あの日、あの時、あの人の短編集   作:鈴木シマエナガ

14 / 23
これはちょっと前。私の実体験を脚色した...本人でさえ小説みたいだと思ってる元恋人のお話です。


ちょっと昔の話。

こうやって、出会いとか別れとか。春とか桜だとか。今まで一緒だった人との別れ、新たな人との出会いの季節が近づいて来ると、俺はどちらかと言うと、別れのイメージが強い。

 

その別れがあまりにも衝撃的であり、自分の人生に影響が出るくらいの驚きが起こったから、それは仕方のない事かも知れないな。まぁ簡単に言うと、付き合っていた彼女と別れたのだ。あまりにもあっさりと。そして...

 

「...は? 何死んでんの?」

 

「...すみません...」

 

今は、一緒にゲームをする仲になっている。

 

「うっわC取られたじゃん...あー負けだ負け。回線ぶちーっ」

 

「いや、何でお前Cいねぇんだよ! 残り一分はC守るだろ普通!!」

 

「あんたタンクじゃん!! ジャンヌ使って連続で死ぬとか馬鹿なの死ぬの?」

 

「あんなテスラコイル上手いだなんて思うかよ!! 一回死んで蘇生したら逃げらんねーんだよ!!」

 

 

別れたとは思えない会話をする仲だ。正直言って付き合った頃より仲良いとさえ思う。ほら、喧嘩するほど仲が良いって言うじゃん? え、言わない? さよですか...。

 

でもまぁ、距離は離れたり近づいたりする事は無くなった。何か、一定の距離を保つようになったと思う。俺とこいつには何か...見えない壁があって、それにどちらも気づいてて、それに触れないでいるかのような。そんな距離感がある。こいつには、ここまで近づいていい。だけど、これ以上行ったら...何か壊れる。そんな予感がする。

 

「ちっ、またS4のままか...こりゃああたしがルチ使うしかない?」

 

「そうだなー...そろそろ他のやろうぜ。シャドバとか」

 

「超越バース(笑)」

 

「うっせぇ今度こそ俺の援護射撃ロイヤルでぶっ飛ばす」

 

「それ絶対勝てないと思うんだけど...」

 

 

 

 

 

彼女は俗に言うゲーマー。現実に居るのか、という疑問を持つ人も多いと思うが、まさに目の前にいるのだからそうだとしか言えない。実際、彼女のゲームの幅は広く、のめり込む量は深い。

CoDやBF等のFPSを始め、最近はPUBG等のTPSもやる。シャドバやバトスピ等のTCGもやるし、なんならスマブラは俺より強い。暇があったら#コンパスでポイント稼ぎに勤しみ、FGOでは周回で毎回

 

「ステラァっ!!!!!」

 

って言いながら周回してる。何? それあんたも死んでんの?

 

 

そんでもって性格は最悪。ずぼらでぶっきらぼうでがさつ。正直こいつ男かってくらい性格は女性らしくない。料理は出来ないし掃除は俺に任せっきりだし。俺も得意じゃないけど。

そんなだから...まぁ友達は少ない。しかも男嫌いと来たもんだからゲーム仲間さえ出来やしない。ネットを通じた画面の向こう側の友達を愛し、その友達とチャットする時は、年相応の無邪気な笑顔を見せる。

 

...まぁその笑顔が可愛い。見た目は確かに良い方だ。ぼさぼさの髪を直して化粧くらいすれば男は釣れるだろう。それくらい見た目は整い、見せる笑顔は人を魅了する。

だからこそ、外見でのみ判断する人に巻き込まれ、人を嫌いになった。近づいてくる者は敵とみなし、決して気を許したりしない。

 

じゃあ何で俺はこうして近づけてるかと言うと...まぁそれは小説のような物語だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

最初はあるネットゲームだった。初めてパソコンを手に入れ、ネトゲという物の素晴らしさを実感した俺は、まーそれにのめり込んでいった。寝る間を惜しみ、モンスターの行動原理や、リキャストタイムやらの検証につぎ込んでいった。

 

そんな時、あるギルドに出会った。人数はあまり多くなくて、のんびりまったりとした正にエンジョイ勢といった感じ。俺はレイド...あーっと、大きな戦闘に参加したりするガチ勢側だったんだけどな。

そのギルドメンバーは、とにかく装備が凄かった。歴戦の戦士達といった豪華絢爛の防具や武器。何でそんな人達がエンジョイ勢なのかは甚だ疑問だった。

 

まぁそれは、引退間近だったからだそうで。そこに突然俺が入ってきちゃったってわけだ。

 

「...残るのは五人だけ、か」

 

その中でも、残る奴は残るそうで。俺を含め六人がそのギルドに残る事になった。

正直、今人数の少ないとこにいる理由はないし、なんならスカウトやら掲示板やらで傭兵をやるのも悪くない。だが

 

『知ってる人とやる方が楽しい』

 

そいつの声が聞こえた。

 

『ていうか"あたしら"はガチ勢復帰するし。あんな凄い人達の中にいたんだから、まぁ強いし。残ってかない?』

 

 

彼女は寂しがりやだった。自分から人を遠ざけ、人に近づいていこうとしない彼女は、一度仲良くなった人、一度近づいてしまった人に対しては酷く脆かった。自分の心に触れた人には、絶対の信頼と友情を押し付ける奴だった。

 

実際、彼らが抜ける時、涙しながら感謝を伝え、ギルドマスターの座を受け取っていた。ゲームにそこまで真剣に...いや、会った事もない、見たこともない人達にそこまで真剣になれる彼女に、俺はどこか感動を覚えていたのだろう。

いつしか、彼女は...誰よりも信頼出来る相手になっていった。

 

 

 

『...ねぇ』

 

「ん、どーした」

 

月日が経ち、ギルドメンバーも増えちゃんとしたガチ勢に復帰した彼女は、休日は日夜深夜まで潜り、ギルドメンバーの誰よりも貢献していた。正直その集中力には、恐怖を感じる程に。

 

『...あんたの声、どっかで聞いた事あんだよね』

 

「え? まじ? 気のせいじゃね?」

 

『...始業式いつ?』

 

「んーっと、明後日だな」

 

『...あたしも。じゃあ住んでるとこは?』

 

「そんな簡単に...まぁ良いけど。----だ」

 

『...近いな...ねぇ、まさかあんた...-----中?』

 

 

 

こんな偶然が、あるのかと。俺達二人は深夜だというのに大声で笑った。そう、まさかの。彼女と俺は同じ中学だった。しかも、一年の時同じクラス。本当に驚いた。こんな近くにいるだなんて思わなかったから。

 

 

 

それからというもの、彼女と俺の距離が近づくのにそう時間は掛からなかった。部活が終わったら一緒に帰り、休み時間はゲームやアニメの話に華を咲かせた。普段全然笑わない彼女が、こんなにも綺麗な笑顔をしているのだから、驚いている奴等もちらほらいた。

 

俺の目に、彼女は眩しく映った。誰よりも人生を自由に謳歌し、誰よりも人を好きになっている彼女は、正しく太陽のようだった。まぁその自由は狭く、好きになった人は数える程しかいないけど。

 

 

 

 

「...お疲れ様」

 

「...おう」

 

中体連は見事惨敗。それなりに努力と時間を費やしていたから、それが一瞬で崩れ去った時は涙が溢れた。届かなかった悔しさと共に流れる涙は、俺の足元に数滴垂れていった。

それを彼女は、黙って、静かに、俺の頭を撫でてくれていた。その時の顔はよく分からなかったけど、優しい声音と手つきから、少し微笑んでいてくれる事は感じていた。

 

多分この時、俺は彼女を好きになったんだと思う。あまりにも唐突で、いきなりだったけど。それは俺の心にすーっと入ってきて、染み渡っていった。

 

「...なぁ」

 

「ん?」

 

「俺さ...お前の事好きみたいだわ」

 

「それで?」

 

「それでって...相変わらずだな。まぁあれだ...付き合ってくれね?」

 

「良いよ」

 

「随分とあっさりだな...」

 

 

 

告白ってこんなあっさりで良いのかと思わず笑ってしまった。

 

 

「まぁあんたがあたしの事好きだなんて分かってたことだし」

 

「はぁ!?」

 

「...あたしは、恋人とか良く分かんない。てかリア充は嫌い」

 

「正しくお前が今そうなんだけど」

 

「だから、普通のリア充にはならない。あんな奴等と一緒にされてたまるかっての」

 

 

 

それからというもの、彼女と俺はあまりにも特殊なリア充生活を送っていった。

 

「...何で外側撮るの」

 

「だってリア充は自分側撮るじゃん。じゃああたしは外側撮る。...あんたと見た景色を撮るよ」

 

時々良い台詞を吐くのが腹立った。

 

「...は? あいつらーー高来んの?」

 

「ん? あーあのカップルね。そういやお前と一緒だな」

 

「...嫌だ」

 

「は? 何が?」

 

「あんなクソリア充と一緒の高校なんて嫌だ...あたし勉強する」

 

「お前馬鹿だろ」

 

 

とか言いつつ、彼女は目指していた高校のレベルを一つ上げるまでに勉強し、先生を驚かせていたのを覚えている。

 

 

 

 

「...なぁ、お前さ...」

 

「...」

 

そして、クリスマス。俺は彼女に覆い被さっていた。いや正確には押し倒した。...まぁクリスマスだしね。

 

「...何か言えよ」

 

「キスでも何でもしてみなよ」

 

「...」

 

思えば多分ずっと前から、彼女に対して壁を感じていたのだろう。こいつは自分とは違う、対等な立場でいるべきは自分じゃないという劣等感を、俺はずっと感じていた。

それに、彼女は気づいていた。だけど、敢えて何もしなかった。彼女も、その壁を分かっていたから。

 

その壁を壊す事も、飛び越える事も、俺はしなかった。その距離が、あまりにも素晴らしく、尊い物だったから。俺は彼女を見ているだけで楽しかったし、それで良いと思っていた。それが、彼女にとっては気にくわなかったのだろう。

 

そしてクリスマス当日、俺はそれを完璧に自覚したのだ。少し手を動かせば届く所に彼女はいる。だけど、俺は指の一本も動かせず、何も出来なかった。ここで、その壁を壊せれば、何か変わっていたのかもしれない。だけども、その時の俺は、それをすれば彼女との壁は、違う何かになると感じた。

今とならば、こうして文章に出来るから色々とわかるけど、その時はただ、動けなかった。壁とか距離とか、そういう事は何も分からなくて、ただただ、俺は彼女に触れる事が出来なかったのだ。

 

彼女に触れる事、あまつさえ傷つける事は、俺にとっては何よりも重い罪で、許しがたい事だったから。俺は、彼女から離れた。

 

彼女はただ、空虚な瞳で俺を見つめ続けていた。

 

 

「...ねぇ、あたしってそんな魅力ない?」

 

「...そんな事ない。正直ヌける」

 

「それは聞きたくなかったわ...」

 

「だけど...何でだろ...な...わがん..な、い...」

 

 

 

ただ、涙が流れた。彼女に触れられない事、踏み込めない事、そして、それを肯定している自分が、ただ情けなかった。嗚咽を漏らし、溢れでる涙を抑える。だけど、いくら拭いても拭いても収まらない。栓が壊れたみたいに、大粒の涙が流れた。

 

「...はぁ、あんたってヘタレだね」

 

「..うっせぇ...よ...」

 

後ろから抱き締めてくる彼女。彼女は、こんなにも簡単に自分に触れられるというのに。何で俺は...。そう思うと、余計涙が溢れた。

 

 

 

多分だけど。俺だったんだ。壁を作っていたのは。それは誰に対してもで、それが崩れた事は一回も無いのだ。

 

誰に対しても踏み込まず、入らず、飛び越えず、近づかず。必ず一定の距離を置いて、誰に対しても接する。それが俺。

 

俺の心は誰も知らず、誰も入り込めない。いや、入り込ませない。それは、俺しか開けてはいけない扉だから。だから、扉の鍵は、自分自身が大事に持って、それを誰にも触れさせた事はない。

 

唯一、自分に近づいてくれた彼女に対しても、自分をさらけ出し、親友となってくれた人にも、家族にだって、誰にも触れさせた事はない。

 

触れてしまえば、壊れてしまうという確信がある。開けられてしまえば、それはその関係の終わりを示すから。だって、自分自身が触れてほしくないから。開けてほしくないから。この心は、自分だけが知っていれば良い。

 

それを彼女は、理解してくれたのだ。踏み込まず、近づかず、ただ俺を見て全てを理解してくれた。だから

 

 

「別れようぜ。あたしらじゃ...何したって駄目だ」

 

「...おう」

 

彼女は、自分から離れてくれた。踏み込み過ぎたから、正しい距離に戻してくれた。俺はただ、その気遣いを嬉しいと思った。同時に、彼女と俺を繋ぐ、恋という糸が切れてしまった事に、深い悲しみも感じた。

 

 

「...泣くなっての。あんた泣いてばっかだな」

 

「だーっもううっさいての!!」

 

これは俺の我が儘だ。近づか過ぎたら困るんだ。あまりにもやりづらい。自分の全てを知られると不安で仕方なくなる。彼女がいなくなったら俺はどうなってしまうのか。自分の全てを知り、受け入れてくれた人が居なくなったら? 考えるだけで恐ろしい。

 

だから、自分の全ては教えない。ただ、俺という人間を知ってくれればそれで良い。彼女は、それを理解したのだ。

 

 

 

「ほれ、バレンタイン」

 

「毎度毎度凝ってるな...ごちそうさまです」

 

「お粗末様。...チョコあげるのも、あんただけだな」

 

「良い男いねぇの?」

 

「...んー...いない。...全部、あんたと比べる。それで全部見劣りする」

 

「お前ってほんと俺の心揺さぶるよな」

 

「あったり前じゃん? こんなクソゲームアニメオタク男女なんて好きになる奴いねぇよ!! あんただけだ!!」

 

 

彼女は、あんな別れかたをしたにもかかわらず、以前と同じ笑顔を俺に向ける。それは何よりも眩しくて、輝かしくて、切ない。今すぐにでも抱き締めたいってのに、俺の腕はぴくりとも動きやしない。

 

「...それと、受験頑張ったね。偉いぞ、偉い」

 

「...あぁ。駄目だったけどな」

 

「でも、あたしはあんたが頑張ってたの知ってるから。...それで良いんだよ」

 

「...おう...」

 

 

 

 

 

 

彼女はきっと、今も昔も変わらない。彼女は彼女なのだ。それは、誰よりも魅力的で、誰よりも眩しい存在。

そんな彼女に、俺は今も、何処かで恋をしているのだろう。

 

 

それを、誰にも言った事はない。心の深い深い底に、大事に鍵を掛けて眠らせている。

 

きっともう、こんな恋をすることはないのだろう。誰よりも俺に踏み込み、近づいた彼女を、俺は今でも愛しているのだ。そして、それが終わる事はない。

 

だから、俺は今も、あるはずのない恋を探している。俺の鍵を見つけ、扉を開ける誰かを、ずっと探している。

 

それがきっと、悲しい思いをさせてしまった彼女への、せめてもの報いになると信じているから。

 

 

 

 

 

「よぅし...はい超越ーーーwwwwww」

 

「はぁくそ死○このくそ○○○!!!」

 

 

 

昔でも今でも、彼女と俺の距離が縮まった事はない。きっと、これからも。

 

 

 

 




懐かしい話です。


私は少々拗らせていまして。恋や愛といったものは深く考え過ぎてしまう傾向があります。
自分の全てを知れば、相手は必ず、自分の何処かに失望や嫌悪といった感情を芽生えさせる。それは、関係に亀裂をいれる事になる。だから私は誰にも、自分の全てを明かした事はありません。自分の嫌な所、嫌いな所は自分だけが知っていれば良い。わざわざ相手にそれを教える必要はない。良い所だけ見せる事が、最善であり至高です。

でも、心の何処かでは願わずにはいられないんです。いつか、自分の全てを受け入れてくれる人がいると。そのたった一人だけで、私は、長年の心の闇というか、なんというか。"何か"を晴らす事が出来ると思うのです。


皆さんにも、恋愛事や人間関係、様々な闇やもやもやがあると思います。だけどそれは、素晴らしい事の筈です。尊い物の筈です。ですから、それを頑張って晴らしてみてください。そうすればきっと、その先の自分は変わっているはずですから。

晴らす事が出来ず、ずっと扉の中に引きこもっている敗者からの、せめてものメッセージです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。