あの日、あの時、あの人の短編集   作:鈴木シマエナガ

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曰く付き物件姉貴は早く成仏して。


成仏はしないでおいてあげましょう

 

安ければどこでも良いや。そんな軽い気持ちで物件を探した。奨学金利用して大学出て、漸く就職して都会まで出てきてる身、贅沢なんて言ってられない。飯食って寝られればあまり関係はない。

 

 

「...って思ってたけど綺麗だな...」

 

壁紙は真っ白で汚れ一つ無く、広いキッチンとリビング、そこに差し込む日光が眩しい。

トイレとお風呂は別れていてそこもまぁ広い。スーパーやコインランドリーも近くにあり自転車使えば駅だって数分で着く、最高の物件じゃないか。

 

...この背筋に走る悪寒さえ無ければ...。

 

「うーむ、幽霊なんて信じて無かったけど...」

 

恐らくこれは、ガチらしい。

 

 

 

 

 

 

 

「曰く付き、ですか」

 

「えぇ、まぁ」

 

物件を紹介してくれたのは、お節介そうなおじさんだった。都内の安いアパートを借りたいと申し出た僕に、まぁ丁寧に対応してくれた。

 

「こちらとしても早く売りたいってのが本音だけど、やっぱ難しいというか...」

 

「どういった事情が?」

 

「...自殺してしまった女性が居てね。君より少し年上くらいだったかな。都会の慣れない暮らしや社会でのストレスとかだったんじゃないかな」

 

おじさんはすすっていたお茶を置き、少し遠い目になる。あ、これちょっと長い話だ。

 

「部屋がとても片付けられててね。そりゃあ埃一つ残さず、って感じだったよ。家具も必要最低限な物だけでね、寂しい部屋だった...一冊の本を除いてね」

 

何だったかな、とおじさんは向かい合っているテーブルのパソコンをいじる。カタカタと小気味の良い音が響く。お、これだと小さく呟く。

 

「―――が著した『優しい心理学』って本がテーブルに置いてあった。大事そうにブックカバーが掛けられて、小さな栞が挟んであったよ」

 

「...へぇ」

 

 

これが、僕がこの部屋に住もうと決めたきっかけだった。

何をとち狂ったか僕は、彼女と気が合いそうと思ってしまったのだ。たかが本一冊、好きな本だったからという安易な理由で。

この世を恨んで死んでいったかもしれない、見たこともないましてや亡くなった女性と気が合うだなんて、何て頭お花畑だったんだろう。

 

案の定、僕はその夜、今まで生きてて初めて幽霊を見る。

 

 

 

 

 

 

「...こんなもんか」

 

実家から送った荷物をほどき終わり、家具やら何やらを部屋に置いていく。

広い部屋を自分の家具で少し埋めていく、何故だか充足感を得た僕は満足気に置いた一人用ソファーに腰かける。全体的に柔らかく、これでも寝れるようなソファー。買って良かった。

 

何だ、全然平和じゃないか。これだったら別に怖がる必要も無かったな。幽霊なんて信じて無かったけど、本当に居ないんだな。これで証明された。

 

 

都会に出てきた緊張と、力仕事が終わったからか急激な眠気が襲ってくる。僕は、それに何も抵抗せず瞼を閉じる。

 

僕は、だだっ広い公園のベンチに腰かけていた。暖かな日と心地よい風が身体を癒していく。ぼんやりとした意識の中、僕はここが夢の中だと悟る。上手く身体が動かせない。ただ、何もない一点を見つめ続ける。

 

 

黒い何かが揺らぐ。明るい日の光の中、まるで半紙に墨を溢したかのような黒が、僕の視界に揺らいでいる。

 

あれはヤバい奴だ。あれに近づいちゃ駄目だ。咄嗟に頭は理解すれど、身体は動かない。まるで魅せられたかのように、僕はその黒を見つめ続ける。

 

ゆっくりと、それは近づいてくる。そこで、漸く僕はそれが人の形を成している事に気づく。延びる肢体、振り乱したかのような真っ黒で長い髪。それは女性だった。

 

そして、もう一つ理解する。彼女は、ここで死んだ女性だと。

 

新しく入ってきた僕を、邪魔者を排除しようとしているんだ。

 

まだ先がある、僕の生を恨んでいるんだ。

 

何故だか僕は、それを理解出来るような気がした。輝かしい先がある誰かを呪う気持ちを。自分の領域に勝手に入ってくる烏滸がましさを。僕は理解出来る。

 

背筋はずっと寒い。気持ち悪さでどうにかなりそうだ。今にも逃げ出したい。このまま振り返って走り出せば逃げ出せる。そもこれは夢なのだから目を覚ませばこの恐怖から逃げられる。

 

だけど僕は、それを見つめ続ける。恐怖と同時に、僕は知りたかった。彼女を。自分に近しい彼女を見てみたい。

 

手を伸ばせば触れられる。立ち上がれば顔が見える。そんな距離まで彼女は来た。恐怖で頭がふらついてきた。もうそろそろ限界が来そうだった。だけど、僕は聞きたい。ここで折れては勿体ない。

 

 

「...あなたの、名前は...?」

 

「...何で?」

 

「えっと...聞いてみたいから」

 

彼女は首を傾げる。

 

「どうして?怖くないの?」

 

「怖いけど、でも...」

 

少し楽観的に行こう。いきなり呪い殺されはしないはず...だ。

 

「もし幽霊だったら、こんな機会は無いだろうと思って。僕は幽霊なんて見たこと無かったし信じてもいない。でも、今目の前にいるのが幽霊なら、色々聞かなきゃ損だ」

 

異様に饒舌に語れた。何だか、心から絞り出してる感じがする。夢の中なら、僕は結構舌が回るのだろうか。

 

「...変な人。普通なら、もう逃げてるのに」

 

少し雰囲気が和らぐ。息がちゃんと吸い込める。冷や汗が止まっていく。

 

「...私は、雪希。雪に希望の希」

 

黒い靄が消えていく。綺麗な白いワンピースに、雪のように白い肌が見える。

その顔は、誰よりも美しくて、誰よりも悲しそうで、誰よりも寂しい。

 

「...幽霊に名前聞いたのは、君が初めてだよ」

 

 

僕の心を奪うのには1秒もいらないくらい、綺麗な笑顔だった。

 




幽霊っこ大好きなんです。続きますよー。
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