「みなさま、ごきげんよう。聖グロリアーナ女学院、ダージリンですわ」
「同じく、オレンジペコです」
「ペコ、こんな格言を知ってる? 『我々は得ることで生計を立て、与えることで生きがいを作る』」
「チャーチルですね」
「知識とは自分一人で抱え込むより、他人と分かち合うほうが豊かな実りをもたらすことが得てしてあるわ。折角こういう場で話す機会を頂いたのだから、私達の持てる知を皆様に分かち合っていただけるよう、精一杯お話させていただきましょう」
「ちょうど公式戦の始まるタイミングですし、本編に登場するATについて解説するには良い機会かもしれませんね……所でダージリン様。このコーナーは、大洗女子学園、秋山優花里さん担当のコーナーだったと思うのですけれど」
「秋山さんは所用があってここには来れないそうよ。代わりにわたくし達がコーナーを引き受けることになったの」
「ご用事ですか? いったいなんなんでしょうか?」
「さぁ何かしらね。秋山さんのご用事はどうあれ、わたくしたちはわたくしたちの務めを果たすだけですわ」
「は、はぁ……」
「それじゃあ、ペコ。合わせなさい」
「は、はい!」
「ダージリンと!」
「オレンジペコの!」
「「 よく解るAT講座! 」」
【 解説No.1 パープルベアー 】
「1番手はこの機体ね。それにしても……何度見ても、面白いというか、個性的な見た目のATね」
「ATM-09-SSC パープルベアーですね。ガールズ&ボトムズ本編では、西住みほさんの乗機になっています。バトリング用のカスタム機ということですけど、中には弾着観測用、あるいは偵察用の軍用機と書いてある資料もありますね。いったいどれが正しいんでしょうか?」
「全て正しいとも言えるし、同時に全て間違っていると言えるわね」
「どういうことですか?」
「『ボトムズにオフィシャルなし』とは高橋良輔監督の言葉だけれど、ムック本などの設定もどんどん取り入れる懐の広さがある反面、設定がころころと変わってしまうのもボトムズワールドの特徴なの。そもそも『パープルベアー』という名称は単なる一バトリング選手の『リングネーム』であって、機種の名前ですらなかった……。実際、ウド編の終盤、バトリング選手の集団にキリコとフィアナが襲撃されるシーンでは、紫色じゃないベアータイプのATも何機か登場しているわけだから」
「パープルじゃないのにパープルベアーというのもおかしな話ですしね」
「だから、後発のムック本だと正式名称は『ゲイジングベアー』で、ウドで使われていた紫色の機体はコレをバトリング用に改造した、という設定になっているものもあるわね」
「『ゲイジングベアー』……見つめる熊、という意味でしょうか」
「どの設定を採ろうと、このAT一番の特徴が人の目のように2つ横並びに配置されたカメラだということには変わりはないわ。そういう意味では、とてもぴったりな名前と言えるわね」
「SSCという形式番号は『ステレオ・スコープ・カスタム』の略称ですね。人間同様に2つの眼が横並びになっている……つまり立体視が可能ということ」
「その通りよペコ。弾着観測用のATという設定も、このステレオ・スコープ……立体視が可能な特殊カメラより来ているようね。間合いが掴みやすい訳だから、格闘戦に向いているとも言えるわ」
「バトリング選手が好んで使うという話も頷けますね。確かにブロウバトル向けのATです」
「逆に言えばブロウバトルぐらいにしか使い道のないATとも言えるわね」
「どういうことでしょうか?」
「ペコ、スコープドッグの最大装甲厚は解って?」
「14mmですね」
「パープルベアーの最大装甲は8mmよ」
「……は?」
「8mmよ」
(絶句)
「装甲を削ったぶん、機動性は増しているとのことだけれど、この装甲厚は実戦で使うには心もとないという次元では最早ないわね。現に劇中でもスコープドッグのアームパンチに、装甲を紙みたいに切り裂かれているわ」
「……みほさんは、このATでダージリン様のオーデルバックラーと渡り合ったんですよね」
「ええ。お姉さまとは違うようだけど、彼女も一流……いえ超一流の選手よ。そんな彼女だからこそできた、離れ業と言えるわね」
「カーボン加工でコックピットは守られてはいますけど……みほさん、見た目はおっとりとした感じですけど、随分と肝が据わってるかたなんですね」
「『勇気がなければ、他のすべての資質は意味をなさない』」
「チャーチルの言葉ですね」
「勇気こそ、みほさん最大の武器ということ……。公式戦での彼女の戦いにも、大いに期待しているわ」
【 解説No.2 スコープドッグ(メルキアカラー) 】
「話がみほさんのほうへと逸れてしまったので、改めて機体の解説に戻りましょう! 次はATM-09-ST スコープドッグですね。それもメルキア軍仕様の、色が紫のタイプです。本編では五十鈴華さんが搭乗しています」
「基本的には緑色のノーマルタイプと差はないわ。つまりただのスコープドッグな訳だけれど……このATはボトムズという物語を語る上では、ある意味欠かせない機体なの」
「そう言えば、第1話で最初の『敵AT』として登場したのは、この機体でしたね」
「その通りよペコ。第1話でいきなりの同士討ち……当時の視聴者はさぞかし困惑したでしょうね」
「何を隠そう、主人公のキリコ自身が一番慌ててましたからね」
「『野望のルーツ』や『ペールゼン・ファイルズ』といった、TV本編前の時間軸を描いたOVA作品を見た後にTV版第1話を見直すと、まるで新兵みたいに慌てるキリコの姿に、何とも形容しがたい感覚を覚えるわね」
「ちょっと砕けた言い方をするなら『オメーそんなキャラじゃねーだろ』って感じですかね」
「TV本編だけ見ても、1話のキリコには違和感があるのは、恐らくあの段階ではまだキャラは固まっていなかったという大人の事情なんでしょうけど――……何の話だったかしら?」
「ATの解説ですよぉ!」
「そうだったわね。とにかく、第1話で栄えある最初の敵を務めた以外にも、ストーリーの要所要所で重要な役割を担っているのが、このATなの。ウド編、クメン編の両方で終盤に登場し、正規軍故の圧倒的戦力で舞台を蹂躙、全てを炎で焼き尽くしていくという、一種のデウス・エクス・マキナね」
「デウス・エクス・マキナって言うと、演劇などで使われる用語ですよね。確か劇の終盤に現れて物語に収拾をつける役どころ……だったような」
「ペコは物知りね。その通り。言うなれば『オチ担当』といった所かしら。収拾をつけるどころか全てを燃やし尽くしてしまうのだから、果たす役割は本来のそれとは真逆だけれど」
「『雪のように降ってきた』……とは劇中でのキリコの台詞ですけど、確かに本当に雪のように空から舞い降りてくるAT部隊の落下傘降下シーンは圧巻でした!」
「わたくしの知識に間違いがなければ、ロボットアニメ初のロボットによる落下傘降下シーンですもの。ボトムズというアニメは劇中に登場する機種数こそ少ないけれど、他のロボットアニメでは余り見られないようなユニークなアクションを見せてくれるのが、その大きな魅力ですわ」
「着地の瞬間に降着をして、ショックを和らげたりするギミックも面白かったと思います」
「わたくし達以外にも、このATに強い印象を受けた視聴者は多いらしいわね。玩具やプラモデルがリリースされる際には、このメルキアカラーのスコープドッグが合わせて発売されることが多いのも、その証拠じゃないかしら」
「それって単に金型が使いまわせるからじゃあ……」
「ペコ、それは言わないお約束よ」
【 解説No.3 スコープドッグ・レッドショルダーカスタム 】
「解説に話を戻しますと、次の機体はスコープドッグ・レッドショルダーカスタムですね。本編では武部沙織さんが搭乗しています」
「劇中での『ハリネズミ』という例えが、実にしっくりと来るATね。搭載してある武装の数だけで言えば、歴代でも最多なんじゃないかしら」
「右手にはヘビィマシンガン、左手には備え付けの小型ソリッドシューター、右肩には9連装ロケットポッドに、右腰には2連装ミサイルランチャー、左腰にはガトリングガン……全部で5つも! 見た目は格好いいですけど、使いこなすのは難しそうです」
「キリコですら火器管制コンピューターの助けを借りての操縦だということを考えると、武部さんは初心者ながら本当に良く頑張っていると思うわ」
「元のATだと、バニラ・バートラーが勘違いで塗り間違ったから左肩が赤かった訳ですけど、大洗のものも何で左肩が赤いんでしょうか。色も心なしか明るいですし」
「さぁてね。彼女たちなりの個性というやつなのかも。それにキリコが乗ったATということで人気も高いから、あえて左肩を赤く塗るボトムズ乗りも少なくないそうよ」
「レッドショルダーカスタム、と銘打ってますけど、これ実はただの武装過積載スコープドッグなんですよね」
「ええ。もともとはウドの街のコロシアムにあったビジター用のATを、キリコ達が即席で改造しただけの機体だから、恐らくバランスなどは最悪でしょうね。そこを乗りこなすのがキリコの凄い所とも言えるけど。ウド治安警察を相手にジェイソン・ステイサムばりの大活躍を見せたわ」
「本物のレッドショルダー用のカスタム機は右肩が赤黒く塗装されている上に、内部もかなり細かい部分までチューンが施されているようですね」
「ジェットローラーダッシュ機構が備わっている、いわゆるターボカスタム機も複数いたようね」
「ターボカスタムについては本ATとは直接関係ありませんので、横道にそれる前に話を戻しますけど……所で、本機が登場しているシーンでは、ミッションディスクを使って機体をオート操作するという、なかなか珍しい場面も見られました」
「サンダースのように無駄にATが有り余ってるところなら、装甲騎兵道の試合でも実際使えそうな戦術だわ」
「我が校の主力エルドスピーネは比較的高価なATですから、そんな勿体無い使い方はできませんね」
【 解説No.4 ゴールデン・ハーフ・スペシャル 】
「次の機体はゴールデン・ハーフ・スペシャル。本編では秋山優花里さんが搭乗していました。……ダージリン様」
「何かしらペコ」
「恥ずかしながら、私このAT、全く知らないんですが……。大洗との試合以外では見た記憶もありませんし……」
「ペコが知らないのも無理はないわ。だって本編で登場するATの中でも知名度の低さではダントツでしょうから」
「そもそもこのATの出典元はどこなんでしょうか」
「ボトムズのスピンオフOVA『機甲猟兵メロウリンク』よ。色々と個性的なカスタムATが登場する作品だからか、大洗の機体にはゴールデン・ハーフ・スペシャル以外にもメロウリンク出典のATがいるようね」
「なるほど。それにしてもかなり変わったATというか……相当に変なATじゃないですかコレ」
「変というよりも存在自体が不可思議なATと言ったほうが適切かもしれないわね。スコープドッグとスタンディングトータス、M級とH級の混合機というのは、普通思いついても誰も実際にはやらないわ。下半身がトータスで、上半身がドッグだから、まぁ機体の重心が低めで案外乗りやすいかもしれないけれど」
「戦車で例えるならカーデン・ロイド豆戦車とセンチュリオンを組みわせて一輌作っちゃうような無茶じゃないですか! 問題なく動いてるというのが不思議でなりません」
「でも実際に動いているんですもの。これを一人で自作した秋山さんは、実に優れたATメカニックということよ」
「……大洗女子学園って本当にとんでもない人たちの集まりなんですね」
「ええ。だからこそ目が離せなくってよ。所でペコ、機体の解説に戻ろうかしら」
「あ、え、はい! それでこの無茶なATなんですけど、メロウリンクの劇中ではどんな活躍をしたんでしょうか?」
「そんなものはないわ」
「……え?」
「だから、そんなものはないの。だって列車強盗の山賊が使うモブATなんですもの。目立った活躍もなく、台詞もなしに撃破されて退場ですわ」
「えぇ~……」
「それにこの項を書くためにメロウリンク第7話を見直したらこのAT、映ってるカットごとに持っている武器が違うの。単純な作画ミスだけれど、誰も気付かないあたり作中での扱いの軽重は歴然としてるわね」
「ぶっちゃけましたね」
「ええぶっちゃけたわ。でも別によろしくなくって? 原典での扱いはどうあれ、ガールズ&ボトムズ本編では秋山さんの手で主役級ATへと生まれ変わったのだから」
「確かに。秋山さんのキャラも相まって、結構目立つATに変わっていますね」
「原作では日の目を見なかった存在が一転脚光を浴びる……それが二次創作の良いところなのよ」
「そうですね。そういえば、サンダース戦に合わせてさらなる改造を施したようですけど」
「元のATが一つ目だったのを、通常のスコープドッグと同じ三連ターレットに変えてあるわね。それに戦車の履帯を流用した追加装甲……これは『野望のルーツ』でグレゴルー・ガロッシュ上級曹長が自機に施していたのと同様の改造よ」
「秋山さんの手で日々進化するATになっているんですね。西住さんとは違った意味で眼が離せません」
【 解説No.5 ブルーティッシュドッグ・レプリカ 】
「さっきとは違って一転、有名なATが来たわね」
「ATM-09-GC ブルーティッシュドッグですね。本編では冷泉麻子さんが搭乗しています」
「本来であればパーフェクトソルジャー用の特別なカスタム機なんだけれど、冷泉さんが使っているのは見た目だけ似せたレプリカのようね」
「もともとスコープドッグのカスタム機ですから、見た目だけ似せるなら比較的簡単な改造で済みますしね」
「本当は内部のマッスルシリンダーからしてフルチューンが施され、通常機とは比べ物にならない機動性を獲得しているわ」
「脚部にも大型のグランディングホイールが増設されていますね」
「それに背負ったミッションパック……これはPRSPパックといって、本来ならH級ATに搭載するものなの」
「ポリマーリンゲル液の浄化装置が入っているんでしたっけ」
「その通りよペコ。ポリマーリンゲル液はATを動かすことで劣化していく訳だけれど、PRSPパックを通すことで有る程度の浄化が可能になるのよ。つまり通常のドッグタイプに比べると、遥かに長い稼働時間を有しているということ」
「全速力のローラーダッシュのような、ATの駆動系をフルに使用する際にはマッスルシリンダーへの負担は大きくなる訳ですから、この部分においても大きな役割を果たすという訳ですね」
「ええ。通常のドッグの倍近い時間、最大出力での稼働が可能なそうよ」
「TVシリーズ劇中ではジャンプしたりアッパーカットを決めたり、他のATにはできないような動きを見せていました」
「キリコに正面切っての戦闘で勝利した、数少ないATがブルーティッシュドッグなの。でもそれは乗り手がパーフェクトソルジャーたるフィアナだから出来たこと。普通のボトムズ乗りには乗りこなすのも難しい、そう例えるならリミッターを外した上フルチューンを施したMk.VI クルセーダーのようなATよ」
「右手の固定武装、7連装ガトリングガンにアイアンクローも、使い勝手は癖がありそうですね」
「片方の手が固定兵装でふさがっていて、しかも自由な取り外しはできないわけだから、汎用性という意味では通常のスコープドッグに劣っていると言えるわね。無論、ブルーティッシュドッグは最初からパーフェクトソルジャーのデーターを採るためのテスト機。汎用性など、最初から求めていないんでしょうけど」
「……ダージリン様」
「なぁにペコ」
「冷泉さんが乗っているものは、レプリカなんですから、フィアナさんが乗ったような動きは本来出来ない筈……ですよね」
「ええ」
「でも冷泉さん、それこそパーフェクトソルジャーのような無茶苦茶な機動を、本編内で披露していたような……」
「ペコ、冷泉さんは説明書を一回読んだだけでどんな戦車も完璧に乗りこなすスーパードライバーだってことを、忘れちゃいけないわ」
「……冷泉さんが黒森峰みたいな、戦車道が盛んな学校の生徒だったら」
「どんなモンスターに育っていたか、想像するだに恐ろしいわね」
――◆Girls und Armored trooper◆
「さて、これでみほさん達のチームのATは一通り紹介し終わったことだし、今回はここでお開きとしましょうか」
「え? でもまだ紹介し終えてないATはたくさんありますよ?」
「駄目よペコ、そんなふうにがっついちゃあ。聴衆のみなさんもわたくしたちの長話に、そろそろ疲れてきた頃よ」
「あ、そうでした。思った以上に解説役が楽しくて……つい」
「ふふふ。焦らなくても、きっとこういう機会はまた来るわ」
「そうですね。それじゃあ今回はここで」
「終わりにしましょうか。それではみなさん、ごきげんよう、さようなら」
「またお会いする機会を、楽しみに待っています!」