ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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第65話 『鬼神』

 

 おりょうが撃破された直後に、エルヴィンが見せた反応は迅速だった。

 

「喰らえ――」

 

 敵の巧みな動きに銃撃では倒せぬと割り切るや、それでもシュトゥルムゲベール改の銃口をブラッドサッカーへと……いや、そのやや手前の空間へと向ける。

 

「パンツァーファウスト!」

 

 第二次大戦時、ドイツ軍が用いた対戦車兵器の名を叫びながら、エルヴィンが放つのはアームパンチの一発。

 『装甲鉄拳』のその名の如く、全力で打ち出されたシュトゥルムゲベール改の銃身は鋼鉄製の空飛ぶ拳となって、対銃弾用の回避速度をとっていたブラッドサッカーの顔面に直撃する。

 タイミングを崩され、予期せぬ攻撃にクリーンヒットの一撃。衝撃はカメラアイを壊すに留まらず、拳で白旗をもぎ取る形となる。

 仇討とばかりに残ったブラッドサッカーがマシンガンを乱射してくるのを目掛け、シールドを盾に突撃する。

 これまでの時間を稼ぐような戦い方とは根本的に異なる戦法に、相手が戸惑う間すら与えずエルヴィンは肉薄する。

 間合いは詰まった。パイルバンカーの射程内!

 銃撃での撃破を諦めた相手は、得物を棍棒のように構えてからの、銃床での上段叩きつけ攻撃。

 これを盾で防ぎ、そのまま鉄杭の一突き――と見せかけて左足のグライディングホイールを逆回転。突然の後退に相手が体勢を崩した隙を狙った、空いた右手のボディーボロー。拳を密着させてからのアームパンチに、ブラッドサッカーの黒い機体が揺れる所にすかさず二発目のアームパンチ。続けて三発目のアームパンチ。とどめの四発目のアームパンチに、敵は白旗を揚げつつ背中から倒れむ。

 

「……これで護衛機は片付けた!」

『ならば!』

『三機で包囲する! ハンニバル式で行くぞ!』

『鶴翼の陣形だ!』

「アラスの戦いだな!」

『『それだ!』』

 

 お決まりの流れも、一名欠けて実に寂しい。

 撃破されたATは通信がすぐにできなくなる仕様はどうにかして欲しいものである。

 だが、この寂しさも今は却って闘志を燃やしてくれる。

 

「私とカエサルが正面から、左衛門佐は背後をとれ!」

『寝首を掻くとはこのことだな!』

『それは用法が違うんじゃないか?』

 

 おりょうが撃破された時点で後退すべきである――と、思われるような状況で、彼女たちは敢えて攻撃を続けた。今は一機失うことも大洗にとって大きな損失になると彼女らも知っている。だからこそ彼女らは死力を尽くし攻撃に転じたのだ。ここで逃げれば背中を狙われ、おりょうどころか皆で全滅だ。

 みほ達が来るまで待っていることを許す相手でもない。だとすればもう戦う他はない。

 そして――状況は必ずしも不利とは言えない。

 敵は巨大だが視界を制限されており、その穴を埋める味方もいない。

 三方向からの同時攻撃ならば、仕留めることは不可能ではない!

 

「いかに一機が強くとも」

『眼は効かず僚機もいない』

『今攻めれば勝てる!』

 

 少女たちはブラッディドッグ目掛けて肉薄する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第65話 『鬼神』

 

 

 

 

 

 

 

 まず真っ先に仕掛けたのはカエサルだった。

 

(上手くいくか? 練習はした。特訓もした。模擬戦では上手くもいった。だがここ一番で誤れば――)

 

 カエサルは思考をそこで断ち切った。

 考えてもしかたがない。もう迷っている時間もない。

 

(そう! 賽は投げられた!)

 

 盾を左手から右手へと持ち替え、正面から突っ込む。

 相手もカエサルの動きに合わせてか、相変わらずの巨体に似合わぬ駿足で向かってくる。

 彼我の距離は一瞬でゼロになる。おりょうを倒して味をしめたか、三連パイルバンカーがプレトリオを狙う。

 こうして間近に寄れば赤子と巨人の体格差。

 だが委細問題なし。

 

(ローマ人は、体格で勝るケルト人にもゲルマン人にも勝った。ならば私も勝てる! いや勝つ!)

 

 三連パイルバンカーが迫る。鉄杭が視界を塗りつぶし、肝をつぶしそうになる。

 それでも踏みとどまる。むしろ前進する。

 火薬が弾け、パイルが打ち出される瞬間を狙い、操縦桿を切る。

 ギリギリの所を、それこそ表面を擦り装甲を皮一枚程度削り取っていくような所を避ける。

 僅かにずれていれば撃破は免れ得ぬ至近距離。それだけに成功した今は反撃に絶好の機会。

 

「うぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 本体目掛けて懐に飛び込むのではなく、敢えてカエサルは敵の外側へと逃げた。

 それでは反撃が叶わぬと見えるが、実はそうではない。

 シールドを左右持ち替えたことが、ここで効果を発揮する。

 右回りにパイルバンカーの一撃を避ければ、目前にあるのは敵の伸びきった左特大アーム。

 パイルバンカーとアームを繋ぐジョイント部に、シールドの先端をカエサルは押し当てた。

 アームパンチ! 薬莢が舞い、拳が撃ち出され、その勢いに盾はギロチンと化した。

 分厚い鋼板がジョイント部に突き刺さり、情け容赦なくワイヤーを切断、マッスルシリンダーが破砕される。

 プレトリオのシールドが、旧式のATが直接マニピュレーターで保持するタイプだからこそできるシールド・ギロチン殺法だった。

 

『続くぞ!』

 

 パイルバンカーを失い、大きく攻撃力を削がれた敵左側へとエルヴィンが続いて仕掛ける。

 盾を真っ直ぐブラッディドッグへと向ければ、今度こそ本当のバンカークラッシュ。

 圧縮空気で撃ち出されたパイルは、敵の巨大な左脚部――と見せかけて右脚部へと突き刺さる。

 鉄杭は深々と刺さり、右脚部増設部が火花を散らし、黒煙を吐き出す。

 

『トドメだ!』

 

 左衛門佐が攻めるのは背後からだ。

 相手も慌ててガトリングアームを後ろへと向けて銃撃を加えるが、背部カメラを破壊された今、その攻撃は素早いタイプ20の影すら捉えない。

 攻めるのはブラッディドッグの左側。それを読んだか、脚部に装備された巨大ターンピックを回転させ、迫る左衛門佐目掛けパイルバンカーの要領で撃ち出す。

 

『とりゃ!』

 

 それを単に避けるに留まらず、左衛門佐は太い鉄杭を掴むと、それを手掛かり足掛かりにATを宙に舞わせた。

 唖然とする敵の背中に取り付けば、ゼロ距離射撃をすかさず叩き込む。

 狙うのは敵AT本体、ではなく装甲の薄く確実な場所。左特大アームの関節基部。

 

『おりょうの仇!』

 

 マズルフラッシュと銃撃に二重に焼かれながら、アーム関節基部が火を吹き出した。

 強腕が千切れ、地面へと落ちる。

 機体の左右バランスが崩れ、ブラッディドッグが傾く。

 踏ん張ろうと藻掻くが、踏ん張るべき右足は火花散らすばかり。

 堪え切れず、遂にATは横転した。その衝撃で、遂に白旗が揚がる。

 

 ――ブラッディドッグ撃破。

 歴女チームの面々は、僚機を失い、大洗の戦力を不覚にも一機減らした雪辱を果たしたのだった。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

『申し訳ない』

『面目ない』

『かくなる上は、腹斬って詫びる他ない!』

『『それだ!』』

『ええい! マジなんだか冗談なんだかわからんかけあいはやめろ貴様ら!』

 

 エルヴィン、カエサル、左衛門佐が次々と謝罪を口にする。

 それに突っ込んだのはようやく合流を果たしたカメさん分隊河嶋桃だ。

 

『ようやく華と会えた……私、なんかほっとしたよ』

『あら。寂しがり屋さんなんですね、沙織さんも』

『おかえりなさい、五十鈴殿!』

『五十鈴さんがいてくれると心強い。沙織の援護はあてにならんからな』

 

 華もようやくあんこう分隊に復帰している。

 

 損害は出しつつもニワトリさん分隊の鬼神の如き奮闘で敵の秘密兵器を撃破し、ようやく大洗女子学園チームは市街地の確保に成功していた。

 黒森峰本隊は今にもここへと到達するだろう。

 速やかにゲリラ戦の準備を進めなくてはならない。

 

(現状の戦力は……)

 

 改めて現状を確認すれば、以下のようになる。

 

『いよいよ……なんだね』

『ええ! いよいよ最後の決戦です! 惑星モナド攻防戦を思い出しますねぇ!』

『わたくし、腕がうずうずしてきました』

『私も眼も冴えてきた。今なら何機でも相手できるな』

 

 あんこう分隊。全機健在。残弾は半分程度。まだまだ戦える。

 

『おお三日月よ! 願わくば、われに七難八苦与えたまえ~!』

『今は真昼だぞ』

『だが、その意気や良し!』

 

 ニワトリさん分隊。おりょうが撃破され三機。ブラッディドッグ戦で損耗し残弾は僅か。

 

『最終セットだ……気合入れて行くぞ!』

『はいキャプテン!』

『行きましょうキャプテン!』

『根性ですねキャプテン!』

『そうだ! せーの!』

『『『『こんじょ~!』』』』 

 

 カエルさん分隊。全機健在。台地脱出時にPR液を余計に消費するも、十分に戦闘可能。

 

『なんだか……緊張してきた!』

『あ、私も私も』

『あやや桂利奈ちゃんが緊張するなんて~明日は雪がふるね~』

『もう! 優季ったら茶化さないでよ!』

『みんな! 隊長のために、学校のために頑張るよ!』

『ウサギさんチーム、ふぁいとー!』

『ふぁいとー!』

『ふぁいと~!』

『ファイトー!』

『……』

 

 ウサギさん分隊。全機健在。残弾も十分。コンディションで言えば現状大洗で一番良い。

 

『泣いても笑っても、これが最後か』

『ううううううううう……武者震いがしてきた……』

『桃ちゃん震えすぎ。もう殆ど痙攣だよそれじゃ』

 

 カメさん分隊。全機健在。台地の戦いでDFGの弾薬を大幅に消費。砲戦は苦しいが通常戦闘は問題無し。

 

『いい! 風紀委員の腕の見せどころよ! ヘマしたら許さないんだからね』

『ヘマするというと……』

『むしろそど子のほうがしそうだよね~』

 

 ヒバリさん分隊。全機健在。眼玉のワイヤーも通常版に換装済み。火力は不安だが十分、戦闘可能。

 

『最終ラップだね』

『ここでどれだけ詰められるかが味噌かな』

『そこはスリップストリームで』

『むしろドリフトドリフトォッ!』

 

 ウワバミさん分隊。全機健在。台地脱出時に若干被弾したが問題なし。火力も十分で頼りになる。

 

(……これなら、戦える)

 

 正直な所、ここまで戦力が揃った状態でここまでたどり着けるとはみほにとっても予想外なことだった。

 特にあのブラッディドッグをニワトリさん分隊が単独で倒してしまうとは……。

 撃破された跡を見た優花里の大興奮に、思わずみほも合わせて踊り出しそうだったが、堪えた程だった。

 まだ試合は終わっていないどころか、むしろここからが本番なのだ。

 

「全機、これから指示する場所へと移動を開始してください」

 

 モニターに表示された市街図を見ながら、みほの頭脳はめまぐるしく回転し、新たなる戦術を弾き出し始めていた。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 一方、黒森峰本隊も長い迂回機動の果て、遂に市街地付近まで到達していた。

 戦力はまだ七〇機を超えており、戦列が動けば黒い大地が動いているかと見るものに錯覚させる程だ。

 赤い右肩の西住まほに率いられ、漆黒の装甲騎兵は進む。

 その中にあって青い戦化粧を誇るのは、逸見エリカ率いる第24分隊。

 来るべきみほとの戦いを想い、犬歯を剥き出しにしながら、エリカは見た。

 アイツが手ぐすね引いて待っているであろう市街地を。

 エリカは思った。

 いいだろう。どんな手でも使ってくるがいい。

 その全てを王道で打ち砕き、私がアイツをとっちめてやるのだ、と。

 

 





 幾日にも及ぶ戦いが、遂に終わりへと向けて疾駆する
 最後の戦い、迷宮たる市街地へとに投入される戦力、両軍合わせ百機余り
 だが、この作戦の要はたった二人
 激突する姉妹。ぶつかり合う知恵。火花散らす誇り
 今や、帰趨を決すべき時 
 街が、炎に燃える 

 次回『砲火』 全国大会で黒森峰が犯した最大の誤り……
 それは――みほを敵に回したことだ!!

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