あの日、あの時、あの人の短編集   作:鈴木シマエナガ

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最近のラノベとかアニメは、幼なじみ舐めてません? ぽっと出美少女転校生より幼なじみヒロインを選ぶ人へ送る、幼なじみの物語。


幼なじみこそメインヒロインであって。

「おーい、ヒロ君。あーさでーすよー」

 

「...む...」

 

今日、6月24日。いつもと変わらない朝。夏が近づき、梅雨を感じさせる雨も多くなってきた今日、俺は、誰もが羨むであろう"幼なじみ"に起こされていた。被っている布団を揺り動かし、可愛らしい声を掛けられて。

 

「全く...私が起こしに来るからって安心し過ぎだよ」

 

「ごめんなぁ...迷惑だよなぁ」

 

「め、迷惑じゃないけど...もう。甘えん坊さんだなぁ」

 

この反応見る限りあれである。こいつ俺の事好きである。小説(主にラノベ)で読んだぞ。こういう反応する幼なじみ系ヒロインは高確率で主人公が好きである、と。この場合の主人公は俺である。

だって普通に考えてみろ。朝の準備に30分程度かかるとなると、こいつは1時間以上も前に起きて準備しなきゃいけない事になる。この時場合、今7時半だから、6時半だ。それが迷惑じゃないはずが無いじゃないか。

 

「いくら学校近いからって、油断し過ぎだよ?」

 

「でもなぁ。早めに行ったってやること無いし」

 

「勉強するとか色々あるじゃん...」

 

「勉強はお前に教えてもらってるから、この前の試験だって61位だ。悪くないだろ?」

 

「え、本当に!? やったじゃん!!」

 

この幼なじみ、運動こそ音痴ではあるが、成績はトップクラス、そして天才系ではなくコツコツタイプのため人に教えるのも上手い。授業を寝てしまう時がある俺にとっては、第二の先生のような存在だ。

よくよく考えると、俺こいつが居ないと何も出来ねぇじゃねぇか。

 

「...あ、忘れてた。おはよう、文香」

 

「うん! おはよう、ヒロ君」

 

 

 

 

 

 

 

「今日の味噌汁美味しかったな。黄金比率出た?」

 

「うん! 最近良く黄金比率出るからねー。やっと覚えてきたよ」

 

文香の味噌汁には、料亭か!! と思える程の味が出てくる時がある。俺はそれを黄金比率と呼んでいる。いやほんと美味しいんです。

 

「今日は体育あるな...女子はマラソンだっけ?」

 

「そうなんだよー...私足遅いから憂鬱...」

 

「マラソンは最後まで走り切るのが大切なんだよ。最初飛ばして最後へばるより、ずっとペース保ってゴールした方がカッコいいぞ」

 

ソースは俺。毎回一位になるやつに勝とうと躍起になって走ったら、最後はふらふらになりながらゴールした苦い思い出。走るのが苦手なのなら、無理せず走った方が良い。

 

「そ、そっか...うん! 頑張るぞー、おー!!」

 

「おー。男子はサッカーだっけか。苦手なんだよなサッカー」

 

ずっとボール触り続ける競技が基本苦手だ。バスケとか何なの? ボールずっとついてんのもめんどくさいのに、何で相手も気にしながらやんなきゃいけないのさ。その点野球、テニス、バレーは良い。テニスとかめっちゃ楽しい。

 

隣で、胸の前に両手を持ってきてぐっと手を握る文香を見ながら、久しぶりに晴れた空の太陽を感じ、夏の到来に胸を躍らせた。サッカーは憂鬱だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はよーっす」

 

「おはよー」

 

クラスに入り、時計を見ると登校時刻15分前。これこそコスパ最強である。

 

「なんだー高山? 今日も夫婦登校かー?」

 

「るせーな。んなもんじゃねぇよ」

 

前の席の佐藤が絡んでくる。幼なじみが羨ましいのか毎日のようにこの会話を朝する。嫌な奴じゃないし、良く遊ぶ中だが、こういう絡みは避けたい。十中八九、俺は文香の迷惑だろうし、俺との噂はあんま立てられたくない。

 

「ほんと絵に描いたような幼なじみだよなー。成績優秀、眉目秀麗、運動こそ得意じゃないが、それでも頑張ろうとするその姿に男子はメロメロ、と...死ね」

 

「何でいきなり願望言ってくんだよ」

 

「それで付き合ってないとかもうなんかさ、死ね」

 

「最早文句になってんだけど」

 

「まぁぱっとしない中辺高校生のお前にはもったいない相手だよなー」

 

「死ね」

 

 

 

 

 

 

「おーしお前ら席に着けー?」

 

お決まりのセリフで、出席簿を机の上に置く先生。何で席に着いてんのにこのセリフ言うんだろう? 先生ってよくわかんねぇな。

 

「今日は、お前らに転校生を紹介するぞー」

 

『うおおおおおおおおおお!!!!』

 

朝からテンション高いなお前ら。普段通りなの俺と文香、あと大人しい系の人だけだぞ。結構いんじゃねぇか。

 

「では、入ってきてくれ」

 

「はーい。失礼しまーす」

 

快活そうな声で入ってきたのは、長い、茶色が掛かった黒髪をシュシュでポニーテールに縛り、綺麗な白い制服を着て、緑色のミニスカートを履いた、良い具合に日焼けした正に美少女。一瞬にして、男子の視線はその、豊満では無いにしろ、形を強調するバストへ向かった。この変態共め。あぁ俺もか。

 

「えー、**高校から転入してきた篠宮だ。自己紹介を」

 

「はい。えっと、篠宮 茜です!! あっちの高校では水泳部入ってましたけど、怪我しちゃって引退してました。親の転勤もあってこっちに越してきました。えと、あーとーは...好きな物はラーメン!! 嫌いな物はコーヒーです!! よろしく!!」

 

『うおおおおおおおおおお!!!!!!!』

 

...これは、男子メロメロだな...。まぁこんな女子嫌いな男は居ないだろう。誰でも親しみやすいような雰囲気にあの見た目だ、こりゃ学校で凄い人気になるな...。ラーメン好きはヒロ君的にポイント高い。

 

「まぁ文香の人気下がるからいっか...」

 

ぼそっと呟き、慌てて自分の愚かさに嘆く。俺は...何て事を...考えてんだ...ふんっ!! と机へと頭を打ち付ける。

 

「じゃあ席は...高山の隣だな」

 

「...は? 俺?」

 

俺の席は窓側の一番後ろ。男子女子の列に別れているがこのクラスは35人で丁度一人余る。それ俺。ハブられたとかじゃないよ? くじ引きだよ? それにこの席人気あるしな。

 

「えっと...高山、君?」

 

「...高山 宏和。よろしくな、篠宮さん」

 

あ、ひろかずです。

 

「うん! よろしくね!!」

 

うお、眩しい...そんな太陽みたいな笑顔初めてみた...。ニコニコと隣の席に座り、バックから教科書やら何やらを取りだし...てないな。ノートだけだ。

 

「あー、高山。篠宮の分の教科書は配布されてないから、しばらく見せてやってくれ」

 

何だそのイベント。男子からの殺気やばいんだけど。おそらくこのクラスで一番ヘイト集めてんの俺。幼なじみに加えて美少女転校生の隣...女難の相でも出てんのか? 若しくは主人公。

 

「わわ、ごめんね? 迷惑掛けて...」

 

「あー、えと...大丈夫だから。気にすんなよ、しょうがない」

 

そう。これはしょうがない事なのだ。教科書が配布されてないから誰かの教科書を見せてもらう。これは必然で、その相手が俺だったってだけの事。しょうがない、これ運命。ディスティニー。fate。ライダーさん一筋だぜ俺は。エクステラのライダーend最高だったぞ。

 

「じゃあHRを始めるぞー...」

 

どうしたもんかと机に突っ伏そうとしたら、心配そうな、不安そうな顔をした文香と目が合い、どちらも気まずそうに目を逸らした。

 

 

 

 

 

 

『死ね』

 

「HR終わってからの皆のヘイトが凄い」

 

恨むならくじ引き作った奴恨めよ...。HRが終わった途端に男子全員が俺の机に群がる。怖いよ、誰か助けてよ。ていうかこのクラスの男子はリア充いねぇのかよ寂しいな。

 

「おま...幼なじみの相川に加え、転校生の篠宮さんだなんて...死ね」

 

『死ね』

 

「このクラスには佐藤しかいないのか。皆佐藤か」

 

佐藤です。

 

「くっそが...そうだ!! 歓迎会と表して篠宮さんとお近づきになろう!!」

 

「それだ!! 冴えてるな佐藤!!」

 

「ははっ、あんま褒めんなよ佐藤」

 

佐藤でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...佐藤は良いよなぁ。サッカー男子で」

 

「あのなぁ...俺としては女子に囲まれるお前の方が羨ましいわ」

 

囲まれてはねぇよ。挟まれてるだけだよ。何だそれ卑猥。ていうか、篠宮さんの方は隣だからってだけで、挟まれてるわけじゃない。好意持たれてすらいないぞ。...それはそれで、何か悲しいなぁ。

 

「はっはー!! 俺はここでスーパープレイを見せ、篠宮さんにアピールするのだああ!!!」

 

「今、篠宮さん1000m走だから見てる暇無いぞ」

 

「なーっ!? あ、外した!!!」

 

「おーい何してんだ佐藤ー?」

 

「すまねー佐藤!!」

 

「お前らそれわざと? コント?」

 

名前で呼べよ紛らわしい。

俺は後半組のため暇だ。すまない佐藤、試合中なのに話しかけたりして。

 

「...」

 

女子の長距離走に向き直る。...おー...揺れる揺れる。じゃない。

まぁ、運動部でさえやりたくないであろう長距離走を頑張って走っているってのは、画になるよな。うん。卑猥とかそういうの関係無く。

 

「...篠宮さん速...」

 

完全にぶっちぎりだ。二位と半分以上も差つけて走ってる。怪我したって言ってたけど、足腰じゃないみたいだな。

 

「...?」

 

「っ...」

 

やばい、見すぎて目合っちゃった。目合って百合に見えるね。関係無いね。

数秒見つめ合うと、照れたようにえへーっと笑いそのまま走り抜けていった。...何だあの可愛い仕草は。何で走ってて可愛い仕草が出来るんだ。

 

少し、心臓がドキドキしている自分に腹が立った。

 

「はっ...はっ...」

 

そして、文香の方は同じペースでずっと走り続けていて、かなり疲れている様子だが大した物だ。下位グループとはいえその先頭を走り続けていて、周回遅れにされていない。

 

「...頑張れ」

 

そう小さくつぶやいて、後半組のサッカーへと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...むー...」

 

篠宮さんが来て数週間。篠宮さんは元からこのクラスにいたかのようにクラスに馴染んでいて、毎日楽しそうに過ごしている。それは良いのだ。

 

「あ、高山君教科書見せて!!」

 

「あーうん。ほい」

 

...教科書を見せる際には机をくっつけなければならない。そのため、ヒロ君と篠宮さんは密着した状態になる。...何度も何度も。ていうか何でもう教科書配布されてんのに貸してもらってんの...。それに...。

 

「うーん、良く見えないー」

 

「うわぁちょ...」

 

何でそうまでしてくっつきたがるの...!? あぁもう、気が気でならない...やっぱり、そうなんだよね...そうなんだよね...うぅ、私もああやってヒロ君とくっ付けたら...

 

「えーでは、相川。ここ訳してみろ」

 

「...え? あ、はい!!」

 

慌て授業へと頭を戻し、黒板に書いてある英文を訳す。

 

『私はあなたと共にいたい』...か。今の私には、心に突き刺さる言葉だな。

 

 

 

 

 

 

「...珍しいな」

 

「え? 何が?」

 

「あぁ、いや。文香が授業中ぼーっとしてるって、珍しいなって思ってさ」

 

あいつは基本しっかりノート取ってるし、先生の話も聞いている。先生の話をノートに書き込んだりもしているらしく、度々その話を一緒に勉強している時に説明してくれたりする。

 

「...高山君って、文香ちゃんだけ呼び捨てなんだね」

 

「あーまぁ、幼なじみだしね」

 

「へー...幼なじみなんだぁ」

 

篠宮さんは文香を一瞥してから、俺を見る。

 

「じゃあ、私高山君の事名前で呼んでいい?」

 

「何でそういう話になるの?」

 

思わず叫びそうになった。

 

「いや、他の男子は名前で呼んでるんだけど、高山君は文香ちゃんにヒロ君って呼ばれてるし、付き合ってんのかなって。付き合ってるなら、名前で呼ばない方が良いじゃん?」

 

「...付き合ってないよ。ていうか彼女居たことないし」

 

「じゃあ名前で呼んで良いね」

 

「お好きにどーぞ」

 

「じゃあさじゃあさ、宏和君、今度遊びに行こーよ」

 

「...はい?」

 

 

 

 

 

 

 

篠宮さんが来て、はや1ヶ月。既に7月になり、蝉は短い夏に騒がしさをもたらし、太陽はより強く照り輝いている。そんな晴天下、俺は...

 

「お、いたいた。宏和くーん!!」

 

篠宮さんと、待ち合わせをしていた。

 

「ふぅ、ごめんね。電車混んでてさ」

 

「全然良いよ。あんま待ってないし」

 

「そこは今来たとこって言うんだよ」

 

「男子は女子より早く来るもんなの」

 

「...へー、良い事言うじゃん」

 

今日の篠宮さんは、まさに夏の少女といった感じで、丈の長い白のワンピースに麦わら帽子。腰には黒のベルトを巻き、胸をさりげなく強調しながら腰のくびれを出していた。肩にはドーナツの絵柄が描かれたトートバッグを掛けていて、首には月のネックレスをさげている。

 

「...さぁて宏和君。ここで男子なら言うべき事があるんじゃないの?」

 

「...んまぁ制服姿しか見た事無かったから、新鮮だし、似合ってるよ。...可愛いんじゃないですかね」

 

「...へ? あ、ありがと...」

 

俺は何を言ってんだ...。

 

「...さ、さぁて行こうか!! レッツショッピングだよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

...今日はヒロ君出掛けちゃったし、一人でお買い物。夏服買っておきたいし、それに...水着とか、選ばなくちゃ、ね。毎年ヒロ君の家族と一緒に行ってるし...胸、とかお腹周り大きくなっちゃったし...。

 

でも一人で水着かぁ...でも、ヒロ君には秘密にしておきたかったし。海に行ったらサプライズでじゃじゃーん、と。似合ってるとか言ってくれるかな? 何か楽しみだなぁ...会いたくなってきちゃった。

 

「...あれは?」

 

篠宮さんだ。綺麗なワンピースだなぁ...あんなの私には着れないや。

 

そんな事を思って、声を掛けようとした。

 

 

「何でこんな買い物に時間掛かるんだ...」

 

「宏和君、それは女子に対して失礼だよ?」

 

 

 

 

「...ヒロ、君...?」

 

何で、何で、何で? 何でヒロ君が、篠宮さんと一緒に居るの...? 今日、友達と出掛けるって...友達って、篠宮さんの事? そんな...何で...。

 

不安と絶望と...羨望と嫉妬が入り混じって、私は声を掛けられないでいた。

 

その代わり、二人の後を着けていって。

 

起こりうるかもしれない、最悪が来ないように、祈りながら。

 

 

 

 

 

 

 

「ふー、一杯買ったねー」

 

「...9割篠宮さんのなんだけどね。これ」

 

俺は両手に紙袋を持ち、溜め息をつく。いや、荷物持ちはいいんですよ。男子たるもの、女子の荷物は持たないとね。だけどさ...買いすぎでしょ、これは。服にアクセサリに何かよくわかんない雑貨に...買う必要あんのか、これとか。

 

「良いじゃん良いじゃん。代わりに...このデパートの外にさ、良いお店あるの。前のおっきな川も見えるし、アイスもあるし。行こ?」

 

「...はいはい」

 

まぁ、それならいっか。

 

 

 

 

 

「おー、美味しい...」

 

「でしょ? 宏和君よくコーヒー飲んでるから、絶対好きだと思ってさ」

 

俺と篠宮さんは、そのアイスのお店にやってきていた。コーヒー風味のアイスクリームは、カフェオレらしく、ミルクの甘味とコーヒーの仄かな香ばしさがアイスによく合っている。これ開発した人天才じゃなかろうか。

 

「でも、よくコーヒーなんて飲めるよね」

 

「単に苦いのが嫌いなら、甘いのだって一杯あるよ?」

 

「え? そうなの?」

 

「これとか結構甘いしね」

 

「へー...あむ」

 

「...へ?」

 

一瞬にして、俺が食べていた上の部分が持っていかれていた。その状況が理解出来ず、横を見ると、俺が食べていたアイスのクリームを唇の端につけた篠宮さんが、考え込むように咀嚼していた。

 

「...あ、ほんとだ。甘い」

 

「...」

 

「へー!! 知らなかったなー!! カフェオレも結構甘いんだねー...ん? どうしたの?」

 

馬鹿な...今のを素でやったというのか...!? なんと言う高等テクニック...俺じゃなかったら落ちてたぜ。

 

「...ねぇ、宏和君」

 

「...何?」

 

「好きな人って、いる?」

 

「ぶふっ、げほ、げほ...」

 

しまった。食べられて少なくなってしまったアイスが、余計無駄に...。

 

「...どうしたん、いきなり?」

 

「いや、単純に気になっただけだよ。んで? いるの?」

 

「...い、ない、けど...」

 

 

そう。居ないんだ。俺に好きな人は。俺が、好きって言っていい相手じゃないと思うから。それは、多分その人は微塵も思ってないんだと思うけど、俺は、そう思う。俺とじゃ、釣り合わないとかそういう事じゃない。

俺は、まだ...

 

 

「...私は、いるんだ。多分、初恋」

 

「へー? 高校で初恋って珍しいな」

 

「そうだよね...だから、不安なの」

 

「不安?」

 

「初恋は実らないって良く言うじゃん? だからさ」

 

「あー、確かにな」

 

「...ねぇ、宏和君」

 

 

 

 

 

「私と、付き合って」

 

彼女は、真剣な表情で、俺にそう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ...はぁ...」

 

聞いてしまった。見てしまった。気づいてしまった。決して、聞いてはいけないものを、見てはいけないものを、気づいてはいけないものを。

 

篠宮さんの表情は、真剣そのものだった。いつもみたいに、ふざけておちゃらけた篠宮さんの影は何処にもなく、ただ、好きな人に想いが届いてほしいと願う、女の子の顔だった。

 

「...そうだよ。お似合いだよ」

 

そうだそうだ。お似合いだよ。元気一杯で、面白くて明るくて、可愛くて...そんな篠宮さんと、かっこよくて、少しだらしないけど一生懸命で...そんなヒロ君はお似合いだ。

 

「そっかぁ...やっぱりかぁ...」

 

今までの、篠宮さんの行動とか言動とか見てて、気づいてはいた。でも、目を逸らした。そんなわけがないじゃん。ヒロ君は私の物なんだから...って。ヒロ君は、私だけが好きになれば良いって思ってた。

 

「良かったね、ヒロ君...」

 

多分、ヒロ君はオーケーするだろうなぁ...凄くでれでれしてたし、今日なんか、珍しくお洒落してきてたし...かっこよかったなぁ...白いTシャツに、水色のシャツを羽織って、私と一緒に買った、魔除けの腕輪をして、ジーンズを履いて、お気に入りのスニーカーで...

 

「...ヒロ君の...バカ...」

 

私の、馬鹿。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...」

 

...いきなり、か。まぁ、誘ってきた時点で何かあるかなとは思ってたけど...まさか、とはね。

 

「...私さ、前の学校も、中学も小学も、彼氏居ないの。嫌な言い方になるけど、たくさん告白されてね。中には、一度も話した事のない人からだって告白された。でも、毎回思ってたの。...私の事、ちゃんと見てる?って。少し優しくしたら、少し遊んだら、すぐ告白してきてさ。...嫌だった。好きになるって、もっと、一杯、その人の事見てさ、色々話して、遊んでさ、そして好きになる...って思ってたの」

 

一度、大きく息を吐いて、吸う。

 

「...でも、どうにもならないものなんだね。恋心ってさ。少しドキドキしたら...止まらなくなっちゃってさ...もっと、もっと、一杯お互いの事知ってからって思ってたんだけど...我慢出来なかった。好きになっちゃったら、もう...どうしようもなくて...だから、今告白したの。これから、いろんな事知っていきたいの、宏和君の事。恋人として...知りたいの」

 

「...」

 

「...いきなりで、ごめんね」

 

あぁ。ほんとだよ。

 

「...それでさ、返事、聞かせてほしいな...」

 

 

 

多分、俺は幸せものだ。こんな可愛くて、しっかりと考えてくれる女の子に、告白されたのだから。でも、それでも。俺は...自分の思いを、届けてないから。

 

 

「...こんな俺の事を、なんて言うのは失礼だよな。俺の事、好きになってくれたのは...もう天に昇るくらい嬉しいよ。クラスの男子に言ったら、地獄に突き落とされるだろうけど」

 

「えへへ、そうかなぁ」

 

「...ありがとう、篠宮さん。...だけど、俺は」

 

俺には、届けなくちゃいけない想いがある。

 

「...俺には、到底釣り合ってなくて、迷惑ばっかり掛けて...大好きな奴が、いるんだ。やっぱ。この気持ちだけは...偽れないんだ。だから...ごめん」

 

「...はーーー...やっぱりかー」

 

篠宮さんは、少し笑う。

 

「...ほんとはね、焦って告白したのもあるんだ。だって...絶対文香ちゃんには勝てないからさ。はーーー...フラれるのって、キツイね...」

 

そして、涙を浮かべた。

 

「初めて、好きになった人には、絶対告白しようって思ってたんだ...言っとくけど、すっごい勿体ない事したんだからね? 宏和君は」

 

「わかってる。刺されても文句言えないよ」

 

「...じゃあさ、お願い、聞いてくれる?」

 

「何?」

 

「...名前で、呼んでほしいな」

 

「...茜。これでいいか?」

 

「うん。ありがとう...それじゃ、行ってあげて」

 

「え? 何処に?」

 

「文香ちゃんのところに決まってんじゃん。多分、今日跡つけてたよ? さっきここから出ていくの見た」

 

「は!? まじで!?」

 

「まじまじ。多分私の告白も聞かれてたかなー...だから、行ってあげて」

 

「...分かった」

 

「あとひとーーつ」

 

「何だよ!?まだ何かあんの!?」

 

「...私、諦めたわけじゃないからね。初めて好きになった人を、簡単に諦められる程、私は強い人間じゃないから。隙あれば...奪い取るからね」

 

「...そんな台詞、現実で聞けるなんてな」

 

「はっはー!! ありがたく思いなさい!! ...だから、たくさん油断してね?」

 

「...望むところだ」

 

 

会計を済ませ、店を早々に出る。...あいつが行きそうな所は、もう決まってる。

 

大好きな奴なんだ。分からないはずがない。

 

 

 

 

 

「...あーあ。行っちゃった」

 

でも、まだバイバイじゃない。終わってない。私の初恋は、フラれてから始まるんだ。

 

名前で呼んでもらっちゃったら、諦めるなんて出来ない。

 

「...好きだよ、宏和君」

 

だから、ずっとかっこいい宏和君でいて。

 

 

 

 

 

 

 

 

「...いた」

 

やっぱりここだった。昔、よく遊んだ山の神社公園。ここからは、街が一望出来て夕焼けは凄く綺麗に見れる。

 

そこにベンチに、文香は座っていた。

 

「...ヒロ君」

 

「おう。文香」

 

「...おめでとう。良かったね...初めての彼女が出来て」

 

何いってんだ。俺はお前以外好きになったことない。

 

「...勘違いしてるみたいだな」

 

「...え?」

 

 

「...今まで、ずっと我慢してた。お前に迷惑ばっかり掛けて、お前ばっかりに頼って。それじゃあ駄目だと思ってた。それじゃあ、お前と釣り合わないって。だけど...それが幸せだったから。釣り合わなくて、幸せだったんだ」

 

俺は、お前に迷惑掛けて、頼っている事を幸せに感じてしまった。

 

「でも、そんなのは駄目なんだよな...それじゃあ、俺は駄目なんだ。だから...もう止める。迷惑掛けるのも、頼るのも。俺は...お前と支えあっていきたいんだ。対等でいたいんだ」

 

文香の手を取り、両手で握る。

 

「...今まで、ごめんな。ずっと好きだったんだ...幼稚園から、今まで。ずっと、ずっと...文香の事好きだった。でも、伝えられなかった。俺じゃあ、相応しくないって思ってた。だけど...どうにもなんないな。我慢出来ないんだ。この想いが...好きだって気持ちが、抑えられない」

 

「ヒロ、君...」

 

「これから、俺頑張るから。頑張って、文香を支えるから。だから...俺と付き合ってください」

 

「...遅いよ。遅すぎるよ...私だって、ずっと、ずっと好きだったのに...でも、私も告白出来なかったから、お互い様か。...あのね、ヒロ君」

 

「なんだ?」

 

「...私、迷惑だなんて思ってないよ? 寧ろ...もっと迷惑掛けてほしい。もっと頼ってほしいの。もっともっと、私を必要としてほしいの...それが、私の幸せだから。大好きな人に、迷惑掛けられて、頼られる事が、幸せなの」

 

「...お前さ。それ言っちゃったらさ、俺の長年の葛藤はどうすればいいの?」

 

「えっと...良いんじゃない? 私が、そう思ってないなら」

 

「...はぁーーーーーー...」

 

「えへへ...ごめんね、ヒロ君」

 

 

 

 

 

 

 

大好きな人に迷惑掛けて、頼ってばかりで。それは、決して良くない事なのだろう。

 

だけど、それを俺は幸せに感じる。それが、幸せなんだと思う。

 

迷惑掛けて、頼って...それの何がいけない事なんだ? 大好きな人が、それが幸せだと言っているのだから。きっとそれは幸せな事なのだろう。

 

迷惑を掛けるのも頼るのも、その人を必要としているからだ。だから、人は誰かに迷惑を掛けられて、頼られる事は、きっと凄い事なんだ。素晴らしい事なんだ。

 

だから、大好きな人に迷惑を掛けられて、頼られる事は、きっと幸せな事なんだろう。

 

俺はずっとこの幸せに浸っていたい。その幸せをずっと掴んでいたい。両手一杯の幸せを、一滴も溢さずに持っておきたい。そうしないと、一滴でもこぼしてしまったら、その幸せが崩れてしまいそうだから。

 

その幸せに包まれて、俺は生きていきたい。だから、俺も大好きな人を幸せに浸らせてあげよう。両手一杯の幸せをあげよう。幸せで包んであげよう。そうしたら、きっと、そこ幸せは崩れる事はない。

 

一緒に幸せで包まれて、生きていこう。俺達の幸せは、そうなのだから。

 

 

 

「おはよう、ヒロ君」

 

「おあよう...文香ぁ...」

 

「今日もお寝坊さんだね...朝ごはん、出来てるからね」

 

「おう...いつもありがとな」

 

「...ううん。大好きだから」

 

「...そっか」

 

「うん。そうなの。さ、早く早く」

 

「おおあ、ちょっと待て。鞄とか準備しないと...」

 

「おっはよう宏和君!!!」

 

「はぁ!? 何で茜がいんの!?」「えぇ!? 何で篠宮さんがいるの!?」

 

「あー、言ってなかったね。私、引っ越してきてアパート住んでたんだけど...やっと家の工事が終わってね。お向かいさんになっちゃった♪」

 

「「はーーー!?」」

 

 

 

 

だからこれも、幸せの一風景である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




続編あるかも。

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