ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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第51話 『握手』前編

 

 

「おっりゃぁぁぁぁっ!」

 

 ツチヤは右操縦桿を倒すのと同時に右のペダルを踏み込んだ。

 左足を軸にATを回転、勢いそのまま目の前の巨体に殴りかかる。

 フックは相手の横っ面に直撃、白い巨体がよろめく。

 

「――やっぱりだめかぁ!」

 

 クリーンヒットと傍目には見えるが、成したツチヤは悔しげな顔。

 事実、ダメージは若干の凹みとATのよろめきのみ。頭部を殴ったにも拘らず、センサー系には傷一つない。

 

「雪に足とられちゃって、ステアリングがまるでだめだねぇこりゃぁ」

 

 平地ならば今の一撃でK.O.でも、やわい新雪の上では十分な加速がつかなかったのだ。

 アイスブロウワーを装着してもなお、彼女らの駆る重いATは雪に足をとられてしまう。

 

『寒さにマッスルシリンダーも稼働率が落ちてる。やっぱローレックとスレックのニコイチは無理があったのかなぁ』

『PR液の限界、近いよ。DT-MO 10.2だとこんなものかもしれないけど』

「いやぁ~こりゃあもうダメダメですなぁ」

 

 

 流石は専門家。

 戦いながら自機の問題点を的確に指摘していく。

 それでいて、彼女らの言葉には悲壮感が欠片も見られない。

 

『でも私達が、ここで退くわけにもいかないかなぁって』

『だね』

『そうだね』

「ですよね~」

 

 ナカジマが言う言葉に頷き、不退転の決意を固める一行。

 ナカジマ率いるウワバミ分隊が対峙しているのは、プラウダが虎の子エクルビスの分隊。優花里のもたらした情報によれば『ギガント分隊』と呼称される敵の精鋭だ。その分隊名はエクルビスの巨体故か、あるいは街道上の怪物と呼ばれた旧ソ連の重戦車になぞらえたか。

 いずれにせよ、名前負けしない容易ならざる難敵。乗り手の技量もさることながら、その駆るATが実に恐ろしい。巨体にパワーと火力を兼ね備えた、ATとしては規格外すぎるその性能。そしてまるで乗り手の五体とATが完全に一体化しているかのような運動性能。

 

 これに正面から挑んでそれなりに持ちこたえているのは、ウワバミ分隊こと自動車部チームのATが手作りオーダーメイドの特注機だからに他ならない。

 

 装甲板の設計を担当したツチヤが豪語するには100mmの装甲を有するストロングバッカスだ。そんなモノを搭載したらATのシルエットが変わってしまうのではないかと疑問に思う者も居るではあろうが、問題はない。全ての装甲が100mmに換装してあるわけではなく、飽くまでごく一部、急所を固めているに過ぎない。

 だが、そのことを差し引いてなお、とてもM級ATとは思えぬ巨体とタフネスが彼女らのストロングバッカスには備わっている。マッスルシリンダーを始めあらゆる部分に彼女らオリジナルの工夫を凝らした特別なストロングバッカスなのだ。先の雪原におけるプラウダ大部隊との会戦時も、大洗部隊の盾役を務めながらも依然健在で戦い続けている。外見はスクラップのようになっているが、それは飽くまで表皮のみの問題。ATとしては極端に分厚い装甲故に撃破判定は下らない。

 だがそれも『今まで』の話だ。

 

「時間稼ぎもそろそろ潮時じゃないかなぁ」

『殆ど弾切れに近いのに、ここまで良く保ったもんだよね』

『頑丈さと持続力だけは特機にも負けないからね』

 

 4対6の数的不利をもろともせず、ウワバミ分隊はギガント分隊を相手に一歩も退かずに戦ってきた。

 自分たち以外で、この化物6機を正面から抑えるのは不可能だ。

 例え勝てずとも、味方が相手フラッグ機を撃破するまでの時間を稼ぐ……それがギガントと会敵した時点でウワバミ分隊に課せられた仕事だった。

 敵の胸部機銃を装甲板で凌ぎ切り、鉤爪にパイルバンカーは持ち前の操縦技術で直撃を避ける。

 チャンスを逃さずのアームパンチにキックの肉弾戦。多少なりともザリガニ頭を凹ませる程度の戦果は得られた。

 

 ――しかし、そこまでが限界。

 いかに頑丈でタフに作られていようとATはATだ。その稼働時間には自ずと限界がある。ましてや試合場は極寒の雪景色。PR液の劣化は早く、マッスルシリンダーも凍りつく。

 

『でもせめて一機か二機は撃破しておかないと……西住さん達にコレ以上の負担は掛けられないよ』

 

 ナカジマが相変わらずの軽い調子で言うが、しかし彼女自身、その口調ほど簡単な事とは思ってはいまい。

 相手は特機だ。しかも自分たちと違ってコンディションは悪く無い。このままただ戦ってもジリ貧は変わらない。

 

「……ねぇ、せっかくだから『アレ』使ってみない?」

 

 ツチヤが、悪戯っぽく微笑みながら皆に提案した。

 彼女の視線の先、コンソールに特別に備えられた三つのボタンのひとつ。

 その一つの赤いボタンの上にはこんな表記があった。

 『TURBO』の五文字が、金属プレートの上に黒インクで踊っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 第51話『握手』

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 ニーナはヘルメットを脱ぎ捨てたい衝動を我慢するので必死だった。

 暑いししんどいし、汗は滝のように流れて蒸れてひどい。

 何よりも酷いのは頭痛だ。脳みそのなかで鐘でも突き鳴らしているかのようにガンガンする。

 

(でも我慢! 踏ん張れニーナ! 負けるなニーナ!)

 

 自分を励ます言葉を胸中で叫んで背筋を正す。

 カチューシャ隊長が撃破されてしまった今こそ、自分たちが頑張らなくてどうするのか。

 目の前にいるのは四機のAT。異様に頑丈なストロングバックスはニーナたちの予想に反してこちらの攻勢に粘り強く食い下がり、今だに一機も撃破出来ていない。そんな体たらくでいかがする!

 ニーナたちの駆るエクルビスの性能を思えば、妙な話かと思うかもしれないが、この現状の理由は彼女らのコンディションにある。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

『しんど……しんどい』

『なーにへばってるだぁよ! 根性さ見せろ!』

『だども、根気をしぼろーにもねーもんはねーだべさ』

「泣き言言うでねぇ! カチューシャ隊長が観覧席から見てるんだぞ!」

 

 ニーナを始め、分隊員の誰もが脂汗を浮かべ苦しげに肩で息をしているのだ。

 エクルビスに搭載された新型の操縦システム。これは従来型のATとは文字通り別次元の運動性能を獲得する反面、それを操るボトムズ乗りへの負担もまた別次元だ。

 カチューシャともども、試合中かつ圧倒的優位な戦況にも拘らず戦闘を一時中断せざるを得なかったのは、インターバルを挟まなければとても試合どころではないという如何ともし難い理由からであった。

 カチューシャの指揮下であればこうした欠点も全く問題はなかった。

 カチューシャの用兵の妙は高校装甲騎兵道のなかでも随一と言われている。

 戦局の膠着状態、味方の窮地、あるいは敵へのトドメの一撃……。ここぞという場面でのみニーナ達を使う。これならばボトムズ乗りにかかる負担も問題にはならない。

 

(カチューシャ隊長が居れば、こんなことには……)

 

 ――だがカチューシャ撃破で状況が変わった。

 内心の思惑はどおあれ、ノンナの下した速攻殲滅戦術が理にかなっていないというのではない。

 カチューシャというプラウダの支柱を撃破された以上、隊が空中分解する前に勝負を決しようとするのは正しい。しかし遮二無二な攻勢は攻めている間は問題なくとも、相手がその攻勢を凌ぎ始めると話が変わってくる。

 ひとたび攻勢が滞れば、誤魔化していた疲労が一気に押し寄せるのだ。

 ニーナを初め分隊員は一様に野良仕事で鍛えた者ばかりだったが、新型システムの負担はそんな彼女たちをしても耐え難いほどだった。

 

(……駄目だ。こんなんじゃ駄目だぁ!)

 

 弱気になる自分に気づいて、ニーナは慌てて気合を入れた。

 カチューシャ隊長は被撃破者用の観覧席から自分たちの動きを見ている筈だ。

 エクルビスという特別なATを任された、その信頼に応えなければ!

 

「こんな所で道草食ってる場合でねぇさ! とくこいつら畳んで相手のフラッグ機さ探さねぇと!」

『だども~』

「ノンナ副隊長も見てるんだぞ!」

『!? ……ノンナ副隊長……』

『……負けたら何言われるが、何されるかわからねぇ……』

『おっかねぇなぁ~』

『もうヂヂリウム掘りはたくさんだぁ~』

 

 ニーナがノンナの名前を出して発破かけたのが効いたらしい。

 萎えかけていた士気が、にわかに回復を見せる。

 ノンナ副隊長はおっかない。それはプラウダ装甲騎兵道チーム一同の共通した認識だった。

 

「全機、わたしに続け! ちゃんと連携してこのストロングバックス――」

 

 ニーナが隊長らしく指示を下そうとした時だった。

 相対する敵、ウワバミ分隊こと自動車駆るストロングバッカス四機に異変!

 アイスブロウワーを突如パージしたかと思えば、キュゥゥゥンと独特の始動音。

 瞬間、四機のストロングバッカスはニーナ達目掛けて『ぶっ飛んで来た』!

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 ガシャンと音を立てて、脚部裏側、人間で言えばアキレス腱とややその上部周辺の装甲板が開かれる。

 上下それぞれの鋼板が展開すれば、小型のジェットノズルが顔を覗かせる。

 点火――と同時に特有の響きを携えて、四トンを超える鋼の巨体が翔ぶが如くに直進する。

 こんなこともあろうかと、仕込んでおいた自動車部特製のジェットローラーダッシュ・システムが起動したのだ!

 

「いやっふっぅぅぅっ!」

 

 ツチヤが叫べば、機体は波にでも乗っているかのように雪原を滑る滑る。

 ちょうど石の水切りの要領。圧倒的な加速で、やわい雪原を跳ね飛んでいく。

 ATの全身を流れる化学の血液、ポリマーリンゲル液。この鉄の血液が今、大いに燃え盛っている。

 電撃が走り、人工筋肉が収縮し、放出される膨大な熱量に湯気が立ち上り、降り注ぐ雪はみぞれに変わる。

 

 ――ジェットローラーダッシュ。

 脚部に仕込んだブースターを吹かして、その勢いで機体を急加速させるという豪快なカスタムだ。

 自動車部特製のストロングバッカスはこれに加えてマッスルシリンダーにも細工を施し、ポリマーリンゲル液をガソリンのように燃やしてATの『筋力』すら一時的に倍加させる。

 

「そーれ!」

 

 事前予測など不可能な急速接近に、驚き固まってしまった手近なエクルビス目掛け、ツチヤは思い切り右拳を振りかぶり、フルスイングで殴り抜ける!

 その一撃で十分だった。

 ちょうどボクシングの試合のK.O.そのまんまだった。

 その鋼の拳を横っ面に受けたが最後、白いザリガニ頭が水平にスライドして吹っ飛んでいく。

 

「ドリフト――」

 

 殴った勢いを殺すこと無く、足首の制動のみでATを横滑りさせる。

 

「ドリフトォォォッ!」

 

 ドリンクバーキンヨウビかはたまたドリフトキングか。

 『ドリキン』、ツチヤの面目躍如。別のエクルビスの背後へと滑り込み、慣性を使っての回し蹴り攻撃。

 背部から強烈なキックをもらったそのエクルビスからも、撃破判定の白旗があがる。

 ツチヤに続いて、ホシノ、スズキ、ナカジマの各機もそれぞれ一機ずつ、拳撃か蹴撃を決めて撃破する。

 瞬く間の五機連続撃破! しかしウワバミ分隊の攻勢もここまでだった。

 

『ありゃあっ!?』

 

 まずナカジマ機がギガント分隊唯一の残存機、ニーナ駆るエクルビスに撃破された。

 ジェットローラーダッシュで格闘戦を仕掛けるナカジマ機の直線的な素早さよりも、エクルビスの運動性能が勝った。パイルバンカーの一撃は向かってきたナガジマ機に見事なカウンターのパイルバンカーを決めたのだ。

 

『ツチヤ、スズキ!』

 

 ホシノの呼びかけに、自動車部の連携の良さを活かした連続攻撃で反撃を試みるも――。

 

『っ!?』

『あー……こいつは……』

「限界だったかぁ……」

 

 不意に動きを止めたホシノ機に、鉤爪の振り下ろしが浴びせられ撃破判定が下る。

 スズキ、ツチヤ機に至っては、ニーナが直接手を下すまでもなかった。

 動きを止めたまま煙を吹いて、ボンと軽い爆発が手足のマッスルシリンダーから走れば、そのまま白旗が揚がる。

 ジェットローラーダッシュはポリマーリンゲル液を消費する。加えてのマッスルシリンダーへの高負荷だ。

 オーバーヒートとガス欠の合わせ技。自動車部の怒涛の攻勢は自爆するリスクと背中合わせだったのだ。

 

 ツチヤは火花を散らし、白煙を吐き出すコンソールを眺めながら、ヘルメット越しに頭を掻いた。

 

「やっぱり重ATにターボカスタムは無理があったみたいね~」

『要調整ってことかな』

『やっぱポリマーリンゲル液をもっと高品質なのに変えないと』

『まぁ次回までの課題かもね』

 

 彼女たちの声には相変わらず悲壮感はない。

 ギガント分隊は残り一機。ATの性能差を考えれば大金星だ。

 務めは果たした。あとは戦友たちを信じるのみ。

 そして我らが隊長は、今まで信頼を裏切ったことは一度もない。きっと、これからも。

 

「頼んだよ~西住隊長」

 

 ツチヤは独り操縦席で呟いた。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

『奥義・星王剣!』

 

 かの坂本龍馬も達人であったと知られる北辰一刀流が奥義――の名を借りた我流の一閃をおりょうは放った。

 下から切っ先を跳ね上げる太刀筋は、人間がやれば難しいがATでは違う。

 肩関節が回転し、スタンバトンが風を切ってチャビィーの下腹部に叩きつけられる。

 飛び出す電撃はAT内部の電子機器へとダメージを及ぼし、撃破判定の白旗を引っ張り出す。

 カメラが半壊し、シールドもないにも拘らず、おりょうは奮戦していた。

 

『赤備え十文字槍!』

 

 負けじと左衛門佐も得物の十文字槍――ならぬ弾の切れたヘビィマシンガンを逆さに持って鈍器としたモノを振るい、銃床の部分を思い切り手近なファッティーへと突き出した。センサー部にクリーンヒット! 続く蹴り足で体勢を崩せば、倒れた所に思い切り振り下ろしを一発。

 

『敵将討ち取ったりぃっ!』

 

 左衛門佐は快哉と鬨の声を挙げた。

 敵の攻勢に押される大洗勢のなかにあって、歴女チームことニワトリさん分隊は大いに善戦していた。

 

「残存敵は残り三機!」

『時代は我らに味方している!』

 

 クエントレーダーは周辺のプラウダ残存機を映し出し、その結果にエルヴィンが喜び吼える。

 元々大洗女子学園装甲騎兵道チームのなかでもあんこうを除けば練度随一な上に、互いに気心を知り尽くした四人組だ。搭乗ATが比較的高性能なこともあって、倍近いプラウダ機を相手にしながら彼女らは見事に逆襲を果たしていた。

 あとは一刻もはやく残存敵を撃破し、しかる後に敵フラッグ機の探索だ。

 カエサルがカルパッチョより譲り受け、愛機に搭載したクエントレーダーを以ってすれば、必ずや敵フラッグ機を発見できる! その為にも、ここでコレ以上の時間を費やす訳にはいかない。

 

『続けていくぜよ! たぁぁぁぁぁっ!』

 

 おりょうが、手近なプラウダATへとスタンバトンを振りかぶった。

 脳天唐竹割りの構え。

 対するに相手はおりょうの動きに追随しきれないのか棒立ちのまま。

 

(……ん?)

 

 ここでカエサル、相手にATのその奇妙なる装いにここで初めて気がついた。

 自分たちと同じベルゼルガ……ではない。一見そうと見えるが、エルヴィン同様にイミテイトだ。ただベースとなっているのはファッティーであるらしい。

 右手にデュアルパイルバンカー、左手にシールド付きのパイルバンカーと、そのあまりに傾いた装備に左衛門佐が思わず口笛を吹く。だが、おりょうが肉薄するのにも為す術がないらしいその姿に、見てくれだけのハッタリである――と左衛門佐も、エルヴィンも、それにカエサルも思った。

 勘違いであったと、すぐに解った。

 

『!? やられたぜよ!?』

「おりょう!?」

『おりょう!』

『おりょうが!?』

 

 相手のベルゼルガイミテイトの体勢が僅かに斜めに傾いたかと思った瞬間、おりょう機の打ち下ろしの一撃は紙一重で回避され、すれ違いながらおりょう駆るホイールドッグの背部に回りこみ、デュアルパイルバンカーの2連撃。

 おりょうがやられた! その事実にニワトリ分隊一同が驚いている間にも、相手のファッティー・ベルゼルガは動いていた。その狙いは、左衛門佐!

 

「退け左衛門佐!」

『逃げろ左衛門佐!』

 

 カエサルとエルヴィンが叫ぶが、左衛門佐がそれに応ずるよりも相手に動きが勝る。

 相手がパイルバンカーを構えるのに、左衛門佐は咄嗟にヘビィマシンガンを盾のように正面にかざすが、ファッティー・ベルゼルガは意に介さない。

 必殺の鉄杭が打ち出されれば、その鋭い先端はヘビィマシンガンを貫き、あっさりと左衛門佐のスコープドッグの装甲へと到達した。カーボン加工故にこちらは貫かれることはない。だが衝撃は表面を凹ませ、撃破判定を引き出すには十分。真紅の塗装が剥がれて飛び散り、白雪の上に広がり、地金を晒しながら左衛門佐機は横転した。

 

「……不味いぞ」

『相手はエースか!』

 

 二人も遅ればせながら気がついた。

 このファッティー・ベルゼルガイミテイトは、単なる変なATではなくて、エース用の特機であったのだ。その両手パイルバンカーは傾奇者の伊達装束ではない。決まれば必殺の恐るべき兵装だ。

 

「……退くか? でもできるか?」

『させてくれるか、だな』

 

 カエサルの顔に焦りが走る。無線越しに聞こえるエルヴィンの声も同じような感情で揺らいでいる。

 余計な大立ち回りをしている余裕はない。だが、相手もそう易易とこちらを見逃してはくれまい。

 では、いかにして振り切る?

 考える時間をファッティー・ベルゼルガは与えてくれない。

 その僚機二機もこちらにトドメを刺さんと合わせて動き出す。

 

「! ……これは!」

 

 迫るファッティー・ベルゼルガ達へと盾を構えたの同時に、クエントレーダーに接近する複数の機影が映り、警告音が鳴り響く。果たして来訪せしは敵か味方か――。

 

「天祐神助! ラビエヌスの騎兵だ!」

『つまりは味方か!』

 

 暗がりを裂いて飛来した銃弾を、ファッティー・ベルゼルガはシールドで防ぐ。

 カエサルたちが見れば、大洗の校章を掲げたスタンディングトータスがウサギさん分隊6機が駆けつけてくる所だった。無線からは梓の力強い勢い溢れる声が聞こえてくる。

 

『先輩たちは先に行ってください! ここは私達が引き受けます!』

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

『こちらニワトリ! レーダーがおかしな敵影を捉えた! おそらくは敵フラッグ機だ!』

 

 強奪したファッティーを駆り、迫るプラウダ部隊を迎え撃っていたみほのもとへと、カエサルからそんな無線が届いた。ついさっきキルログでウサギさん分隊の壊滅を知って、沈みかけていた気持ちが一転明るくなる。

 

「こちらあんこう! 敵フラッグ機と思われるATの座標は!?」

『E1450地点! 場所は雑木林のなかだ。 あからさまに隠れているから間違いない!』

「了解しました! ニワトリさんはそのまま敵フラッグの捕捉に努めてください!」

 

 ニワトリ分隊――と言っても残存機はカエサルとエルヴィンの二機だが――に追跡の指示を出しつつ、自らもまたフラッグ機へと向かうべく動かんとするが……。

 

『やだもー! 倒しても倒してもきりがないよ~』

『残弾も心もとないです』

『西住殿、敵は左から回り込むつもりです!』

『右からも来てるな。いよいよ包囲を狭めてきたか』 

 

 まずは隊長機を潰さんという意図か、あんこう分隊のもとへと次々とプラウダのATが群がり、圧倒的火線に晒されてみほたちは身動きがとれなくなっていた。沙織が華と連携してかなりの数を撃破した筈だが、この敵の攻勢を前にすれば、相手にはATの数が限りないんじゃないかと錯覚してしまうほどだった。

 廃村の家屋を盾とするのもそろそろ限界だった。長引く銃撃砲撃にその殆どが瓦礫の山と化してきている。

 

(……やっぱり数差が大きい。相手フラッグを叩くしか)

 

 隊長を撃破され戦術がゴリ押しへと変じたプラウダだったが、しかし物量差があるために戦術の粗さがカバーされてしまっていた。いかにこちらが精妙に相手を倒そうとも、一機倒しても次の一機が来るのだからどうしようもない。

 

『……西住殿!』

 

 優花里が意を決して言った。

 

『ここはわたくしが殿をつとめます。西住殿たちは敵フラッグ機を!』

「でも優花里さんのATは!」

 

 優花里のATは既に半壊状態に等しかった。

 

『だからこそです! 私が撃破された所で、今の大洗にはもう痛くも痒くもありません。むしろ西住殿! 西住殿がここを脱出することこそが重要です!』

『私も秋山さんの意見に賛成だ』

 

 麻子が横から同意する。

 

『私のブルーティッシュ・レプリカももう限界だ。だが最後に敵に一泡吹かせるぐらいはできるぞ』

『西住殿、五十鈴殿、武部殿、行ってください! ここは私達が!』

 

 考えるみほが返事をするより早く、今度は沙織が決意した様子だった。

 

『みぽりん、私も残る!』

「沙織さん……」

『武器のない麻子に、片手のゆかりんの二人に任せるのはいくらなんでも酷過ぎるから……だから私もここに残って足止めをするよ!』

「……」

 

 声には出さずとも心配しているのが明らかなみほに、沙織は一転、気軽に笑いながら言った。

 

『それに……どうせこの子はちょっと足が遅いから、みぽりんや華の足手まといになっちゃうよ。だから、行ってよみぽりん! 華!』

 

 沙織が言うのに、先に決断したのは華だった。

 

『行きましょうみほさん』

「華さん」

『わたくしたちがフラッグ機を撃破するんです。その分の弾ぐらいは、私の武器にもまだ残っています』

「……」

 

 アンチ・マテリアル・キャノンを肩に背負い直す華のスコープドッグは、今すぐにも走り出せる格好だった。

 みほも、覚悟を決めた。

 

「隊を二分します。優花里さん、麻子さん、そして沙織さんはここに残って敵ATの迎撃を。華さんは私に続いてください。敵フラッグ機を撃破します!」

 

 

 





長くなったので初の前編後編二分割
次回、プラウダ戦決着

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