ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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第58話 『名前』

 

 黒く透明なバックグラウンドの上を、滑るように流れ落ちる黄色の文字列。

 それは数字でもアルファベットでもない、標準アストラーダ文字と呼ばれる異星の文字であった。

 しかしATというメカが星の海を越えてこの地球へとやってきたものである以上、これに関わる者はこの異郷の言葉に通じていなければならなかった。

 沙織は赤縁メガネ越しにモニターを睨みつけ、タッチペンでこめかみのあたりをグリグリと掻いた。

 

「やだもー! なんで標準アストラーダ文字ってこうもわかりづらいのよー!」

「よくそれで試験をパスできたもんだな」

 

 傍らの麻子が呆れたように言った。

 

「だって試験の問題文は日本語で書いてあるから何とかなったんだもん! でも制御コンピューターは全文アストラーダ語だなんて聞いてないよー!」

「全く……吼えているところ悪いが、またミス発見だ」

「や だ も ー ! 」

 

 沙織のポータブルPCから有線接続された出力機から、次々と吐き出される紙テープ。

 そこにパンチされた内容を読み取って麻子が冷静に告げるのに、沙織は髪の毛をくしゃくしゃと掻き乱した。

 今二人が取り掛かっているのは、みほの新造AT用のポリマーリンゲル液の配合比率の割り出しだ。

 単にATを動かすだけならばレディメイドのものでも十分であるが、しかし相手はあの黒森峰であり、みほの新造ATはそれを想定した特注機だ。当然、使うポリマーリンゲル液も特別なものでなくてはならないのだ。

 沙織は大洗で唯一の「PR液取り扱い免許」持ちだ。その気になれば舐めて舌でその品質を見極めることすら出来る。しかし、PR液調合において人間の感覚が求められるのは最後の最後。大半は地味なこうした計算作業だった。

 

「や だ も ー ! 」

 

 またも沙織の叫びが、大洗学園艦に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第58話 『名前』

 

 

 

 

 

 

 

「武部殿は大丈夫ですかね?」

「大丈夫ですよ沙織さんなら」

 

 優花里が心配そうに言うのに対し、華の答えはしれっとしたものだった。

 沙織達が作業している場所からは結構離れているはずなのだが、優花里たちの耳にも彼女の叫びはハッキリと聞こえてくる。だが華はと慣れているらしく涼しい顔のまま己の仕事を黙々と続ける。

 みほはコンピューターとミッションディスクの作業のために外れ、沙織と麻子はPR液の調整のために外れたので、優花里のATは彼女と華の二人で作っている状況だ。

 これは優花里自身が提案したことでもある。

 みほの機体はコレほどまで無いほどにチューンを施したATであったために、優花里のほうは敢えて個人的嗜好を抑えてシンプルなコンセプトのATにすると決めたのだ。

 

「沙織さんはああ見えて結構タフですから」

「そうなんですか?」

「はい。どれだけフラレようとへこたれません。まぁそもそもモテたこともないからフラれた経験もゼロでしょうけど」

 

 しれっと毒を吐いている華ではあるが、それは沙織相手ならばこの程度のこと大丈夫だろうという信頼感があるからだ。伊達に友達をやってはいない。

 

「優花里さん。ここの装甲も剥がしてしまってよろしいのでしょうか」

「あ、はい。ぜひお願いします」

 

 華はバール一本のみを使って、器用にスコープドッグ脚部の装甲板を引き剥がしていく。

 こういう作業の時の華は実に輝いている。なにせ彼女の怪力にかかればほとんどの作業で道具いらずなのだ。

 それにしても華と優花里の二人と言えば珍しい組合せと見えるが、実はそうではない。

 あんこう分隊のメンバー同士となってからは、その繋がりでこれまでなかった組み合わせで行動することも増えているのだから。

 

「それにしても随分と装甲を取ってしまわれるんですね。これじゃ殆ど裸です」

 

 沙織さんなら、やだもーえっちーとか言いそうな状況ですね、などと冗談を飛ばしながらも華はベリベリと装甲板を引き剥がし続ける。機体構成はドッグタイプのパーツを寄せ集めてのオーソドックスなスコープドッグではあるのだが、しかしその装甲の薄さはただでさえ装甲の薄いATとしても異常なレベルだ。

 装甲の減らしようのない頭部以外のあらゆる部分から装甲板が取り外され骨格とマッスルシリンダーがほぼ丸見えの状態になっている。軽量化としても限度を超えたレベルであった。

 

「問題はありません。これで覆いますから」

 

 そう言って優花里がどこからか取り出したのは、迷彩色のビニールシート状の布である。

 かなりの大きさがありそうな代物だ。

 

「それは?」

「カーボンコーティングシートです。基本的にはただのナイロンなんですけど、表面にカーボン加工が施されているので頑丈です。装甲騎兵道の試合規則もちゃんと満たしてるんですよ」

 

 これにはさすがの華も眉をひそめた。

 いくらカーボン加工が施されているとはいえナイロンはナイロンである。

 そんなもので覆った程度で果たして大丈夫なものなのだろうか。

 

「五十鈴殿のご懸念は解りますが、まったく問題はありません。これは『パジャマ』と呼ばれるれっきとしたスコープドッグ改造法のひとつなんですよ!」

「パジャマ……ですか?」

「はい。パジャマです」

 

 優花里は得意気にそう言った。

 

「ある意味、ATというメカのコンセプトに一番忠実な改造法なんです!」

 

 優花里が言うには、装甲を外すことで重量を軽減し速力を劇的に向上させる。

 総重量が軽くなった分、強力な火器を搭載できるために攻撃力も向上する。

 足りない防御力はスピードで補う。つまり当たらないのが前提で戦えばいい。

 そこれこそが『パジャマ改造法』! ……ということであった。

 

「黒森峰の攻撃は熾烈です。わたしの操縦技術では、下手に防御力を上げても意味がありません。むしろ速力が落ちれば的になる可能性が大です」

「だからこんな改造を?」

「西住殿を支援するならば、これ以上に適したATはありませんから!」

 

 優花里は力説した。

 華も、彼女の言葉の強さに、何となくそんな気分になってきていた。

 

「それじゃあ、仕上げにかかりましょうか」

「解りました。丁寧にやりましょう」

 

 二人は並べられたパーツへと、シートを取り付けていく作業に取り掛かるのだった。 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

「西住さん……」

「? 猫田さん、どうしました?」

 

 不意に呼びかけられて、みほはねこにゃーのほうへと目を向けた。

 相変わらずの瓶底眼鏡に猫耳という不思議な姿がそこにある。

 

「ボクたちも今からから手伝えないかなって思って……ATの操縦法は一応知ってるし……」

 

 そうゴニョゴニョと彼女が言ってきたのは、みほと共にミッションディスクのプログラミングをしている所だった。

 ももがーにぴよたんと、いつもの相方達も一緒だ。

 例の新造機を始め、今度の試合に必要なミッションディスクを組むために、みほはまたも彼女たちに協力を要請したのだから。

 

「こういう裏方仕事以外でも、ぜひともお手伝いしたいって思って……学校がこのままだと危ないって聞いたし……」

 

 学園艦廃艦の噂は、どこからともなく広まって今や大洗の皆の知る所になっている。

 ねこにゃー達にも何か思う所があったらしかった。

 

「ありがとう。でもATの数が足りなくて……」

 

 みほがそういうのに、ねこにゃーは小首をかしげて聞いた。

 

「あのATは使えないのかな?」

「あのAT?」

 

 ねこにゃーが言っているATとやらが、みほには良くわからない。

 

「ほら、中庭に飾ってあるやつは――」

 

 言われて、みほはねこにゃーが言う意味を理解した。

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 4人連れ立って行ってみれば、いつもと変わらぬ様子で目当てのAT達は鎮座していた。

 モニュメントのようにそれぞれがポーズをとって鎮座している光景は、やはりというかモニュメントとしか見えない。

 白銀の騎士然としたATに、左右非対称なドッグタイプ、手に大鎌を携えた死神然とした異形のAT。

 いずれも、往年のバトリング名選手の愛機を象ったATばかりだ。

 ――レイジング プリンス。

 ――トロピカル サルタン。

 ――ヘルミッショネル。

 それがこれらのATの名前であった。

 

「これ、モニュメントだと思ってた」

 

 みほが思わず口から漏らしたように、当たり前のようにここに居たが故に、ずっと単なるオブジェとしか見ていなかったのだ。しかし、もしも本当に動くというのなら――。

 みほは恐る恐る、スイッチに手を伸ばしてみた。

 

「!」

 

 果たして、コックピットハッチが淀みなく開いたのだ。 

 それは三機のAT揃ってそうであった。

 カーボンコーティング故に、野外に吹きっさらしであっても劣化を免れたのだろう。

 それにしても、灯台下暗しとはこのことか。

 

「それじゃあ……よろしくお願いします」

 

 みほが言えば、ねこにゃー達は三人揃ってハイタッチした。

 予期せぬ形での、新たなる仲間たちの参戦であった。

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

「ねぇみんな!」

 

 その夜、みほの部屋であんこう分隊の会合を開いていた時だった。

 みほが嬉々とした様子で切り出したのに、一同は揃って言った。

 

「駄目だよみぽりん」

「駄目ですみほさん」

「駄目です西住殿」

「駄目だ西住さん」

 

 揃って出てきた否定に、みほは面食らった。

 

「え……私、まだなにも」

「みぽりんの新ATの名前でしょ? ボコにしたいって言うんでしょ」

「うん! 沙織さん解ってくれたんだ! ボコって名前に――」

 

 みほが目を輝かせて言うのを、沙織達は一撃で斬って捨てた。

 

「駄目」

「だめです」

「だめですよ」

「駄目だな」

「なんで!?」

 

 みほには解らない。なぜ皆がボコを否定するのか。

 

「だってみぽりん。前に見せてもらったけど、ボコって最後には絶対に負けるんでしょ?」

「それがボコだから……でも! ボコはどれだけ負けてもめげずに――」

「でも負けるんでしょ?」

「……うん。でもね!」

 

 みほが食い下がるのを、沙織達は手で制した。

 

「そんな絶対負けるキャラの名前、このここ一番で使うには不吉過ぎるから!」

「そんな!」

「いえみほさん。わたくしもボコさんの名前を使うのは悪すぎるかと」

「華さんまで!」

「西住殿、わたくしも同感です。ボコは嫌いではありませんが、この状況では……」

「優花里さん!」

「どうせなら縁起の良い名前にすべきだろうな」

「麻子さんまで!?」

 

 みほ的にはまさかの全否定に、瞳のハイライトが消える心持ちであった。

 

「同じ熊ならまだく○もんの方がマシだよね。みぽりんの地元だし」

「いっそア○イッペでよろしいかと。地元ですから」

「梨汁ブシャー! ですね」

「秋山さん。それは違うキャラだ」

 

 く○もんよりもボコのほうが絶対に良いのに!

 そんなみほの心の叫びは皆に届かなかった。

 

「そういえばエルヴィン殿が、西住殿の新ATを見て、第二次世界大戦のドイツ戦車に似てるっておっしゃってました。確か、四号H型……とか」

「じゃあ四号でいんじゃない! 解りやすいし!」

「四号ならぬマーク4ならどうでしょう」

「最後にはスペシャルとかつけたらどうだ」

「あ! 採用! それでいこうよ」

 

 沙織の鶴の一声で、みほのATは「Mk.4スペシャル」と相成った。

 その日、みほはずっと落ち込んだ様子であったことだけは記しておこう。

 

 そしてそうこう言う内に、早くも決戦の日がやってくるのであった。

 

 

 





 戦いの質が変わる
 戦いのスケールが変わる
 ぶつかりあう鋼と鋼
 大地埋め尽くす鉄騎兵
 百をも超える鋼鉄の軍勢に
 大地が裂け、そして吼える
 みほまた吼える。勝利を求め、ただ吼える

 次回『決勝』 もう、後戻りはできない 
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