ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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第69話 『決着』後編

 

 

 ――捉えた! と、胸中には優花里は叫んだ。

 モニターに映しだされたコンバットプログラムのガイドと、実際のストライクドッグの動きが完全に重なり合う。

 優花里は、トリッガーを弾いた。

 

「!?」

 

 そして度肝を抜かれた。

 照準は完全に合っていた。

 専用に組まれたメモリーは完璧にエリカの動きをトレースし、100%命中するコースを示していた。

 ――にも関わらず弾は標的を素通りし、何もない空間を通って廃屋の壁を穿つ。

 同時に、機体へと走る衝撃。操縦席が揺らぎ、意識を揺さぶられる。

 こちらの弾を避けると同時に、ストライクドッグは反撃を仕掛けていたのだ!

 ソリッドシューターの真鍮色の砲弾が左肩に突き刺さり、一撃で左腕をまるごともぎ取っていった。

 鋼の骨格を覆うシートは当然のように防御力は皆無で、マッスルシリンダーやシャーシ諸共に千切れ飛ぶ。

 ギリギリまで重量を削ったがために、衝撃には弱いのに加えて、片腕になって重心がズれ、バランスが崩れる。

 優花里は半ば反射的に操縦桿を切りつつ、左ペダルを踏み込んだ。

 半回転運動で反動を逃がしながら、追い打ちのソリッドシューターを回避する。

 相手へと向き直ると同時に牽制の銃撃。ガトリングガンで弾幕を張れば、さしものストライクドッグも追撃を諦める。

 

(今度こそ!)

 

 優花里は再度、ミッションディスクに従って必殺の攻撃を仕掛けた。

 何故かギリギリの所で先の攻撃は外れた。だが、みほの組み上げたコンバットプログラムは完璧だ。

 ならば、次こそは当ててみせる――。

 右操縦レバーの先端。そこに備わったカバーを指先で撥ね上げる。

 顕になった赤いボタンへと親指を当てる。

 回転銃身すら焼き切れる程のバルカンセレクターを、叩き込む。これならば外しようもない。

 白い格子模様の中を、陽炎のように左右に揺れるストライクドッグは一見捉えようがないが、しかしその動きを数列と矢印のガイドは漏れ無く先読みしている。

 

「今!」

 

 叫ぶと同時に、親指で赤いボタンを押しこむ。

 三連の銃身はフル回転し、弾幕は嵐のように蒼い影を撃つ。

 そう影だ。

 撃ったのは影に過ぎない。

 

「くっ!?」

 

 あるいは、心のどこかで気づいていたからだろうか。

 コチラの銃撃に合わせた11mm機銃弾は間一髪の所で避ける。

 ピンチは凌いだ。だが、優花里の焦りは消えない。

 いや、むしろいよいよ追い詰められている。

 

(やはり――)

 

 認めざるを得ない。

 相手が、逸見エリカが、こちらが動きを読んでいることに気づいていることを。

 そして、その動きがミッションディスクのプログラム予測を超えつつあることを。

 

 

 

 

 

「よし!」

 

 と、エリカは思わず声に出して快哉していた。

 二度目の反撃は外れこそしたが、既に相手の左手は奪っている。

 この調子で攻め立てれば、防御を捨てた相手だ、時を要せずして撃破できるだろう。

 ライトスコープドッグのような軽量級を使いこなすには、まず何よりも強い精神力が不可欠だ。

 被弾の恐怖に呑まれず、相手を果敢に攻撃し続ける……そんな心が必要なのだ。

 エリカは、機体の動きを通して伝わる優花里の動揺を感じ取っていた。

 今はうまい具合に抑え込んでいるらしいが、必ず動きが乱れ、崩れる時が来る。そこをすかさず、叩くまで。

 

「……ハァ……ハァ……ハァ」

 

 ヘルメットの中を満たすのは、自分自身の吐息だ。

 自分の声なのに、それをうるさいと思いながらも止めることができない。

 汗が髪先を伝い、額や頬を湿らせるのもうっとおしい。だが、拭っている暇もない。

 

(……正直、この戦法はコッチもキツイわね)

 

 本能に反して動くことがかくも大変であったとは――

 エリカほどのボトムズ乗りとなれば、戦い方というものは躰に染み付いている。

 訓練に次ぐ訓練で、骨の髄まで叩きこまれたAT操作は、その殆どが反射的なモノだ。

 その反射を意識で抑え、逆らうのは至難の業だった。

 だが、その見返りは極めて大きい。

 

(戸惑ってるでしょうね、優花里は。何故、アイツが作ったプログラム通りにコッチが動かないかって)

 

 優花里に動きが読まれていると理解してしまえば、その手品の種に感づくまでさほど時間は掛からなかった

 当然だ。相手の指揮官が西住みほであることを思えば、答えは一目瞭然なのだ。

 みほはATを操ることについては自分や隊長には及ばない。しかしミッションディスクを組んだりATをカスタマイズしたりといった分野に関してはピカイチの能力を持っている。おまけに自分とアイツとはそれなりに付き合いも長い。コッチの操縦の癖は知り尽くされていると言っていい。ならば、対自分用のメモリーを用意されていても何も不思議ではない。黒森峰時代にも、他校のエースへの対策プログラムを組んでいたから間違いあるまい。

 

(アイツのプログラムは本当によく出来ている。コッチの動きは完全に読まれている筈。ならば――)

 

 ――ならば、自分の本来の動きとは『逆』を行くまで。

 

 

 

 

「くっ!?」

 

 またも相手はこちらの照準より外れた。

 銃弾は虚しく空を撃ち、弾倉の中身は着々と消費されていく。

 背負ったドラム型弾倉にはありったけの弾薬を詰め込んできたが、残りは今や心もとない。

 弾が切れればいよいよオシマイだ。逸見エリカに片手のアームパンチだけで勝てるわけがないのだから。

 今や、ミッションディスクはその用をなしてはいなかった。

 エリカはコンバットプログラムとは全く逆の動きでコンピューターを翻弄し、実際の動きとメモリーの動きの違いにエラーを吐き出し始めている。

 画面の端をデバッグログのアストラーダ文字が流れ続け、とどまるところを知らない。

 弾幕を張って稼いだ間に、視界をコックピット内へと戻せば、嫌な色の煙がスロット部から吹き出していた。

 慌ててイジェクトボタンを押せば、焼き付いたミッションディスクは弾き出され、優花里の足元へと転がった。

 視界をATのセンサーとを再リンクさせれば、アストラーダ文字も数列も方向指示も白いグリッド線も消えていた。

 もう、『みほ』の助けは借りられない。

 

(だったら!)

 

 優花里は二本のレバーを握りしめた。

 手袋の内側が、手汗に滲む。

 あとは、自分独りの力で戦うしか無い。

 

 

 

 

 

 エリカは優花里を追い詰めていた。

 動きは精彩を欠き、射撃は精度を失い、大雑把に弾幕を張ってストライクドッグの接近を阻むだけ。

 もう少しだ。あとは隙を逃さず突いて、白旗を掴み取るだけだ。

 

「随分と頑張ってくれたけど……これで終わりよ優花里!」

 

 声に出して叫ぶエリカの顔は、獰猛な笑みを浮かべていた。

 このパジャマ姿のスコープドッグを倒すことの意味は、単に秋山優花里という少女を撃破した、ということに留まらない。彼女が使っていたであろうコンバットプログラムをエリカが超えたということであり、それはすなわちエリカが『みほ』を超えたことを意味しているのだ。

 ――勝てる。アイツに勝てる!

 そうエリカは確信していた。今や自分は、アイツの読みを超越しつつある。

 

「貴女をぶっ飛ばして、隊長のもとへ、アイツのところへと行かせてもらうわ!」

 

 いよいよ動きが乱れたパジャマドッグへと、ストライクドッグは肉薄した。

 11mm機銃を乱射すれば、ぎりぎりの所で致命傷は避けるも、表面のシートは次々と引き裂かれる。

 終いには、マッスルシリンダーと骨格が剥き出しの姿が晒される。身を守るモノは何も無い。

 

「沈みなさい!」

 

 トドメはソリッドシューターで――と思い構え照準を合わせれば、カメラの先で不意に見せた優花里の動きは、今までのモノとは全く違ったものだった。

 背部のドラム弾倉をパージし、ガトリングガンとのベルトリンクも切り離す。

 余計な重しを取り去った骨組みだけのATのスピードは更に増し、エリカの視界からたちまち走り去る。

 

「ッッッ!」

 

 慌てて、カメラを回し、その姿を追う。

 視界にATを捉えた時には、枯れ木のようなスコープドッグは既にコチラに銃口を向け終えていた。

 だが、肝心の弾薬は既に相手自身が捨て去ってしまっている。弾の切れた得物で一体何をする?

 装甲を取り去ってしまっているために、そのマッスルシリンダーの動きはエリカにもよく見えた。

 何をしようとしているのかはすぐに解った。

 だから即座にペダルを踏み込んだが――遅かった。

 カートリッジ内部の液体火薬が爆ぜ、その圧力は拳を前へと突き出す。

 同時に手のひらはパッと開いて、ガトリングガンを手放せば、アームパンチの勢いで銃身が弾丸のように射出される。狙いはエリカの駆るストライクドッグ――ではなく、右手に構えたソリッドシューター、その弾倉部。

 機体の外側に大きくせり出したその部分への攻撃は、エリカの操縦技術を以ってしても狙いを外すに至らない。

 直撃し、弾倉がひしゃげる。衝撃は内部の残弾へと伝わり、花火を投げ込んだ弾薬庫さながらに弾け飛ぶだろう。

 エリカは、右レバーを思い切り横へと切った。

 ソリッドシューターは手放されたが、しかし完全に安全圏へと放られる前に爆裂。

 破片と爆煙の直撃を受けた右腕へのダメージに、警告アラームが鼓膜を乱打し、画面の端で警告メッセージが赤く点滅する。だが、エリカはそのどちらにも注意を向けてはいなかった。突進してくる優花里を迎え撃つために、ただ彼女の方だけを見ていた。

 右腕は使えない。左腕を構えながら、エリカは両ペダルを踏み込んで優花里目掛けて加速、彼我の距離はたちまちゼロになる。

 ――両者がアームパンチを放ったそのタイミングは、全くの同一だった。ならば相討ちか。

 

「……危なかった」

 

 否。勝ったのは逸見エリカだった。

 鉤爪にカメラを砕かれたスコープドッグが地に倒れ、頭頂から白旗を揚げていた。

 

「……」

 

 エリカが想うのは、画面をいっぱいに埋め尽くした優花里の鋼の拳。

 そのままセンサーを叩き割るその直前、エリカのアイアンクローの方が先にそれを為した。

 勝因は単純明快。M級ATとH級ATの、その大きさの差、腕の長さの差から来るリーチの優位に過ぎない。

 つまり、同じドッグタイプの勝負だったら、共に地に倒れていただろう。

 

「……やるじゃないの」

 

 エリカは機能停止した右腕を引きちぎりながら、優花里への賞賛を呟いた。

 最後の彼女の動きは、プログラムに依らない彼女自身の動きだった。

 その動きが、ストライクドッグの右腕を持って行ったのだ。

 エリカは表情を引き締めた。

 プログラムはプログラムに過ぎない。AT戦の勝敗を分かつのは結局、乗り手だ。

 みほのプログラムを超えたからといって、みほを超えたことにはならない――。

 そんなことを考えながら、エリカはアリーナへと向けて機体を走らせた。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 ――『O-arai Angler-4』

『みぽりん!』

「……」

 

 キルログを通じて、みほ達は優花里が撃破された事実を知った。 

 ほんの十数秒前に、麻子の撃破を告げるキルログが、爆音と共に流れてきたばかりだというのに。

 これであんこう分隊の残存数は3。だが、このアリーナに今居るのはみほと沙織の二機に過ぎない。

 こちらは相手の護衛機を二機撃破した。

 これで2対2。

 数の上では同じだが、実質的には相手のほうが優位。

 最新鋭のブラッドサッカー二機に対して、ジャンクの寄せ集めのオンボロドッグタイプが二機。

 他の黒森峰選手と異なり、まほとその僚機のボトムズ乗りは完璧にこの黒い騎兵を乗りこなしている。

 つまり、ブラッドサッカーの優れた性能を最大限に引き出すことが出来るということだ。

 

 ――『O-arai Frog-2』

 ――『O-arai Rabbit-4』

『また!? 一気に二機も!』

 

 そうこう言っている間に、新たなキルログが画面端を流れた。

 カエルさん分隊の二番機に、ウサギさん分隊の四番機と言えば、忍にあやの二人だ。

 合わせて黒森峰数機のキルログが流れたのが、彼女らの奮闘を示していたが、しかし、陽動班が敵を引きつけられるのも限界が近いのは明らかだった。

 

「何とかして、相手の護衛機を先に撃破できれば……一対二に持ち込めさえすれば……」

『……』

 

 切迫した声で呟くみほに、沙織は何も応えない。

 鋼鉄の装甲に包まれてその顔は覗えないがしかし、無線の向こう側で意を決したように沙織が息を呑むのが、みほの耳には聞こえていた。

 

『――ねぇみぽりん』

 

 沙織は息を大いに吐き出してから言った。

 

 

 

 

 まほと僚機の二機のブラッドサッカーは、目的地であった試合場の中央部へと到達していた。

 バリケードの迷路のなかにあって、そこだけが開けた円形の広場となり、幾つもの迷宮への入り口と繋がっている。

 

「……」

 

 まほはATの左腕を掲げ、鋼のハンドシグナルで後続機へと停止を促した。

 僚機のブラッドサッカーと、背中合わせの形で、広場の中央部を陣取る。

 これでどの方向から攻撃を仕掛けてこようとも、不意を撃たれることはない。

 

「ここで相手を待つ」

『……仕掛けてくるでしょうか。こうもあからさまだと罠だと疑うのでは?』

「必ず来る。いや、大洗は来ざるを得ない」

 

 フラッグ機を射止める絶好のこの機会を逃せば、陽動部隊を壊滅させたブラッドサッカーの大軍がここに雪崩れ込む。そうなってしまえば大洗はお終いだ。だから来る。大洗は、みほは必ず来る。

 そんなまほの読みは、まさに的中した。

 

「来た!」

『こちらからも!』

 

 挟み撃ちのつもりか、まほから見て前方と斜め右後方から攻撃。

 まほの正面に現れたのは、意外にもみほが駆る奇怪なカスタム機ではなく、左肩を赤く塗ったレッドショルダーもどきだった。

 まほの記憶では、あれを駆るのは大洗のフラッグ分隊では一番操縦技術に劣るボトムズ乗りの筈だ。

 それが何故、自分の方へと向かってくるのか。

 囮か何かのつもりだろうが、関係はない。まほは相手が乱射してくる腰部機銃もミサイルも必要なものだけ回避しながら、照準を合わせ、トリッガーを弾いた。

 

「!?」

 

 ブラッディライフルの銃弾は、バリケードに風穴を開けた。だがそれだけだ。

 まほは即座に逃れた相手を追い、再度照準を合わせ、銃撃。

 穿たれる壁。やはり――当たらない!?

 

(ミッションディスクか!)

 

 流石は姉といった所か、まほはみほの繰り出してきた仕掛けをすぐさま見破っていた。

 あの赤肩もどきが見せたのは、ギリギリの所で相手の照準を外す急速ターンで、それ自体は特別な技法でもないが、問題はその反応速度。生身の人間の操縦では到底不可能な機動であったのだ。

 つまりは機械仕掛け。

 それにあの乗り手の体のことを無視したような急な制動。

 間違いなく相手は、『ラビット』と呼ばれる無人操縦AT!

 

(ならば乗り手は――!)

 

 まほは気がついた。自分を翻弄せんと動き回る偽物のレッドショルダーの右手が空になっているのに。

 最初から何も無かったか? いや、最初にこのアリーナでみほ達と対面した時、あの左赤肩も何か得物を持っていた筈だった。それは何だ?

 その答えは、横殴りに襲いかかるロケット弾が教えてくれた。

 

(『HRAT-23』!)

 

 バリケードの壁の僅かな隙間、壁と壁の陰に密かに置かれた四砲身の武器の名は、確かにまほの言う通りだった。HRAT-23 ハンディロケットガン。それがこの武器の名前だ。

 AT用にしつらえられたトリッガーを、全体重と力をかけて押しこんでいるのは、耐圧服姿の武部沙織に他ならなかった。

  

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 みほの放ったヘビィマシンガンの銃弾が、まほの僚機のブラッドサッカーのカメラアイを撃ち破り、センサーの破片を撒き散らしながら白旗を揚げる。

 崩れ落ちる黒いATの向こう側に、脚部に生じた爆発と、地面に開けられた窪みによって転倒する、右肩の赤いブラッドサッカーの姿が見えていた。

 西住まほ。私、西住みほの姉にして、黒森峰女学園装甲騎兵道チーム隊長。すなわち、相手チームのフラッグ機。それが今、目前で転倒している。

 絶好の、待ちに待った好機。

 みほは確実なる撃破を期すために、背部のドロッパーズ・フォールディング・ガンを展開、転ぶブラッドサッカーへと照準を合わせる。

 横殴りのロケット弾は止まっていた。もともとHRAT-23は装弾数が少ないのだ。そして生身の沙織にはAT用火器のマガジンチェンジは流石に無理だった。

 脳裏に浮かぶのは、ほんの数分前のこと。

 沙織が、自分へと向けた言葉。それからのやりとり。

 

『私が囮になるから、その隙にみぽりんはお姉さんをやっつけて』

『そんな……沙織さん!』

『私の実力じゃ、正直お姉さんたちの相手をするのは厳しいかなって。撃墜スコア、何気に今回ゼロなんだもん。……でも、私だってみぽりんの役に立ちたいし』

 

 沙織はハッチを開き、バイザーを上げて、直接自分の眼でみほの方を見て言った。

 みほもハッチを開いて沙織の視線を受け止めた。いつも明るくて、どことなく緩い雰囲気の沙織だが、今彼女がみほへと向けている視線は真剣そのものだった。

 

『……こんなのも一応作って持ってきてたけど、役に立つ場面もなかったし。今の私に出来そうなのは、囮ぐらいしかないんだもんね』

 

 みほが余りにも悲痛な表情で見返してくるからか、沙織は耐圧服付属のポーチから取り出した小さなノートを、照れ隠しもように笑いながらみほへと開いて見せた。

 それが何かはみほは知っていた。

 優花里にいろいろとアドバイスを受けながら、しかし沙織が独力で作り上げたATや装備品のスペックデータブックだった。彼女が楽しげにATのイラストを描いていたのを、みほは良く覚えている。

 今、開かれていたのは、AT装備品の一覧表のページだった。

 ずらりと並んだ武器の名前と、可愛らしいミニイラストと、簡単なスペックデータ、そして沙織らしい一言コメントがカラフルに書き込まれているそのページの中に、『HRAT-23 ハンディロケットガン』の項目があった。何故か、みほの眼はその項目の所で止まった。それは、沙織のレッドショルダーカスタムが、今回の試合で右手の装備品としているものだった。沙織は、こんな一言コメントを添えてあった。

 ――反動小さいらしい。使いやすそう。

 その一言で、みほは作戦を閃いた。

 

(囮のATは、対お姉ちゃん用MDでラビットにして、本命は沙織さんの機甲猟兵アタック!)

 

 HRAT-23 ハンディロケットガンは生身の人間でもトリッガーを押しこめば発砲できる。

 しかも、ロケット弾を使うお陰で反動はほぼない。だから機甲猟兵もこれを砲のように使うことが可能なのだ。

 作戦は見事に成功した。

 必死に機体を起こそうとするブラッドサッカーの挙動は極めて素早いものだったが、だがみほの照準から逃れるにはもう遅すぎた。

 ターゲットマーカーが赤く点灯し、完全にロックオンしたことをみほへと告げた。

 みほはトリッガーボタンを押し込んだ。

 それで、全てが終わる――筈だった。

 

「くぅっ!?」

 

 突然機体に走る衝撃に、みほは思わず眼を瞑っていた。

 コンマ一秒も経たぬうちにハッと双眸を見開けば、機体の状況を知らせるべく、画面の端に機体の略図が表示される。だから、何が起こったかはすぐに解った。

 ドロッパーズ・フォールディング・ガンが破損している。

 砲身は吹っ飛ばされ、発射は不可能になっていた。

 なんで!? ――と疑問に思う間もなく、『頭上』からの銃撃が降り注ぎ、みほは必死に機体を左右に振って攻撃を回避する。

 11mmの機銃弾に追加装甲板が何枚か吹き飛ばされるなか、みほは足の角度を微妙に変えることで銃撃の源を仰ぎ見た。

 アリーナの観客席に、座席を踏み潰しながら仁王立ちし、マシンガンを乱射してくる蒼い影ひとつ。

 

「エリカさん!」

 

 みほは思わず、右腕のないストライクドッグを駆るボトムズ乗りの名を呼んでいた。

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「みほぉぉぉぉっ!」

 

 みほが呼ぶのに応えたわけでもないが、偶然、エリカも同時にみほの名を叫んでいた。

 そして、アリーナの中央部目掛け機体を宙へと向けて跳び上がらせた。

 ストライクドッグは空間戦闘をも想定した高性能機である。宙を舞うための機能も、当然備わっている。

 背部ミッションパックに備わったスラスターが点火し、ほんの数秒であるが鋼鉄の塊に空を駆けさせる。

 エリカはこれまで、背部、そして脚部両外側にも備わったロケットブースターを、擬似ジェットローラーダッシュ用にしか使ってこなかった。宇宙での試合や低重力下での戦いならいざしらず、地球の大地の上でこの『飛行機能』を使う場面などある理由無いと思っていた。

 だが、優花里が空をATで滑空して見せた時、エリカのなかの常識がひとつ崩れた。

 ATは地上でも空を飛べる。ならば自分にも出来るはずだ――。エリカは実際に跳んでみた。 

 まずは外からアリーナの観客席目掛けて。次は観客席からコロッセオの中央部へと。

 

「ハァァァァァァッ!」

 

 空中にいる間に狙い撃ちされるのを避けるべく、エリカは銃撃を続けながら跳んだ。

 みほは何とか11mm機銃弾の雨を凌いで機体を退ければ、その隙にまほのブラッドサッカーは立ち上がって距離をとる。

 隊長の窮地を救ったことを確認しながら、エリカはひとっ飛びに迷宮の中央部、広場のど真ん中へと着地した。

 着地した同時にローラーダッシュ。スラスター用の燃料を全て使い切る、背部ジェットのジェットローラーダッシュでみほとの間合いを詰める。

 後退したみほは態勢を立て直し、エリカを迎え撃つべく前進していた。

 左腕の機銃の残弾はもうない。アイアンクローだけがエリカに残された最後の武器だった。

 だから、この一撃でアイツを撃破する。

 みほとエリカの間の距離は一瞬で消滅し、網膜へと投影されるストライクドッグの視界も、マークⅣスペシャルの姿で埋まってしまう。

 エリカは、ぎりぎりのタイミングで右ペダルを放した。

 右のグライディングホイールが停止し、ちょうどターンピックを打ったのと同じ要領で機体の右側を縫い止める。

 左のペダルをもっと強く踏み込めば、右の軸足を中心に右半回転。

 機体が真横を向いた時には、左腕は真っ直ぐ横へと、つまりみほの方へと向いていた。

 アームパンチ。薬莢が吐き出され、鉄の爪が伸びる。

 

 

 

 みほは、鉄の爪に対するのに、鉄の爪を用いていた。

 Mk.Ⅳスペシャルの左肩のシールドの先端には、クローアームが備わっている。

 『ジャイアントスラッシュクロー』と呼ばれるこの装備は、Mk.Ⅳスペシャルの原型機となったスラッシュドッグの名前の由来だ。

 本家の本物のジャイアントスラッシュクローとは異なり、Mk.Ⅳスペシャルのものはジャンクで作った模造品に過ぎない。鉄の爪同士がぶつかり合えば、真作たるストライクドッグが勝利する。

 Mk.Ⅳスペシャルのクローアームはひしゃげ、シールドは剥ぎ取られた。

 それがみほの狙いだった。シールドを犠牲にして、反撃の機を作る。

 シールドが千切り取られるのと同時に、みほは機体を加速させた。

 ストライクドッグの背部を通り抜けると同時にターンピックで機体を反転、エリカの右側面をとった。

 優花里によって破壊され、それ故にエリカ自らが腕を引きちぎった右側面には、身を守るものなど何も無い。

 アームパンチを一発。だが装甲の継ぎ目を狙った一発は、撃破判定を引き出すには十分な威力があった。

 

 ――ストライクドッグの頭頂部から、白旗が揚がる。

 蒼い猛犬の躰が、アリーナの砂の上へと沈み込む。

 

 だが、みほはそれを最後まで確認することもせずに、ATを再反転させた。

 窮地を脱したまほが、攻撃に転じるのは解っているのだから。

 みほが向き直れば、『ラビット』となっていたレッドショルダーカスタムが撃破された所であった。

 まほのブラッドサッカーが、銃口をみほへと向けた。

 みほのMk.Ⅳスペシャルが、銃口をまほへと向けた。

 数秒睨み合う。

 睨み合ったあと、姉妹らしく、同時にトリッガーを弾き、同時に戦いの口火を切った。

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 沙織は、やきもきしながら姉妹の決闘を様子を観ていた。

 ATを失い、ただの機甲猟兵となった彼女には、ただ観ているだけしかできなかった。

 頼みのHRAT-23は弾切れ。予備弾倉はない。あったとしても交換する術もない。

 アーマーマグナムは自分用にも一丁携えているが、こんなものはみほのような軍神染みたボトムズ乗りが使うから意味があるものなのだ。自分が使っても豆鉄砲にしかならない。

 

「どうしよう。どうしよう」

 

 沙織は思わず声に出してオロオロと慌てていた。

 友を信じる心の篤い彼女が、姉妹の戦いをじっと見守る、心の余裕がないのには訳がある

 

 ――『O-arai Frog-3』

 ――『O-arai Rabbit-5』

 

 妙子と優季の撃破を知らせるキルログが、流れたのはほんの数秒前のこと。

 着々と味方は減り、それは敵がここへと迫ることを意味する。

 まだウワバミ分隊などは一機も欠けずに頑張っているが、そんな彼女らも黒森峰の総攻撃には長く保たない。

 

 ――『O-arai Frog-4』

 ――『O-arai Rabbit-2』

 

 今度はあけびとあやの撃破を知らせるキルログだ。

 カエルさん分隊などは、これでもう典子駆る一機しか残っていない計算になる。

 さらにみほの方はと言えば、赤い肩のブラッドサッカーに押され始めていた。

 追加装甲が全て吹き飛ばされ、本体が剥き出しになっている。

 

「うぅぅぅぅ~」

 

 考えろ。考えろ沙織。今の自分が出来ることはなんだ?

 沙織はポーチの中に手を突っ込んで探ってみた。何か、何か役に立ちそうなモノは――。

 

「!」

 

 沙織がつかみとったのは、愛用の携帯通信機だった。

 女子高生らしい可愛いデザインのそれを展開し、沙織はリダイアル履歴からその名を探した。

 目当ての名は、すぐに見つかった。

 彼女は電話をかけた。相手はすぐに出た。

 

「もしもし! 今電話しても大丈夫!?」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 新たなキルログが流れだしたのは、みほがブラッディライフルの銃撃を避けて、バリケードの裏に逃げ込んだ直後のことだった。

 

 ――『O-arai Frog-1』

 ――『O-arai Rabbit-3』

 

 カエルさん分隊の全滅と、桂利奈の撃破をキルログが知らせた。

 ウサギさん分隊も、生き残っているのはもう梓と紗希の二人だけだった。

 タイムリミットはあと僅か。

 だが旗色は悪い。一対一では、やはりまほはみほに優っている。

 壁越しに浴びせかけられる銃撃をローラーダッシュで回避しながら、みほは必死に反撃の策を考える。

 だが、思いつかない。実質バトリングのこの状況下で、まほに打ち勝つイメージが思い描けない。

 

「――」

 

 絶望に沈みそうになったみほの意識を、引っ張りあげたのは聞き慣れた電子音だった。

 それは、こんな状況下で鳴り響くのは余りに似つかわしくない音色だった。

 みほの、携帯通信機の着信音だ。

 ATを操りながらも、みほは携帯通信機をポケットから取り出した。

 こんな状況下で電話が鳴るなど、何かの冗談のようであったが、かけてきた相手の名を見て、そんな思いは吹き飛んだ。

 沙織が、こんな状況で冗談など言うはずもない。

 

「沙織さん!?」

『みぽりん! 今から私の指示する場所へと全速力で向かって!』

「わかったよ沙織さん!」

 

 即答だった。

 

「お姉ちゃんから、逃げたいけど逃げれない感じで逃げれば良い!?」

『そんな感じ! とにかくお姉さんを私の言う所まで頑張って引っ張ってきて!』

 

 沙織の開口一番の言葉の内容から、これが誘導作戦のたぐいだということはすぐ察しがついた。

 問題は、どこに、何のために誘いだすのか。

 

「走りながら聞くから、説明して沙織さん!」

『わかったみぽりん! アリーナの外には――』

 

 

 

 

 

 

「……逃げたか?」

 

 どうもそうであるらしい。

 迷路の中を必死に駆け巡るみほの背を追いながら、まほはこの勝負の終わりが近づいているのを感じていた。

 みほはもう万策尽きた様子であった。大洗のATは着々と撃破され、黒森峰との数差は歴然として覆し難い。

 

「……」

 

 まほはやや残念な心持ちだった。

 我流を以って王道に挑むみほの挑戦が、こうも冴えない結末を迎えようとしている様に。

 

 

 

 

 

 

 

 みほは迷路を抜けると、アリーナの出口へと向けて一直線に走った。

 直後に、まほも迷路を突破してみほの後を追う。

 

 ――『O-arai Rabbit-1』

 ――『O-arai Rabbit-6』

 

 梓と紗希が撃破されたと、キルログが知らせた。

 いよいよ、ウサギさん分隊も全滅したことになる。

 だが構わずみほは闇のトンネルを駆け抜ける。

 続けてトンネルに入ったまほは、ブラッディライフルのマガジンを交換すると、三点バーストで射撃した。

 マズルフラッシュに闇が裂かれ、一瞬一瞬、二機のATの姿が顕になるが、すぐに闇が追う者と追われる者を隠してしまう。

 

 ――『O-arai Python-2』

 

 ウワバミさん分隊にもついに撃破される者が現れたらしい。

 100mmの装甲を以って黒森峰のAT達を食い止めていた彼女らのなかで、最初に脱落したのはスズキだった。

 みほは、トンネルを駆け抜け、外へと出た。

 まほも、続けてトンネルを抜け出た。

 

 ――『O-arai Python-3』

 

 次に脱落したのはホシノだった。

 みほは反転し、ヘビィマシンガンを射かけた。

 

 ――『O-arai Python-4』

 

 次に脱落したのはツチヤだった。

 まほが反撃し、Mk.Ⅳスペシャルの左手が完全に吹き飛んだ。

 ブーケスタンドでみほは転倒だけは免れる。

 

 ――『O-arai Python-1』

 

 最後に脱落したのはナカジマだった。

 これで大洗生き残りは、あんこう分隊だけになった。

 だがカシンと空の薬室を撃鉄が打つ虚しい音が鳴り響き、みほのヘビィマシンガンの弾切れを告げた。

 左腕の吹っ飛んだみほにはもう、マガジンチェンジはできない。

 まほは、トドメの刺すべく、照準を合わせた。

 トリッガーを弾いた。

 銃弾は、みほが咄嗟に掲げたヘビィマシンガンを撃ち、これを破砕せしめた。

 もう身を守るモノは無い。

 まほはトリッガーを再度――。

 

「!」

 

 みほが、不意に降着をした。

 機体が照準から外れ、視界から消える。

 代わって新たな機影が、まほの視界へと入り込んでくる。

 

「――」

 

 まほは驚愕に息を呑んだ。

 そこにいたのは、満身創痍の一機のスコープドッグ。

 左腕は吹き飛び、脚部は半壊状態。カメラアイは破砕され、通信アンテナはへし折れている。

 だが、この藤色のスコープドッグはまだ生きていた。

 逸見エリカがの僚機たる三匹のカミツキ亀との死闘を切り抜け、生き延びていた。

 そして残った右手で、まだソリッドシューターを構えていた。

 開かれたバイザー部から、そのスコープドッグの乗り手、五十鈴華は肉眼で照準を合わせた。

 華はトリッガーを弾いた。まほもトリッガーを弾いた。

 だが、極わずか、ほんの僅かだけ華のほうが速かった。

 真鍮色の砲弾は真っ直ぐに、ブラッドサッカーの胸部へと撃ち込まれた。

 

 ――数秒後、審判が判定を下した。

 

『有効。よって――大洗女子学園の、勝利! 』

 

 

 






 宇宙の闇の中、銀河の果ての惑星の上を走る光
 6000年の歴史の中、瞬いては消え、瞬いては消えた無数の流れ星
 その一つに人々が見たものは、愛、戦い、友情
 今、全てが終わり、駆け抜ける喜び
 今、全ての始まり。きらめきの中に、闘志が生まれる
 最終回、『優勝』 嗚呼、まさにその名のごとくに

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