あの日、あの時、あの人の短編集   作:鈴木シマエナガ

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※注意警報 この『甘くて苦い』の後編(題名の型が変わっているのは気にするな)は、前編の描写とは全く違います。グロ描写、鬱描写、エロ描写等が満載(?)です。この短編集に癒しと砂糖しか求めていない方はそっとブラウザバック、もしくは他の作品をご覧下さい。

少しでも上達するために、サイコ的な描写やグロ鬱描写に挑戦してみようと思いました。R18にする可能性も微レ存です。

私は昔から痛いのとか怖いとか、暗くなる作品が苦手でした。そんな作品には眼を向けないようにしていました。その作品から何を得られるのか、その後の自分は? そんな事を考えると見る気にはなれませんでした。しかし、上手な作者様、人気の作者様は、そんな鬱やグロい描写を的確に使いこなし、それすらも作品を彩る物になっていました。正直言って悔しかったですし、凄いとも思いました。

なので、自分も苦手だ何だ言わずに、やってみようと思ったんです。いつも以上に拙く、面白くもない文章ですが、読む気になってくれた方々にはただ感謝するばかりです。


その甘美なる誘いは、甘くはなく。

「...先輩?」

 

「あら、黒瀬君。どうしたの?」

 

「いや...今日は何やってんすか」

 

ここは『文化部』部室。窓の外からは野球部やらサッカー部やらの掛け声や金属音が鳴り響いている。そういえば...もう最後の夏に差し掛かる頃か。俺がこの部活に入って一年...色々な...いや特にないな。先輩が色々やってただけで俺には何もないや。

 

「これ? 手芸部がやっていたエプロン作りよ」

 

「...すっげー合わないっすね」

 

「あら失礼ね」

 

先輩が針だの鋏だの糸玉だの持ってるのは全然似合わない。いやそれあんたやらせる側だから。あんたがやるのじゃないから。

 

「私だって女の子よ? 裁縫ぐらい出来るようにならないと」

 

「女の子って...」

 

「...黒瀬君最近遠慮なしに失礼になってきたわね」

 

...やべぇ軽口が過ぎた。先輩のバックにつく輩に殺されてしまう。親衛隊とか黒服の男達とか。

 

「まぁいいわ。...それだけ、距離が近くなったという事だし」

 

「っ...」

 

最近先輩がポツリと呟く、独り言のようなもの。ワードだけ聞けば胸が張り裂けそうになるくらい可愛らしく、男心を揺さぶるように聞こえる。

しかし、何故だ。俺は彼女から...恐怖と寒気しか感じない。

 

「...そ、そうですかね? 流石に失礼過ぎじゃあ...」

 

「問題無いわ。寧ろもっと言ってくれても良いのよ?」

 

それは俺がもたねぇ。

 

「...ねぇ、黒瀬君? 汗が酷いわよ?」

 

「え...」

 

慌てて額を拭ってみると、手の甲にべっとりと汗がつく。いつのまにこんなかいてたんだ...? 先輩の独り言聞いてから...?

 

「...そのままだと冷えてしまうわ。クーラーも効いてるし」

 

そう言って、先輩は胸ポケットからハンカチを取り出す。

 

「拭いてあげる。いらっしゃい?」

 

どくん。心臓が飛び上がる。

それが、ただ緊張によるものなのか、恐怖によるものなのかは判断しかねた。

 

「い、いや良いっすよこんくらい」

 

「だって黒瀬君、ハンカチ持ってないでしょう?」

 

...!? 何で、知って...?

 

「つべこべ言わないの...ほら」

 

先輩が目の前まで来る。そんな近づかなくて良いと思うくらい。先輩の綺麗な前髪、そこからふわりと香る、柑橘系の清々しくも、甘い香り。そして、造られた物かと思うくらい綺麗な肌と整った顔立ち。美しいという言葉を体現しているかのような...

 

「...うふふ、顔真っ赤。...可愛い」

 

しかし、その笑顔は。悪魔か死神か。そんな事を思わせるくらいに邪悪を孕んだ、歪んだ笑み。少しでも動けば喰われるくらいされてしまいそうな、恐怖を感じさせた。

 

「せん...ぱ...」

 

「固まっちゃって...黒瀬君、やっぱり君...」

 

あと数センチ。少しでも前に出れば唇と唇が触れあってしまいそうな距離。鼻腔をくすぐる香りはより一層強く、心の底から沸き上がる恐怖は、より強く。

まるでメデューサにでも睨まれたかのように、俺の身体は固まっていた。

 

 

 

 

「どうもこんちはー!!! って...あら?」

 

心臓が口から出た。いや出てないけども。突然扉を開ける音とそこから響く元気な声のせいで俺は上へ飛び上がっていた。前出なくて良かった...。

 

「っ...どちら様かしら?」

 

先輩は怒りと憎悪の籠った視線を、声の主に向ける。...ふえぇ...そんなのに睨まれたら動けなくなっちゃうよぉ...。

 

「うわこっわ...あ、どうもすみません。私黒瀬と同じクラスの杉崎なんですけど」

 

「...それで?」

 

変わらず先輩の怒りと憎悪は静まらない。ていうか余計燃え上がってる気がする。えなに怖い。死ぬ。石になっちゃう。石になっちゃえ! シャド○のメデューサ可愛いよね。どっちも好き。

 

「じゃねぇよ!! 杉崎いきなり来んな!!」

 

「えーだってさー。黒瀬に話があったんだもーん」

 

「話?」

 

何で今なんだよ...部活終わってからで良かっただろ...。いや、よくよく考えれば、先輩との間を離してくれた事には感謝すべきなのか?

 

...ん? 何で感謝なんだ? 何で...離れたかったんだ?

 

「それは部活が終わってからで良いでしょう? 私達はまだ活動中です」

 

「そんな固い事言わないで下さいよせんぱーい。どうせ殆ど何もしてないんだろうし、暇でしょ黒瀬?」

 

「...っ!!!!!」

 

途端、先輩の眼が見開かれる。今まで見たことのない怒りと憎悪が、余計恐怖を煽っていく。

 

「あなたに部活の事を言われる筋合いは無いわ!!! 出ていきなさい!!!!!!!」

 

びりびりと、空間が痺れるかのような怒号。あの大人しく、静かな先輩からは考えられない程の大声と怒りだ。それに杉崎は驚いたのか、身体をびくっとさせて、縮こまらせた。

 

「ひぃっ...す、すみませんでしたーーーー!!!」

 

勢いよく扉を開け、閉め、走っていった。...何でそこだけは律儀にやるんだ。

 

「はぁ、はぁ...」

 

...大声出しただけで息切れすんのか。いや、普段あまり音量高くないから、余計疲れただけなのかも知れないけど。

 

「いきなり大声出すからですよ...俺、飲み物でも買ってきます」

 

「...待って」

 

この気まずい空気を何とかしようと部室を出ようとしたら、先輩に腕を掴まれた。それは弱々しく、震えていたけれど。前に進む事の出来ない力強さも含んでいた。

 

「...傍にいて」

 

「...はい」

 

こんな、弱々しくて不安になりそうな先輩を、一人置いていく事は出来なかった。

 

 

 

 

「...ねぇ、黒瀬君」

 

「...な、何でしょうか先輩...?」

 

何だ。何なんだこの状況。先輩が腕に抱きついて離れない。顔を腕に埋め、加えてそこに抱きついている。何だ。何なんだまじで。

 

「...黒瀬君は、この部室にいて...暇、なの?」

 

「え、えーっとですね...」

 

まぁ、確かにやる事は少ない。先輩は何でも出来るから、沢山やれる事があるだろうけど。だからこの部活を立ち上げたわけだし。でも俺は、出来る事が少ない。先程までやっていた裁縫なんて大の苦手だ。

 

だけど、暇ではない。楽しくないわけでもない。

 

「...先輩を見てるのは楽しいですよ」

 

「...え...」

 

「先輩が、色んな事やって、つまんないって言って机に突っ伏したりとか。時々黙々と集中してやってるとことか...あと、先輩と話すのも好きです。だから、暇じゃないです。寧ろ楽しい」

 

と言って、くしゃっと笑う。俺はこの空間が好きだ。何でもない、この平和な空間が。そこに、先輩と居られる事が好きだ。だから、暇なんてあってはならない。この空間は、楽しい事で満ちている。

 

「黒瀬、君...」

 

「杉崎には、俺からキツく言っておきます。だからあんま気にしないで下さい」

 

ぽたり。顔を上げた先輩の瞳から、一粒の涙が零れた。それは雨の雫を溢す葉のように、清らかで、美しい物だった。

 

「せ、先輩!?」

 

「あ、これは...嬉しくて...嬉しくて...!!」

 

溢れでる涙を拭い、顔を隠すように手で覆う。

 

「私っ...今までずっと一人で...誰も、私と一緒に居てくれなくて...黒瀬君っ、だけだったの...私と...一緒に居てくれたの...だからぁっ...」

 

嗚咽を交えて、途絶え途絶えに言葉を紡ぐ。そんな姿さえ、先輩は美しい。

 

「あなたまで...他の人と同じなんじゃないかって、思ったら...私...私...!!」

 

「そ、そんな事無いですから...! えと...うわハンカチ無いんだった...」

 

あーもうこんな時に俺はああああああっ!!!

 

「...あ、先輩の...」

 

机の上に、さっき俺の汗を...あああああ俺の汗着いてるから駄目じゃねぇか...!!!

 

「...そ、それで良いから...拭いて、くれないかしら?」

 

「えっ、良いんですか?」

 

「寧ろ拭い...いや、構わないわ」

 

何言おうとしたんだ最初。

ハンカチを手に取り、泣きじゃくる先輩の、顔を覆う手を離させる。

 

涙で頬は濡れ、美しい瞳はその涙でより輝いていた。口元はわなわなと震え、溢れでる涙は止まる様子もない。俺は、そんな先輩を綺麗だと感じた。

 

ハンカチで目元を押さえる。零れる涙を止めるように。もう片方の腕は自然と先輩の頭に伸びていて、優しく、優しくさすっていた。

 

「...大丈夫ですよ先輩...俺はここに居ますから...」

 

「うん...うん...ずっと居て...居なくならないで...」

 

 

 

 

恐らくこの時。俺は間違ったのだ。ここで踏み越えてしまった。先輩の心の壁を。誰も寄り付けず、誰も触れられなかったその壁を、俺は容易く踏み越えてしまった。

だけど、それを後悔しているか否かと言われたら...答えは出しかねる。

 

 

 

 

 

 

 

「...落ち着きましたか?」

 

「...えぇ。ありがとう」

 

夕日が遠方に見える山に消え行きそうになる、夕方。先輩の頭を撫で続けていると、先輩は徐々に落ち着きを取り戻していった。

 

「恥ずかしい姿を見せたわね」

 

「いえいえ。先輩も、熱い所あるんですね」

 

「...全く失礼ね...」

 

ぷいっとそっぽを向いてしまう。あんな姿を見た後で、しかも顔が赤くなっていると可愛いという感想しか出てこない。夕日と相まって先輩の頬は余計赤く見え、綺麗な横顔が、俺はとんでもなく恥ずかしい事をしている上、これ程までの美女と向かい合っているという現実を呼び戻した。

 

「え、えっと...」

 

「まぁ良いわ。...ありがと、ね」

 

ちょっと唇を尖らせながら、お礼の言葉を述べる。

 

「お安い御用ですよ」

 

「...はぁ。すっかり日も暮れてしまったわね。そろそろ終わりましょうか」

 

最後にハンカチで目元を一拭きすると、すっと立ち上がる。その姿は、いつも通りの凛とした先輩に戻っていて。何だか寂しいような、安心するような。

 

「...黒瀬君」

 

「はい?」

 

...あぁ、またこれだ。夏も近いってのに、一気に寒くなる。それはクーラーのせいだと思いたいけど、そうもいかない。

横を向いているのに加え、暗くなった部室のせいで全く表情は見えない。でも、その声音は氷点下のように凍え、だけど...甘美なる優しさも含んでいて。それはもう...恐怖以外の何者でもない。

 

 

 

 

「あなただけは...居なくならないでね? 私、もう...黒瀬君が居てくれるだけで良いの...」

 

「...それもう愛の告白ですよね」

 

素知らぬふりして冗談を言ってみる。こうでもしなきゃ...平静を保たなくなりそうだったから。

 

「...あは。それでも良いわよ?」

 

「え」

 

「冗談よ。...でも、あなたが居てくれるだけで良いっていうのは、本当よ」

 

先輩の顔が目の前にあった。

 

それはとてもとても美しくて、吸い込まれていきそうで。

 

そして、その先に行ったら、後戻りは出来ないような、深淵の暗闇がそこにあった。

 

「...あなた以外、いらないかもね」

 

「先...輩...?」

 

「うふふ。黒瀬君はからかうと良い表情をしてくれるわね」

 

にこーっと、楽しげな笑顔をする先輩。...良かった、もう怖くない。

 

「じゃあ戸締まりは私がやるから。もう遅いから帰りなさい」

 

「え、でも...」

 

「もう大丈夫よ。これ以上迷惑は掛けられないわ」

 

「...分かりました」

 

先輩がそう言うんなら、もう心配する必要はないな。もう、大丈夫そうだし。

 

「じゃあ先輩、また明日。...明日も、来ますから」

 

「えぇ。ありがとうね、黒瀬君」

 

 

 

 

 

 

多分先輩は、寂しかったんだろうな。今まで、ずっと一人で。なら部活なり入れば良かったのに...そういうの苦手だったんだろうけど。

...俺だけでも、傍にいてあげないと。あんな、不安定で脆い人を、一人にするわけにはいかない。明日も、明後日も...先輩が卒業するまで、一緒に居よう。...なんだ、俺先輩が好きなのか?

 

「...それはない、な」

 

これは、恋なんだろうか。何か違う気もするけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「...」

 

許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。

 

私と、黒瀬君だけの空間に...あんな女が踏み入るなんて。それに加えて...この空間を、この時間を馬鹿にした。私と、黒瀬君の大切な場所を...!!! 絶対に...許さない...!!!!

 

「...杉崎...って言ってたわね...」

 

それに、部活の後に話があるみたいだし...盗聴器で聞いてみるとしよう。

黒瀬君のスマホに取り付けた、極薄のチップ。余程丹念に見ないと気づかない上に、カバーの裏側に付けたから気づかれる筈もない。

 

最近...黒瀬君を好きな気持ちが抑えられなくなってきている。さっきだって、黒瀬君の顔が目の前にあったから...キスしてあげたくなった。その無防備な唇にむしゃぶりつき、舌をねじ込んで...もう何も考えられなくなるくらい、溶かしてあげたいのに...。

 

まだ、不安なのだろうか。彼が...自分の物にならないと考えるだけで、涙が止まらない。震えが止まらない。だから、入念に。彼の気持ちを全て知ってからでも、遅くないだろう。

 

そんな事を考えながら...イヤホンを耳に着ける。

 

 

 

 

 

 

『私と、付き合ってください!!!』

 

 

 

 

 

 

 

私の中で、何かがぷつんと切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「...え...?」

 

「うー...だから! 私と付き合って!!」

 

部室から出て、昇降口。靴を履き替えて、そこで待っていたのは...さっき出ていった杉崎だった。

 

 

「え、なに。どっきり?」

 

「はぁ!? あんた乙女の一世一代の告白をどっきりとかで片付けようっての!?」

 

「...まじで言ってんの?」

 

「...まじ」

 

...ちょっと待て。理解が追い付かない。え、なに、俺今告白されたん? 杉崎に?

 

「...何で?」

 

「かーっ、この男はぁっ...」

 

恥ずかしそうに顔を片手で押さえ、溜め息をつく。え、何か俺不味い事言っちゃった?

 

「...黒瀬、あたしと楽しそうに話してくれるし、笑顔がカッコいいし...一緒にいると、ドキドキして、もっと一緒に居たいって思って...それで...」

 

...あーなるほど。これ聞いてる方も恥ずかしくなるやつだ。

 

「え、えーっとだな...うん、気持ちは、嬉しい」

 

「! ...やっぱり、あの先輩が好きなの?」

 

「え"っ...」

 

うわ変な声出た。

先輩の事が、俺は好きなんだろうか。さっき杉崎が言ったことを基に考えると...俺は先輩と居て楽しいか? 楽しいな。さっきも言った。笑顔が綺麗か? 綺麗だな。てか彼女以上に綺麗な笑顔を見たことないわ。一緒に居てドキドキするか? ...顔近づけられたり、身体触られたらドキドキするな。

 

もっと、一緒に居たいと思うか?

 

 

...最近の先輩には、言葉に出来ない恐怖を感じるようになった。低い声音や、歪んだ笑顔を最近する事が多くなった。そんな時、先輩は一番楽しそうで嬉しそうだ。そんな先輩が、今は怖い。

 

でも。それでも一緒に居たいって俺は思ったんだよな? ...でもそれは、先輩が可哀想だっていう同情が入ってなかったか? ...うん。今は答え出せないな。

 

「...それもわかんねぇ。だから、少し時間くれ。ちゃんと返事はする」

 

「...分かった。待ってる」

 

考えれば考える程、先輩への感情が分からなくなってくる。好きか嫌いかで言えば好きだ。でもそれは、恋とか愛とかじゃない。もし、先輩への思いが恋に変わったら...もう後には戻れない恐怖を感じる。

 

「...んじゃあ、また明日な。早めにするから」

 

「うん」

 

杉崎には申し訳ないが、やっぱり考える時間は必要だ。

もし杉崎と付き合ったら、部活に割く時間は圧倒的に減るだろう。その時、俺は先輩に何て言えば良いんだろうか。

じゃあ付き合わなければいいんじゃ? でも、杉崎だって魅力的な女子だ。明るく、時に優しい。スタイルも良いし笑顔は可愛い。多分同学年だったらトップクラスじゃなかろうか。

 

...やべぇ頭パンクしそう。

 

まさかどちらの女子か選ぶ事になるとは...前の俺じゃ考えられなかったなぁ。

 

 

 

 

 

 

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「...優柔不断な奴」

 

まぁそんななよなよした所も、守ってあげたくなるような可愛さもあるけど。

あの先輩と比べられたら、あたしなんかが勝てる見込み無かったけど...まだ好きなわけじゃないんなら、まだ負けてない。...あたしだって、黒瀬が好きなんだから...

 

 

 

 

 

 

「杉崎さん」

 

「え」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...寝てしまった...」

 

まずい、何も考えずに寝てしまった。...うーん...。

 

結局、答えは出ないまま、学校へ向かう事となった。...杉崎と顔合わせづらいな...あんまり長引かせるのも失礼だよな。どうしよう。

 

 

 

「おえーっす」

 

扉を開けて教室に入る。...あれ?

 

「なぁ、今日杉崎は?」

 

「え? あー来てないね」

 

近くの、杉崎と仲の良い女子に聞いてみる。...えーちょっと杉崎さーん? 何でイベントキャラが居ないのー? ルンファクみたいにイベント発生させたいのに来てくれないみたいな...あ、分からない? あっ、ふーん...。

 

「...まぁ、都合いいか」

 

まだ決まってないし。休みになるんなら時間作れるし。

 

 

 

 

 

 

 

 

結局その日、杉崎が学校に来ることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「...こんちはー」

 

「あら、いらっしゃい」

 

授業も終わり、部活に入る。いつものようにそこには先輩が...あら? 今日は何もしてないのか。

 

「先輩? 今日は何もやらないんですか?」

 

「えぇ。今日は...そうね...」

 

考え込むように、顎に指を当てて視線を宙に投げる。そんな姿も画になり、何故そこまで容姿が優れているのか学会で論争したいと思うくらいだ。

 

「今日は文化部らしい事をしましょう。それじゃ、お茶でも淹れるわね」

 

「あ、どうも...」

 

ポットからカップにお湯を注がれると、コーヒーの良い匂いが漂ってくる。

 

「...そういえば、杉崎さんのお話って何だったの?」

 

「え"」

 

「聞かれたくない話だったの?」

 

...どんどん声音が下がっていく。前髪で瞳が見えないけれど、その口元は薄く微笑んでいるように見える。正直言ってめちゃくちゃ怖い。...告白された、なんて言ったら...

 

「え、っとぉ...あ、コーヒー貰いますね」

 

あれだ。とにかく時間稼ぎだ。

 

「...」

 

あっついけど、とにかく飲むしかない...あ、おい...し...い...

 

「せ...んぱ...」

 

あれ、なんだこれ。目蓋が重い。思考が止まる。身体が...沈んでく...

 

 

 

 

「あらあら。結構効果早いのね。まぁ一気に飲んだようだし、ね」

 

「え...」

 

「ふふ、お休み...黒瀬君」

 

目蓋が完全に閉じる。身体が机に放り出され、身動きがとれない。

 

朦朧とする意識が、どんどん遠くなる。...あ、これあれだ...睡眠薬って奴...?

 

 

 

 

「...それじゃあ、丁寧に運びなさい」

 

「は」

 

「もし傷つけたり、乱暴にしたら...分かってるわね...?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっと、決心がついた。もう、誰にも邪魔させない。黒瀬君は私の物。私だけの物。誰にも触れさせない、誰にも渡さない。この人は、私だけの人。

 

あの眩しい笑顔も、困ったような笑顔も、優しく寄り添ってくれる笑顔も。

 

不器用な手も、慌てて振り回す手も、優しく撫でてくれる手も。

 

全部、全部、全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部...私だけの物になる。

 

「あは、アハハハハ、あはは...」

 

本当は、ずっとこうしたかったのだけれど。彼の自由を奪ったり、彼を束縛してしまうのは、彼に悪い。彼の意思を尊重して、その上で私を選んでくれればそれで良いと思っていた。

 

でも、あの女が...私を変えた。

黒瀬君が盗られる。私だけの黒瀬君が、あんな女に盗られる...? そんなの、許さない。いや...誰が盗ろうとしたって、許さない。

なら、もう誰にも盗られないように...閉じ込めてしまえばいい。

 

 

「...ん...」

 

「あ、おはよう黒瀬君」

 

彼が眼を覚ました。さぁ、彼は喜んでくれるかしら?

 

「...え...どこ、ここ...」

 

まだ意識がはっきりしてないみたいね。赤ん坊みたいで可愛い。

 

「ここは私のお家。そして...黒瀬君と私の部屋よ」

 

「...?」

 

「黒瀬君は、今日からここで私と一緒に暮らすのよ」

 

「...は!?」

 

あら、やっと意識がはっきりしたいみたいね。それも、私と一緒に暮らすって聞いた時だなんて...よっぽど私と暮らせるのが嬉しいみたいね。頬が緩んじゃう。

 

「え、ちょ、先輩!?」

 

「ふふ、慌てすぎよ。いずれこうなるのが早まっただけ」

 

「いずれ!? 先輩どういう...なっ...!?」

 

無理やり起き上がろうとする黒瀬君。しかし、腕と脚がベッドの柱から伸びた鎖で固定しておいたから、動く事は出来ないでしょう。

 

「痛かったらすこしだけ緩めてあげるわ。ちゃんと言ってね?」

 

「先輩!? 状況が全然分かんないんですけど!?」

 

「? ここは私と黒瀬君の部屋って言ったじゃない」

 

「じゃなくて!! いやそれも分かんないんですけど、何でこうなってるのか聞いてるんですよ!!」

 

「...そうね。じゃあ説明してあげるわ」

 

 

私は机の上からノートパソコンを取り、再びベッドの端に座る。キーボードでパスコードを打ち込み、起動させる。

そして、何の味気もない青の背景が現れ、左端にあるファイルをクリックする。

 

「じゃあまずこれを聞いて」

 

 

『私と、付き合ってください!!!』

 

 

「...これ...」

 

「そう。昨日の...あの女の声」

 

「でも、あの時先輩は...」

 

「ふふ...盗聴したのよ」

 

私は、ポケットから黒瀬君のスマホを取りだし、カバーを外す。そして、薄く貼られているチップを剥がし、黒瀬君に見せる。

 

「凄いでしょう? 最近のはこんなに薄くて小さいのよ?」

 

「...何で...」

 

「黒瀬君の生活をチェックするために決まっているでしょう。...まったく。あんな泥棒猫が入り込んでいるなんて、気づかなかったわ」

 

だから消したのだけれど。

 

「それじゃあ、次はこっちね」

 

 

 

『...え? ここどこ?』

 

「...杉崎!?」

 

今度のは映像で、椅子に縛りつけられ、目隠しをされている女の映像が出てきた。

 

『おはよう。泥棒猫さん』

 

『な、先輩!? 何するんですか!! ここどこなんですか!!』

 

『勝手に喋らないで』

 

ゴスッ

 

『うぅ...うげ...』

 

思い切り腹を殴られ、唾液を漏らす。

 

『私の黒瀬君に近づいて...加えて想いを寄せるなんて...ね』

 

『私...の...? ふざけんな!! 黒瀬は誰の物でもっ...うえぇ...』

 

勝手に口を開いたために、再び腹を殴られる。

 

『二度も言わせるなんて...まぁ良いわ。とりあえず...あなたにはお仕置きが必要ね』

 

『ひぅ...何、するの...』

 

『あなたの汚い血なんて見たくもないけれど...仕方ないわね』

 

カッターナイフを取りだし、刃をチキチキと出す。

 

『まずは何処が良いかしら...顔は目立つから止めてあげましょうか。まずは...腹ね』

 

『...っっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!! いたあああああああああああああああいいいいい!!!!!』

 

肉を絶つ、繊維の逆から斬っていく。刃はなかなか進まず、ぷつぷつと血を流しながらゆっくりと進めていく。

 

『いたいたいたいたいたいたいたいたいたいいいいいいい!!!!!』

 

『これ結構大変なのね。ここらへんにしましょう』

 

『はぁ...はぁ...』

 

『リスカっていうのかしら? 腕を切る人が多いそうだし...腕も斬りましょう』

 

『いっっ、うううううううううううう!!!!!』

 

『...さて、じゃあこれからは我慢するか、諦めるか選ばせてあげるわ』

 

『え...?』

 

『もう金輪際黒瀬君に近づかないか、痛い想いをしてまで彼を好きでい続けるか...見物ね』

 

『そ...そんな...』

 

『いや、痛いだけではつまらないわね...尿を我慢させるのはどうかしら? それとも...虫でも大量に用意しましょうか? 水攻めも良いわね...さぁ、楽しませてね?』

 

 

 

 

 

「あら、黒瀬君? どうして顔を伏せているの?」

 

「...先輩...何で...!!!」

 

「まぁ、仮にもクラスメイトだし。見たくないのも分かるわ。止めてあげる」

 

再生メニューの停止を選び、映像が停止する。

 

「私の黒瀬君に近づいた罰よ。当然の報いだわ」

 

「...杉崎、杉崎は!?」

 

「あぁ...尿を我慢して、盛大に漏らして...虫を大量に持ってこさせた所で諦めたわ。情けないものよね。まぁ私としては好都合なのだけど」

 

「無事...なんですか...?」

 

「えぇ。この映像を撮っている事と、私の家で脅して家に帰させたわ。両親にでも話されたら困るから、そこもまた脅すけれどね」

 

「...」

 

「何であんな女が無事かどうか気にするの? ...まさか...」

 

黒瀬君が横たわっている上に、馬乗りになる。

 

「あの女が好きなの? 違うわよね? 言ったでしょう? あなたは私のものだと。それに、たかが痛いだの怖いだのですぐ黒瀬君を嫌いになる女なんかにあなたは渡せないわ。私なら、どんな事をされたってあなたを好きで居続けるわ。だってこの想いは本物だもの。私は何があろうとあなたを好きだし、好きで居続ける。だからあなたは私の物なの。他の女なんて近づけさせないわ。この部屋から一歩も出さない。あなたは私とずーっと一緒にいるの。あの学校には私以外の女がたくさんいるもの。そんな所にあなたを行かせるわけにはいかないわ」

 

「ちょちょちょ先輩!?」

 

「大丈夫よ。食事もお風呂も夜の営みだって私がお世話してあげる。夫のお世話をするのは妻の役目だもの。あなたは何も考えずに私を愛するだけで良いのよ? 幸せでしょう? 嫌な勉強も、したくない仕事も、汚い他の女と接する事もしなくていいの。ただ私と一緒にいるだけ。絶対に後悔なんてさせないわ。私の全てをもってあなたを愛して幸せにしてあげる。だから...」

 

「やべぇ結構魅力的...じゃねぇ!!!!」

 

「何よ?」

 

「先輩...おかしいですよ、こんなの...」

 

「? 何もおかしくないわ? 当たり前の事でしょう?」

 

「当たり前って...こんなの普通じゃない...!!!」

 

「普通じゃないことの何が悪いの? 普通に愛するだけじゃ...あなたも私も幸せになれないのよ?」

 

「...先輩、どうしちゃったんですか...」

 

「もとはと言えばあなたのせいよ? あなたを好きになってしまったから、あなたは今こうなっているの」

 

「そんな、勝手な...」

 

「勝手じゃないわ。あなたがかっこよすぎるから、あなたが可愛い過ぎるから、あなたが優し過ぎるからよ。ずっと一人で、誰にも優しくされず、誰とも一緒に居られなかった私に...あなたが近づいてしまったから、よ」

 

間髪をいれず、彼の唇に私の唇を触れさせる。そして彼の唇を私の舌で抉じ開け、口内を堪能する。歯茎、歯の裏、ざらざらとした舌、彼の甘い唾液。彼の全て。

 

「んむ...!?」

 

「んちゅ、ちゅる...ちゅぴ...ぴちゃ...んむぅ...んは」

 

唇を離すと、彼と私の唇の間に唾液で線が出来る。それがあまりにも扇情的で...濡れてしまう。

 

「あは...黒瀬君、今のでおっきくなっちゃったの?」

 

「っ...これ、は...」

 

「私で興奮してくれたのね...嬉しいわ。私も...あなたとキスしたら、濡れてきてしまったの。...私も初めてだから、大丈夫よ...でも」

 

少しだけ後ろに動いて、ズボンのジッパーに手をかける。

 

「あなたを壊してしまうかもしれないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この部屋に来て、どのくらい経っただろうか。もう分からない。日にちも確認出来ないし、窓は朝日も射し込まない。だけど不便はしていない。お腹が空いたら先輩が作ってくれるし、お風呂に入ろうと思ったら先輩が洗ってくれるし、暇だと思ったら先輩をお喋りやゲームや遊びが出来るし、性欲が溜まったら先輩が出させてくれるし。

 

俺はもう、先輩無しじゃ生きられなくなってしまった。

 

「ただいま、黒瀬君」

 

「お帰りなさい、先輩。ずっと待ってたんですよ?」

 

「あらあらごめんなさいね? 何かあったの?」

 

「...これ」

 

「...あらあらまぁまぁ。昨日あんなにしたのに、もうそんなにしているの?」

 

「先輩最近、身体エロくなってきてません? もう全然収まんないですよ」

 

 

 

先輩は優しい。おかげで俺は何もしなくても幸せに暮らしている。昔の事なんかとうに忘れてしまった。先輩との暮らしが、あまりにも平和で、幸せだから。

 

あれ、俺って...先輩の事好きなんだっけ。

 

「ふふ、愛してるわ。黒瀬君」

 

先輩の笑顔、綺麗。でも、何故か心は凍ったまま。

 

「はい、俺も愛していますよ。先輩」

 

 

 

 

 

 

あれ、俺って...幸せなんだっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーBad Endーー

 

 

 




...なんか...鬱とかグロ多め言ってたのに、全然入ってない気が...。

初挑戦でしたが、いかがだったでしょうか? よければご指摘、ご指導を感想欄にお願いしたいと思います。

...もう書きたくねぇ。

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