照り輝く太陽...の下ではなく、冷房が効き涼しくなっている図書館の中、一組の男女が長テーブルの上で、一人は怠そうに突っ伏し、一人は凛として本を読んでいた。
「...ねぇ」
「...何ですか?」
「...暇じゃないの?」
「...本読んでますから」
「...今って何月?」
「...8月ですね」
「...夏休みだよね?」
「...夏休みですね」
「...どっか行こうよ!!」
「鈴木君、図書館ではお静かに」
鈴木は飛び起き、テーブルをばん、と叩く。その大声と大きな音で周りに居た人が怪訝な目で鈴木を見る。慌てて周りの人に謝り恥ずかしさからか、頭を抱えて再び突っ伏した。
「...可愛いですね鈴木君」
「うるさいなぁ...ねぇ、葵ちゃん...」
実は、この青山さん。名を青山 葵と言う。鈴木は鈴木 真(まこと)だそうです。
「どっか行こうよー。夏休みなのに図書館に籠りっぱなしとか高校生らしくないよー」
「...鈴木君、あなたは私を青春の手段に使うつもりですか?」
「なんという特大ブーメラン」
一月程前、彼らは世にも珍しい予告告白という方法で付き合う事になったのである。青春を送る上で、恋も何も関係なく、自分に寄り添ってくれる彼女に惹かれ、また彼女は自分を肯定し、自分を引っ張ってくれる彼に惹かれ。
そんな事を言ってくれた彼に対して、彼女は絶対的な信頼を寄せているためか、夏休みだと言うのに、いつもと変わらない毎日を彼と過ごしていた。
「...そうじゃなくてさ...」
「じゃあ、何なんですか?」
「...葵ちゃん、と遊びに行きたい、から...」
恥ずかしげに頬を掻き、頬を染める彼を見て、彼女の心は満足に満たされる。いつも飄々としており、余裕ぶった彼が、焦り恥ずかしそうにするのは、彼女にとって眼福なのであった。
口角が上がって笑顔になってしまうのを、本を口元に持っていき隠し、目を閉じる。
彼女としては、行きたくて堪らない事だったのだ。しかし、いつも図書館に行ったり、本屋に行ったりとインドアな生活をしていた彼女が、突然海に行こうプール行こう等と誘えるわけもなく、誘ってくれるよう誘導していたのであった。
「...ふふ、冗談ですよ。何処へ行きましょうか?」
「え!? 良いの!?」
「しー...」
またしても周りが怪訝な目で彼を見る。
「...本当に良いの?」
「えぇ。あなたの頼みとあれば」
本当は自分から誘いたかったのだけれど。
「よっしゃー...じゃあ何処行こっかなぁ...」
とても嬉しそうな顔で、然り気無く持ってきて、テーブルに置いておいた[夏の定番スポット!! カップルで行くならここ!!]を読み始める彼。彼女の作戦は完璧だった。
「じゃあ...ここ! [最恐!! 絶叫お化け屋敷]!!」
この時までは。
「...お化け屋敷、ですか...!?」
「うん! 僕こういうの好きだからさー...行ってみたかったんだよねー」
そう言って楽しそうにお化け屋敷のページを読み漁る。ちらっと見えたページには顔がぐちゃぐちゃになったゾンビ、血だらけの幽霊、這いずる生霊等々。彼女が見たら一瞬で気絶してしまいそうな物がてんこ盛りだった。
実は青山さん、大の怖い物嫌いなのだ。
「そ、そうなんですか...ほ、他は?」
「んー、まずはここかな! これ行っとかないと夏は始まんないよ?」
そんな事言われてしまうと断り難くなってしまう。だが。
「鈴木君、はそういうの得意なんですか?」
「結構ね。テレビとか映画とか良く見るし...」
よし、ここで私はあんまり得意じゃないとやんわり断れば...!!
「でも、葵ちゃんは得意だよね! いつもキリッとしてるし、この前なんていきなり後ろから抱きついたのに微動だにしなかったし!」
「...え、えぇ。当たり前じゃないですか...???」
そんな事言われたら、断れないのが彼女である。
(いきなり抱きつかれた時はびっくりし過ぎて身体固まっちゃったからなのに...)
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「うっわぁ!!楽しみだね!」
「...そ、そうですね...」
まずいまずいまずい...このままでは、かっこよくキリッとした葵ちゃんという鈴木君のイメージが、怖い物嫌いの泣き虫葵ちゃんになってしまう...そんなのになってしまったら...
『...え? 葵ちゃん、怖いの駄目なの...? そっか、イメージ崩れたなぁ...別れよ』
なんて鈴木君に思われてしまう!!! それだけは絶対回避しなければならない...。
目の前に立ちはだかるのは、古い屋敷をモチーフにした黒い建物。見るからに怖い。
「じゃあ入ろっか!!」
「あ、あの鈴木君」
「ん? どうしたの?」
「えとですね...せっかく遊園地に来たんですし、楽しみは最後にとっておきませんか?」
ナイス私。これは良い回避方法だ。他のアトラクションで時間を潰し、閉園時間まで遊び尽くしてしまおう。
「駄目! 僕、デザートは最初に食べる派だから」
「えぇ!? それではデザートは別腹という格言g」
「さぁレッツゴー!!」
「ちょちょちょ、鈴木君!?」
いつもなら手のひらを掴むだけなのだが、今日は気分が浮いているのか指を絡ませてくる鈴木君。たったそれだけなのに、私の心は幸せで満たされて、目の前に迫ってくる恐怖の入り口の事さえ忘れてしまった。
...いや忘れんなよ私。
「さぁどんなのが出てくるかなー?」
「...(ブルブル)」
『グワオオオオ!!!!』
「イヤーーーー!!!!」
『うぅ...うぅぅ...』
「ひぃ...!! ひぃぃぃぃ!!!」
『(バッ)』
「うひゃあああ!? 鈴木君!? 今頬に冷たい感触が!?」
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「...」
「ご、ごめん葵ちゃん!! 怖い物嫌いだなんて思わなくて...」
...やっちゃったなぁ。思えば、あの時何も言わなかったり後回しにしようとしたのは、行きたくなかったからか...。悪い事したな...。
「うぅ...うぅぅ...」
「あっ、えと、その...は、ハンカチ!!」
まずいまずいまずい泣き出してしまった!! このままじゃ
『女の子にこんな事させる鈴木君なんて最低です。別れましょう』
ってゴミを見るような目で言われてしまう!! でもそのゴミを見るような目は見てみたい!! じゃない!!
どうしよう...本当に言われちゃったらどうしよう...慌ててすがり付くしかないのか...。
どうやら、泣き止んだ葵ちゃんは、気恥ずかしそうにハンカチを太ももの上に置く。
「...あの、葵、ちゃん...?」
「...らわないで」
「え?」
何て言ったのか分からず、聞き返す。
「嫌わないで、ください...!!」
すがり付くような、助けを求めるような目で予想もしないことを言ってきた。
「えぇ!? な、何で!?」
「だって、怖い物嫌いな私なんて...鈴木君がお化け屋敷好きだって言ったから、怖いの嫌いだなんて言えないし...折角誘ってくれたのに...私...!!」
「うわああ! 泣かないで泣かないで!!」
これじゃ、周りからは女を泣かせる最低鬼畜ゲス屑野郎だって思われてしまう。それもあるけど、葵ちゃんをこのまま泣かせ続けるわけにはいかない。
「...ごめん、葵ちゃん。僕がちゃんと聞けば良かったんだ。ごめんね、辛い思いさせて」
「...お願い、だから...別れたく、ないです...!」
なんて事を言うんだこの娘は。僕が別れようだなんて言うはずないじゃないか。ていうか怖い物嫌いだからって別れる人いないでしょ...どんだけ心配性なんだ葵ちゃんは。...可愛いなぁ。
僕が葵ちゃんと別れるなんて考えられない。だって、結婚したいと思えるほど、僕は彼女に惚れていて、好きになってしまっているから。
「...言わないよそんな事。可愛いなぁ葵ちゃんは」
「...ほんとですか...?」
「当たり前じゃん。寧ろ僕が最低って言われて別れるんじゃないかとひやひやしてたよ」
考えてる事は一緒なんだな。何か、嬉しいな。
「ごめんね、僕はずーっと葵ちゃんと一緒に居たいって思ってるから。だから、嫌いになんてならないよ。...寧ろ、怖がってた葵ちゃん...可愛かったし」
僕はSっ気があるのかもしれない。
「...鈴木君は最低です」
...Mかもしれない。
「...なので、私の言う事を聞いてもらいます」
「...なんなりと」
「...か、観覧車に、乗ってみたい、です」
「うわぁ...高い...!」
「凄いね、街が大体見えるよ」
「あ、あそこ! 学校ありますよ! ちょっと見えにくいですけど」
観覧車の中、葵ちゃんは普段見せないような綺麗な笑顔で周りを見渡していた。珍しく声を大きくして、はしゃぐ葵ちゃんは、年相応の女の子みたいで、やっぱり可愛いかった。
「これで許してくれる?」
「...まだです。あと、もうひとつ」
はしゃぐのを止め、こちらに向き直る。
「...わ、私と...こここここ、ここで...!!」
「???」
「キス...してください...!!!」
空には、照り輝く太陽。夏を感じさせる積乱雲は遥か遠く。木々は生い茂り、蝉は短い生を鳴き声に捧ぐ。街は汗をかいた人々が行き交い、子供達は川や森で大冒険をしているのだろう。
さて、そんな何でもない街の一角、さほど広くもない定番遊園地で、僕らは青春...じゃないな。"僕ら"の1ページを刻む。狭い観覧車の中、僕らは
忘れられない、キスをした。
「...ごめん、歯当たった?」
「...駄目ですね。もう一回」
「えぇ!? あ、ちょ...」
これにて完結です!