レミリア「私、何か悪い事しましたっけ?」   作:チャーシューメン

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 吸血鬼だって空気にゃ勝てねえ。



アトリエフラン

 

「お姉様。これからはわたしのこと、巨匠って呼んで」

「巨匠」

「そう、巨匠。フラン大先生でもいいのよ」

「……なら、大先生」

「ふむふむ、何かね、助手のレミリア君」

「その格好なんなんスかマジ」

 フランったら、何やら偉ぶって椅子の上に踏ん反り返っているのである。何処から持ってきたのか、深紅のベレー帽を被り、もじゃもじゃつけヒゲなんかして。ヴィーナスも裸足で逃げ出す可愛い可愛いそのお顔が半分以上隠れてしまっているじゃあないか。おまけに気取ってパイプをふかしているのである、朝食の熱々オムレツが目の前に並んでいると言うのに。

「何言ってんのお姉様。巨匠と言ったらベレー帽じゃないの」

 心底呆れたような声でそう言ってから、ぷはぁーっとパイプをふかす。そしてちょっとむせるフラン。やばい。かわいい。

 なんなのこれ。何があったの、一体。朝イチからこれじゃあ、お嬢様、大好きなオムレツの味もわかんねぇよ。

 咲夜なんて給仕そっちのけでカメラを連射してやがる。何してんだこいつ、お前メイド長だろ。私ゃ紅茶飲みてぇんだけど。

「おい咲夜」

「何でしょう、お嬢様」

「後で焼き増ししてね」

「一枚千円ですワ、お嬢様」

 こいつ、主人から金取る気かよ。払うけどね!

 私がマイウォレットから札束を取り出していると、フランが席を立った。

 いつの間にやらその手には、カラフルな絵の具が乗るかわいらしいパレットと、魔剣レーヴァテインが如き巨大な絵筆が握られていた。

「そういう訳だから」

「はい」

「今日からここを私のアトリエにするから」

「アトリエ」

「紅魔館改め、アトリエフランだから」

「アトリエフラン」

「それじゃ」

 ああ、忙しい忙しい……なんて呟きながら、フランは食堂を出て行ってしまった。パタパタと可愛らしい足音を立てて。バタバタと絵筆を振り回し。ドバドバとビビッドカラーを撒き散らしながら。

「咲夜」

「何でしょう、お嬢様」

「ままままさか、反抗期かな。やべぇよやべぇよやべえよ、どうしよう、お姉様臭いとか言われたら。マイシスターイズバッドスメルとか言われたらー!」

「それは無いと思いますが……」

「うおお、やべぇよ! もしお姉様と一緒にお風呂入りたくないとか言われちゃったら、もう私ゃ生きて行けねぇぞ!」

「お嬢様。それはもう言われております」

 妄想の果てに広がる最悪の光景に、私の体はガタガタと震え始めた。フランが私を拒む訳がない、現実ではあり得ないと分かっていても、恐懼に狩られて走り出した心を止める事は出来ない。暴走するイマジネイションがやがて重力をすら得たのか、華奢な我が首筋が自らの主を支えきれなくなり、私はテーブルの上に突っ伏してしまった。

「相変わらず見事な現実逃避ですわ、お嬢様」

 咲夜が何事かわめいているが、そんなん無視だ。お嬢様のスルースキルをなめたらあかん。

「なんてこった。一体、どうしてこんな事に!」

 フランの暴走は今に始まった事ではないけれど、ここまでヘンテコなのは初めてだ。

「私も詳しくは分かりませんが」私が転げ回って運命を嘆いていると、咲夜がエヘンと咳払いして言った。「察するところ、恐らく、アレが原因かと」

 顔を上げ、咲夜が指す先を見やる。

 大理石の床の上で、生臭寺の小鼠が綺麗な土下座を決めていた。

 

 

 

「で。何やったの、お前」

「いや、あの、その……」

 天井から吊し上げられた小鼠が、何だか言いにくそうに口籠もっている。その顔は恐怖に引きつっており、頭から蛇に呑まれる寸前の鼠の顔に良く似ている。まあ、ネズミだしな。

 どうやらこいつがフランに何事か吹き込んだらしい。まったく、誰も彼もどうしてこう面倒事を持ち込むのか。お嬢様、ゆっくり朝食も食べられやしないよ。

「お前のお陰で、折角の熱々オムレツが冷えちまった」

 ナイフでオムレツを割ると、中からとろーりとろけた(正確には、とろけていたであろう)チーズが糸を引いた。今朝はチーズインオムレツか。口に運ぶと、甘美なバターの香りが鼻孔を刺激する。焦げ目を残さぬ焼き加減、控えめでいくらでも食べたくなるような絶妙の塩加減ともに完璧、流石咲夜である。ちくしょう、熱々だったらもっと美味しかったのになー。

 見やると、小鼠が涎を垂らしている。鼠だけにチーズがお好きってワケかい。っていうか仏教徒のクセに欲望ダダ漏れじゃないの、こいつ。

「早く吐かないとお前の胃の中にも熱々チーズが詰まる事になる」

「それは願ったり……じゃなくて、その、だな……」

 小鼠はまだ口ごもっている。

「フッ。どうやら、この私の解説が必要なようね」

 我が親友にして七曜の魔法使い、パチュリー・ノーレッジがいつの間にやら朝餉の席に座り、プリンをかっ喰らっている。

「うるせぇぞこのもやし、お呼びじゃねぇんだよ」

「昨日のパーティでの事よ」

 やだこのもやし、鋼メンタル。一ミリも動じずにドヤ顔で話を続けてくるよぉ。

「あほ道士が起こした紅魔館爆破未遂事件で小鼠におだてられ、嬉しくなっちゃったレミィが唐突に開いた昨日のパーティでの事よ」

「何で言い直すん? しかもお嬢様の赤裸々な部分をことさら強調しつつさぁ」

「そこでなんやかんやあって、この小鼠が妹様に接触したのよ」

 駄目だこのもやし、全く役に立たねえ。プリンに夢中で脳味噌が手薄になっているようだ。咲夜のプリンは脳をとろかすからな。

 って言うかこいつ、メシ食うついでに雑談してるだけじゃねーか。

「調度品に見入っていたんだ、素晴らしいものが多くて……」とは、芸術を解する聡明なナズーリン氏の言である。「そうしたら、知らぬ間に地下に迷い込んでしまって。そこで閉じこめられていたフランに会ったんだ」

 閉じ込められてた?

「そんでカクカクシカジカあってさっきの妹様になった訳ね」

「黙ってろもやし、なんも情報増えてねーぞ」

 二個目のプリンをパクつきながら、もやしが適当言ってやがる。……あれ? そのプリン、ひょっとして私の? なんで人の喰ってんのこいつ?

「その時、フランは丁度お絵かきをしていて。私はその評価をせがまれたんだ」

 ぶらんぶらんと左右に揺れながら、ナズーリン氏がもうしわけなさそうに言う。

 ああ……それでか。小鼠が命惜しさにゴマすったら、フランが勘違いしちゃったのかぁ。フランは思い込みが激しいからなぁ。ちょっと前まで本気で自分を魔法少女だと思い込んでいたくらいなんだ。

「それで、私は彼女の幽閉を……」

「いや、もういい。大体分かった。咲夜喜べ、今夜は鼠鍋だぞ」

「あらいやだ、お鍋の準備がありません。代わりにオムレツ用のチーズが余っておりますから、小鼠のチーズフォンデュなどいかがでしょう?」

「我が人生に一片の悔いなし」

 ほう、この鼠、迷いなき瞳をしておる……。

「しかし、妹様の絵ねぇ……」

「はい……」

 私のプリンを食い終わったパチッチェと咲夜が、揃って微妙な顔をしている。

「なんで? フランの絵、結構イイじゃん。身内の欲目かもだけど、中々のもんよ? お嬢様は結構好きだけどなぁ」

 私がそう言うと、二人とも聖母マリアが如き深い慈愛を湛えた瞳をこちらに向けて来やがった。やめろやめろやめろ、そういう目は吸血鬼にとって害毒なんだぞ。

 灰になりかけている私を無視して、パッちゃんが勢い良く席を立った。

「何とかしなくては」立ち上がった瞬間に膝でもぶつけたのか、身悶えながら。「フランの痴態が世に知られれば、幻想郷の綺羅星たるこの紅魔館の権威は地に堕ちてしまうわ。そんな事になれば幻想郷のパワーバランスが崩れ、秩序は早晩にも崩壊し無法地帯になってしまう!」

 権威とか秩序云々より、フランの痴態ってパワーワードすぎだよぉ。

「こいつぁ幻想郷始まって以来のピンチだわよ!」

「安いピンチだなぁ……」

 この小鼠、言いよるわ。

 まあしかし、このままではおちおち昼寝もしてられないのも事実である。何と言っても、その昼寝場所すら油彩まみれになろうとしているのだから。

「でも、どうなさいます?」咲夜が溜息を吐いている。「相手はあの妹様ですよ。勘違いと早とちり、思い込みと行動力に関してはお嬢様以上の」

「嬉しいね、スカーレット家へのその篤い信頼感」

 メイドと居候にここまで言われる家主ってのもすげぇや、ハハッ。

 パチュリーが胸を叩いて(その勢いでちょっと咳き込んで)声を張り上げた。

「よぉし。エマージェンシーシークェンス発動! これよりミッションを開始する。総員、持ち場につけぇい!」

 その指先が天を穿つ。それにしてもこの魔女、ノリノリである。

 あーはいはい、お嬢様、分かっちゃった。

 今日はフランで暇つぶしする気なのね、パッチェさんは。

 

 

 

 ミッション①「井の中のフラン、大海を知る」

 我が紅魔館の庭には、太陽の畑に住む極悪妖怪から買った色取り取りの花々が、季節を無視して咲き乱れている。私ゃ紅魔館なんだから紅一色にしろといつも言ってるんだが、庭担当の何処ぞの馬鹿が言う事を聞かなくていつも困っているんだ。妖怪はイメージが大事なのに、これじゃ台無しだよ。……しかしまぁ、美しいは美しいが。

 そんな美しさも、フランのお陰で今や見る影も無い。

 辺りは油彩絵の具でべちゃべちゃで、その光景は見るも無残の一言である。あの独特の油臭さが私の鼻をツンツン突き刺して吐き気がしてきやがったぞ……さっきのオムレツ出ちゃいそう。咲夜なんか額に手をやって溜息を吐いている、そりゃそうだ、こりゃあ落とすの大変だよ……。まあ、花達に絵の具をぶっかけられなかった事だけが救いである。

 未だ縄でグルグル巻き状態の小鼠を含め、四人で物陰に身を隠しつつ辺りを伺う。

 すると、日傘を差したフランが花壇を眺めているのを見つけた。時々手カメラを作って、ふーむ、ほうほう、なんてそれっぽい独り言を言っている。草葉の陰から見守りながら、私は身悶えてしまった。我が妹ながらこれは痛い。確かに早急な対応が必要かもしれん。

 鉄砲玉はもちろんもやしだ、言い出しっぺだし。もやし野郎は私とフランをぶつけて自分は高みの見物しようとしていたのだろうが、そうは問屋が卸さない。今日は貴様がコメディリリーフになるのだ。これは私のプリンを食った罰、プリンの恨みは深い。絶対に許さない、絶対にだ。

 ミッション開始とか何とか言ってはしゃいでいた紫もやしだが、私がマジギレ一歩手前だと悟ると、速やかに敬礼してフランの方へ歩いて行った。パチュリーさんのそういうとこ、結構好きだよ。

「妹様」

「ホッホッホ。何だね、パッチェ君」

 フラン、何だかさっきとキャラが変わっているぞ。白ヒゲメガネにレベルアップしてるよぉ。

「アトリエを開く事になったんですってね」

「ホッホッホ、流石パチェッチ君じゃ。耳が早いのう」

「お祝いの品を持って来ましたわ。はい、どうぞ」

 パチェがフランに渡したのは、外界の美術名鑑だ。

 なるほど。真の芸術家達の作品を見て、己を省みよと言いたいらしい。

「見て、妹様。この婦人の不思議な笑みとか、こっちの十三人の男が食事してる風景とか、素敵でしょう?」

「ふむふむ、ほうほう、ふーむ、ほう」

 だが甘いな、パッチェさんは。もやしのくせに甘々だよ。そんなんでフランが思い直すんだったら、こちとら495年も苦労してねーっての。

 フランは名鑑を見やって一言、

「まあまあね」

 バッサリである。さすがフランさん、私らにゃ出来ない事をやってのける。そこに痺れて憧れちゃう。

 知らないってすごい強いんだなぁ。紫もやしがぐぅの音も出せずに立ち尽くしちゃってるよ。

 まあね。フランは引きこもりだからね。知らないのもしょうがないね。あの日からフランの時計は止まったままなんだ。

「ところでパチュリン君。そろそろ返して欲しんだけどな、私のお小遣い」

「う」

「私も通販で買いたいものがあるのだよ」

「ももも、もう少し待ってください!」

 流石は我が親友、パチュリー・ノーレッジ。見事な直角90℃のお辞儀を決めている。

 ……なるほど。あいつが何でフランの事を時々「妹様」なんて呼ぶのか不思議だったけど、そっかー、金借りてたのか。あのフランから借りようなんて剛気を起こすのは、宇宙広しと言えどこのもやしだけだろう。引きこもりから金を借りるなんて情けない真似するのも。

「まあまあまあまあ、本日は妹様のアトリエ開設記念の善き日でありますし? そう言う世俗に塗れたあれやこれやそィやーなお話はまたの機会にしましょう!」

「うーん、そうかな?」

「それより私、妹様が絵ェ描くとこ見たいなー! 稀代の巨匠の作業風景をわたしの心のアルバムに収めて鍵かけてふん縛ってそのまま粗大ゴミの日に出したいなー! わたし魔女なんで、好奇心旺盛なんでー!」

 風の様にベラベラまくし立てながら、冷や汗だらだら流して、マジで火が吹き出る程の高速ごますりをキメている。流石は七曜の魔女の二つ名を持つだけはある、三つの属性魔法を同時に使いこなすとはな。

 機嫌を良くしたフランはその場で脚立……じゃない、何だっけあれ、絵を描くとき使う台。とにかくそのアレを組み立てると、スケッチを始めた。

 無事話題を逸らす事に成功した紫もやしは、一目散にこちらへ逃げ帰って来た。

「何も言わないで。分かってる、分かってるから……」

 私と咲夜と小鼠氏の痛い視線を浴びて、もやしがちょっと泣いていた。

 何やってんだ、こいつは。

 

 

 

 ミッション②「なんとかしろ、小鼠」

「やあ、フラン」

「あっナズーリン……ってなんでグルグル巻きになってるの?」

「いや、まあ、色々あって……」

 此方の方をチラチラ伺いながら小鼠が口篭っている。

 作戦参謀のパチュリー・ノーレッジ氏は、氏には珍しくメンタルにクリティカルヒットを喰らいダウン中。参謀を失ったレミリア総司令は戦況を多角的かつ総合的に分析し根本原因を断定、その根本原因たるナズーリン氏の召喚及び作戦投入によって事態の収拾を試みたのである。決して打つ手に窮して無茶振りした訳ではない、これが最善の策であると多角的かつ総合的に判断した結果である。決して脳筋などではない、お嬢様だって一生懸命考えたんだよ、多角的かつ総合的に!

「見て見て、ナズーリン。私も今日から芸術家だから、こんなの付けちゃった」

 スケッチする手を止めて、ベレー帽と白ヒゲを誇らしげに撫ぜるフラン。……なんか小鼠とフラン、嫌に親しげだなァ、おい。

 しかし、小鼠氏は首を振る。

「いや、フラン。何も形から入る必要は無い。君が少女だったからといって、その作品の価値が変わる事などあり得ない。背伸びする事はないさ」

「そうなの?」

「ああ。例えどんな大悪党が描こうと、情景が罪で滲む事は無い。風景画は風景画に過ぎないのだから。同じように、どんな聖人が描こうとも駄作は駄作。それが芸術というものさ。作品の価値がその人の評価に寄る事はない、あってはならないんだ」

 流石、説法を生業とするだけはある、良いこと言うじゃない。

「ふうん。じゃあこれ要らないか」

 フランはつけヒゲ眼鏡とベレー帽を外した。なんで小鼠の時にゃ素直に言う事聞くんだ? フランは。

「ところでフラン、アトリエの件なんだが」

「うん。良いでしょう? 紅魔館全部が私のアトリエなの」ニコニコ笑って、絵筆『レーヴァテイン』を豪快に振るうフラン……そしてこれまた豪快に飛び散る絵具たち。「やっぱり芸術家たるもの、アトリエの一つや二つ持っておかなきゃと思ってさ」

「やめるんだ」

 うわぁ……。

 ナズーリン氏よ……それは流石に単刀直入過ぎるだろう……。

 だがグッジョブb。

「えー……」

 もちろん速攻でフランの顔が曇った。

「フラン、それは逆効果だ。周囲を顧みぬ道とは、周囲から顧みられぬ道でもある。その道は君の夢を妨げるだけだ。それでは君のお姉さんを、レミリア・スカーレットを動かす事は出来ない」

 やばいよこの小鼠、直線ショットしか持ってない。誰かオプション装備付けたげてよぉ!

「紅魔館をアトリエにするのはやめたほうがいい。それでは君の扱いがますます厳しくなるだけだ。もっと別の……」

「ナズーリンは応援してくれると思っていたのに」

 うーんまずいな、フランの瞳が吸血鬼の色をし始めたぞ。

 ナズーリンも察知したようで、一歩引いた。

「もちろん応援はするが、それだけでは今の君の境遇を変えられないんだ」

「邪魔するの?」

「いや」

「邪魔するんだね」

 フランが拳を握りしめると、手にしていたつけヒゲ眼鏡とベレー帽が派手な音を立てて爆散した。どうやら力を使ったらしい。抑えの効かない子だよ、まったく。

「えーと、その」

 ナズーリンはしどろもどろになってしまった。顔は青ざめ冷や汗を流している。まあ、その姿を笑う気にはなれない。癇癪を起しかけているフランの前で正気を保っているだけ、むしろ立派である。

 そんな小鼠氏は縄の隙間を縫っておもむろに指を持ち上げると、私らが隠れる草陰を指差した。

 その指先は紛うことなくこの私を捉えている。

「……ってあいつが言ってました」

 おぉい!? ナズーリン氏ィ!!?

 びっくりしてむせていると、フランの深紅の瞳がニュルリと動いてこちらを捉えた。

「やっぱり邪魔するのね、お姉様……!」

 フランの妖力は燃え盛る炎。その瞳の中に問答無用の二文字が踊っている。

「なら勝負よ、お姉様!」

 ああ、やっぱり今回も説得は駄目だったよ、フランは話を聞かないからな。

「……クックック。フラン、貴女如きが紅魔館を我がモノにしようだなんて、1000年早いわ。紅魔館の主を名乗りたければ、この私を倒してからにしなさい。もっとも。貴女に出来るものなら、だけれど」

 気がついたら、草葉の陰から飛び出して、私はそう口にしていた。

 断っておくがこのレミリア・スカーレット、決して乗せられやすいとか、そういうのではないぞ。

 だってしょうがないじゃん、そういう空気なんだもの。

 

 

 

 ミッション③「魔王レミリアいざ推参」

「クックック……。まだまだ甘いわね、フラン」

「くっ……だけどお姉様、今日という今日は引かないわ! 私は必ずお姉様を倒して、自分だけのアトリエを手に入れてみせる!」

「意気込みだけは一人前ねェ……しかし手の方がお留守みたいだわ。その体たらくで芸術家を名乗るだなんて、笑ったものか哀れんだものか、こいつは迷う、迷うわねッ!」

「あっ、ちょっとナズーリン、動かないでよ!」

 例によってグルグル巻きの状態で芝生の上に転がされた小鼠氏が、ものっそいジト目でこっちを見てくる。

「……君達は一体、何をしてるんだい」

 小鼠氏の疑問は華麗に黙殺された。

 だって私も、自分が何やってんだかわかんねーし。

 ムカつくほどに晴れた青空の下、日傘片手にどうして粘土をこねなきゃならんのか。

 まあ、全部あいつらのせいなんだが。

「はい。ということで、第一回よい子のスカーレットねんど祭りが始まったわけですが、解説のパチュリー氏。いかがでしょうか」

「レミリア氏の力強いステップに対抗して、妹様の素早い腕の振り。各選手共に非常にいい動きをしていますね。今日に向けて調整はバッチリと言ったところでしょう」

「なるほど。作品作りに一切関係無い動きをしているようにも見えますが、とにかく各選手、意気込みは十分ということですね」

「これはいい勝負が期待出来そうですよ、咲夜さん」

 解説席とか書かれたテーブルに陣取って、咲夜と紫もやしが適当な事をくっちゃべっている。

 楽しそうね、君たち……。

「特にレミリア選手の意気込みは半端無いらしいですね、パチュリーさん。お題になっているナズーリン氏ですが、珍しくレミリア選手を怖がってくれるらしくて、氏に格好いいところを見せようと控室で息巻いていたとの情報が入っております」

「最近、自分の里でのアダ名が吸血鬼(笑)になってると嘆いていましたからね。今回の試合で地に落ちきって既にマントル付近にまで到達しつつある氏の名誉を挽回したいのでしょう」

「外野うるさい」

 粘土をちぎって投げつけると、もやしも咲夜もさっと避けてしまった。なんて憎たらしい奴等だ。

 とにかく。

 粘土での対決とはいえ、勝負になったからには本気でかかるのがスカーレット流である。

「フラン、妹だからって手加減はしないわよ。姉の威厳ってやつを見せつけてやるわーッ!」

 身体を弓反りにそらして大きく振りかぶり、力を溜めた拳を机の上の粘土にぶつける!

 ドゴォンとすさまじい音がして、机もろとも粘土が吹っ飛んだ!

「おぉっと、ここで出ましたぁ、レミリア選手の十八番、レミリアストレッチだーッ!」

「作品作りに全く関係ないところが氏の真骨頂ですね」

 私のパフォーマンスに、解説席がどっと沸いた。

「こっちだって! 禁忌『レーヴァテイン』!」

 手にした巨大な絵筆でフランが机を薙ぎ払う!

 シュパァンと心地よい音がして、粘土もろとも机が跡形も無く灰になった!

「今度はフラン選手の必殺技だぁ! これを受けて無事だった粘土はいません!」

「一握の灰を残すところに氏の慈悲深さを垣間見る事が出来ますね。これは借金返済も待ってくれそうです」

「フラン選手からの追加情報によると、それは待てないそうです」

「ガッデム!」

 もやしのメンタルにまたもやクリティカルヒットである。

「なかなかやるじゃないの、フラン」

「お姉様こそ」

「……じゃあ普通に作るか」

「そうね」

 人の上に立つ者として、求められれば応えねばならぬ。悲しきエンターテイナーのサガよ。

 だってしょうがないじゃん、そういう空気なんだもの。

 咲夜に机と粘土を元に戻してもらって、私達は地味な粘土こね作業を小一時間ほど行った。

 咲夜は早々に仕事に戻り、残ったもやしも飽きて寝落ちした頃、

「出来たぞ!」

「出来たわ!」

 私たちは同時に声を張り上げた。その声に驚いて、もやしが椅子からずり落ち机に頭をぶつけていた。

「左様でございますか。では審査に移りましょう」

 流石、耳ざとい咲夜がすぐに姿を見せて言う。パチェなんてまだ寝ぼけて目ェ擦ってるってのに。

「ではパチュリー様、お願いいたします」

「おっまかせ〜」

 ってこいつが審査員かよ! まあそんな気はしてたけどね!

「ではまず妹様のほうから」

 フランの机に近寄ったパチェは、虫眼鏡を覗きながら、ふむふむと声を上げた。

「うん、いいわね。尖った耳につぶらな瞳、そしてこの愛らしい頬袋、素敵だわ。なによりこの稲妻を象った尻尾が可愛い中にもスマートなかっこよさを……って」紫もやしのちゃぶ台返し!「これピ○チュウやんけ! はいアウトー! はい却下ー!」

「ああん、何するのパッチェ! ひっどーい!」

「お題はそこの小鼠っつったでしょ! ぜんぜん似てねーじゃん、人型ですらねーじゃん! 確かにネズミだけども!」

 フランの抗議もなんのその、紫もやしがヒステリーを起こして叫んでいる。

「だってナズーリン、難しかったんだもの」

 フランは口を尖らせているが、自分の力不足を感じているのか、俯いていた。

「まあまあフラン。私はフランのセンス、好きよ。よく頑張ったじゃない」

「すっげェ上から目線」

「さあパチェ、次は私の番ね」

「えー。この流れ、嫌な予感しかしないんだけど」

「安心なさい、私のはちゃんと人型よ」

 しぶしぶ私の机に近寄ったパチェは、右目にモノクルを掛け、ほーうと声を上げた。

「あら、いいじゃない。身につけたズボンで男の子らしい躍動感を生み出しつつ、大きな手袋と靴が柔らかで優しい印象を与えているわ。そしてこの丸い耳と上向きに尖った鼻、何より特徴的なこの表情。今にも楽しげな笑い声が漏れ聞こえてきそうね。ハハッ……って」紫もやしの拳が一閃!「予想通りすぎィーッ!」

 私の粘土を真上からぶっ潰してしまった!

「やっばーい! やばい、これはダメ、ゼッタイ!」

 それだけでは飽き足らず、パチェは粘土の残骸に向かって無駄無駄ラッシュを繰り出している。ボコボコにされた粘土片はそのまま焼却炉まで吹き飛んでボッシュートされた。燃えるゴミは月・水・金。

「あー! 私のミ○キー!」

「お題はナズーリンだっつってんだろ! 確信犯じゃねーか!」

「だってしょうがないじゃん、そういう空気なんだもの!」

 吸血鬼だって空気にゃ勝てねえ。

「まったく、ガタガタうるせーもやしだなぁ。ネズミなんてどれも同じようなもんだろうが」

「あんた馬鹿でしょ、どんなセンスしてんのよ!」

「なんだともやし、もういっぺん言ってみろ!」

「何度だって言ってやるわよこの500歳児! 前々から思ってたけど、あんたら姉妹、壊滅的に造形センスが無いのよ! 見てるこっちが恥ずかしいわ!」

「んだとォ? 年中寝間着で平気の平左なテメーだけにゃ言われたくねぇよ! オメーだって美的センス皆無じゃねーか!」

「私はちゃんとセンスありますぅー。あんたと一緒にしないでくれますぅー?」

「どうだか? 言うだけならタダだしなあ?」

「ハン、証明してやるわよ! 今、ここで!」

 紫もやしが両の腕をすり合わせ印を組むと、庭の土が爆発した。

 飛散した岩と土くれ共が魔法力に導かれて集い、みるみるうちに巨大な人型を成してゆく。

 魔女の十八番、魔法人形のゴーレムである。

 鈍色をした木偶人形の足をペチペチ叩き、もやしがムカつくドヤ顔で私を見下して来やがった。

「ハッ、どーよ。あんたにゃ逆立ちしたって作れないでしょ」

「なんだこの岩人形、チ○コでかそーな顔しやがって。欲求不満か、この喪女!」

「ななな、そそそそんなわけないでしょ!」

「うわ図星ですかパチュリーさん、引くわーマジ引くわー。流石のお嬢様もそれは引くわー」

「このガキ、ぶっ殺す!」

「やってみろ、もやし!」

 パチェがスペルカードを取り出したので、私も対抗してカードを出した。淑女たるもの、いついかなる時もスペルカードの携帯を忘れることは無い。幻想郷での基本だね。

 お互いのカードが三枚目を数え、虚弱もやしが疲労で泡を吹き始めた頃である。

 私がしゃがみガードで待ちガイル戦法をとっていた時、その肩を叩く者があった。

「なんだよぉ〜、いくら私がカリスマしてるからって、もぉお嬢様忙しいんだけどぉ?」

 叩いて来たのは、正直存在を忘れかけていた小鼠氏だった。

 いつの間にやら拘束から脱出して、私の背後に立っている。

「あれを見てくれないか」

 小鼠氏の人差し指が向かう先は、先程紫もやしが作り出したゴーレムだ。

「……なんだあれ?」

 確かにゴーレムのはずなのだけれど、先程とは印象がまるで違った。

 色が塗られていたからだ。

 鈍色が剥き出しだったその素肌はアイボリーに塗りつぶされ、その上に空色と桃色とが複雑な模様を為している。紡ぎ出されるのは、花々を象ったモザイク画だ。岩の素肌をそのままモザイク模様に当てはめたその様は、歪にして豪快であるのだが、それがまた不思議な調和を生み出している。

「……これ、フランが?」

 ああ、と頷くナズーリン氏は、熱っぽく語った。

「素晴らしい。この色彩、まるでジュジョールの再来だ」

 なんだかよく分からないが、どうやらナズーリン氏は命惜しさにおべっかを使った訳ではなく、本当にフランの才能を見込んでくれていたようだ。

「はー。こりゃなんとも」口の端から泡を吹きながらもやしが言う。「……でも、素敵じゃないの」

 生まれ変わった魔法人形を前に、先程のいがみ合いも忘れて。

「まさか妹様がこのような才能をお持ちでらしたとは……」

 咲夜も驚いているようだ。

 ゴーレムから少し離れたところで、フランは手写真を作り自らの作品を観察していた。その表情は真剣で、姉の私とてあまり見たことが無い程の集中振りである。

 思い出す。紅魔館の地下室でクレヨン画に夢中になっていた、もっと小さかった頃のフランを。服も肌も御髪もクレヨンだらけにして、それでも構わず一心不乱に絵を描き続けていた。

 今、全身を絵の具塗れにしながら、夢中で作品作りに没頭するその姿。あの頃よりも体はずいぶん大きくなったが、その情熱は何も変わらない。

 そうか、フラン。

 ようやく貴女のやりたい事、見つけられたのね。

「駄目ね」納得行かないのか、フランが首を振っている。「素材が足りなくてイメージ通りにできないわ。もっとこう……ああもう、言葉も何もかも、もどかしいわ!」

「君の知らない画材、君の知らない技法。世の中には山程もある」ナズーリンが言う。「創作とは才能だけで成るものじゃない。今の君には知識も技術も欠けている」

 相変わらずの直線ショットだが、今はその物言いこそがフランの糧になるのだろう。唇を噛みしめるフランの、それでも瞳の内に楽しげに揺れる光がある。

「これから学んで行かなければな。幸い、君は時間に恵まれている」

「私に出来るかしら」

「やるんだろう?」

「……うん」

 こくりと頷くフラン。

 本来、この子は素直な子だ。

「だから、レミリア・スカーレット」

 ナズーリンは私へと向き直りその居住まいを正すと、まるで死地に赴く武士のような面持ちで口を開いた。

「……フランの。フランの幽閉を、解いてやってくれないか。この子をあの地下室から解放してやってくれ。この才、地下に埋れさすのは余りにも惜しい。この通りだ、頼む」

 そうして、深々と頭を下げるのである。

「おっけー」

 快諾すると、ナズーリンは鳩が豆鉄砲食らったような顔をした、鼠の癖に。

「ず、随分簡単だな」

「そう? 別に私は何でも構わないけれど。フランが引きこもろうが外に出ようが、たった一人の妹である事には変わりないんだし」

「……君がフランを閉じ込めていたんじゃないのか?」

「私が? 何で?」

「強すぎるフランの力の暴走を危惧して、地下室に封印していたんじゃないのか?」

「暴走したら止めりゃいいだけじゃん。そんなんで閉じ込めたりしないでしょ、普通」

 まったく、小鼠氏は妙な事を宣う。

「……そうか」

 ナズーリンは笑っているんだか怖がっているんだか、よく分からない不思議な顔をしている。

「あれ。もしかして、里ではそんな噂になってた?」

「ああ。レミリア・スカーレットが気の触れた妹を地下室に幽閉している、そう聞いていた」

「ホントはフランが勝手に引きこもってただけなんだけれど。ああでも、そっちの噂の方が悪の帝王っぽくて好きかも。やっぱりフランにはもうちょっと引きこもっててもらおうかしら?」

「いや」

 ナズーリンは首を振る。

「よく分かった。君の恐ろしさは、馬鹿げた噂などの比ではない。レミリア・スカーレットは真の魔王だ」

「世辞はやめろ、小鼠」

 チーズ奢ってやりたくなっちゃうだろ。

 

 

 

 結局、ねんど作りでは勝負がつかず、厳正なるあみだくじの結果、第一回よい子のスカーレットねんど祭りの優勝者はこの私、レミリア・スカーレットと相成った。

 惜敗となったフランは、紅魔館をアトリエにする事が出来ず悔しがっていたが、「自分でアトリエを建てれば」と言うナズーリン氏の天啓にも似た一言に奮起し、今は図面と格闘中。氏の出資の元、花咲き乱れる我が庭園の一角に「アトリエフラン予定地」の看板が立てられ、里の新聞には広告が打たれた。現在、絶賛出資者募集中である。ご希望の方は紅魔館フリーダイヤルまでどうぞ。

 パチェが作り、フランが彩ったゴーレムは、我が紅魔館の新しき観光スポットとして、庭園の花に囲まれながら今も佇んでいる。なかなか好評らしく、休日には里から物好きな奴らが押し寄せてくる程だ。……でもなー、わたしゃあの造形嫌いなんだよな、だってチ○コでかそうな顔してんだもん。

 群がる物好き供の前に、日傘片手にフランが立って、自分の作品の解説をしているのが見える。しかも手製のビラを配って、出資者を募ったりして。

 あの引きこもっていたフランが。

 すぐに癇癪を起こす、わがままなあのフランが。

 私はそれをテラスから眺めて、お気に入りの紅茶を口に含んだ。少しだけ苦くて、たくさん甘い。

 止まっているように見えて、着実に時は刻まれていたんだ。

「お寂しいですか?」

 聡い咲夜が問うてくる。

「寂しいね」

「あら。てっきり強がるのかと思いましたわ」

「だって、妬いちゃうじゃない。時計の針を動かしたのが、私じゃなくてあの小鼠だなんて」

 彼女がフランを認め、その背中を押してくれたから、フランはあの部屋を飛び出すことが出来たのかもしれない。それは家族である私達には出来ない事。そう分かってはいても。

「お嬢様って、本当に嬉しい時にはとても素直になられますのね」

 咲夜の野郎がおすまし顔で言いやがる。

「嫌いだよ、主に格好付けさせてくれない従者は」

「私はお嬢様が格好悪くなってもお仕えいたしますとも」

「主より格好良い従者も、嫌いさ」

 まったく、頭に来るほど完全で瀟洒なメイドである。

「咲夜、あの小鼠に最高級チーズでも送り付けておいて。大事なフランの出資者第一号だからね」

「小躍りして喜んでおられましたわ」

 ……あいつ本当に仏教徒なのかな。

「それにしても、フランが芸術家ねえ」

 どうなる事やら。面倒事が増えそうで、館の主としては頭が痛いところである。姉としては、まあ、その、オッケィであるが。

 フランが踏み出した一歩が大きいのか、小さいのか、またすぐに後戻りしてしまうのか、それは分からないけれど。

 美味い紅茶と、フランの嬉しそうに微笑む顔があれば、吸血鬼だって今日、この日を祝福したくなる。

 今はただ、爽やかな秋のそよ風に乗って届くほのかな油彩の香りに包まれて、これから起こるだろう愉快でやかましい運命に思いを馳せていた。

「レミィ!」

 ……まあね。

 それで終わらないのが、我が紅魔館なんですけどね。

「……なんだよ、パチェ」

 振り返れば、そこにはやっぱり紫もやし。ぜはぁぜはぁと肩で大きく息をして、涙と鼻汁とヨダレとをそれぞれ自由にさせている。

「お金貸してェ!」

 何いってんのこいつ。

「お願いよぉ、フランがアトリエ始めてなにかと入用だから、早く返済しろってせっついて来るのよぉ!」

 私のドレスにすがりついて、わんわん泣いてくるのである。

「お前何なん? お嬢様、今締めようとしてたでしょ? 何でそういうアレを蒸し返してくるん?」

 やめろ、私のドレスに鼻汁を付けるんじゃない。ちょ、それやめてくださいホントマジ。

「お願いレミィ、今月どうしても欲しい本があるの!」

「この上さらに買おうとしてるの? 馬鹿なの? 死ぬの?」

「新しい本棚も予約しちゃってて、もうキャンセル出来ないのよぉ!」

「知るか!」

 今からでも遅くない、図書館をフランのアトリエにして、本という本を油彩まみれにしてやろうか。

 




 「Coolier - 新生・東方創想話」様からの転載です。
 そそわはこちら→http://coolier.dip.jp/sosowa/ssw_l/217/1507048029
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