迫り来るファッティー、チャビィーの大群に、真っ向立ち向かう白いベルゼルガの騎群。
そう、白いベルゼルガだ。
金に縁取られた純白の装甲でその体躯を成し、夏の空のような蒼穹の盾を左肩に掲げている。
蒼穹の盾に備わったのは、長さにおいて通常の二倍はありそうな特注製のパイルバンカーだった。
P・ATH-Q01-D『ホワイトオナー』――惑星パルミスのアボルガ王国近衛大隊専用機として、わざわざクエントの職人に特注して造らせた芸術品の如き一機。これを駆ることが許されるのは、アボルガ王国近衛大隊第三儀仗中隊『蒼穹の盾』の隊長のみである。
この白い騎士が率いるのは、ほぼ同型ながら鶏冠飾りを欠いた隊員用のホワイトオナーだ。その数、三〇機。
相対するのは、夥しい数のバララント軍である。
国土を守る大流砂が、衛星の軌道の影響で止まる時を狙って、バララントはアボルガへと侵攻してきた。
ギルガメスの後ろ盾があったからこそ、百年戦争の渦中にあって小国ながらも独立を保つことができたアボルガ王国である。百年戦争が終結し、駐留していたギルガメス軍が引き上げた今、アボルガを護るものは無い。
王国の滅びは避け得ない。
だからこそ、最後に一矢報いなければならない。
儀仗兵として王国の誇りを守ってきた『ホワイトオナー』達は、確実なる死へと向かっての騎行を開始していた。
絢爛たる葬列に迷いはなく、真っ直ぐに敵軍との間合いを詰める。
スモークが撒かれ、アボルガ儀仗兵、バララント軍の両方を包み込む。
隊長機のホワイトオナーが、トランプルリガーを展開し砂地を全速力で駆け抜ける。
牽制の銃撃を仕掛けながら、獲物めがけて肉薄する。
視界を覆う煙幕はホワイトオナーには関係がない。クエント仕立ての特注のセンサーが、煙の向こうのシルエットをくっきりと捉えているのだから。
ホワイトオナーならではのカスタム・パイルバンカーがファッティーを一機串刺しにすれば、右手のライフルで続けざまに二機を仕留める。
しかし多勢に無勢であった。
秒速で銃弾は消費され、撃針が虚しく空の弾倉を撃つ。
その隙を突く敵弾を装甲に受けながらも、隊長機のホワイトオナーは、なおもバララント相手に足掻いた。
左腕のパイルバンカーが除装され、上空へと放り投げられる。
迫る銃弾を軸足を変えながらの半回転機動で避けながら、右手のロングライフルを天へと向けて真っ直ぐに掲げた。
ロングライフル銃身下部にはジョイントが設けられている。ミッションディスクに打ち込まれたプログラム通りに、このジョイントで落ちてきたパイルバンカーを受け止めた。即座に両者は接続され、パイルバンカーはロングライフルの銃剣と化していた。
絡繰仕掛けだからこそできるトリック。弾薬を失ったロングライフルは、今や長大な騎槍となった。
肉薄するファッティーの装甲を、一撃でボール紙のように貫く。
串刺しの敵をそのまま右に振り回せば、運の悪いバララント機二機が激突、吹っ飛ばされて爆散する。
一騎当千とはこのことか。しかし如何に奮戦しようとも、バララントの圧倒的兵力は揺るがない。
ホワイトオナーに次々と銃弾砲弾が突き刺さり、爆散こそ免れるも四メートルの機体が紙人形のように吹き飛ばされる。跳ねながら砂上を転がり、右手はへし折れてライフルが鋼の掌から溢れる。
矢折れ刀尽きた。
誇り高き『蒼穹の盾』隊長機と言えど、もう戦い続けることは叶わない。
最後に残された手段は、機体もろとも敵機を道連れにすることぐらいであろう。
だが、ホワイトオナーを駆るボトムズ乗りはそれを選ばなかった。
ハッチを開いて、身を躍らせた装甲騎兵は、纏っていた栄光の白装束をあっさりと脱ぎ捨てた。
大地に同化する砂色のボトムズ乗り、本来ならば白いベルゼルガを駆って名誉と共に死ぬ筈だった儀仗兵隊長と入れ替わった傭兵は、死にゆく味方を残して走り去る。
逃げているのではない。隠された愛機を目指しているのだ。
友と呼べる男の名誉を敢えて奪い、生き恥をさらさせた傭兵。その名はドジル=ボン=ハリバートン。
通称『フィロー』。あるいは人は彼をこう呼ぶ。
『戦場の哲学者』と――。
大画面のプラズマハイビジョンに映し出される光景は、愛機『ブラッドセッター』が二百機からなるバララントAT部隊の中を駆け抜ける様へと変わっていた。
『戦場の哲学者』が迫る敵群を蹴散らし擦り抜けるその姿を、食い入るように見つめているのは六人の少女であった。
梓、あゆみ、優季、桂利奈、あや、紗希。
大洗女子学園装甲騎兵道チーム、ウサギさん分隊の一年生六名である。
普段は茫洋としてあらぬ所を見ている紗希を含めて少女たちはモニター上に展開される殺陣の数々に熱中している。
戦闘シーンの最中に挟まれるショット。
ホワイトオナーの隊長として、本来ならば部下たちと共に最後の戦場で散るはずだった『ホワイティー』と、その肩を支える美女『クレメンタイン』。二人の男女が見つめているのが、フィローがホワイティーの愛機を奪って戦っていたマランガの大流砂地帯であった。
このワンシーンを見るや、優季と桂利奈は涙ぐみ、桂利奈などはハンカチを噛み締めている程だった。
映画はいよいよ終わり、エンドロールが流れる。
梓はリモコンを手に取ると停止ボタンを押し、プレイヤーから記録メディアを取り出した。
「何か見入っちゃったね……」
大作を一本見終わった時特有の高揚感と倦怠感を伴に、梓は呟くように言った。
「途中から勉強会だったの忘れてた」
「あ、それ私も」
あゆみが言えば、あやもすかさず頷く。
「フィローがかっこ良かったよね~」
「最後の戦闘シーン、実機使って撮ってるってさ! めっちゃ燃えた! 超燃えた!」
優季がいつものほんわかした声で微笑めば、桂利奈は頬を興奮に赤らめながら叫ぶ。
「……」
紗希は相変わらず静かな様子だったが、それでもウサギさんチームの皆から見えれば、彼女が楽しかったであろうことは容易に知ることが出来た。
彼女たちが見ていたのは、映画『戦場の哲学者』シリーズの一作目『絢爛たる葬列』であった。
百年戦争後に起きた実話をベースに制作されたこの映画は、戦闘シーンでは本物のATを用いたという大作で、迫力のある描写が放映当時の話題を誘った作品だった。
迫る黒森峰との決勝戦を前に、勉強会として集まった彼女らがこの映画を見ていたのも、その珠玉の戦闘シーンが、装甲騎兵道の試合に活かせぬものかと考えたからであった。
「ストーリーも面白かったし、大満足だったけど」
「……試合の参考になるかって言うと、ね」
梓とあゆみが顔を向け合って頷いた。他の皆もうんうんと頷く。
迫真のバトル描写は燃え立つものがあったし、ムーディーな大人の香り漂う物語も素晴らしかったのだが、しかし肝心の戦闘シーンは死に華を咲かせに往く話であったのだ。
「こっちのほうも見てみようよ。こっちは一作目よりも戦闘シーンが多いって話だし」
そう言って梓が取り出したのは、『戦場の哲学者』シリーズの二作目だった。
タイトルは『鉄騎兵堕ちる』、であった。
第67話 『哲学者』
みほは叫んだ。
声高々と叫んだ。
「『ふらふら作戦』を開始します! ふらふらと敵を誘導、分断した上で、敵フラッグ分隊を直接叩くんです!」
これが、最後の作戦となるだろう。
ここまで生き残って来た大洗装甲騎兵道チームの一人一人に、緊張が奔る。
未だ鳴り止まぬハンマーキャノンの砲声にも負けぬ、みほの凛とした声が作戦の詳細を告げた。
「ウワバミさんを除く全分隊がこの任務に当ってください。敵の誘導の方法などは全て各分隊に一任します」
『ほう?』
『え?』
『ええぇっ!?』
『いいんですか?』
エルヴィンが、典子が、そど子が、梓がが一斉に戸惑い、聞き返す。
それはそうだろう。この大一番で重要な任務を各分隊長に委ねるというのだから。
「はい。皆さんに全てお任せします。全力で暴れまわって、相手をボコボコにして、カンカンに怒らせてください!」
みほはヘルメットの内側で微笑みながら言った。
その声には迷いがない。心から同じチームの仲間たちを信頼していなければ、出ては来ない声だった。
『そういう仕事ならば我らは適任だ! 古今東西のあらゆる軍略、試させてもらう!』
『解りました! 根性で喰らいついて、絶対に離しません!』
『……不良みたいなやり方は気に喰わないけど、学校のためなら規則を曲げるのも風紀委員よ!』
『解りました。敵の誘導、任せてください!』
活気と決意にあふれた返事を残して、通信は終わった。
もう言葉は必要ない。ただがむしゃらに、成すべきことを成すだけだ。
『ウワバミさん分隊は、あんこうに付いて来てください』
『りょーかい。西住さん最後の作戦、何をするにしても全力でやりとげるから』
『腕がなるねぇ!』
あんこう分隊五機、ウワバミ分隊四機で
皆が黙していた中、口を開いたのは麻子だった。
『……敢えて各分隊長に任せたのは、お姉さんに手の内を読まれないようにするためか?』
流石は麻子さん、とみほは舌を巻いた。
学園一の才女の洞察力は伊達ではない。
『どういうこと、麻子?』
『さっきの黒森峰の砲撃は、こっちの待ち伏せ箇所をピンポイントに狙い撃ちにしてきた。サンダースみたいに無線傍受を使ったのでなければ、西住さんの手の内を相手に読まれたと考えるしか無い』
『……みほさんもお姉さんも同じ西住流』
『でも、いくらお姉さんだからってそんな完璧にみぽりんのやること何て解るもんなの?』
『西住まほ選手であればこその芸当でしょう。西住殿を除けば、高校装甲騎兵道最強のボトムズ乗りですから』
皆の言う通りであった。
幼き時から身に沁みついた西住の流儀は、そう簡単に消えはしない。
母から流儀に適わずと放逐されようとも、この身、この身体に染みついた火薬の臭いが、 逃れられぬ過去を引き寄せる。
みほは知っている。西住流同士の勝負であれば、まほには勝てない、と。
ならば、西住流を捨てるしか無い。
「ここまで勝ち抜いてきた、みんなのボトムズ乗りとしての力……それは黒森峰にだってひけを取らない」
みほは、自分の想いを確かめるような、そんな調子で呟いた。
「私一人じゃ、絶対にここまで辿りつけなかったから。みんながいたからここまでここまで来れたから」
呟き声は、最後には大きな決意の声へと変わっていた。
「だから最後まで戦い抜くんです。みんなで!」
皆も、笑みが滲んだ声で同意した。
『任せて!』
『はい!』
『全力で頑張ります!』
『だな』
――◆Girls und Armored trooper◆
黒森峰砲兵隊はハンマーキャノンの運用数を一〇から五の半分に減らしながらも、依然砲撃を継続していた。
ひとえに、大洗の奇襲・待ち伏せ・不意打ちの効果を減ずる為である。
空から砲弾が降ってくるとなると、一箇所に腰を据えて待ち構えることも出来はしない。
いや、黒森峰が大洗チームの位置を掴んでいなければそれもできたかもしれない。だが黒森峰は、というよりも隊長の西住まほは大洗側の配置を見透かしていた。それに基づいて初撃で揺さぶりを仕掛けたのだ。
廃屋に隠れていた先鋒部隊も、その出口をハンマーキャノンで塞いでそのまま撃破した。
大洗側は怖気づいている筈だ。自分達の居場所が知れれば、待ち伏せは不可能になる。そうなれば数で劣る大洗には勝ち目はない――と。
実際には、最初の砲撃以降、攻め込んでいるブラッドサッカー隊の進行方向に露払いの一撃を叩き込んでいるのに過ぎない。最初の砲撃で相手も位置を変えた筈であり、そうなると次を読むのは西住まほでも難しい。しかし、そんなことは大洗が知る由もないことだった。
自分たちが狙い撃ちされるかもしれない。
空から必殺の砲撃が降ってくるかもしれない。
そう、思わせることが重要なのだ。
『こちら第11分隊! 大洗のAT部隊を発見しました! トータスタイプが5、いや6! 追撃します!』
分隊ごとの連携を重視し、各選手の回線は全開となっている。
それでいて通信が混乱しないのは黒森峰の訓練がなせる技だった。
「第11分隊へ。支援砲撃を行う。座標を指示されたし」
『こちら第11分隊。座標は――』
指定された箇所へと、ハンマーキャノンを向ける。
訓練に訓練を重ね、ハンマーキャノン用に特別にカスタマイズされたミッションディスクを備えた彼女らの砲撃は正確無比だ。ブラッドサッカー隊の攻撃がなくとも、位置さえわかれば自分たちだけで大洗を仕留められる。
少なくとも、砲兵隊を指揮する選手はその自信があった。
「照準良し! 十秒後に砲撃に入る!」
カウントダウンが開始される。
狙いは完璧だ。逃げる大洗のATの速度と、発射から着弾までのタイムラグを計算に入れた完璧な偏差砲撃だ。
「4、3、2、1――」
発射、と彼女は叫ぶつもりだったが、それは果たせなかった。
横合いから飛んできた砲弾にATを吹っ飛ばされ、二転、三転した所で白旗揚げて地に大の字に倒れたから。
驚いた砲兵隊が見れば、自分たちとよく似た――いや自分たちのATとほぼそっくりそのまま同じATが、カスタマイズされた黒塗りのスコープドッグがそこにいた。
――◆Girls und Armored trooper◆
「アタックだ!」
タイプ20の機動力を活かし、敵砲兵隊まで一直線に駆けてきたのはカエルさん分隊であった。
元黒森峰のATを駆っていたのが幸いした。
視界の悪い市街戦では、瞬時に敵味方の判別をするのは難しい。
市街地へと乗り込んできたブラッドサッカー隊の横をすり抜けて、砲兵隊まで肉薄できたのはそのお陰だった。
「そーれ!」
『『『そーれ!』』』
典子の号令一下、一斉にターボを吹かしてバレー部の少女たちは走る。
回る車輪が朽ちたアスファルトを削り、黒い砂埃をあげながら走る、走る。
「受けてみろー! 必殺の――」
苦し紛れにタイミングのズレた砲撃をぶっ放すと、黒森峰の砲兵隊ATは慌ててヘビィマシンガンを手にとった。
それは今やタイプ20を使いこなした、カエルさん分隊から見るとあまりにスローだった。
「バルカンセレクタースパイク!」
音声認識がトリッガーを弾き、典子の二丁機関銃が銃弾を吐き出す。
手近な黒森峰ドッグが叩きのめされる鉄のドラムと化し、耳をつんざく金属音を奏で響かせる。
『木の葉落とし!』
忍が投げ込んだAT用手榴弾は、東洋の魔女のサーブよろしくストンと砲兵隊の隊列中央に落ちて爆ぜ、何機ものスコープドッグを弾き飛ばす。
妙子のHRAT-23、あけびのソリッドシューターが追い打ちを仕掛ければ、精鋭黒森峰も為す術がない。
典子は現状をスパイクとサーブの両方を同時に晒されている状況と考えた。
ならばブロックと陽動は他の味方に任せ、自分たちはバックを狙う。
背中を突けば、必ず敵もこちらにATを繰り出してくるはずという典子の計算もあり、彼女らは強襲を決断した。
そして強襲は成功した。
一分と経たずして、黒森峰の砲兵隊は全機白旗を揚げていた。
「そのまま回転レシーブで行くぞ!」
『はいキャプテン!』
『行きましょうキャプテン!』
『今度はこっちがサービスエースですよキャプテン!』
弾の尽きたソリッドシューターを投げ捨てたあけびが、ハンマーキャノンを一丁背負うや否や、現れた時と同じ迅速さで、カエルさん分隊は市街地へと舞い戻る。
狙いは、黒森峰の背後を突くことだった。
――◆Girls und Armored trooper◆
カエルさん分隊が砲兵隊を攻撃していたのと同時に、ウサギさん分隊もブラッドサッカー隊と会敵していた。
「ーッ!? 危なかった……みんな大丈夫!?」
『だいじょうぶ!』
『転びかけたけど大丈夫!』
『あちこち穴だらけで危ないよも~』
『うわ! こっちにも穴が開いてる……ホントこの街、下がスカスカだ』
砲兵隊が苦し紛れに撃ったハンマーキャノンは、それでも彼女らの間近へと着弾し、薄っぺらい床板に穴を穿つ。穴を避けると同時に、背後よりの銃撃を躱しながら六機はあんこうから敵を引き離す格好で走り続ける。
『どんどん撃ってくるよー!』
『このヤロー! ミサイル撃つぞこのヤロー!』
『うっちゃえ! うっちゃえ!』
『撃っちゃえ~!』
「まだ待って! この距離で撃っても相手には当たらないよ!」
『……』
彼女らの駆るスタンディングトータスの両肩には、未だ一発も放たれぬままのミサイルにロケットが満載されている。ウサギさん分隊こそは大洗装甲騎兵道チーム随一の重火力部隊だ。
ここぞいう場面に備えて何とかここまで温存してきたが、いざとなるとその好機がやって来ない。
ここは入り組んだ市街地だ。遮蔽物は山程ある。それは敵弾を凌ぐ盾となる反面、味方の弾をも遮ってしまうのだ。
『でもこのままだと追いつかれちゃうじゃん!』
『くそう! ずるいぞ自分たちだけ足速いATなんか乗っちゃって!』
『ズルイぞ! ズルイぞ!』
『ずるい~♪』
「何とかして足止めしないと!」
しかしどうやって足止めしたものか。
煙幕弾は台地の戦いで使い切ってしまったし、生半可な射撃をしても弾が無駄になるだけだ。
かといって立ち止まるのは危ない。路地が狭いので全容は掴めないが、かなりの数が追ってきているらしい。
こちらが重装備と見て集中的に狙ってきているのだろう。
敵を誘い出すという作戦は果たせているが、このままではジリ貧だ。
「うわっと!?」
そうこう言っている内に、敵のミサイルが頭上を通り抜けて進む先の地面を穿ち、新たなる穴を開ける。
違法に積み重なったバラックの大地は、一発のミサイルで容易に破れる。
ポッカリと空いた口に、ATの脚でも嵌まれば抜け出せない!
「みんな、ジャンプ!」
ギリギリのタイミングながら、梓が跳んで超えれば、残りの五人も続く。
『えい!』
『あいぃっ!』
『どぉりゃぁぁー!』
『え~い!』
『……!』
「何とか乗り切った――って……え?」
皆無事に落とし穴を乗り切ったことに安堵する梓に、不意の通信が入る。
相手は――まさかの紗希だった。
『「鉄騎兵堕ちる」……』
滅多に喋らない彼女が、呟いたのはそんな一言。
この決勝戦の前夜、みんなで見た映画のサブタイトル。
だが梓には、この一言で十分に意味が通じた。
「そうか! ありがとう紗希!」
梓は隊の仲間へと向けて、紗希発案の『作戦』を披露した。
「ねぇみんな聞いて! 紗希が考えた作戦があるんだけど――」
――◆Girls und Armored trooper◆
黒森峰の追撃隊は、いよいよ逃げるトータス部隊を追い詰めていた。
開けた広場のようなその場所は、しかし入り口が一つしか無いどん詰まりだった。
あたふたと慌てるトータス達の背後から、次々と広場へ飛び込んでくるブラッドサッカーの群れ。
その数は20――いや25。
相当な数のATであるが、逃げるトータス部隊が重火力だったことがその理由だった。
僅かな反撃の芽も確実に摘むのが黒森峰式なのだから。
一斉にブラッディライフルの銃口を向ければ、相手もハッとした様子で振り返る。
照準を合わせたまま一歩一斉に前に出れば、相手は2歩後退して廃屋とジャンクの壁にぶつかった。
鋼の拳で叩いたり触ったりするが、逃亡を阻む障害はビクともしない。
わんさと背負ったミサイルを一発も撃つことを許さぬまま撃破できるのは幸いだった。
装甲騎兵道は基本的に攻撃が防御を遥かに凌駕する競技。弱小校のチームでもミサイルの一発で予期せぬ逆転をしてくる危険性が――。
(……?)
追撃隊の先陣を切っていたボトムズ乗りがふと気がついた。
そう言えば、後生大事に背負っていていたミサイルランチャーをどのATも装備していない。
どこに消えた? デッドウェイトと思って捨てて来たのか? だが一発も撃たずに?
(……!)
さらに気がついた事実。
追っていたトータスは全部で六機だった筈だが、今は五機しかいない。
「ッ!?」
おまけに気がついた事実。
敵のATはいずれも、ジャンクや廃屋をガッチリと握りしめて鋼の躰を支えている。
「マズイ!」
と、叫んだ時には全てが遅きに失していた。
浮遊感――。
爆音と共に、床が、地面が崩れ、消えた。
鉄騎兵が、黒鉄の鉄騎兵が堕ちる。
――◆Girls und Armored trooper◆
『紗希! 今だよ!』
梓からの合図と同時に、丸山紗希は得物のトリッガーを弾いた。
撃針が薬室を撃ち、爆ぜる液体火薬が弾丸を次々と吐き出していく。
ショートバレルのヘビィマシンガンが狙うのは、細い柱の根本に置かれたミサイルポッドにロケットポッド。
ただ一機広場の真下に潜った紗希は、薄っぺらい天井を、広場の床を支える柱を吹き飛ばす。
機関銃が爆薬を射抜けば、生じた爆発で今度は床板が崩れる。
地球の重力に従って落下する黒い鉄騎兵達は、降着の受け身を取る間もなく地階へと墜ち、落下の勢いでさらにもう一枚床をぶち抜いて底へと呑み込まれた。
紗希がセンサー越しに覗きこめば、累々と横たわったブラッドサッカーはいずれも白旗を揚げ、健在なものは一機もいない。
『やったね紗希!』
『凄いよ紗希ちゃん!』
『紗希ちゃん天才~!』
『戦場の哲学者だぁっ!』
『これで二五機……やった! やったんだ!』
梓命名『戦場の哲学者』作戦は見事に成功した。
映画の二作目、『鉄騎兵堕ちる』のラストシーンで主人公フィローは、迫り来るブラッドサッカーの大群を、爆薬で地面をふっ飛ばし、廃坑道の奈落に突き落とすことで勝利した。
この作戦は、そのシーンの再現だった。
紗希以外の、地上に残って敵を誘き寄せる組はいずれも壁面にしがみついて、落下を免れている。
全機健在でこの戦果。
みほから任された務めを、ウサギさん分隊の少女たちは見事に達成していた。
「……」
紗希はいつも通り静かに、しかし微笑みを浮かべながら、用心金に鋼の指を引っ掛け、クルリと機関銃をスピンさせるのだった。
――◆Girls und Armored trooper◆
『すごいです西住殿! ウサギさん分隊が一気に二十五機撃破です!』
『凄い! 凄いよ! あの娘達!』
『わたくし、感激です』
『勝利の目が見えてきたな』
優花里が興奮して叫び、沙織と華は鋼の掌でハイタッチし、冷静な麻子の声にも喜びが滲んでいる。
みほも後輩たちの活躍に胸が鳴る想いだった。
しかし、そんな彼女らの喜びも、直後に掛けられた冷水によって押し流される。
突如、怒涛と流れた赤いキルログの連なりに、みほ達は思わず息を呑んだ。
――『O-arai Lark-1』
――『O-arai Lark-2』
――『O-arai Lark-3』
――『O-arai Rooster-1』
――『O-arai Rooster-2』
――『O-arai Rooster-3』
意味する所は、ヒバリさん、そしてニワトリさん分隊の全滅に他ならなかった。
燃えたぎる闘志を持つ娘が、座標を定めて走り始めた
宿敵、好敵手、超えるべき壁、邪道を選んだ者、あるいは我がかつての戦友
壮烈な決意が、自らを加速させる。決着を、この手に
次回『修羅』 蒼の鉄騎兵が、みほを狙う
『戦略大作戦』に代わっての『戦場の哲学者』
映像化するのを夢に見ています
第一話『絢爛たる葬列』は矢立文庫にて読むことができます