あの日、あの時、あの人の短編集   作:鈴木シマエナガ

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俺の彼女はめちゃくちゃ可愛い。

「なぁ、楽斗ってどんな奴タイプなんだー?」

 

「いきなりどうした我が友よ」

 

ある高校の、ある廊下。ある廊下はおかしいな。二年四組前の廊下。いつもわいわいがやがやと騒がしく、スカートが捲れる事を意に介さない女子が暴れまくってる。完全に見えた。良い下着してんなおい。

 

「...ああいう恥じらいの無いのは嫌だなぁ」

 

「あぁ。あれは見てるだけで良いよな...おほぉ...!!」

 

そんな事を呟きながら光悦の表情を浮かべる我が友、藤野 章介、17歳童貞。無職ではない。俺も童貞だけど。

 

「お前って彼女いた事ないじゃん? 異様にモテてるけど」

 

「お前も無いだろ。あと、モテてない」

 

まずい、章介が泣きそう。...お前良い奴なんだからその性格やめれば...いや、エロいから駄目だな。

章介とは小学校からの付き合いでその頃からエロかった。女子のパンツが見えれば1日生きていけるとか言ってたっけ。エロガキめ。

 

「...あ」

 

そんな事を思い出していたら、四組の前のドアに、人がいる事に気づく。恥ずかしそうにおろおろして、教室内を伺っているようだ。

 

「どうしたの、佐々木さん?」

 

「ひゃい!?」

 

一応声を掛けてみると、びっくりしたのか慌てて振り返る。

 

「あ、神野君...良かった...」

 

「何か俺に用?」

 

そこにいたのは、隣のクラスの女子佐々木 友架だった。あ、ともか ね。

 

「えと...お昼休みと放課後、読書週間の張り紙作るから図書室に、来て...ください」

 

「おっけー。分かった」

 

俺と佐々木さんは同じ文芸部に所属しており、図書室への融通を効かせるために時々図書委員の仕事を手伝っている。

根暗を感じさせる眼鏡、髪を一本に結んで卸していて、前髪は左側に寄せてピンで止めている。

 

「ん? でも、それって図書委員がやるんじゃ...」

 

「...」

 

目が何も言うなと言っている。...やれやれ...この娘は...。

 

「分かった。昼と放課後ね」

 

「...っ!!!」

 

顔からパアアッっていう効果音が出てきそうなくらい目を輝かせて、頬を紅潮させる彼女。...感情表現が薄い人って結構顔で分かるよな。

 

「じゃ、じゃあ...待ってる、から」

 

そう言い残し、足早に自分のクラスに戻ってしまう彼女。もうちょい話してても良かったのに。

 

「...佐々木って、眼鏡外せば可愛いと思うんだけどなー」

 

「何で?」

 

「昨日プールの授業あっただろ? 覗きには行けなかったんだが、授業終わってすぐプールに向かったんだ。そしたら髪を卸して眼鏡外してる佐々木に会ってさ、結構可愛かったんだよなー。なんつーか...あれが本当の佐々木なんじゃねぇかなって」

 

「...ふーん...」

 

そっかそっか...章介も、見る目あんじゃねぇか。

窓から吹き抜ける風を感じて、隣の喧しい友の話を聞きながら、俺の午前は終わっていく。

 

 

 

 

 

 

 

「っていう話を聞いたんだ」

 

「...そう、なんだ」

 

図書室の端っこ。設けられたテーブルと椅子に俺達は向かい合って座り、真っ白な紙に色々と案を出しながらそれを書いていた。

 

「良かったな、"友架"。褒められたぞ」

 

「...別に。"楽斗君"以外に褒められても嬉しくない」

 

俺達は、互いの事を名前で呼び合う。そう、実は俺達、付き合っているのだ。時期は一年の秋。友架の方から告白され、承諾した。俺は、その頃まで彼女居ない歴=年齢だったから、あんなにも嬉しい事は無かった。

 

「...私のクラスは、楽斗君の事褒める娘いっぱいいるよ」

 

「お、まじで? そりゃ嬉しいな」

 

「...」

 

友架は無言で紙を鋏で寸断する。そこには言葉に出来ない圧力が掛かっていた。下向いてるせいで眼鏡が反射し、目が見えない。

 

「褒められて嬉しくない奴なんて居ないだろ?」

 

「...」

 

...はぁ、全くこの娘は。

 

「まぁ、世界一嬉しいのは友架から褒められる事だけどな」

 

「...いたっ」

 

突然のパワーワードに驚いたのか、使っていた鋏を落としてしまい、道具やら何やらがテーブルから落ちてしまう。

 

「っ、大丈夫か!? 怪我してないか?」

 

「え、あ、うん...落として足にぶつかっただけだから...」

 

「...すまん、鋏使ってたのに驚かせるような事して...」

 

「だ、大丈夫だよ。気にしないで...」

 

友架は、恥ずかしがるように椅子を立ち、床に散らばった道具を集める。俺も椅子から立ち、それを手伝う。

そして、ペンを拾おうとした手がぶつかってしまった。

 

「あっと、ごめん」

 

「...!!!」

 

友架は顔を真っ赤にして手を引っ込めた。赤いフレームの眼鏡の、レンズ越しの目がやっと見えた。恥ずかしさで潤い、綺麗な色をしていた。乙女か...乙女か。

 

「...お前はやっぱ眼鏡でも可愛いよなぁ...」

 

「...もう、早く終わらせよ?」

 

「はいはい」

 

今日は休館のため、誰も居ない図書室。校庭でサッカーやバレーをしている生徒達を声を聞き、窓から流れ込む風を感じながら、俺は目の前の可愛い彼女を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あーあ...もう昼休み終わっちゃう。まだ楽斗君と話していたいのに...楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。もっと昼休みが長くても良いのに、と思う。

昼休みが終わったら、また知らん顔の生活に戻ってしまう。私達が付き合っている事は、周りに秘密なのだ。だから、人前で堂々と楽斗君と話す事は出来ない。私は、自他共に認める根暗だから、明るくて、カッコいい楽斗君とは住んでる世界が違う。楽斗君が楽しそうに友達と話している時、私は一人で本を読んでいる。

 

そんな、天と地ほどの差がある私が、堂々と楽斗君と付き合っているなんて言ったら、私ばかりか楽斗君にまで迷惑が掛かってしまう。そんなのは嫌だ。だから、秘密なのだ。

 

「...何で、私と付き合ってくれたんだろ...」

 

そんな、誰にも聞こえないように、俯いて呟いたその一言は、やっぱり楽斗君には届いていなくて。ただ楽しそうに私の顔を眺めているだけだ。でも、それだけでも良かった。私と一緒にいて、楽しそうにしてくれるのなら、それで良いのだ。

 

「...あ、そろそろ終わりだな。片付けるか」

 

「...うん。また、放課後にね」

 

昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響き、私達はテーブルの上に散らばった道具を片付ける。あと4時間も楽斗君とお喋り出来ない。だけど、あと4時間だ。

 

「うっし。...あれ? 教室戻んないの?」

 

「わ、私はここの鍵返してくるから、先行ってて」

 

「んだよ。そんぐらいやんのに」

 

「良いの。ほら、早くしないと...次音楽でしょ?」

 

クラスが違うのに、時間割を覚えてしまっている自分が恥ずかしい。

 

「あ、そうだった。んじゃあ友架、また後で」

 

「うん」

 

手を振って、楽斗君は駆け出した。...まぁ、良いけど。あれが彼なのだ。一緒にいてあげようとか、もっとゆっくり行こうとか考えてくれない、鈍感で唐変木でデリカシーが無くて。だけど、それでも大好きで、そんなのも許せてしまうくらい、惚れてしまっている。

 

そんな考えをしていたら、顔が熱くなってくる。それを振り払うように頭を振って、職員室へと向かった。

 

 

 

 

 

...やっと終わった。来週にテストあるけど、楽斗君は大丈夫かな。勉強あまり得意じゃないし。また図書室で勉強かな...いかん。それは良いことではないのに、自然と頬が緩んでしまう。駄目だ、こんなとこクラスメイトに見られたら、また気持ち悪いとバカにされる。

対等に立ちたいとは思っている。だけど、人間そうは変われない。変わるための準備も、変わるための環境も、自分では用意出来ないから。

 

帰りの準備をして教室を出る。教室には部活に入っていない女子が何人か残って話をしていた。

 

 

「...あ、神野く...」

 

 

 

 

「ねーねー、神野くーん今日どっか遊び行こうよー」

 

「あのなぁ...俺一応部活入ってんだけど...」

 

「だって文芸部でしょー? やったってやんなくたって一緒じゃーん」

 

「それに...隣の佐々木さんと二人でしょ? やめときなって!」

 

隣のクラスでは、女子二人と楽斗君が一緒に話をしていた。

...そんな悪口には慣れている。何度も何度も聞いてきた。

 

「...良く言われるよ。根暗だなんだって」

 

 

 

 

だけど、それを否定してくれない事には、慣れたくなかった。

 

 

私は、声を掛けようと開いた口を閉じる。呼び掛けようとした手を卸す。入ろうとした足を引っ込める。そして、体の向きを変えて、図書室へと歩き出した。

 

 

「良く言われるよ。だけどさ...」

 

その後の、彼の言葉には目もくれないで。

 

 

 

 

 

 

 

「...来ないな」

 

普通は帰りのHRが終わったらクラスに来るんだけど...何かあったのだろうか。

 

「じゃー良いじゃーん!! 遊び行こうよ!!」

 

全く鬱陶しい。今はそれどころじゃないんだよ。

 

「あんな根暗ボッチほっといてさ、さっさと行こうよ!!」

 

「どうだっていいでしょ佐々木なんて。文芸部も辞めればいいのにー」

 

 

込み上げる怒りを抑える。目の前のビッチ共を殴りたくなる衝動を堪える。何のために、友架が俺と付き合っている事を秘密にしたいって言ったのか、俺が一番分かってる。俺に迷惑を掛けないため、俺の面子を潰さないためだ。そう思って、色んな事を我慢しているっていうのに、ここで俺があいつを庇ったら意味がない。

 

あいつが、いつも辛そうに神野君って呼んでいる事に意味が無くなってしまう。

そう思うと、俺はまた彼女に辛い思いをさせてしまったみたいだ

 

「ごめん、やっぱ駄目だよ。今日は委員会の仕事やんないといけないから」

 

「えー...そんなに文芸部が大切なの?」

 

「...違うよ」

 

違う。俺が大切なのは文芸部じゃない。

 

「えっ、じゃあなんで...」

 

彼女が何かを言いかけたようだが気にしない。俺は鞄を引っ掴み、駆け出す。

 

またやってしまった。友架が、俺のクラスに来ない訳が無いじゃないか。じゃあなんで、声を掛けなかったのか。決まっている。俺があの二人と話していたからだ。そして、その話の内容だ。全部、彼女を傷つけるものだったじゃないか。そして、俺はそれを否定したか? していない。

彼女に迷惑を掛けないという思いは、彼女を傷つけない事と同義にはならないのだ。

 

俺が本当に大切なのは、友架の筈なのに。あいつの気持ちを考える事が、結果的にあいつを傷つけてしまっては意味が無い。

 

階段を駆け上がり、図書室へと向かう。そのドアを開けると、そこには...

 

静かに、窓の外の夕日を眺めている友架がいた。

 

「...ごめん。遅れた」

 

「...良いんだよ、"神野君"」

 

彼女は、冷たく辛そうな目で俺を見る。

 

「もう、良いんだよ」

 

「何が良いんだよ?」

 

 

 

 

 

「もう、別れよう神野君。私、辛いの。神野君と釣り合わない私が。こういうのは、もうやめよう...私といたって、神野君に迷惑かけるだけだし...」

 

...何言ってんだよ。

 

「神野君だって辛いでしょ? こんな根暗。一緒に居たってつまんないだろうし、あの娘達みたいに、可愛くもない。私となんて、付き合うべきじゃなかったんだよ」

 

そう言いつつ、涙を流す彼女。今、辛いのはどっちなんだ。俺の訳がない。友架だ。

 

「私がフラれた事で良いからさ、あの娘達のとこ行ってあげて。私といるより、何倍も楽しいだろうから」

 

 

 

 

俺は、俺の思い上がりで、俺の勝手な解釈で彼女を傷つけていた。迷惑を掛けていたのは、俺だ。友架を傷つけないように、迷惑を掛けないようにしていると思っていたのだ。結局それが、今この状況を作り上げてしまっている。

ならば、やる事は一つだろう。

 

「...友架、ごめんな。俺のせいで...大きな誤解を生んでしまったらしい」

 

「...どういう事?」

 

俺は、頭をがしがしと掻きながら彼女に近づいていく。そして、頭にぽん、と手を置く。

 

 

 

 

「...俺の彼女は、めちゃくちゃ可愛い」

 

「っ...!!!」

 

「確かに暗いし、インドアだし? 逆に俺は明るすぎてハゲかってくらいだし、もういっそ外で暮らせやってぐらいアウトドアだ。だけどな...」

 

置いた手で、友架の頭を撫でる。

 

「俺が本当に大切なのは...お前だよ、友架。俺が大好きなのは、お前なんだ。だから...」

 

俺より背が低い友架と、視線を合わせるために少し屈む。彼女の目尻には、たっぷりと涙が溜まっていた。

 

「もう、隠すのはやめよう」

 

俺は、初めて彼女の唇に、俺の唇を重ねた。心臓の跳ね具合がやばい。こんなチャラチャラしてますけど、俺ファーストキスなんです。こんな感じで良いのかと内心びくびくしてます。

 

「...ふえ...?」

 

「もう、秘密にするのはやめようぜ。お前を悪く言うやつなんか気にしないでさ。俺が、お前の事好きなんだって証明してやるから」

 

友架の眼鏡を外してやり、涙を拭き取る。

 

「...お前本当に可愛いんだからな? お前の可愛さを全国配信したいぐらいに」

 

「へ? なななあ、何いってんの!?」

 

「まぁまぁまぁ。恥ずかしそうに笑うとことか、一気に顔真っ赤にするとことか、頭撫でられると嬉しそうにするとことか、美味しい物食べると目が輝くとか、本読んでるとこがすげぇ似合うとか...あげ出したら本書けるぐらいある」

 

本当に可愛いのだ。俺の彼女は。

 

「だから、俺は迷惑だなんて思わない。俺が、お前が可愛いって知ってるから。寧ろ自慢だよ、友架みたいな可愛い娘と付き合えて」

 

「...楽斗、君...」

 

「だから...あぁそうか、こうすれば良いのか」

 

俺は、改めて彼女に向き合う。

 

 

「佐々木 友架さん、正直言ってあなた目当てで文芸部に入りました。俺と付き合ってください」

 

「...私目当てだったんだ...」

 

「あぁ」

 

「...私、根暗だよ?」

 

「可愛い根暗とかタイプ」

 

「...インドアだし」

 

「可愛いインドアとかもっとタイプ」

 

「...クラスでも、弄られるし、悪口言われるし...」

 

「もう言わせねぇよ」

 

「...他にも色々あるよ? いっつも楽斗君の事考えてるし、嫉妬だって...するし、お弁当作ってきてあげたいとか思うし、いっつもくっついてたいって思ってる」

 

「結婚したいくらい可愛い」

 

「...それでも、良いの?」

 

「嫌いになる理由が見つかんないな。結婚する理由しかないね」

 

「...分かったよ。でも...私も、ちょっと変わってみる。せめて...楽斗君と対等になれるくらい」

 

「気にせんでも良いけどなぁ...」

 

「私は気にするの...これから、もっと可愛くなる、から...よろしく、お願いします...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおーい!! 楽...斗ぉ!?」

 

「おう、どうした章介?」

 

「...酷いぜ...お前は仲間だと思ってたのにーーー!!!」

 

 

 

「...なんだ、あいつ?」

 

「...さぁ?」

 

 

 

「...え、神野君の隣の娘誰?」

 

「転校生?」

 

「めちゃ可愛くね? 神野まじかよ...」

 

 

「...早速噂になってるな」

 

「うぅ...恥ずかしいよ...」

 

 

 

「ちょちょ、神野君!?」

 

「お、昨日の」

 

「だ、誰その娘!? 付き合ってんの!?」

 

 

 

「あぁ。隣のクラスの佐々木 友架だ」

 

「えと...佐々木です...」

 

「は、はぁ!? 佐々木!? だって、佐々木は...」

 

今日の友架は、イメージを暗くしていた眼鏡を外し、コンタクトを入れ、縛っていた髪をそのまま卸していた。それだけで、彼女のイメージがこんなにも変わるとは...。

 

「もう、根暗なんて言わせませんよ」

 

勝ち誇ったような笑みで、俺の腕に抱きついてくる友架。

 

「だから...私の彼氏にもうちょっかいかけないでくださいね?」

 

やっぱり、俺の彼女はめちゃくちゃ可愛いのだ。

 

 

 

 




明日の6時まではセーフにしてください...。

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