ATの眼(センサー)には瞼も瞳もないが、もし仮にあったならばそれをカッと見開いたことだろう。
大学選抜選手たちの前に姿を現した、みほの駆るブラッディ・セッター。その右手に構えた巨大な得物は、ATの装備としては余りに規格外だった。
鮮血のように赤いATが右手に腰だめに構えているのは、八本の銃身を一つに束ねたガトリングガン。左手には巨大な円筒形の、まるで樽のような弾倉を抱え込んでいる。そしてそのどちらもが、ATのマニピュレーターでは保持し難いためか、ショルダーアーマーに繋がれたチェーンで吊り下げられていた。
みほがトリッガーを弾けば、モーターが銃身を回転させ、途切れることのない火箭をスタンディングトータス達へと浴びせかける。
「――凄い」
その使用者自身が思わず漏らすほどに、ガトリングガンの火力は素晴らしいものだった。
ドラム型の弾倉から矢継ぎ早に注がれる銃弾は次々と回る銃身から吐き出され、白旗の山、いや林を築いていく。恐ろしいほどの手応えは、みほですら今まで感じたことのない種類のものだった。
そんなみほと正反対の想い、未知の脅威を感じているであろう大学選抜の選手たちは、火線から逃れるべく必死に散開しようとする。
「華さん!」
みほが叫ぶと同時に、緑の閃光が煌めき、機関銃から放たれる曳光弾のように輝きながら走る。
鷹のように鋭い目で狙い、撃ち出されたレーザー光線はその特性を最大限に発揮し、次々と標的に命中して白旗を揚げさせる。
今までの得物とはまるで勝手が違うはずのGAT-TP-101『フォトンシューター』を、十年来の相棒のように操り、華はトリッガーを弾く。
五十鈴華の駆るスコープドッグGGGが姿を見せたのは、みほが現れたの場所の右斜め前方の倉庫の陰からだった。みほと華、それぞれが撃つ銃弾と光弾は十字砲火をなし、交差点に入り込んだ不幸なATは立ちどころに地に倒れ伏す。
「!」
みほの耳元で警告音が乗り響いた直後、モーターの回転音だけを残して銃声が途絶える。バイザーモニターの画面の端には、赤いエンプティの文字が踊る。滝のように地面に注いでいた薬莢の濁流が途絶え、今だ落下の勢いを失わぬ真鍮の空筒が地面と何度もぶつかって、ちりんちりんと金属音を奏でる。キークからのプレゼントは強力だが、その魔法が解けるのも早かった。相当数の大学選抜ATを撃破できたとはいえ、肝心の本命はまだ生き残っている。
「沙織さん! 優花里さん! 麻子さん!」
敬愛する隊長の指示通り、無能な味方を盾にして怒涛の銃撃を凌いだアズミ、メグミ、ルミのバミューダ三姉妹にその僚機達がみほの弾切れを見るや早速反撃を加えてくる。
みほは弾切れのガトリングガンと弾倉をパージしながら、控えの三人へと無線を飛ばす。
『まかせてみぽりん!』
『行きます! 西住殿!』
『うおおおおおおおおおお』
沙織のデスメッセンジャー、優花里の青いスタンディングトータス、麻子のブルーティッシュドッグのイミテーション。
五〇発を連射し、銃身とレンズのクールタイムに入った華もみほに合わせて後退するなか、援護するように三機が新たに飛び出す。
沙織と優花里が快活に叫び、それに押されてか麻子までもがヤル気のない平坦な雄叫びをあげる。
デスメッセンジャーが得物の銃身下部のソリッドシューターから、スモーク弾を撃って辺りを白煙に包む。すかさず青いスタンディングトータスがヘビィマシンガンを、ニセモノのブルーティッシュドッグが借り受けたブラッディ・ライフルをバルカンセレクターで乱れ撃つ。
『続くぞ!』
『はい!』
あんこう分隊の応援に、交代していた黒森峰の二人が再び攻撃を開始する。
『私らもいくよー!』
『うらうらうらー!』
『ここで減らせるだけ減らすよ!』
『まだオオモノも控えてるし、ね!』
ウワバミ分隊もそれに続けば、いよいよ大洗側の火線は激しさを増し、着実に撃墜スコアも嵩んでいく。
だがしかし――。
「っ!」
白煙の向こうから飛んできた銃弾は頭部装甲を掠め、表面の塗料を剥ぎ取っていく。
みほは背部にマウントされた二丁のヘビィマシンガンを素早く構えると、左右交互の三点バーストを放つ。狙いを定めない、大雑把な牽制射撃だが、すぐさま返ってきた応射は精確だ。装甲の表面を掠めたに過ぎないが、至近弾には変わりない。相手も最初の混乱を抜けて、着実に迎撃体制を整えつつあるらしい。
(……数では相手が上。しかも本命の精鋭部隊は無傷のまま)
みほは冷静に戦局を見通し、状況を分析した。
大洗が今展開している『ごっつん作戦』とは、要するに遭遇戦を軸にしたゲリラ作戦である。
出会い頭にゴッツンと頭突きをかまして退き、相手を複雑なパーク内部へと引っ張り込んで各個撃破する戦法だ。しかし相手はこちらの想定に反して分散せずに大軍を維持したまま反撃してきている。恐らくは最初の地上戦艦からの大量投入作戦のときと同じ、技量に劣った味方を盾あるいは囮として使い潰すことが前提の作戦。数的差を最大限に有効活用する戦法だ。
このまま戦っても、いずれ数の差と、烏合の壁の目くらましの、その向こうから来る鋭い一撃にジリ貧になるのは明らかだ。
ならば、プランBで行くしかない。
「……各機に通達! 『どっきり作戦』開始します!」
言うや否や、みほはペダルを思い切り踏み込むと、フルスロットルでグライディングホイールを回転させ、煙の向こうの敵へと目掛けて一転、突撃を敢行する。パイクホイールがアスファルトを削って火花を撒き散らし、ジグザグに走るブラッディ・セッターのローラーダッシュ音は、ある種の獣の唸りめいていた。
「バルカン・セレクター!」
みほが叫べば、左右に構えたヘビィマシンガンが同時にフルオート射撃を開始する。
ガトリングガンと違って液体火薬を用いるヘビィマシンガンは薬莢を必要としない。故にこうした高速機動戦でも空薬莢を踏んでのスリップを気にかける必要もない。ブラッディ・セッター自体が一発の砲弾と化したが如く、自身が放つ銃弾に負けじと凄まじい勢いで肉薄する。
白いブレードアンテナの先端で風を切り、轟音を伴いながら迫るみほに、大学選抜側の前衛は浮足立つ。その動揺は、さらなるスモーク・ディスチャージャーの一弾に、続く銃撃の雨あられで否応なしに強まっていく。
みほの突撃に合わせて、沙織が放った煙幕弾。さらに優花里に麻子が射撃を開始し、華もまたサブウェポンのペンタトルーパーで追い打ちをかける。煙幕弾でレーザーが拡散して、威力が減衰してしまうが故だ。
まほ、エリカ、ウワバミの皆もあんこうに続いて攻勢を強める。中でも特に激しい動きを見せているのは言うまでもなく――。
『うぉぉぉぉぉぉぉっ!』
蒼い闘犬、ストライクドッグを駆る逸見エリカだ。
左の内蔵機銃を乱れ撃ちながら、小刻みにATを揺らして相手のロックオンを揺さぶりつつ突き進む。
充分に間合いを詰めた所で、左レバーのバリアブル・コントローラーでコマンドを入力し、トリッガーボタンを親指で押し込む。ミッションディスクが起動し、定められたプログラム通りにATが動き出す。みほや優花里と共に組んだコンバットプログラムは淀み無く信号を機体に走らせ、マッスルシリンダーがそれに応じて収縮を開始する。背部バーニアが火を吹き、機体をジェット・ローラー・ダッシュの要領で急加速させる。相手からはあるいは、ストライクドッグが残像をつくるほどの速度に見えたかもしれない。
左足が強く地面を踏みしめたかと思えば、次の瞬間には思い切り地面を蹴っている。
バーニアの火はストライクドッグの跳躍をアクセラレートし、蒼い矢となって大学選抜のスタンディングトータスへと突き刺さる。飛び散る塗料、カメラのレンズ、将棋倒しになるATの数々。
――エアボーンキック。
本来ならばバトリングで用いられる荒業が炸裂し、あらゆる意味で相手ヘと衝撃を与える。
エリカは蹴りの反動を活かしてATを宙返りさせた。
ショーならばともかく、血が流れないとはいえ実戦でこの技を繰り出し、かつ実現させる彼女の技量。
年齢も経験も上なはずの選手たちが揺らぐ。
その揺らぎは、新たに現れた赤いブレードアンテナの煌めきで恐慌に変わった。
戦列の一部が崩れ、後退しようとして後続の味方に激突する。
相次いで倒れるトータス。追撃のソリッドシューターが降り注ぎ、共に白旗上げて真に斃れる。
それでもメグミ達精鋭選手達は、一貫して攻勢を強めるみほたちへと反撃を続けていた。
エリカ、まほにも至近弾が掠め、やもすれば直撃弾が出かねない激しさだ。
みほたちの攻勢がいかに激しくとも、分厚い大学選抜側の戦線を突破することは叶わない。
では、この攻撃は何のためか。
『マスタアーム・オン!』
彼方であがった声は電波にのって、即座にみほたちの耳へと届いた。
大学選抜側の後方で、爆炎が上がり、白旗が上がる。
『我らこれより、修羅に入る! 目指すは家康の首ただひとつぞ!』
『さぁいくわよ! いよいよ出番なんだから! プラウダの力、見せつけてやりなさい!』
『いよいよ特訓の成果を見せるときにゃー!』
『頑張るなり!』
『いっちょやるぴよ!』
みほ達が時間を稼ぎ注意を引きつけていたその間に、ダージリンたちの壁上からの銃撃を目くらましにして、敵背部への迂回機動を完成させたのは、ニワトリ分隊、ありくい分隊、そしてプラウダの重AT部隊。
――どっきり作戦。
敵を正面に注目させてからの、背中からの不意打ちの一撃。
そして作戦の第二段階にして本領は、前後からの包囲殲滅にこそある。
いよいよ、大洗が反撃を開始する。
――◆Girls und Armored trooper◆
アズミ、メグミ、ルミから相次いで来る危急を告げる無線に、愛里寿は思わずボコを強く握りしめる。
なぜ抗う?
なぜ戦う?
ニセモノに過ぎない癖に、もう勝負は見えているのに。
冬の湖のような愛里寿の心にさざなみが走る。
歳に似合わぬ冷静沈着なる島田の申し子には珍しいその姿は、西住みほを相手にするがゆえのもの。
西住流は宿敵である。しかし愛里寿にとってはただ倒すべき相手であって、それ以上ではない。
しかし西住みほは違う。
彼女はニセモノであり、ボコを騙るものだ。
だからこそ、本当の戦士(ボコ)が倒さねばならない相手だ。
チェスを打つように後方にあって、ただ指揮に専念していた彼女。
ボコを両手で優しく持ち、ハッチを開き、空へと翳す。
ヘルメットの下で、小さく口を開けば、紡がれる言葉は徐々に大きさを増す。
それは電波によってバミューダの三姉妹へと届き、彼女たちに確信させた。
チェックだ。勝負は終わった。自分たちの勝利で。
なぜならば、歌声が聞こえたからだ。
かの吸血部隊の行進曲にも似た、地獄からの呼び声、恐るべき死神の歌。
島田愛里寿が『おいらボコだぜ』を歌う。
それはいよいよ彼女が、一人の戦士として戦場に降り立つことを意味する。
――予告
「台本もなければ、譜面もなし。百話続いたバカ騒ぎ。鉄と炎と混沌の、舞台客席境なく、役者観客ごちゃまぜのATオペラもいよいよ佳境さ。主演女優が一礼すれば、たちまち始まる阿鼻叫喚。拍手喝采ある一方、意気消沈し敗色濃厚。でも案ずる必要はないさ。なにせもうひとりの主役は、そんな窮地にこそ、その真価を発揮するんだからね」
次回『ソング』