ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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第32話 『戦車』 

 

 レバーを動かし、ペダルを左右交互に踏んでみて麻子が感じたのは、機体のレスポンスの悪さだった。

 まぁ仕方がない。コイツは中古の『お下がり』であり、自動車部の整備もまだ完全には済んでいない。

 今はストロングバックスのレストアに掛かりっきりであり、一応は動くということで茨城県警寄贈のライアットドッグの整備は後回しになっていたのだ。自動車部4人がいかに超人的な能力の持ち主とは言え、一度にこなせる作業の量には限界があったのだ。

 

「……やはり、面倒臭がらずにブルーティッシュドッグを持ってくるべきだったか」

『ぶつくさ言ってないで、さっさと追うわよ! 冷泉さんは私に付いてきなさい!』

「冷泉さんに私は付いて行くの間違いだろう、そど子」

『うるさいわね! じゃあさっさとエスコートしなさいよ! まだこっちは操縦をマスターした訳じゃないんだから!』

 

 自機が調整中だったり、PR液の劣化で動けなかったり、あるいは愛機を盗まれていたりと、諸々の理由により今逃げたアンツィオ一味を追跡できるATは限られていた。PR液残量が少なく限定的な動きしかできないみほと優花里の駆る2機を除けば、万全に動けるのは麻子とそど子のライアットドッグ二機のみであったのだ。麻子の愛機、ブルーティッシュ・レプリカは倉庫の隅に置いてあるため、そこまで走る余裕はないということから手近なライアットドッグに乗り込んだ訳である。これは本来ならばそど子と同じ風紀委員所属の金春希美、通称『パゾ美』が乗る予定の機体だが、彼女の方はと他の風紀委員と共にガーシムで先に出撃していた。

 

『AT相手だとガーシムじゃちょっと分が悪いわ。パゾ美やゴモヨ達が時間を稼いでいる間に私達も追いつくのよ』

「了解、そど子」

『だからそど子って呼ばないでよ! 園みどり子! それを言うならあなたなんて「れま子」よ!』

「なんだそりゃ」

 

 軽口を叩き合いながらも、ATを動かして前に進める。

 麻子は先にそど子を走らせ、自分はその後を追う形をとった。何かあった時に即座にカバーに入れるようにするためだ。

 

(武器はヘビィマシンガンにアームパンチだけか……左手にアームシールドがあるから重心の勝手が違うな)

 

 初めて乗るタイプのATでも麻子は難なく乗りこなし、操縦しながら機体の癖を淡々と把握していく。

 麻子愛用のブルーティッシュドッグは右手がマニピュレーターではなく固定兵装のガトリングガンであったりと、普通のスコープドッグとは操縦感がかなり異なるのだが、彼女の駆るライアットドッグの挙動には危うさはまったく感じられない。むしろこのATを自機とする予定のそど子のほうが危なっかしいぐらいだった。

 

「あんまりトばすなそど子。右ペダルの踏み込みを少し弱めれば安定する」

『それぐらい私も自分で気付いてたわよ! 言っておくけど私だってATは素人じゃないんだから!』

「オープントップのカブリオレドッグの話だろう。視界が狭くて戸惑ってるのが露骨に動きに出てるぞ」

『ッッッ!』

 

 ATは頭部のカメラやセンサーが捉えた視界を、そのまま操縦者と共有する。ATとは人型のマシーンであり、鍛え上げた五体の延長であると見ることができる。この観点に立てば、ATと操縦者が頭部からの視界を共有することは操作感をより人体の動きに近づけるという利点がある。しかしそれは同時に、ATの操縦感覚を他の乗り物、例えば自動車などと大きく異なったものにしてしまうという欠点でもあるのだ。そど子が戸惑っているのはその点だった。

 

「ATの操縦は難しくない。体を動かすのと同じだ。ペダルやレバーを通したとしても、それは変わらない」

『わ、解ってるわよ! ちょっと、ちょっと前が見にくいのに戸惑っただけよ!』

 

 口では減らず口をたたきつつも、麻子のアドバイスのお陰かそど子の挙動は落ち着きつつあった。

 麻子は小さくため息をつく。これで、ようやく追跡を本格的に始められるという訳だ。

 

 

 

 

 

 

 第32話『戦車』 

 

 

 

 

 

 

『こちら6号車。ATを発見! 繰り返します。ATを発見! 場所は――』

『こちら13号車、回りこんで進路を――あ、相手は右折して回避!』

『こちら8号車。進路妨害に失敗。逃亡ATは路地に入り込んで――』

 

 そど子のATを通して、麻子の無線にも次々と風紀委員ガーシム隊からの通信が伝わってくる。

 大洗女子学園は学園艦のなかでは決して大きい方ではないとは言え、それでもその敷地は広大だ。故に風紀委員の仕事には『足』が不可欠だった。大量に配備されたガーシムも、校舎内を素早く行き来するためのものだった。

 

『……随分とちょこまか逃げまわってるみたいね。わざわざATを盗むようなまねまでしたんだから、強行突破を図るかと思ってたのに』

「沙織のATは整備の為に武装を全部外してあったからな。たぶん、そのせいだろう」

 

 言いつつも、麻子は内心ではそど子と同じようなことを考えていた。

 ただ逃げまわるだけでは、地の利のあるこちらが必ず勝つ。相手も、そんなことぐらい承知の筈だが――。

 

『こちら9号車。逃亡中のATは第三棟の裏庭方面に逃走中』

『! ――了解よ! 9号車は付近の車輌と連携して裏庭の出入り口を封鎖しなさい。私達も至急駆けつけるわ!』

 

 ひょっとすると相手を買いかぶっていただけかも知れない、と麻子は思った。

 第三棟裏庭と言えば校舎配置の問題で出口が一つしか無いどん詰まりになっている。

 いくら地理に明るくないとは言え、追い回されて簡単に袋小路に逃げこむようでは、相手の程度も自ずと知れるというもの。慌てたのか考えなしだったのか、どちらにしろネズミは追いつめた訳だ。

 

『行くわよ冷泉さん。ふふふ……敵スパイを捕まえたとあれば、風紀委員の大手柄よ!』

「風紀委員の手柄というより、相手の自滅だがな」

『余計なこと言わないでよ!』

 

 二人は件の裏庭へと急行した。

 到着した時にはそど子の指示通り、風紀委員のガーシムが何両も集まり車体そのもので即席バリケードを構築、出口を塞いだ上で中へと向けて拡声器で投降を呼びかけていた所だった。

 

『退路は絶たれている! ATを捨てて投降せよ! 投降すれば命は保証する!』

『出てこーい!』

『出てきなさーい!』

 

 どこぞの治安警察のような剣呑な文句だが、あれじゃ却って逆効果ではと麻子は思った。

 まあ良い。自分たちが来た以上、役目はバトンタッチだ。

 

『突入するわ! 道を開けなさい!』

 

 そど子が左腰の拡声器を通して叫べば、ガーシムが動いて道が開く。

 

『冷泉さんは援護して! 行くわよ!』

「ほい」

 

 アームシールドを構えながらそど子機が最初に突入し、ヘビィマシンガンを構えた麻子機がカバーする形で追従する。少し進めば、問題のATはすぐに見つかった。明るい赤に塗られた左肩は、間違いなく沙織のレッドショルダーカスタムだ。

 

『追い詰めたわよ! 往生しなさい!』

「待て! そど子!」

 

 そど子がヘビィマシンガンを構えるのに、麻子は咄嗟にその射線へと割り込んだ。

 トリッガーを絞る寸前だったそど子は、麻子の行動にいたく不満気であった。

 

『邪魔しないでよ冷泉さん! そこに居られると撃てないじゃないの!』

「むしろ撃たれると困るんだがなそど子。あれは沙織のATだぞ」

『ちょっと撃ったぐらいなによ! カーボンがあるから大丈夫でしょ!』

「パイロットはな。沙織は次の試合もアレで出るんだぞ。壊してどうする」

 

 カーボンで守られているのは飽くまで操縦席とその周辺のみで、試合用の公式弾を使っても火力は充分、ATの腕は千切れるし足はもげる。たたでさえ新規加入のATのレストアで手一杯な自動車部に、半壊したATを試合までに修理する余裕はあるまい。

 

『だったらどうするのよ! 止まれ撃つぞとでも脅かすつもり? そんなんで止まるやつはどこにもないわよ!』

「何のために二機で来たと思ってるんだ。前後か左右から挟んで取り押さえるぞ」

 

 どうにもそど子は引き金を弾きたくてうずうずしているらしい。

 こんなトリガーハッピーだったとは少々意外ではあったが、初めてのATでの戦闘とあって気分が舞い上がっているのかもしれない。

 何故か相手はコチラを見たまま止まったままだ。一気に組み付いて動きを止めればそれで終わりだろう。

 

「行くぞ」

『命令しないでよ!』

 

 二機は同時にローラーダッシュを開始する。

 それを見てか相手もコッチを向いたまま、ローラーダッシュの逆回転で後退を始めた。

 

「合図したら、サーチライトを点ける。狙いは相手のカメラだ」

『目眩ましねって訳ね。癪だけど合図は任せたわよ!』

 

 縦列から横列へと走りながら隊形を変化させる。右が麻子、左がそど子。

 狭い裏庭はすぐにどん詰まりとなり、窓もない壁が迫ってくる。

 相手は振り返ることもなく麻子達の方を向いたまま後退を続け、壁にぶつかるギリギリのところでターンピックで急停止、ホイールを正回転させ急速前進を開始だ。麻子とそど子の間を駆け抜ける気であろうが、そうはいかない。

 

「今だ」

『灯火!』

 

 ライトを守るためのブラインド装甲が展開し、焼け焦げそうな程の強烈な光がレッドショルダーカスタムへと浴びせられる。当然、ATのセンサーにも採光量の調節機能はついているし、パイロットが失明しないように即座に反応するようには出来ている。だがそれでも、視界は一瞬喪失する。その隙に組み付く――つもりだった。

 

「なに?」

『え?』

 

 しかし相手は一切止まることはなく、そのまま二機の間を走り抜ける。

 これには麻子もそど子もあっけにとられるが、しかし呆気にとられたままで終わらないのが流石は麻子だった。

 左後腰に備わったフックに、吊るしてあるのは太いチェーンだ。本来は牽引用のものだが、麻子は咄嗟にそれを取り外すと、アームパンチに合わせて鞭のように逃げるレッドショルダーカスタムへと(しな)らせる。

 ビュッと風切る音と共に走った鋼の鎖が標的の左手に絡みついたのを麻子は見るや、ターンピックを打ち込み地面に自機を縫い付ける。増設された装甲にサーチライト、アームシールドを有するライアットドッグはノーマルのスコープドッグよりも重い。そして火器を根こそぎ外されたレッドショルダーカスタムはノーマルタイプと変わりない。

 ライアットドッグの重みを振りきれず、ローラーダッシュの勢いそのままレッドショルダーカスタムは仰け反った。グライディングホイールが空転し、逃げるATは背中から地面へと落ちた。

 相手に起き上がる暇を与えず、麻子のライアットドッグは相手へと覆い被さる。

 両手で相手の手首を掴み、抵抗を封ずれば麻子はハッチを開いてレッドショルダーカスタムへと飛び移る。

 

『冷泉さん!』

 

 いきなりATから飛び出した麻子に、そど子の慌てた声が聞こえる。

 だが麻子は一顧だにせず、盗まれた沙織のATへと降り立った。外部からハッチを開き、不届き者のアンツィオスパイとご対面――とはいかなかった。

 

「……なるほど」

 

 麻子は納得した。なぜ目眩まし作戦が効かなかったのか。

 それも道理だ。中には――誰もいなかったのだから。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「いやー上手くいったっスね。流石はアンチョビ姐さんっす!」

「正直な話、最初聞いた時は半信半疑だったけど……ドゥーチェの知略には脱帽です」

「フッフッフッ」

 

 相手が半ば身内であろうと、褒められて気分が良くならない人間は極少数派だ。

 アンチョビは鼻高々といった調子で、腕を組みペパロニとカルパッチョが褒め称えるのにうんうんと頷いた。

 一行は来た時と同じくコンビニの定期便に乗り込んでアンツィオまで無事に帰還することができていた。

 大洗の情報、例えば次の試合には投入されるであろうライアットドッグやストロングバックスといった新規参入ATについての情報も無事持ち帰ることができたし、潜入がバレた事を除けば作戦は成功したと言えるだろう。

 

「それにしてもミッションディスクを使った自動操縦でごまかすとか咄嗟に良く思いついたっスね」

 

 アンチョビが土壇場で思いついたマカロニ作戦とは何か。

 それは『空っぽの自動操縦ATによる陽動作戦』である。

 元々ATはミッションディスクを用いた自動操縦が可能だが、大洗側が持つ『相手はATを奪って逃げている』という思い込みを利用し、物陰でATを乗り捨てつつミッションディスクのプログラムに細工をして無人ATを逃走方向とは逆に走らせたのである。ミッションディスクのプログラムの編集には本来、パソコンと専用のリーダーが必要だが、簡易的な調整ならAT内部のコンソールを用いても行うことが可能だ。本来は戦闘中や試合中にバグが発生した時の応急処置用だが、それを使って障害物を避けながら走り続けるようにプログラムを細工したのである。見事に大洗側は食いついてくれて、アンチョビ達はまんまと逃げおおせたというわけだ。

 

「たかちゃんにも会えたし、今回の作戦は言うことなしでしたね」

「……カルパッチョは一体何しに大洗に行ったんだ全く」

 

 などと軽口叩き合うアンチョビ一行の前に、駆け寄ってきたのは装甲騎兵道履修者の一人で、今回はお留守番を担当していた生徒だった。

 

「ドゥーチェ! ドゥーチェ宛に荷物が届いてます! それも超おっきい荷物が!」

 

 その報告に、アンチョビはその双眸を怪しく輝かせた。

 来た、遂に来たのだ! 念願の『秘密兵器』がついに到着したのだ!

 

「ペパロニ! カルパッチョ! 続け! 遂に来たぞ! これで今年こそはアンツィオはベスト4――じゃなかった優勝だ!」

「おお! 遂に私らにも内緒だった秘密兵器とやらにご対面っすか!」

「まるでクリスマスプレゼントみたいで、楽しみですねぇ~」

 

 3人が駆けつければ、広場のド真ん中にデンと鎮座する巨大なコンテナの姿があった。

 アンチョビはすぐさまコンテナの端に備わった点検用の扉を開いて中を覗き込み、顔を出した時には満面の笑みになっていた。

 

「よーし開くぞー! 危ないから全員下がれ下がれー!」

「聞こえたかぁー! みんな下がれー! アンチョビ姐さんの秘密兵器のお披露目だぁ!」

 

 装甲騎兵道の履修の有無に関わらず、既に大勢のアンツィオ生徒達が集まっている。

 がやがやと口々にコンテナの中身の正体についてあれこれ推測を言い合いながら生徒たちは後ずさる。

 充分な距離が開いたことを念入りに確認し、アンチョビはコンテナ展開用のレバーを引いた。

 プシュッと油圧の駆動する音が鳴り、歯車とチェーンが噛み合い回転する異音が響く。

 コンテナはゆっくりと開き、その中身は徐々に顕になった。

 

 ペパロニもカルパッチョも、また他のアンツィオ装甲騎兵道選手たちも、コンテナの中身をてっきりATだと考えていた。だからこそ、顕になったその正体に、一同度肝を抜かれ、呆気にとられた。

 

 長大な二本の砲身。それを支える巨大な車体。

 スコープドッグなどとは対称的な分厚い装甲。

 あらゆる不整地を踏破する履帯と無限軌道。

 そして砲塔正面に取り付けられた、スコープドッグと同規格の三連ターレットレンズ。

 正面から見るとスコープドッグの亜種かと錯覚するような異様なる風体の持ち主。

 

「……戦車ぁっ!?」

 

 ペパロニが素っ頓狂な声をあげたのも無理は無い。

 コンテナの中から姿を表し、目前に鎮座する物体は戦車とスコープドッグの間の子のような外見だったのだ。

 その名は『GMBT-208-II アストラッド』。

 スコープドッグの血統に生まれた特異極まる戦闘車輌であった。

 

 

 





 遠雷の如く砲声は轟き、落雷の如く砲弾は大地を抉る
 頭上より降り注ぐ榴弾の雨、幽霊のように見え隠れする朧な機影
 みほへと向けて振るわれる、アンチョビの策謀の刃
 避けるか、受け止めるか、あるいは敢えて白刃の下に跳び込むか
 二人の隊長の、知恵と勇気が、意地と誇りが、火花を上げて激突する

 次回『炸裂』  目も眩む破壊の中を、みほが走る




【GMBT-208-II アストラッド】
:要はスコープドッグの顔を持つ戦車。アニメ的な二連装砲塔の持ち主
:元々は『ボトムズ・オデッセイ』というムック本の出身
:ガンダムのMSV同様、後年公式に逆輸入されたという経歴を持つ
:『野望のルーツ』『赫奕たる異端』『ペールゼン・ファイルズ』に登場
:それぞれの作品のどこで出ていたのかを探してみるのも一興かもしれない

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