ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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第33話 『炸裂』 

 

 扉を開けば、他のメンバーは既に全員が揃っていた。

 

「遅いぞ! 西住、キサマが来なければ始められないじゃないか!」

「すいません。ちょっと準備があって……」

 

 一番奥の上座にでんと鎮座しているのは河嶋桃で、他には梓、カエサル、典子と各分隊長が勢揃いし、更には今度のアンツィオ戦よりの参戦が決定している新分隊長、そど子こと園みどり子の姿もあった。

 定例の作戦会議だが、普段は生徒会室を使う所を今日は別の空き大教室を使用する。そのため、この手の会合にしては珍しく杏の姿はなく、カメさん分隊代表者として桃がやって来ていた。

 

「優花里さん、準備お願いします!」

「了解です~!」

 

 みほに続いて入室してきたのは秋山優花里で、みほは二人して色々と機材の準備を始めた。

 生徒会室ではなくこの教室を会議の場所に選んだ訳は、プロジェクターや大型スクリーンが使えるからである。ホワイトボードやコピーした地図に直接ペンで書き込むアナログ式な作戦会議が多い大洗では、この手の道具を使うのは少々珍しい。

 

「西住殿、準備完了です」

「ありがとう優花里さん。それでは対アンツィオ戦の作戦会議を始めます。澤さんは電気を消してください」

 

 部屋が暗くなると、プロジェクターから出る青い光がスクリーンを照らしているのがはっきりと見えるようになる。

 

「まずは現時点で判明しているアンツィオ保有ATのスペックについてです」

 

 まず最初に表示されたのはツヴァークの設計図と諸スペックが記載されたスライドだった。

 大洗は今のところ一度の交戦経験も無い未知のATである。その少し変わった姿に、「かわいい」とか「ゴリラみたい」とか、ボソボソっと分隊長達の囁きが漏れる。

 

「見ての通りかなり全高が低く、また重量も軽いです。サンドローダーユニットを脚部に増設することで、不整地や砂地での機動力が向上、他のATを大きく凌ぐ走破性を得られます。次の試合場はでこぼことした森林地帯です。相手の機動力には要注意です」

 

 レーザーポインターとリモコンを使って、みほはテキパキと説明をこなしていく。

 

「しかし装甲厚は薄く、材質的にも脆いです。一撃でも攻撃を当てられれば撃破判定が出る可能性は十分にあります。相手の機動力に呑まれず、冷静に攻撃してください」

 

 みほが目配せで優花里に合図を送ると、誰かが撮影したらしいアンツィオ対マジノ女学院戦の映像がスクリーンに映し出された。余り良くないカメラで撮ったらしく画質は粗いが、地形の高低差を活かし出たり隠れたりを繰り返しながらマジノ機を翻弄する姿ははっきりと見える。映し出された予想以上のその速度に、梓などはかなり驚いている様子だった。

 これは優花里がインターネットを通じて入手した映像だった。ネット上には優花里の同好の士が山程おり、そこを通じてこの手のものは割と簡単に手に入るのだ。

 

「ツヴァークと並んで、アンツィオの主力を務めるのが、このスコープドッグレッドショルダーターボカスタムです」

 

 スライドを切り替え、みほは次のATの説明へと取り掛かった。

 

 ――アンツィオへのスパイ活動は、対抗処置としてすぐに行ったものの、その効果は限定的だった。

 こちらにスパイを送り込む相手である、相手がスパイを送り込むことも想定済みだったのだ。

 ノリと勢いは凄い、逆に言えばノリと勢い以外は何も無いと言われるアンツィオだが、そんな彼女たちらしからぬ驚くべきガードの固さであったのだ。わざわざ制服を入手し、相手学園艦まで優花里が乗り込んでくれたに関わらず、手に入った情報は到底手間に見合わない質と量でしかなかった。

 僅かに窺い知れたのは、『戦車』という謎の隠語だけ。その意味する所は不明である。

 仕方がないのでみほは優花里に協力を仰いで、集められる情報だけはかたっぱしからかき集め、要点をまとめ、それをもとに大まかな対アンツィオ作戦を練ることに決めたのだ。

 しかしアンツィオは大洗同様に装甲騎兵道が廃れていた所を、現隊長のアンチョビこと安斎千代美が一代で持ち直させた学校である。公式戦への出場回数も少なく、したがって手に入った資料は限定的だった。

 それでも、出来る範囲で出来ることをするしかない。

 

「このようにアンツィオはミサイルポッドの代わりにスピーカーを搭載し――」

 

 正体の見えぬ相手へと、微かな焦りを覚えるみほを他所に、全国大会2回戦開始の時はすぐにやって来た。

 

 

 

 

 

 

  第33話『炸裂』 

 

 

 

 

 

 

「たのもー!」

 

 遂にその日が来てしまった、全国高校装甲騎兵道大会第2試合。

 試合直前のAT整備に勤しむ大洗一同の前に、砂塵巻き上げ近づいてくるダングが一台。

 今回の試合場は水場などが無いため、耐圧服着用の義務はない。

 アンチョビに、運転手のカルパッチョが纏った服装はマーティアルの警備部隊などで使用される黒い簡易ATスーツだった。肩にはでかでかとアンツィオの校章が描かれていた。

 

「やあやあチョビ子」

「何のようだ安斎」

 

 会長と桃が各々アンチョビへと呼びかける。

 ダングから跳び降りるとアンチョビは即座に自身の呼び名に否定の声を挙げる。

 

「チョビ子じゃなくてアンチョビ! 安斎じゃなくてアンチョビ!」

 

 某風紀委員のそど子とは逆に、自身を愛称で呼ばせることに拘りがあるらしい。

 みほはアンチョビさんと彼女を呼ぶことに決めた。

 

「試合前の挨拶に来てやったぞ! そっちの隊長は?」

 

 呼ばれてみほは一歩ズイと踏み出した。

 

「おお! アンタが噂の西住流か! だが例え装甲騎兵道の家元とて、負けてやる気はさらさらないぞ。むしろ積極的に勝つ!」

「こちらも負けるつもりはありません」

 

 アンチョビが手を差し出してくるのに、みほは差し出された手を強く握った。

 相手も強く握り返しつつ、ぶんぶんと勢い良く腕を上下させる。

 

「正々堂々と勝負しよう。正々堂々とな!」

 

 相手の物言いに若干の違和感を覚えつつ、しかしみほは相手の言葉へとウンと頷いた。

 アンチョビはたかちゃんひなちゃんと旧来の交友を温めるカルパッチョへと目を向け言った。

 

「挨拶はこれぐらいで良いだろう。待機場所に戻るぞカルパッチョ」

 

 走り去っていくアンツィオのダングを見送りながら、みほは覚えた違和感の正体を考えていた。

 暫時思考に意識を沈めて、違和感の正体をみほは理解した。

 装甲騎兵道は武道だ。つまり『正々堂々』など極当たり前のことだ。それをわざわざ、試合を前にして強調する意味とは? みほは嫌な予感を覚えた。しかし、相手が何を考えているかは、蓋を開けてみないと解らない。

 全ては、試合が始まって初めて明らかになるだろう。それを待つ他なかった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 アンチョビは待機中のアンツィオ装甲騎兵道チームの陣容を、改めて眺めた。

 アンツィオ装甲騎兵道チームは総勢25名。これは今の大洗チームと人数の上では同じだ。

 機種編成はと言うと、ツヴァークは4機構成の4個分隊で計16機に、ベルゼルガDTは4機編成で1個分隊。さらにスコープドッグレッドショルダーターボカスタムが4機1個分隊に、虎の子アストラッド戦車が1輌。これは5人乗りであり、エントリー上の扱いはAT5機1個分隊と同じ扱いとなる。

 

『それにしても戦車なんて大丈夫なんですかアンチョビ姐さん!? 反則にならないっすか!?』

 

 最初にアストラッドをお披露目した時の、ペパロニのそんな反応をアンチョビは思い出す。

 確かに一見するとATとは余りにかけ離れた兵器に見えるアストラッドだが、しかしそこに大きな盲点があったのだ。

 

『ペパロニ。ATとは何だ?』

『そりゃロボット兵器じゃないんすか?』

 

 ペパロニが返した答えは、ある意味アンチョビが最も欲しい回答だった。

 

『それじゃあカルパッチョ。ボトムズとは何の略称か知ってるか?』

『英語でVertical One-man Tank for Offence & Maneuver-Sで、頭文字をとってVOTOMSでしたよね。直訳すれば「攻撃と機動のための直立一人乗り戦車」でしょうか』

 

 流石はカルパッチョ。流暢な発音で英語の正式名称をすらすらと述べてみせた。

 そしてカルパッチョが言ったAT、ボトムズの正式名称こそに、ヒントが隠れているのだ。

 

『え……ATって戦車だったんスか?』

『その通りだ。ペパロニ! ATはこんなナリだから見落とされがちだが、分類上は戦車であり車輌だ! 実際、私もお前たちも持っているAT運転免許証にも、車輌とはっきりと書いてある!』

『うわ、マジじゃないすか! これは見落としてたっスね!』

 

 財布から免許証を取り出したペパロニは、その文面を細かく見て車輌という文字をはっきりと確認していた。

 

『他の戦車ならいざしらず、アストラッドはAT、特にスコープドッグの技術をふんだんに使って設計された。構造的にも実はATにかなり近いのだ。つまり車輌という意味でも、構造的な意味でも装甲騎兵道に出場する資格は十分に有している! 何より見た目がかなりスコープドッグだ!』

 

 アンチョビが宣言した通り、連盟に確認をとった所アストラッドでの出場は認可されていた。

 少ない予算と人員の中、単機で火力を底上げできるアストラッドの存在はアンツィオには魅力的だった。

 搭乗員の数=エントリー数という公式戦のルールの都合上、AT5機ぶんの出場枠を取ってしまうデメリットも、もともとATの総数が少ないアンツィオにはまるでデメリットとならない。

 

「さぁ。全国の装甲騎兵道選手に視聴者の諸君に、見せつけてやろうじゃないか! アストラッドの強さを存分に!」

 

 アンチョビは今回の自機として選んだアストラッドのハッチを開き、中へと跳び込んだ。

 ATのコックピットに馴れたアンチョビには、世間一般的には十分に狭いと言えるアストラッド内部ですら広々として感じられた。

 アンチョビは操縦手用の運転席へと乗り込んだ。操縦桿はバイクのそれに似ていて、右の握りはアクセルになっており、また中央部には前進、ニュートラル、後退の切り替えスイッチが備わっている。ブレーキは左右のキャタピラにそれぞれ対応するペダルが2つあった。

 アンチョビは通信用のヘッドセットを取り付けつつ、イグニッションキーを入れた。赤いランプが点って、ATとはまた一風違った独特のエンジン音が車内に響き渡った。

 アストラッドのなかに居るのはアンチョビ一人だった。しかし戦車とは一人で操縦するATとは異なり、チームで動かすマシーンだ。車長、砲手、装填手、通信手、操縦手……と役割が決まっており、誰が欠けても戦車の性能を十全に発揮することは出来ない。しかしアンチョビはそれを気にしている様子はなかった。

 

Avanti(アヴァンティ)!」

 

 試合開始の合図が審判より伝えられると同時に、アンチョビは号令を下した。

 イタリア語で『前進』を意味する言葉と共に、アストラッドが、ツヴァークが、ベルゼルガDTが、そしてスコープドッグレッドショルダーターボカスタムが前へと進み始める。

 

「行くぞー! 勝利を持ち得る者こそが、パスタを持ち帰る!」

 

 アンチョビは激を飛ばしながら、アクセルを更に一段階上げた。

 履帯は砂塵を巻き上げ、排気口からは環境に悪そうな黒い煙を吹き上げて、アストラッドは進む。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 ――『試合開始!』

 審判からの合図が鳴り響くと共に、大洗のAT達も一斉にその行動を開始した。

 みほ率いるあんこう分隊を先頭に、鏃を思わせる逆Vの字を描く隊形は、戦車で言う所のパンツァーカイルに近いかも知れない。パンツァーカイルと違う所は、今回もフラッグ機を担当する杏会長以下3機のカメさん分隊が、Vの字の谷間の部分に入っていて、護衛をしやすいようになっている部分だろう。

 

「それでは事前に説明した通り、各分隊は適度な距離を保ちつつ前進、所定の位置に到着した段階で防御線を構築します。機動戦になれば相手のほうが遥かに有利です。相手の挑発に乗ること無く、留まって守りを固め相手の消耗を待ちます。『どっしり作戦』です」

『まさに動かざること山の如し、だな』

 

 みほの作戦に対し、そんな評を告げたのは左衛門佐だった。

 風林火山にある通り、まさに今度の作戦は『動かざること山の如し』だ。

 機動力で翻弄する戦法を得意とするアンツィオを相手取るなら、不動の戦術をおいて他にはない。

 

『ノリと勢いはアンツィオの信条だぞ! 守勢に回ってはコッチが不利じゃないのか!』

 

 桃は作戦会議以来一貫しての主張をここでもぶったが、しかしみほは静かに首を横にふる。

 

「どんなノリと勢いにも限度があります。一度ピークをすぎれば盛り返すことはありません。そこを狙います」

『攻撃の限界点というやつだな。シャルンホルストの言だったか』

『マキアヴェッリじゃなかったか?』

『いいや、小幡景憲だった筈だ』

『クラウゼヴィッツぜよ』

『『『それだッ!』』』

『ええい貴様ら五月蝿いぞ!』

 

 エルヴィン達の指摘する通り、攻撃の勢いには自然限界というものが存在する。

 当然だ。鋼作りに機械仕掛けのATですら長く戦い続ければ消耗する。ましてやそれを操るのは生身の人間なのだ。特にアンツィオの得意とする高速機動戦術は運用に体力と神経を消耗する。消耗すれば集中力は減退し、それは機体の制動に露骨に影響する。そして操るATは軽装甲揃いなのだ。注意力を欠けば、即撃破だ。

 

(問題は、そこまでコチラが耐えられるかだけど……)

 

 みほの懸念はそこにある。しかし彼我のATのスペックに、個々の選手の技量を加えて考えてみたが、我慢比べとなればH級ATを多数有する大洗側が有利という結論に達したのだ。……大丈夫、行ける筈だ。

 

「ヒバリさん分隊は大丈夫ですか?」

『こちらヒバリさん分隊1番機、園みどり子。万事順調よ』

『2番機、ゴモヨ、快調です』

『3番機、パゾ美、大丈夫です』

 

 今回の試合から参戦することになった新メンバー、『ヒバリさん分隊』の三機へとみほはカメラを向けた。

 コケても大丈夫なようにと最右翼を担当するヒバリさん分隊のライアットドッグ三機は、思いの外危なげなく隊列に追随している。今回の試合場は地形的にも際立って特徴的な部分はない。彼女たちの初試合には持ってこいかもしれない。

 

『転ばないように気をつけろよ、そど子』

『だからそど子って呼ばないでよ!』

 

 麻子の軽口にも普段通りの返しだ。緊張しているだろうにそれも表には出していない。風紀委員で鍛えているだけはあるらしい。生徒会がわざわざ新メンバーとして起用しただけのことはあるとみほは思う。

 ちなみに、なぜ『ヒバリさん分隊』なのかと言えばヒバリは茨城の県鳥であると同時に、茨城県警のマスコットキャラクターだったりするからであり、それにあやかった訳であった。

 

「ウサギさん分隊はどうですか?」

『分隊長、梓、平気です!』

『二番機、あゆみ、OKです。三番機の紗希も問題ないみたいです』

『四番機、桂利奈、ばっちぐーです!』

『五番機、優季、ちゃんと動いてま~す』

『六番機、あや、全然問題なしでーす!』

 

 みほが問えば元気な声が返ってきた。

 パープルベアーのステレオスコープを通して見えるのは、砂塵巻き上げ『ローラーダッシュ』を決めるウサギさん分隊のトータス六機の姿だった。

 何ということはない。湿地用の装備であるスワンピークラッグ――AT用のホイール付き田下駄――をトータスの脚部に外付けで増設したのだ。サンダース戦までには材料不足もあって改造が間に合わなかったが、アンツィオ戦には間に合わせることが出来た。しかし改造に使える時間も人手も限られていたため、パーツを外付するという簡単なタイプの改造が限界であった。故に攻撃を一度でも喰らえば破損は確実で、極めて危なっかしい。それでものろのろと試合場を歩きまわることを考えれば遥かにマシだった。

 自動車部の面々は各ATの整備修理改造に加えて、戦力増強をと実施した学園艦再探索の結果発見されたストロングバックスのレストア作業もこなしているのである。完全なオーバーワークであり、彼女たちにコレ以上の負担を負わせるのは酷だろう。それでもレストアが間に合えばアンツィオ戦にも出れるかもね~などと軽く呟いている辺り、彼女らも実に尋常ならざる存在だ。残念ながらレストアは完了せず、自動車部参戦は次の試合からとなりそうだ。

 ――しかしそれも、この2回戦を無事に突破してからの話だった。

 

『みぽりん、予定の場所まで――ええとあと800メートル!』

 

 沙織からのそんな通信に、みほは意識と視線を自機の前方へと戻した。

 ここまで妨害らしい妨害もない。互いの初期配置が離れていたこともあるだろうが、音沙汰もないのは少々不気味だ。

 

「隊形を変更します! フラッグ分隊を中央に配置してのダイアモンド・フォーメーション!」

 

 沙織機を通じて大洗全機に伝達すれば、日々の練習の成果か素早く隊形が変更されていく。空から見ればトランプのダイヤのようにも見える菱型の隊形は、どの方位からの攻撃にも対応できる防御陣系だった。

 

「全機一旦停止!」

 

 みほの指示に、大洗の隊列が止まった。

 何もない荒野の真ん中と見えるが、つぶさに見れば地形にはかなり凹凸が多い。軽く掘るだけで簡単に塹壕を(もう)けることができるだろう。機動力を完全に殺すこと無く、しかし防御力を底上げするにはこういう地形を利用するのが一番だ。

 

「カエルさん分隊は前方の森林へと偵察を行って下さい。あんこうとニワトリさんは周辺を警戒。他の分隊は防御線の構築を開始して下さい」

 

 みほの指示に、各分隊はテキパキと行動を開始する。

 みほ達あんこう分隊は20メートル間隔で散開をしながら、周辺を警戒、攻撃に備える。

 みほが駆るのはいつも通りのパープルベアーで、装備はいつも通りのヘビィマシンガンだ。腰だめ気味に構えて、即応できるように備えておく。

 

『静かですね……不気味なぐらいに……』

 

 そう漏らしたのは華だった。ターレットを広角に切り替えて、周囲を窺っている。その肩に負うのはソリッドシューターであり、今回はアンチマテリアルキャノンはお休みだ。足回りの速いアンツィオATを狙うには、あれでは重すぎる。いつでも射撃の態勢に入れるように、身構えは済ませていた。

 

『隠れられそうなのは、あそこの森くらいだし……ホント、だーれもいないね』

 

 沙織もまたカメラをズームさせたりして、手近な岩場の様子を見るも、動物の影さえ映ることはない。

 今回に限り、沙織のレッドショルダーカスタムはピンクショルダーカスタムになっている。これはアンツィオ側の赤肩スコープドッグと間違えて誤射するのを防ぐ為だった。それ以外は普段と変わらぬハリネズミのようなフル装備だ。

 

『アンツィオは機動戦が得意なはずです。そろそろ仕掛けて来ても良い頃合いなのですが……』

 

 優花里はと言うと、今回は連射性能を優先してHRAT-23 ハンドロケットランチャーを得物に選んだ以外の兵装は前回と然程変わっていない。大きな差異は後腰、チェーンで吊り下げられた小型のコンテナだ。中身は予備のロケット弾であり、継戦能力は上がるが、誘爆のリスクと重量を背負うことになる。パワーのあるH級の脚部を流用しているゴールデンハーフスペシャルだからこそ出来ることだった。

 

『攻めてこないなら来ないで良いじゃないか。こっちは準備に集中できる』

 

 重装備の沙織や優花里とは対照的に、麻子のブルーティッシュドッグ・レプリカは普段と全く変わらない通常兵装のままだった。火器は右腕部固定武装のガトリングガンのみ。しかしそんな彼女とそのATこそ対アンツィオ戦においては大きな戦力と成る。その機動力に速力、そしてそれらを使いこなす麻子の操縦技術は、相手の高速ATにも脅威な筈だ。

 

「沙織さん、ニワトリさん分隊へと繋いでください。状況を――」

 

 コチラ側に異常はない。自分たちとは反対側に陣取ったカエサル達へとみほが通信を入れようとした時だった。

 

『こちらカエルさん分隊! 敵ATを発見! 相手は――』

 

 典子からの突然の通信。その途中で彼女の声を遮る勇壮なるマーチの調べ。

 みほは知っている。この音楽は――『レッドショルダーマーチ』!

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「よーし、みんな来たか」

 

 事前に決めておいた『合流ポイント』。

 アストラッドのハッチを開き、キューポラから上半身を出して残りの乗員を待つアンチョビのもとへと、待ちに待った4人組が姿を現した。いずれもアンツィオ仕様の簡易ATスーツに身を包み、ゴーグル付きのオープンヘルメットを被っている。つまりはアンツィオ選手のボトムズ乗りということだ。

 

「上手く行ったか? 『ネオ・マカロニ作戦』は」

「ばっちしっすよドゥーチェ!」

「連中まんまと引っかかってますぜ!」

「オマケにペパロニ姐さんがダメ押してますからね」

「ドゥーチェの作戦通り、大洗はあそこに釘付けです」

 

 4人が元気よくそう返すのに、アンチョビは満足そうに頷きつつ、一旦アストラッドの外へと出て4人を招き入れる。短期間とは言え何度も何度も、おやつを我慢してした特訓の成果か、4人は淀みなく配置についた。操縦手、左右の砲各々の装填手に、砲手が揃った。最後に車長兼通信手のアンチョビが乗り込み、ハッチを閉める。さっきまでは寂しかった車内が、にわかに賑やかになった。

 

「よし! 全員揃った所でまずは……ペパロニ、聞こえるか?」

『聞こえてますよアンチョビ姐さん! 予定通り大洗への攻撃はもう始めてるっす!』

 

 ペパロニの元気な声が砲声に混じって聞こえてくる。

 しめしめ、どうやら大洗の注意を引いて釘付けにする作戦は成功のようだ。つまり作戦は第2段階へと移行!

 

「フェイズ2! 『フォルゴーレ作戦』発動だ! 203高地へと移動だ」

Si(スィ) signora(シニョーラ)!」

 

 勢い良く操縦手がイエスマムと返すと、アストラッドは無限軌道を回転させ移動を開始する。

 戦車は鈍重であると思われがちだが、実は違う。特に空挺戦車として設計されたアストラッドは、極めて俊敏だった。機動戦になればATには負けるが、そもそもATは機動力重視のマシーン。その点では負けて当然だ。

 

「ドゥーチェ! 間もなく203高地に到着です」

「良いぞ! 装填手! 左右共に砲弾を装填!」

 

 このアストラッドの主砲は左右二連装の、105mm滑空砲であった。

 本来、主砲身下部にはリニアランチャーが装備されているが、アンツィオでは主に予算の問題でAT用ヘビィマシンガンを流用した機銃が搭載されている。主砲二門に機銃二門。それがアストラッドの兵装だ。

 

「砲手は照準は右砲に設定。ターレットを精密照準に切り替え、狙いは大洗本隊中央部」

 

 アンチョビはハッチを開いて身を乗り出し、双眼鏡で周囲を窺った。

 高地の頂に到着すれば、木々の向こうに大洗のATが展開している姿が見える。

 しかし、傾斜と地形、そして木々が遮るために向こうからはコチラの姿は見えないはずだ。

 カシン、と音を立ててターレットが回る。レンズ自体が右方向へとスライドし、右砲用照準に合わさる。

 砲手はAT同様ゴーグルを機体と有線接続し、アストラッドと視界を共有する。

 昔の戦車のように、砲手は照準器を覗き込む必要はない。戦車と砲手が、そのまま視界を分かち合うのだ。

 

「ターゲット、ロックオン!」

「よし! 合図するぞ。合図したら撃て」

 

 アンチョビは双眼鏡の倍率を上げて大洗の動きを注意深く追う。

 砲に装填させたのは榴弾だ。その効果範囲に相手が最大に入るタイミングを狙う。

 よし! 相手は、中央部へと密度を高めた。ここが狙い目だ。

 

Fuoco(フォーコ)!」

 

 アンチョビは号令し、轟音と共に105mm滑空砲は火を噴いた。

 

 






 掻き乱される戦列
 実像と虚像が入り交じる試合場
 ばらばらとなる大洗。疾駆するアンツィオ
 個々が各々の戦いに投げ込まれた時
 個々は己が器量と、己が勇気を試される

 次回『四散』 ただ目の前の敵を、撃つ他はない

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