あ、今回は関係ないんですけどね。
痛い。
辛い。
怖い。
暗い。
誰か、助けて...。
_____________________________
「...嫌だ、よぉ...」
長い夢を見ていた気がする。鞭で叩かれて、炎で焼かれて、怒鳴られて、酷い暴力を受ける夢。あぁ、でも、これは夢じゃないか。いつもの事だ。いつも通りの日常だ。
でも、今日なんか暖かいなぁ。いつも粗末な毛布にくるまってるだけだから、こんなに暖かいはずないのに。それに、柔らかい...? あれ、これって...
「...ベッド...?」
間違いない。ベッドだ。ふかふかの毛布、真っ白な枕。夢みたいだ、こんな立派なベッドの上にいるなんて。いやいや、これこそ夢だ。
奴隷の私が、こんなベッドに寝られるわけがないじゃないか。
私は、自分の頬をつねってみた。
「...痛い?」
次は、自分の腕。
「...痛い...」
おかしい。痛い。目が覚めない。いや、こんな幸せな夢なら覚めてほしくないんだけど。でも、じゃあこれは...? 誰かの、お家?
身体を起こし周りを見渡してみる。綺麗なお部屋だ。家具もきちんと揃っている。壁紙もしっかり貼られていて、タンスやテーブル、化粧棚等が配置されている。
「...これは...」
ベッドの隣にあった棚の上に、羊皮紙が置いてあった。
『おはよう。目は覚めたかい? 慌てないでくれ。ここは領主の屋敷じゃない。僕...と言っても分からないか。一応僕は商人なんだが、僕の家なんだ。道端で倒れていた君を、ここに運んで来た。お腹が空いているなら、そこに食事を置いておいたから、食べてくれ。怪しいと思うなら、食べなくても良いよ。僕は夕方頃に戻る。ここを出ていくなり、そのまま居るなり好きにしてくれ』
と書かれていた。とても、綺麗な字で。
「...商人、さん」
手紙から目を離し、棚を見る。そこには、パンとスープ、お水が置いてあった。...久しぶりに見た。奴隷になってから、まともな食事をしていなかったから。
...もしこれに毒が盛られていても、私は後悔しないだろう。
私は、パンに手を伸ばし、かぶりつく。パン特有の甘味と香ばしい香りが私の口内を覆い尽くす。スプーンを手に取り、スープに口をつける。野菜たっぷりのスープだ。どっちも、美味しい。
「...えぐっ...ひぐっ...」
パンを食べるなんて、いつぶりだろう。こんなにも、暖かい涙が出てくるなんて、思わなかった。
出ていくなんて、出来ない。見ず知らずの私に、ここまでしてくれる人に、お礼一つしないで...そんな事出来ない。例え、何かの罠だとしても、私はここで待とう。
いつからか、忘れてしまった、淡い胸の高鳴りに身を任せて。
________________________
「うーん、文章ちょっとキザ過ぎたかなぁ」
あれはないわ。うん。でも、事実だけ伝えた業務連絡みたいな文章よりかは増しな筈だ。うん。そう信じよう。
昨日運んで来たあの少女...服装や身体の痣を見るに、奴隷だろう。しかも、ここの領主のとこの。あのクソ領主...また奴隷を捨てやがったな。使うだけ使って、後はポイ、か。...どう殺してやろうかな。
「おやおや? 旦那、悪い顔してやがりますねぇ」
「...へ? あぁいや。僕も商人ですからね。悪い顔くらいしますよ」
「へっへっへ。計画が練れたら、あっしもお手伝いさせてくだせぇ。旦那には世話になってますからね」
「えぇ。これからもよろしくお願いしますよ」
「いやぁ、あっしは旦那に出会えて幸せですなぁ!」
全く。気の良い人だ。だからこそ、信頼出来る人だけど。質の良い布を仕入れてくれるし、商売のセンスも天下逸品。...領主に一泡吹かせるのに、良い人材かもしれないな。
「では、僕はこれで」
「えぇ! 今後ともご贔屓に!!」
「さて、仕事も一段落ついたし、帰るとしますか」
あの娘、待っててくれるかなぁ。
「...うむむ、緊張するなぁ」
家に帰ったら、あの娘が待っているかもしれない。...うん、正直に言おう。下心が無かったわけじゃない。怪我や汚れのせいで目立たないが、とても綺麗な顔をしていた。可愛いかった。だけど、それだけじゃない。
「...奴隷、か」
ため息をつき、ドアノブに手をかける。僕一人の力は、ほんとにちっぽけな物だ。だけど、あの娘を助けたいって思う気持ちは、絶対、ちっぽけじゃないはずだ。
「あ、えっと、お帰りなさい、ませ...」
...いて、くれた。
「この度は...奴隷である私を助けてくださり、ありがとうございました...お望みならば、私の身体を」
「良かったあああああああああああああああああ!!!!」
「ひゃっ!?」
「いてくれるって思ってなかったからぁあああああ!!! 良かったあああああああ!!!!」
思わず彼女に抱きついてしまった。
「さぁすぐにお茶にしよう!! そうしよう!!」
「えぇ!? えぇぇぇぇぇ!?!?」
僕は、久しぶりに胸が高鳴っていた。こんなに楽しいと思ったのは、いつ以来だろうか。
「いやぁ申し訳なかったね。良い年して子供のように騒いでしまって」
「は、はぁ...いえ」
「...よし。はいどうぞ」
「...」
「怪しまないでくれよ。どれ、僕が飲んであげよう...ふふ、我ながら美味い茶だよ」
「...いただきます」
彼女は、少し茶を見つめながら、意を決したようにカップを傾ける。...口に合うかな...。
「...美味しい」
「良かった! へへ、これ良いとこから仕入れた自慢の茶葉で淹れたんだ!! 口に合ったようだね」
「...あの」
「ん? なんだい?」
「...何で、私なんかに...ここまで?」
彼女はカップを置いて、自分の腕を見せる。様々な傷痕が見える。そして、手首には痛々しい赤い痣が輪状に出来ていた。恐らく、手錠の痕だろう。
「...私は、奴隷です。こんな...こんな事、しなくて良いんです。何がお望みなんですか? 身体ですか? 働けばいいんですか?」
絶望に染まった、綺麗な筈の瞳。汚れてしまったその瞳の中の僕は、嫌悪の対象として写っているんだろう。何でだ。何で彼女が、こんな瞳をしなければならない。
僕は、許さない。彼女に、こんな瞳をさせるこの世界を。
「...何も望まない」
「...は?」
「...僕はね、奴隷が大嫌いなんだ。絶望に染まった瞳をして、みずぼらしい服を着て、汚い肌をして、全身に痣を作って...そんな奴隷が、大嫌いだ」
「...」
「だから、君を奴隷から解放してあげたいんだ」
「...え?」
「まずは服を買おう。それから美味しい物を一杯食べよう。次は綺麗な景色を見に行こうか? 買い物がしたいかな? 遊びに行くのも良いね。いいや、女の子だからおしゃれしてみようか?」
「ちょっ、何を言ってるんですか!?」
「何って、そのままさ。君はもう、奴隷じゃないよ」
「でも、私は...!!!!」
あぁ、そんな事言わないでくれ。君の...君達の、悲しい言葉は聞きたくない。絶望に染まらないでくれ。そんなみずぼらしい服を着ないでくれ。そんな酷い痣を隠しながら生きないでくれ。君達は、堂々と生きていいはずなんだから。僕が、君達を救ってみせる。
「君は、今日から僕のお友達さ」
「...友...達?」
「そう。僕の家に住む、一人の友達。僕は、故郷が遠い所にあってね。友達と呼べる人は一人もいないんだ。だから、僕の友達になってくれ」
「...」
「...嫌かい?」
「...嫌です」
そんなきっぱりと...。
「...私、奴隷だから...領主様のために、働かないといけないから...」
「なんだ、働きたいのかい?」
「...ここで、働かせてください」
「...なるほど」
「そんな、私なんかが、そんな都合の良い思いをしちゃ、いけないんです...どんなにこき使ってくれても構いません。私の身体だって差し出します」
「そそそそそそそ、そんな事するはずないじゃないか!?」
「だから...ここに置いてはくださいませんか...?」
「うーん...そんな形は嫌なんだけどね...じゃあ」
僕は、彼女の頭に手を置く。優しく、優しく。彼女の暗い思いを、解きほぐしてあげられるように。
「君はこれから、僕のお手伝いさんだ。買い物も、仕事も、何でも着いてくるように」
「...はい。ご主人様」
「ぐほぅ!!!」
ご主人様は...破壊力高いなぁ...。
______________________
こうして、私とご主人様と私の生活が始まりました。この日から、私の生活は一変してしまいました。
「おはようございます、ご主人様」
「おぉ。おはよう。早いんだね」
「...これが当たり前だったので。...勝手に掃除させていただきましたが、よろしかったでしょうか? ご不満なら、どうぞ殴ってください」
「いやいやいやいや!? 殴んないよ!? ありがとうね、掃除してくれて。僕は掃除苦手だから」
「...いえ」
「よし、じゃあ朝ご飯にしようか」
「...私、料理の仕方は...」
「はは、仕方ないよ。じゃあ一緒にやろうか。料理は得意なんだ」
「は、はい!」
あ、ちょっと...頬が緩んだかも。
「じゃあ僕は仕事に出るよ。お昼は保存庫にあるのを好きに食べてくれ。夕飯の前には戻るから」
「...い、行ってらっしゃいませ」
「うん。行ってきます」
...行ってしまわれた。なんだろう、夢でも見ているかのような気分だ。こんな綺麗な服を来て、美味しいご飯を食べて、行ってらっしゃいを言って...大きなお家に、一人。何をすればいいんだろう...あ、お掃除の続き...お料理の練習...やることは一杯だ。
箒で掃きながら、ぼやーっと考える。自分は、ここにいて良いのだろうか、と。
私は、幼い頃に奴隷商に買われた。私の両親は移民だったらしく、運悪く奴隷商に捕まってしまったらしい。両親の顔も覚えていないし、本当にいたのかも分からない。
そして、領主に買われ、長い間そこで働いてきた。沢山の暴力を振るわれたし、罵倒され、粗末な食事しか与えられず、下手したら殺されてしまうかもしれない、あの地獄。
なのに、今のこの状況はなんなのか。天国なのだろうか。でも、私は今、確かに生きている。
「...ご主人、様」
不思議と頬が熱くなる。胸がとくん、とくんと高鳴る。
「...あ」
いけない、掃除してるんだった。少しでも綺麗にして、ご主人様の心地の良いお家にしてあげよう。お料理だって頑張って覚えなきゃ。ご主人様が帰ってきたら、温かくて美味しいお料理をご馳走してあげられるようにしなきゃ。
そして、ご主人様の笑顔が、溢れるお家にしてあげたい。
ご主人様の、くらくらするくらい眩しい笑顔が、見たいから。
そんな事を考えながら、ぽーっと、私はご主人様の笑顔を思い出すのでした。
これもまた、後半に続きます。
それで書き終わらないんですね、分かります。