ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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第35話 『肉迫』 

 

 

 

「あんこう全機、本機を援護して下さい!」

 

 沙織たちに森の中のアンツィオ部隊を相手させている間に、みほは若干後退し、地面の起伏の凸部へとパープルベアーを置いた。コンソールを操作し、素早くグリッドラインをバイザーモニターへと表示する。ドッグタイプのATには頭はあっても首がないため、足を動かして見上げる体勢をとる。

 

「――見えた!」

 

 人の目からすれば一瞬だが、機械の目は砲弾の軌跡を確かに捉えていた。

 機体はオートで動き弾道を追い、着弾までを確かにカメラに収める。幸い、あの攻撃での味方の撃破機はいない。胸を撫で下ろしつつ、録画された映像が再表示、コンピューターがフル稼働し、即座に弾道の演算結果が画面へと表示される。みほはその軌跡を試合場のMAPへと重ねあわせ、弾道と地形が合致する位置を割り出した。みほの愛機、パープルベアーは元をたどれば弾着観測用のカスタム機だ。この程度の芸当は朝飯前だった。

 

「203高地……あるいは215高地だけど……」

 

 砲撃音と弾着までの時間差、そして弾道の傾斜から概算すれば、謎のアンツィオ砲兵が陣取っているのは……203高地だ!

 

「あんこう全機、正面を突破し、最短経路で203高地へ向かいます! カエルさん分隊は付いて来てください!」

『了解です!』

 

 相変わらずレッドショルダーマーチが高らかに鳴り響く森へと向けて、みほ達は手持ちの火器を乱射しながら突入する。それに相対するには森の中のスコープドッグRSTC達の動きは余りに機械的過ぎた。みほはパターンを読み、相手が木陰から身を晒した瞬間にすかさずバルカンセレクターを叩き込む。射的のマトのようにあっさりと、白旗を揚げて撃破される赤い肩の鉄騎兵の姿は、みほの見立て通りハリボテ同然だった。

 華のソリッドシューターが、沙織のヘビィマシンガンが、優花里のハンドロケットランチャーが、そして麻子のガトリングガンが火を噴いた。華と優花里がそれぞれ一機ずつの計二機、沙織と麻子が二人がかりで一機を撃破し、これでアンツィオ前衛のハリボテ4機は片付けたことになる。

 こちらが強引に、そしてあっさりと前衛を突破したのに、後方の“スコープドッグRSTC”達も慌てている様子がその挙動に見える。間合いを詰めて、一挙にこちらを撃破せんとのつもりらしい。

 

「カエルさん分隊! お願いします!」

『任せて下さい! 行くぞ根性見せろ!』

『『『バレー部ファイトォーッ!』』』

 

 後方から飛び出したカエルさん分隊とアンツィオ部隊が激しい撃ち合いの応酬を始めるのを見送りながら、みほ達は一路ATを駆けさせる。目指すは203高地だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

  第35話『肉迫』 

 

 

 

 

 

 

 

『アンチョビ姐さん! スンマセン! 突破されましたーっ!』

「なにぃ~! ちゃんと追撃はしてるんだろうなぁ!」

『それがっスねぇ……四機に張り付かれちゃってそれどころじゃないんで! そっちのほうには五機向かってますよ!』

「ぬう~」

 

 ペパロニからの報告にアンチョビは唸った。

 所詮はカラクリ仕掛けの無人機だ。いずれ気づかれるとは思ったが、しかし予想以上にそれが早い。

 大洗側が分散してしまった上に味方を巻き込むかもしれないので、思うほど榴弾砲の効果が上がっていないのも問題だ。そろそろ次の作戦に移行したほうが良いかもしれない。

 

「よーし解った。こっちに向かって来てる五機とやらは私達が直々に相手する。そっちは何としてもその四機に負けるなよ、じゃなかった絶対に勝つんだぞ!」

『ガッテンでさぁアンチョビ姐さん! 行くぞテメェら! 一息に畳んじまえぇっ!』

 

 ペパロニのほうは彼女たちに任せておいて問題はないだろう。

 少々軽率で考えなしで無鉄砲ではあるが、しかしペパロニ隊はアンツィオきってのボトムズ乗り達だ。

 扱いが乱暴でATをしょっちゅうクラッシュさせる点を除けば、アンツィオ随一の操縦の腕を持っている。同数同士の対戦ならば、よほど当たりどころが悪いのを一発でも貰わない限り、早々やられはしない。

 

(麓の方は……うーんやっぱり良くないなぁ)

 

 電子双眼鏡の倍率を上げて平野部での戦闘を観れば、こちらの12機は攻めている割には戦果が上がっていない。大洗側は頑丈なベルゼルガタイプを軸にした反撃組と、フラッグ機を逃す撤退組に別れて、しかもその上個々が勝手に走り回るスタイルなので、こちらも攻撃の焦点が定まらず、いたずらに砂埃を巻き上げるだけに終始してしまっている。援護しようにもこれでは照準が定まらない。

 

(しかも相手のフラッグ機、森の方に向かってきてるじゃないか!)

 

 砲撃を避けるためだろうが、一旦森林地帯に入られたらもうお手上げだ。

 105mm滑空砲の射程の利も活かすどころではなくなる。

 

「よし! 作戦は第3フェーズに入った。『ハンニバル作戦』発動だ!」

 

 アンチョビは即座に回線をカルパッチョ隊へと向けて開いた。

 

「カルパッチョ! ハンニバル作戦を発動する! 即座に合流しろ!」

Si(スィ) signora(シニョーラ)!』

 

 合流ポイントを相手へと告げると、アストラッドもまた移動を開始する。

 排気口から環境に悪そうな煙を吹き上げ、履帯は大地を踏み潰し、轍をくっきりと刻みつけながらアストラッドは前進する。アンチョビは相変わらずキューポラから上体を晒し、ヘッドセットのマイクを通じて戦車内へと指示を飛ばす。

 

「砲手! ターレットを中央に固定。照準システムを標準に戻し、左右の砲の焦点を正面に合わせろ!」

『了解でさぁ!』

「各装填手は機銃弾のチェック! これから接近戦もあり得るぞ! 残弾に注意しろ!」

『右機銃問題無いですドゥーチェ!』

『左機銃準備よし!』

「ようし操縦手はフルスロットルだ! 今度の作戦は、いや今度の作戦も機動力が要だ! 速度が命だぞ!」

『任せて下さいドゥーチェ! ぶっ飛ばしますぜ! カチコミ行くぞーっ!』

 

 慣性と風圧に体が仰け反りそうになるのを堪えつつ、指揮杖代わりの乗馬鞭を前方へと向けてビシっと振った。

 アストラッドには普段乗ってるスコープドッグとはまた違った感触がある。アンチョビはそれを楽しんでいた。

 このただ走るだけで溢れ出る圧倒的重厚感! 勝てる! これならば勝てる! 今年こそ悲願のベスト4入り――じゃなかった優勝だ!

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

『それにしても西住殿』

 

 203高地へと向かう道すがら、みほへと話しかけてきたのは優花里だった。

 

『あの空からの攻撃の正体はなんなんでしょうか? ソリッドシューターにしては砲弾が余りに大きすぎますし』

 

 優花里と同様の疑問をみほもまた抱いていた。

 AT手持ちの火器、それも実体弾を発射するタイプの武器しては火力が大きすぎるのだ。

 

『サンダースも使ってた、アレじゃないの? ほら、ファイアフライとかってATが使ってた――』

『ドロッパーズフォールディングガンだ』

『そう! それだよ麻子! あれなんか凄い遠くまで弾が届くんじゃなかったっけ?』

 

 沙織が言うのに、優花里が首を横に振る。

 

『ドロッパーズフォールディングガンは口径そのものはそこまで大きくはないですし……それに主に貫通力の高い徹甲弾を使用します』

『では、わたくしのアンチ・マテリアル・キャノンのような武器でしょうか?』

『それも違うかと。アンチ・マテリアル・キャノンに比べると弾速が遅いですから』

 

 華が言うのにも、優花里が首を横に振る。

 

『あと可能性があるとすれば「ハンマーキャノン」ですが……あれはそこまで小回りの利く武器ではありませんし』

『うん。私も「ハンマーキャノン」じゃないと思う。動く相手への再照準が早過ぎるから』

 

 二人が言うハンマーキャノンというのは、AT用の迫撃砲とでも言うべき代物で、大型の折りたたみ式ソリッドシューターだ。その運用には最低2機のATが必要であり、地面などに設置して使用する。故に走り回るATなどを狙って撃つのには当然向いていない。基本的には敵陣地や要塞など静止目標に向けて使うのが前提の武器だった。装甲騎兵道の試合でもルール上使用は可能だが、実際に使う学校は稀だった。

 

『やはりATが使うには砲弾が大きすぎるのが気になります……でもそんな武器なんて……』

『……』

 

 優花里はATマニアとして、相手の正体がどうにも解らないことが心底悔しい様子だった。

 みほも昨日今日装甲騎兵道を始めた身の上ではない。そんな自分が未知なる武器とは――。

 

『……ここであれこれ考えてもしょうがない』

 

 試合中なのに思考の渦に囚われそうになっていた二人を、現実へと引き戻したのは麻子だった。

 

『実際に見てみれば解ることだ。どうするかはそれから考えれば良い』

 

 麻子の言うとおりだった。

 今為すべきことは一つだけ。会長達が頑張って生き残っているうちに、アンツィオの砲撃を止めることだ。

 そのために今必要なことは、一心不乱にただ走れ! それだけだ。

 

「あんこう全機、スピードを上げます! 木にぶつからないように注意して下さい!」

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 ――速い!

 梓の抱いた相手への印象はとにかくそれに尽きる。

 現れたかと思えばもう視界からは消えている。撃ち込まれる砲弾銃弾を凌ぐのが精一杯で反撃をする余裕などまるでない。得物のヘビィマシンガンを当てずっぽうに撃つのがやっとだった。

 

『この! この!』

『全然当たらないんだけどぉ~』

 

 あゆみと優季も殆ど同様の状況で、いたずらに弾倉の残りを減らすばかりで相手には掠りもしていない。

 カメさん2機、ニワトリさん4機、ヒバリさん2機、そしてウサギさん4機。合計12機。これがこの場における大洗の戦力であり、数の上ではアンツィオ側と同じだ。しかし形勢は良くない。

 

『くそう! 当たれ! 当たれ!』

『かーしまぁ。当たってないぞぉ』

『知ってます!』

『素早いぞ! まるで大返しの時の秀吉だ!』

『いいやヌミディアの騎兵だ!』

『寄せては退き、現れては隠れるのはまるで奇兵隊ぜよ! 』

『イタリアで快速と言えばCV33(カルロ・ベローチェ)でしょ!』

『『『それだ!』』』

『のんきなこといってないで応戦しなさいよぉ~!』

 

 歴女チームは相変わらずの様子で士気は高いが、他のメンバーはそうではない。

 地面の起伏と機体の全高の低さを活かし忍者のような戦い方をするアンツィオ攻撃部隊を前に、戦況も精神もじりじりと追いつめられてきている。混戦気味なため同士討ちを避けるためか、空からの攻撃がおさまったのが不幸中の幸いだった。

 

(一発で良いのに。命中さえすればっ!)

 

 事前のブリーフィングで相手の装甲が馬鹿みたいに薄くて脆いのは承知済み。

 だからこそと梓は闇雲に乱射するも、当たれば終わりなのは相手も当然――むしろ相手のほうがよぉく知っていること。ちょこまかと動きまわって狙いを絞らせない。カシンという空撃ちの金属音が響き、残弾ナシとの警告がバイザーモニターに赤く灯る。

 不味い。予備のマガジンはあと残り一個。これが尽きれば武器は胸部機銃のみになる。

 

『え? あ! 嘘!?』

『このままだと弾がなくなっちゃう~』

 

 あゆみと優季の悲鳴が無線を通して聞こえてくる。

 良くない流れだな、と梓は思った。着実に、着実に追いつめられてきている。

 こんな時、いつもなら桂利奈やあやがお馬鹿なことを言って場を和ませる所だが、しかし彼女たちは既に撃破されてしまった。自分が、自分が代わりになんとかしなくては。しかし、どうやって? 何をすれば?

 梓が、悶々たる自問自答に陥った時だった。

 

『梓! あぶない!』

 

 あゆみが叫ぶのにハッとすれば、自分へと銃口を向けたツヴァークが一機。

 避けるか? 否、もう間に合わない!

 銃声が耳朶を打つのに、思わず目を瞑るが、しかし依然機体は健在で走り続けたままだ。

 

『……?』

 

 瞼を開けば、銃弾を受け、白旗上げて擱座(かくざ)したツヴァークの姿が見える。

 

『――』

 

 梓機の盾になるように割り込みつつ、すかさずの早撃ちで見事相手を撃ち落としたのは、丸山紗希の駆るスタンディングトータスだった。彼女は得物のミッドマシンガンのトリガーガードに鋼の指を掛けると、まるでピストルか何かのようにくるりとガンスピンをしてみせた。そして再び得物を構え直すと、迫るツヴァーク達へと果敢に挑んでいく。

 自分たちが慌てているのとは対称的な、紗希の寡黙で断固たる姿に、梓達は勇気づけらられた。

 そうだ。何も焦る必要はない。相手が素早いなら、落ち着いて狙って撃てばいいだけだ。重要なのはフラッグ機を生き残らせること。その為に一機でも多く追撃者を撃ち落とすことだ。

 

「みんな、行くよ!」

 

 梓の号令に、あゆみも優季も続いた。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 最初に、その異音に気付いたのは沙織だった。

 

『……ねぇ、なんか変な音しない?』

 

 みほもその音には気付いていた。

 最初はローラーダッシュの音かと思ったが、違う。もっと重く、もっと大きな音だった。

 

『わたくしも聞こえました』

『私もです! なんでしょう……サンドローダーの音とも違いますが……』

『工事現場のブルドーザーみたいだな』

 

 麻子の指摘に、みほは思考に微かな「引っ掛かり」を覚えていた。

 ブルドーザー……確かにそうだ。これは履帯が、無限軌道が、キャタピラが地面を踏みしめる音だ。

 ATにも不整地踏破用にと、グライディングホイールの代わりに無限軌道を備えた機種は存在する。ツヴァーク用のサンドローダーもほぼ同様だ。しかし、聞こえてくる音はもっともっと巨大な質量によってしか鳴り響くまい。しかし、ATにそんな重量機など居はしない。機動力はATの命だ。そして重さは機動力を奪い去る。

 

『――見て! あれ!』

 

 沙織が叫んで指差す方へとみほはカメラを向けた。

 藪を小枝を踏み潰すパチパチという音を立てながら、枝葉の帳を抜けて姿を現したのは――スコープドッグの顔を持った巨大な鋼の車体であった。

 

『なにあれ!?』

『戦車……でしょうか?』

『顔はスコープドッグだがな』

 

 優花里はその名を興奮した声で告げる。

 

『アストラッドです! 正確にはGMBT-208-II アストラッド! でもまさかアレが装甲騎兵道の試合に出てくるなんて!』

『てか反則じゃないのアレ! どう見たってATじゃなくて戦車じゃん!』

『でもお顔はスコープドッグそのもののようですけど……』

『だが手足が無いぞ』

 

 顕になった姿に、みほはようやく得心が行った。

 みほも存在自体は知っていた。アストラッド戦車――ATの技術を応用した空挺戦車。かつて戦場ではATの相方を務めたというこの兵器は、戦車とATの合いの子だ。しかし装甲騎兵道の試合に出ることが許されていたとは、西住流家元の子であるみほですら知らなかった事実だった。

 白い排気ガスを吐き出し、土埃を巻き上げ進む車体の、その上に載っかった奇妙な砲塔……スコープドッグの頭部左右に大砲を取り付けたような砲塔が動く。ターレットが回り、標準レンズから広角レンズへ、そしてまた標準レンズへと戻る。ズームし絞り器が動くターレットと、ステレオスコープ越しのみほの視線が重なりあう。

 みほは気付いた。左右の砲の狙いは、今自分たちへと合わされている。

 ATの手持ち火器を遥かに凌ぐ口径の砲弾を受ければ、ましてやこの距離ならばひとたまりもない!

 

「全機散開!」

 

 みほが叫ぶのと、アストラッドの砲が火を噴いたのはほぼ同時だった。

 

 

 






 大いなるゴリアテは、ダビデの放った小石に敗れた
 いかに巨体を有そうとも、その身を鋼の鎧で覆おうとも
 僅かな間隙、その急所を突かれれば巨兵とて斃れる
 みほ達は狙う、アストラッドの僅かな隙を、致命の一撃を
 アンチョビは放つ、圧倒的な火砲を
 鉄騎兵と戦車、戦場を制するのは果たしてどちらか

 次回『一撃』 勝敗を決するのは、誰か

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