あの日、あの時、あの人の短編集   作:鈴木シマエナガ

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会話文ばっかり。


魔王幹部のお姉さんが強すぎて敵うわけがない。

「あら、目覚めましたか? おはようございます...ここがどこだか分からない?」

 

暗い暗い部屋の中。

 

「ふふふ...じゃあ今自分の置かれてる状況、分かる? ...分かった? 手錠で繋がれて、目隠しされて、壁に寄り掛かってるんです。...あら、次は何でか分からない?」

 

手首には冷たい感覚。視界は何も見えず、暗々たる暗闇が広がるばかり。

 

「はぁ...あなたは勇者、私は魔王幹部。あなたは、魔王様のお城に攻めこんで来たんですよ? そして、幹部である私に敗れ...お仲間は退散、そしてあなたは一人、私に捕まってしまったわけです」

 

その言葉に耳を傾け、心の中で反芻する。

 

「ふふ、お仲間に捨てられてしまいましたね...あら? そんな事ないと? お仲間を信じていらっしゃるのですね...妬ましい事です。そのお仲間はあなたを置いて逃げたというのに...」

 

違う。否定したいだけ。そんな事、あるはずがないと。

 

「...まぁいいです。あいつらは私がどうとでも出来ますし...問題はあなたですよ、勇者様。あなたは仮にも勇者、そして形としては私に匿われてる状況です。ここが誰かに見られてしまったら、あなたも私もただじゃ済みません。今はどうか、じっとしていて下さい」

 

ある一つの疑問が、心の中に浮かぶ。

 

「...何で匿ったか、ですか...。それはですね...あなたを愛しているからですよ、勇者様」

 

「やっと、長年の願いが叶いました...始まりの街であなたを見かけたその日から、私の心はあなたの色で染められ、今も隅々まであなたの色で彩られているのです。...覚えていませんか、そうですよね。本当にちらっと見かけただけなんですから。でも」

 

何も見えない暗闇、視覚が封じられている中、他の四覚が鋭敏になっている。

だから、唇に触れた柔らかな感覚が、身体中に痺れ渡る。

 

「...たったそれだけで、私の人生は狂わされてしまったのですよ、勇者様。こうして、口づけするのも躊躇わないくらいにです。責任を取れとは言いません。私が勝手に見かけて、勝手に惚れてしまっただけなのですから。私の身勝手、私の我儘です。でも...その身勝手、我儘に付き合ってもらいますよ...色んな意味でね」

 

よく分からない。新たに入った情報が多すぎる。だけど...何故か。魔王幹部のこの女性が、僕に恋をしているという事だけは分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「...えぇ。私はこれから魔法の研究に入るから...はぁ? 資金が出ない? ふざけないで。...分かったわ。私が後で進言しておくから...あなたは悪くないわ。気にしないで。えぇ、ご苦労様」

 

彼女が誰かと話している声が聞こえる。ここに捕まって...何日だろうか。今が何時なのかも分からない。何日経ったのかも分からない。今が朝か、昼か、夜か。何曜日か...あぁ、それはいつも分からなかったか。そして...賢者がいつも教えてくれた。日の出方とか色々で何曜日とか、何月かとか分かるらしい。

 

「...そろそろ気付き始めたかしら...魔王も鈍感ね...」

 

戻ってきた。

 

「お待たせ...何を話していたか、って? ふふ、あなたを私にメロメロにさせる魔法の研究よ。冗談なんか言っていないわ? 本当よ? ...誰も作った事のない物を作るって、とても楽しい物よ」

 

そうなのか。

 

「...目隠しを取ってほしい? ...うーん、それは難しいわね。だって、あなた魔族が嫌いでしょう? 姿を見るなり襲いかかってきては切り刻んで身ぐるみ剥ぐってこっちでは有名なのよ? ...身ぐるみ剥がされちゃうのは、憧れるわね...。え? ...何だ、よく分かってるじゃない」

 

空気が揺れるのを感じる。顎に人差し指が添えられる。

 

「そ。あなたは私に勝てないの。あなたの聖力は、あらゆる魔力を断ち切る力、[断絶]。でも、私の魔力はあらゆる魔力増幅、加速、増量する[無限]の魔力。単体魔力には最強の力だろうけど、私はいくら斬られようとも斬られた所から魔力で蘇生出来るからね。あなたの力は私には届かない」

 

目の前にいるのは、圧倒的絶望。僕がいくら剣を振ろうとも、絶対に彼女には届かない。紙一枚程の薄さの魔力壁でも、僕の剣はそれを割る事が出来ない。...恐らく、彼女

 

「だって私、魔王様より強いからね。単体火力なら劣るけど、攻撃が通らないわけだしね」

 

...圧倒的過ぎる。一国を支配し、数多くの魔族を従え、僕達の国をも支配しようとしている魔王を超える存在が、目の前にいる。絶対的な、愛を持って。

 

「ふふっ。じゃあ始めるわよ、魔法の研究。まずは...そうね、あなたの好きな物を教えて? ...なぁに? 言ったじゃない、誰も作った事のない物だって。しかも、これは精神魔法よ? ただ魔術回路を作って、魔法式を組むだけじゃ無理なのなの。まずはあなたの精神を知らなきゃね」

 

...何なんだ、この人は。

 

「...良い子ね。素直な...あなたが好きよ。うん、大好き。...もう何回も言ってるでしょう? まだ照れてるの? ...可愛いなぁ...」

 

頭が柔らかい手で撫でられる。

 

「...だから、知りたいの。あなたの事。大好きな人の事を、もっと知りたいんだ...あは、教えてくれるんだ。第一段階はクリアだね。...魔王幹部に心を開いた時点で、もうあなたの負けよ。観念してね? ...ふぅん、クリームシチューね。具材は? ...結構平凡ね。私でも作れそ...あら? 賢者が作ってくれたんだ...」

 

...暗闇が、より黒くなった気がする。

 

「...嫉妬しちゃうなぁ。私の前で、他の女の話するんだ...あは、まだ自覚ないんだね、自分が、今、どんな状況にいるのか。何? 自分が聞いたんだろ、だって? ...好きな女の話を聞いた訳じゃないんだよね、私。ねぇ? 私、あなたの事好きなんだ。大好き。愛してるの。だから...もう抑えられなくてね。あなたを、全部私で染めてあげたい...あなたが、私にそうしたように」

 

首が絞められる。呼吸が出来なくなり、弱々しい吐息が喉奥から漏れる。

 

「...あ、ごめん。苦しかった? ごめん、ごめんね...あなたが死んじゃったら元も子もないのにね。私、あなたの事になると止まらなくなっちゃって...もう一度聞くね? あなたの好きな物は、なぁに?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー...あら? 寝てる? そっか、もう時間の感覚も無くなっちゃったもんね...今なら、外してもいいかな。よっと...ふふ、本当に可愛い顔してる。...夢、見たの。あなたと私が...魔族も人間も関係なく、幸せに暮らしてる夢。...やっぱり、私の事嫌い、かな。心開いてくれたって言っても...安心してるって事じゃないし。...何聞いたっけ。好きな食べ物、音楽、本、場所、遊び...色々聞いたな。君の事、いっぱい知れた」

 

「嬉しかったんだ。君、その時は少し安心した顔だったよね。...君の事、もっと知って、もっとお話して、もっと一緒にいれば...君は私の事、好きになってくれるかな? なってくれるといいな。...好きだよ、私は。何でかな、君を一目見た時、運命を感じたんだ。この人だ、って。...まさか、私に立ち向かう勇者だとは、思ってなかったけどね」

 

「...怖いんだ。君が、私を見て、怖がっちゃうのが。私ね、角が生えてるの、頭に。背中にはおっきな翼があってね、とても...怖いと思うよ。...私も、人間に生まれたかったな。そうすれば、姿を隠す事も、こうして、暗い部屋に閉じ込める事もしないのに」

 

「人間とか、魔族とか...そんなの無ければ良いのにな。そういう意味では、君が魔王を倒そうとする事は、良い事なのかもしれないね。まぁ、そっちの王様が共存、なんて事考えるわけないだろうけど」

 

 

 

 

 

...この人は、本当に僕の事が好きなんだな。正直なところ、僕は彼女に心を開いていた。彼女と話している間、僕も彼女の事を知った。魔族が到底考えないような、平和的思考、その聡明さ、何より、人柄の良さ。自身の部下であろう人を労い、失態を許し、鼓舞する。魔族には...あぁ、そうか。僕はもう、分からなくなってしまっているんだ。

 

魔族と人間の違いは何だ? 何故対立するのか。彼女と接してきて、分からなくなった。魔族は人間に対して絶対悪であり、敵であると、そう考えてきた。だけど、魔族にも家族がいて...恋人がいて...僕らと何ら変わりない姿が、僕の前にはある。

 

もしかしたら...魔族と人間は...僕と、彼女は...

 

 

 

 

 

「はい、魔法は完成したね♪」

 

一瞬、息を飲む。気づかれてないと思っていた。まさか、自分の心の中まで知られているとは思っていなかったから。

 

「最初から起きてたのは知っていたし、君が私に心を開いている事も分かってた。だから敢えて、気づかない振りしてたの。君が自分から、開いてくれるのをずっと待ってたのよ。...言ったでしょ? 魔法だって。...嬉しいなぁ。やっと、私を見てくれたね。最初は勿論怖かったよ? だけど、日に日に、君が私に心を開いてくれるのが...嬉しくて、楽しくて...日に日に、もっと君を好きになった」

 

彼女の姿は、魔族とは思えない程美しかった。整った顔立ちは、城の美女達の中でも見た事がない。紫色の瞳、桃色の髪、漆黒の双角...そのどれもが、恐怖ではなく、ただ、美しいと感じた。

 

「...良かった。綺麗だって、思ってくれるんだ。嬉しいなぁ...ほら、魔族と人間なんて、変わらないでしょ? ...あら、私の方が綺麗? ...じゃあ、今度は私から聞こうかな。...ねぇ、勇者様、私...あなたが今まで出会ってきた、どんな女の人よりも、綺麗? 」

 

 

 

 

 

 

「あは、あはははははは...そっか、そうなんだ。あはははは...ありがとう、勇者様。私、あなたを好きになって良かった。あなたは...人間よりも、私を選んでくれるんだね。私...勇者様の一番なんだ...嬉しい、嬉しいなぁ...本当に...こんなに嬉しいと感じたのは、初めて」

 

「じゃあ、今から言う事がどんな事でも...私を選んでくれる? 約束よ? ...うん。ありがとう。私ね、あなたの仲間、全員殺しちゃったの。うん。本当に」

 

 

_______________________

 

 

「勇者を返して!!」

 

「あら? 随分と来るのが遅かったわね...えーっと、魔法使いに、賢者に、武闘家...見事に女ばっかりね」

 

「...返さないと、どうなっても知りませんよ!?」

 

「...勇者様がいないと、何も出来ないんだね。の割には、道具としか思っていないっぽいけど...」

 

「彼がいないと、魔王を倒した栄光が手に入らないじゃないか!! 早くあいつを取り返して、魔王を倒して...そして...」

 

「...勇者様は私に惚れているみたいでしたし、報酬も栄光全部...」

 

 

 

...清々しい程にクズしかいないな、このパーティー。勇者は、こんな奴らのために、身体を張って...あぁ、バカらしい。

 

「...良いわ。まとめてかかってきなさい」

 

「言われなくても!!! ファイア!!!」

 

 

 

 

「死になさい」

 

 

 

 

 

「!? いやっ...」

 

「...!?!?!? 助けっ、勇者s...」

 

「いやいやいあやいやぁ!!! ふざ、何で、こんな...!?!?」

 

 

 

 

「永劫回り続ける輪廻の輪、円環の果て、死にさ迷い果てぬ者達が紡ぐ、怨恨の歌...。死んで悔いなさい、あなた達は...勇者に相応しくない」

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「...ってわけでね。あの世でもこの世でもない...罪人がさ迷う世界に飛ばしてあげちゃった...。恨んでる? 今回ばかりは、仕方ないわ。あなたに...ここまで、来て、あなたに、...き、嫌われちゃうなんて...死ぬほど嫌。だけど...あなたは知らなければならないとも思った。...勇者が、何なのか」

 

「...勇者は、神の恩恵を受けた、選ばれし者。それ故に、魔王を倒す力がある...それを狙う者もいる。今回、あなたは利用されたってわけね。...救ってあげられて、私は良かったと思ってるわ。...私は、あなたを利用しようとなんて思ってない。隠した顔を持ってるわけでもない。そのままの私を、あなたに好きになってもらいたかったから。そして...あなたは好きになってくれたわね」

 

「...さて。私はこれから、魔王を倒しに行くわ。...ねぇ、着いてきて、くれる? ...ありがとう。やっぱり私、あなたの事、大好き」

 

 

 

 

 

「...無理しなくていいわ。好きだった人に、そんな風に思われていたんだもの。...今だけは、許してあげる。...その女のために、泣きなさい。でも...あなたは私の物よ。泣き終わったら、もうその女共を思うのは許さない。...記憶から消してあげてもいいわ。...よし、強い子ね。...じゃあ行きましょう」

 

「この、下らない争いを、終わらせるために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...ご機嫌よう、魔王様。気付いてらっしゃいましたか、私が、裏切る事を。えぇ...私は、あなたより強くなってしまいましたから...では、さようなら、魔王様...勇者様、手を貸して下さいますか」

 

「...うん、良いよ。...そう言えば、名前を聞いてなかった」

 

「...それを言えば、私も聞いていませんでしたね...勇者様、あなたのお名前は、何ですか?」

 

「僕は...ルーク。ルーク アークテティア レスティアナ」

 

「...光の休息地、ですか。とても良いお名前...私は、アスタナ。アスタナ フェニキアス」

 

「永遠の黒。君らしい名前...じゃあ、行くよ、アスタナ」

 

「えぇ、ルーク」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...呆気なかったですね、数千年という争いが...こんな一瞬で終わるなんて」

 

「僕もそう思うよ。...ありがとう、アスタナ。僕を救ってくれて」

 

「...いいえ。私は...あなたの事が好きになっただけですよ、ルーク」

 

「...いや、それ以上の事を、君は僕にしてくれた。これからは...僕が返す番だ。僕は、一度国へ帰る。そして...王国をぶっ壊す」

 

「あら、いきなりですね」

 

「うん。そして...それが終わったら、結婚しよう、アスタナ」

 

「...いきなり...ですね...」

 

「そうかな? 君はそれを望んでいたんじゃなかったの?」

 

「...あなたから言われるとは...夢でしか見た事なかったので...んむぅ...!?」

 

「...僕も、キスする事には躊躇いは無くなったんだんだ。少し待っててくれ...すぐ終わらせるから」

 

 

 

 

 

 

「...あは、ご立派になられましたね...初めて見た時は、あんなにも可愛らしくて...弱々しかったのに」

 

「君と出会えて変われたんだ。...君の魔法は、世界一さ」

 

「あは、嬉しいです。では...私はここで待っていますね」

 

「あぁ。待っていてくれ、アスタナ...終わらせるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕は...君には敵わないよ、魔王幹部のお姉さん...そして、僕の姫君」

 

「あは♪ ごめんなさいね...私、やっぱり待つなんて出来ない...一緒に言って、一緒に...結婚式、しましょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さな、小さな始まりの街。小さな小さな出会いの物語。

 

ほんの小さな出会いから始まった、大きな大きな、恋の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




形になってねええええええええええええ!!!!!!!!

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