ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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第51話 『握手』後編

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 ノンナは単機、試合場を駆けていた。

 この期に及んではもう、作戦も何もない。

 ただ相手フラッグ機をこちらのフラッグ機が撃破される前に仕留める……なすべきことはそれだけだった。

 

「……」

 

 大洗側は着実にその戦力を減らし、プラウダ側は多少の損害は出ているとはいえそれでもなお数では圧倒的優勢。加えて言うなれば、双方に残された武器弾薬の差は最早比べるのも馬鹿らしいだろう。

 

「……」

 

 しかしヘルメットの下のノンナの表情は晴れない。

 カチューシャの前以外では鉄仮面のごとき冷たい無表情でいることの多い彼女だが、今はいよいよ以って極寒のシベリア平原のごとしだ。しかしカチューシャに代わってプラウダの隊長を臨時で務めるがための、決意故の冷たさのなかにも一抹の焦りが見え隠れしている。

 押している……筈だ。だが、勝っているという実感が無い。

 むしろ、着実に敗北へと自分たちが突き進んでいるかのような、そんな嫌な予感ばかりが募ってくる。

 

『ノンナ副隊長! こちらフラッグ!』

 

 果たして、嫌な予感は現実のものとなった。

 

『発見されました~! 合流しますか!? てか、合流させてください!』

 

 フラッグ機からの悲痛な呼びかけに、ノンナは飽くまで冷徹に返した。

 

「駄目です。迂闊に遮蔽物のない雪原に出れば敵の射線に身を晒すことになります」

 

 フラッグを伏せておいたのは雑木林のなかだ。あそこであれば多少持ち堪えることはできるだろう。

 

「待機地点周辺を動きまわって時間稼ぎをしなさい。頼れる同志を送ります」

 

 ギガント分隊はニーナ機が残存している筈だ。

 彼女には酷かもしれないが、フラッグ機待機場所には白のエクルビスのいる所が一番近い。

 あの巨躯と性能を活かせば、壁役となってフラッグの退く隙を作ってくれるだろう。

 それと同時並行で――。

 

『ノンナ副隊長! 敵フラッグ分隊が――』

 

 ――敵フラッグを狙う。

 アリーナからの報告に、ノンナはペダルを力強く踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

『よし! 敵のブロックを突破したぞ!』

『やりましたキャプテン!』

「油断しないでよカエルさん分隊! 相手もどうせすぐに追撃をかけてくるんだから!」

 

 吼える典子に、快哉(かいさい)を送るあけび達。

 横から(たしな)めるのはそど子である。

 フラッグ機擁するカエル分隊とその護衛を務めるヒバリ分隊。

 両分隊は立ち塞がるプラウダ部隊の戦列を突破し――典子たちは知らぬがアリーナ率いる部隊だ――、夜のような曇の闇が垂れ込めた雪原へと走り出した。

 

「私達が後ろ三方を固めるから、カエルさん分隊はフラッグ機以外で前方を固めて! どこ方向から攻撃が来ても防げるように!」

『みんな聞いたか!』

『了解ですキャプテン!』

『三枚ブロックいきます!』

『どんなスパイクにも耐えて見せます!』

 

 キャプテン典子の号令一下、即座に防御隊形をとる動きの素早さは流石に日々鍛えているだけはある。

 バレーはチームスポーツ、連携が命だ。そしてそれは装甲騎兵道もまた同じだ。

 カエル分隊が典子を前方にやや左右両斜めを固めてから数秒遅れて、ヒバリ分隊が典子の後衛につく。

 六角系の防御フォーメーションはあらゆる方向からの攻撃に対応する。唯一の弱点は上方からの攻撃だが、装甲騎兵道に原則空爆はない。

 

『とにかく、身を隠せる森とか廃村とかを探して直進! 私たちは逃げることに徹する! その間に隊長たちが何とかしてくれるはず! 』

 

 力強く断言する典子の言葉には、みほへの信頼感に満ち満ちている。

 自分たちが時を稼ぎさえすれば、後はみほたちが何とかしてくれる。そういう確信が典子の声にはあった。

 そど子も同意だった。普段は頼りない印象の我らが隊長西住みほだが、鉄の騎兵にひとたび跨れば別人のようになる。表情は引き締まり、声には自信が満ち、そして何より適切な指示が次々と飛んで来る。

 そんなみほだからこそ信じることができる。

 自分たちが自分たちの務めを果たせば、きっと彼女はそれに応えてくれると。

 

「パゾ美、ゴモヨ、何が何でもフラッグ機を守るのよ! 風紀委員の腕の見せどころよ!」

『はい!』

『わかったよ、そど――』

 

 そど子、とゴモヨは言おうとしたのだろうか。

 しかし彼女の台詞は全部を言い切る前に途切れた。

 最初に光、次いで炎、次いで爆音、そして最後に砲声が響いた。

 横転するATからは白旗が揚がる。

 今度も、即座に対応したのはカエルさん分隊。

 

『三枚ブロック!』

『そーれ!』

『それ!』

『それ!』

 

 弾道を割り出し、フラッグ機の前へと立ち塞がる。

 やや遅れて事態を察知したそど子とパゾ美も動く。

 

「……見えたわ! アイツね、不意討ちしてきた不届き者は! ズルよ! ルール違反よ!」

 

 カメラの倍率を最大限に上げれば、仄かに見えるのはゆらめく赤い影。

 血のような色を纏ったそのATの右手には、長大なるライフル銃が握られている。

 

『気をつけろ! 相手は敵のエースだぞ!』

『殺人レシーブのノンナ!』

『必殺スパイクのノンナ!』

『ロシアの赤鬼のノンナ!』

 

 全員間違った二つ名で呼んでいるが、だれもそれを指摘する人間はここにはいない。

 そんなことをしている心理的余裕もない。

 

(すぐにも次弾が来るわね……)

 

 そど子は必死に考える。

 今、自分たちが為すべきことはなにか。

 

「ここでフラッグ機を守れなかったら風紀委員の名折れよ! パゾ美、仕掛けるわ! 続きなさい!」

『そど子!?』

『そど子先輩!?』

 

 パゾ美は驚きつつも、突如彼方のノンナ機へと走り出したそど子に続き、典子たちも驚愕しつつも防御態勢は崩さない。

 そど子は振り向きざま、無線越しに叫んだ。

 

「カエルさん分隊、健闘を祈る!」

『『『『はいっ!』』』』

 

 バレー部四人は力強く返事をした。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 ――堪え切れずに、飛び出してきたか。

 フラッグ護衛の二機が、戦列を離れてこちらへと全速力で駆け寄ってくる。

 スコープドッグのカスタムタイプが一つ、ライアットドッグだ。

 装甲騎兵道で使われることは少なく、珍しい部類のATと言っていい。

 

(ポイント、プラス10.5、マイナス11.3……)

 

 だからといってどうということはない。

 単に若干ノーマルドッグと装備品が違うだけのバリエーションに過ぎない。

 ただ急所を狙い、トリッガーを引くだけだ。やるべきことは、他のATを相手取る時と何もかわりはない。

 相手は左手にアームシールドを備え、カメラ部はフェイスガードで覆われている。

 アームシールドはともかく、フェイスガードは所詮は対投石用の強化プラスチック製。

 他の部位を狙えばアームシールドに阻まれる可能性があるが、逆になまじフェイスガードがあるぶん、頭部は実質ノーガード。照準は定まった。

 

(軌道はまっすぐ……やはり破れかぶれ……)

 

 相手の動きにはなんら工夫は見られない。

 先ほど相手したトータスタイプ二機のことを踏まえて少しは警戒したが、杞憂であったようだ。

 ノンナは視界をライフルに取り付けたスコープへと切り替え、いよいよ着実に狙いをつける。

 標的は目の前。トリッガーを引く。

 

「ッ!?」

 

 瞬間、視界が白光に包まれ、目が眩む。

 センサーが対応して採光をシャットダウンするが、その復旧の間は決定的隙になる。

 

(サーチライト!)

 

 ノンナは視界がホワイトアウトした理由を既に解っていた。

 迂闊だった。侮った。装甲騎兵道じゃ何の使いみちもない筈のサーチライトに、こんな使用法があったとは。

 

「でも……問題はない!」

 

 機体の左右を銃弾が駆け抜け、中にはATの装甲を掠めていくのを聴覚と触覚とで感じる。

 だが致命傷がないなら無問題!

 ノンナはセンサーの回復を待たずに得物を構えた。

 ライフルセンサーを捨て、メインカメラへと視界を移す。倍率は下がり、精度は落ちる。

 知った事か、一年生の頃は、何のカスタムもないファッティーに自主改造のカタパルトランチャーで相手を狙い撃っていたのだ。あの頃の感覚を思い出せ。

 

「ひとつ」

 

 まず左のサーチライトを撃ち射抜く。

 ヘビィマシンガンの銃弾が飛んでくるが、気にしない。

 

「ふたつ」

 

 次いで右のサーチライトをぶち抜いた。

 音速を超えた銃弾が掠めるが、意に介さない。

 

「みっつ、よっつ」

 

 立て続けにトリッガーを弾く。

 それぞれ一発ずつで十分。フェイスガードのプラスチックボードは水晶のように砕け散り、その下のカメラを潰して白旗を引っ張り出す。

 

「……」

 

 ノンナは得物のマガジンを交換しながら愛機の状態を確認した。

 試合続行に問題はない。ただし――。

 

(ライフル部センサー破損、使用不能……)

 

 狙って撃ったとは思えない。

 ライアットドッグ二機がかりでコチラを狙った時の、流れ弾が当たった為だろう。

 肩部センサーに続いて、ライフル部センサーの破壊。残るはメインモニターのみ。

 

「……問題は、ありません」

 

 もう一度思い出せ。

 一年生の頃は、何のカスタムもないファッティーに自主改造のカタパルトランチャーで相手を狙い撃っていたのだ。あの頃の感覚を思い出せ。

 ノンナは、大洗フラッグ機への追跡を再開した。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

『くうう、ちょこまかと!』

「落ち着けカエサル! この戦況では無駄弾は厳禁だ!」

 

 雑木林の間を駆ける相手フラッグ機を、カエサルとエルヴィンは必死に追撃していた。

 だが追いつけない。相手は足回りを改造しているらしいファッティーなのに対し、こちらは共にベルゼルガ(とその海賊版)である。装備品の多いH級ATは、それだけ重みも増している。

 

「どうする! こうなれば余計な装備品をパージしてスピードを上げるか?」

『ベルゼルガの持ち味を殺してどうする! 下手すれば当の標的に返り討ちだ! ザマの戦いのハンニバルのように!』

「むむむ!」

『何がむむむだ!』

「そりゃ三国志だ!」

 

 軽口を叩き合ってはいるが、内心二人共大いに焦っている。

 キルログを通して伝わってくる戦況は、大洗のATが着実に撃破され数を減らしているという事実。

 一刻も早く、敵フラッグを叩いて決着をつけなければ!

 

『! クエントレーダーに新たに反応“4”!』

『4! どこだ? 敵か、味方か!』

 

 反応パターンで何が来たかはすぐに判った。

 カエサルは叫んだ。

 

『両方だ!』

 

 敵フラッグが動きを変える。

 雑木林をひたすら逃げ続ける機動を止め、レーダー上に映った一方の二点へとひた走る。

 カエサル、エルヴィンもそれを追って雑木林を飛び出した。

 

『でたな!』

「ギガント!」

 

 果たして、ザリガニ頭の白亜の巨人が、ファッティーベースのベルゼルガの模造品を引き連れてそこに居た。

 フラッグ機を守るべく、カエサル、エルヴィンの前に立ちはだかる。

 

『遅れました! お二人に加勢いたします!』

 

 だが二人の味方もまたやってきた。

 肩に巨大な大砲を負った藤色のスコープドッグは、五十鈴華のATに間違いなかった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「バレー部ファイトォォォッ!」

『『『おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』』』

 

 気合を入れて、駆けて、逃げる。

 追ってくるのは真紅の死神。放ってくるのは必殺のスパイク。

 あけび、忍、妙子の三機は典子の後方に列を作り、相互にカバーし合いながら左右に機体をターンさせつつ進んだ。典子のみ、余計な動きはせずに直進し続ける。

 大事なのは典子のフラッグ機を逃すこと。今は全員が壁となり、相手を翻弄し、キャプテンを守るのだ。

 

『くうっ!?』

「河西!」

『キャプテン、振り返らないでください!』

『ここは私たちに任せて! キャプテンは前だけを!』

「くぅぅぅっ!」

 

 バレーボールはチームスポーツ。

 加えて彼女たちはバレー部復活という同じ目標のもとに募った仲間であり同志。

 その結束は硬く、心の結びつきも鋼のように強い。

 それだけに、結果的にチームメイトを捨て石のように使うことは、典子の心を締め付ける。

 

『きゃっぁぁぁっ!?』

「近藤!」

『キャプテン!』

「くぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

 

 振り返りそうになる所を、あけびに窘められて堪える。

 辛い。身を切るように辛い。分隊は姉妹。分隊は家族。それは彼女らに限って言えば真実だ。

 

『キャプテン! 前へっ!』

 

 そう言い残して、あけび機からの通信が途絶えた。

 恐ろしいペース。残るのは自分一人。

 

「ッッッ!」

 

 その事実に気づいた時、典子の背筋には嫌な感触が走った。

 自分たちは常に共に戦ってきた。試合中に誰かリタイアしても、別の誰かが傍らで支えてくれた。

 今は違う。自分だけ、独りだけだ。白い荒野に孤影を刻み、孤軍奮闘する他ない。

 

「……根性」

 

 すぐ足元を砲弾が掠めるのを感じながら、典子は必死に機体を左右に蛇行させる。

 

「根性」

 

 描かれる(わだち)。轍穿つ砲弾。

 構わず、典子は走り続ける。

 

「根性っ!」

 

 典子は独り、叫ぶ。

 それは己を叱咤激励するために。

 あるいは、己が背負った皆の想いがために。

 忍の、妙子の、あけびの、そして大洗の皆の想いのために。

 

「こんじょぉぉぉぉっ!」

 

 典子は吼える。

 しかしそんな彼女の想いなど斟酌などしないとばかりに、典子のファッティーの背中に砲弾は突き刺さり――。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 プラウダ高校フラッグ機がパイロットは、コックピットの中でほくそ笑んでいた。

 一時は危ないかと思ったが、なんのことはない、ニーナとクラーラが助けに来てくれたのだ。

 所詮は弱小校。選手の層の薄さはいかんともしがたいはずだ。

 自分を追っていた二機も、新手の一機も、ニーナとクラーラには敵うまい。

 彼女たちは強い。それはプラウダ高校装甲騎兵道チームの一員であれば誰もが知っていることだ。

 

「おーい!」

 

 そうこう言っている内に、味方の影が見えてきた。

 機数は僅かに一機だが、例え一機でも味方と合流できるならば心強い。

 

「……ん?」

 

 おかしい。IFF(敵味方識別装置)の故障だろうか。

 目の前のファッティー、それもプラウダの校章を掲げた、白塗りのファッティーへとFCSはロックオンをしている。

 敵を意味する赤いハザードランプが、視界の片隅に灯る。

 ――考えが、ある事実へと至った。

 ほんのすこし前、ログで流れてきた情報。

 大洗女子学園に、我らがプラウダのATが一機奪取されたとの情報。

 

「しま――」

 

 気づいて、銃口を向けた時には遅かった。

 既に相手は得物を構え終えて、トリッガーを弾いた後だった。

 銃弾が無防備な胸部装甲へと叩きつけられ、あっさりと撃破判定がくだり、白旗が揚がった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 大洗女子学園

 プラウダ高校。

 フラッグ機の撃破のタイミングは、ほとんど同時であった。

 審判が協議し、ビデオ判定が行われた。

 皆が固唾を呑んで見守る中、審判は下された。

 

『有効! 大洗女子学園の勝利!』

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

「やるじゃないの、貴女達」

 

 初対面の時の横柄さは今や消えて、素直に賞賛する気持ちがその声には篭っていた。

 差し出された小さな手を、カチューシャの掌を、みほは握り返した。

 

「決勝戦、見に行くわ。負けたら承知しないんだから」

 

 カチューシャが挑発的に笑うのに、みほもまた微笑み返して言った。

 

「はいっ!」

 

 ――大洗女子学園、決勝進出決定。

 

 






 ファウストは、メフィスト・フェレスに心を売って明日を得た
 マクベスは、三人の魔女の予言にのって、地獄に落ちた
 杏は得体のしれぬ三人組に、己の運命を占う
 ここ、大洗の艦で明日を買うのに必要なのは、優勝と少々の危険
 群がる怪人たちを前に、みほは冷や汗秘めて立ち向かう 

 次回「取引」。みほの商売には紅茶の匂い


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