ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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第26話 『脱出』

 

 野生動物は、そのほとんどが背後より獲物を攻撃する。

 言うまでもなく、面と向かって争うよりも遥かに少ないリスクで相手を仕留められるからだ。

 そしてこれは人間にとっても同じことだった。戦場において最も戦死者が出るのは逃げる時、退く時、つまり相手に背を向けた時なのだ。どうやら人間にも野生の本能が残っているらしく、背を見せた相手には一層闘志が湧くらしい。つまり戦場では敵兵に面と向かっている時よりも、実は逃げる時のほうが遥かに危険ということ。

 ――それは装甲騎兵道の試合であっても変わりないし、当然、みほもそのことは承知している。

 

『0624地点まで残り300メートル!』

 

 優花里からそう告げられて、みほは一層気が引き締まる思いだった。

 

「カエルさんチームと合流直後、ロケットとソリッドシューターの砲撃で突破口を開きます! 沙織さん、華さん、優花里さんは私が合図したら一斉に砲撃してください!」

『解ったよみぽりん』

『解りました!』

『了解です西住殿!』

「飽くまで目眩ましなので無理に撃破を狙う必要はありません。麻子さんと私は相手の隊形が崩れた所を狙い撃ちます。むしろコッチが本命です。ここで減らせるだけの数は減らします」

『任せろ西住さん』

「矢印型の隊形に変更です。沙織さん、華さん、優花里さんの三機で(やじり)を作り、私と麻子さんが縦隊で追随します」

 

 みほのテキパキとした指示を受け、あんこう分隊は変形型の『ハンマーヘッド・フォーメーション』をとった。

 一見すると前方に火力を集中しているように見える所がこの隊形の味噌だ。

 兵は詭道なり――とは孫子の言葉だったか。虚と実を入り混ぜ使い分け、相手の隙を突いて攻撃するのだ。

 

『0624地点まで残り100メートル! 西住殿、見えました!』

「カエルさん分隊、聞こえますか!」

 

 みほもまた木々の向こうを駆けまわるファッティーの姿を認めていた。

 即座に沙織機を通じて、カエルさん分隊長、典子機へと通信を飛ばす。

 

『聞こえます隊長! みんな聞いたか、あんこうが来たぞー!』

『待ってましたー!』

『凄いよ私達耐え切ったよー!』

『チャンスです! 反撃しましょうキャプテン!』

 

 驚くべきことだが、カエルさん分隊はまだ一機の脱落も出ていないのだ。

 これまで堪えてきたぶん、テンションの上がりっぷりも甚だしい。

 しかしみほはその勢いに押されることもなく、冷静に次の動きを指示していく。

 

「カエルさんはあんこうの後方に回ってください。私達が突破口を開きます」

『了解! 聞いたか回れ回れー!』

 

 カエルさん分隊のチームワークは素晴らしい。流石は運動部、それもハードなスポーツであるバレー部だと言った所だ。みほ達は迂回機動をとったカエルさん分隊と入れ替わる形で敵前へと姿を晒す。

 

『前方10機! いずれもトータスタイプです!』

 

 ――ファイアフライがいない?

 みほはそのことを疑問に思ったが、センサーの倍率を最大にしても、木の陰や森の奥を窺っても姿が見えない。

 理由は解らないが、好都合だ。ならばこのまま、小細工無しで一気に突破するのみだ。

 

「今です!」

 

 みほの合図と共に、沙織、華、優花里のATが一斉にその砲門を開いた。

 レッドショルダーカスタムの9連ロケットに、ゴールデン・ハーフ・スペシャルの6連ロケットが続く。

 何発かは木に当たって派手な爆音と煙をあげるが、生憎サンダース機への命中弾はない。

 だがそれで問題はない。

 

「……」

 

 華がソリッドシューターで、木々を盾に反撃を図る相手を牽制している。

 その隙にみほはモニターに精密射撃用のグリッドラインを表示した。

 視界全体に薄く細い白線のマス目が現れ、照準補助の数字や矢印が合わせて表示される。

 

(……方位マイナス0.4、射角プラス0.3。今!)

 

 レンズの反射光を目印に、相手の機体の動きを読んで銃口を微かにズラす。

 ターゲットマーカーと、モニター中央の狙点が重なった瞬間、みほはトリッガーを弾いた。タタタンッと銃声が鳴って、マズルフラッシュが木陰の闇を破る。

 三点バースト射撃は吸い込まれるようにトータスの一番脆い箇所、センサー系目掛けて飛んで行く。――直撃! 撃破判定が下り、白旗が飛び出す。

 

「全機突入! 進路11時! 単縦陣で行きます!」

『11時って言ったら……こっち!』

 

 みほの指示に合わせてまず沙織が先陣を切った。

 ヘビィマシンガンと左腰のガトリングガンを同時に連射し、弾幕を張りながら前進する。

 華に優花里が続き、カエルさん分隊もキャプテンを先頭に追従する。

 殿(しんがり)を務めるのは、みほと麻子だ。

 

「私達も行きます!」

『応よ』

 

 まず麻子が走り出した。

 こいつらだけは逃がさんと、9機のトータスは一斉に木々の背後より飛び出して麻子を取り囲もうと動く。

 手にしたハンディロケットガンが火を吹き、ひゅるひゅると複雑な軌道を描いてロケット弾が飛ぶ。

 

 ――だが麻子の操縦センスは尋常ではない。

 大型のグライディングホイールが土を蹴飛ばし、微妙な足首の制動のみでターンをしながら横殴りのロケットの雨を突っ切って行く。標的を捉えた! と思った時にはそれは残像で、赤い機影は既に過ぎ去った後だ。

 麻子は走りながら右腕のガトリングガンを撃つが、これは牽制に過ぎず相手に当たっても掠めた程度。

 彼女が本領を発揮するのは、格闘戦だ!

 標的に定めた隊列の最左翼の一機と、麻子のブルーティッシュドッグ・レプリカは真っ向から向き合う形になった。相手は獲物が飛び込んできたと砲口を向けるが、麻子は怯まない。

 ――捉えた! と相手は思っただろう。避ける素振りすら見せぬ獲物に、ロケット弾をお見舞いするつもりだったろう。果たして、砲弾は空を切った。

 相手のトータスは考える。ヤツは右に逃げたか左に逃げたか。しかしそのいずれにも機影は無い!

 フッと暗くなる視界。僅かにカメラを上げれば、視界は鋼鉄の足裏に覆われ、すぐに真っ黒に染まる。

 麻子は跳んだのだ。僅かな地面の段差を利用し、ATでジャンプをしたのだ。

 重量7トンはあるATは跳ぶには重すぎるが、問題はない。重さゆえに単なるストンピングが必殺技と化すからだ。直撃を食らったトータスは衝撃にひっくり返り、特に衝撃の激しかったセンサー系は一撃で破砕される。

 そのまま麻子のブルーティッシュ・レプリカは倒れたトータスを一顧(いっこ)だにせず走り抜け、みほも麻子が開けた『穴』をくぐり抜けた。

 

 

 

 

 

 

 第26話『脱出』

 

 

 

 

 

「西住殿達は大丈夫なんでしょうか」

『今通信が入ったけど、麻子と一緒に抜け出せたって!』

 

 沙織の言葉を聞いて優花里はホッとした。

 みほは隊長ながら何かと殿を買って出るきらいがあり、そういう勇敢で責任感溢れる所は優花里も大いに尊敬しているが、しかしみほは我らが隊長にしてあんこう分隊長なのだ。万が一を考えていつも心配してしまう。

 

『では、わたくしたちはこのまま0503地点へと向かいましょう。ウサギさんの皆さんとも、そこで合流できる筈です』

『隊長たちを待たなくて大丈夫かな?』

 

 華が言うのに疑問を呈したのは典子だった。

 これには優花里が代わって答える。

 

「西住殿達のATのほうが私達よりも足回りの性能は上ですので、まっすぐ進んでいれば自然と追いつく筈です」

『了解。それにしても……なんか試合始まってから逃げてばっかだな』

『キャプテン、暫しの辛抱です! ここから大逆転なんですから』

 

 ここでふと、思い出したように言ったのは忍だった。

 

『そういえば、あの大砲持ちどこ行ったんだろう?』

『そうだね。気づいたら居なかったし』

 

 あけびも無線越しに同意した。

 大砲持ち――と言えば。

 

「ファイアフライ……そう言えば先ほど会敵した際には姿は見えませんでしたが」

『居ないなら居ないで良かったんじゃないの? 厄介な相手だーってゆかりん言ってたじゃん』

「それはそうなんですけど……でも一体どこに」

『得物が大きいから広い所に移ったんじゃないでしょうか。時代劇でも槍や薙刀が柱に引っかかって、その隙をバッサリ! という場面は良く見ますし』

『でも、ついさっきまではそんなの関係ねぇとばかりに撃ってきてたんですよ』

「……」

 

 優花里は何となく嫌な予感がした。

 よくよく考えて見れば、さっきの突破攻撃も上手く行き過ぎた気がしてくる。

 相手は強豪サンダース。彼女たちの練度が高いことは偵察の時にもよくよく見てきたことだ。

 にも関わらず、ああもあっさり――。

 

『あれ?』

 

 優花里の思考を破ったのは、無線からの沙織の声だった。

 

『ねえ、なんか向こうで光ったような――』

 

 そして沙織が言いたいことを全部言い切るより前に、優花里の眼と耳にも飛び込んできた閃光と爆音がそれを遮った。

 

『佐々木!』

 

 典子が叫んだ通り、煙を吹いて横転したのはあけびのファッティーだった。

 ――『O-arai Frog-4』

 スコープに映る視界の端に、赤いキルログが流れる。

 

『みんなバラバラになって! 狙われてるよ!』

 

 沙織がそう叫ぶのを引き金に、優花里含め皆四方へと散る。

 フルスロットルのローラーダッシュで木々の間を駆け抜ければ、コンマ数秒前に盾にしていた木が爆発と共にへし折れた。優花里はとっさに音の鳴る方へカメラを向け、ターレットを精密照準へと合わせる。

 走りながらの優花里に見えたのは、森の奥、木々の下の暗がりのなかを煌めく砲火だった。

 

「――ファイアフライ!」

 

 その強烈なマズルフラッシュと、音を置き去りにする弾速に、優花里はすぐに自分たちを狙うモノの正体を理解した。ナオミ率いるファイアフライ隊はコチラの退路を塞ぐために動いていたのだ。

 

『みなさん! 反対側からも!』

 

 華が叫ぶ声にファイアフライとは反対側を見れば、木と木の間から見え隠れするトータスの群れだ。

 中には機体の各所を金色に縁取っているATが一機見える。あれは――隊長機! サンダース隊長、ケイの専用機じゃないか! さっき振り切った筈のサンダース本隊が、迂回機動の果てにたどり着いて来たのか。

 

『嘘! 囲まれた!? 何で!?』

 

 沙織が混乱して叫ぶ声が聞こえる。

 優花里も本音を言えば叫び出したい気分だった。

 なぜこうもどんぴしゃにコチラの位置を特定してくるのか。

 みほは何か気づいていたようだったが、生憎、それを聞く時間は無かったのだ。

 

(――でも)

 

 今は関係ない。理屈など、今この瞬間はどうでも良い。

 大事なのは、みほがここにたどり着くまで、生き残ること!

 

「臨時で指揮を執ります! 良いですか!」

『ゆかりん!?』

「全機、1時の方向へ前進! とにかく撃ちまくって敵を近づかせないでください!」

『……解りました!』

『こっちも了解です!』

 

 華や、典子は即決し、優花里が言うように動いた。

 優花里の言ったことはみほの出した事前に出してた指示と大差なく、それを現状に当てはめ微修正したに過ぎない。だがそれで良かった。混乱した時に大事なのは、まず確固たる指針を頼りに落ち着き直すことだ。そして落ち着くには、何か目的の為に体を動かすのが一番手っ取り早い。

 

「武部殿! すぐに西住殿に繋いでください!」

『わ、わかった! 今つなぐね!』

 

 さっきまでのノイズが嘘のように、今度もみほにはすぐに繋がった。

 

『秋山さん、状況は!』

「カエルさん分隊、佐々木殿のファッティーが撃破されました! 我々は相手を牽制しつつ、包囲を避けるべく0503地点へと移動中です」

『解りました! “空に注意しつつ”0503地点へと進んでください! そこで合流します!』

「……え? 西住ど」

 

 言われたことの意味に解らないことがあったため、問い直そうとしたが通信は切れた。

 優花里は素直にみほの言うことに従った。つまり、空を見た。木々の合間から見える空を見た。

 

「!」

 

 空を走る何かが見えた。それは銃弾だった。おそらくはヘビィマシンガンの銃弾。

 その弾丸が飛んで行く方向は、0503地点とは別の方向だった。

 

「せ――」

 

 みほの言葉の意味する所を理解し、優花里はみほに代わって指示を出そうとした。

 出そうとした。

 

『ゆかりん!』

 

 出すよりも先に、沙織の警告が飛んできた。

 続けて、砲撃も飛んできた。

 

「!?」

 

 衝撃に揺さぶられ、体勢を保てず機体が倒れこむ。

 咄嗟にレバーを動かし、左手で何とか地面をついた。

 機体の状態をチェックする。左腕部に若干の損傷――モニターに示されたのはそれだけだ。

 信じられず、カメラで直接目視すれば、左肩にあった筈のロケットポッドがそっくり無くなり、やはり左肩に取り付けておいた追加装甲代わりの戦車履帯が吹き飛ばされている。

 ラッキーだった。たまたま当たったのが撃ち切った後のロケットポッドでなければ、とっくに撃破されていた。

 

『大丈夫! 大丈夫なら返事して!』

「大丈夫です! 動けます! 全機、私の後に続いてください! 説明はあとでします!」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

『ウサギさんチーム! ウサギさんチーム聞こえますか!』

「隊長! 良かった、ようやく通じてくれた!」

 

 不意に聞こえてきたみほの声に、梓はほっと胸を撫で下ろした。

 ノイズが消えて、不通だった無線がようやく回復したのだ。

 

『すぐに0503地点を離脱してください!急いで!』

「え? ……わかりました! でもどうして」

『説明はあとです! それと武部沙織さんの誕生日知ってますか!』

「え? え? え? 武部先輩の誕生日?」

『チームに知っている人がいる筈だから、聞いてください!』

 

 そこでブチッと通信は切れた。

 独自の判断で動いたことも、ロケットを使い切ったことも、告げる間もなく。

 

「……武部先輩の誕生日? どういうこと?」

 

 梓の頭には疑問符が浮かぶばかりで、なにがなんのことやらさっぱり解らない。

 しかし二人の通信を聞いていた優季は違ったらしい。

 

『あ、私それ知ってるよ~』

「え? 優季が?」

『通信機担当同士ってことでメルアド交換したから~。ついでにプロフも交換したし~たしか6月22日~』

「6月22日……622……ん?」

 

 ――622?

 

「……」

 

 試みにコンソールを操作し、試合場マップを呼び出し0622と座標を入力してみる。

 ここからさほど遠くない場所が表示される。

 ローラーダッシュのできない初期型トータスでも、ここなら歩いて向かえる。

 

「みんな、0622地点に移動を開始するよ! それと、通信は切って、横窓を開いて直接話すこと」

『え? なんで?』

 

 言われたハナから、桂利奈が無線で疑問を(てい)したので、梓は機体を横付けし、機体側面に設けられた窓を開いた。トータスタイプはドッグ系と違い首がないので頭部が回転しない。そのため、側面確認用の小窓がついているのだ。

 

「隊長はわざわざ暗号みたいなの使ってたから、たぶん無線は使うなってことだと思う」

「……凄い。梓よく解ったね」

「単なる推測で、正解だなんて保証はないけど……わざわざあんな言い方した以上は、何かあるかなって」

 

 梓は今度はハッチを開いて、大声でみなへと叫んだ。

 

「みんなー今からはこうやって直接話すからねー! ピンチの時以外は無線禁止! 解ったー!」

「「「「はーい!」」」」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

『西住殿~』

『みぽりーん』

『みほさん!』

『隊長!』

『先輩!』

『西住先輩!』

 

 みほと麻子がようやくあんこう分隊、カエルさん分隊と合流した時、一斉に飛んできたのは皆の喜びに満ちた声だった。特に臨時とは言え指揮を買って出てくれた優花里などは、プレッシャーの反動か泣きそうな声をしている。

 

「全機、私に追従してください! 今度こそ相手を振り切ります!」

 

 具体的な座標名などは口に出さない。

 しかし目指す所は決まっている。

 0622地点。そこが向かうべき先だった。

 

 





 勝利を得るためには、時には犠牲を踏み越えねばならぬ
 かつて母が告げたその言葉が、刃となってみほの胸に突き刺さる
 得るために失う。これは人が、生きるが故に避け得ぬ業なのか
 選択の時は迫る

 次回『反撃』 いずれにせよ、選んだ先は茨の道か

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