甲板上に一つの街を抱える船、学園艦。
人はその街の部分にばかりつい眼を惹かれてしまい、その甲板の下に巨大な船体が隠れていることを忘れてしまう。
だが、人間も一皮むけばその下に血肉が蠢いているように、甲板の下には無数のパイプが走り回り、発動機が蠢き、まるで細胞のように人々が動き回っているのだ。
甲板上の街を、その大きさにおいて遥かに凌ぐ、船体部分。幾つもの階層に分割され、無数の船室と通路に隔てられ、その構造はまるで迷路のようになっている。
長い学園艦の歴史の中で幾度と無く改装と改修が繰り返され、今やその姿形を完全に把握している者は誰一人いないと言って良かった。
――果たして、そんな鉄の迷宮をATを駆り走り抜けるのは四人の少女であった。
「ちょっと秋山さん、こっちの道で本当にあってるの!? 今通った道、何か見覚え有るんだけど!?」
『大丈夫です武部殿! 機体のミッションディスクに記録した道順通りに走ってますから、間違えようがありません』
「ほんとに~? こんな所で遭難とか絶対やだよ! 暗いし! じめじめしてるし!」
「もし迷ったら、生きて帰れるかも怪しいですね」
「縁起でもないこと言わないでよ!」
「あはは……でも携帯の電波は来てるから、困ったら電話すれば大丈夫だよ」
『無線機もあるので心配ご無用です! それに、もう少しで目的地ですよ!』
優花里の操縦するニコイチATが両手で抱え持つベンチの上に、沙織、華、みほの三人は座っていた。
ベンチは校庭のすみに置いてあったものを拝借してきた。優花里曰く「あとでちゃんと返しておきます」とのことらしい。
シートベルトも何もついていないただのベンチであるため、落ちないように若干斜めに傾けて深々と座れるように優花里は配慮してれたが、沙織はそれでも怖いのか手すりにぎゅっとしがみついている。
みほは単純にこの手のことに慣れていたので落ち着いたものだが、驚くべきは華の様子だ。別段慌てた顔も見せずに、お嬢様らしくしゃなりと座っている姿に、みほは驚くやら呆れるやら感心するやら。
おっとりとした印象の顔をしてはいるが、なかなかどうして肝っ玉が据わっているらしい。
しかし沙織がビビり気味なのも無理のないことだろうとみほは思う。
今がどの階層かも解らない上昇下降の繰り返し、連続する似たような風景、辺りは薄暗く、しかも海面に近づく訳だから潮の臭いが鼻につく。
優花里の自家製ATにはターレット機構がついていない。なんでも手に入ったパーツの内、機能していたのが標準カメラだけだったので広角と赤外線は取ってしまったらしい。代わりに腕の付け根の辺りに車のライトを流用した照明装置をつけて何とかしているが、場所が場所だけにあまり心強い光量とも言えなかった。
『ほら付きました! そこの扉を開けた向こう側です!』
みほがつらつらと考えている内に、どうやら件の場所へとたどり着いたらしい。
巨大な鉄の扉の前で、一行は止まった。
みほは、扉の上に眼をやった。思った通り、そこには何の部屋かを示す案内板が貼ってあった。が、薄暗くてよく見えない。
「秋山さん、ライトで上の方を照らしてもらっても良いですか?」
『かしこまりました!』
果たして、照らされた案内板には『第三廃棄槽』と書かれていた。要はゴミ捨て場ということだが、こんな船体の最奥のような所にゴミ捨て場とは妙な話だ。
『よろしいですか?』
「うん、ありがとう。それじゃ秋山さん、お願いします!」
三人は一旦ベンチから降りると、空いた鋼の両手で優花里は鉄の引き戸を思い切り動かした。
元は電動だったのだろう。錆びた金属同士がこすれ合う嫌な音が響き、沙織は小さく悲鳴をあげて耳を塞ぐ。
『開きました! なかへどうぞ!』
「うわぁ……」
「すごい」
――果たして開いたのは扉ではなく、鉄の棺の蓋であったようだ。
第4話『探索』
眩いライトに照らされ、顕になった室内は、一言で言えばそこは『アーマードトルーパー達の墓場』であった。
おびただしい数のジャンク、ガラクタ、鉄くずの山、山、山。
しかしその全てがATに由来するものであることが、みほには瞬時に解った。
割れたターレットレンズ、曲がったコックピットハッチ、歪んだショルダーアーマー、折れたターンピック。捻くれた手足、錆びた眼差し。魂なきボトムズ達の亡骸が、所狭しとひしめいている。
「いったい、ここはどういう場所なんでしょうか?」
「なんか、不気味じゃない? ホント大丈夫なのここ?」
『全然問題ありません。私は週の半分はここに来てますが、何か問題が起きたことはありません』
いよいよ怖がる沙織と対照的に、優花里の両目はギラつく欲望に爛々と輝いている。
余人にはただのガレキの山でも、彼女にとっては宝の山なのだろう。
それぐらいのことは、知り合ってまだ数時間のみほにも解った。
「錆が酷いですね。それに、なんでしょうこの臭い。凄い独特な……」
「たぶん、大昔に気化したポリマーリンゲル液の臭いだと思うけど……でも凄い。磯と錆の臭いで、殆ど消えかかってるのに」
「特徴的な香りですから、解っただけですよ」
華はと言えば、相変わらずの調子で辺りを探索する余裕すらあった。
華道の家元の娘だからか、彼女は鼻が利くらしく、空気中の僅かなポリマーリンゲル液の残り香を感じ取っている。AT慣れしたみほにもかろうじて感じられる程度だから、その能力にはみほは感心させられた。
『ところで、どうです西住殿。西住殿のメガネに適いそうな子はいそうですかね?』
「そうだね。まだちゃんと見てないから何とも言えないけれど……探してみる価値はあると思う」
――ATがたくさん手に入りそうな場所があるんです!
と、優花里が意気揚々三人に紹介してくれたのがこのAT墓場であった。
ニコイチ自作ATの材料も全てここから入手したとのことだが、彼女も一人でこの膨大なガレキの山を探索できた訳ではなく、故に――。
『手分けして探せば、かならず1機や2機、使えそうなATが残ってる筈です!』
――と力説した訳である。
優花里の意見に、みほも概ね同意だった。これだけの廃棄ATがあるならば、幾つか使えそうな機体が見つかってもおかしくはない。それにいざとなったら、優花里同様ジャンクで一機組み上げることもできるのだ。
「……あ、これは可愛いかも」
ようやく落ち着いたらしい沙織も、あちこちふらふらと見て回っている。
何か気に入ったものが見つかったらしく、ぺたぺたと触ってみたりしている。
『ファッティーですねぇ! それも珍しい陸戦型のBタイプですぅっ! バララント軍の陸戦部隊で主力も務めた名機で、居住性の高いコックピットに優れた前面装甲! 大型で走破性に優れたグランディングホイールも素敵ですぅ! ギルガメスATで言うところのH級並の巨体は安心感満載だし、あぁ! そういえばファッティーというのは小太り気味に見える機体のシルエットから来た通称で、正式な名称はフロッガーだったってご存知でしたか!』
「……」
『あ……その……』
突然コックピットハッチを開けて身を乗り出し、フルスロットルでまくし立てるようにATについて説明する優花里の顔は喜びに輝いていた。が、怒濤というか疾風というか、たわみにたわみ、そして、放たれたマニア魂を直に浴びたごく普通の女子高生たる沙織は、ただ呆然とする他ない。
これまでも幾度と無く繰り返してきた失敗を思い出し、優花里の顔はみるみる曇った。
「凄い生き生きしてたよ!」
『すみませぇん……』
沙織の渾身のフォローも、特に意味はなさなかったようだ。
優花里はしぼむようにATの操縦席の中で小さくなってしまった。
「……それじゃあ、ATを探しましょうか」
敢えて空気を読まずに華が明るい声で言ったのを合図に、四人は各々の仕事に取り掛かった。
――◆Girls und Armored trooper◆
「それにしても……なんというか、わたくしATには詳しくないのですけれど、変わった見た目のものが多いんですね」
ATの山を手分けして物色する途中で、華が誰に向けてともなしに呟いた。
『五十鈴殿、いいところに気づかれましたね!』
若干落ち込み気味だった優花里がこれに反応した。
『変わっているのも当然、ここに捨てられているATは全部バトリング用の機体なんです!』
「バトリング、といいますと……?」
『はい! 装甲騎兵道とはまた別のAT競技の一種で、いうなればAT同士の格闘技です!』
「へー……そんなのあるんだ」
「うん。最近だと装甲騎兵道より人気かも。時々衛星放送で試合が流れてたりするし」
優花里の言う通りだとみほも納得していた。
このAT墓場に並んでいるのは、左右非対称な機体や、ド派手な色でけばけばしく塗り固められた機体、クローアームを増設した機体など、客受けや格闘戦を意識した構成のものばかりなのだ。
バトリング、それも武器を用いず手足のみで闘うブロウバトル用のAT、の成れの果てに違いない。
「そういえば、生徒会の人たちが昔バトリング部があったって……」
『はい! 自分が調べた所、どうも数年前までは大洗はバトリングが大変盛んで、中には裏で賭けバトリングをしていて放校処分になった生徒もいたとか』
「……ねぇじゃあここってもしかして」
「こんな目立たない所にATをかためて置いてあるということは……沙織さんの言う通りかもしれませんね」
(裏バトリングかぁ……)
大昔の不祥事の証拠品たちを眺めながら、みほが思い出すのは黒森峰に居た頃の記憶だった。
売られた喧嘩からは逃げるなの西住流の信条のもと、エリカという同輩と二人して野試合に臨み、他校の不良バトリング部員をとっちめる破目になったことを思い出す。
あの頃はまだ、そこまで装甲騎兵道のことが嫌じゃなかったのになぁと……思い出してみほは一人哀しくなる。
(あ……)
後ろ向きな気持ちを振り払い、AT探しに努めて集中すれば、ついに使えそうな機体を見つけることができた。
「このスタンディングトータス、使えそう」
『え! 本当でありますか! さすが西住殿、一番乗りですねぇ!』
わらわらと皆で駆け寄って、機体を確かめてみる。
「塗料の臭いが強いですね。これなら錆も大丈夫そうです」
「触った感じもざりざりしないもんね」
「でも一番肝心なのは中身」
『早速確かめてみるであります』
ハッチを開き、内装の状態を確かめる。
操縦桿やコンソールなど、操作系統の故障や破損は外装の異常よりも深刻だ。
故にまずはそれを確かめねばならない訳だが――。
「 」
「 」
「 」
『 』
――まさかハッチを開けたら人影が出てくるとも思わず、四人はカチンと氷のように一瞬固まって。
「きゅう」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁおばけぇぇぇぇぇぇ!?」
『あわわわわわわわわわわわわわ!?』
「――」
華は気絶し、沙織は絶叫し、優花里は混乱し、みほは絶句し……。
「うるさい」
人影はポツリとそう呟いた。
長い黒髪の小さな少女。少女は大洗女子学園の制服を身にまとっている。
「……って麻子じゃん! なんで!? こんな所でなにしてんの!?」
人影は幽霊ではなく、生きた人間であった。
彼女は、名を冷泉麻子という。
瓦礫の山も見る者が見れば、時に宝の山へと姿を帰る
発掘された部品の数々は、死んだはずのアーマードトルーパー達をこの世に蘇らせる
ずらりと並び戦列を組めば
来るべき戦いの予感が、みほの体を駆け抜ける
次回『閲兵』 かつてこの艦には、数えきれぬ鉄の騎兵が蠢いていた