――時間はやや前後する。
カエルさん分隊ことバレー部一同は、みほの指示に従い森林へと向けて移動していた。
バーニアを噴かし、地面を滑走するホバーダッシュ。その速度はローラーダッシュにも引けをとらず、地形次第ではむしろ勝るかもしれない。カエルさん分隊が偵察役を任されたのもこの素早さ故だった。
「私がセンター、河西がライト、近藤がレフト、そして佐々木がリベロだ!」
『はい!』
『了解ですキャプテン!』
『援護は任せてください!』
典子が先頭を、忍に妙子がキャプテンの左右を固め、あけびは三機の後方で援護に回る。
いつも通りの、彼女らお得意のフォーメーションだが、武装については普段と若干異なっている。
典子、妙子、忍の三機はG・BATM-05 ガトリングガンを装備し、あけびはG・BATM-52Gで武装していた。前者は本来ならば陸戦ファッティー用の装備だが、アンツィオの優れた機動力と速力に対応するためには連射性能に優れた得物が必要だ。普段使っているカタパルトランチャーよりもガトリングガンのほうが今回は適当だろうという判断からの選択だ。あけび機も同様に、威力はともかく重く取り回しが難しいハードブレッドガンは今回お休みさせて代わりに試合には初登場のG・BATM-52Gを持ち込んだ訳だ。これは要するに『グレネードランチャー付きのマシンガン』であり、連射性能と取り回し、そして分隊支援をこなせるそこそこの火力という要求を満たすにはピッタリの得物だった。
「相手はスピードに優れたチームだ。だが私達のファッティーもスピードに関しては十分な力がある。相手の勢いに呑まれず、むしろホバーダッシュの勢いで呑んでやるぞ! そして最後は根性で勝つ!」
『そうです根性です!』
『行きましょうキャプテン!』
『この調子で2回戦も突破です!』
件の森は目前に迫っていた。
典子はその木々の陰に、何か動くモノを見た気がした。
カメラをズームさせ、詳細を知ろうと試みようとして――止めた。なぜなら、相手の方からその正体を晒してくれたのだから。
――突如響き渡る勇壮なる行進曲。
ATの装甲を通してなお、その音量が解るほどの爆音。
過酷なバレーの練習で鍛えた肝っ玉をしても、思わず面食らってしまうほどの音だった。
カエルさん分隊は慌ててその場に停止する。
「敵だ! 近藤、隊長に繋げ!」
妙子が即座に回線を開き、典子はマイクに向かって叫んだ。
「こちらカエルさん分隊! 敵ATを発見! 相手は――レッドショルダータイプです!」
木々の向こうに見え隠れする赤い残像。
それはヘビィマシンガンのマズルフラッシュで、一層赤々と照らし出される。
「散れー!」
ガトリングガンを連射し、カエルさん分隊は森の中のレッドショルダー部隊へと応戦を開始した。
第34話『四散』
「行くぞテメェら!」
『ガッテンでさぁ姐さん!』
『やっちゃいましょうぜペパロニ姐さん!』
「いいか! 不必要に体を晒すんじゃねーぞ! 頭だけ出すんだ! 相変わらずコッチの主力が赤肩のタボカスだと思わせなきゃなぁ! 」
ペパロニ率いるツヴァーク1個分隊は、例の赤肩4機と同様に森のなかに居た。
しかし彼女らの駆るツヴァークは他のアンツィオ所属のツヴァークとはかなり装いが異なっている。デザートイエローに塗られた他機とは違って、スコープドッグのように緑色に塗装されている。さらに機体上部には、スコープドッグの頭部と両肩が載っかっているのだ。当然のように頭上の右肩は赤く染められていた。
ツヴァークはトータス系同様に人間で言う頭に当たる部位が存在せず、カメラやセンサーは胸部に備わっている。頂上部はフラットになっており、一応その上に何か載せられるような形にはなっているが、無論、本来はそんな使い方をする場所ではない。段ボールとベニヤ板で拵えた軽いダミーだからこそできる仕掛けだった。
「行くぞ『新・マカロニ作戦』開始だ!」
『え? マカロニ作戦ドゥーエじゃなかったでしたっけ?』
『ちげーっすよ、ラビオリ作戦っすよ!』
『お前らアホかよ! マカロニ特盛り作戦だっただろ!』
「作戦名とか細かいことは良いから行くぞー!」
サンドローダーの履帯が唸りを上げて回転を開始し、地面をえぐり土埃砂埃を舞い上げる。
既にレッドショルダーターボカスタム分隊の連中は、大洗の先遣隊への攻撃を始めている。ペパロニ率いる擬装ツヴァーク分隊の役割は、その背後でちょこちょこ動きまわりながら派手にマシンガンをぶっ放すことだった。
「
ペパロニが叫べば、分隊は一挙にその両手に構えたショートバレルのヘビィマシンガンを乱射する。
森は鬱蒼として、枝葉に陽光を遮られ薄暗い。日光がさんさんと降り注ぐ森の外の大洗側からは、より森のなかは暗く影に沈んで、見えるのはマズルフラッシュと怪しい赤い肩の光ぐらいだろう。銃口の数を増やせば銃火の数が増える。高速で動く赤い燐光はその数を読むのが困難だ。大洗はこの森に陣取ったアンツィの戦力を、きっと過大に見ているに違いない。それこそが『ネオ・マカロニ作戦』の狙いだった。
ペパロニたちの前方で一定のパターンに沿って隠れたり射撃したりを繰り返している赤肩のスコープドッグ4機には、実は既に操縦手は乗っていない。彼女らはアンチョビ駆るアストラッドの乗組員と兼任であり、とっくにATを乗り捨てて後はミッションディスクによる自動操縦だ。装甲騎兵道はAT撃破前に乗り手が脱出していた場合、機甲猟兵として試合を続行することが認められている。つまり最初からATを乗り捨てて戦うのはルールに適っているのだ。
スコープドッグRSTCは、対マジノ戦では速力と音楽で相手を翻弄する陽動役として大活躍した。しかしただでさえ扱いの難しいATを酷使したのだ。特にジェットローラーダッシュ機構の損耗は激しく、資金も人手も乏しいアンツィオ装甲騎兵道チームは『共食い修理』で何とかするほか無かった。……ちなみに共食いと言ってもある種の能力純度を
――そこで、アンチョビはふと思い立ったのだ。スクラップ同然のAT4機をハリボテとして敵の陽動役にあてる作戦、大洗からの脱出の際に使った『マカロニ作戦』の応用、『ネオ・マカロニ作戦』を。少ない人員を有効に使いまわし、スクラップATも活用できる一石二鳥の一手だった。
「戦いはオツムの使い方で決まるんだ! せいぜい派手にやって敵を引き付けるぞ!」
ダメ押しにペパロニらの擬装スコープドッグRSTCを投入することで、実質4機のATを倍の8機、いやそれ以上に見せる。派手な音楽と揺らめく赤い影は敵を誘き寄せるには格好だ。相手はアンツィオの主力が森のなかだと誤解するだろう。ペパロニ隊とハリボテ達へと向けて大洗側が戦力を集結させた所を見計らい、203高地に陣取ったアストラッドが榴弾で砲撃を加える。砲撃で相手が混乱した所に、予備機などをかき集めて何とか揃えたツヴァーク3個分隊12機が背後より回りこんで一斉攻撃だ。フラッグ機擁するカルパッチョらベルゼルガDT分隊は後方で待機。
空からのアストラッドの砲撃は大洗にはとってはまさに青天の霹靂。突然降ってきた
「ぶっ放せ! 撃ちまくれ! 敵をガンガン引き付けるんだ……地獄の果てまで!」
――◆Girls und Armored trooper◆
「あんこう分隊はカエルさん分隊の援護に回ります。ニワトリさん分隊は後退し本隊と合流して下さい」
『おおむね御意だが隊長、前に出すのは二個分隊で問題ないか?』
「機動戦が売りのアンツィオが森から部隊を出してこないのが気にかかります。フラッグ機後方を固めて奇襲に備えて下さい」
『了解だ!』
みほ達はカエルさん分隊と合流を図るべく、再集合し前進していた。
森に近づけばすぐにみほ達の耳にも直接『あのマーチ』が飛び込んでくる。
何も知らずに聞けば単なる勇壮なるミリタリーマーチだが、しかしこの音楽と共に戦った赤い肩をした吸血鬼共を知る者には、怖気を催す地獄の行進曲、レッドショルダーマーチだ!
『なんというか……この曲を聞いているとお尻の辺りがムズムズしてきます……』
優花里が言うのにみほも内心同意だった。
敵の血潮で濡れた肩。地獄の部隊と人の言う。かつて無敵と謳われた情無用、命無用の鉄騎兵。それがレッドショルダーなのだ。例え相対しているのがそれに
『大丈夫だって! こっちにだってレッドショルダーがいるんだから!』
『今はピンクショルダーだがな』
『左肩を塗ってある時点で偽物ですって白状してるも同然ですけどね』
『んもー! そんな盛り下がること言わないでよ~』
しかし沙織や麻子、華達の言葉に、みほはクスリと微笑んだ。
気が一転楽になる。そうだ。相手は本物のレッドショルダーではない。何も恐れる必要などないのだ。
「カエルさん分隊! これよりあんこうが合流します!」
『待ってました! みんな隊長たちが来たぞ! ブロックしてからの反撃行くぞー!』
『『『おーっ!』』』
カエルさん分隊はファッティーの機動力と地形の凹凸を利用し、敵の猛攻と互角に渡り合っていた。森の暗がりから飛んでくる銃弾の量、マズルフラッシュの煌めき、そして赤い肩の輝きは、かなりの数のATが森のなかにいることを示している。
「……?」
『西住殿? どうしました?』
『みぽりん?』
みほ達はカエルさんと合流を果たしたが、しかしみほからの次の指示が出てこない。
優花里も沙織も、訝しがってみほの方を、というよりパープルベアーの方へとカメラを向けた。
「……ううん。なんでもない」
敵の射線に、何か違和感を覚えたのだが、その正体がみほには解らない。
敵の攻撃は激しく、飛んでくる銃弾は
「ロケットで攻撃してから、一挙に突入します。遮蔽物の多い森の中での戦闘ならば、むしろ私達が有利の筈です」
『カエルさん分隊も了解です! サンダース戦で鍛えた森の中での戦いを見せつけてやりましょう!』
沙織機と優花里機が森のなかへとロケット弾を撃ち込み、あけびもまたグレネードランチャーを発射する。
これらは命中を期待していない攻撃だ。しかし爆炎と煙は良い目眩ましになる。
『――西住さん』
続けて突入の号令を出そうとしたみほへと、短距離用の個人回線で通信してきたのは麻子だった。
突入します、の言葉を飲み込み、みほは麻子の言葉に耳を傾ける。
『私も、アンツィオの攻撃に違和感がある』
「!」
『見た目ばかり派手で、撃ち方が雑だ。あんなのじゃ止まった標的にも当たらない。それに――』
「それに?」
『敵の動きに見覚えがある。何というか、妙にワンパターンというか……』
「ッ!」
麻子に言われてみほも違和感の正体に気がついた。
激しいように見えて、まるでデタラメな攻撃に、プログラムされたかのようにワンパターンな攻撃。
特に後者は、ミッションディスクのプログラム仕掛けの、自動攻撃機の動きそのものじゃないか!
「あんこうにカエルさんは全機後退!」
『みぽりん!?』
『みほさん!?』
『西住殿!?』
『隊長!?』
『どうしたんですか西住隊長! 今がアタックのチャンスじゃ!』
皆の当然の疑問に、みほは叫んだ。
「これは囮です! 敵の本命は味方の――」
みほの叫びは、後方の砲声と爆発音により掻き消された。
――◆Girls und Armored trooper◆
「状況を報告しろー!」
桃は砲煙と土煙のなかでとりあえずそう叫んだ。
視界を覆う画面の隅っこをキルログが流れていったが、それが余りに早く、また予期せぬ攻撃の衝撃に見逃してしまった為だ。
『こちらニワトリさん分隊! 全機健在だ!』
『こちらウサギさん分隊! 桂利奈機とあや機が撃破されました!』
『こ、こちらヒバリさん分隊! 三番機が撃破されたわ!』
『かーしま、小山がやられたぞ』
「くそう柚子ちゃんまで! やられたのは全部で四機か!」
土煙が晴れれば、報告通り四機のATの頭頂より白旗が揚がっているのが見えた。
大洗のATは全25機。うち4機の撃破は実に痛い。
『聞こえますか! みなさん! 聞こえますか! 』
飛んできたのはみほからの通信だった。
桃は混乱した心持ちのまま、無線機の向こう側へと怒鳴り散らす。
「何があった西住! どういうことだ! こっちは4機もやられたんだぞ!」
だがみほはそれに応えるでもなく、突拍子もない指示を飛ばしてくる。
『全機、防御線を放棄して前進して下さい! 目指すのは0548地点の森です!』
「何を言ってるんだ西住!? そこは敵の大部隊が陣取ってる所じゃないか!」
『説明は後です! 全機前進して下さい! 第2弾が来る前に!』
『かーしま、行くぞ』
「会長!」
『隊長は西住ちゃんだよ』
そう言われれば桃も納得する他ない。
「全機ぜんしーん!」
桃が叫び、ばらばらと大洗のAT達が走り出す。
風切り音が鳴り響き、謎の空からの第2弾が降ってきたのは直後だった。
爆音、爆炎、飛び散る土と泥、舞い上がる砂塵。
桃はヒイッと上ずった悲鳴をあげながら、必死にペダルを踏み込みローラーダッシュする。
砲撃は避けた。しかし敵は空からのみではない。
『こちらヒバリさん1番機! 後方よりアンツィオ部隊出現! 数は――12! 敵は12機よ!』
「ッ! どうする西住!? このままだと我らは全滅だぞ!?」
『……カメさんを先頭に、ニワトリさんを軸に逆矢印の防御隊形!』
みほの指示に各分隊はてきぱきと動く。否、動こうと試みる。
彼女らの動きを阻むのは、言うまでもなく空からの攻撃だ!
『また来たぞー!』
誰かが叫び、またも砲弾は炸裂する。
隊形を維持するどころではない。撃破されないよう、避けるのが精一杯だ。
「うひぃっ!?」
桃のATの装甲を、銃弾が掠めて通り過ぎる。
敵ツヴァーク隊も攻撃を開始したのだ。連中の武器はヘビィマシンガンにハンディソリッドシューター。
恐ろしい勢いで猛追しながら、次々と銃撃砲撃を仕掛けてくるのだ。
『……全機散開!』
この状況にみほが出した指示は予想外のものだった。
『散開しつつ各自0548地点へ急行して下さい! ただし会長機はできるだけウサギさんのトータスとカバーしあって進みます! 敵の砲撃の狙いを逸らしてください!』
「後ろの敵はどうするんだ!?」
『……ニワトリさん分隊、頼めますか?』
対するカエサル以下4名の返答は確固たるものだった。
『了解ぜよ! 宇都宮城の戦いじゃー!』
『了解した! ゲルゴウィアの戦いだな』
『
『合点承知! 金ヶ崎の退き口だろう』
『『『それだ!』』』
ATにしては装甲の分厚い4機が、迫る12機へと向かっていく。
その背中に続くATがさらに2機。
『こちらヒバリ1番機と2番機。私達も味方の後退を援護するわ!』
『ですが!?』
『悔しいけど、私達の今の操縦の腕じゃ逃げ切れないわ。西住さんに、冷泉さん。後は頼んだわよ』
『……そっちも頑張れ、そど子』
『こんな時ぐらい、ちゃんと名前で呼びなさいよ!』
「のんきなことを言っている場合か! ッッッ! また来たぞ!」
第4弾、第5弾が地面に突き刺さり、各々の会話を中断させる。
しかし砲声にも負けぬ、大きくはっきりとした声で、みほは皆へと号令した。
『各自生き残ることを最優先してください! あんこうは森の敵部隊を突破、あの砲撃の主を攻撃します!』
物事には起点と終点がある
矢は弓より放たれ、標的を射るか地に落ちる
砲弾は砲身より吐き出され、敵の有無など知らず炸裂する
ならば、あの空からの砲撃の主は誰か
それはその軌跡より逆算すればいい
みほは見据える。姿なき砲手を。木々の裏に潜むその大きな影を
次回『肉迫』 狙い狙われ、戦いは回る