡くしたとみて間違いないでしょう。ゆえに魔王軍の目標はこちらに向きつつあると思います」
そう司馬懿は真一達に伝えた。
「ジーマンの弾薬の製造状況はどうなんだ?」
「ようやく生産ラインに乗かったばかりです。完全な量産にこぎ着けるまではあと一ヶ月はかかるでしょう」
「となると微妙だな。魔王軍の攻撃に間に合うと思うか?」
「コットン国の粘り具合にもよります。継戦能力を失ったとはいえ、兵力自体は残されていますから魔王軍は我が国まで相手にしますと一気に相手取る敵が増えます。そのような危ない橋は、いくら魔王とは言えど渡りたくはないはずです」
「確かに。とりあえず我々は量産を整えなければ戦にすらならんから、今はそちらに専念しよう」
そう言って、その話題を切り上げた。
「それでどうだ例の件は?」
幸一が聞いてきた。
「ああ、順調だ。後は燃料さえどうにかなればできる」
真一がそう答えると幸一は目を優しく細めながら言った。
「これさえできればこの国が魔王軍に勝てる可能性はより高くなる」
その夜、新庄から緊急入電が来る。真一達は就寝していたが、司馬懿によってたたき起こされた。
それは真一達の眠気を吹き飛ばすには十分な内容であった。
コットン軍 消滅 コットン国王及び、カーゼルは戦死。
勇者達の消息は不明