二人の訪問者(後編)   作:肝油

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後編です。


第1話

「これがアインズ様と二人きりだったら、どんなに良かったでありんしょう・・・」

 

森の切れ目、東の巨人の住処と思われる洞窟がある開けた空間に降り立ち、ふぅと一人ごちるシャルティア。

 

「それはこっちのセリフだっての」

 

フェンリルをそのまま周囲の警戒に当たらせ、帯同してきたシモベ達による包囲警戒網の構築を終えたアウラがやり返す。

アインズの殊勝な思いなど知る由も無い二人の草臥れた顔には、6時間目の授業に臨む学生のような、

とっとと終わらせて帰りたいという色がありありと浮かんでいた。

 

「大体、どこで聞きつけてきたのさ?まさか盗み聞きでもしてたんじゃないでしょうね?」

「そんなことをせずとも、愛しの君の動向を常に把握しておくことは、未来の妃として当然の嗜みでありんす」

「アルベドじゃあるまいし・・・」

「そのアルベドは謹慎中だそうけど、一体何をやらかしたんでありんすか?ぬし、何か知ってありんせんの?」

「そういえば、いなかったね。別件で外してるのかと思って気にしてなかったけど、謹慎中だったんだ」

「ナーベラルがそう言っていんした・・・理由までは聞いてなかったけど」

「ふぅ~ん、どうせまた暴走してアインズ様にご迷惑をおかけしたとかじゃないの?」

「そんな所だらえ。まぁ大体想像はつくけど」

「だよね~。似た者同士だもんね~」

「・・・・・・さすがにアレと一緒にされるのは不本意でありんす。わらわは最低限の別は弁えていんすから」

 

どの口が・・・

 

アルベドとシャルティアが、アインズの正妃の座を巡るライバル関係にあることは周知の事実である。

 

特にアルベド。

アインズ絡みの話となると異常なほどの反応を示すことがあり、時に主人に窘められる場面はこれまで幾度となく目にしてきた。

寛大な主人は常に鷹揚な態度を崩さないが、アウラから見ても少々行き過ぎではないかと思う時さえある。

守護者統括というNPCの最高位に就く人物に謹慎を言い渡せるなど、至高の主人、アインズ・ウール・ゴウンをおいて他にいない。

ならば今回も、主人に対して何かしら不敬な行為を働いたのであろうことは想像に難くない。

それも、あの主人をして謹慎を言い渡されるくらいのことを。

一体何をやらかしたんだか。

 

(・・・・・・やらかしたといえば、アレは恐かったなぁ)

 

先の執務室での一件を思い出し、アウラは身震いする。

 

ナザリック地下大墳墓が最高支配者の本気の怒り。

ルプスレギナ・ベータが重要な報告を怠ったことが原因だったのだが、いつもは冷静な主人が、珍しく感情も露に怒鳴る姿なぞついぞ記憶にない。

自分に対しての叱責ではなかったとはいえ二度と御免だ。緩んでいた気を引き締め直しつつ、

この世界に転移してまもなく、守護者全員が闘技場に集められた時のことを思い出す。

 

(あの時のオーラも凄かったけど・・・・・・、そういやそれでお漏らししたバカがいたっけ)

 

「・・・・・・?わらわの顔に何か?」

「べっつに~。それで、どうすんの?」

「東の巨人及び西の魔蛇の正体を明らかにし、従属の意思を示すようであれば殺さずに配下に置くこと。

 それから、ルプスレギナへのテストも兼ねる・・・でありんしたかえ?

 何にせよ話し合いに来たのでありんすから、先ずは友好的に振舞うのが正解でしょうえ」

 

たしかに主人の言いようを汲むならば、対立は望んでいないようだった。

ならば従属させるにしても、不必要な殺戮を回避できるのであれば、それが最善手。

話が通じる相手であれば、回りくどいとは思うが暴力の行使は最終手段とすべきだ。但し・・・

 

洞窟に一歩足を踏み入れてみれば、鼻をつく刺激臭。

即座に何らかのトラップを警戒したが、発生源は明らかだ。

そこら中に打ち棄てられた食い散らかしから漂う吐き気を催す腐敗臭が洞窟全体に充満し、

更に誰かさんの香水といい感じにブレンドされ、致死性の毒ガスも斯くやの、形容し難いほどの悪臭と化している。

 

どれだけアイテムによる耐性を獲得しても生理的な嫌悪感までは拭えない。

鼻を摘み、そして周囲に散乱した腐肉で靴が汚れないよう迂回しつつ、しかし速度を緩めることなく器用に歩を進めるアウラ。

シャルティアはというと、特に地べたの汚れに気を留める様子もなく真っ直ぐに・・・浮いている。

 

・・・まぁ彼女の守護する階層はアンデッドの巣窟。元よりこの程度の屍骸や腐敗臭などに頓着するとも思えないから、

彼女が直接地面を歩かないのは別の理由に因るところが大きいのだろうが。

 

いずれにしても、侵入者対策で意図的に配置されているそれと、文明の対極にあるような洞窟内の惨状では似て非なる全くの別物だ。

こんな掃き溜め同然の空間で平然と生活できる類の野蛮な種族が友好的に話し合いに応じる?

最悪のケースを確信し頭の中で計画を練り直す。

 

「もしもの場合は、あなたは後ろに下がってよね。あとはあたしが・・・」

「そうさせてもらいんす」

 

ごねられるかと思ったが、意外とすんなり承諾されやや拍子抜けする。

(このバカにも一応反省するって脳みそくらいはあるのか)

 

くだんの一件。

シャルティア自身はアイテムによる精神支配の後遺症か、前後の記憶を完全に失っており、

どういった経緯があって襲撃を受け、あるいは遭遇し精神支配を被る結果になったのか明らかにはなっていない。

つまりは<血の暴走>がその原因とは限らないのだが、その可能性は非常に高いと思われた。

 

そのことを彼女自身も憂慮しているが故の態度なのだろうが、大人しくしてくれる分には願ったり適ったりだ。

こうも素直だと調子が狂うというか、ちょっとだけ哀れに思わなくもないけれど。

 

「わらわは交渉担当、荒事は共回りであるぬしに任せんす」

「はぁ?」

「そうよ。アインズ様より賜ったこな役目を見事に果たしんして『良くやったシャルティア。お前こそ私の最も大切な奴隷だ』って褒められるでありんすぇ。

そいで『お前こそ私の横に立つにふさわしい』って言われるでありんす」

 

・・・・・・・・・やっぱ何も反省してないなこの脳みそ足りんすは。

 

「いや、そもそも交渉がどうとか役割分担までは言われてないじゃん」

「ぬしに交渉事など務まりんすか?子供衆には無理でありんしょう、大人の世界の話は?」

 

大人?一体どういう意味で使っているのか、こいつの脳内辞書を覗いてみたい。

いや、そんな上等な機能はないか・・・

 

「だったら、その大人な交渉担当者様は具体的にどうされるおつもりなのか参考までに聞かせてもらえる?<麻痺>や<全種族拘束>とか?」

「まさか。そんな手数なことはしんせんよ。2・3発撫でてやれば大人しくなりんしょうぇ」

「いやいやいや!あなたさぁ!!"友好的"って言葉の意味分かってる?何でいきなり暴力に訴えようとするのさっ?」

「十二分に友好的でありんしょう!?――いっそ面倒だしで全部吸っちゃおうかな?」

「いや、それだと発動しちゃうでしょうよ!アレが!<血の暴走>が!!」

「大丈夫よ!スポイトランスで吸い尽くしてしまえば、発動の可能性はすごく低くなるから!」

 

まさかの反省どころか憂慮さえしていなかった編!!

ていうか、神級アイテム併用でも"すごく低くなる"止まりって・・・ダメだコイツ、早く何とかしないと。

 

多少大きめの釘を刺しておいた方がいいのかなぁ・・・

例の件を引き合いに出せばさすがに大人しくなるだろうけど、

アインズ様がお手打ちにされたことを改めて持ち出すのも失礼に当たるし。

 

かといって、このまま調子乗ってバカやらかされても困るし。

気が重いなぁ。何だってこんなバカに気を使わなきゃいけないんだろう。

 

(あぁ、あたしはナザリック一不幸な少女だ・・・)

 

「ねぇ、シャルティア・・・」

「侵入者というから来てみれば、たった二人だけとはな!何をしに来た白いチビに黒いチビ!」

 

アウラが言いかけたタイミングで、誰何の声が無慈悲にも轟く。

同時に岩陰に潜んでいた異形の群れが二人を取り囲むように立ち塞がった。

 

もちろんアウラの方では既に察知していたのだが、

完全に装備を整えている辺り、相手は相手で事前に待ち伏せていたようだ。

 

彼女達の前にはオーガと呼ばれる亜人の群れが立っていた。その数11体。

棍棒を片手に、余りに異質な侵入者に対して警戒と好奇の入り混じった視線を向けてくる。

更にその後方には、そんなオーガ達を遥かに凌駕する体躯の怪物。

知能は低いが巨躯に違わぬ腕力と、何よりも炎や酸以外では無効化できない肉体再生能力を持つモンスター、トロールが5体。

そして更に奥、そんなトロールの中にあって一際異彩を放つトロールが1体。

 

言わずともあれが東の巨人だろう。

それは同じトロールではあるが、前に並ぶ他のトロールよりも大きく、身体つきもガッチリとしていた。

ヌラヌラと毒のぬめりを湛える大剣を携え、武装も比較的充実したものを着用している。

 

そんな東の巨人がずいと前に出る。

 

「・・・どうやらバレバレみたいだったでありんすねぇ」

「は?あたしの所為だって言いたいの?」

「隠密行動はぬしの領分でありんしょう?それがトロール程度に・・・」

 

「いくら身を隠しても、これだけ異様な臭いを漂わせていればイヤでも気付くぞ!そんなことも分からないとは馬鹿め!一体何を考えている!?」

 

 

「・・・・・・・・・・」

 

 

・・・アインズ様、トロールに馬鹿呼ばわりされる守護者がここにいますよ。

 

「だそうだけど、一体どういう意図があったのか、あたしにも教えて欲しいな~シャ・ル・ティ・ア?」

「あ・・・アインズ様は話し合いをお望みと仰られてはうのよ?つまり、私達は友好の徒。こそこそと行動する和平の使者などありえんせん。

 それに、栄光あるナザリックに属する者として、最低限の身なりというものがありんしょう。

 あんまりみすぼらしい格好をして相手に侮られては、アインズ様のご威光に傷がつけることにもなりんしゅえ!!」

 

わたわたと早口で言い訳をまくし立てるシャルティア。

やはり香水のことは全く考慮していなかったようだ。うん知ってた。

アインズ様、コイツはダメです。バカが人の皮を被ってます。

 

「分かったよシャルティア。なら、そういうことにしといてあげるよ」

「かわいそうな子を見るような目で見ないでくんなまし!」

 

オーガやトロール達からも同様の生温かい視線が注がれる。そしてもう一箇所からも・・・

刹那、アウラの手が霞む。

 

「うぐぅっ!!」

 

鞭がしなり、バチン!と何も無い空間を叩くと、そこに何者かが姿を現した。

 

「何?」

「いや、何かこっそり隠れてるヤツがいたから」

「ワシの透明化を見破るとは――ぐぇっ!!」

 

<全種族拘束>

 

「覗き見?趣味が悪いわえ」

「ひょっとして、こいつが西の魔蛇なんじゃないの?」

「それは好都合ねぇ。改めて探しに行く手間が省けんした」

 

その姿は巨大な蛇。ただし、上半身は人間種のそれという半人半蛇の異形。ナーガと呼ばれる種族だ。

西の魔蛇は必死に身体をくねらせ、拘束から逃れようともがいている。

 

(このワシが、あのような少女が放った魔法に抵抗出来ない!?透明化を見抜いた闇妖精といい、こやつらは一体!!?)

 

必死にもがく西の魔蛇の無様を鼻で笑い、向き直った東の巨人が再び洞窟中に響き渡るような大声を上げる。

 

「それで何をしに来た?東の地を統べる王である、グ、に名乗ることを許してやる!」

 

「ぐに?」

 

頭の上に「?」が灯るシャルティア。

同様にアウラも首を傾げる。

 

「何でありんすか?」

「多分だけど名前じゃない?名乗ることを許す~とか言ってるし」

「なるほど。これは、申し遅れんした。わら・・・私の名はシャルティア・ブラッドフォールン。

 いと気高き君、絶対なる支配者であられるアインズ・ウール・ゴウン様の使者として遣わされた者よ。

後ろの者はお供のアウラ・ベラ・フィオーラ。お見知り置きを」

「誰がお供だっての」

 

その瞬間、洞窟内に笑い声が響き渡る。

 

「ふぁふぁふぁふぁ!臆病者の名前だ!俺のような力強き名では無い、情けない名前だ!」

 

その言葉に反応して、トロールたちも追従の耳障りな笑い声を上げ始めた。

 

「――臆?」

 

今度こそ言われてる意味が理解できず、怪訝な表情を浮かべるシャルティアとアウラ。

そんなアウラの問い掛けるような視線を受け、未だ拘束から逃れることが適わないナーガが応える。

 

「こ奴らはっ・・・長き名前は勇気無き証と・・・っく、見なすのじゃっ!」

「だってさ、シャルティア」

「はぁ・・・」

 

ダメだこりゃ。

両者の目には呆れの色が浮かんでいた。とてもではないが、話が通じる相手でないのは明白だ。

 

「・・・ともかく、ぬしは下がっていておくんなましな」

「先に手は出さない。戦闘行為は可能な限りまで避ける。もしもの場合は即交代。おっけー?」

「しつこく言わなくても理解してるでありんす」

「その言葉、忘れないでよね」

 

拭い切れない不安はあるが、一先ずその場を自称・交渉担当に譲る。

 

「それで弱き者は何しに来た!食われたくて来たのか!食べる所は少ないが、子どもの肉も柔らかくて美味いからな!頭から丸呑みにしてやるぞ!」

 

無駄は承知で、それでもこちらから仕掛けるわけにはいかない。

交渉担当は面倒くさそうに応じる。

 

「私は森の中央でアンデッドや動像を使って砦を築いている御方にお仕えする臣下よ。ご存知かしら?」

 

空気が変質する。グからは強い敵意が放たれ、西の魔蛇、リュラリュースからは強い警戒が滲み出る。

 

「知っているぞ!邪魔者!この蛇がぎゃーぎゃー言わなければ、俺たちだけでお前たちをすぐに殺したんだ!余計な手間が省けたぞ!臆病者に黒いチビ!」

「話が早くて助かるわ。それで私がここに遣わされたのは貴方たちと交渉したいことがあったから」

 

シャルティアは手を動かす、伏せろ、と。

 

「命が惜しいなら服従しなさい」

「この馬鹿が!!我らが臆病者に従うはずないだろう!お前はここで食われるんだ!次にその後ろのちびを食ってやる!」

「グよ。あの恐ろしい建物の支配者の従者じゃぞ?侮るのは危険じゃ!それに後ろのは闇妖精じゃ。魔樹から逃げるまではこの森を支配した者たちじゃ。強敵――聞いてねぇ」

 

シャルティアは堪えきれなくなり心地良く笑い声を上げる。

 

「あっはははは!犬より立派に吠えるじゃないの、肉ダルマ。ならこうしましょう。貴方が臆病者と呼ぶ私から、力強い名前を持つ貴方に一騎打ちを挑むとしましょう。

まさか怖くて逃げたりはしないわよねぇ?怖いなら頭を大地に垂れ靴を舐めなさい。そうすれば奴隷にして飼ってあげるわ?」

「面白い!お前など最初っから一人で十分!バラバラにして食ってやる!」

「これで交渉は決裂ね。アウラ、ぬしは離れていなんし」

「ちょっ・・・シャルティア、戦闘は避けるって!」

「避けたでありんしょう?可能な限り・・・ねぇ」

 

同意を示すように、シャルティアめがけて大上段から剣が振り下ろされた。

グの持つ3メートルにも近いグレートソードによる一撃を、シャルティアは真正面から弾く。

 

「――う?」

「どうしたの?何か不思議そうね」

 

醜い顔を驚きという感情で歪めたグが、今度は横殴りに剣を振るった。

しかし、先ほどに続いてシャルティアはそれを跳ね返す。

 

「む!?」

 

一体何をされたのか。恐らくは魔法による効果だろうか?――可能性は高い。

見たところ、こいつは武装らしい武装を全く身に付けていない。それに蛇のヤツを拘束したのも魔法の力。

つまりは魔法詠唱者であり、何かしらの防御魔法を展開していると考えるのが自然だ。

 

しかしグの持つ剣とて、魔法の力を宿した剣。

ならば、どんなに強力な魔法防御であってもそれを上回る力を加えてやれば打ち破れないはずがない。

グはしっかりと両手で剣を握り直し猛然と斬りかかる。

 

横払――弾かれる。

斜払――弾かれる。

真向斬り――弾かれる。

斜剣――弾かれる。

縦剣――弾かれる。

横剣――弾かれる。

 

人間を遥かに凌ぐ体躯から、ありとあらゆる角度で、ありとあらゆる場所へと放たれた連続攻撃は、

しかしその尽くが容易く弾かれてしまう。

 

周囲で観戦していたトロールやオーガ達は一様に言葉を失っていた。

一体どのような効果によるものか、自分達のボスの放つ攻撃が全く通じないのだから当然だ。

静まり返った洞窟内には、ただ剣が弾かれる音だけが響く。

 

しかし、やや離れた場所からその様子を伺っていた西の魔蛇には見えていた。

見えてはいたが、培った常識がその事実を受け入れることを拒絶する。それ程にあり得ざる光景だった。

 

グ自身は未だに気付いていなかったが、グの攻撃は魔法で防がれていたのではない。

指だ。何の武装もしていない素手の、小指の爪で弾き返されているのだ。

こんな小さな人間が、人間を遥かにしのぐ膂力で放たれる攻撃を、しかも指一本で容易く弾き返す?

 

恐ろしい光景。

だがそれ以上に恐ろしいのは、これ程の離れ業を、当のシャルティアは欠伸交じりに、ハエでも払うような気軽さで行っている事実。

「彼我の実力差が分からないって哀れよぇ・・・」

 

グの攻撃が止まる。

 

「あれ?疲れちゃいんしたかぇ?それにしてもこの爪きりは切れ味が悪いでありんすね」

「グよ!そ奴、シャルティア・ブラッドフォールンは異常じゃ!全員で協力して――」

「黙れ!お前はそこで黙って見ていろ!―――ごおおおおお!!」

 

剣による攻撃は効果が乏しいと判断したグが、今度は殴りかかってくる。

シャルティアの身長ほどもある拳による、巨大なハンマーを振るうかのごとき一撃だ。

食らえば人間などぐしゃぐしゃになって簡単に吹き飛ぶことは間違いない。

 

それに対して、シャルティアは歓迎するように両手を広げる。

まるで防御などする気はさらさらないと言わんばかりに。

 

―――そして、無傷。

 

人にとっては致命的な殴撃を、今度は真正面から身体で受けてみせるも微動だにしない。

グが驚愕に顔を歪め、西の魔蛇の口から「化け物――」という呟きが漏れる。

 

それを聞いたシャルティアは純粋無垢な微笑をみせた。花が満開に咲き誇るように。

 

「そうでありんす。やっと理解していただけんしたかぇ?わたしは残酷で冷酷で非道で――そいで可憐な化け物でありんす」

 

笑顔とは裏腹に、彼女から放たれる圧倒的強者の風格。

西の魔蛇は言うに及ばず、その圧力にグですら後退り、他のトロール達にいたっては完全に戦意を喪失していた。

そんな彼らの態度に満足げに頷くと、

 

「まったく、服に皺を作らないで欲・・・」

 

余裕の態度で胸元を払おうとした彼女の手が空を切る。

 

 

 

 

「あ」

 

 

 

 

グの放った渾身の一撃。

普通の人間であれば粉微塵にはじけ飛ぶだろうそれを、真正面から受けても微動だにしないシャルティア自身にダメージは皆無。

魔法的効果が付与されたドレスも、例え切り裂かれたとしても本体が無事であれば自動的に修復していく。

 

しかし、ある部分に限っては別だ。

 

無残にも潰れていたのだ。

 

 

――胸が。

 

 

シャルティアの胸を盛っているパッド自体はただの布製――いうなれば"布のパッド"だ。

先ほどの打撃はシャルティア本体にはダメージとして認識されなかっただけであり、衝撃自体が殺されたわけではない。

そして当然ながら、ただの布がトロールの一撃に耐えられる道理も無く・・・

 

驚愕の表情を見せるシャルティアに、グは安堵する。

先ほどの斬撃に続いて余りに平然と真正面から受け止められた為、最早処置無しかと怯みかけたところ、

大剣による斬撃が全く通じなかったのは恐らく魔法的な耐性を有していた為なのであろう。だが打撃に対してはそうはいかなかったようだ。

ならば、ここからは打撃を主体に攻めればいい。

 

攻略の糸口を見出し、戦意も高らかに両の拳を構え直した時だった。

 

 

 

「プッ・・・くくくっ」

 

 

 

シャルティアの後ろから、小さく、押し殺したような笑い声が聞こえてくる。

 

見れば背後に控えていた闇妖精が肩を震わせ必死に・・・・・・笑いを堪えている?

仲間がやられているこの状況には余りにも相応しくない反応に、さすがのグも訝しげに顔を歪める。

弱点が判明した以上、これから先は一方的な蹂躙劇。恐怖とまでいかずとも、警戒の一つもして然るべき場面ではないか。

 

「ぬし・・・」

「ふっ・・・いや、ゴメン。だって胸が・・・グフッ」

 

胸?胸がどうしたというのか?

自分の渾身の一撃をまともに受けて、無残に潰れたシャルティアの胸部に目をやる。

血が全く出ていないのが奇妙ではあるが、恐らくは治癒魔法による効果かもしれない。

 

ならば尚の事、回復の猶予を与えるわけにはいかない。

改めて両拳に力を込め、踏み出そうとした東の巨人の機先を制するようなタイミングで、

とうとう堪え切れなくなったらしい闇妖精が、弾けた様に笑い始めた。

 

 

「アハハハハハ!胸が!!無くなってるーーーー!!!ペタンて!ペタン胸!!」

 

 

目に涙を浮かべ、ヒーヒーと引き攣り喘ぐ様が何とも可笑しくて、戦意が削がれてしまう。

想定外の事態に困惑を隠せずお互いを見合わせていたトロール達。

しかし止まらないアウラに釣られるようにやがて――

 

「ギャハハハハハハハ!!!!!」

 

「ゲラゲラゲラゲラ!!!!」

 

「ふ、ふふぁ!ふぁーっはっはっはっはっはっ!!!!」

 

オーガも、トロールも、そして東の巨人までも一緒になって笑い出す。

 

「お前!!何だそれは!?ひょっとして男だったのか!?ふぁふぁふぁふぁふぁふぁ!!!」

 

「おとこー!おとこむねーーー!!アハハハハハハハ!!!」

 

完全に壷に嵌ったらしい闇妖精がゴロゴロと腹を抱えて転げまわる。

オーガ達が足を踏み鳴らし、トロールも目に涙を浮かべ、ドカンドカンと岩壁を叩く。

先ほどまでのなけなしの緊迫感は何処へやら。誰もが楽しげに互いの肩を叩き笑った。共に笑い合った。

最早そこに敵も味方もない。笑い声が笑い声を呼び、洞窟の岩壁に反射し、共鳴し、一つになった。

 

そして、いつしか洞窟中に皆の笑い声が木霊していた。

 

 

―――「二人の訪問者」(完)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・だが、そんな中にあって西の魔蛇だけは笑えない。笑えようはずがない。

 

逃げなければ殺される。だが、逃げようにも既に拘束され身動きが取れない。

いや、仮に自由の身であったとして、果たして動けたかどうか。

それほどまでの、かつて感じたことのない恐怖に彼は支配されていた。

 

嘲笑の渦の、その中心に蟠り始めたおぞましい気配にその時点で気が付いていたのは、またしても彼だけだった。

 

尋常ならざる殺気がマグマの如く滲み出で、得体の知れない何者かが今まさに顕現せんとしている。

 

全身が蛇に睨まれた蛙のように凍り付き、しかし目だけはそこから動かすことができない。

ガタガタと視界が揺れる。自分の身体の震えなのか、あるいは洞窟全体が揺れているようにも感じられる。

 

そう、初めに不可視化をいともあっさりと看破された時から薄々とは感じていた。

彼女達が只者ではないことに。

 

外見と中身が全くそぐわない者、種族は普通にいる。

妖精などはいい例だろう。人間種に似た外見ながら、長寿であるが故に必ずしも外見と中身が一致しない。

"擬態"と呼ばれる行動などもそうだ。捕食の為、あるいは天敵の目を欺く為、目的は様々だが視覚情報を活用し、

それを生存の手段とする生物は自然界では別段珍しくはない。

 

だが、これほどまでに姿形と内包する力とが乖離した存在など彼の知識の中にはない。

というよりも、こんな者が果たして自然に発生するものなのだろうか。

あり得ない話だが、悪趣味な誰かの手によって意図的にそうあるべく造られた、そう考えた方がまだ納得ができる。

 

(おそろしい・・・何故このような者がこの世界に存在するのか?)

 

トロール達の上げる哄笑が耳に煩わしい。

どうして誰もこの異常事態に気が付かないのか。せめて伝えなければならない。黙れと。

アレが姿を顕し切る前に。絶望という名の蓋が口を開け、この場にいる全ての者を一飲みにする前に。

 

ままならない身体を動かそうと、自身を苛むその圧倒的恐怖に必死に抗い、そして声にならない警告を発する。

刻一刻と迫り来る逃れ得ぬ死の瞬間を、それでも一秒でも遅らせようと。

 

ただし――

 

 

 

―――全ては遅すぎたのだが。

 

 

 

 

 

 

 

「ぽぉおおおぉぉんってしよぉおおねねえええええぇええ」

 

 

 

 

 

 

さぁ、絶望の始まりだ♪




祝!最新10巻発売予定日決定!!!


ということで、前編投稿から間が開いてしまいましたが『オーバーロード』二次創作SS「二人の訪問者」如何でしたでしょうか。
こちらでの投稿は二作目になります、肝油と申します。

オチの「ぽぉおおおry」をやりたかっただけという身も蓋もない理由で書きました。

元ネタは原作8巻「ナザリックの日常」です。
小ネタ満載の内容もさることながら、初めて触れた原作小説が8巻だったこともあって思い入れもひとしお。
件の執務室での、ルプー、ナーベ、そしてアインズ様によるトリオ漫才は本当に大好きです。

アニメ→マンガ版1巻→8巻という順番で読んだので、
エンリが意外や重要な?キャラになってて驚きました。村人Aかとばかり。
あと微妙に筋肉属性まで付与されてたまらんなこの娘はと。

「・・・ん?何、ンフィー?」
「うぅんっ、なんて固いんだこの腹筋・・・なんて思ってないからねっ?」
「もう、そっちじゃないでしょ」
「(・・・なんて固いんだこの胸筋・・・)」

「ンフィーの兄さん・・・寝ぼけてるんですか・・・?」
「あれ?カイジャリさんっ?エンリはっ!?」

はぁ・・・と呆れ気味に溜息を零しつつ、

「まぁいいんですけどね。現実の方でもそれくらい積極的だと姐さんも喜ぶんでしょうがねぇ。それと食事の用意が出来たそうなんで呼びに来ました」

寝起きの状態から徐々に覚醒していく意識の中、
まだ手に残る微かな温かさが意味する事実に行き着き、ンフィーレアの顔色が神の血を示す。

「姐さんには黙っておきますんで、ご安心ください。あ、ちなみにオレは異性愛者ですんで念の為」

ではお先にと、疲れたような乾いた笑いを残し部屋を出て行くカイジャリの後ろから、
締めた鶏の鳴き声にも似た滑稽な叫び声が響いた。


・・・まぁエンリの話は置いておくとしてですね、
ナザリックの胸筋コンビはいいですね。

これ書いた後に思ったんですが、王都襲撃時にシャルティア押し付けられたデミさんの心境や如何に。



読了、感謝です。
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