何よりも重要なのはATのコンセプトだ。
これが決まらないことには図面すら引けない。
「今の黒森峰はバーグラリードッグ隊による援護を受けながらの、H級ATによる一極集中攻撃……いわゆる電撃戦をその基本戦法としています。逸見殿のストライクドッグ隊のような遊撃部隊もないわけではありませんが、黒森峰としてはかなり例外です」
優花里が指摘する通り、黒森峰の戦い方、というより西住流の戦い方は、速度、精度、そして打撃力を重視し、それ故に分隊を過度に分散させることなく、相手の隊列の弱点目掛けて一挙に集中砲火を浴びせ、その綻びから敵部隊を分断、離散させ、後は一方的に蹴散らすというものだ。
――撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れ無し、 鉄の掟、鋼の心。
物心ついた頃から、寝物語にまで聞かされた西住の流儀。
訓練に次ぐ訓練で鍛え上げられた、砲撃精度、編隊の堅固さ、非撃墜率の低さ、砲火を恐れぬ直進と、それを可能にする堅固な統率、そして個々のボトムズ乗りの精神性……これらを相手に、自分はどう戦うべきか。
みほは考える。
「つまり、とにかく真っ向
「……言い方はなんだが、まぁそういうことなんだろうな」
「あんまり強引なのは感心しないぁ~。いやぁ肉食系は肉食系で悪くないんだけどさ、あんまりガツガツしてるのはねぇ~。もっと雰囲気を大事にしてほしいよ」
「何の話をしてるんだ」
華、麻子、沙織はと言うと、何やら話が横道にそれるどころか明後日の方を向いていた。
「恋は1に積極、2に積極! でも時には引くことも大事なんだよ!」
「流石は武部殿! 参考になります!」
「いや秋山さん、騙されてるぞ」
「沙織さんのは飽くまで畳の上の水練、机上の空論ですから」
だが沙織印の恋愛理論、むしろ閃きの鍵を得たのはみほだった。
「それだよ沙織さん」
「え?」
「押して駄目なら引いてみる……後退のないお母さんのやりかたに勝つにはそれしかない」
――◆Girls und Armored trooper◆
「西住殿~! 使えそうな図面を幾つか、持ってまいりました~! とりあえず、これは09-GSCのです」
「ありがとう優花里さん!」
優花里が持ってきた図面ファイルを受け取り、みほはさっと目を通した。
一から図面を引いている時間は今の大洗にはない。既存のATをベースに、現状に合わせたカスタマイズを施していくのが適切な選択だろう。
「みぽりーん、これとりあえずここに置くので良い~?」
「あ、はい! 沙織さんありがとう!」
自動車部から借りてきたビズィークラブを操る沙織に、ありがとうと返すみほの横では、黙々と華が人間が素手では到底運べないような鋼鉄の塊をひょいと担いで持ち運んでいる。五十鈴家にはクエント人の血が混じっているのでは……とは前からあった噂だが、みほも時々本当なのではと思うことがある。
「……よっ……はっ」
麻子は言うと、工作用のクレーンの操作を確認している所だった。
天才的な操縦技術を持つ彼女だが、それでも久しぶりに使うモノに関しては多少の慣らしも必要だった。
「ベースは09-GSCだけど……ある程度の火力が必要だから……」
「河嶋殿の09-DDのDFGが余っていますから、それを装備するのはどうでしょう? 最も、機体の総重量が相当に上がってしまいますけど……」
「うん。それでいこうと思う。重量調整に関しては別の部分の装甲を減らすしか無いかな。ある程度の防御力は必要だから、被弾率の高いところや急所のみを重点的に固めれば……」
「それならば総重量を調整できますね!」
機体の設計はみほと優花里とで行いつつ、その指示を受けて沙織、華、麻子が組み立てていくという役割分担だ。内部の電子装備やミッションディスクの調整となればあとはみほの、PR液とマッスルシリンダーの調整は沙織が担当することになる。
「脚部のベースになるのはドッグ系のパーツに……ブースターはどうしましょうか?」
「ファッティーのホバーブースターを流用すればいいかなぁって」
みほ達がひとまず選んだ、当座のベースとなるATは、名を『スラッシュドッグ』という。
正式には『ATM-09-GSC スラッシュドッグ』。スコープドッグのカスタム機ながら他のそれとは些か趣を異にする一機である。ストライクドッグ、そしてブラッドサッカーといったH級次世代ATの影響下のもと作成されただけあり、スコープドッグを原型機としながらも次世代機に迫る驚くべき性能を発揮するダークホースであった。
問題はそのコストの高さ。民生品からの流用が大半とはいえ高価な高性能パーツを使用しているために、改造費を考えれば結局次世代H級ATの新品を買うのと変わらないという本末転倒さ。特殊な事情がなければ使われることもまず無いATであるが、今の大洗に求められるのはまさにこういうATであったのだ。
「増設用のグライディングホイールはトータスタイプの脚から持ってくるとして、シールドは……」
「ホイールドッグ用のものと、ライアットドッグ用のものを組み合わせて使いましょう」
「シールド内臓のクローはどうしましょうか?」
「たぶん私達が即席で作っても構造的に脆くなると思うから……何か代用できるものを考えないと」
無論、今の大洗に完璧なスラッシュドッグを一機拵える資材も資金も無い。
従って、スラッシュドッグをひとつの理想図としつつ、現実に目の前にある部品や道具でどこまでできるかを考えるのがみほ達の仕事になるのだ。
「みぽりーん! とりあえず全部並べ終わったよ~!」
「みほさーん! こっちも終わりました」
「西住さん。こっちももう行けるぞ」
「は、はい! それじゃあ、まずは脚部の組み立てから開始します!」
視線で優花里を促しつつ、みほは作業へと取り掛かることにした。
上半身はひとまず置いておいて、プランが確定している脚部から取り掛かることにする。
ぶっつけ本番、行き当たりばったりも良いところであるが、しかし他にしようもない。
プランを練っている時間すら大洗にはないのだ。
「~~♪」
しかし優花里は、みほから響く小さな鼻歌に気づいていた。
彼女から見えるみほの横顔が、どこかしら楽しそうで、またイタズラ好きな少女のような勝ち気に溢れているようだった。
――◆Girls und Armored trooper◆
「おーらいおーらい! はい、そこまでー」
沙織のナビゲート通りに麻子は、ドッグの右足をワークベンチの上に降ろした。
「はなー!」
「はーい!」
麻子がレバーを操り、即座に左足の方へとクレーンを回せば、待機していた華が素早くチェーンとフックを繋ぐ。
全員、汚れても良いように自動車部と同じオレンジ色の作業服に着替え、頭にはATヘルメットを流用して作った安全帽をかぶっている。お揃いの大洗校章にあんこうマークが簡単に描かれていた。
二本のドッグタイプの脚が並べられ、作業の準備は整った。
各々違うATから持ってきたために塗装も違えば、生産ロットの差から大きさも僅かながら異なっている。
細かい部分を調整しながら、改造を進めていく必要性がありそうだ。
「まずはロケットブースターの増設からかな」
眼球保護用のゴーグルを下ろし、みほは早速作業に取り掛かる。
小型のレーザートーチを使って、人間で言うところの脹脛にあたる部分の鋼板の取り外しにかかる。
みほが担当したのは右足。左足の方はと華が別の工具で器用に取り組んでいる。
彼女の個人的な好みの問題でレーザートーチは好かないらしい。イオン臭が酷いからともいう。
「それじゃいくよ! いち、に、の」
「「さん!」」
「やったぁとれたぁ!」
「これが目当てのブースターだな」
沙織、優花里、麻子の三人はとワークベンチ近くに置かれたファッティーの脚にとりかかっている。
カエルさんチームが使っていたファッティーは陸戦用ではなくノーマルタイプであり、脚部にはグライディングホイールが備わっていない。代わりにホバー走行用のブースターが備わっているので、これを取り出そうというのだ。
「沙織さーん! ブースター本体だけじゃなくて、点火制御装置もセットで引っこ抜いてください」
「りょーかい!」
ネジ止めしてある所はドライバーで、溶接してある所は出力を絞ったレーザートーチで切り取り、配線などを無駄に傷つけぬよう慎重に取り外していく。ATの足裏真ん中にでんと備わっているものだけあってなかなかに大きく、取り外すのは見た目ほど簡単ではないが、しかし沙織たちは伊達にあんこう分隊ではない。
「……ふー」
「武部殿、お見事です」
「あの沙織がまぁこういうことをできるようになるとはな」
「なによー麻子、その言い方」
「別に。感心してるだけだ」
ダング免許こそ持っていたものの一般的な女子高生らしく機械だのATだのから程遠かった筈の沙織も、今は鼻先をグリスで黒く染めて工具を難なく振るっているのだ。心なしか体つきもマッシブになった気がする。元々可愛らしい少女だったが最近は少し凛々しさが加わった。
「じゃあ二個目はわたくしが行きます!」
「ゆかりんおねがーい」
「任せて下さい! わたくし、慣れていますから!」
そんな沙織達の賑やかな声をBGMに、みほと華はと黙々と作業を続ける。
ふたりとも芸道に身を置く娘らしく集中力は並外れている。
ゴーグル越しに鋼と火を見つめ、仕損じぬように得物を操る。
「よし」
「こちらもです」
二人はほぼ同時に互いの作業を終えた。
鋼板に指を掛けてゆっくりと引っ張る。たがか板でも鋼の板だ。
重く、そして硬い。うっかり脚の上にでも落とせば骨折は免れない。
タイミングを合わせて外せば、重い鉄板がコンクリートに当たってドッグ全体に響き渡る。
みほも華も、それに沙織、優花里、麻子も背中をビクリと震わせた。
「び、びっくりした」
「思わずノズルを落とすところでした」
「心臓に悪い」
「ご、ごめんね」
「思った以上にジンと来る音でした」
しかしひとまず準備は整った。
剥がされた鋼板の下の、マッスルシリンダーを確認する。
ドッグタイプのそれは、降着機構を組み込むために余裕のある作りをしている。
ポケットの大きさを目分量で測れば、やはりというかちょうどいい大きさだ。
あんこう一同は、ファッティー由来の追加ブースター取り付けに取り掛かった。
――◆Girls und Armored trooper◆
脚部が終われば、次は両手、腰、胴体、コックピット、頭部……である。
休んでいる時間はない。
「それじゃあ、ここにMCA-628を入れて……」
「ちょっとまってみぽりん! それだとここのマッスルシリンダーのMAと干渉しちゃって危ないよ!」
「大丈夫! ここのパーツを押し上げて若干迂回させれば……」
「えー! それだと操縦席すごい狭くなっちゃうよー!? もーだいじょーぶ?」
「ATの操縦席が狭いのは元々だから、慣れてるかなって」
「いやいやそういう問題じゃないから。いくらなんでもこれは無理だから」
「そうかなぁ」
「そうだって!」
「……違う方法を考えてみる」
「私も考える! 役に立つか解かんないけど!」
考えている時間もないが、考え無くてはならない。
みほと沙織は顔を真っ赤にして考えて、どうしようもないので操縦席を狭くすることで妥協した。
――◆Girls und Armored trooper◆
「みほさん。腕部の装甲がいくらなんでも足りないのでは」
「それですが五十鈴殿。ATの総重量を考えるとどうしてもここは削らないと……」
「でも、これではヘビィマシンガンの反動にも腕がぶれてしまうんじゃ」
「そこは反動の少ないロケット系の武器を用いることで」
「……だが腕が脆いのは流石に困る。補強は必要だろうな」
「冷泉殿! ……ですが装甲をつけるとなると」
「……優花里さんがやってたみたいにすれば良いじゃないですか」
「え?」
「ほら、あの、戦車の脚に巻いてある蛇腹状の……ベルギーワッフルみたいな格子模様の」
「無限軌道ですか? ……なるほど。それに近いものならば!」
「……ベルギーワッフル?」
麻子のツッコミは、快活なる優花里と華を前に虚しく宙に溶けた。
――◆Girls und Armored trooper◆
「ねぇ、みぽりんは中のコンピューターの仕事もあるんだから、先に休んでてよ」
「沙織さんもポリマーリンゲル液の仕事があるから、先に休んでて」
「いやみぽりんが」
「沙織さんが」
「みぽりんが」
「沙織さんが」
「みぽりんが」
「沙織さんが」
「……」
「……」
「二人で頑張って早く済ませよっか」
「……うん」
――◆Girls und Armored trooper◆
「んもーみぽりんたら結局最後まで全然休んでないじゃん!」
「ご、ごめんね。でも自分のATは自分で仕上げなきゃって……」
「隊長たるもの、時には人任せにするものですよ、みほさん」
「同感だな」
「わたくし、西住殿のご命令とあらばミヨイテ、パルミス、サンサ、オルム、ガレアデいずこなりとも行ってまいります!」
とまぁ話している少女たちが座り込みながら見上げる先。
鼻先指先髪先、着ている上下に柔い肌まで黒い油に汚れたみほたちが見上げるのが、一晩費やした彼女らの作品、そのまだ
スラッシュドッグ――とは随分と勝手が違う見た目だが、それでもATには相違なかった。
背にはドロッパーズフォールディングガンを背負い、顔はみほ愛用のステレオスコープ仕様。
一見するとパープルベアーのそれに似たプロポーションは、しかしより細部に
色合いは余っていた焦げ茶色の塗料で一色に塗られ、一転、ベアータイプながら地味な装いになっている。
「この子、名前はどうするの?」
沙織に言われて、みほはきょとんとした。
そんなことは、まるで考えていなかった。
「そうだね」
みほは逡巡した。
「この子の名前は――」
新たなる愛機、新たなる戦友
迫り来る苦境を前に、大洗は乗り越えるべく備える
見慣れぬ奇怪な鋼の五体。名前すらなきその鋼の騎兵に
みほは、叫んだ。――と。
次回『名前』。かくして役者は全てが揃う