あの日、あの時、あの人の短編集   作:鈴木シマエナガ

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思いつきです。


あの彼と、彼女の恋愛小説

彼女は、はっきり言うと、目立たない人だった。いつも、人の影に隠れ、クラスの中心から外れ、図書館へ赴き、事ある事に本を読み、体育はだいたい見学で、弁当は屋上で食べ、部活に入らず一人で帰る。基本一人で寂しく行動しているのに、何故か、彼女は満足そうに見えたものだ。

 

その内、僕は彼女を目で追うようになった。

 

 

そして、昼食。僕は屋上へ行く事にした。普段は友達と食べるのだが、今日は特別に。この前の帰り道、彼女がコンビニであるパンを買っているところを見た。僕には、彼女の顔がいつもより緩んでいると感じた。彼女を見ない人には決して分からないであろう些細な違和感だが、僕にははっきりと分かった。あぁ、楽しみにしてるな、って。

 

だから、僕も買ってみる事にした。そのパンは中にカスタードクリームとホイップクリーム、そして、表面にはミルクチョコレートを使った、もう甘さのために存在しているパンでそりゃもう甘さで口がやられてしまった。ブラックコーヒーと合わせて食べないと、耐えられない甘さだった。

 

そして、今日。僕はそのパンとブラックの缶コーヒーを持ち屋上へ向かっている。彼女は、今日も屋上で一人、昼食をとっている。

 

屋上のドアを開けると、透き通るような蒼さと、漂う雲が目に入る。そして、春の陽光に相応しい暖かな光。なるほど、弁当を食べるにはベストコンディションだ。僕は、あたりに目を配らせる。そして、上を見上げると...

 

綺麗な太もも、真っ白な靴下、そして、濃紺のスカートの中に潜む、水色と白のストライプ。って、はぁ!?!?

 

「うわわっ...!!」

 

「...?」

 

ま、まじか...まさか上にいるとは...!! ん、んん。僕が来た事には気づいていないみたいだな。一先ず安心。

 

「えーっと...」

 

「...! 君は...クラスの...」

 

どうやら、気づいたみたいだ。椅子に座った状態、と言った方がいいのかな? とにかく、ぷらぷらしていた脚を引っ込め、顔だけを覗かせる。

 

「うん。こんにちは、青山さん」

 

「...こんにちは、鈴木君」

 

僕は、梯子を登り青山さんと同じ場所に来る。そこは眺めが良く、僕が住んでる街を一望できた。大きな高層ビルも小さな一軒家も。何もかもが、小さく見えた。

 

「...急に、どうしたの?」

 

「え? あ、いや。たまには、屋上で食べるのも悪くないかなって。高校生っぽいでしょ?」

 

「...まぁ、ありがちだけど...」

 

「僕は、一人で過ごす青春をした事が無いんだ。何をするにも、傍には友達がいる。それって、素晴らしい事なんだろうけど...」

 

「...けど?」

 

「うーん...何て言うのかな...何か、それは違うと思うんだ。上手く、言葉にできないけど...」

 

「...誰かと一緒にいるのは、良い事だと思う。でも、私の周りは...偽物ばかりだから...」

 

「...偽物、か。うん、その言葉が一番正しいかもね。本物が、どんなものかは知らないけど」

 

「...知らないから、偽物に感じるんだと思う」

 

なるほど、一理あるな。人というのは、情報の無い物を本物だと思わない。逆に言えば、些細な情報でもあれば、瞬く間にそれを本物だと思い込む。未確認生物とか浮遊物体とかがその良い例だろう。この目で見れないものを偽物だと決めつけ、逆に自分で見てしまえばそれを本物だと信じる。人は、知らないのが恐いのだ。それがどんなものなのかが分からないから、だから、知らないものに手を伸ばせない。

 

「青山さんとこんなに話したのは初めてだな」

 

「...そうだね...私も、人とこんなに話したのは初めてかもしれない...」

 

「...あのさ。また、ここに来ていい?」

 

「...それは、鈴木君の自由だよ」

 

そう言って、青山さんはクスッと笑う。その、柔らかい笑みが、優しい声音が、僕の心臓を跳ねさせた。

 

 

 

 

***

 

 

「おい鈴木? お前また屋上行くのかよ?」

 

「あぁ、悪いな」

 

僕は、3日に1日程度、屋上で昼食をとるようになった。友達はあまり詮索してこないから助かった。今日は、どんな話ができるだろうか...

 

知らず知らずの内に、僕は彼女との会話を楽しみにしているようだ。

 

 

「こんにちは、青山さん」

 

「こんにちは、鈴木君」

 

僕らが最初に交わすのは、決まってこの挨拶。最初にここで話した時からの恒例になっているようだ。

今日の青山さんは、アップルティーを片手に本を読んでいた。

 

「よっと...青山さん、何読んでるの?」

 

「え? これですか? これはですね...」

 

青山さんは、その本の事を丁寧に教えてくれた。それは、ある少年が、ある少女のために、何度も何度も過去に戻り、少女を幸せにする、というものだった。

 

「いくら策を労しようと、未来を変える事のできない苦労と葛藤の描写が、綺麗に書かれていますね」

 

「なるほどー。そういう観点で見る事もありなのかー...」

 

僕は彼女のお陰で、すっかり読書にはまってしまっていた。彼女曰く、本とは作者が作り出す世界。でも、作者の世界に入らず、いかに自分の世界で作者の世界を理解する事ができるか、それが、読書に大切な事らしい。

 

「...あの、青山さん」

 

僕は、一回深呼吸をし、息を整える。大丈夫、大丈夫だ。

 

「はい?」

 

「...あの、僕今度本を買いにいこうと思うんだけど、その、一緒に選んでくれないかな?」

 

「...え?」

 

それは、高校生のデートでは、あまりに地味過ぎる本屋デートの申し込みだった。

 

 

***

 

 

私は、今、非常に混乱している。たかが本を一緒に選ぶだけなのに、私の心臓は早鐘のように鼓動を刻み、顔はどんどん熱くなってくる。す、鈴木君が...私を誘ってくれた...?

 

私は、最初彼とこの場で出会った時、あぁ、私の空間が邪魔されると思ってしまった。だから、話を早く終わらせて、早く帰ってもらおうと思った。だけど、そんな事を思っていた自分を、今は殴り飛ばしたい。彼は、私の話を、私の本を嫌な顔一つせず受け入れてくれた。それどころか、笑顔で応対してくれた。

 

色の無かった私の世界に、一色じゃ足りない。七色の鮮やかな色で染められていった。

 

だから、私は...彼に惹かれていたのだ。ここで、共に過ごすようになってから。

 

クラスでうまく話せないのがもどかしい。そして、彼に簡単に話しかける女子を見るたび、私はみっともない嫉妬をする。何故、あなた達がそこにいるの? そこは、その人は、私のものなのに。...いつ、鈴木君が私のものになったのだ。理性では、そう分かっているのに、私の本能は、彼女達を赦そうとはしない。私は、自分がここまで嫉妬深いとは思いもしなかった。だから、今日、鈴木君が私を誘ってくれたのが、嬉しくて、嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて。心の中では自分が小躍りしていたぐらいだ。

 

翌日、その時がやってくる。

 

 

「...こここ、こんにちは、鈴木君...」

 

「う、うん。こんにちは、青山さん」

 

青山さんは、どうやら緊張しているようだ。もともと、素材が良く、日本美人な青山さんは、今日も律儀に制服だ。内の学校、制服原則だけど、守らなくたっていいのに...僕思い切り私服だし。結構頑張っちゃったし...なんか恥ずかしいな...

 

「鈴木君? 内の学校は、休日も制服が原則ですよ?」

 

「うぅ...すみません...」

 

「...ま、守らなくてもいいらしいですが、分かればよろしい」

 

青山さんは、満足げな笑顔を見せる。その笑顔を見た時、安心した反面、心臓は思い切り跳ねていた。

 

「じゃ、じゃあ行こうか」

 

「はい、そうですね」

 

僕らは、駅前の本屋に向かって歩き出した。

 

 

***

 

失敗でした...こんな事なら多少似合わなくても私服を着てくるべきでした...。あぁ、律儀にこなしていた自分の馬鹿...。でも、鈴木君は凄くかっこいい。着こなしている、という表現が一番だろう。白いTシャツに、水色の半袖パーカーを上に羽織り、黒いジーンズで決めている。今日は私に見せるために頑張ったのかな?なんて都合の良い妄想をしながら、私は彼についていく。そうだったらいいなぁ...。

 

 

 

 

「これとか、どうかな?」

 

「...へぇ。結構見る目ありますね」

 

「え? 本当に?」

 

私達は、本屋で本を見繕っていた。彼が哲学物からファンタジー小説まで、幅広い分野を読むため選ぶのは時間がかかる。

 

「うーん...でもこっちも良いなぁ...」

 

「あ。鈴木君鈴木君、これなんてどうですか?」

 

「おぉ。良いねそれ、面白そう」

 

彼は、私が選んだ本全てを手に取り、難しい顔をして悩んでいる。その...全部肯定しなくても...まぁ、それも彼の優しさなのだろう。その事に、少し心がほっこりする。

 

「...よし、決めた! これにするよ」

 

そして、彼が決めたのは、私が薦めた文学小説。ネット小説からのしあがった新進気鋭の若手作家の本だ。この作者の本は、日常と非日常のいりくんだ作風が話題をよんでいる。私も何回か読んだ事がある。

 

「よし...じゃあ、選んでくれたお礼に、どこかでお茶でも飲んでく? 僕奢るからさ」

 

「え!? いやいや。大した事してませんし...」

 

「でもなー...いつもお世話になってるし、今日も本選んでくれたし。それに、感謝の気持ちだよ。ほら、行こう?」

 

「えっ、ちょっ...」

 

私は、彼に手を引かれるがままになってしまう。そして、手を繋いでいるという事実に、顔を真っ赤にしてしまう。

...あぁ、私は幸せだな...。

 

 

***

 

分かっていた。彼は、クラスでもかなり人気のあるほうだ。女子からの人気も高い。そこに、日陰者の私が入ったら、どうなるか。そんな事、分かっていたはずなのに。

 

「ねぇ、青山さんと鈴木君ってさ、付き合ってるの?」

 

「...」

 

「黙ってちゃ分からないでしょー?」

 

「...わ、私と、鈴木君は、そういうんじゃ...」

 

「なんだ、良かったー。だよねー? あの鈴木君が、こんな娘と付き合うわけないよねー?」

 

「あっは!! だよねー!!」

 

...確かに、そうだ。私なんかが、鈴木君と釣り合うわけない。その事実に、私の心を崩れそうになる。私の目尻に涙が溜まる。

 

「あたしさー、今度鈴木君に告ろうかなって思ってるんだよねー」

 

「うっそ、まじで!?」

 

「うん。この前一緒にお茶しよーって言ったらすぐにOKしてくれたしさー。ついでにカラオケとか行っちゃおうかなー?」

 

...そんな...鈴木君...まさか、OKしたりとか、しないよね...? そして、あの優しさが、あの笑顔が私だけに向いているわけではないと、そう思った瞬間、形容できないどす黒い感情が、私の中に生まれる。...こんな、バカみたいな女達に...鈴木君は...渡さない...渡すわけには、いかない...。

 

 

 

 

 

「あれ? 三人とも何してんの?」

 

え...? 今の声、鈴木君...? 何で、こんなところに...?

 

「あーっ鈴木くーん!! 良いところにー!!」

 

「良いところ?」

 

「うん。あのねー、今青山さんに色々聞いてたんだけどさー」

 

...やめて...やめて...私の前で、彼と話さないで...!!!!

 

「やっぱり鈴木君と青山さん付き合うとかあり得ないよねー!!」

 

「...」

 

「そういえばさ、スタバ、ちゃんと来てよね? こんな女なんてほっといてさ」

 

「...ごめん。その日、たった今予定が入っちゃってさ。悪いね」

 

「...え?」

 

「その日はね...」

 

鈴木君は、一度間をおき、そして、言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

「その日は、僕が青山さんに告白する予定だから」

 

突然、とんでもない事を言い出した。え? 何? 私に、告白? うそ、たった今? 何を考えているんだこの人は

 

「は? 青山さんに、告白? ...なんで、青山さんなんかに?」

 

「いや、君と一緒遊ぶのも、楽しいけどさ...君は、それを手段に使っているから」

 

「手段?」

 

「君が、恋や部活をして、放課後誰かと遊んで『青春』を送る。僕は、君が青春を送るために存在しているわけじゃないんだ」

 

そして、彼は私の手をとる。

 

「だから、僕は...君が良いんだ、青山さん。ずっと傍に寄り添ってくれる、君が。恋も青春も関係なく、真実をくれる、君が」

 

「...鈴木、君...」

 

「じゃあ、明後日。場所はあの本屋でね。...待ってるから」

 

そう言って、彼じゃ去っていった。今だに、私の鼓動は尋常じゃないスピードでトクントクンと鳴っている。周りに音が聞こえるんじゃないかというぐらい。

 

「...行こ」

 

「え!? あ、ちょっと待ってよ!!」

 

そして、二人も去っていった。最後に、私だけが、赤い顔でぽーっとしながら、そこに突っ立っていた。

 

 

 

 

 

 

4月27日。彼は、駅前の本屋で、待っている。今日告白されるのが分かっていても、私はいつも通り

 

 

「こんにちは、鈴木君」

 

「こんにちは、青山さん」

 

今日も、この挨拶で、私の世界は彩る。

 

 





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