『カエルさんはあんこうに追従してください! 予定を変更します、ウサギさんは0524地点へと急行! そこで合流し、追う敵を迎え撃ちます!』
大洗の隊長機から伝わってきた、そんな通信を聞いてアリサはほくそ笑んだ。
傍受した内容をもとに、アリサは即座に各分隊に指示していく。
「アイテム分隊、ジグ分隊は0524地点へと急行! 0523地点を経由して迂回、相手の背部に回りなさい!」
『ハイッ!』
『イエス、マム!』
続いてケイに対しても次の動きの指示を出した。
「隊長たちはそのまま逃げる敵を追撃してください。相手の速度から考えるに、ちょうど0524地点到着時には包囲が完成する筈です」
『OK! ……でもアリサ、私には相手が別の場所に向かっているように見えるんだけど?』
「単なるフェイントです。無理に付き合わず、場合によっては0524地点に直接向かってください」
『うーん、なんか敵をだらだら追うばっかでしっくりこないわねぇ。私としてはそろそろ本腰入れて追撃したいんだけど。さっきもそのチャンスがあった訳だし』
「深追いはダメだって、隊長自身がいつも口酸っぱく言ってるじゃないですか。そういうことです」
『ま、アリサがそこまで断言するなら言う通りにするけど……それにしても今日の読みの冴えは凄いわね』
「……地形などの情報を踏まえたうえでの総合的判断です。そこには岩場などの遮蔽物があるので、火力に劣る相手ならばそこでこちらを迎え撃つ筈です」
『そこをこっちは圧倒的な火力で飽和攻撃という訳ね。OK、アリサ。今日はアリサの言うとおり行くわよ。全機、やっぱり深追いはNG! 確実に攻撃出来る地点までは辛抱よ!』
ケイが追従するAT達へと向けて命令を下すのを聞きながら、アリサは内心でホッと胸を撫で下ろした。
明るく細かいことに頓着しない大らかでフランクな性格のケイだが、大所帯のサンダースの隊長を務めるだけあって本質的には『頭のキレる女』だ。アリサの出している指示が不自然に敵の動きを見通し過ぎていることには薄々感づいている筈だ。
出来る女ではあるが、勝負に対し正々堂々とし過ぎる所が隊長の弱点だとアリサは思っている。
きっと自分が無線傍受や妨害などをしていると知ったら、烈火の如く怒って怒鳴り散らされることだろう。
そんな礼を逸した行為は、ATが泣くわ! と堂々と言ってのけるだろう。
――だがスポーツマンシップに則るだけでは、勝てる勝負にすら勝てない。
武道の試合とはいえ、これは立派な『戦い』だ。そして戦いとは勝ってこそだ。
ならばルールの範囲内で出来ることは全てするべきなのだ。たとえグレーゾーンぎりぎりだとしてもルールには違反してない。文句を言うなら、ルールを決めた奴に言え! これがアリサの考えだった。
(……早くフラッグ機の情報を喋っちゃいなさいよ。それさえ掴めれば!)
ケイがいつ自分に不審の言葉を発するか……それを思うといよいよ切羽詰まった気持ちになってくる。
アリサは苛立たしげに、操縦桿を指先でコツコツ叩いた。
第27話『反撃』
「え~!? 無線傍受されてる~!?」
「それって反則なんじゃ!?」
みほが告げた言葉に、沙織と華はそんな反応を返した。
麻子はというと黙して思案顔であり、優花里はルールブックに齧りついて文面を細かく確認している。
「……確かに、ルールブックには無線傍受についての規定はありませんね」
「でも書いてないからって何でもやっていい訳じゃ……」
「そうですよ! スポーツはフェアプレーじゃないと! ボールが泣きます!」
「キャプテン、装甲騎兵道なのでボールは泣きません」
ルールブックから顔を離した優花里が言うのに、梓と典子が異議を挟んだ。
0622地点に無事に集結を果たしたあんこう、カエルさん、ウサギさんの三分隊は無線を用いず、ハッチを開いて直接生身で今後の作戦について話し合っていたのだ。
しかし相手がいつ、偽情報に騙されていたと気づくかも解らない。
方針は早急に決めねばならない。
「ねぇ審判に言っちゃおうよ」
「そうだよ~ズルしてるのはあっちなんだもの~」
「言いつけちゃえ! 言いつけちゃえ!」
「上手く行けば反則負けで不戦勝かも!」
ウサギさんチームの面々が口々に言うのに対し、みほの反応は飽くまで冷静だった。
「ルール違反かどうかは微妙なラインだし、たぶん不戦勝とかにはならないと思う。ペナルティがあるにしても傍受機の使用禁止程度だろうから、それだけだとまだこっちが不利な状況は変わらない……かな」
「それじゃあ西住さんはどうするつもりなんだ?」
ここで始めて麻子が口を開いて聞くが、みほはそれにちょっと間を空けてから答えた。
「……相手の傍受を逆手にとろうと思う」
「それってつまり」
「相手を嘘ついて罠にかけるってことですか~?」
あゆみと優季にみほは頷いた。
「……先輩、ちょっと良いですか」
みほが頷くのを見て、梓が意を決したといった調子で切り出す。
みほを含めた一同の視線が集中するのに、緊張して生唾を飲み込んだ後、梓は自身の作戦を語り出した。
――◆Girls und Armored trooper◆
『――作戦を変更します』
ようやく本隊が0524地点へと辿り着こうかという所で、そんな通信をアリサは傍受した。
またかよガッデム! とアリサは思わず叫びたくなった。この試合中、大洗の隊長は何度となく予定を変更してこっちの算段を引っ掻き回してくれたことだろう。
だが、そんなアリサの怒りも次に飛び出してきたみほの言葉を聞いた時に全て吹き飛んだ。
『サンダースの動きを避けつつ、フラッグ分隊を含めた全戦力を128高地に集結させます!』
……フラッグ分隊? 今、フラッグ分隊といったか?
フラッグ分隊とはつまり、フラッグ機が所属する分隊ということか?
『高所からの砲撃で一挙に叩きます。相手にはドロッパーズフォールディングガンを装備した機体がいることを考えればリスクは大きいですが、それでも平地で撃ち合うよりは遥かに有利な筈です。相手の戦力も損耗しています。勝機は充分にあります』
「……うふふふふふふ」
思わず口から笑みが漏れてくる。我ながら不気味な声だと思うも、いかんとも抑えがたい。
念願の瞬間がようやくやって来たのだ。
――連中、捨て身の作戦に出やがった! ざまぁみやがれ! 袋叩きにしてくれる!
「隊長、聞こえますか! 128高地に向かってください!」
『え? ……Why? アリサの言う通りに0524地点まで来たところよ? いったいなんで?』
「相手はこちらの動きを見て移動し、反撃の為に128高地に主力を集結させています。フラッグ機も含めて! これはチャンスです!」
『ちょっとアリサそれ本当? なんでそれが解るのよ~?』
何故にと問う。故にと答える。
だが、人が言葉を得てより以来、問いに見合う答えなどないのだ。
アリサもまた、答えに代わってこう言い放つのみだった。
「私の情報は完璧です!」
こう言い切られてしまえば、ケイも何も言うことはない。
『OKよ、アリサ。今回はとことんアリサに付き合うからね。それに、相手のフラッグ機がいるって言うなら行かないわけにもいかないしね』
かくしてケイもまた、決着を望み決断した。
『全機GO AHEAD! 進路は128高地よ!』
――◆Girls und Armored trooper◆
ケイの指揮のもと、サンダースAT部隊の主力は件の高地のすぐ近くまで進軍を果たしていた。
その途上で妨害は全く無く、まるでピクニックのような呑気な進行だったが、それもここまでの話だろう。
森を抜け林を抜け、遮るものがまるでない原野に一同はたどり着いた。
総勢三十機のATは、ケイのトータスを先頭に二十五機編成のデルタ・フォーメーションを組んでいた。
ナオミ率いるファイアフライは別働隊として、ケイ直隷の部隊より若干後方より追従している。
「距離1000を切った時点で、全機一斉にロケットとミサイルで砲撃するわよ。森林地帯と違って遮るものはもうないから、どんだけ撃とうがNoProblem! 飽和攻撃で相手の出鼻を挫いたら、五機ずつ五方向から半包囲の形をとり、ローラーダッシュで一気に間合いを詰めるわ。ナオミは後方より援護射撃」
『イエス、マム』
既に説明は済ませていたが、念の為にもう一度確認をしておく。
目的地まではあと僅か。アリサの情報が正しければ、ここで勝敗が決する。
「ナオミ、何か見える?」
ナオミのファイアフライは砲撃戦特化型のカスタムATである。
そのカメラも特注製のものを使用しており、望遠倍率は通常のトータスよりもずっと高い。
『いや……128高地上に敵影は見えない。だが稜線の向こうにいる可能性はある』
「じゃあもっと近づかないとね。何か異変があったらすぐに教えてね」
『イエス、マム』
もし128高地に本当に大洗の全隊が隠れているとしたら、もうとっくにコチラに気づいている筈だ。
何らかのActionを起こしてきても、何もおかしくは無いはずだが、静かなものだ。
「……そっちから攻めないのなら、こっちからAttackするまでよ。全機、砲門――」
『隊長、見えた。何か頂上付近で動いてる』
「動いてるって何が?」
『ATにしては小さい……いや、あれは……ッ! 全機散開! 砲撃来るぞ!』
「What's!?」
ナオミから飛び出してきた意外な台詞に驚きつつ、ケイもまた操縦桿をレバーを右に切っていた。
機体を軽くスピンさせる、照準ずらしのテクニック。これが功を奏したか、ケイに着弾はない。
撃たれたのは、ケイの右隣の僚機だった。
――『Saunders U.H.S Able-3』
撃破判定がキルログとなって視界の端を流れるのと、ケイがその砲声を聞いたのはほぼ同時だった。
音をはるか遠くに置き去りにしたまま、一足どころか二足三足先に標的を射抜く高速弾。
こんなことが出来るAT用の火器など、それこそドロッパーズフォールディングガンしかない。
「DAMN IT! ナオミ、相手も砲撃戦仕様みたいよ!」
『いや……砲撃音が違う。あれは全く別の武器だ!』
「え? でもあんな攻撃できる武器なんて他に――って次来るわよ! 全機散開! HurryUP!」
ケイの号令にトータス達は一斉にフォーメーションを崩して散開し、蛇行し、スピンして照準を外さんと努力する。しかし大洗の謎の射手の技量はケイの予想を遥かに超えていた。
視界の隅でまた一機が空中でもんどり打ち、白旗を揚げる。
そして砲声は相変わらず遅れてやってくる。ズシンとした、重い砲声は、確かにナオミの言う通りドロッパーズフォールディングガンとは異なるものだった。
『見えた! 相手はタコツボを掘ってそこから撃ってきてる!』
「タコツボ!? あの一人用のTrenchを!? なるほど、解ったわ」
近づくまで姿が見えなかったのは地面の下に隠れていたからと言うわけだ。
見れば他の箇所からもマシンガンやハンディロケットガンをこちらに向けて撃ってくるマズルフラッシュが見える。
正面切っての撃ち合いに不利なら、遮蔽物を用意するのは戦術的には間違っていない。
「でもね……ATの最大の強みは機動力! それを自ら捨てるのはBadChoiceね」
ゾッとしない砲を持っていたとしても、タコツボに篭って使うなら射角や方位は限定される。
それが解れば恐ろしくはない。掩蔽壕のないトーチカみたいなものだ。攻略法は幾らでもある。
「全機、ランチャー射角を45に設定。距離800に入り次第、撃ち方始め」
タコツボの位置と高さを確認し、ケイは冷静に指示を出す。
ヘビィマシンガンの弾が機体を掠めるが恐れはない。飽くまで冷静に、ケイはタイミングを計る。
距離800。今だ。
「OpenFire!」
ケイの号令のもと、射程に入った機から次々とロケットとミサイルが発射され、128高地へと向けて降り注ぐ。
迫撃砲のように敵塹壕の直上から砲火を降らせることはできないが、射角を調整することでそれに近いことはならば充分に可能なのだ。
「撃破判定……はOne、Twoと2機ね。反応が良いじゃない」
隠れ損ねたATの頭部から揚がる白旗が二本、遠くからでもハッキリと見える。
だが撃破したのは、肝心な例の大砲持ちではない。
「ッ! ……こっちもこれで撃破は三機目」
またも銃声を置き去りにする高速弾が、別のトータスを撃ち飛ばす。
ナオミのファイアフライ隊も迎撃射撃を開始するが、相手は高地の稜線も上手く使っているらしく、隠れるのが巧い。
「ジョージ、ハウ。128高地の両側から背後に回って。砲手を穴から引っ張り出して頂戴。そしたらナオミ、出番よ」
『イエス、マム』
――◆Girls und Armored trooper◆
『桂利奈と、あやがやられたよ!』
『うわーんもうこっちこないでー!』
『あんま近づくと痴漢で訴えてやる! あ、いや痴漢じゃなくて痴女か』
『どっちでもいーよそんなの!』
タコツボに隠れて射撃を続けるウサギさんチームの悲鳴が無線越しに聞こえてくる。
しかし華の心はまるで揺れ動かない。だんだんと狭まる包囲網に、激しさを増す敵の火線、着々と減る味方という状況にも、華は全く動揺しない。
それは信じているからだ。自分たちがここで最善を尽くせば、みほ達は必ず応えてくれると。
――『私達が囮になって敵をひきつけます』
そう提案したのはウサギさん分隊、分隊長の梓だった。
聞けば虎の子のロケットを撃ち尽くし、肝心の火力がなくなった自分たちのATは、ローラーダッシュもできない以上、他の分隊に付いて動くのも難しいとのこと。そんな自分たちが役に立てるとすれば、囮しかないと。
最初みほは反対したが、一年生一同のお願いに彼女は首を縦に振った。
そして傍らの華の眼を見て、こう言ったのだ。
――『華さん、頼みがあります』
友に頼まれて断れば女が廃るというもの。
華だけが一旦別れて、カメさんやニワトリさんと合流し、預けていたアンチ・マテリアル・キャノンを受け取る。
とんぼ返りして128高地に駆けつければ、既に塹壕はあらかた掘り終わった所だった。
ATは重機の役割も果たせる。穴掘り程度なら朝飯前だ。
――『砲撃で、敵を引きつけてください』
今のウサギさんチームの火力と射程では、囮役すら長くは保つまい。
だがその傍らに、長距離射程の大型砲の持ち主がいたならば、話は俄然違って来る。
サンダース本隊を高地に釘付けにし、その隙にみほ達が相手のフラッグ機を撃破する。
『ばらばら作戦』あらため『ちょうちん作戦』。自分たちは疑似餌だ。そしてサンダースは見事食いついた。
(――次は、右から三機目)
アンチ・マテリアル・キャノンの装弾数は18発。既に3発撃って残りは15発。
全部撃ち切るまで自分が保つとは思わない。ただひたすらに、撃破されるまで相手を撃破するだけだ。
(射角、方位、良し。問題ありません)
駐犂が無いという問題は、地面に反動を吸収させることで、この場だけは解決できる。
砲身を地面に載せ、あるいは背中を土壁に預ける。
動きまわるというATというマシーンの個性さえ投げ捨てれば、問題はない。
「――撃ちます」
トリッガーを弾けば、狙い通りに弾は飛ぶ。
しかし流石に4機目となればそう甘くはない。間一髪相手は避けて、地面を爆ぜさせるのみ。
(修正、プラス6)
それでも依然、問題はない。若干の修正後にもう一発。これで4機目を撃ち落とす。
『きゃぁぁ!?』
『やられたぁ~』
『あゆみ! それに優季まで』
『……』
『頑張るよ紗希! 五十鈴先輩も!』
「はい!」
これで高地の大洗ATは自分含めて3機。だがこれも問題ではない。
(……ファイアフライ)
敵の砲撃機も出張ってきた。しかし問題はない。
華はヘルメットの内側で微笑んだ。花を愛でるような穏やかな顔でありながら、まとった空気は剣呑そのもの。
「御相手いたします」
はるか彼方の相手へと向けて、華はそう言った。
――◆Girls und Armored trooper◆
「……チッ。弱小チームの癖に」
今日だけで何度目になるかも解らない台詞をアリサは吐き捨てた。
無線から聞こえてくる戦況は、予想以上に敵が頑張っているということばかり。
丘に陣取った砲戦用ATのお陰で、味方の撃破数がじわじわと増えている。
(……それにしても)
味方の無線から解る、相手の数が、明らかに少ないのが気にかかる。
確認できているのはせいぜい7機程度。じゃあ残りの14機はどこだ?
「……まさか嵌められた訳じゃ」
嫌な予感と共に、自然とつぶやきが口から漏れるのと『ソイツ』が大きな藪をかき分け、姿を見せたのは同時だった。
「……え?」
頭に鶏冠をのっけた、盾持ちの砂色のH級AT。
ベルゼルガを模して作られた、スコープドッグのカスタム機。
ベルゼルガ・イミテイトは、アリサのATから伸びた、フラッグ機を意味する旗竿と青い三角旗を認めるや否や、その盾に備わった鉄杭の先端を、アリサ機へと向けた。
アリサは咄嗟にレバーを倒し、盾の圧縮空気はパイルバンカーを打ち出した。
追うものと、追われるもの
その立場は、時に余りにたやすく逆転する
罠を張り相手を見下すものは一転、見下した者達の罠へと落ちる
猟犬たちは逃げる餌食を追って、壮絶なる追走を開始する
次回『追撃』 最早、しそんじるつもりはない