ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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stage06  『ベース』

 

 

 夜が明けると同時、鶏が鳴くよりも早く、起床を告げる喇叭が鳴り響く。

 それは知波単学園艦の甲板上に、余すことなく鳴り響く。

 

「起床!」

「起床!」

「起床!」

「起床であります!」

 

 知波単女子達の朝は早い。

 学期中であろうと休業中であろうと、常に夜明けと共に目覚め、かといって早寝をする訳でもない。

 厳しいながらも規則正しい、質実剛健たる校風を反映した生活秩序がそこにある。

 絹代が跳ね起きるとほぼ同時に、その後輩たちも寝床から跳ね起きる。

 その寝間着は着替えやすい極めて簡素なものだった。

 

「起床します!」

「起きましたわ!」

 

 知波単乙女達にコンマ一秒遅れて、しかしそれでも充分な素早さで起床の声を上げたのは、ボコられクマのプリントされたパジャマに、聖グロリアーナの校章が入ったジャージを纏った少女が二人だ。

 共に髪は乱れて、眼は半開きになってはいるが、声にはもう既に寝ぼけの気配はなかった。

 二段ベットの上階から、ぴょんと飛び降りて背筋を伸ばした。

 

「まずは朝一番の点呼だ!」

 

 寝間着もはだけた、胸元が艶っぽくも凛々しい絹代の声が一同にかかる。

 

「玉田います!」

 

 と、いの一番に大きな声で答えたのは、デコッパチおさげの少女、玉田だった。

 

「細見健在です!」

 

 間髪入れずに続いたのは、頭上に二つの渦巻き髪という不可思議な頭をした細見だった。

 

「福田! 頑張って起きました!」

 

 三番手は一番背が低い、二つおさげの眼鏡の少女、福田であった。

 心なしか、声の調子も他二人に比べると幼い印象だ。

 

「西住! います!」

「ローズヒップ! ここに!」

 

 西住の家、あるいは元黒森峰生徒としての習性か、みほも必要もないのに元気に返事した。

 それにつられてローズヒップも快活に大声をあげた。加えて彼女は胸元に拳まであてて、無駄に気合が入っている。

 皆が朝から元気な様子なのに、絹代は満足げにうんうんと頷いた。

 

「よし! まずは着替えと清掃! その後は体操に乾布摩擦! そして朝食だ!」

「「「了解であります!」」」

「了解です!」

「かしこまりましたわ!」

 

 絹代の号令一下、知波単娘達と同時にみほ達は動き出す。

 素早くインナーに着替え、シーツをたたみ、タオルケットを折り曲げる。

 掌でシワを伸ばせば、まるでホテルのベッドメイクのように整ったベッドが六つ並んだ。

 

「よし! ならば校庭に向かうぞ!」

「「「了解であります!」」」

「了解です!」

「かしこまりましたわ!」

 

 絹代を先頭に一列早足に校庭に向かえば、ちょうどの他の部屋の知波単生徒達も寮から駆け出て来る所だった。

 知波単学園は全寮制であり、全ての生徒が規律ある生活を送っている。

 中でも、装甲騎兵道チームのメンバーの規則正しさは際立っていた。

 

「各班! 点呼!」

 

 絹代が大声を張り上げれば、即座に各室長がそれに応じる。

 当然のようにチーム全員は揃っている。夏休み中だろうと寝坊するような不届き者は知波単学園にはいないのだ。

 

「ラジオ鳴らせ~!」

「了解しました!」

 

 福田が古めかしいラジカセの電源を入れ、つまみを調節すれば、お馴染みの曲がスピーカーから鳴り響く。

 

「いっちにっさんしっ!」

「にいにっさんし!」

 

 絹代がラジオの声に合わせて声を張り上げ、一同はそれに唱和する。

 当然、みほもローズヒップももである。

 知波単学園へと逃げ込んで二日目。

 二人は完全に、知波単学園の空気に馴染んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――stage06

 『ベース』

 

 

 

 

 

 

「これより、ミーティングを行う!」

 

 朝食を済ませた後、まずは基礎体力づくりのランニングに出かけた下級生達とは別に、寮の会議室に集められたのは、知波単学園装甲騎兵道チームの主だった分隊長達だった。

 上座中央には絹代が立ち、その左右にみほとローズヒップが座っているという形だ。

 こういう畏まった席には慣れていないのか、ローズヒップはきょりょろと辺りを見渡し、落ち着かない様子だった。

 

「西隊長! 本日の議題は、やはり大洗女子学園に関することでありますか!」

 

 と、真っ先に挙手して発問したのは玉田だった。

 今や知波単学園の装甲騎兵乙女たちの間では、大洗女子学園の話題で持ちきりだったのだ。

 なにせ全国優勝を果たしたチームの隊長たる西住みほが、わざわざこの知波単学園を頼って『亡命』してきたのである。加えて、大洗学園艦は文科省のAT降下部隊に占拠されているという噂まで飛び交っているのだ。

 気にならない筈もない。

 

「そうだ! 文科省からはいぜん公式発表は無いが、大洗女子学園が強制廃校のために占拠されたのは最早明らかだ! 福田!」

「はい!」

 

 絹代に促されて起立し、正面ホワイトボード前に立った福田は、模造紙に書かれた報告書を貼り付けた。

 知波単は基本あらゆることがアナログである。だがそれは自分たちの手で何事も達成しようという積極性、ならぬ突撃性へも繋がっているのだ。

 

「昨日、マ式09で大洗学園艦への強行偵察を実施した所、乗艦を阻むべく甲板上には夥しい数のATが配置されていて、周辺の海への警戒にあたっておりました! 福田、誠に遺憾ながら、艦の内部にまでは潜入することあたわずであります!」

 

 マ式09とはマーシィドッグのことである。

 知波単学園はATを呼称するときも、極力外来語は用いない。

 外来語は知波単娘をしても突貫容易にならざる難敵なのだ。

 

「しかし! 僚機と連携し稼働時間ぎりぎりまで偵察を行った所、相当数の回転翼機が着艦する様子の撮影に成功いたしました! 機の規模から察するに、あれは単なる人員輸送などではなく、大型機材を持ち込んでいると推定されますであります!」

「ぬうう! 文科省め! 学園艦を洋上で解体でもするつもりか!」

「学び舎を相手になんという所業!」

 

 直情径行な知波単娘達である。

 大洗を襲った不幸を、あたかも自分たちの身に起こったことであるかのように哀しみ、怒っている。

 みほが改めて思うのは、黒森峰時代に経験した彼女らの突撃戦法だ。

 まさに疾風怒濤。あの勢いの凄まじさも、今の彼女たちを見ていると大いに納得できる。

 

「さらに、別働隊が追い出された生徒や住民の行先を探った所、少数のグループごとに列車やバスに乗せられ、バラバラに連れ去られたとの目撃情報を入手しましたが、その行先に関しては依然不明であります」

 

 福田からの報告を聞いて、知波単制服に身を包んだみほは、その裾をぎゅっと握りしめた。

 みほの表情がこわばったのを見たせいか、細見が立ち上がって福田を指差し叫ぶ。

 

「福田ァ! それじゃ肝心なことが何も解っとらんじゃないか! 西住隊長のご学友はどこに消えたのだ!」

「そうだぞ福田ァ!」

「それでも試験満点の女か福田ァ!」

 

 福田は返す言葉もなく、ぐぬぬと表情を強張らせた。

 しかしここで西絹代、隊長として皆の間に入り制止にかかる。

 

「待て! 相手は国家権力だ。早々手札を晒す容易い相手ではない。そのなかで福田達は良くやってくれた」

 

 絹代がこういうからには、一同も納得するしかない。

 細見達は静かに着席するが、福田の表情はこわばったままだ。

 彼女自身でも、肝心な情報が得られなかったことを気に病んでいたのだ。

 

「あの!」

 

 ここで発言を求めて挙手したのはみほだった。

 絹代が視線で促せば、みほは立ち上がる。

 知波単娘達の真っ直ぐな視線が集まるのを感じると、一瞬戸惑って生唾を飲み込む。

 だが次の瞬間には、落ち着きを取り戻し、鉄の騎兵を駆るときと同じ表情でみほは話し出す。

 

「突然やって来た私を、暖かく向かい入れて下さった皆さんには、本当に感謝の念にたえません」

 

 続けてみほは福田を見た。

 みほにその瞳を見つめられて、福田はさっきとは別の意味で緊張にこわばった。

 

「みなの行方を、探って頂いてありがとうございます。何の縁もゆかりもない私達の為に……」

「そ、そんなことはありません!」

 

 みほが頭を下げたのに対して、福田は激しく頭を振った。

 

「若輩ながらこの場の総意を代わって言わせていただければ、我らは同じ装甲騎兵道を歩む同志でありまして、その同志、それも道を極められた戦の名人が苦境にあるとあれば、助けるのが当然であります!」

 

 福田が熱っぽく言えば一転、分隊長達からは賞賛の声が飛ぶ。

 

「良いぞ福田ァ!」

「その通りだ福田ァ!」

「流石は試験満点だぞ福田ァ!」

 

 絹代もうんうんと頷いており、ローズヒップまでもがコクコクと頷いている。

 戦友たちから引き離された今のみほには、こうした声は暖かく胸に響いた。

 

「さて、ここからが本題だが、我らが知波単学園としてはこの大洗の危急に対しいかなる行動をとるべきか、各分隊長に意見を貰おうと思った訳だ」

 

 皆が気持ちをひとつにした所を見計らって絹代が意見を求めれば、玉田、細見、さらには他の分隊長達も次々と立ち上がっては拳を天井へと振り上げる。

 

「無論、学園艦を奪還すべく本校一丸となった突撃を敢行すべきかと!」

「手ぬるい! ここは文科省に対し正面突撃だ!」

「まだ手ぬるい! もっと上を狙ってこれは直接国会に異議申し立ての抗議的突撃を!」

「その策乗りましたわ! 聖グロリアーナ一同も馳せ参じて一緒にチャージ&アサルトですわ!」

 

 ローズヒップまでもが一緒になって盛り上がり始めるが、ここで絹代がパンパンと大きく手拍子し、皆に座るように促した。

 

「皆の気持ちは良くわかった。私としても皆の先頭に立って突撃したい気持ちだが……」

 

 しかしここで玉田が再度立ち上がって拳を天へと振り上げる。

 

「そうですよ! 西隊長を先頭に突撃です!」

「西隊長ご指示を!」

「不肖福田、ご命令あれば一秒と間をおかずに突撃してみせます!」

「いえ、一番槍は是非このローズヒップめにお任せを!」

 

 福田やローズヒップまでもが再び立ち上がって同調すれば、一瞬の戸惑いの顔の後、眼を見開いた絹代は腰に手を当てて声高らかに言った。

 

「よし解った! ここは皆で文科省に突撃だ! ATの準備を――」

「駄目ですよぉ!?」

 

 思わずみほは突っ込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

「……で、みほからは何だって?」

 

 ミッコが振り返って聞けば、アキは無線機のヘッドセットを外して、首に引っ掛けた所だった。

 

「うーん。なんか良くわかんないんだけど、知波単のみんなを何とか抑えているから、その間に飛行機とATの回収をお願いってさ」

「……向こうは何が起こってる訳さ」

 

 ミッコとアキが顔を見合わせて首をかしげれば、相変わらず独りカンテレを爪弾くミカは、詩を詠う調子で言う。

 

「風が吹き込めば炎はあがる……ましてやそれが、強い風ならばなおさらなのさ」

 

 アキとミッコはと言えば「またわけのわからんことを……」という思いを視線に込めて見つめたあと、それぞれの仕事へと戻っていく。

 彼女らが操るのは古びたモーターボートであり、三人乗ればもういっぱいいっぱいなボロ船だった。

 みほからの緊急連絡を受けて、急遽予定を切り上げて地球へと舞い戻ったミカ達の仕事は、隠してある聖グロリアーナ連絡艇と中身のATの回収だった。

 基本的に商売人気質で、銭に繋がらない仕事は殆ど受けない彼女らだったが、今回だけは例外的に前金無し全額後払いということで引き受けた。

 みほは、今や単なる商売相手ではなく共に鉄騎兵の轡を並べる仲間であるのだ。

 刹那主義には賛同しないのがミカの主義だが、しかし情に棹さして流されるのも時には悪くはない。

 

「あー、目当ての入江、見えてきたよ」

「えーと、入江の中の……ここの辺りか」

 

 アキの水先案内に従って入江の中に船を進め、適当な所でエンジンを停止した。

 ミッコ達は海の中を覗き込んでみるが、緑色が深い海でよく見えない。

 

「とりあえず言われた通りにやってみようよ」

 

 アキが携帯情報端末を取り出し、電話番号のようなものを入力した。

 すると深い海の底から、気泡が徐々に上がってきて、その量も範囲も拡大していく。

 

「ミッコ、ちょっと船ずらして」

「んにゃ」

 

 ミッコが指示通りに船をずらせば、果たして巨大な鉄の固まりが元いた場所に浮上してきた所であった。

 絡みついていた水が流れ落ちれば、水色の機体が顕になった。

 聖グロリアーナ連絡艇は本来星間飛行にも用いられる宇宙船だ。宇宙空間にたえられて、海中に耐えられない道理はない。

 

「さて、それじゃ仕事に取り掛かって……」

 

 ミッコが連絡艇の乗り移ろうとした、正にその時、不意に携帯情報端末の着信音が鳴り出した。

 自分のものではなかったのでミッコがアキのほうを見れば、アキも首を横に振っている。

 二人の視線がミカのほうに集まれば、彼女はポケットからそれを取り出した所だった。

 ミカは緊張に震える手で通信に出た。

 彼女は人に端末の番号は教えないし、掛かってくることなど滅多にない。

 

「誰かな?」

 

 聞き知らぬ男の声は手短にこう告げた。

 

『右翼、第2エンジンの下部……そこに面白いモノがついている』

 

 ミカが誰何する間も与えず、通信の主は回線を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 男は受話器を戻すと、電話ボックスから外に出た。

 鳴り響く電子音を遠ざかる背中で聞きながら、男は煙草を一本取り出すと、紫煙をくゆらせる。

 金髪を短く刈り込んだ男は、ギルガメス軍服をまとい、その上から青いストールを肩に掛けていた。

 肩章は、彼が中尉であることを示していた。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「ロッチナ大佐」

 

 情報部員らしく、普段はろくに表情を動かさない部下が、珍しく戸惑った顔をしている。

 

「どうかしたか?」

「いえ、それが……」

 

 部下に促されてロッチナがモニターを後ろから覗き込めば、監視ビーコンのシグナルが一つ、ロストしているのが見える。ロッチナも部下と同じ怪訝な顔になった。

 

「これは例の機体に取り付けてあったものだな」

「はい。例のアレギウムの船と同型のやつに取り付けたやつです。……多少荒事慣れしているとは言え、女学生に見つかるとは思いませんでしたが」

「……」

 

 みほ達が大洗学園艦から逃げ出した際に、文科省のAT部隊が取り付けた探知ビーコンが外された。

 自然に外れたのか、あるいは隠してあった艦を回収した誰かが取り外したかのか。

 しかし、どうやってビーコンの存在に気づいたのか。

 地球の探知機では発見するのが著しく困難であった筈だが……。

 

「もしかして、ギルガメス情報部の仕業なんじゃぁ」

「私も今、全く同じことを考えていた所だよ。……大使館の連中を使って、近日中にこの惑星にやって来たギルガメス人を探らせてみよう。どうも、連中も我々と同じ意図のもと、水面下で動いているという噂もある」

「連中も例のものがねらいなんでしょうか」

「さてな」

 

 ロッチナは夥しい数のメモランダムが留められたコルクボードの前に立つと、そこに新たな一枚を付け加えた。

 コルクボードには、みほが知波単学園に隠れているという事実、聖グロリアーナはじめ各校の動向、ミカ達継続三人娘達の行動、さらには文科省や装甲騎兵道連盟の動きまで逐一まとめられている。

 バララントは銀河を二つに割ってギルガメスと並び立つ超大国だ。

 その諜報能力の凄まじさは想像を絶っしている。

 

「いずれにせよ、コレを先に手に入れるのは我々さ。文科省を動かすことで、既にゲームの主導権は握っている」

 

 ロッチナは視線を落とし、椅子の上に座らされた、一体のぬいぐるみに目をやった。

 そこには奇怪なクマのぬいぐるみが鎮座していた。

 手足に包帯を巻き、縫い傷を幾つもつくった異形の姿。

 それは、ボコられクマの『ボコ』のぬいぐるみに他ならなかった。

 

 






 ――予告

「月刊装甲騎兵道が白日の下に晒した、大洗強制廃校の事実。装甲騎兵道を歩む少女たちに怒りと驚きをもたらしたこの異様なニュースに、遂にあの女性が動き出す。みほ、どうやら君のお母さんは、敵に回しては行けないたぐいの人らしいね。でも、その彼女をもってしても容易ならざる難敵が、敵の牙城では待ち受けているみたいだ。はてさて、話がどう転ぶのか、これは見ものだね」

 次回『キャッスル』

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