大洗女子学園の学園艦の、何倍もの大きさを誇る巨大な船体。
恐らくは、全国大会にエントリーしている学校の中で最もリッチなサンダース大学付属高校の学園艦である。
空母然とした外見は大洗と大差ないが、縦長で幅の狭い大洗に比べれば横幅もがっしりとついている。
傍らから見ればまるで巨大な海に浮かぶ要塞であり、今からそこに『潜入』する身の上としては、緊張に生唾を飲み込んでしまう程だ。
「……ふー」
深呼吸して気合を入れる。
別に命のやりとりをしに行く訳でもなし、そこまで緊張する必要はないのだが、事が事だけに自然と動悸が激しくなってしまう。
「……行きます!」
誰に言うでもなく、一人コックピットにて叫ぶ。
その声がトリッガーになって、彼女の体が動き始めた。
右手に握ったレバーを倒せば、彼女の体の動きに合わせて、その身を包む鋼の巨体も動き出す。
水の中から出てきたのは、一見して改造品と解るハンディロケットガンだった。
本来ならばロケット弾が収まっているべき部分には、巨大な折りたたみ式アンカーが無理やり装填されている。
人間で言う所の顔にあたる部分全体を回転させ、カメラモードを切り替える。
機体の大部分を水に沈めたまま、頭だけ僅かに出すだけで自機上方を視認出来る放射型カメラ配置は、何度見てもよく出来た仕事だと感心させられる。『ダイビングビートル』……流石は高級機だ。
精密照準カメラを動かし、標的位置をズーム。突き出たキャットウォーク周辺の、太い柱をロックオン。
アレならばATの重みを支えることも出来るはず。
「……」
一瞬、呼吸を止める。手ブレを止めるためにスナイパーがよくやる手法だが、ATには手ブレもクソもないので本当は必要ない。しかし気分的に、こっちのほうが集中できる気がする。
FCSがターゲットをロックし、目一杯の画面が電子音と共に赤く染まる。
優花里はトリッガーを弾いた。
信管を外したロケット弾が、花火のように煙の尾を引いて飛ぶ。
狙いは
何度か引っ張ってみて外れないことを確かめると、ハンディロケットガンに増設したウィンチの電源をONにする。
正規のAT装備、例えばエルドスピーネのザイルスパイドのようなちゃんとした装備品ではないので、このウィンチも単体ではATを持ち上げるのにはパワー不足だ。
ならばどうする?
「よし、と」
ATの足裏を学園艦船縁に押し付ける。
ウィンチを起動。ワイヤーの巻き上げが始まると同時に、グランディングホイールを回す。
海面より脱したダイビングビートルは、船端をまるで鯉が滝を昇るように上がり始めた。
「――ッッッ」
決められたレールの上を走っているのではないので、ATの挙動は極めて不安定だった。
走りは遅く、時に足裏が船端より外れ、宙吊りの状態になりさえする。
ワイヤーの強度も不安だった。いつ海へと真っ逆さまに落ちないかと、耐圧服の中で優花里も冷や汗をかく。
重いH級のATを持ち上げるだけあり、例の支柱にたどり着くまでにゆうに十分は掛かったかもしれない。
「ふぅぅ~~」
何とか支柱に掴まり、キャットウォークの踊り場へとATを滑りこませる頃には、優花里は汗びっしょりになっていた。
ヘルメットを脱ぎ、ハッチを開いて潮風に当たる。飛沫が目にしみるが、それでも涼しい風がありがたい。
「第一関門……突破」
しかしこれはまだ序の口、学園艦にこっそり乗り込んだにすぎない。
肝心はここから。目指すは、サンダース大学付属高校校舎。狙いはATと編成の情報だ!
第21話『潜入』
サンダースの制服は灰色のブレザーに黒のネクタイ、赤いスカートとなかなかにお洒落だった。
普段は他校の制服など着る機会もないので、優花里は何とも新鮮な気分に包まれている。
不思議と気分のほうも良くなってきたので、ここは振る舞いもサンダースらしくしてみよう。
「ハァイ!」
「ハァイ!」
それっぽくすれ違った生徒に挨拶してみたら、即元気な声が帰ってきた。
ついでに手も振ってみたら、手まで振り返してくれたのだから、なかなかにフレンドリーだ。
しかし一般生徒に扮するのは何とかなりそうな気がする。
普段の自分のキャラとは違うかもだが、これも大事な任務。不肖秋山優花里、必ずや完遂してみせる!
「ハァイ!」
『ハァイ!』
「ヘロー!」
『ヘロー!」』
「コーヒー・オブ・ウド・イズ」
『ビタァァァァッ!』
「ショルダー・イズ」
『レェェェッッド!』
――などとなるたけサンダース生らしく明るく振る舞いながら、着々と校舎の奥へ奥へと入り込んでいく。
事前に校内図を見ておいて正解だった。多少迷ったが、ほぼ寄り道無しで格納庫まで辿りつけたのだから。
「格納庫に到着しました。中を覗いてみたいと思います」
校章バッジ――に偽装したピンマイクに話しかけながら、格納庫の中に入ってみる。
思いの外、中には大勢の人間がいたので、優花里一人増えた所でたいして目立たないのは好都合だ。
警備員の類が見まわっている様子もない。
装甲騎兵道は試合前の偵察を認められているが、しかし基本海の上の他校学園艦への偵察は極めて難しい。忍道履修者でもなければ早々できることではないし、だから聖グロリアーナなどは偵察専門のスパイチームまで持っているという噂だ。
だがそんな学校は少数派で、故にサンダースも余りスパイを警戒はしていないようだった。
これならば充分に当初の目的を果たすことができる。
「凄い数のトータスタイプです。一体何機あるのか……数えきれません」
サンダースはお金持ち……そのことは格納庫一杯に並んだトータスの列を見ればわかろうというもの。
H級ATは基本的にM級よりも高級だ。それをこれだけ備えられるのだからたまらない。
「14ST以外にも湿地用の14WPもありますね。それに……あそこに並んでいるのは『ストレートトータス』です! 言わばローカル仕様のマイナー機なのに、あれだけの数が揃ってるなんて。あ、向こうに並んでるのはダイビングビートルですが……なんて数! あれだけの数のビートルを揃えるお金があれば、ドッグ系なら倍の数は買えるのに!」
しかし見れば見るほど大洗との資金力の差は歴然だった。
どのATも装甲が驚くほどキレイだが、それは頻繁に交換できるほどのパーツのストックがあるからであり、ストックパーツもジャンクではなく新品だからに他ならない。ひょっとすると壊れたATは即廃棄して、新品と取り替えているのかもしれない。いずれにせよジャンクの継ぎ接ぎで出来た大洗ATの造りとは大違いだ。
(……ですが、最後にものをいうのは戦術と腕!)
一瞬、装備の差に心を呑まれかけるも、みほ直伝の心得を思い返し、発奮する。
ここに自分が来たのは勝つためだ。勝ちにつなげるためにスパイまでしたのだ。
今更何を疑おう。西住殿を信ずるのみ!
「偵察を再開します。やはり今年もサンダースはトータス系を中心に来るようです。後期型のトータスが主力に、一部の戦場ではビートル系を投入してサポートする戦術でしょうか。特別な改装を施した機体は――」
改めてざっくりと格納庫の内部を見回して回っているうちに、僅かながら他のトータスと毛色の違うのが混じっているのに優花里は気づいた。近づいてつぶさに観察してみる。
「少々変わった機体、見つけました。私も初めて見るタイプかもしれません」
まず目につくのは、背中に負った、折りたたみ式の大型砲身だろう。
ミッションパックの左側に取り付けられ、弾薬補給ベルトとアジャスターで繋がれている。
「ベースとなっているのは14STHACでしょうか。いわゆる重装型ですね。それにしても……『ドロッパーズフォールディングガン』とは些か変わった装備です」
『ドロッパーズフォールディングガン』とは本来スコープドッグ用の追加兵装で、これを装備したドッグは通常機と区別して『バーグラリードッグ』と呼ばれる。拠点攻略や強襲攻撃に使用される特機だが、極めて癖の強いATで、使用されることは余り多くはない。
その癖が強くなる最大の理由こそ、『ドロッパーズフォールディングガン』の装備で、折りたたみ式の大型ライフル砲は優れた初速と射程、そして貫通力を誇るが、ATに装備するにはやはり砲身が大きすぎるのだ。様々な調整により機体のバランスこそ保たれているが、無茶な仕様も多く使いこなすには技量がいる。装備が重いために稼働時間も長くはない。
「確かにH級ATこそ、この手の重装備には適していますが……カメラも配置はともかく機種が通常機とは違うようです。飽くまで私の勘ですが――」
『そこの二年生』
「はひぃっ!?」
急に背中から声をかけられて、優花里は慌てて振り返った。
声の主は、優花里のすぐ後ろにいた。10センチ弱、優花里よりも背が高いので、優花里はやや見上げる形になる。キリッとした切れ長の両目に、ベリーショートの髪、薄いそばかすはあるが、それも顔のアクセントに留まっている。宝塚にでも居そうな凛々しいタイプの御仁である。驚きの余り最初は分からなかったが、優花里はすぐに彼女が誰かを思い出した。サンダースのナオミ選手といえばエースの一人じゃないか!
「私のATがどうかした?」
「あ、いえ、その、あの……」
一瞬『サインください』なんて場違いな台詞が出てきそうになったが、必死に飲み込む。
マズい。実にマズい。返答次第ではスパイとばれてしまうかもしれない。
このタイミングでバレれば間違いなく即座に捕まるだろうし、捕まればどうなるか想像もつかない。
「……? なんだ?」
ああ! 早くも相手は怪訝そうな顔に変じている!
なんでも良い! なにか言わないと!
「あのっ!」
思わず大きな声が出てしまった。
他のサンダース生も何事かとこっちを見ている。
ままよ! 後戻りはできない。
「わ、わたし! どうしても……その……このATに乗ってみたくって!」
あああと優花里は胸中にて絶叫した。
よりにもよって選んだ言葉がそれか! 単に本音をそのまま出しただけじゃないか!
こりゃ駄目だと思って、俯く。きっと頬は恥ずかしさで真っ赤になっているに違いない。
「……」
相手が何も言わないので、恐る恐る優花里は顔を上げて、ナオミの表情を窺ってみる。
彼女はというと――笑っていた。
ニヤッとした軽い笑いだが、何故かとてもうれしそうに見えた。
「……『ファイアフライ』。乗ってみたいか?」
「乗せてくれるんです!?」
またもやよく考えずに反射的に返してしまったが、相手にはそれが良かったのか、親指を立ててぐっと突き出してくる。優花里も同様にして返す。
「放課後ね」
「はい!」
嬉しそうに踵を返すナオミに、優花里は力強く答えるのだった。
――◆Girls und Armored trooper◆
「で……サンダースのATを思う存分乗って帰ってきた訳か」
「は、恥ずかしながら」
麻子が言うのに、優花里は照れくさそうに頷いた。
所変わってここは優花里の家であり、優花里の部屋である。
今日学校に顔を出さなかった優花里を心配し、みほ達はわざわざ優花里を訪ねて見舞いに来てくれたのだ。
ATが友達だった優花里には友人を部屋に上げるなど初めてのことで、これは実に嬉しい事だった。
「ファイアフライ……聞いたことないけど」
「ナオミ殿が提案して作られた、サンダースオリジナルのカスタムATだってことです。ナオミ殿が率いる分隊5機に、予備機の5機の計10機のみのレアな機体ですね」
『せめて相手の編成が解れば……』と漏らしたみほの言葉を受け、優花里は一人サンダースへの潜入を決めた。生徒会の面々に「絶対に勝て」と念を押されたこともあり、責任を背負い込まされたみほを是が非でも助けたいという思いがあったのだ。目論見通りにはいかない部分もあったが、それでも収穫は充分にあった。
「乗ってみた印象はどうだった?」
「やはり通常のトータスタイプに比べるとかなりバランスが悪いです。重心が砲のある左側にどうしても寄ってしまいますし、センサー系も通常機と違う物をかなり使ってますので勝手が違います。H級ですから安定感はあるんですけど……」
「乗りにくい?」
「ナオミ殿には悪いですが。サンダースでもナオミ殿の分隊以外では使いたがらない娘ばかりだそうで。ナオミ殿が残念そうに漏らしてました」
「……でもドロッパーズフォールディングガン装備が5機……結構厄介かも」
優花里からの報告に、みほはちょっと考えこんだ。
遠距離砲戦能力に関しては大洗はかなり弱い。
撃ち合いになれば不利を通り越して10:0で相手の勝ちかもしれない。
「ありがとう秋山さん。お陰で作戦の筋道は立てられるから」
「いえ! その……わたくし実質サンダースに遊びに行っていたようなものでして……ですが、実はサンダース生からブリーフィングの情報をいくらか聞き出すこともできまして、相手の大まかな編成の情報は何とか持ち帰りました。これ、それをまとめてあるので、後でご覧になってください」
優花里はデーターの入ったUSBをみほへと手渡した。
みほはうんと頷きながら、それを受け取る。
「それにしてもさ」
不意に、沙織が言った。
「ゆかりん、大丈夫なの?」
「え? なにがですか?」
「いやぁ必要だったとは言え、生徒会の河嶋先輩のAT、勝手に借りちゃったんでしょ」
「はい。了解を得る時間がありませんでしたので。ただ授業の時に困らないように、私のATを代わりに置いておいた筈ですけど」
「いやぁそのことでさぁ」
一拍置いて、沙織は言った。
「かなーり乱暴な使い方してたけど、大丈夫なのかなぁって」
――◆Girls und Armored trooper◆
翌日、自機の有様を見た優花里の悲痛な悲鳴が響き渡ったが、まぁこれは些事であろう。
戦いとは、戦場でのみの出来事ではない
その後方で蠢く、あまりにも膨大な物資の流れがあって、戦いは初めて成り立つ
網の目のように張り巡らせた、複雑怪奇なる補給路を手繰り、操るもの
その者こそが、あるいは真の勝利者か
勝利の種を求め、杏達が今、昂然と立ち上がる
次回『補給』 掴んだものは、玉か石か